最終話?の2 去年、今年、そして
※エロは4節までありませんのでご注意下さい。
「ふー、やっと座れた」
「……ょいしょっと」
乗り込んで思わず息を吐くあたしと、あたしの目の前に座る涼。
予定通り空はもう真っ暗で、バッチリ夜景が見られそうだ。
「楽しみだね」
「うん」
と、涼は入口の側を見る。つられて見ると、そこにはイルミネーションの下、あたし達が並び始めた時の倍以上の列が見えた。
「大正解」
「うん」
数秒の(特に気まずくもない)沈黙のあと、涼が、
「今年も終わりだね」
と話し出した。
「だね」
期末テストも昨日で終わったし。まだ答案返ってきてないけど。
「いろいろあったよね」
これはあたし。
「あったよ」
言った涼は、小さく笑った。
でもわかる。あたしのうぬぼれでなければ……これは控えめだけど、会心の笑みだ。
「で、都ちゃんと、ここにいる」
「うん」
その通り。
告白されたのは春。そこから何回かデートして、なんだかんだで「初めて」が夏の後半。そして……ああなってこうなって、すっかり二人の関係が当たり前になった。
「……短い間に、いろいろやったなあ……」
「長かったよ、僕にとっては」
思わずつぶやいたあたしの言葉に、涼が反応した。
「僕は、去年からだったから」
あ、そうか。
あたしと涼は、恋人の関係になる前から、よく遊んだりしていた。その時は2人じゃなくて、もっと大人数でだけど。
付き合い始めてから知ったけれど、涼があたしに気があったのは結構前からだったらしい。
「ねえ」
「ん?」
「何であたしだったのか、聞いてもいい?」
「え」
正直、興味があった。
「だめ?」
「いいけど……うーん、きっかけがある訳じゃないんだよね」
「そうなんだ」
「うん……最初に都ちゃんを見たのって、進学式の時なんだよ」
「うん」
あたし達は一貫校なので、「入学式」ではなく「進学式」だ。つまり、去年の4月。
「その時、都ちゃん、流さんとかと話し込んでて」
「へぇ、そうだっけ?」
全く覚えてない。
「僕はそれ、たまたま見かけたんだけど……『よく笑う人だな』と思った。あと、話しやすそうだな、って。僕、女の人と話すのはあんまり得意じゃなかったから」
「……むぅ」
それは褒められていない気がする。
「あ、違う違う。その、なんというか、女の子なんだけど……悪い意味で『女臭さ』がなかった、というか」
必死でフォローする涼。
「その割には、流とも仲良いじゃん」
「いやそれは……仲良いって言っていいのかなあれ。はっきり言って、僕今でも苦手だよ、流さん」
「そうなの?」
「うん。……都ちゃんに対するそっちの方面だけはやたら気が合うけど」
「黙れ」
前、涼は「流さんは、彼女っていうよりは、双子のお姉さん」って言ってたのは、それのことだ。でも、今でも苦手っていうのは知らなかった。
「それはともかく」
涼が話を切り替える。
「そのあと、席が僕の斜め前になったじゃん、都ちゃん」
「うん」
「大沢」と「小田島」。出席番号は近かった。
「黒板見るとさ、必ず都ちゃんの後頭部とか、横顔が見えるの。で、どうしても目が行っちゃってさ」
「うん」
「あと、なんだかんだで結構話してたじゃない? あと、サッカーとかバスケとかもして」
そういえば、流と話している時に(涼に限らないけど)男の子に不意に話しかけたり、逆に用事があって男の子のグループに声をかけて、そのまま話し込んだりしたことは結構ある。サッカーもバスケもする。今でも。
「で、掃除の時とか、一緒にいる時に自然と目が行くようになってたことに、風呂の中である日ふと気がついてさ」
「……」
「それで、あ、好きなんだ、って思った。そしたら、次の日から都ちゃんしか見えなくなった」
「……………………」
かあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ
あっさり言われましたけど、なんかベタ惚れされてませんか、あたし。
「そ、そうなんだ……」
「うん。それが梅雨の入りくらい。それから告白まで1年近く。長かったよ」
それは確かに長い。うちのクラスは席替えがなかったから、結構生殺しだったんじゃないだろうか。
……正直、告白されるまで全く気づいてませんでした。ごめんなさい。
こっぱずかしくなって目を背けると、
「……あっ」
息をのんだ。
「……おぉっ」
涼も続く。
そこには、
夜空に輝く星と、
眼下に遠く広がる大都会のキラメキと、
クリスマスイルミネーションに照らされた遊園地があった。
「………………素晴らしい」
「……ごい」
す、が出なかった。
そのくらい、感動した。
これは、1時間並ぶ価値がある。いや、3時間でも並ぶ。
この景色を恋人と二人で共有できるのは、……いい。
と。
涼の手が、あたしの頭に触れる。
ふと見ると、涼の横顔が、目の前にあった。
思わず近づいていたらしい。
涼と目が合う。
あ。
今度はさっきとは違う「予感」がした。
そして、
「んっ」
当たった。と思った時には、あたしの唇が涼に奪われていた。
興奮で意識が飛びかけた。
「ふぅっ」
「……んぅっ」
舌が入ってくる。
腕に力が入る。
止められない。
止めるはずがない。
……そのままどのくらい経ったか。涼の動きが止まったので、うっすら目を開ける。
「ん……」
キスしたまま、涼が目で合図をする。
あたしも、同じ方向に目を逸らす。
そうだ。盛り上がるのも良いけど、今はこの景色を……。
と、エッチの時並みに鈍った理性を働かせて、景色に顔を向ける。だけれど身体が、勝手に涼の方にしなだれかかってしまう。
もし今、服の中に手を入れられたら、多分我慢できない。
そんな確信があった。
でも涼は、あくまでコートの上から、あたしを強く抱き寄せていた。
じぃっと、景色を見つめる。
観覧車が少しずつ下っていく。
それでも、じぃっと。
「……都ちゃん」
イルミネーションがかなり近くなってきた頃、あたしを抱き寄せたままの涼が声を出した。
数分喋ってなかったせいか、かすれ声だ。
「ん?」
「都ちゃんは、僕と付き合って、よかったって思う?」
「もちろん」
即答した。
「ありがとう。……これからも、一緒にいられるといいな」
「うん」
そう思う。
そのまま数秒。心地いい沈黙が襲う。
「都ちゃん」
「ん?」
また、名前を呼ばれた。……違和感があった。涼の声が堅い。
「ひとつ、都ちゃんに言っておきたいことがあります」
「え?」
面食らった。
何? と聞く前に、
「今日、実は、都ちゃんの催眠、ほとんど解いてある」
「えっ!?」
言われたことは、本当に予想外だった。
「……いつ?」
「電車降りる前。今都ちゃんに残ってるのは、催眠に落ちるキーワードと、『催眠を解かれたことを忘れる』っていう催眠だけ」
そうだったのか。全然気づかなかった(当たり前だけど)。でも、
「……何で?」
次の質問。理由が全然分からない。
「今日の遊園地、催眠無しの状態で都ちゃんに過ごして欲しかったから。それと」
涼は抱えていたあたしの頭を持ち上げて、少し強引に顔を見合わせる。
「これからの話を、催眠無しの状態で都ちゃんに聞いて欲しかったから」
あたしの瞳に映った涼の顔は、真剣そのものだった。
余りの真剣さに気圧されて、思わず黙る。
なので、次の言葉を待つ。
待つ。
待つ。
……でも、なかなか来ない。
ついさっきとは違う重い沈黙が流れて。
涼は、あたしの身体を離しながら、
「プレゼントがある」
と言った。
なーんだ。
それだったら、そんなに堅くなることないのに。
そう思いながら、ジャンパーのポケットに右手を入れた涼を見つめる。
そこにプレゼントが入っているのだろう。
けれど、涼はなかなか、その右手を出さなかった。
また、微妙な沈黙が流れる。
でも、もうあたしは気楽だった。プレゼント渡したいんだって分かったし。
そして涼は、
「あの……」
と切り出して、そこで、
こんこん。
……音をした方を見ると、観覧車の鍵を開けるスタッフさんの顔が見えた。
あちゃー、時間切れだ。
< つづく >