鋼の強さを持ちながら、女性特有のしなやかさと柔らかさを失っていないその身体、凛々しさの中に優しさとあどけなさを残したその顔立ち、そして自我を失ったかのようにひたすら遠くを見つめるその瞳。
それがすべて自分の思うままに出来ると知った瞬間、あたしの中の何かが目覚めた。
すなわち……人を支配するという悦び。
第一話 『出逢いは暗闇の中で』
それは、いつものように遺跡探索をしていたときのことだった。
突然の雷雨に見舞われ、そこらにあった遺跡の入り口に飛び込んだあたしは、迂闊にも遺跡の罠を発動させてしまったのだ。
ぽっかりと足下に開いた黒い穴は、あっという間にあたしを飲み込み、奈落の底へと突き落とす。
どれぐらい気を失っていたのだろうか……目覚めてみるとそこは真っ暗な世界。
右を見る、左を見る……やはり真っ暗。頬をつねってみる……
「痛ひ……」
……どうやら生きているらしい。
自分の身体を探ってみる。さっきまで手に持っていた携帯用の小刀はどこかに落としてしまっていた。その他にもかなり落としたものがあるらしい。
まずは携帯用の灯火を落としていないか捜してみる……あった、何とか落とさずに済んだようだ。
早速火を付けてみる。一応手元は明るくなったが、周りを覆う圧倒的な闇を前にしてはそれも心許ない。とはいうものの、ここでじっとしていたのでは飢えてあの世へ行くのは目に見えている。
とにかく何か手がかりを捜さねば……まずは動いてみることにした。
どこを見てもなにもない……圧倒的に広いその空間で、それでも遺跡から地下に落ちたのだからどこかに必ず壁はあるだろう……そう思ってあたしは慎重に歩を進める。
思ったよりも地面がでこぼこしているせいか、足下が不安定でなかなかに歩きづらい。自分でものろのろ進んでいるな、と感じながらおおよそ五分ほど歩いただろうか……ようやっと壁らしきものが見つかった。
後はいつものごとく『迷路の歩きかた』を実践してみる。
実践、と言ってもたいしたことじゃない。左手を常に壁に付けながら歩く……ただそれだけのこと。
人により右手で、というのはあるが、利き手が右の場合、これはあまりおすすめできない。下手に利き手を壁に付けていて、壁に仕掛けられた罠に巻き込まれるとあとあと困ったことになるからだ。
それからしばらくして、やっとこさ景色に変化が見られるようになった。
足下は階段状になり、おぼろげながら柱らしきものも見えている。どうやらここは古代の神殿といったところだろうか。
しかし、このような地下にしかも罠付きというのは……あるいは古代の権力者が作らせた墓と考えるほうが自然かもしれない。
そんなことを考えていると、階段の上りが終わって、平べったい祭壇のようなところに出る。石の棺らしきものがそこにはあった。
こういうのを見つけるとその中を見たくなるのはお宝探し屋としての性か、はたまた好奇心のたまものか……一方で、冒険者としていくつもの修羅場をくぐった経験が『何かがあるぞ』と警告を出す。
はやる気持ちを抑えるため、罠に気を付けろと自分に言い聞かせてつつ棺を調べることにした。
棺は苔むしていて、どこからが蓋なのか判然としない。何とか切れ目を見つけて開けようとするが、さすがに石の蓋はかなり重く、ぴくりとも動かない。
小刀があればてこの要領で強引にこじ開けたのに……と思いつつ開ける方法はないかと周囲を探ってみる。
探っているうちに、わずかに動いた感触が手に伝わってきた。これは、と思ったあたしはそのまま蓋を水平に押してみる……思いの外軽く、蓋は棺の上を滑りながら外れてしまう。どうやら一定方向から力を掛けると簡単に動く構造になっていたようだ。
早速中を覗く……そこには干からびた男性らしき死体とみずみずしい女性の死体が一つずつあった。
あたしはその光景に違和感を感じた。
この取り合わせ、なんか妙な感じがするんだけど……そうか、女性の身体がそのままあるのがおかしいのか。
ここまで両者の保存状態が違うと、死体を別々に入れた、あるいは死んだ時期が異なる可能性がある……が、棺をはじめとした周囲の状況を考えると、かなり長い間人の手に触れられていないと推測できる。となると、女性が生きたときと同じ状態のままでいることの方がより不自然である。
そこであたしはまず女性を調べることにした。
両手を胸の前で組み、静かに横たわる女性……決して太くはないが、筋肉が無駄なく付いている手足、女性らしさをわずかに残して短くまとめられた髪、飾り気が一切ない、実用本位の簡素で動きやすそうな軽鎧……あくまでも見ただけの感想だが、相当な手練れの軽戦士、あるいは格闘家と言ったところか。
身体に触れてみる……冷たい。口元に耳を近づけてみる……息らしきものはしていないようだ。どうやら医学的には『死んでいる』と言っていい状態らしい……自分の医学知識が目の前の存在に適応できるならば、だが。
続いて隣の干からびた死体を見てみる。こちらはどうやら高貴な生まれの人物だったようで、その首やら指やらにはこれでもか、とばかりに装飾品が飾り付けられていた。
装飾品を調べるうち、あたしはその一つに心惹かれていった……それは紅い宝石をはめ込んだ指輪。それだけが妙に浮いた意匠を施されていたのである。
とりあえず手にとって眺めてみる……確かに妙な意匠ではあったが、それ以外にこれといった不審な点はない。
近づけてみると妙だと感じた理由が分かる。文字らしきものが彫られていたのだ。
『文字らしきもの』と思ったのは、整然と並んで彫られていたからであるが、使われている文字は今日常的に使われているそれとは明らかに異なるもの。
古代文字などに関してそれなりの造詣を持ち合わせているあたしではあるが、どう眺めても知識の中にある文字との類似点を見いだすことができず、結局読めずじまい。
そこに何が書かれているかはともかく、こういうのを身につけてみるのも悪くないかもしれない……そう思ったあたしは、何気なくそれを左手の薬指にはめてみた。
しばらく手をかざして眺めてみる……案外似合っているかもしれない。
これはあたしのお気に入りと言うことでとっておくことにしよう。残りは持って帰って売りさばくかな……あたしは棺の中から宝石を取り出して品定めをはじめていた。
どれぐらい時間が経った後だろうか……いや、装飾品がほとんど懐に入ってなかったことを考えると、あるいは数分と経っていなかったのかもしれない。
何かがかすかに動く気配を感じた。周囲を素早く見回す。
棺が視界に入ったとき、あたしは目を疑った。
棺の中で横たわっていた女性が体を起こしていたのだ。
唐突な出来事にあたしの頭は混乱していた。
さっき確認した限りじゃ彼女は死んでいたはず。体は冷たかったし、息もしていなかった……しかし、現実に彼女はそこに立っている。
警戒しながら彼女に近づく。あたしが動いたことに気付いた様子はない。
彼女の正面に回って顔を見てみる……寝起き(?)だからだろうか、寝ぼけたようにも見えるうつろな表情をしている。目の焦点もどこにも合っていない。
とりあえずあたしは声をかけてみることにした。
「あんた……誰?」
「私はマリア……マスターにお仕えするもの」
表情を変えぬまま答える彼女。
マリアって言うのか……ところで『ますたー』というのはなんだろうか?
仕える、という表現からすればマリアはその『ますたー』なる人物の使用人なのかもしれない。だとすればひょっとしたら彼女の隣に横たえられていた死体がその『ますたー』なる人物なのだろうか?
「ますたー? 誰よそれ?」
「マスターとはあなたのことです、マスター」
……はい? あたしがますたー?
寝ぼけているのだろうか? あるいはあたしがその『ますたー』なる人物に似ているとでも言うのだろうか?
「だから、その『ますたー』っていう人が誰なのか、って聞いているのよ。人違いじゃないの?」
「人違いではありません、その指輪を持つ人間こそ私のマスターであり、私が仕えるべき存在なのです」
指輪を持つ人間が『ますたー』? 仕えるべき存在? それ以前に彼女、この指輪のことを知っている!?
「ちょっと待って……あんた、この指輪と何か関係あるの? 説明してよ!」
「その指輪は『リング・オブ・マリオネット』……指輪に心を捕らわれたものは、その指輪の持ち主であるマスターの命令に忠実に従うマリオネットとなります」
………………
あまりに突飛な話に、一瞬思考回路が凍り付く。
一部の言葉が今ひとつ理解できないが、もし聞き間違いがないならば……
「つまり……あんたはあたしの下僕とかってやつなの? 命令したら『ご命令のままに……』とか言ってなんでもしてくれるとか……」
「その通りです、何でもお申し付けください、マスター」
うつろな表情を一切変えることなく、平然とそう言ってのける。
本当に命令に従うのかな……そう思ったあたしは、ついこんなことを言ってしまう。
「じゃあ、服を脱いでくれる? 全部脱いで、あたしに渡すの」
「はい、ご命令のままに……」
言うが早いか、ためらいもとまどいもなく服を脱ぎ出す。
一つ、また一つ……服が脱げるたび、彼女の整った体つきがあらわになってくる。
ある意味女性として理想的な体型を持つ彼女に思わず見とれてしまうあたし。
やがて身体の動きが止まり……
「終わりました、マスター。こちらが服です」
言って彼女は自分の服をすべてあたしに明け渡す。
受け取ったあたしの目の前に一糸纏わぬ彼女の姿があった。その表情は変わらず、うつろ。
いくら周りが暗いとはいえ、人前でその裸体を隠すことも恥じらうこともなくさらけ出す……
「恥ずかしくないの、あんた?」
「恥ずかしがれ、と命令されていませんので」
命令されていませんのでって……
この指輪は羞恥心まで操作できるのだろうか? あるいは羞恥という感覚そのものが今の彼女に存在していないのか。
いずれにしろ、あたしの命令を忠実に守っている彼女。ここまで来ると、どこまで命令に従っていられるのか試してみたくなる。
「じゃあ、これからあんたの身体を触るわ。どんなことをされても反応しちゃ駄目よ」
近づいたあたしは彼女の頭を左手一本で無理矢理下げさせ、まずは口づけをする。
あたしより頭一つ分は高い彼女だが、その強引な行動にも何一つ抵抗することなく口づけを許している。
口の中に舌を入れ彼女の舌と絡めさせる。やはり無反応。
ならばとあたしは空いている右手で彼女の左胸をもんでみる。反応なし。
乳首をこねてみる。反応なし。
ついにはつねって思いっきり引っ張ってみる……ここまでされても本当に何も反応しない。
彼女のことがだんだんと怖くなってきた。
口づけをやめ、今度は彼女の股間に左手を伸ばしてみる……
太股に触れてみた。反応なし。
さするようにしながらだんだんと陰核へと近づけていく……そして指はついに女性のもっとも敏感なところに達した。
ゆっくりと……それからだんだん激しくこね回す、揉みしだく、指を出し入れする……
左手にわずかながら湿り気を感じるようになったが、それでも彼女は表情一つ変えない。声も全く出さない。
「……何も感じないの?」
「……」
尋ねても、返ってくるのは無言……もしかして『反応するな』と言われたから声も出さない、ということだろうか?
でも、それじゃ会話になりゃしない。
「とりあえず、あたしが質問したら、声に出して答えなさい」
「はい、わかりました」
やっと声が返ってきたよ……結構面倒かも。
「じゃあ、さっきの質問……今、本当に何も感じてないの?」
「マスターが私の体に触れていることは感じてます……が、マスターが『反応するな』と命じた以上、どのような状態になろうとも反応するわけにはいきません」
「じゃあ、あたしが今している行為に対して、あんたはどういう風に感じているの、答えなさい」
「マスターの右腕が私の左胸に触れ、左腕が股間をさすっています。胸からはさわっている感覚が伝わってきます。股間はわずかながらに湿り気を帯びてきたようです」
確かにそうなんだけど、なんというか……ここまで自分のことを客観的に語られると、もはやあきれたと言うほかない。
精神と肉体が完全に乖離しているというか、人形に幽霊かなにかが乗り移っているというか……
……人形? そうか、彼女は『下僕』ではなく『人形』なのだ。主の命令に忠実に従う操り人形。
ならば人間らしい反応を示さないのも当然と言えよう。なぜなら人形である彼女はそういう反応を『知らない』し、人間らしく反応しろと『命令されていない』のだから。
いつの間にかあたしは彼女に……いや、正確には『人形』である彼女の存在に心を惹かれていた。いかなる時でも忠実に命令に従う人形……あたしは彼女のすべてを思うままに操る支配者……支配するとは、これほどに心地よいものなのか……
とはいうものの、こういうときまで人形らしい反応を示されてもこちらとしてはちっとも盛り上がらない。何とかして彼女を人間らしく盛り上げることはできないだろうか……
「一つ質問するわ……あんた、人間がどのように感じるのか、ということは分かるの?」
「はい、マスターのマリオネットとなる前は人間でしたので、そのときの記憶を引き出せば人と同じように感じることはできます」
前は人間……改造か何かだろうか? まあ、今のあたしにはどうでもいいことだけど。
「それなら話は早いわね……あんたに命令するわ、あんたは人並みに感じるようになるわ、そしてそれを素直に表に出すことができる。やってみなさい」
「はい……あ、あは……ああ~ん、はっは……は~ん!」
命じた瞬間、これまでとはうってかわって激しいあえぎ声を発しはじめる。
その声の大きさにびっくりしたあたしは思わず彼女から離れてしまう。
「はうん……はあ、はあ、はあ……んっ!」
あたしが離れた後もしばらく荒い息を吐きながら身もだえする彼女。
どうやら、今まで我慢してきた分が一気に爆発した、そんなところだろう。
あるいは彼女、案外敏感なのかもしれない。
「もう、びっくりさせちゃって……こうなったらお仕置きしてあげるんだから」
なんかだんだんと楽しくなってきた。再度彼女に近づくと、まずは両方の胸を揉みしだく。
「あん! ううん……うん、ううん!」
小さな声を上げて反応する。そのまま胸をこね回していると気持ちよさげに小さなうなり声を上げ続ける。
ようやく人間を相手にしているという気分が湧いてきた。
「気持ちいいなら、素直に『気持ちいい』って言ってもいいのよ」
と、ここまで言ってふと考える……彼女は感情感覚さえもあたしの支配下にある。ならば……
「『気持ちいい』って素直に言えたら、あんたはもっと気持ちよくなれるわ」
「き……気持ちいい、気持ちいい気もちいいきもちいい、きもちいい~よお~!!」
一度言い始めたら堰を切ったように連呼、ついには絶叫までしてしまう。
「はい、でもあたしの許可なくイッちゃ駄目よ」
「はう! は、はい……はう!」
あたしの一言で、高ぶったまま身もだえる彼女。先ほどまでならともかく、人並みに感じている今、この状態で置いておかれるのはさぞや辛いだろう。
もうちょっといじめてみようかしら……今度は彼女の秘唇に指を入れてみる。
「あう……ああん。あう、あうん、あふ、うあん!!」
どんどん高ぶる気持ち、さりとてイクことは許されない、まさに板挟みの状態で、彼女はどうしていいのか分からないようだ。
言葉らしい言葉を出すこともなく、ひたすら荒い息を吐き続ける。
「どう、早くイキたい?」
「はい、はい、はい! はうっ!!」
「じゃあ、あたしに『お願い』をしてみなさい、心を込めて、ね」
「はい……マスター、どうかこの私をイカせてください、お願いします!」
うつろながらもまっすぐ私へと向けられる瞳……その表情はある種の美しささえ感じるほどであった。
「よし、よく言えたわね……じゃ、イッてしまいなさい!」
そう命じると同時に陰核を強めにつねった。
「はい! あ、あ、ああぁぁぁぁぁっ!!」
命令に従ったのか、あるいは陰核の刺激が効いたのか……彼女はあっと言う間に頂点に達し、そのままくったりと倒れ込んでしまう。
彼女が倒れてからしばらく……あたしは先ほどの行為と今自分が置かれている状況とを冷静に思い返していた。
いくら舞い上がって調子に乗ったとはいえ、こんな異常な環境で、よくあんなことをしようと考えたものである。これもまた指輪の魔性の力かな……と思わず苦笑いしていると、ちいさなうなり声が上がる。どうやら彼女が気付いたようだ。
「うん……マスター、おはようございます」
……まあ、寝起きのお約束といえばそれまでだけど……
「おはよう、マリア」
そう言ってあたしは、はじめて彼女を名前で呼んだことに気付いた。
そして、自分の名前を彼女に教えていなかったことも……
「あたしのことはシーナって呼んでいいから。なんか『ますたー』って呼ばれるのわかりにくいし、なんとなく大仰な感じがするのよね」
「分かりました、ます……じゃなかったシーナ様」
「様付けもしなくていいわよ。あたしが断りを入れない限り、敬称で呼ぶのは禁止、いいわね?」
「じゃあ……シーナさん、でよろしいでしょうか? なんというか……マスターを呼び捨てにするのはなんか気が引けるので」
なんか、会話の内容が急に人間らしくなった感じが……あ、そうか、さっきあたしが『人間らしく感じて、それを素直に表現できるようになる』と命令したから、素直に自分の感情をあたしに伝えているのか。
しかし、素直に感情を出した結果がこの態度……礼儀正しく、相手に尽くす姿勢はこの指輪の力かあるいはマリアの気質か……
「うーん……まあ、いいか。じゃ、これからよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして、あたしとマリアのおかしくも楽しい珍道中が始まったのだった……
< つづく >