ネクスト・ウィーク:お弁当
付き合いだして、始めて分かったことがある。
・・・晃(こう)って、すっごく独占欲が強くて、ヤキモチ焼き。
付き合う前までは照れ屋でシャイと信じていたのに、今では、人前では私たちが付き合っている事をひけらかそうとする。
ひけらかす理由を聞いたら、『僕らが付き合ってるの分かったら、誰も茜にちょっかい出そうとしないだろ』だった。
「あの~、何度も言ってるけど、これってかなり恥ずかしいんだけど・・・」
「だ~め。ここに座ってるの。僕は恥ずかしくない・・・。はい。次、から揚げ頂戴」
今、私は晃の膝の上に乗って、お弁当を食べている。晃は私を支えているので、お弁当箱を持っているのは私だけ。私がお箸で、晃の口にお弁当を食べさせている。
晃が食べる合間に、私も同じお弁当を食べている。どっから見ても、『バカップル』そのもの。『バカップル』以外に見える人がいれば、その人はすぐに目医者に行くべきだ。
場所は誰もいない公園・・・なんかじゃなくて、学校の教室。当然、教室にはクラスメートがイッパイ。
私たちのクラスでもカップルは何組か居る。一緒に食べるカップルは居ても、膝の上に座って食べさせている『バカップル』なんて居ない。学校の中だって、私たちだけ。
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あの告白のあと、晃が私に後催眠をかけたいと言ってきた。その内容は、『晃が膝を二回叩いたら、私がそこに座りたくなる』というもの。
それを聞いた時は、私は何の疑問を持たなかった。むしろ嬉しかった。だって、晃の膝の上は私の特等席なのだから。
週明け月曜日、どうやってトッコたち親しい友達に付き合い出したと伝えようかと悩んでいた。黙っていても良いんだけど、やっぱり祝福して欲しい。トッコと言うのは、私の親友「佐伯 塔子(さえき とうこ)」さんのニックネーム。
お昼になって、いつものように晃のところにお弁当をもって言った時、「今日から一緒に食べよう」と言われた。私は恥ずかしかったけど・・・嬉しさの方が大きくて、いつも一緒に食べているトッコたちに断ってから、晃の机に駆け寄りそばの椅子にかけようとした。
この時点で、トッコたちだけでなく、クラスメートの大部分に注目されているのは分かっていた。そこかしこで、囁き合う声が聞こえるけど、敢えて無視した。
何を話しているのかは、だいたい想像がつく。今まで『友達以上、兄弟未満』と豪語(ごうご)していたのに、いきなり付き合いだして驚いているのだ思う。「やっと付き合いだしたのか」と言っている人もいる。
トッコたちは先週、私が挙動不審なのを知っているので「あーやっぱり」と思っているに違いない。
晃の近くに寄った時、晃は私の想像を超える行動をとった。
・・・ぽん、ぽん・・・。
晃が膝を叩くのが見えて、そのまま私は晃の膝の上に座る。後催眠がかかっている私は『パブロフの犬』状態。
その時、クラス中の時間が止まった。当然、私の中の時間も止まった。さっきまでの囁き合う声すらなくなり、全ての音がなくなった。
しーんと静まるなか、晃は私の作ったお弁当を広げ、私の手に箸を握らせる。そして「卵焼き」と一言言うと、あーんと口を開ける。私は何も考えられず、卵焼きを箸で掴んで晃の口に運ぶ。「ご飯」と言われればご飯を、「ハンバーグ」と言われればハンバーグを、晃に食べさせる。「茜も、食べなきゃ」と言われて、私も同じお弁当箱のオカズを口にする。
たっぷり一分以上経った頃、トッコが「キャー!!」と叫んだ。同時に、教室の中の時間も動きだす。誰かが意味もなく走りまわっている。ほとんどの女子は、立ちあがり私たちを指差して、何かを叫んでいる。あとは、まさに蜂の巣を突ついたような騒がしさ。
・・・あの時の記憶がない。まるで健忘催眠にかかったように・・・。
廊下から、他のクラスの人達も覗きこんでいたような気がする。誰かが、デジカメで撮影していたかも知れない。五時限、六時限の授業も何を聞いていたのか思い出せない。
この事件のおかげで、私たちが付き合いだしたのは、全校生徒のみならず先生方にも知れ渡った。
これで冷やかされる事もたまにはあるが、悪意を持って私たちを中傷するような人にはクラスメートが一丸となって守ってくれる。
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「嫌だったら、『これ』すれば良いじゃない『これ』」
箸を止めて思い出に耽っていると、隣りからトッコが声をかけてきた。親指を中にした握りこぶしをフルフルと見せながら。
トッコたち親しい友達には、私が晃に後催眠をかけてもらっていることを伝えている、と言うのか、ばれている。
昨日、体育の時間に晃が、足についた土を払うために「ぽん、ぽん」とやってしまったのだ。それを遠目に見ていた私はふらふらと晃に近づこうとしてしまい、それを止めてくれたのがトッコたちだ。
私はすかさず『これ』をして後催眠から逃げたが、それを見られていたわけで・・・、あとで問い詰められた時、とぼけ切れずに白状させられた。
さすがにもうHしちゃったとは言っていないけど、私の「特等席」と「握りこぶし」はしゃべってしまった。
・・・トッコォ、あんた、私の友達じゃないの? なんで、晃の味方してんのよぉ。
もちろん、トッコの『有難い忠告』は、親切心でないのは明らか。だって、目が笑っているもの。
クラスメートを取りまとめて私たちを守ってくれる中心人物は、親友であるトッコなのは間違いない。でも、冷やかし・・・と言うのか、私たちをからかうのが一番多いのも、トッコだ。
もともと一年のときトッコが晃をからかっていなければ、私たちはあの頃から付き合っていたはずなのに・・・。
「トッコォ、ダメだよぉ、茜チンいじめちゃ~」
間延びした声で助け舟だしてくれるのは、トッコと同じ位大切なもう一人の親友の井上 霞(いのうえ かすみ)ちゃん。
霞ちゃんは天然少女。私の事を「茜チン」と呼ぶのは、この天然少女だけ。お弁当を小学生のように先割れスプーンで食べている。先割れスプーンが似合う中学生は、霞ちゃんだけ。
男子でも、霞ちゃんを「井上さん」と呼ぶ人はいない。先生たちの中でも「霞ちゃん」と呼ぶ人がいるくらいだ。
「茜チン、嫌じゃないから『これ』しないんだよぉ」
先割れスプーンを握ったまま、器用に『これ』をする姿に、天然少女の名に恥じない才能を見出せずにおけようか・・・。
・・・それは、誰もが知っているけど、言っちゃいけないことなんだよー!!
私の心の声は、天然少女には通じなかったらしい。
・・・神さま、ごめんなさい。天然少女に助けを求めた、私が間違えていました。
「・・・違うよ。霞ちゃん。茜は弁当箱を持っているから、『これ』できないんだよ。『これ』しちゃったら、弁当箱落としちゃうだろ・・・」
晃の言葉に、みんなの動きが一瞬止まる。笑いを堪えるために・・・。晃の言葉が面白いのじゃなくて、この後の、霞ちゃんの答えが想像できるから。
「そっかぁ、お弁当落としちゃったら大変だもんねぇ・・・そーだねぇ。あっ、でも、でも、右手だったら『これ』できるよ・・・。ほら、茜チン、やってみて」
自慢げに『ほら、ほら』と、先割れスプーンを握ったままの『これ』を振りまわす様に、誰が最初に笑い出すかの我慢大会が始まった。
< つづく >