BLACK DESIRE #10

0.

 強い潮風が前方から吹き付けている。
 僅かに塩気の混じった空気は、僕の耳の側をビュウビュウと音を立ててすり抜けていく。

 日差しは強く、気温は30度を超えている。だが、海の上にも関わらず空気はからっとしていて、風さえ受ければ汗が吹き出てくることもない。上を見れば都会とは明らかに違う抜けるような青い空、下にはどこまでも広がるコバルトブルー。その青の天幕と絨毯の境は白くかすんで全周をぐるっと囲い、まるでそこで世界が切り取られているかのように錯覚する。その、青で塗りつぶされたキャンバスの中に、塗り残しの様な白いクルーザーがそこから溶けて流れたような航跡を残しながら進んでいく。

 そのクルーザーの2階のデッキに、僕はいた。デッキチェアに寝そべり、優雅に哉潟家のメイドの用意したフルーツミックスジュースをいただいている。まさに、休暇を過ごすブルジョアの嗜みを体現したような姿だ。

「イクちゃん、島が見えたよ! あれかな!?」

 デッキの先端にいたハルが前方を指さしながら振り返った。白いワンピースのスカートがはたはたとはためいている。袖無しのうえ脇の下が大きく開いているため、この位置からだともう少しで胸が見えそうだ。

「んー。あと1時間くらいって言ってたし、そうなんじゃないの?」

 僕はサングラスを少し降ろして直にその光景を見ながら答えた。眩しさに目を細める。

「どんなところなんでしょうね?」
「温泉にビーチに展望台に……あ、洞窟も有るって言ってました」

 ハルの隣では御廚梓(みくりやあずさ)とその後輩の1年生がこれから向かう島について楽しそうに話している。2人は、それぞれスカイブルーのワンピースと黄色い柄入りのワンピースを着ていた。

「あ、イルカです!」

 写真部1年の夏目文紀(なつめみのり)が海面を指して叫んだ。彼女の服は緑のラインの入った白のワンピースで、水兵のようなセーラーカラーが付いているのが可愛らしい。

 4人の少女たちが海豚を見ようと身を乗り出した瞬間、ぶわっと強い風が横から吹き付けた。デッキ上を吹き抜けた風が彼女たちの足下から舞い上がり、そこにあった頼りない布切れを一気に跳ね上げる。

 「きゃぁ!」と4人が膨らんだスカートを手で押さえた。最も、ちょうど僕にお尻を突き出したような格好だったせいで、そこに隠されていた下着は否応無く僕の視界に飛び込んできたのだけど。

 顔を赤らめながら少女達はこっちを向き、そしてハルが「み、見た?」と照れながら聞いてきた。僕はそれにサングラスの位置を直しながら「ばっちり」と笑う。

「まあ、こんなのも『旅』の醍醐味ってもんでしょ」
「そ、そうだね。旅の恥は掻き捨てだもんね!」

 ハルがそう言うと、他の者も安心したようだった。僕はそれを見てもう一度ニヤリと笑う。

(意味が違うんだけどな……)

 もちろん、本来の彼女達はこの言葉の本当の意味を知っているし、例え旅路にあっても異性に下着に見られることを良しとする理由にならない事はわかる筈だ。

 だが、今現在、彼女たちの常識は壊れている。僕が、その様に書き換えたのだ。
 『旅の恥は掻き捨て』という言葉通り、旅の中で恥ずかしい事が有ってもそれは旅行の醍醐味だし、むしろ積極的に楽しむべきである、と。

 だから、普段は絶対に出来ないような恥ずかしい事でも、彼女達は『旅を楽しむ』為にやってしまう。例えば、僕の勧め通りにスカートで風の強いデッキに出てきて、結果下着を見られてしまうような事も。

「あ、椰子の木かな、あれ?」
「桟橋にもう待っている人がいますね」

 ハルと文紀がまだ顔を赤くしながら前方で大きくなり始めた島に視線を向けている。風の中にハルの縞パンをもう一度確認した後、僕はその隣に立つべくグラスをメイドに返して立ち上がった。

「結構大きい島だな」
「すごいねー。あの島全部哉潟さんのなんだ」

 そう、前方の島は哉潟家の所有する島であり、彼女の家はそこに別荘を持っているのだ。そこが、今回の総勢11名の探研部合宿、という名目の4泊5日のバカンスの舞台である。
 僕はその島に熱心に目を向けているハルにちらりと目線をやり、教えてやった。

「ハル。胸、見えてるよ」
「えっ、もうー!」

 ハルが笑いながら胸元を押さえる仕草をするが、口だけで全然怒った様子はない。僕はその様子に再度ニヤリと笑いを浮かべたのだった。

BLACK DESIRE

#10 南国のミルキー・パラダイス(前編)

1.

 そもそもの言い出しっぺはハルだった。

「よし! 合宿しよう、イクちゃん!」
「ふぁ?」

 試験も終わり、後は夏休みを待つばかりでだらけきっていた僕は不可解な発言をするハルに眠そうな目を向ける。幸いな事に、あの生徒総会の後探研部は順調に過疎化が進んだ為、昼休みに部室でだべっていたのは僕とハルしかいなかった。まあ、だから僕は遠慮無くここで惰眠を貪っていたのだけれど。

「ぁんだって?」
「合宿だよ、合宿! 探研部の本来の目的!」
「……たんけんぶって、なにすんだっけ?」
「我々文化探訪研究会は、まだ見ぬ異邦の地を訪れ、食を含めたその地の文化を身を持って体験し、希少な資料を採取し、もってその成果を後人の糧とする事を目的とする学術的団体である!」
「ああ……旅行して美味しいもの食べてお土産を持ち帰るのね」
「まあ、そうなんだけど」

 演説調の内容をあっさりと翻し、ハルはこくりと頷いた。そしてまだテーブルに潰れている僕ににじり寄ってくる。

「ねーねー。旅行行こうよー」
「やだ」
「何でさ」
「この暑いときに何でわざわざ外に汗をかきに出なきゃならんわけ? クーラーの利いたお家が一番よ」
「うわ……引きこもりが居るよここに」
「夏が終わったら本気出す……Zzzz」

 僕はそれで話は終わりと突っ伏した。だから、ハルが「いいもーん。イクちゃんがそのつもりならこっちだって」とぷりぷり怒りながら部室を出ていった事に全く興味を示さなかった。

 だから、次の日、

「旅行の件ですが、私達の方で宿泊場所は提供できそうです」

と教室にやってきた七魅が声をかけてきた時は、思わず「は?」と間抜けな声を出してしまったくらいだった。

「……え? 何の話?」
「……ですから、旅行の件です」
「……旅行? 誰が?」
「……私達のです」
「……私達って、七魅と三繰?」
「それと達巳君と源川さんと写真部の方とバスケ部の方と後その他の知り合い数名です」
「……」
「……」
「……何それ」

 それから10分間、七魅の懇切丁寧な説明を受けるハメになった。それによると昨日の昼休み中、この間の生徒総会の時に新校則に反対する会に協力したメンバーに次々とハルから電話がかかってきたらしい。

TLLLLLLL!

「あ、哉潟さん? 源川ですけど夏休み中にこの間のメンバーで旅行行きませんか?」
「え、旅行ですか? 姉さんに聞いてみないと……」
「了解! 良かったら教えて下さいね」

TLLLLLLL!

「もしもし、源川ですけど、春原さん? この間はどうもー。ほら、前、みんなで旅行に行きたいなって言ってたよね。今旅行を計画してるんだけど一緒に行こうよ」
「いいね。部活の連中にも声をかけてみていい?」
「もちろん! 多い方が絶対楽しいもんね」

TLLLLLLL!

「もしもし、シズちゃん? 私私、そ、ハル先輩ですよー。今年も写真部と合同合宿しようぜーぃ」
「わかりました。写真部のみんなには私から予定を聞いておきますね」
「よろしくねー」

TLLLLLLL!

「もしもし、哉潟です。ええ、七魅です。姉さんからOKが出たので一緒に行けます」
「そっかー! よかったぁ」
「それで、場所なんですけど、もう決まってますか?」
「あ、それはまだなんだ。海で遊べるところがいいんだけど」
「それなら、家の別荘を使いませんか? まだ確認してませんが、おそらく大丈夫だと思いますから」
「え? いいの!? やったー! 別荘だ、別荘だー! うーみの見える別荘だーっ!」
「そ、そんなに喜ばれても……まだ使えると決まったわけでは……」
「え、ダメなの? (´・ω・`)」
「あ、いえ、なんとかしてみますから……(何か今、表情が見えた気がしたけど……)使えるとわかったらすぐにご連絡します」
「お願いね、七魅ちゃん!」
「はい(……ちゃん?)」

 という具合で、昨日の夜の時点で僕を含め12人の参加メンバーがすでに決定していたようだ。……聞いてねぇ。

 僕が何も聞かされていないとわかり、七魅は「そうですか、じゃあ直接話してきます」と首を傾げながら教室から出ていった。いつもはウザい位に僕にまとわりつくくせに、こんな時に限って姿を現さないとは。ハルの番号に電話をしてみたが出やしない。
 いいぜ、そっちがその気ならここからは持久戦だ。どんな手を使ってくるか知らないが、僕は断固たる決意で僕のプライベートサマーバケーション・イン・マイホームを守り通して見せよう。

 だが、敵は僕の予想の上を行く手で攻めてきた。僕の周囲から包囲網を徐々に狭める作戦で来たのだ。最初の攻撃はその日僕が高原別邸に帰る前に行われていた。家に着いて幎に鞄を渡す時、何気ない感じで幎から話しかけられたのだ。

「そう言えば、郁太様。今度の8月に旅行に行かれるとか」
「は?」

 何故その話を、と問い詰めると家の方にハルから電話があったとか。

「源川様のお話ですと、『真夏の太陽がギンギラギンに誘っているのに家に籠もってシコシコインターネッツなんてやってる奴は男のカスだね! 根性無しだね! ニートだね! 親のすねかじりだね! さらには甲斐性無しのケムンパスだね!』と、大変乗り気であられたとの事でしたが」
「……何故にたかが旅行に行かないだけでそこまで罵倒されにゃならないのだ?」
「では、行かれないので?」
「もちろん、行かない。何が悲しゅうて真夏の日差しの下で紫外線に肌をさらさないかんのだ。あ、もちろん行かないからって僕はカスでも根性無しでもニートでもすねかじりでもないからな」
「……では、甲斐性無しのケムンパスなのですか」
「おぃ……冷静に引き算するなよ」

 幎に有らぬ事を吹き込んだのには頭に来たが、それだけならまだ余計に闘志が沸いてくるだけだった。だが、次の日、奴は畳みかけるように休み時間毎、次々と刺客を送り込んで来たのだ。

「あれ、静香ちゃん?」
「こんにちは、先輩。今度の旅行楽しみですね。なんでも島一つ哉潟先輩の所有の別荘らしいです。ビーチとか綺麗なんでしょうね」
「あ、その話僕はパスだから」
「え……行かないんですか、先輩……」
「そ、そんな目で見られても……」

「達巳君、今度のバスケの大会、応援来てね!」
「ああ、もちろん行くよ。春原と僕の仲じゃないか」
「ふふ、ありがとう。それはそうと大会も楽しみだけど旅行も期待しちゃうよね」
「ああ、春原も行くんだっけ? 僕はキャンセルで」
「あれ? 行かないの?」
「ああ」
「そっかー。せっかく水着新しいの買ったのになー。ノノとかも張り切ってたのになー。残念だなー。先輩に見せるんだからちょっと頑張ってみたって言ってたのになー」
「……そ、そうなんだ」
「あーぁ、残念だ」
「……」

「こんにちは、達巳君」
「あれ、えっと……薙刀部の御廚梓さんでしたっけ?」
「ええ、初めまして。今日は今度の旅行でご一緒するので、先に挨拶に伺いました」
「またですか……あの、僕は行かないんですよ、それ」
「え……」
「……そ、そんな世界が終わってしまうような悲しげな顔をしなくても」
「ご、ごめんなさい。私、知らなかったんです!(ダッ!)」
「あ、御廚さん!……そんな、逃げなくても……」

 おまけに、選択教科の時に隣の宮子にも「探研部で旅行に行かれるそうですね」と声をかけられた。

「あまりハメを外し過ぎないようにお願いしますよ」
「ハメを外すも何も……僕は行くつもりは無いんですよ」
「えっ……」

 その時の宮子の表情の変化を、僕は一生忘れる事は出来ないだろう。アニメ話に熱中するオタク学生に対して、「可哀想だけど、3年後にはニートに仲間入りする運命なのね」と冷ややかに視線を送る女の顔だった。僕の断固たる決意は、この一撃で粉々に粉砕された。

 昼休み、だばだばと涙を流しながら探研部に駆け込んだ僕は、扉を開けてその場にくずおれた。

「源川せんせい……旅行に、行きたいです……」

 その場で足を組んで椅子に座って僕を待ち受けていたハルは、立ち上がって僕の側まで来るとポンと肩を叩いた。

「戦わなきゃ、現実と」

 ぢぐしょう……何故だ、涙が止まらんぜ……。

2.

 僕がハルに決定的な精神的敗北を喫してから、あっと言う間に日々は過ぎた。
 その間、色々なことが有った。バスケットボール部は全国大会の1回戦中に主将の春原が怪我をし、それを押して奮闘したが勝ち抜くことが出来なかった。また、近所の夏祭りに僕とハルと幎で出かけたが、幎は頑としてメイド服を脱がなかったため、祭りの中で一際目立っていた。哉潟姉妹も今度の旅行中の作戦会議と称して何度も家にやって来たが、別に直接話し合わなければならないような大した話もせずに夕方まで居座って帰っていったりした。

 1つ問題になったのは、幎の扱いである。

「え、幎来れないの?」
「はい」

 幎は高原別邸が悪魔として自分の存在領域となっている為、その他の場所に長時間居続けることが出来ないらしい。消耗してこの世界で姿を保ち続けられなくなるという事だ。
 これは困った。僕は自分の左目と心臓を契約の代償として幎に提供してしまっている。代用品は貰っているが、それだって幎からの魔力の供給が止まれば停止する仮初めの物なのだ。旅行先でぽっくり突然死なんて事にはなりたくない。
 僕が悩んでいると、小首を傾げていた幎が頭の角度を直して提案した。

「では、郁太様に私から使い魔を提供させて頂きます」
「使い魔?」
「微少な魔力で形態を維持できるよう、微弱な存在ですが、発生した混沌から魔力を抽出する役目を担います」

 そう言うと、幎は「失礼します」と僕に近づいて来て僕の顔を覗き込み、目線を合わせた。それこそ、クシャミでもしたら頭突きしてしまいそうな距離だ。

「! あっ、何!?」

 突然、左目にピリッとした違和感を感じて僕は跳びすさった。何か目に飛び込んできたような気がしたのだ。思わず手で目を覆う。

「終わりました」
「え?」
「今郁太様の左目に入ったのは、使い魔のグレイン・カリストです。本来使い魔は術者から魔力を貰って形態を維持するのですが、魔術師ではない郁太様はそれをコントロールする事が出来ません。そのため、魔力の通った左目の中に入れさせて頂きました」
「……そういうの、先に言ってよ」
「申し訳ありません」

 涙目で文句を言うが、幎はいつものように首を傾げて無表情なままだった。

 説明によると、幎の使い魔はその単体ではほぼ力を持たないが、ブラックデザイアの支配下にある人間と僕が目を合わせた時、相手に自分のコピーをとり憑かせるらしい。そして、その人間が悪魔の言う「混沌=通常あり得ない可能性」の発生を感知すると、それから魔力を抽出してその人間に宿らせる。つまり、一時的な魔力タンクにする事が出来るのだ。

「蓄積された魔力は契約を行う際と同様、相手の血液や肉を取り込むことで吸収する事が可能です」
「え? それはちょっと待ってよ」

 僕も相当な外道だとは思うけど、流石に女の子達に自分の都合だけで怪我をさせるような事はしたくない。その事を告げると、幎は少し考えた末に、「では、別の形態で取り込むことが出来るように能力を付与しましょう」とまた顔を近づけてきた。今度は予想が出来ていたため、ピリッとした感触にも不動のまま耐えることが出来た。

「今度は、どうなったの?」
「郁太様から魔力を供給する事で相手の肉体に作用し、抽出した魔力を疑似的な母乳に変換出来るようにしました」
「……は?」
「魔力の回収が必要になった時は、契約を行う際と同じ様に精液などの手段で相手に郁太様の魔力を提供して下さい。それによってグレイン・カリストは魔力を母乳に擬態させます。蓄積すれば、その者は乳幼児を持った母親のように乳房の張りを感じるはずです。郁太様の力でコントロールし、その者達から魔力を回収して下さい」
「……僕に、赤子のようにおっぱいを吸いながら能力を使えと?」
「はい」

 ……なんか、また旅行に行きたくなくなってきたぞ。

 最後に幎は、魔力が擬態する時に多少の性質の変化が起こる可能性があるので、吸収の時は様子を見ながら実施する様にと僕に注意した。

 そんなこんなで、いつの間にか終戦記念日を過ぎて甲子園大会も佳境を迎える中、ついに探研部合宿旅行の日が来てしまったのだった。

 今回の旅行の参加者は僕を入れて11人。3年生は僕、ハル、七魅、三繰、春原、梓。2年生はバスケ部から新役員の2人。それに静香の知り合いの3人の1年生だ。静香自身は何でも体調が良くないとの事で急遽参加を取りやめる事になった。ハルの電話の内容がちょっと聞こえただけなのだが、どうも静香は女の子の例のものがちょっと重いらしく、それが夏バテと合わさって今動けない状態のようだ。男の僕には一生理解出来ないだろうが、ほんと大変なんだな、女の子って。

 さて、島までの道のりだが、まずは島の付近の港まで陸路を行くことになる。電車で行くのかと思ったら、哉潟家が運転手付きで車(ロールスロイス)を3台出してくれるらしい。すごいぞ、お嬢様。

 住んでいる所がまちまちなので、最初は家が近い者達をそれぞれの車が家まで迎えに行って同乗する。僕の乗る車が高原別邸に来たときには、すでにその車には哉潟姉妹とハルが乗っていた。メイドがドアが開き、僕は3人に対して挨拶をする。

「アロ~ハ~」

 アロハシャツ、短パン、サンダル、サングラスに麦藁帽の僕はお嬢っぽい服装でロールスロイスに納まった3人に比べ、あからさまに場違いだった。

 ま、それはそれとして。
 最初の目的地まで高速を利用しても3時間はかかるという事で、親睦を深めるために休憩の度に乗車割りを変更することにした。

 1回目の休憩後、僕が同乗したのは1年生3人組だった。1人は写真部の夏目文紀(なつめみのり)、後の2人は初顔である。3人は静香と仲が良いらしく、そのため今回の旅行にも彼女を通して誘われたのだ。その本人が体調不良で参加出来ないのは残念だったが、その分もちゃんと3人に楽しんでもらわないと。車の中で、3人と改めて自己紹介する。

 金髪ツインテールで、なんだかミニ早坂といった雰囲気の少女が五十崎華恋(いそさきかれん)。彼女もハーフらしく、カレンという名前も外国で通じるように付けられたのだとか。
 もう一人の黒髪の娘は姫野朝顔(ひめのあさがお)と名乗った。セミロングの髪を片側だけサイドで留めて垂らしている。話す時にちょっとはにかんだように頬を染めるのがなんとも可愛らしく、保護欲を刺激する少女だ。彼女は薙刀部に所属しているらしいので梓の後輩って事になるな。
 文紀も含めて3人は同じ1年柚組の生徒で、それぞれクラスの委員を務めているらしい。そのため、静香にはいろいろ相談に乗って貰っているんだとか。

「これから5日間、よろしくお願いします」
「ああ、こっちからもよろしく」

 挨拶をしながら、ちらりと彼女たちのスレンダーな胸元に目線を送る。……この娘達でも、ちゃんとお乳出るのかなぁ。

 次の交代の際に僕が同乗することになったのは、バスケットボール部の3人だった。春原と、以前バスケ部の朝練を見学した時に話した2年生達だ。ノノと呼ばれていたのが野乃宮典子(ののみやのりこ)、ナッチと呼ばれていた眼鏡の少女が滝川那智(たきがわなち)だ。それぞれバスケ部の新主将と新主務らしい。

「これでようやくバスケ漬けの毎日から解放されるよ」
「えー? スノ先輩は大学でも続けるんじゃないんですか?」
「もう勘弁。これじゃいつまで経っても彼氏1人できやしない」

 あはははは、と元気に笑いの花が咲く。春原も引退して時間が出来たのか、「バスケやるなら教えてあげようか」と積極的に僕に声をかけて来た。
 困ったな、あれは朝練見学の為の口実だったんだけど。言葉を濁すと春原はちょっとがっかりした様子だった。

 さて、次のパーキングエリアでアイスを齧りながら戻ると、同乗者はもう交代を済ませていた。ハル、文紀は2回目だが、初顔で御廚梓が僕の隣の席に座っている。3人とも似たようなお嬢様風ワンピースを着ていたため、またもや僕は1人だけ場違いな悪いムシ状態に陥ってしまった。

 その車の中で、僕はハルと梓が1、2年生の時同じクラスで、一番仲のいい友人だった事を知った。なるほど、「みながわ」と「みくりや」なら席も近いし、1番に打ち解けてもおかしくない。

 今回写真部の参加は結果的に文紀だけになってしまったが、その件に関して彼女からおもしろい話を聞くことが出来た。
 文紀の先輩に当たる2年生の山名翠子だが、彼女は夏のこの時期、どうしても家族そろって実家の方へ帰らないといけないらしい。どうやらミドリの実家は古くから続く由緒正しい写真家らしく、やんごとなき身分の家のお抱えであった時代もあった。その為、彼女の祖父は非常に厳格な性格で、お盆の前後には一族郎党が本家に集合する事を要求するのだそうだ。
 ミドリの外見や普段の言動に騙されがちだが、あいつだって立派な星漣の生徒。やっぱりお嬢の血族であったか。

 そんなこんなで海が近くなった頃、梓と話している時にふとハルの方を見ると文紀と何やらこそこそと話をしていた。

「……カヤちゃん……2学期……」
「……良くなって……復学……」

 なんだか僕の知らない人間の事を話している気がする。だが、その時の僕は「わあ、海ですよ梓さん」と注意を反らせてその隙にはちきれんばかりの胸の谷間をのぞき込むことに腐心していたため、それどころでは無かったのであった。

 3時間の陸路での旅を終え、到着した港には哉潟家の白いクルーザーヨットと新しい3人のメイド、そして彼女らが用意した昼食が待っていた。まだ少し早いが、ここから島までさらに2時間くらいかかるらしいので先にここで食事を済ますようだ。

 食事を終えたところでみんな我先にと船に乗り込む。僕らの荷物はいつのまにか車を運転していたメイド達によって積み込み終了していた。この後、僕らが出航した後に彼女たちは昼食の後片づけをして、車を運転してまた片道3時間の陸路を戻るのだ。いやはや、お疲れさまです。

 この時点で、僕はここから先は哉潟家の使用人を除き人が増えないと予想して三繰に対してキーを植え付けておくことにした。

「今回の旅行、何から何まで準備ありがとう」
「ふふふ。まあ打算もあるし、お互い様だよ」
「やっぱりそうか。まあ、何はともあれ楽しい旅にはなりそうだね」
「そうだねー」

 ……インサーションキーを『旅』に設定。ドミネーション効果範囲を哉潟家所有の島、及びその施設、乗り物に指定。無人島らしく、今は2人の使用人が居る以外は誰もいないらしいから、三繰、七魅どちらのドミナンスでも人数は足りる。とりあえずは三繰だ。
 2人契約者が居るという事は、同時に2つのキーを使い分けることが出来るって事だ。七魅の方には状況に合わせて別のキーを設定してやれば、やれる事に大きな幅を持たせる事が可能だろう。

 試しに、船が出て1時間位してみんなが落ち着いた頃にハルに対して書き込みを行ってみた。

「ハル、デッキに上がってみたら? 結構いい風だよ」
「え、でも私スカートだし」
「『旅』の恥は掻き捨てって言うじゃないか。これはつまり、旅先で多少恥ずかしい事が有ってもそれは旅行の醍醐味であり、積極的に楽しむべきって事だよ」

 ドクン、と魔力の心臓が鼓動した。書き込みは成功したのだ。

「……あ、そうだよね。楽しまなくちゃ」
「そうそう、もしパンツが見えたら教えてあげるからね」
「う、うん、お願い……」

 顔を赤らめながらいそいそとデッキに上がっていくハル。僕たちの会話を聞いていた数人のスカートの娘達も「私も」とそれに続いた。ドミネーション能力で今の書き込み内容が共有されたのだろう。

 これから始まる夢のような南国体験を想像し、僕はニヤリと笑いを浮かべるとメイドにジュースを頼んでデッキへと階段を上ったのだった。

3.

 船が桟橋に着き、一歩そこから踏み出すとそこはもう、本当に南国の島だった。
 眩しいくらい白い砂のビーチ、足下のエメラルドグリーンから沖合のブルーへとグラデーションしている広い海、立ち並ぶ椰子の木、浜辺から木々の間を延びる坂道、そしてその続く先には白く塗られたホテルのような木造のロッジが見える。あれが哉潟家の別荘だろう。

 桟橋で待っていたメイド2名とクルーザーに乗ってきたメイド達は、一緒になって僕たちの荷物を荷車着きのゴルフカートの様な物に乗せ、砂浜の端に見える舗装道路へ走らせて行った。三繰に聞くと、大きな荷物を運搬するため目の前に見える坂よりも緩やかな舗装路が裏手から延びているらしい。食料や雑貨などもそうやって運び込むのだろう。

 身軽な僕たちはこの場に残ったメイドに先導され坂道を上っていく。途中の折り返しカーブで後ろを見ると、ビーチや広い海が一望に出来た。

「あ、イクちゃん。湯気がたってるよ!」
「ああ、自慢の露天風呂だろ」
「わー、楽しみ楽しみ♪」

 坂を登りきると急に視界が開け、そこに先ほど少し見えていた建物がでーんと待ち受けていた。それは木造の2階建てのロッジのような建物で、坂の上に出来ているために1階部分と2階部分が半分くらいズレて建てられていた。
 1階にはここにいる全員が座れるくらい大きなテーブルが置かれた食堂があり、2階にはそれに負けないくらい広いテラスがある。部屋も1、2階併せて10部屋くらい有りそうだ。

 自分達の部屋をあてがわれた僕達は、早速海に遊びに行くことにした。水着に着替え、今来たばっかりの道を駆け足気味に下っていく。砂浜には、いつの間にかビーチパラソルやアイスボックスなどが準備完了していた。

「うっひゃー!」

 早速ハルや春原達が水着の上に羽織っていた上着やサンダルを脱ぎ捨てて海に飛び込んでいく。水の掛け合いやビーチボール遊びで瑞々しく女の子の体が弾ける度に、空中で水しぶきがキラキラと光っていた。

 遊び道具も豊富に用意されているようで、ダイビングの為のシュノーケルや浮き輪、空気で膨らませるボート、砂遊び用のスコップ等がパラソルの近くの箱の中に沢山入っている。

「ナッチ! ダイビングしよーよ!」
「はいはい」

 野乃宮達バスケ部2年生は経験が有るのか、シュノーケリング用具を箱から引っ張り出し、足ヒレのサイズを探している。それを手伝うメイドから珊瑚礁の位置を教えて貰って、目をキラキラ輝かせていた。

「珊瑚礁だって! 南国だー! 熱帯魚もいるよね?」
「まあ、居るでしょうね。ノノ、それ左右のサイズ違うんじゃない……?」

 その場を離れてみんなの様子を見渡す。梓と1年生達は風船ボートやワニボートにしゅこしゅこと空気を入れている。ハルと春原と三繰のビーチボールはいつの間にか本気と書いてマジと読む感じの攻防戦を繰り広げているし、先程のダイビング組はゴーグルを付けてシュノーケルをくわえ、ザブンと海に潜る所だった。
 いやはや、みんな元気だねぇ。最初からそんなに飛ばすと後でやること無くなっちゃうんじゃないかな、なんて考えるのはやっぱり引きこもりの論理なのだろうか?

 しかし、そんな中にも元気一杯の海遊び組と離れてひっそりとビーチパラソルの下に待避している奴もいた。七魅だ。

「遊ばないの?」
「私は結構です」

 ちらりとこちらを見上げたが、すぐに手元の本に目を戻す。あれ、デジャヴ?
 相変わらず七魅はハードカバーの怪しげな本を読んでいる。ちらりと見えた本のページには、大の字の拘束具に固定された男性がその指先に釘を打たれている様が描かれていた。……世界の拷問大全、だと……。
 プール大作戦の時のトラウマが蘇り、僕は七魅に本を投げつけられないよう注意して間合いを計る。

 そういえば。
 ふと7月の生徒総会前、七魅にブラックデザイアを見せた時の事を思い出す。
 あの時見た夢だか幻覚だかの光景に映った少女は、手足に拷問でもされたかのような酷い傷があった。僕は無意識の内に水着姿の七魅の手足にそんな跡が無いか確認してしまう。
 その視線に気が付いたのか、七魅が不審そうに僕に再度目をやった。

「……何か?」
「……いや、何でも無い」

 ……傷は、無い。少なくとも今は。
 当たり前か。あの時見えた光景が実際に有った事かどうかもわからないし、そもそもあの少女が七魅なのかすら確認のしようが無いのだ。疲れていたせいで見た夢なのかもしれないし。僕はそれ以上七魅の機嫌を損ねないよう、別の話題を提供することにした。

「あのさ、さっき船が着いた桟橋に2台ジェットスキーが有ったのを見たんだけど」
「ええ。有りましたね」

 意外にも、七魅は本を閉じて僕の話に乗ってきた。お、やる気出てきたのかな?

「アレに乗ってみたいんだけど」
「操縦、出来るのですか?」
「いや、出来ないけど」
「なら、メイドにやらせると良いでしょう」
「うん」
「……」

 話が終わってしまったが、七魅はこちらの様子をうかがうようにじっと上目で僕を見つめている。えっと……この場合の選択肢は……。

「……えぇと、い、一緒に行かない?」
「……いいですよ。私から頼んだ方がいいでしょうしね」

 言い訳の様に言うと、七魅は少し顔を赤らめながら立ち上がった。これで良かったのかな?

 2人で頼んだところ、メイド達に運転させて2人乗り2台のジェットスキーで島1周のツーリングと洒落込むことになった。メイド達がバサリと服を脱ぐとその下には既に際どいビキニを着込んでいて、すぐにも出発できるとのこと。でも、カチューシャは外さないんですね。グッド!

 ジェットスキーをスタートさせ、まずは西へ向かう。砂浜は最初に見た舗装路の先ですぐに途切れ、険しい岩場に変わる。そのまま海岸線を見ながら北の方へぐるっと回り込むと、ゴツゴツとした岩場の間から伸びる木製の桟橋が見えた。その桟橋の元を目で追うと、直径が5m程もある半分水没した洞窟に続いている。

「あそこに一回停まります!」

 波音に負けない様に僕の前のメイドが叫んだ。波間から所々突き出ている岩をするりと避けながら危なげなく桟橋に横付けした。

「ここで何をするんですか?」

 もう一台のジェットスキーから七魅が降りるのを手伝い、ついでにメイドに聞いてみた。僕の方の操縦手は乗せてきた箱を縛っていたバンドの様な物を外している。

「ふふ、もうしばらくお待ち下さい。あと2人、ご紹介したい者が来ますので」

 長いポニーテールのメイドは僕にウインクして答えた。他に小舟があるか、陸路で来るのだろうか。まさか泳いで来るとも思えないので洞窟の方に目を凝らしていると、僕の背中で七魅が「あっ」と声を上げた。

「来ました」
「え、どこどこ?」

 七魅の方を見ると、なんと海の方を指さしていた。ほんとに泳いできたのかよ!
 水面下を2つの大きな影がすい~っと横切り、桟橋の下を通過する。そして遊んでいるかのようにくるくると柱を回ると、ぷかりと顔を出した。

「うわっ!……な、なんだイルカか」

 僕の驚きようがよっぽど面白かったのか、さっきの髪の長いメイドはクスクスと笑っていた。

「餌、あげてみます?」
「……腕ごと食べられないですよね?」
「怖いんですか、イルカ?」

 まさか! メイドに笑われて憤慨した僕はさっきの箱から餌の魚を取り出し、尾鰭を持って海面に突き出した。

「ほ~れほ~れ、餌だぞ~」
「もう少し低くしないと、取れませんよ」
「ジャンプしないの?」
「ここは浅いですから。体当たりを貰っても構わないなら呼びますよ?」

 海洋動物に抱きしめられて海中ランデブーするほど陸上生活に絶望していない僕は、メイドの薦めに従い慌てて膝を折った。すぐに1匹が寄ってきて顔を出し、「たべていい?」とつぶらな視線を送ってくる。とりあえず頷くと、パクッと魚を咥えて水中に戻っていった。

「へぇ~、賢いなぁ。餌付けしたんですか?」
「……実は、そっちの奥が生簀になっていて、そこでこのコ達を飼っているんです」

 そう言ってメイドは洞窟を指さす。

「昼間は入り口を開けて遊ばせてるんですけど、とっても頭が良くて夕方にはちゃんと帰って来るんです。それに、ウチの船の音も覚えていて近寄ると迎えに来てくれますしね」
「あ、来るときに見えたのってここのイルカだったんですね」
「ええ」

 七魅は、と目をやると、しゃがんで海面上に手をかざして遊んでいる。手を出すとイルカが頭を出して鼻先でちょんちょんと突っつくのだ。何が楽しいのか、飽きずに何度もイルカに触っている。

「あの……達巳様?」
「え、はい?」

 先程のメイドに名前を呼ばれ、僕は七魅から視線を外した。

「お嬢様のこと、よろしくお願いします」
「? わかりました」

 三繰の性癖の事かな? 聞き返そうかと思ったけど、もう1人のメイドが「そろそろ次に行きましょう」と魚の入っていた箱を持って戻ってきた。七魅もそれが聞こえたのか残念そうにイルカに目をやりながらジェットスキーの側まで戻ってくる。

「あら、あのコ達エスコートしてくれるみたいね」

 僕達が再び洋上に出ると、イルカ達はジャンプしながら一緒に着いてきた。本当に人間が好きなんだなぁ。

 イルカを含め、6人連れとなった僕達は右に海岸を見ながら時計回りに進み、島の北側に出た。そこは南側とは対照的に30mくらいの切り立った崖になっていて、とてもこちらからは上陸できそうにない。上を見上げると背の高い木の向こうに別荘の白い屋根が僅かに見えていた。

「島の北半分は険しい山になっていて、ほとんど手が入って無いんです」

 それ以上見るべき物が無いのか、メイドは僅かにジェットスキーのスピードを緩めただけでそのままそこを素通りした。

 更に進むと崖はだんだんと低くなり、島の東端では木々が手の届きそうな所まで低く張り出していた。少し探せば南国のフルーツも手に入りそうな森だ。猿とか住んでいるのかも。メイドはここで上陸して少し進むと小さな滝が有ると教えてくれた。
 やがて木々が途切れるとゴロゴロと中ぐらいの岩が目立つようになり、そして海に突きだした大きな岩を越えると、そこに周りを崖のような大岩で囲まれた小さな砂浜があった。

「こちらは東海岸と呼んでいます。別荘と南の砂浜を繋ぐ道の途中に脇道があって、そこと繋がっています」

 ただし、その脇道には一切照明等が無いらしく、夜は明かり無しで出歩かないように注意された。

 東海岸を離れ、岩だらけの海岸を見ながら回り込んでいくと、ようやく前方にビーチパラソルのある白い砂浜が見えてくる。どうやら1周したようだ。
 ビーチで砂遊びをしている1年生達が気が付いて僕らに手を振る。「おーい」と僕が手を振り返すと、イルカ達もジャンプしてそれに習った。

 桟橋に着き、メイド達と別れて砂浜に戻りながら僕は七魅に話しかけた。先程手を振ってイルカを見送った時の表情が脳裏をよぎる。

「七魅はイルカ、好きなの?」
「……ええ」

 驚いた、こんなに素直に肯定するとは。相当好きなのかもしれない。表情をうかがうと、七魅はさっき本を読んでいたときより若干柔らかな顔で僕の方を見つめ返してきた。

「達巳君は……好きですか?」
「嫌いじゃないよ。素直だし、人懐っこくて愛嬌が有るよね。大っきいし」
「はい。私もそう思います」

 安心したように七魅が微笑む。その表情に、僕は内心ドキリとした。

(七魅って……こんな穏やかな顔もするんだな)

 いつも眉を寄せて不機嫌な顔しか見ていなかったせいか、そのギャップに僕は落ち着かない気分になった。

「あ、あのさ!」
「はい」
「えっと……」

 とりあえず口にしてから話題を探す羽目になる。えっと、何か七魅と話した方がいい事、何か、何か……あ、そうだ。

「今回、お姉さんに1つキーワードを設定してるじゃないか」
「ええ」
「もう少し自由度が欲しいんで、七魅にも協力してもらっていい?」
「……別に構いませんよ」

 七魅の顔からすっと表情が消えたようになる。若干惜しかった気もするが、今回の旅を彼女の姉好みに彩るためだ。少し我慢して貰おう。

「じゃ、早速。今回、これだけの人数の中で男手は僕だけじゃない? 『保護者』役をかって出ようと思うんだけど」
「何を……ああ、そういう事ですか。みんなに達巳君を保護者として認識させたい訳ですね」
「うん、そう」

 七魅には色々説明済みだから、話が早くて助かる。

「保護者だからみんなの心配をするのは当然だし、その為に多少緊密な触れ合いをしてもおかしくは無い、そういう事ですね」
「うん……まあ、そうです」

 ……あれ? 何か、話が早すぎない?

「いいですよ。私が『保護者』について強く意識をしていればいいんですよね?」
「うん、そう」

 七魅は立ち止まって目をつぶる。若干不審な点も有るが、手伝ってくれると言うのだから文句は言えないだろう。僕は心の中で呟いた。

(七魅のインサーション・キーを『保護者』に設定。ドミネーション範囲はこの島と施設、乗り物全て。ブラックデザイア、発動)

 ドクン、といつものように能力の開始が体の内から知らされた。抵抗された様子は無い。かかったふりをするつもりも無いって事か。本当に、随分と協力的になってくれたもんだ。

「……終わりですか?」

 気が付いたら、七魅が目を開けて僕の顔をのぞき込んでいた。おっと、不審がられて気が変わられても困るし、ここはさっさと退散しておこう。

「ああ、OK。大丈夫」
「そうですか。また何かあったら言って下さい」
「うん、ありがとう。それじゃ」

 僕は七魅にしゅたっと手を挙げると、彼女をその場に残して早足にパラソルの方に向かった。背中に七魅の視線が向けられているのがわかっていたが、何故か気恥ずかしくて僕はそれに振り返ることが出来なかった。

4.

 別荘への坂道付近に戻ると、春原達バスケ部3人と三繰は2人ずつ組んでビーチバレーをやっていた。4人ともそこそこスタイルがいい為、ジャンプする度に胸がぷるんぷるん揺れている。レシーブのために手を前に組んで前かがみの待機姿勢は後ろから見ればお尻を突きだした様に見えるし、この勝負をもう少し見学しても良いかな?

 他には、1年生トリオはスコップを使ってさっきから砂を掘ったり山にしたりトンネルを掘ったり城を作ったりと子供みたいな事をしているし、先程まで一緒に遊んでいた梓は付近の椅子で母親みたいに微笑みながらその様子を眺めている。
 ……あれ? 1人足りないような?

「イ~クちゃん♪」
「ひゅぉわぁああっ!!」

 首筋にぴとりと冷やっこい物がくっついて僕はキテレツな悲鳴を上げてしまった。ビョンとジャンプして逃れ、後ろを振り向くとそこには缶ジュースを両手に持ったハルがに立っていた。

「にゃ、にゃにゅを……!」
「喉乾いたでしょ? 一緒に飲も!」

 ハルは両手に持った缶ジュースを掲げ、僕にニコニコと笑いかける。髪にはどこで見つけてきたのか鮮やかな赤色の花が髪飾りの様に刺してあり、それが彼女の南国の花柄のビキニやパレオと調和して良く似合っていた。

「その花……」
「あ、ハイビスカスだよ。どう? どう?」
「う、うん。似合ってるよ」

 あ、くそっ! 僕は失言したことにハルのニヤケ顔で気が付いた。上機嫌になったハルは片方のジュースを僕に押しつけ、鼻歌混じりに空いた手で僕の手を握ってズンズンと歩き出す。あっと言う間にパラソルの下の白いテーブルの前に連れて来られると、そこの椅子に座らさせられた。そして自分ももう一つ椅子を持ってきて僕の隣に腰を下ろす。
 き、距離が近いぞ? ハルの頭の花から甘い匂いが漂って来ているのがわかるくらい近い。

「楽しい、イクちゃん?」
「……そこそこ」
「来て良かったでしょ」
「まだ1日目だ。判断するには早すぎるね」

 そう答えながら、僕はハルの顔をまともに見ないようにした。何というか、今のハルはいつものハルと違うように思えるのだ。

 正直なところ。
 花柄のビキニといい、今のハイビスカスといい、南国風の衣装はハルに似合い過ぎだ。健康的な肌色や、スイマーだったおかげですらりと締まった体つき、それに反してボリュームのある胸。踵の高いサンダルはもともと身長に対して長いハルの脚を余計に細く見せ、そこらのグラビアアイドルよりよっぽど良いスタイルだ。
 顔付きもニヤケていなければ利発な美人のイメージで通るし、水泳をやっていたせいか茶色っぽく見える髪も、くせっ毛を直せば明るいハルの雰囲気に合った良い色合いだ。
 何より、天然気味だが人懐っこく笑顔の絶えないハルは南国の太陽のように眩しく、僕にだって平等に輝きかける。こいつの頭の中の世界は「好き」「嫌い」の2つじゃなくて、「好き」「よく分からない」で切り分けられているに違いない。少なくともハルが誰かを嫌って悪口を言うなんて、それこそ太陽が光を失うくらいあり得ない事の様に思えた。

 はっきり言って、なんでそんなハルの隣に居るのが僕なんだ? ハルにとっての僕って何? 幼なじみ? クラスメイト? ボーイフレンド? 姉弟みたいな存在?……それとも、それ以上?

「う~む……」
「どうしたのイクちゃん? お腹でも痛いの?」
「何で僕はここにいるんだろうか?」
「わ、イクちゃん熱中症? 頭ぼうっとしてる? 寒気は? 気分悪くない?」

 心配げなハルは僕の顔をのぞき込んでぐいっと近づいてきた。鼻の頭が掠るくらいの距離で茶色い瞳の中に僕の顔が映っているのまで見える。

「わ、わっ! 近い近いっ!!」
「顔赤いよ? 汗もかいているし、やっぱり熱中症かもしれないよ?」
「夏で海で真昼だからだろ! ああ喉が乾いた!」

 ズサササッと椅子を動かして距離を取り、ジュースをぐいっと飲んだ。って、なんじゃこりゃ? ココナッツミルクウォーター? ちょっと甘すぎるでしょこれ。洒落にならん甘さに僕は眉を寄せた。

「なんか他の無かったの? シロップ飲んでるみたいなんだけど」
「そう? ちょっと飲ませて」

 ハルは僕の了承を待たずにひょいと缶を取り上げると口を付けた。

「……う~ん、これも南国風でいいじゃない。こっちのマンゴスチンの方が良かった?」
「どれどれ、ちょっとあっさり目だな……ああっ!」
「?」

 僕が真っ赤になったのにハルは首を傾げる。こ、こいつ気が付いてないのか? 今、僕たちかなりナチュラルにか、間接……!

「うっがぁああっ!!!」
「きゃっ! イクちゃんが野獣に!?」

 僕は椅子を蹴立てて立ち上がると、一目散に海にダッシュした。驚くハルを置いてけぼりにして頭っから波の中へダイブする。

(アホか! バカか! 死ぬの? ねえ死んだ方がいい?)

 ぶくぶくと泡を吐きながら僕は海中で頭を抱えていた。あいつのデリカシーの無さは何なんだ? 天然という言葉で済むものなのか?

「ぐぼぁっ!」

 息が続かなくなって顔を上げる。すると「イクちゃ~ん」とハルが僕の方へ走ってくるのが見えた。

「来るなぁ! 放っといてくれぇ!」

 沖へ向けてクロールで泳ぎ出す。と言っても相手は全国大会の入賞経歴持ちだ。あっという間に追いつかれて背中から抱きつかれてしまった。

「へへ~。何で逃げるの~?」
「くっつくな!」
「や~だよ~。えいっ!」
「がぼがぼがぼ……」

 後ろからハルにのし掛かられる。背中に当たる柔らかい膨らみを感じながら、僕はオーロラのように光が揺らめく珊瑚礁の海に沈んでいく。

(ああ、死んでしまえ……)

 だが、そうするとお約束でハルに人工呼吸される羽目になりそうなので、結局僕は大人しく彼女に連れられて海から上がることになったのだった。弱いな、僕。

5.

 再度ハルに確保された僕は、しかし不屈の闘志で隙を見て脱出し、そして大逃亡劇の末善良な市民に匿われることになった。

「……行きました?」
「……ええ。もう大丈夫ですよ」

 梓の言葉にほっとし、ガサガサと木の枝を揺らしながら砂浜に出てくる。太陽が眩しいなぁ。
 そこには梓の他にも口裏を合わせてくれた1年生ズが立っていた。スコップ片手の金髪ツインテール・五十崎華恋(いそさきかれん)がニヤニヤしながら口を開く。

「先輩、何やったんですか? 源川先輩、絶対見つけるって勢いでしたよ?」
「何、ただのかくれんぼだよ。それより君達穴掘り飽きないね」

 砂浜には彼女たちが作ったのか、中世ヨーロッパ風のお城や日本のお城、前方後円墳やピラミッド、スフィンクスにマーライオンなど世界の名所が見事に形作られていた。

「芸術と言って欲しいですね」
「器用に作るもんだ」
「イメージを形にする根気が有れば、これくらい誰だってできますよ」

 そうかな? 少なくとも僕にはあの直立したマーライオンを作ることは不可能に見えるのだが……。

「それにしてもずいぶん穴だらけにしたねぇ」
「せっかくだから埋まってみます?」
「そして動けなくなったところをハルに通報するんだろ?」
「あははは、バレました?」

 そうは言ったものの、砂に埋まるのは海に来てやらないといけない事ナンバー2であろうから、チャレンジしないわけにはいくまい。(ちなみにナンバー1はスイカ割り。)
 僕は大きめの穴に縁に頭を乗せるようにして横たわった。1年生達はスコップを手に周囲に群がる。

「おーし、やってくれー」
「はーい……おらーっ! 往生せいやーっ!」
「ぶぺぺぺ! 顔にかけるな顔に! って熱っちい! 焼けた砂を最初にかけるな!」
「きゃーっ!」

 1年生達は華恋を先頭に逃げていった。絶対あいつが首謀者に違いない。金髪ツインテールにろくな奴はいないな。身体に付いた砂を払い落とし、後ろでクスクス笑っている梓のところまで戻った。

「あいつ等、次に会ったらただじゃおかないぞ」
「可愛らしいいたずらじゃないですか。構って欲しいんですよ、あの娘達」

 そうなんだろうか。そういえば僕はドミネーションでみんなの保護者って事になっているんだった。その影響なのかもしれない。華恋は家でもあんな風に兄貴とかに悪戯をしているのかも。

「じゃあ、捕まえてお尻ペンペンくらいで勘弁してやりますよ」
「それくらいで勘弁してあげて下さいね」

 もう一度梓はクスリと笑った。
 悪戯……ね。僕の方もそろそろ魔力回収のための悪戯に取りかかろうかな。

 2人で並んで木陰から出て、元のパラソルの方に向かう。砂浜を見渡すと遊んでいる人数は半分くらいに減っていた。ハルもどこまで行ったのか居ないようだ。
 空を見上げるとまだ陽は高い。まだまだ遊ぶ時間は有るな。

「梓さんはこれからどうします? もう戻ったのもいそうですけど」
「そうですね……もう少し、居ようかしら」
「そうですか。なら、さっき匿ってくれたお礼でサンオイルを塗りましょうか?」

 もちろん、これは保護者として梓の肌を守るための行為なのだ。なんらやましい気持ちはこれっぽっちも「有りますん」。

「それじゃ、達巳君にお願いしようかしら」
「光栄です、お嬢様。ささ、こちらに」
「あら、ありがとう」

 梓をエスコートして後ろに倒したデッキチェアにうつ伏せに寝かせる。サンオイルはパラソルの下にたくさん置いてあったのから適当に選んで持って来た。

「じゃ、塗りますよ~。あ、髪は前にお願いします」
「はーい」

 長い髪にオイルが付かないように頭の横にまとめておく。僕は適量を手にとってまずは梓の肩のあたりから塗り始めた。うーん、女の子ってやっぱりやわらかいなぁ。

「先に腕を塗りますね」

 梓に片腕ずつ伸ばさせて表裏にオイルを塗っていく。ちらりと身体の方に目をやると、脇の下で窮屈そうに水着に収まっている胸が目に留まった。よし、あれは早く解放してあげないと。

「じゃ、背中に行きます。あ、紐も邪魔なんで解いちゃうけどいいよね?」
「はーい」

 特に警戒心も無く答える梓。僕は遠慮無く背中で結ばれていた梓の水着の紐を解いた。紐を椅子のサイドに垂らすと、つぶれたマシュマロのように脇から胸がはみ出しているのが見て取れる。やはり、大きい。

 ペタペタと背中にオイルを塗り広げつつ、さりげなく脇を塗ると見せてはみ出した胸を突っつく。「ん……」と梓が声を出したのにドキリとしたが、別に不快そうな顔では無かった。

 背中を終わらせ、更に手を下の方へ移動させていく。すーっと滑らせて指先がボトムの上端に潜り込んだとき、初めて梓から声がかかった。

「あ、あの、達巳君? そこはいいですよ?」
「いやいや、梓さん。『保護者』としてはお肌のガードは完璧を喫っさないと心配でならないのですよ」
「でも、そこは水着の下で……」
「最近はオゾンホールとかで紫外線も強くなってるでしょう? 日に焼けなくともシミになったら目も当てられません」

 梓は「ふーん」と少し考えたようだったが、あっさり「じゃあ、お願いします」と了承した。お許しが出たので僕は遠慮無く水着の下に手を入れ、お尻のお肉を左右の手で揉むようにしてオイルを刷り込んでいく。ぷよんぷよんと胸とは異なる弾力が楽しい。

 更に僕は手をお尻の谷間の間に進入させていく。するすると潜らせて行くと、指先にきゅっと締まった窄まりの感触があった。

「あっ……」
「ここはシワが有るから、良く塗り込まないといけませんね」
「は、はい……」

 片手の指先にオイルを沢山付け、反対の手でお尻を開きながら梓のお尻の穴の周囲に塗り込んでいく。くるくると回したり、シワの方向に伸ばしたり。さらに、指の先でちょんちょんと中央部を突っついたりして遊ぶ。敏感なところのため、僕が動きを変える度に梓は声を出さずに身体を震わせていた。

「はい、後ろは終わりです。じゃ、次は前に行きましょうか」
「あ、はい」

 半ばお尻の間に埋没していた手を抜き取り、僕は梓の手を取って引き起こしてやる。

「えっ? あ、きゃっ!」

 水着の肩紐は解かれていたため、身体を起こした際にハラリと落ちてしまった。片手は僕に支えられていたため、梓は慌ててもう片方の手で胸を隠す。と言っても不安定な姿勢で、しかもサイズがサイズなのでほとんど見えてしまっているが。

「あ、前をやる時はどうせ邪魔だからそのままでいいですよ」
「で、でも、胸が……」
「大丈夫、僕は『保護者』ですし、ここには女の子しかいません。それに『旅』の途中は、少しくらい恥ずかしいくらいが楽しいでしょう?」
「……そう、かもしれませんね」

 梓は顔を赤らめたまま笑うと、胸から手を降ろした。再び、その全貌が僕の目に露わになる。ハルを越えるそのダイナミックさに僕は密かに唾を飲み込んだ。

 僕は大物を後に取っておくことにして、先に脚に取りかかった。片方ずつ膝を立てて表裏を両手を滑らせてオイルを塗る。内腿を塗るときにはどうしても僅かな水着と肌の隙間に目が行ってしまう。股間部は先ほどのオイルなのか、それとも別のものなのか、僅かに湿って色が変わっていた。
 両脚を終わらせ、ようやく上半身に戻ってくる。

「じゃ、胸に塗りますね」
「……ん」

 規格外のその胸を揉みしだく。手のひらから完全にはみ出すそのサイズをこねるように回し、寄せ、震わせる。更に、頭頂部に塗るふりをして手のひらで頂点を転がし、さらに指先に引っかかったふりで摘み、弾いた。梓は時折鼻を鳴らすような吐息をつき、首筋がうっすらと赤みを帯びてくる。

 背中側と同じ要領で塗る範囲を下に下に広げていき、遂にボトムの中へと進入する。今度は梓も、顔を赤らめてはいたが文句は言わなかった。

 水着を着るために手入れしたのか短めな茂みを抜け、ぷっくりとした割れ目へと指を滑らせる。そこに触れた瞬間、「……うんっ」と梓がかみ殺した声を上げた。僕はそれを聞きながら割れ目の中のひだを指先でなぞるように何度も往復させる。梓のお腹のあたりがしっとりと汗をかき始め、その匂いが顔を寄せている僕に感じられた。

「ここは、普段隠れているから念入りに塗らないといけませんね」
「あんっ!」

 指先に小さな粒の様なものを発見し、僕はそこをクリクリとさすった。刺激が強かったのか、梓は喘ぎをあげて椅子の縁をぎゅっと握った。
 執拗にその部分を撫で回し続ける。指先だけでなく、爪の先も使ってちょっと強めの刺激を与えると、梓は身体をぴんと反らした。足の指がぎゅっと閉められ、椅子を掴む手はぶるぶると震えている。白い肌にさあっと赤みが差して、大量に汗をかいていた。

「あ、あぁ……はぁ……はぁ……」

 身体が弛緩する。口から吐息と共に熱っぽい喘ぎが漏れた。
 僕はオイルとは違う液体でベトベトになった梓の股間部をしばらくぬるぬると撫で回してその反応を楽しみ、そしてようやく水着から手を抜いた。指先からとろりと糸を引くように粘液が地面に落ちる。

「終わりましたよ」
「え、ええ……あり、がとう……ございます」

 息も絶え絶えに梓は言った。しばらく動けそうにないな。

「どこかまだ塗って欲しいところ有りますか?」
「い、いいえ……」
「わかりました。じゃ、僕はもう行きますからゆっくりしていて下さい。また何か有ったら呼んで下さいね。いつでもお手伝いしますから」

 僕はそう言い残し、梓の胸に落ちていた水着を掛けてやるとその場から離れた。

 さて、他に残っているのはいるかな?
 僕は次なる悪戯の犠牲者を求め、ニヤニヤ笑いながら探索を開始した。

6.

 ビーチを探索していると、ピンクのワンピース水着の少女がきょろきょろと何かを探すように歩いているのを見つけた。先程の1年生トリオの1人、姫野朝顔(ひめのあさがお)だ。仲間とはぐれちゃったのかな?

「何か捜し物?」
「あ、先輩……い、いえ……」

 朝顔は顔を赤らめて目を逸らす。僕はその表情にピンと来る物が有った。

「あ、トイレかな?」

 当たりの様で、朝顔はますます顔を赤くして俯いてしまった。うーん、初々しいなぁ。

 僕は桟橋の向こうの舗装道路の近くにトイレのマークが有ったことを思い出し、教えようと口を開きかける。だが、その時僕の中にいる悪魔がニヤリと笑って僕に耳打ちをした。

「……ビーチにはトイレは無いんだってさ。でも、向こうの岩場なら誰も来なさそうだし、そこでしたら?」
「え、でも……やっぱり一回戻ります」
「大丈夫大丈夫。『旅の恥は掻き捨て』だよ? それにこんな青空の下、思いっきり出したらきっと気持ちいいよ」

 戸惑う朝顔の手を握り、「案内してあげる」と僕は先に立って桟橋とは反対方向に歩き始めた。こんな時にさっき島巡りをした事が役に立つとはね。七魅とメイド達に感謝しないと。

 砂浜はだんだんと幅を狭め、木々が張り出し始める。所々に岩が砂から顔を出すようになり、あるところからぷっつりと岩場になっていた。

「この先の、あの岩の陰なら見えないよ」

 前方に見える大きな岩を指差す。そこまでは幅が5mくらいのゴツゴツとした岩の道になっていた。海に近いところは波飛沫が飛んでくるのか表面が塗れている。僕は朝顔の手を引き、少女の歩みに合わせてゆっくりと進んだ。

 大きな岩は海側が切り立った台形をしている。反対側は足掛かりがないため越えられそうにないが、海側なら周囲の岩が天然の階段になってぐるりと回り込めそうだった。
 しかし、一度海のすぐ側まで降りていかなければならないため、足下が濡れている場所を通ることになる。僕は朝顔にこの場に居るように言うと、先に降りて大岩の先を覗き込んでみた。

「うん。ちょうど岩が窪んで周りから隠れられそうだ」

 僕はそう言いながら岩の階段を登って朝顔のところに戻った。

「ただ、足下が滑りそうだから先に水着は脱いでおいた方がいいね」
「え、で、でも……」
「『保護者』として、君を守りたいんだ。あんな所で脚をあげて、滑って転んだら怪我をするかもしれないからね」
「……わかりました」

 顔を赤らめながら頷いた朝顔は、ワンピースの肩紐を外した。僕に背中向きになって水着を腰まで降ろし、少し躊躇したがそのままぐいっと膝まで下げる。年相応の小ちゃくて可愛いお尻が丸見えになる。そして片足ずつサンダルを脱いで足を水着から抜いた。その時、無毛のぴったりと閉じた割れ目が後ろから見えた。水着は終わるまで僕が預かることにする。

「じゃ、行こうか」

 僕が先に行き、朝顔が降りるのを手伝う。よっぽど怖いのか、少女は僕の手に両手で掴まって降りてくるので身体を隠しようが無く、僅かな膨らみの胸や股間が丸見えだった。
 そして、窪みの所まで行くと僕はそこにある平らな岩のでっぱりに腰を下ろした。

「ほら、おいで。支えてあげるから」
「は、はい」

 僕が自分の膝をぽんぽんと叩くと、朝顔は遠慮がちに近づいて岩によじ登り、そして僕の太股の上に海側を向いてお尻をつけた。丁度僕を椅子として座った格好だ。少女のちょっと甘いような匂いが首筋から感じられる。僕は朝顔の膝の裏に手を差し込むと、「よっ」と自分の膝も使って少女の脚を左右に割り開いた。

「わっ、きゃっ! そ、そんな……!」
「動かない動かない。こうしないと自分にかかっちゃうからね」

 膝を持った手に力を入れると、少女のお尻が持ち上がって股間が前に突き出された。赤ちゃんにおしっこをさせるポーズの完成だ。

「はい、いいよ」
「う、あの……でも……」

 朝顔は耳まで真っ赤になって股間を抑えている。ここまで来たら今更隠したってしょうがないのにな。

「あのね、姫野さん」
「は、はい」
「僕、君の『保護者』。だから何もおかしくないよ。ほら、しー。しー」
「……」
「しー」

 朝顔がおずおずと手を退かす。一杯まで開かれたつるっとした股間が海風に晒された。僕の胸に預けられた体重が僅かに重くなり、脚の緊張が解けたのが両手に感じられた。

「出る?」
「で、出ます……」

 朝顔が呟いた後、暫くして股間からちょろちょろと飛沫が飛び始めた。だんだんと勢いを増していき、やがてちゃんとした一本のレモン色の水流になり海目掛けて放物線を描く。汐の香りが強いせいかアンモニアの臭いはわからなかった。

 少女の肩越しに前を覗くと、両足の筋に引かれて少し開いた割れ目の中央に水流の発生場所があるのが見えた。「結構、溜まってたね」と言うと、恥ずかしがって朝顔は両手で顔を隠した。

 しばらく見ていると、やがておしっこの勢いがなくなる。ちょろっちょろっと2回くらい息んで出し切ったところで、僕は自分の体ごと少女の体を揺すって滴を切ってやった。少し背中が岩に擦れたがこれくらい男の子ならへっちゃらである。

「はい、どうだった?」

 僕は朝顔を一度お姫様抱っこにして側に立たせると自分も立ち上がった。

「あ、あの。ちょっと汚しちゃったみたいで……」
「ん、これくらい」

 僕はしゃがんでばちゃばちゃと海水を自分の脚に掛けて洗い流した。ついでに少女の股間もその要領で水を掛け、手で軽く擦って流してやる。朝顔はやっぱり顔を赤くしたが、今度は特に何も言わなかった。

「あ、ありがとうございます。あの……」
「ん?」
「その……ちょっと、気持ちよかったです」

 へえ。大人しい娘だと思ってたけどその気もあるのかな? 三繰のいい弟子になったりして。

「じゃ、帰ろうか」
「あ、み、水着……!」
「だいぶ時間がかかったし、みんな探してるかもなぁ」

 僕はあえて朝顔の言葉を聞こえないふりをして、手を握ってズンズンと歩きだした。戸惑いながら少女は全裸にサンダルだけという無防備極まりない格好で僕に着いてくる。

 うーん。女の子を裸で連れ回すのって気分がいいなあ。それが朝顔みたいに可憐で大人しい娘だとなおさらだ。今も相手を気遣う振りして後ろを向くと、困り顔で片手で何とか胸を隠しながら足を運んでいる。もちろんお尻と股間は剥き出しのままだ。

 僕はわざと来た時とは別の段差の大きいルートを選んで通った。素直な朝顔は僕に手を引かれるまま着いてきて、そして真っ赤な顔で手を使い、大きく脚を広げて段差を乗り越える。実に、良い格好だ。たまに先に行かせると後ろを気にしながらも大人しく岩を登り、股間の割れ目とお尻の穴を僕の目前に晒して楽しませてくれた。ああ、素直っていいなぁ!

 砂浜の近くまで戻ってきたところでようやく僕は水着を返してやった。ここまでやっておいてなんだが、一応紳士を気取って水着を着けるまで後ろを向いてやる。
 何気なく目の前の木に視線を向け、そこにハルの頭に有ったものと同じ花を見つけて「あっ」と声を上げた。それに気が付き肩紐を直しながら朝顔が隣にやって来た。

「あ、ブッソウゲですね」
「え? ハイビスカスじゃないの?」
「ハイビスカスは属名で、これはその中でも鑑賞用に栽培されている種なんです」
「へえ~。良く知ってるね」

 僕が感心すると朝顔は照れたように頬を赤くする。

「私、こんな名前ですから小さい頃から花に興味が有ったんです」
「じゃあ、姫野さんは園芸部?」
「星漣に園芸部は無いんです。みんな委員会が花壇を管理してますから」
「ふ~ん。じゃ、そっちの委員会にいるんだ」
「はい。部活は御廚先輩と薙刀部をやらせてもらっています」
「へえ~」

 意外だな。朝顔は全然体育会系って感じじゃないのに。でもそれを言ったら梓だってそうか。薙刀部って体育会なのにちょっと変わり種なのかも。

「じゃあ、将来の夢はお花屋さんとか?」
「え!? あ、そ、そうなんです」

 適当に言ったのに朝顔はまた顔を赤らめて肯定した。う~ん、こんな可愛らしい娘が花屋にいたら毎日でも通ってしまいそうだ。エプロンと花がとっても似合いそうだし。

「将来は家族でお花屋さん、かな?」
「ええ、小さくても良いんで花に囲まれた仕事がしたいんです」
「いいね。可愛くて素敵な夢だね」
「は、はい。ありがとうございます!」

 朝顔の顔がぱっと輝く。まさに花が咲いたような笑顔だ。僕もその顔につられて自然に笑い顔になった。

「ふふ。じゃ、姫野さん。そろそろ戻ろうか? 陽も傾いてきたしね」
「あ、はい……えっと、あの……」
「ん? 何かな?」

 何か言いたいことがあるようだったので、踏み出しかけた足を止めて振り返る。
 少女は胸の前でぎゅっと手を合わせ、茹で蛸のように真っ赤になりながら顔を上げた。

「あ、あの。私の事は、名前で呼んで下さいっ……!」
「え?」
「わ、私、自分の名前が気にいっててそれで、出来れば先輩にも、呼び捨てでいいから、な、名前で呼んで欲しいなって……」

 語尾の最後の方がだんだん小さくなって聞き取りにくくなる。でも、言いたいことはわかった。
 朝顔なんて名前、僕のいた小学校だったら絶対からかいのタネになっているのにな。よっぽど花が好きなんだろう。

「わかった。じゃ、これからは朝顔って呼ぶね」
「は、はい……!」
「じゃあ帰ろっか、朝顔」
「はい!」

 再び朝顔の表情に花が咲く。並んで歩き出すと、少女は自分から僕の手を握ってきた。横に首を向けて顔を見ると、俯いて顔を赤らめている。

(あれ? もう岩場じゃないのに……まあ、今は保護者って事になってるし、いいか)

 パラソルのところに帰ると、みんなほとんど引き上げたようでメイド達が片づけをしているところだった。別荘に戻ればちょうど夕食時だと言うので僕達もそれを手伝い、一緒に坂道を登っていった。

7.

 自室に戻ってシャワーを浴び、普段着に着替えるとすぐに夕食の時間になった。メイドに呼ばれて1階の食堂に降りると、そこには見たことも無いような豪勢な食事が並んでいた。

「す、すげぇ……なんてデカいエビなんだ」
「ロブスターだよ、イクちゃん」
「なんだ、ザリガニのお化けか」

 完全に料理に目を奪われながらハルの前の空席に座る。続いて降りてきた者もどんどん周りに座っていき、全員揃ったところでジュースを持って「乾杯!」となった。

 座席割りは次の通り。まず、長いテーブルの一番上座には別荘の持ち主として哉潟姉妹が向かい合って座る。三繰の側はハル、春原、野乃宮、滝川の順。一番末席は空席だ。七魅の側は隣に僕、さらに隣に朝顔が座り、華恋、文紀、梓の順だ。

 全員がグラスを置いたところで早速僕はザリガニの化け物に手を出した。切り分けられ、ソースのかかった大きな身を自分の皿に取り分けて箸でかぶりつく。

「うまっ! うまっ!」
「先輩、スープもいりますか?」
「ああ、お願い。このシュウマイもイケるぞ!」

 隣の朝顔がフカヒレスープを取ってくれた。つるるっと具を腹に流し込み、ふうと満足げな吐息をつく。

「ここは食のユートピアだ……!」
「先輩、エビチリ取りましょうか?」
「もち!」

 黙っていても隣の朝顔がどんどん料理を小皿によそってくれるので、僕は楽チンだ。幎の料理も美味しいけど大体が和食か肉料理に偏っているので、こんなに旨い中華は初めてだった。ただ無心に舌鼓を打つのに精を出す。

「あっ! 辛っ! このエビチリ辛い!」
「はい、ご飯です」
「辛いけど旨い! 辛ウマっ! ご飯が進むよ、これ」

 茶碗を持ってご飯を掻き込むと、朝顔の反対側の七魅が「あっ」と小さく声を上げた。

「ん?」

 その声に僕が箸を止めた瞬間、目の前のハルが突然手を突いて立ち上がる。

「あっ、イクちゃんおべんと付いてる♪」

 そして手を伸ばして僕の頬からご飯粒をひょいと取ると、そのままパクッと口に入れた。

「ば、ばかっ! それぐらい自分で出来るよ!」

 恥ずかしくなって手の甲でその場所をゴシゴシ擦ると、朝顔が「先輩こっち向いて下さい」とお絞りで拭いてくれた。何で僕をみんなそんなに甘やかすんだよ!
 しかしハルと違って朝顔には怒ることができず、結局されるがままとなってしまった。うう、恥ずかしい……。

 気を取り直して箸と茶碗を持ち直した時、ふと七魅が何に驚いたのかと気になって横を向いた。すると、彼女は何故か手にお絞りを持ったままこっちをジト目で睨んでいる。え? 僕何か悪い事した?

「な、何?」
「……何でもありません」

 七魅はお絞りを叩きつけるようにテーブルに置くと、ナイフとフォークを持ってギコギコと食事を再開した。何この威圧感……こ、怖ぇえ……。

 そのまましばらく無言で食事を続ける。相変わらず僕の前には隣から食事がどんどん流れてくるため、食べる以外何もしなくていい。その反対側の空気はなんだか粘度を増してドロドロとした気配を立ち上らせていた為、僕はなるたけそちらを見ない様に注意した。あ、そういえば……。
 僕は少し気になって朝顔の方に向いてたずねた。

「朝顔、ちゃんと食べてる? 僕にばっかり寄越してないで、せっかくの旅行なんだし楽しまないと駄目だぞ?」
「大丈夫ですよ、先輩と同じのを私も取っていますから。それに、先輩の食べるところ見てるのも楽しいです」
「そ、そう? そんなに僕、変な食べ方してた?」
「ふふ、美味しそうな食べ方ですよ」

 朝顔はそう言って笑う。
 僕は少し照れながら視線を前に戻した。が、すぐにテーブルの雰囲気が変わっていることに気が付く。何故か空気が固まっていた。

「イクちゃん……今、アサちゃんのこと名前で……」

 ハルが目を丸くして言う。何だよ、僕が朝顔の事呼び捨てにしてる事が気に食わないのか?

「いいだろ、別に。朝顔が(名前で呼ばれるのが)好きなんだから、名前で呼んだって」

 僕がそう言うと、「おぉおおおお!?」と朝顔以外の1年生や2年生達が素っ頓狂な声を上げた。あれ? 何この反応? 当の朝顔は顔を赤くして俯いているし、話しちゃまずい事だったのかな?
 次の瞬間、足に激痛が走った。

「ぎゃおすっ!?」

 僕が椅子を蹴立てて後ろに飛びすさると、足の甲に突き立っていたフォークがカランと床に転がった。「あっ」と隣の七魅がそれを見て驚きの声を出す。

「すみません。手が滑りました」
「手が滑ったって! 今刺さったよフォークが! ぷすっと!」

 しかし七魅は僕の文句に耳を貸さず、涼しい顔でメイドが持ってきた代えのフォークで食事を続ける。

「あ、あれ? フォークが刺さったんですよ? フォークが? ぶすっと」
「いいじゃない。ナイフが刺さらなかっただけ良かったと思いなさい」

 七魅の正面の三繰が平然と怖いことを言った。な、何で? 何で僕、哉潟姉妹に脅されてるの?
 味方を捜して周囲を見渡すが、朝顔が僕に済まなそうな顔をしている以外はみんな知らん顔か、それとも笑いを堪えている顔だった。えぇええ? 僕、ほんと何か悪い事した?

 誰も答えを教えてくれないので、仕方なく僕は恐る恐る自分の席に戻る。そして、試しに口を開いてみた。

「あ、杏仁豆腐取ってくれる、あさがぁっ!」

 ガンッ、と臑に3つ分くらいの蹴りが入って僕は悶絶した。テーブルに顔を押し付け、ヒクヒクと震えながら痛みが去っていくのを只じっと待つ。

「あ、何ですか先輩? すみません、今ちょっとお話してて聞こえませんでした」
「いえ……自分で取りますからどうぞお気になさらずに……」

 涙目で僕は席を立ち、足をズリズリ引きずりながら自分の分を取りに行ったのだった。

 やっぱりお家に帰りたいよぅ……。

8.

 夕食を命辛々脱出する事に成功した僕は、2階の自分の部屋でほっと息をついた。何がなんだかわからないが、とりあえず夕食中の何かが原因で哉潟姉妹が怒ってしまった事は間違いない。後で謝っておこう。あの2人の協力が得られなくなるのは、こちらにとってかなりの痛手なのだ。
 しかし、今すぐ行くのは得策ではない。もう少し様子を見て2人が落ち着いてから行くのが良いだろう。下手なことをすると火に油を注ぐ羽目になるだろうし。

 ようやく落ち着いた僕は、夜風を入れるために窓を開けた。空を見上げれば今夜は快晴のようで、天の川が良く見える。
 ふと、名前を呼ばれた気がして視線を下に向けた。

「おーい、イクちゃーん!」
「なっ!?」

 なんと、僕の部屋の窓からは別荘の下にある露天風呂が丸見えだった。湯気の中、特徴的な茶色髪の少女が僕に手を振っている。

「イクちゃん! ここ混浴だよー! 一緒に入ろ!」
「混浴ってなぁ……」

 お前は伊豆の踊り子か。羞恥心というものが欠落している。だが、哉潟家の自慢の露天風呂は少し気になったし、どうせ時間を置いたら他の娘達もやってくるだろう。ハルだけの今なら、それほど気兼ねしなくても入れるな。

「よーし、今からそこに行くから動くんじゃないぞー」
「うん!」

 僕は適当に旅行鞄から着替えを引っ掴むと、タオルを肩に掛けて階段を下りていった。

 哉潟家別荘の露天風呂は、坂の途中に造られているため独特の形状をしていた。一番上から湧きだした湯を岩に掘った溝を通して下まで流し、その途中途中に湯が溜まるよう溜池のような湯船を造っていた。そのため、個人の好みに合わせて徐々に温度が変わる何通りかの湯船が楽しめるというわけだ。

 お湯は大地の中を通ってくる間に岩の成分が溶け込んでいるのか、乳白色に濁って一見牛乳が流れている様にも見える。それが複数の湯船に小さな滝となって流れ落ちていく様が湯気の中に揺らめく。
 別荘から見れば下には白いお湯の川、上には銀河の星の川。哉潟家御自慢の「天の川風呂」である。

 風呂の脱衣所の前にはご丁寧に「当湯は混浴です」と注意書きが張られていた。まあ、これなら「旅の恥は掻き捨て」理論で僕が一緒に入っても怒られる事は無いよな。ささっと服を脱ぎ捨て、腰にタオルを巻いてガラス戸をカラカラっと開けた。とたんに白い蒸気に包まれる。
 上の方がお湯の温度が高いから余計に湯気が多いのだろう。僕は濡れた足下に注意しながらさっきハルが居た辺りまで石段を降りて行く。

「いらっしゃーい♪」

 ハルは一番下の方のお湯に、縁の岩に背中を預けるようにして浸かっていた。濁っているため身体のラインは見えないが、タオルが置いてあるって事は今は裸なのだろう。

「イクちゃんだけ?」
「そうだけど、何で?」

 応えながら置いてあった桶でかけ湯をし、ハルに「見るなよ」と言いつつタオルを取って湯船に浸かる。

「僕が1人で来るとまずいのか?」
「みんなを誘って来るのかと思ったから」
「僕はもともと1人が好きなんだ」
「そうなの? でも女の子は好きでしょ?」
「嫌いな男はいないだろ」
「なら、みんなを呼んで来れば大好きな女の子の裸いっぱい見られるチャンスだったのに」
「自分がまるで女の子じゃないみたいな言い方だな」

 「うん……」とハルは笑って押し黙った。あれ? 今こいつ照れてた? 風呂に浸かっているせいで顔が赤いし、見間違いかも。

「そうだ! イクちゃん、背中流してあげるよ」
「え?」

 僕が驚いてハルの方を見ると、ちょうどザバーっとお湯から上がるところだった。湯気の向こうに日焼け跡の残った白いお尻が見えて慌てて目を背ける。ハルは鼻歌を歌いながらタオルを身体に巻くと、しゃがんで僕の腕を取った。

「ほら、上がって上がって!」
「ちょ、僕は長湯が好きなんだよ」
「遠慮しないの、折角洗ってあげるって言ってるんだからさ!」
「遠慮じゃねぇ!」

 馬鹿力のハルに湯船から引っ張り上げられる。すんでのところで僕はタオルを腰に巻くことに成功した。ふぅ、セーフセーフ。
 「こっちこっち」と背中を押されて歩いていくと、普通の銭湯のようにシャワーや蛇口が並んだ屋根付きのスペースがあった。壁際にはシャンプーや石鹸も用意されている。

「はい、座って」

 ハルはシャワーの1つの前に椅子を持ってきて、そこに僕を座らせた。スポンジに石鹸を取って泡立て、僕の背中をそれで擦り始める。

「お客さん、どうですか~? 痛くないですか~?」

 僕は苦笑した。まったく、こいつは。何で男と女が2人で風呂に入ってるのにこんなに色気もへったくれも無いんだろう。まあ、だからこそ付き合いやすいのかもしれないが。

「いや。もっと強くやっていいよ」
「あいさー。そーれそーれ」

 ぎゅっぎゅっと背中の音が大きくなる。両手で一所懸命にスポンジと格闘している姿が容易に想像できた。

「さすが、男の子。背中が広いよ」
「ははは、ハルが僕の事をちゃんと男と見ているとは驚きだね」
「え? 何時だって私はイクちゃんの事、男の子って思ってるよ?」
「それは驚きだ。新発見だ。学会がひっくり返るぞ」

 僕が笑いながらそう言うと、「う~ん」と唸りながらハルは桶にお湯を汲んだ。

「……じゃ、一回流すね」
「ああ」

 背中からざぁっとお湯がかけられる。続けて2度、3度。黙ったまま動作を続けるハルに、僕は少し違和感を覚えた。コトン、と桶を置く音に続き、しゅるっと布の擦れる音。

「ハル?」

 僕が振り向こうとした瞬間、背中からハルが覆い被さってきた。

「えっ!? おい、ハルっ!?」
「……こっち、見ないでね」

 僕の脇の下から両手を前に持ってきて、胸の前でぎゅっと抱きしめられる。背中にはハルの胸の感触が直に感じられた。その頂点の部分の位置まではっきりとわかる。

「あ、ちょ、お前、ハダカっ!?」
「……」

 ぐっと、まるで逃がさないという意思表示のように僕は抱き竦められる。お互いの肌が密着し、筋肉の弾力や脇腹の肋骨の堅さまで感じ取れた。そして、そのさらに内で波打つ心臓の鼓動が、それらのものを透過して伝達される。

「これで……わかるかな?」
「え、な、何が?」
「私が、イクちゃんの事、男の子って意識してるってこと」
「……」

 ハルの鼓動は早鐘のように打ち鳴らされていた。熱を持った血流がハルの肌をじっとりと熱し、それがハルの吐息に熱さをもたらしている。

「さっきからね。もう心臓がドキドキして止まらないんだ。お湯の中にいたら波が立っちゃうんじゃないかってくらいなの。ううん、ホントはいつもそう。イクちゃんと一緒にいると、いつもドキドキして、頭がかーっと熱くなって、それで適当な事で誤魔化しちゃう……」
「……」
「これって何だろうね? イクちゃんにいつも側に居て欲しいよ。頭を撫でて誉めて欲しいよ。あの時みたいに、抱きしめて一緒にいるよって言って欲しいの。なんだろね?」
「……」
「えへへ……イクちゃんも、ドキドキしてるね。私の事、女の子って見てくれてるって事なのかな? だとしたら嬉しいな……」

 僕の胸の前の手が、ぎゅっとハル自身の方に抱き寄せる。ハルの顔が、僕の肩の上に乗ってすぐ側に有る。俯いた顔に前髪が垂れ、表情は良くわからない。だが、頬に赤みが差していつものハルとは違う、女性的な色気が漂っていた。

「ハル……」

 僕が呟くと、ハルは顔を上げ、そしてこちらに首を向けた。潤んだ瞳に僕の顔が映っている。瞼がわずかに震え、そしてそっと閉じられた。

「イクちゃん……」

 まるで重力に引かれるように、僕の顔はハルに吸い寄せられていく。ハルも気配を感じ、首の傾きを少しだけ上げる。そして、唇が……

 その時、後ろの方からぱたぱたと複数人の足音が聞こえた。

「あ、ここら辺なら入れそうな感じですよ」
「ええ、ちょうど良い湯加減です」

 はっと僕とハルは目を開く。そして慌てて身体を離した。その時ハルが桶を蹴飛ばし、周囲にカラーンと大きな音が響く。

「あれ? 誰かいる?」
「達巳君じゃない? 脱衣所に服が有ったし」

 人影がこちらに向かって歩いて来た。ハルは急いでタオルを身体に巻く。間一髪、さぁっと風が吹き周囲の湯気が流れ出した。

「あ、やっぱり達巳君……源川さんも?」

 そこに居たのはタオルを身体に巻いた春原だった。その後ろには梓、そして1年生ズの姿も有る。春原は3mほど離れて椅子に座ったままの僕とタオルを巻き終えたハルを怪訝な表情で交互に見比べた。僕とハルはお互い顔を見合わせ、

「あ、あれぇ? イクちゃんいたんだ。全然気が付かなかった」
「あ、ああ。ハルもいたんだ。頭を洗っていたから気が付かなかったよ」

と、お互いビックリしたという表情で笑い声をあげた。

「あははははは……」
「ははは、はは、はっはっはっはっ……」

 春原達は首を捻りながら僕達を見つめている。湯気と一緒に僕とハルの乾いた笑いが風に流され、夜空の星の海へと吸い込まれていった。

9.

 あの後、僕は春原達と別れてさっさと風呂から上がって部屋に戻ってきた。正直、雰囲気に流されてハルとキス寸前までいった事が気恥ずかしく、その場に残っていられなかったのだ。即座に世間話をしてその場に溶け込んだハルの器用さが恨めしい。

(それにしても……)

 ベッドに横になると、自然に口元がニヤケた。
 あれは、やっぱりそういう事なのだろうか? ハルが、僕の事を?

 枕を顔に当て、奇声を押し殺しながらベッドを転げ回る。いや、前からもしかしたらと考えないでも無かったが、本当にそうだったとは! 掛け布団を巻き込んで簀巻きの状態になり、それでも回転を続けてもう少しでベッドからダイナミック大回転ジャンプで床にキッスをしてしまう寸前、携帯の着信音に気が付いた。慌てて顔を上げ、手を伸ばしてベッドサイドのそれを取り上げると、家からだ。

「はい、達巳です」
『もしもし、幎です。郁太様』
「ああ、何か有ったの?」
『こちらは変わり有りませんが、郁太様ご自身の事について1つお伝えしたい事が有ります』

 幎の話の内容は、ブラックデザイアのキャプチャリングフィールドの事についてであった。
 現在、僕は契約時に設定したキャプチャリングフィールド(第1契約:星漣学園・第2契約:その関連施設)の外で能力を使っている。この状態は、携帯電話で言うなら通信局と遠い所で通話をしているようなもので、力の消費が激しくなるらしい。だから、定期的に魔力を補充しないとどんどん減少していって、寝ている間に能力が解除されてしまう可能性がある。果ては、魔力の枯渇で僕の心臓まで止まってしまうかもしれないと言うのだ。

「わかった。この年でぽっくりは嫌だからさっそく回収にかかるよ」
『お願いします。それと、グレイン・カリストによる魔力の変換は、郁太様から与えられた魔力の余剰分にも働きますので、契約を行う時とは異なり魔力の枯渇による虚脱状態には陥らないと思われます。ですから、機会が有るならば積極的に行っても問題有りません』
「なるほど。サンキュー、幎。これでやりやすくなった」
『ありがとうございます』
「おやすみ、幎」
『おやすみなさいませ、郁太様』

 電話を切り、僕は少し考える。今から魔力回収するとして、いったい誰をターゲットにしたら良いだろう。初めての事だし、最初は1人だけやってみて様子を見たい。
 今日悪戯を仕掛けて大きく常識と外れた行動をしたのは、サンオイルを塗ると称して身体を弄りまくった梓か、トイレの場所を騙して放尿させた朝顔だ。さて、どっちにしよう。

 魔力の回収手順は、まず契約する時と同じように僕から精液等の手段で相手に魔力を与え、そしてそれによって使い魔が母乳に擬態させた魔力を胸から吸い取る事になる。
 なら、やっぱり梓かな。おっぱいと言ったらあの爆乳を選ぶのは自然な成り行きである。男だったらそうだろ?

 梓はまだ春原達と温泉に入っている。僕はメモ用紙に風呂から上がったら僕の部屋に来て欲しい旨を書き込み、脱衣所に誰もいない事を確認して梓の衣服の下にそっと滑り込ませた。

 しばらくベッドでごろごろしていると、トントンとドアがノックされる音がした。「はいはーい」と立ち上がってドアを開けると、何とそこにはバスタオル姿の梓が立っていた。

「あれ!? 上がってそのまま来たんですか?」
「え? そういう意味じゃなかったんですか?」

 確かにメモには風呂から上がったら来てくれとは書いたが、まさか上がって服を着るのさえ省略して来るとは思わなかった。そのままだと非常に目立つので僕は慌てて梓を部屋に入れた。彼女はきょとんと首を傾げている。

「着替えてからで良かったのに」
「あ、そうだったんですか。じゃあ着てきましょうか?」
「あ、や、いいですそのままで」
「? はい」

 戻ろうとする梓を押し留める。僕に割り当てられた部屋は5m四方位のフローリングの部屋で、窓は露天風呂が見下ろせるバルコニーになっている。家具としては大きなベッドが有る以外は姿見と椅子と観葉植物が置いてあるだけで、後は壁と一体のクローゼットくらいだ。そんな中、布一枚しか身に付けていない女の子と1対1なんて、なんと胸の高鳴る状況なんだろう。こんなおいしい状況を逃す手は無い。早速能力発動だ。

 ここで、「旅」や「保護者」のキーワードを使用して書き込みを行えば、魔力を余計に使用することなく新しい内容を追加することが出来る。だが、それは同時に全員に即座に共有されてしまう。まだ魔力の回収がちゃんと出来るか確認が取れない内は、下手を打たない為にも個別の書き込みを行った方が良いだろう。キーワードは……あれがいいかな。
 僕は梓に椅子を進め、自分はベッドに座って世間話の様に話し始めた。

「梓さん、天の川風呂はどうでした?」
「とても気持ちよかったですよ。空の天の川も綺麗でしたし」
「温泉はどうでしたか? 何かいろいろ効能の有りそうな感じでしたけど」
「そうですね。何だか牛乳みたいなお風呂でしたね」

 僕はそれに「ははは」と笑って同意した。

「そうですね。だからここの温泉は、地面の天の川なんでしょう」
「え?」
「ほら、ミルキーウェイですよ」
「ああ、そう言えばそうですね」
「空のミルクと地面のミルクの川ですね」
「そうですね」

 ここで僕は心の中で呟く。インサーション・キーを「ミルク」に設定、対象者・御廚梓、ブラックデザイア、発動。
 ドクン、と心臓が鼓動し、左目に赤い支配の糸に絡め取られる梓の姿が見えた。これで良し、梓は僕の支配下に入った。ここからは「ミルク」を使って僕の喋ったことは、例えどんなに世間の常識と離れていてもそれが異常だと気が付く事が不可能になる。全て真実だと常識が書き換えられてしまうのだ。

「梓さん、実はさっき哉潟さん達からこの温泉の効能でおもしろいものを聞いたんですよ」
「ふーん。どんな効果が有るのですか?」
「この温泉に入って有る事をすると、女性はより女性らしく美しくなれるらしいのです」
「どんな事をするんですか?」

 僕はしれっと適当な事を言いつつ話を進める。梓は興味を引かれたように少し身を乗り出した。

「実は、ここの温泉に入ると女性は『ミルク』が出るようになるらしいのです」
「えっ! それって、おっぱいが出るようになるって事ですか」
「そうです」

 僕は真面目ぶって頷く。もちろんそんな効能は嘘っぱちだ。

「ただし、条件が有ってですね。『ミルク』を出すためには、男性からも同じミルク色の液体を貰って飲み干さないとならないんです」
「えぇ!? 男の人もおっぱいが出るんですか」
「いやいや、男のミルク色の液体と言ったらアレですよ。精子です」
「あ、そういえば精子も白っぽい色なんですよね?」

 本物を見たことが無いようで、顔を赤らめながら確認のように僕に問いかける。僕は頷いたが、内心笑い出すのを堪えるので大変だった。

「そう、まさに男の『ミルク』と言ったら精子の事です。これをここの温泉に入った女性が体内に入れると、ホルモンのバランスが変化して『ミルク』が出るようになるらしいのです」
「それで、綺麗になれるのですか?」
「いえ、そこで更に、男性に自分の『ミルク』を吸って貰うことで変化したホルモンバランスが安定し、美しくなれるのだと聞きました」
「なるほど……すごく良くわかりました」

 梓は僕のキテレツな説明にもうんうんと頷いて納得したようだった。そして、少し思案気な表情をした後、上目遣いに僕に目をやる。

「あの……達巳君?」
「なんですか? 梓さん」
「その、すごく個人的なお願いなのですけど」
「ええ、梓さんのお願いなら出来る限りお手伝いしますよ」
「ありがとうございます。それで、今の話なんですけど……」
「温泉の効能の話ですか?」
「はい」

 顔を赤らめ、僕の表情をうかがいながらおずおずと切り出す。

「その、試してみたいので、手伝って頂けませんか?」
「手伝うって、おっぱいを吸うことですか?」
「その前のところからです」
「前と言うと……」

 梓は耳まで真っ赤になり、小さな声で、だが僕にははっきりと聞こえるように言葉を発した。

「……達巳君の精子……飲ませて下さい……」

 僕はニヤリと笑顔を浮かべて頷いた。

「梓さんの為なら、よろこんで」

 精子を出すには男性器を刺激してやらなければならない、そう告げると、梓もその辺の知識は有るのか椅子から立ってベッドに座るの僕の脚の間にしゃがみ込んだ。僕がものをズボンから出すと、ほうっと熱のこもった吐息をつき目を大きくする。

「こ、これをどうすれば良いんですか?」
「指でさすったり、舐めたり、吸ってみたり……色々やって見て下さい」
「わ、わかりました」

 そうっと指を伸ばしてそれを掴み、ゆるゆると上下にさすり始める。だんだん大きく、堅くなるそれに目を丸くし、やがて完全にそれが上を向くと覚悟を決めたように目を閉じて唇を付けた。
 頭の部分を舌を滑らせて飴玉のように舐め、更に顔を動かして竿の部分に舌を走らせる。まるで僕のものが大事な宝物であるかのように丁寧に、大切に舌で刺激を与えていく。

 本人は気が付いていないようだったが、梓が頭を動かす度にバスタオルがずり上がってお尻が丸見えになっていた。僕は座る位置を変えるような振りをして梓を誘導し、姿見が彼女の後ろに来るようにする。鏡越しにお尻の穴と、その下の大事なところが見て取れた。

 僕の視線に気が付いた梓が後ろに目をやり、「あっ」と慌ててバスタオルを手で引っ張ってお尻を隠した。そして赤い顔で僕を見上げ、ばつの悪いところを見られて頭をかく僕を「めっ」と叱った。

「いや、ごめんなさい。でも早く出すためにはしょうがないんだ」

 僕の言葉に梓は少し首を傾げていたが、微笑を浮かべると上目遣いで「見たいの?」と聞いてきた。当然、僕は頷く。
 梓は「それなら」と僕にベッドに横になるように言い、自分も僕に続いてベッドに上がった。そして、横になった僕の頭付近に膝立ちで移動してくる。

「こんな事するの、達巳君だけですからね」

 そう言うと、はらりとバスタオルを脱ぎ捨てた。僕の視界に下から茂みに覆われた割れ目、なだらかな下腹部、窪んだお臍、脇腹、そして圧倒的なボリュームの胸が露わになる。その頂の向こうの梓の顔は、頬を染めてはいるが母性的な笑顔を浮かべていた。

 そして更に、梓は片方の膝を上げると僕の頭を跨ぐように動かしてベッドの足下の方向に向き直った。僕の頭の真上ほんの数十センチ先に梓の股間が見えている。あまりの絶景に自然と全身に震えが来た。
 そのまま梓は上半身を前に倒して再び僕のものを口に含む。子犬のような鼻音を鳴らしながら顔を前後させ、僕のに熱い快感を送り込み始めた。

 僕も目の前の梓の股間に堪えきれなくなり、手を伸ばしてそこを左右に割り開いた。そこはすでに恐ろしく熱くなっていて、しかもしとどに濡れていた。指で膣口の位置を押し開いた瞬間、どろっと糸を引いて僕の顔に粘液が垂れ落ちたくらいだ。僕は首の力を使って頭を浮かし、割れ目の中に見つけた小さな粒を舌先で舐めた。

「あっ……!」

 梓の全身に震えが走る。僕はそのままペロペロと顔をべたべたにしながら襞の中のあちこちを舐め上げた。口の中に愛液の味が広がり、僕は鼻から息を吸って梓の女の匂いで胸を一杯にした。

「うっ……う……!」

 竿を上下する動きが緩慢になり、腹部を擦れる梓の胸がやがて完全に押しつけられたまま動かなくなった。ぷるぷると太股は生まれたての子鹿のように力無く震えている。僕は梓の限界が近いことを知りながらぴんぴんに張りつめたクリトリスをきゅっと吸い上げた。

「うぁっ! あっ! あぅ! ぁあああっ!!」

 僕の口が吸い上げるタイミングで梓は楽器のように喘ぎ声を鳴らし、そして最後に背中を仰け反らして大きな声と共に絶頂に達した。僕の顔にお尻が押しつけられ、左右から太股がぎゅっと締め付けてくる。少し、耳が痛い。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 梓は息を乱したまま、身体を倒した。僕の脚にすがりつく様な格好になる。お尻がずれ、口と鼻が解放されようやく僕は一息付く事ができた。

「梓さん……大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……ご、ごめんな、さい……私、先に限界になっちゃったみたい……」

 梓はそのままぐったりとしている。よっぽど刺激が強かったのか、梓のお尻の穴と割れ目はまだひくひくと痙攣を続け、時折膣口から白く濁った粘液をとろっと吐き出していた。

「ごめんなさい。しばらく動けそうもないわ……」
「うーん……そうですか」

 ちょっとやり過ぎたみたいだ。どうしよう? 僕の方もかなり際どいところまで来ていて、あとちょっとなんだけれど……。
 その時、以前七魅と契約しようとして失敗した時の事を思い出した。そうだ、あのやり方なら……。

「ちょっと失礼」
「あぅん……」

 悩ましい声を上げる梓の脚を持ち上げ、身体を横にずらして脱出する。そして、脱力して人形のようになった梓をベッドに仰向けに寝かせ直し、上半身の後ろに毛布を丸めて挟み込んだ。

「梓さんはもう動かなくていいんで、そのまま口を開けて貰えます?」
「……はぁい」

 今度は僕が梓の身体を跨ぐように膝立ちになると、彼女は素直に口を開けた。トロンとした目で僕がものをしごきながら近寄ったのを見て、さらに舌を一杯に伸ばして受け入れの姿勢を示す。
 僕はその舌の先にものの先端を上下させて掠らせ、さらに快感を高めていく。梓の口の中は涎で室内の明かりをてらてらと反射し、それが先ほど見た彼女の膣内の光景を連想させて僕の興奮を煽った。一気に手の動きを早くし、尾骨の方に溜まっている熱い興奮を梓の口目掛けて加速していく。

「あっ、梓さんっ! 出ますよ! 出しますよっ!」
「は、はいっ!」

 梓の瞼が震えたその瞬間、僕は欲望の固まりを解き放った。全身から集まった快感が白い粘液としてものの先端から迸り、びゅくびゅくと音を立てて梓の口の中に注ぎ込まれていく。

「んっ……んくっ……ぅんっ……」

 粘度の高い白濁を梓は喉を鳴らして嚥下する。びゅるびゅると止めどなくあふれ続けるそれを、梓は懸命に体の中に受け入れていった。

 びゅるっ……びゅるっ……びゅっ……ぴゅっ……。

 驚くべき長さの射精だった。擬態した魔力がその主成分であるせいか、1分以上も続いたそれは、口に収まりきらずあふれた分が梓の顔や胸、垂れ落ちて臍の辺りまで白く染める頃になってようやく終了の気配を見せた。最後にびゅぅっとそれだけで常人の射精一回分くらいの精子を梓の口に絞り出し、僕のものはおとなしくなった。「はぁっ」と快感に止まっていた息をつき、僕はへたりと梓の横に手をついて身体を支えた。

「はっ……はぁっ……はぁっ……」

 いつも通りの脱力感が全身を支配している。魔力が減少して貧血状態になっているのだ。これで上手く魔力回収が出来なかったら、僕はかなり不味い状況に陥ってしまうだろう。
 一方梓は自分の身体に飛び散った白濁液を指で掬い取り、目の前でしげしげと眺めた。

「これが……達巳君の……」

 そして指を口元に持っていって舌先でペロリと舐める。「あらっ」と驚いたように少し目を見開いた。

「おいしい……コクがあって、本当にミルクみたい……」

 多分それは僕の能力による錯覚なのだろう。でも、自分のものを喜んで受け入れて貰えるならそれに越したことは無い。僕は少し笑って梓から退くために脚を上げ、ベッドから降りた。

「あ、待って!」
「え?」

 自分のものを拭うためにベッドサイドのティッシュを手に取ると、梓はそれを止めた。裸のままベッド上を移動して僕のものに手を伸ばす。

「私がしてあげますね」
「あ、梓さん!?」

 梓は僕の了承を待たずに股間に口を寄せた。ちゅっとキスをするように先端に唇を付けて中に残っている精液を吸い出し、更に竿の方に垂れたものを舌を這わせて綺麗にする。ものを指で支えて先端の窪みをちょんちょんと名残惜しそうに舌先でつつき、最後にもう一度唇を付けて顔を離した。

「はい、終わりました」

 そう言って笑いながら僕の取ったティッシュを使い、自分の涎でベトベトになった僕のものを丁寧に拭った。僕の方も、「後で代わりを出しますね」と断ってから梓のタオルを使い、顔や胸に垂れた精液を拭ってあげた。胸を拭く時、梓はくすぐったそうに「ふふっ」と笑った。

「これで、おっぱいが出るようになったんでしょうか?」
「たぶん……」

 貧血による多少のふらつきを覚えながら僕は答える。梓は立ったまま自分の胸を手で揉んだり寄せたりしてみていた。僕も少し不安になり、「ちょっといいですか」と胸に手を伸ばす。僕の手が肌に触れた瞬間、びくっと梓が身体を震わせた。

「あっ!?」
「えっ? どうしました、梓さん」
「えっと、今達巳君が触った瞬間、おっぱいが熱くなって……」
「今、どんな感じです?」
「何だか張ってきたみたい……達巳君、もう一回触ってみて下さい」
「わかりました」

 ゆっくりと手を伸ばし、梓の胸に触れる。今度はそれを拒む様子は見せず、梓は眉根を寄せてその熱さに耐えているようだった。手を動かし、ゆっくりとこねるように動かしていく。

「あっ……はぁ……ぅんっ……」

 梓の吐息が再び熱を持ち始める。手のひらに感じる梓の鼓動が段々早くなり、徐々に胸の先端が起きあがり始めた。堅く尖ったそこに胸の中で発生した熱が集中して、今にも破裂しそうにも見える。僕はその熱を解放しようとそこをきゅっと指先で摘んだ。途端、その先端からぴゅっと白いすじが飛んで僕のシャツに散った。

「んくっ!」

 梓が喘ぎを発し、そして僕の手に重ねるように自分の胸を押さえる。

「……い、今……何か……」
「出ましたよ、おっぱい」
「本当に……?」

 僕は自分の指に付いた薄白い液体をペロリと舐めてみた。牛乳より濃く、そしてずっと甘い。何よりこれが梓の身体の中で出来た物だという事実が、それを甘美なものとしていた。

「梓さん、吸ってみていい?」
「ええ、お願いします」

 許可を得たので梓の胸にむしゃぶりつく。「あんっ」と吐息をつく梓の膨らみきった先端部を唇で含み、口を窄めてきゅっと吸う。すると、それに応えてその先端から甘い汁が溢れ出てきた。舌の上に乗るとそれは甘みを止めどなく解放し、喉の奥を透過して脳髄へと浸透していく。

「あぁ……」

 梓が何とも言えない艶やかな喘ぎ声を発し、僕の頭をきゅうと手で抱きしめた。その間にも僕は夢中で溢れてくる温かいミルクをごくごくと喉の奥に送り込むのに専念する。

「た、達巳君……ま、待って……脚が……立ってられない……!」

 梓の脚はまたもや生まれたての子鹿のようになっていた。僕は胸から顔を離すのも面倒でそのまま梓の腰に手を回すと、ぐっと抱き上げてベッドに腰を下ろした。その際両足が梓の間に入り、計らずとも対面座位の格好になる。太股に乗った梓の股間の茂みがさわさわと肌を刺激する。

「あっ……達巳……くん……」
「……」

 吐息のようにかすかな声で梓が僕の名前を呼ぶ。それに応えず、僕は左右の乳房を順に吸い上げてミルクを飲み込むのに専念した。

「たつみ……くん……」

 くっと梓はおとがいを反らした。そこを流れた1筋の汗が鎖骨を通り、胸元へと降りてくる。それごと口に含んで舐め取ったとき、梓が僅かに体を震わせた。

 数分ほど僕の喉を潤した後に、梓のおっぱいは出なくなった。名残惜しげに乳首を含んでみるが、わずかに甘みを感じるだけでもう温かい迸りは出てこない。

「……終わり……ですか?」
「うん……」

 幾分沈んだ口調で僕は胸から顔を離した。僕がいつまでも口に含んでいたせいで、梓の胸は少し赤くなっていた。それをじっと見ていると、頭上から「達巳君」と優しく声をかけられる。それに顔を上げた瞬間、柔らかいものが僕の唇を塞いだ。

「!?」
「……ん」

 それは、梓の唇だった。目を閉じた梓が、僕にキスをしている……!
 唇を合わせるだけの接吻。10秒くらいだった筈だが、驚きで時間の止まっていた僕にはずいぶん長かったように感じられた。すっと顔を離し、梓が静かに優しげな色をたたえた瞳を開く。

「ふふふ……ママのキス、かな?」
「……」

 梓は少し照れたように笑い、そしてペロリと唇を舐めて「私のおっぱいって、甘いのね」と感心したように頷いた。そして僕の膝の上を離れる。梓が立ち上がる時、ぬるりと膝の上で滑って「あっ」と顔を赤らめた。股間と僕の太股の間に梓の秘所からの分泌物による糸の橋がかかる。そこはべとべとに濡れていた。

「ご、ごめんなさい……」
「あ、いえ」

 何と言えばいいか、返答に困る。取り合えず、僕は梓に部屋にあるシャワーを勧めた。
 いつの間にか魔力の補充は成功していたようで、ふらつきは無くなっている。僕はベッドから立ち上がり、クローゼットの中の衣装ボックスから代えのタオルを出して手渡そうとした。しかし、梓は笑ってタオルではなく僕の手を取ると、「一緒に入りましょう」と僕を誘った。

「え? で、でも……」
「いいから。洗いっこしましょう?」

 結局その誘惑に抗う事が出来ず、シャワーを共にする事になった。梓が手に石鹸を付けて僕のものや身体をぬるぬるとさすって洗ってくれる。僕の方も、お返しに手で梓の胸をもんで洗い、足の間の敏感な所は指先で丁寧に撫でて綺麗にしてあげた。

 十分にお互いを洗い合った後にシャワーから出て、1つのタオルで体を拭き合う。僕は新しいシャツとズボンを身につけ、そして梓は新しいタオルを用意したのに、今僕が使ったばかりのタオルを体に巻いた。彼女を見送るため、先に扉を少し開けて外に誰もいないことを確認してから梓を部屋から出した。

「あ、達巳君」
「何?」

 帰り際、ちょいちょいと口に手を寄せて梓が呼ぶので何か内緒話かと耳を寄せる。その瞬間、梓は僕の顔を正面に向かせて再び唇を重ねた。

「!!?」
「……ふふっ、ママのキスとは違うキスですよ」

 そう言うと、梓は「またね」とウィンクし、僕の頬を指先でそっと撫でると手を離して廊下を歩いて行った。通路を曲がり、足音が離れていく。僕はそれをぼんやりと口に手を当てたまま聞いていた。

 しばらくして我に返り、慌てて周囲に見られていなかった事を確認してドアを閉める。その瞬間、プツリとブラックデザイアのコントロールの糸が切れたのを感じた。
 恐らく、梓にミルクの話をしたところから彼女の記憶は消去され、今のやりとりも含めて事実とは異なる事柄が補完されたのだろう。それがブラックデザイアの能力だから。

 だけど今は、それが少し寂しかった。

10.

 梓が去ってからしばらく時間を置き、僕は自分の部屋から出て階下に向かった。何となく、今は1人でいるのが嫌だったのだ。

 1階の食堂の隣の部屋には1年生達とメイド2人がソファに座って、80インチくらいあるテレビでアニメを見ていた。

「おや、『猫の恩返し』か」
「あ、先輩も一緒に見ますか?」

 朝顔が場所を空けてくれたので隣に座る。メイドの1人がすっと立って僕のためにジュースを持ってきてくれた。
 1年生達は時々「わあ」とか感嘆を挟みながら真剣にテレビを見ている。僕はこのアニメ映画は昔どこかで見たことがあったので、話しかけられた時は適当に相槌を打ちつつ、漠然と眺めていた。

 壁際のビデオラックに沢山の映画のディスクケースが並んでいるが、タイトルを眺めているとそれに偏りがある事に気が付く。側のメイドにそっと聞いてみる事にした。

「映画のコレクション、動物ものが多くないですか?」
「ええ、お嬢様がお好きなんです」

 微笑みながら答えるメイド。なるほど、七魅の趣味か。そういえば随分とイルカにもご執心だったようだし、意外に可愛いところも有るじゃないか。イメージと違うけど。

 映画はいつの間にかラストに近づいてた。猫のバロンが主人公を救出するシーンだ。その時、テレビを真剣に見ていると思われていた朝顔が僕に体を寄せて来た。僕に耳打ちするように顔を寄せてくる。

(先輩、少し質問してもいいですか?)
(何? 映画の展開の事は教えられないよ)
(いいえ……あの、先輩って付き合っている人、いるんですか?)
(え!?)

 思いがけない質問に僕はびっくりして朝顔の顔をまじまじと見つめてしまった。少女の顔には赤味が差し、瞳はとろんと焦点がぼやけている。そう言えば、少し息が……。

(あ、これカクテルジュースじゃないか! 何飲んでるんだ!)
(いいじゃないですか、お酒くらい。それより、質問に答えて下さいよ~)

 朝顔は僕の腕にぎゅっとしがみついてくる。薄い胸の向こうでドキドキと心臓が鳴っているのが感じられた。少しアルコールの混ざった甘い息が吹き付けられる。僕は積極的な朝顔の様子に狼狽しつつ、取り合えず正直に答えることにした。

(いないよ。誰とも付き合ってないよ)
(そうなんですか? 本当に?)
(本当だよ)

 ふ~ん、と朝顔は首を傾げている。何か、またブン屋から悪い噂が流れているんじゃないだろうな。

(じゃあ、今好きな人はいますか?)
(ええっ!? 何で?)
(答えて下さい。先輩、誰か好きな人いるんですか?)
(う、えっと、その……)

 脳裏に先ほど風呂場で僕に抱きついてきたハルが浮かぶ。僕はハルの気持ちを知って嬉しかった。それは、ハルが好きって事なんだろうか?

(……源川先輩ですか?)
(え、いや、違う……)

 朝顔の追及するような視線に、とっさに否定してしまう。

(じゃあ、哉潟先輩ですか?)
(……違うよ)
(春原先輩)
(……いや)
(御廚先輩)
(……全員確かめるつもり?)
(……紫鶴さま)
(……)

 僕は黙りを決め込むことにした。どうして今日会ったばかりの朝顔にこんな風に尋問のような事を受けなければならないんだろう。正面を向き、テレビに集中する振りをする。

(……ごめんなさい)

 朝顔が隣で呟いたが、僕はそれに答えなかった。

 映画が終わり、やれやれと立ち上がろうとすると腕が重い。目をやると、朝顔が僕の腕を掴んだまま寝息を立てていた。その隣では華恋と文紀が頭を寄せてお互い支え合うようにして眠っている。やれやれ、どうやらお子さま達にはアルコールが強すぎたようだ。

「達巳様、姫野様を部屋までお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、いいですよ。全く、赤ん坊みたいにしがみついちゃって」

 メイドの申し出を快く引き受ける。それに微笑むと、メイド2人はそれぞれ後2人の1年生を起こして連れて行った。さて、僕も朝顔を起こしてやらないと。

「朝顔、部屋に戻るよ」
「……ぁふ」

 小さな口で可愛らしく欠伸をし、目を擦る。僕は少女を支えて立ち上がらせ、部屋に手を引いて連れていった。

 1年生達は3人で1つの部屋を割り当てられている。部屋の中をのぞき込むと、メイド達が華恋達をベッドに寝かしつけているところだった。

「ほら、ここまででいいだろ」
「はい……」

 歩いている途中で頭がはっきりしたのか、意外にしっかりとした返事が返ってくる。「じゃ、おやすみ」と手を離そうとした時、朝顔はぎゅっと手を握り返してきた。

「?」
「先輩……もう1つだけ、質問してもいいですか?」
「またか? いいけど、これが最後にしてよ?」
「はい」

 朝顔は真剣な表情で僕の顔を見つめる。まるで、そこに浮かぶどんな変化も見逃すまいとする様に。

「先輩の好きな人……ほんとは、那由美さまだったんじゃないですか?」
「!!!」

 ドクン、と心臓が大きく鼓動した。身体にその振動が走り、硬直する。果たして、それは腕を伝わって朝顔まで届いてしまっただろうか。僕は努めて冷静を保ちつつ、静かに唾を飲み込んで口を開いた。

「……違うよ。何で?」
「……そういう噂があるんです。達巳先輩は、那由美さまの敵をとるために転入してきたんだ……って」
「朝顔も、そう思っているの?」

 僕がそうたずねると、少女は悲しげに首を振った。

「わかりません。でも……そうじゃなければ良いと、思います」
「どうして?」
「先輩には、もういなくなった人より……今いる人の事を想って欲しいから……」
「……」

 僕は朝顔に何も言う事が出来なかった。「おやすみなさい」と彼女が扉を閉めても、僕はただ言葉もなく頷く事しか出来なかった。

 那由美の事を忘れる?
 忘れて、今いる人間を想え?

 ……出来るわけがない。
 那由美は、僕から全てを奪った存在だ。
 同じ時間、同じ母親の胎内で成長したくせに、外界に産まれ落ちた途端、全てがあいつに与えられ、全てが僕から奪われた。

 あいつを許す? 許して忘れる?
 それは無理な話だ。あいつは死ぬ瞬間まで僕から奪った物を持って行ってしまったのだから。

 だから、僕はあいつを生き返らせる。
 僕の全てを奪ったあいつを蘇らせて、僕の物とする。
 僕の全てはあいつの物だが、あいつの全ては僕の物になるのだ!

 だから止めない、絶対に。
 僕の命に賭けて、存在に賭けて、あいつは、僕が生き返らせてやるっ!!

 その夜、僕は夢を見た。
 夢の中で「猫の恩返し」の主人公は僕の知るハルで、僕はバロンだった。
 ラストシーン付近の空からの落下シーンで、僕はハルを助けようとするのだが、何故か彼女は僕を拒む。

「もうやめようよ」

 止められるかよ!

 ハルはいつの間にか紫鶴に変わり、僕を優しく抱き止めた。

「取り返しのつかないことだって、あるのですよ」

 止めない、絶対に止めない!

 次々に人が入れ替わっていく。
 七魅は「助けが必要ですか?」と尋ね、三繰は「達巳君には無理だと思うな」とからかう。春原は「諦めないのもいいけど、無理だと思ったらちゃんと帰ってくるんだよ」と笑い、静香は「無茶をしないでくださいね」と心配そうに言った。

 そして、最後に幎が現れ僕を両手で包み込む。

「郁太様の全てを、私に下さい」
「!」

 次の瞬間、僕は真っ暗闇の閉鎖空間に叩き落とされた。周囲の様子は何も見えないのに、そこに影の様な獣のような何かが蠢いているのが気配で分かる。
 その影の1つがぬうっと大きくなり、トンガリ帽子のシルエットに変化した。

「その本は私の物だ。返して貰おうか、ボウヤ」

 枯れ木のように細い影の腕が僕の方に伸びてくる。それから逃れようと必死になって黒い本を胸に抱えて走る。だが、すぐに影の獣達に追いつかれ、取り囲まれた。

 その時、僕の背中側に誰かが居ることに気が付いた。お互いを守るように僕とそのもう1人の人物は背中合わせになり、獣達を威嚇する。

「――貴方の背中は、私が守ろう」

 女の声だ。僕たちはくるりと時計回りに足を裁き、お互いの位置を入れ替える。その時、黒色の長い髪が円を描いて僕の視界を掠めた。

「其れがパートナーというものであろう?」

 黒い獣達が一斉に襲いかかってきた。だが、僕達は何も恐れる事は無かった。ぐっと身体を沈め、それを向かえ撃つ。

 ……そこで、夢は途切れた。

< 続く >

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