霧と太陽のジュネス 図書室の章

“図書室の章”

「もしも世界を好きなように操れるとしたら、お前ならどうする?」

 放課後の図書室で、ハードカバーの冒険小説を読んでいたら、いきなり魔法使いみたいな謎かけをぶつけられた。
 びっくりして顔を上げると、同じクラスのナツミキリヤの輝く目がそこにあった。
「え……はい……?」
 僕は戸惑い、狼狽える。
 親しげに話しかけてきてるけど、僕とナツミが会話するのはこれが初めてだった。同じクラスにいるというだけで、お互いに接点はない。
 ナツミキリヤは自由奔放な天才で、うちのクラスのヒーローだ。一方の僕、フユキタイヨウはいまだにクラスに馴染めない、地味な転校生だった。
 そして僕は、そんなナツミのことが苦手だ。
 彼の才能と強気な性格には圧倒される。勉強もスポーツも常に1番。学校中の女子が夢中になるような美少年。何もかも出来すぎて、少し怖い感じがする。教室の空気に馴染めない僕は、いつもこの図書室に逃げていた。
 そのナツミが、いきなり一対一で僕の前にいる。じんわりと手に汗をかいた。息が詰まりそうだった。
 僕は口の中の唾を飲み込んで、質問の意味を考えながら周囲を見渡す。向こうで数人の下級生が本を囲んでいたはずなのに、いなくなっている。カウンターにいた委員の子もいない。
 いつのまにか、ここには僕とナツミの2人だけ。僕の心臓がまたドキンと高鳴る。
「な、フユキ。どうするんだよ?」
 奇妙な切迫感。僕を追い詰める、子どもっぽく妄想じみた脈絡のない質問。物語は、主人公のいきなりのピンチから始まる。
「えと……それって、つまり、世界中の人間を操れるってこと? 誰でも?」
「そう。誰でも操れる。何でもできるし、何でも奪える。そうなったら、どうするって話」
 答えのない質問は苦手だ。心の中を覗かれるみたいで。
 僕はこの場を取り繕える無難な回答を探した。
 地球の王様になれる権利を手に入れて、まず最初にしてみたいことって何だろう。僕は何か欲しいものでもあるのだろうか。今と違う何者かになるだろうか。
 お金は欲しいかもしれない。便利な手下もいたほうがいい。
 小説家にもなれる。ノーベル文学賞だって夢じゃない。
 総理大臣になって戦争ゴッコでもするかな。それとも、ここは僕のものだと世界の中心で高らかに宣言するだろうか。
 考え出すときりがない。というより、深く考えても意味がない問いだと気づいた。
「よくわかんないけど、まずはクラスの人気者にでもなるかな?」
 世界中の人間を思い通りにできるのなら、お金も地位も名声も意味がない。むしろあっても邪魔なだけだ。
 それなら、何でもできる子供のままでいた方がいい。面倒なことは考えないで、今を楽しめばいいだけだ。
 とりあえず、僕はこの退屈な毎日を少しは愉快に変えると思う。自由で、強くて、遊び相手に困らないような、みんなの人気者として振る舞うに違いない。
 ようするに、ナツミみたいになるだろう。
「あはははっ」
 その答えに満足したのか、ナツミは愉快そうに笑った。
 僕にはその顔がまぶしく見える。いつもクラスの中心にある顔だ。自分に絶対の自信がある顔だ。
「じゃあさ、じゃあさ」
 ナツミは僕の前に身を乗り出してくる。人慣れない僕は思わず身を引いてしまう。そんな僕の露骨な態度にも構わず、ここが図書室であることにも遠慮せず、ナツミは声を大きくしていく。

「1人だけ、どうしても操れない人間がその中にいたら、どうする?」

 ……どうするって言われても、そんなこと、想像したこともないし。
 もしも世界に100人いて、そのうちの99人を思い通りに操れる。残った1人をどうするか。
 そんなの簡単だ。99人の誰かに殺させればいい。
 でも、それって簡単すぎるし、残酷な気がする。ていうか、一番つまんない答えだ。
 ナツミは答えを待っている。たぶんナツミは僕を試してるんだ。僕はしばらく考えて、思いつくいろんな答えを並べてみる。
「…その1人と、親友になる?」
 それが一番平和的で楽しい解決だと思った。むしろたった1人で王様ゴッコしてるより楽しいかもしれない。
 ナツミにとってもそれが正解だったのか、お腹を抱えて笑い出した。
「そうだよな、そうくるよな。思ったとおりだ。やっぱ俺たち、気が合うよ」
 気が合う? 僕とナツミが?
 意味不明な質問を重ねて、あげく出てきた彼の結論は僕を更に混乱させた。
 教室のヒーローナツミと、エアー転校生の僕とじゃ、全然キャラが違うじゃないか。でも、ナツミは本心から僕に近しいモノを感じたみたいに、更に態度を馴れ馴れしくさせる。
「それじゃ、タイヨウ」
 誰もいない図書室で、いよいよ核心に迫るような口調で、ナツミは僕を下の名前で呼んだ。
「お前、ハラダのこと好き?」
 それは拍子抜けするような質問だった。
 ハラダマナミは同じクラスの子だ。いつも可愛い服を着て、おしゃれな感じの女の子。クラスで一番可愛いって評判で、おそらく本人もそれを自覚している。彼女の笑い声は、休み時間の教室の中でもよく聞こえる。
 転校してきてから、特に親しい友だちもできずにいた僕は、当然彼女と会話を交わしたこともない。可愛いとは思うけど、タイプかと聞かれるとそうでもない気がする。それが正直な感想だった。
「別に…」
「えー、ウソだろ?」
 でもナツミは僕の返答に納得いかないらしく、唇を尖らせて不平をあらわにした。
「じゃあ、誰? タイヨウは誰がいいわけ? キヨタとか?」
 というよりも、今までの流れで何でこんな話になるのか、意味が分からない。
 僕には好きな子なんていない。クラスの女子はよく知らないし、前の学校でも同じようなものだった。
 でもそのことを言っても納得がいかないみたいで、ナツミは「あー」とイラついたように髪をかきむしって、しつこく僕に迫ってくる。
「ハラダでいいじゃん? アイツが一番可愛くね? うちの男子はみんなアイツのことが好きなんだぜ。タイヨウもそうだろ? な?」
 僕が怖いのは彼のこういうところだ。
 同い年と思えないくらい大人びた強さと頭の良さを持っているクセに、振る舞いや考え方だけは普通に子どものままだった。
 どんなに突拍子なくても、わがままでも、自分が言えば何でも通ると思っている。そして事実、僕のクラスでナツミに逆らうヤツなんていない。彼の「そう思わね?」の一言に、誰もが喜んで従うんだ。
 僕はなんだか怖くなってきて、やはり彼の言うとおりに「ハラダが一番可愛いと思う」と頷いた。そのこと自体に特に異論があるわけでもなかった。
「だろ? やっぱそうだよな」
 ナツミは途端に機嫌を治した。
 そういえば、ハラダもいつも彼を取り囲んでるグループの中にいる。ひょっとして、この2人は前から付き合ってるのかもしれない。
 ということで、これはただの彼女自慢じゃないだろうか。
 そう考えると拍子抜けした。僕にそんな話をしたって、どうなるわけでもないのに。ナツミは僕が羨ましがるとでも思ったんだろうか。
 でも、ナツミが次に発した言葉は、僕の想像の遙か上空を、飛行機雲のように斜めに突き抜けていった。

「それじゃ、お前にハラダやるよ」

「……え?」
 あっけに取られる僕の前で、ナツミは図書室のドアに向かって大声で呼びかけた。
「おーい、入ってこい」
 いつからそこで待っていたのか、彼の呼びかけで中に入ってきたのは、まさにハラダマナミその人だった。
 ピンク系の短いスカートに、ゆるくカールした長い髪。それで外を歩いてたら変態のお兄さんに連れてかれるんじゃないのってくらいお姫様な女の子が、小走りで僕たちのところにやってくる。
「フユキくん」
 彼女はナツミではなく、僕の名を呼んだ。はにかむ笑顔で僕の前に立つハラダは、確かに可愛いと思う。
 でも、なんだか変だ。妙な雰囲気。いつものハラダとちょっと違う。熱っぽい顔。キラキラした目。
 なんだかまるで、恋でもしてるみたいに。
「フユキくん、好き」
「……はい?」
 ハラダは、ひょっとしたら衝撃的かもしれない告白をいきなり始めて、服のボタンを外し始めた。
「好き。大好きなの」
 シャツが落ちて水玉模様のキャミが現われた。スカートのホックが外されて、キャミとお揃いのパンツが現われた。
「え、ちょっと。ちょっと待って!?」
 僕たちの見ている前で、残ったキャミもパンツもあっさりと脱ぎ捨てて、ハラダは上履きとソックスだけに全裸になって、笑顔を浮かべた。
「好きなの、タイヨウくん。あなたの恋人奴隷になるから、マナミにいっぱいエッチなことして?」
 恥じらう少女の可愛い仕草と、とんでもない告白の中身。
 白くてなだらかな肌にポツンと2つ色がついただけの胸も、縦に長いおへそも、その下にある女の子の割れ目も、細い足も、全部僕たちに晒して、ハラダは信じられないことを言ってのけた。
 顔がカンカンに熱くなった。ナツミの声が聞こえるまで、目を逸らすことも忘れていた。
「どう、すごくね? お前、女子の裸って見たことある? これ、全部お前の好きにしていいんだぜ」
「いや、待ってナツミくん……どういうこと? 何が起こってるの?」
「だから言ってんだろ。おまえにハラダやるって」
 ナツミはタネ明かしする手品師みたいに両手を広げた。でもそこにはタネも何もなかった。僕を混乱させるナツミの笑顔があるだけだった。
「俺もハラダとはまだやってないから、コイツたぶん処女だぞ。タイヨウの好きなようにやっちゃえよ」
 エッチとか、処女とか、やっちゃえとか、刺激的な言葉が次々に流れ込んでくる。僕はその言葉の意味すら、最近知ったばかりだった。
 混乱する僕の首にハラダの腕が絡みついてきて、裸の体が僕に押しつけられる。バランス崩して倒れそうになる。
「好き好き! タイヨウくん、愛してる! マナミにエッチして! タイヨウくんのオチンチンでエッチしてぇ!」
 僕の歯がカチカチ鳴ってる。何がなんだかわからない。頭が沸騰したみたいに、グルグルする。
 ここ、本当に学校の図書室なの?
 僕は別の世界の入り口を、そうと知らずに開けちゃったの?
 ナツミはテーブル越しに右手を差し出し、僕の手を大きく上下に揺さぶった。

「俺たちの友情の証だ」

 太陽のようにまぶしいナツミの笑顔が、霧のように僕を惑わせる。
 ハラダの柔っこい唇が、僕の顔をくすぐってる。頭の中はごちゃごちゃなのに、彼女のすべすべの肌が気持ちいいって感じてる。僕の何かがマヒして、どこかが過敏になっていく。
「それじゃ、ごゆっくりー」
 ナツミは軽やかな足取りで閲覧コーナーを横切り、おそらくは現実の世界へ帰れるはずの図書室の扉を、僕を見捨てて1人で開ける。
 僕はナツミに手を伸ばし、ナツミは僕に手を振った。

「またな、タイヨウ!」

 グダグダな僕と、エッチなハラダを置き去りにして。

 午前7時。

 頭が少し重い。
 変な夢を見てた気がする。でもよく思い出せない。
 アクビしながら伸びをする。僕の隣で猫のように丸くなって眠るキリヤを見つけて、ここがどこかを思い出した。
 枕元のメガネをシーツで磨く。隣のキリヤに「起きろよ」と声をかける。くぐもった声で応えるキリヤの胸に、たくさんのキスマークがくっきり残ってて、笑えた。
「……なに笑ってんだよ?」
「なんでもない」
 適当にごまかして、下着とズボンをベッドの上で穿く。キリヤは大きなあくびをした。ほっておくと二度寝してしまいそうだ。
「キリヤ、遅刻するよ」
 面倒くさそうに髪を掻きむしって、キリヤは口を曲げる。
「意味ねーだろ。遅刻なんてありえねーし……もう少し寝かせてくれよ」
「ダメダメ。HR前には教室に入ってないと」
「……タイヨウも、ほんと真面目になっちゃったよなー」
 文句を言いながらも、キリヤはベッドを降りて窓のカーテンを開く。朝の陽光が僕たちを照らす。
 シングルのパイプベッドを横に並べてこしらえた2人分のベッドの上に、埃がキラキラと舞う。ベッドの周りをぐるりと取り囲むカーテンも、無造作にキリヤが開く。
 嫌な匂いがツンと鼻をついた。お酒と、薬と、性の匂いだ。
「邪魔だ」
 キリヤが、床にマットを敷いて寝ている女の子たちの1人を蹴飛ばす。大きな胸を揺らして寝返りをうった女の子の腕が、ビールの空き缶を転がした。

 初夏とはいえ保健室の床はまだ寒いだろうけど、よほど疲れているのか、起きてくる気配もない。
 女の子は全部で6人いる。ダンス部の3年だ。さっきキリヤに蹴飛ばされた人が、たしか部長だったはず。みんな全裸のままマットの上で寝息を立てている。
 その彼女たちを跨いで手洗いで顔を洗ったキリヤが、胸についた赤い口づけの痕に気づいて、イヤな顔をした。
「うえっ、なんだコレ? 誰だよ、ちきしょ」
 僕は声を立てて笑った。
「ケンシロウみたいでかっこいいよ」
「ふざけんなよ、気持ちわりーな」
 ピシャピシャと胸に水を当てているが、そんなことで消えるわけがない。キリヤは恨めしそうに床で寝ている彼女たちを睨んでる。
「さてと……こいつらも、そろそろ帰すか」
 僕はキリヤに頷いた。
 この3連休の間、キリヤと僕にさんざん弄ばれた人たちだ。
 セックスでの奉仕はもちろん、裸でヒップホップを踊らせたり、窓からおしっこさせたり、犬みたいに紐で繋いで校内を散歩したり、毎夜バカげたお遊びで疲れているだろう。体を壊す前に帰すべきだと僕も思う。
 キリヤは服を着ながら、彼女たちに向かって言う。
「お前ら、いいかげん起きろよ」
 熟睡していたはずの先輩たちが、次々に目を覚ました。見慣れてはいるけど、人形が一斉に動き出すみたいで、やっぱりちょっと気持ち悪い。
「ぼさっとすんな。聞け」
 キリヤが命令すると、彼女たちはその通りに従う。熟睡から覚めたばかりだというのに、その目はキリヤの一語一句も聞き逃すまいと注視されていた。

 ナツミキリヤは、全てを従わせる。
 僕以外の全ての人を。

「……あ、どうするタイヨウ?」
 ふと、思い出したようにキリヤが僕の方を向いた。
「どうするって?」
「お前、2人も“当たり”引いてたろ? 気にいったのいる?」
 にやにやとするキリヤに、僕は苦笑して「いないよ」と答えた。
 彼女たちの中に処女が2人いて、たまたま僕が先にその2人を抱いたというだけだ。
 なぜかキリヤの中では、僕が今でも処女好きということになってるらしい。確かに昔はそういうの好きだったけど、今はあまり関係ないと思ってる。
「あっそ。じゃ、お前ら服を着て帰っていい。ここでのことは忘れろよ。俺らとお前らは関係ないからな」
 全裸の女の子たちが「はい」と声を揃えて、それぞれの制服を身につけはじめる。
 この3日間、彼女たちにはいろいろと無茶をした。きっかけは、彼女たちのうちの1人がキリヤに愛の告白をしたことだった。
 それがどうして他のダンス部の先輩まで巻き込んで夜通し乱交することに繋がるのか、キリヤの考えることは、あいかわらずよくわからない。
 中学のとき以来、キリヤは愛とか告白とかそういうの、嫌いになったのかもしれない。と、僕は勝手に思ってる。
 この数日のことを思い出しながら、彼女たちの着替える姿を眺めていた。
 ダンス部というだけあって、みんなそれなりに容姿のレベルも高いし、スタイルもいい。
 中でも部長のスタイルは抜群だった。ストリート系雑誌でモデルもやってるらしく、大きく張り出した胸もくびれた腰も、いやらしいというよりは健康的で清々しく、とても魅力的な体をしていた。
 そして、その隣でブラに胸を押し込んでいる、キリヤに愛を告白した小柄な先輩も、このメンバーの中では子どもっぽい感じだけど、ダンスをやってるわりにあまり筋肉がついてなくて、柔らかい肌の抱き心地がとても気持ちよかったのを覚えている。処女だった体も、気のせいかこの数日で女っぽくなったように見える。
 他の先輩たちも、それぞれの体もクセも覚えてしまうくらい、この3日間は抱き続けた。
 そんな彼女たちが、僕たちの目を気にすることなく、普段の制服を身につけて、元の日常に帰っていこうとしている。
 全裸で僕たちのペットになっていたときよりも、いやらしい光景に思えた。
「……な、タイヨウ」
「ん?」
「まだ時間大丈夫だよな?」
 キリヤは思わせぶりに唇を上げる。僕もきっと同じような顔をしている。
「たぶん、余裕で間に合うよ」
 僕たちは、下品に声を立てて笑った。2人揃ってズボンのチャックを下ろした。そして、ほとんど着替えを終えた先輩たちに向かって、キリヤが言う。

「お前ら、尻出してこっち並べ」

 僕たちは、高校2年の健全な男子だった。

 教室に入った途端に、マナが走り寄ってくる。
「おはよー。今日は早いんだね」
 屈託のない笑顔でそんなこと言うから、僕とキリヤは保健室でのことを思い出して苦笑する。
「なになに?」
「なんでもないよ」
「こらー、逃げるなー」
 ごまかそうとする僕に、マナは腕を絡ませてくる。
 キリヤはそんな僕たちに「じゃな」と舌を出して自分の席に向かう。
「ね、タイヨウ、昨夜も何してたの? マナ何回も電話したんだよ? 最近のタイヨウ冷たい!」
 ハラダマナミは高2になっても、あいかわらず甘えた口調だった。そういうのがマナには似合うと僕が言ったからだ。
「ねー、聞いてるのー?」
 でもこういうときは少しウザい。僕は体をすり寄せてくるマナの頭を押しやった。
「ずっとキリヤと遊んでたんだ。別にいいだろ?」
 キリヤの名前を出したとたんに、マナの表情が曇る。
「……そう」
 うつむいて、おとなしくなったと思った油断したら、いきなりシャツのボタンを外された。
「ちょ、なにッ…!?」
 マナが僕の首筋を、キッと睨む。そこから下、胸にかけて、僕にもキリヤと同じようにキスマークが並んでいた。
 窓際の席で他の男子と喋っていたキリヤも、僕を見て「なんだアイツ、ケンシロウみてぇ」と笑っている。
 あいつ、知ってて黙ってたな。
「何これ?」
 マナが怖い顔で睨んでる。クラス中が僕たちに注目してる。
「いや、これは……」
 キリヤは面白がってフォローしてくれない。僕はしどろもどろになるしかなかった。
「もう!」
 いきなりマナが胸に吸い付いてきた。チリチリするくらい強く吸われて僕は変な悲鳴を上げた。
「タイヨウの彼女は、マナだけなんだからね!」
 紫色の濃いキスマークを残して、マナは教室から出て行った。少し遅れて、間抜けな格好してる僕を中心に、クラス中がいっせいに湧いた。
「……みんなの記憶、消してくれる?」
 口笛や冷やかしの吹き荒れる中で、僕はキリヤに耳打ちしに行った。
「お断りだ、バカップル」
 キリヤは舌を出して笑った。やっぱりコイツは性格が悪い。僕はあきらめてキリヤの隣の席につく。
「そういや、保健室めちゃくちゃにしたまんまじゃない?」
「ほっとけよ」
 キリヤが大きなあくびをする。つられて僕も眠くなる。
 定時のチャイムが鳴った。
 担任はまだ来ない。
 僕は机の上に伏した。

「俺とタイヨウの入学記念に、みんな裸になって楽しく踊って下さい」

 高校の入学式で新入生代表に選ばれたキリヤの第一声が、それだった。
 僕はやれやれと首を振るしかなかった。
 壇上のキリヤが得意気に指を鳴らすと、まず音楽の女性教師がスーツを脱ぎ捨て、パンストも破れそうなくらい乱暴に下着ごと下ろし、本当に全裸になってピアノの前に座った。そして指揮者ぶったキリヤの腕が振り下ろされるのと同時に、演奏が開始する。
 あられもない格好にもかかわらず、彼女のピアノは見事なものだった。さきほど弾いていた校歌を、ジャズっぽくアレンジして見事に仕上げていた。おそらくそれもキリヤの指導だ。彼が前もって彼女に仕込んでたに違いない。
 ピアノの演奏が進むにつれて、新入生も、上級生も、教師も父兄も体でリズムを刻み始める。少しずつ波のように盛り上がっていく講堂で、やがて上級生の男子の1人が「ヒュー」と声を上げて立ち上がり、着ていた上着を投げ捨てた。
 それがきっかけとなって、みんなも服を脱ぎ始めた。
 全員が一丸となって椅子を講堂のすみに片付け、脱いだ服を重ね、全裸になった者からフロアの中央に文字どおり踊り出る。男も女も、教師も生徒もご来賓のお偉いさんも関係なく、全員子どもにかえったように無邪気な笑顔で踊ってる。
 フラダンスしているおばさんたちがいる。フォークダンスしてる上級生のグループがいる。輪になって、高度なブレイクダンスを披露している一団もいる。
 そういやここにはダンス部なんてものがあるんだっけ。なかなかのレベルだと感心した。
 盛り上がる会場を僕はキリヤと一緒にステージから見下ろしている。キリヤは僕の隣でゲラゲラ笑ってる。
「どーよ、タイヨウ? 最高だろ?」
「……中学のときと同じネタじゃん」
「ハハハッ、そうだっけ?」
「学祭のときもだよ。中2の、ステージ発表でメタルバンドみたいのやったとき」
「あァ、あれはウケたよな」
「いや、地獄のような光景だったよ」
「なんで? よかったじゃん?」
 キリヤは全裸ネタが好きだ。
 中3のときの学祭なんか、朝から全員全裸にしてた。
 いっそ学校では常に全裸にしちゃえばいいっていったら、それやったらクオリティが下がるから、特別な日にしかやらないってキリヤは言ってた。
「こんなので喜ぶなんて、キリヤは子供なんだ」
「なに言ってんだよ。全裸が嫌いな男子はいないね」
 自信たっぷりに言い切るキリヤの横顔から、裸族の踊りに賑わう会場へと視線を移す。
 高校生にもなると、さすがにみんな大人っぽい体をしてる。胸だって僕らの同級生と比べると平均大きい。すでに大人以上に胸がバインバインな先輩も何人かいらっしゃる。
 音に合わせて、バインバイン。ジャジーなリズムで、バインバイン。
 それは僕にとっても興味深い光景だった。
「もちろん嫌いだなんて言ってないよ」
「だろ?」
 パーティーは盛り上がり続ける。社交ダンスのおじさんおばさんがフロアの中央に飛び出す。周りの生徒が拍手を送る。紳士ヒゲを生やしたおじさんが幼い生徒にダンスを申し込む。フラとヒップホップの集団が異様なダンスバトルを繰り広げる。世代を超えた一体感が会場を包み込んでいた。
「ハラダも、じつはいい体してんな」
 キリヤの視線の先には、踊るマナがいた。
 中学時代もあいかわらず『一番可愛い女の子』の座を守り続けたマナは、その3年間で大人っぽい体も手に入れつつあって、今日から始まるこの新しい高校の中でも、特別に輝いて見えた。
 本人曰く「もっとダイエットしなきゃ!」なウエストも、最近少し自慢してるフシのある形のいい胸も、きっとこれからますます磨かれて、この学校でもダントツにいい女になるのだろう。と、彼氏(一応、まだそういうことになってる)のひいき目を抜きにしても、そう思えた。
 僕はマナを見て、そして、キリヤの横顔を見る。
「大丈夫だって。ハラダはお前のものだ。手ェ出さないよ」
 ハラダマナミは、僕とキリヤの友情の証として贈呈された。昔の約束を、キリヤは律儀に守ってるらしい。
 大真面目に言うキリヤに、僕は笑う。
「別に、今さらどうでもいいって」
 じっさい、例えキリヤが隠れてマナに手を出していようと、キリヤにはマナの記憶だって消せるんだから、絶対に見抜くことはできないし、僕にとっては無意味な約束だった。
 僕はキリヤとなら一緒にマナを抱いてもいいと思ってる。むしろ、たまには僕の彼女も味わってみてよって気持ちすらある。
「どうでもよくねーよ」
 だけどキリヤは、約束を大事にする男だった。

「明日ハワイに行こうぜ」

 商店街で高校生からカツアゲした次の日、つまり僕たちが図書室で初めて会話をし、裸のハラダの前で握手を交した日から2日後、学校に旅行パンフを持ってきたナツミが言った。
「えっと……ハワイって、僕とナツミくんの2人で?」
「そう」
「引率なし?」
「とーぜん」
「僕、パスポート持ってないよ?」
「そんなの俺だってねーよ」

 タクシーも飛行機も、ナツミは1円も払わずにタダ乗りした。
 税関も「俺たち通るけど、いいよな?」の一言で通過し、ホテルのフロントでも「スイート空いてる?」と、相手は英語なのになぜか日本語で全ての手続きを完了させていった。僕はその後ろをビクビクしながらついて行くだけだった。
 とにかく僕たちは、あっさりとハワイに到着した。
 初めて見たワイキキは、さすがの一言だった。熱い太陽と青空と椰子の木。外人だらけの海。
 昨日まで狭い教室の中で授業を受けてたなんて、逆にそっちの方が信じられない気分だ。どっか遠い過去のことみたい。
 僕は素直に、大声で「すげー!」と驚きの気持ちを表明した。ナツミは得意気に笑ってた。
「海外は初めてか?」
「うん」
「俺はいろんな国行ってるぞ。ハワイだって何回も来てる」
「すっげー! ナツミくん、すげー!」
「いいから、泳ごうぜ」
「うん!」
 僕たちはひたすらハシャいだ。泳いで、潜って、大胆な外人さんの水着にドキドキしたりした。
 泳ぎ疲れると、ナツミがトロピカルな色したドリンクと、ビーチパラソルとチェアをどこからか調達してきて、2人で海辺で横になった。
 強い日差しと温い風。「やっぱりハワイは暑い」「ハワイすごい」と僕たちは口々にハワイを称えた。
 外国人女性の4人組にナツミが声をかけて、両側から団扇で扇がせた。その後、僕たちは一緒に泳いだ。
 日が暮れて、彼女たちも連れて高級ホテルのスイートに戻る。
 英語はよくわからないけど、彼女たちのうち3人はカナダから遊びに来た大学生だということはわかった。あと1人は地元の高校生。カナダ組の1人がその子の親戚とか、そんな関係らしい。
 僕たちは一緒に部屋で食事を摂ったり、カクテルを飲んだり、音楽に合わせて踊ったり大声出したりして夜をすごした。
 初めて飲んだカクテルは甘くておいしくて、だんだん楽しい気分になってくる。
 ふとナツミの方を見ると、金髪の女の子2人にオチンチンをしゃぶらせていた。
「タイヨウもやれば? お前の言うことも聞くぞ、こいつら」
 僕は高校生の子に、ナツミを指さしてアレみたいにしてって言ってみた。人がいっぱいいるのは気になったけど、ナツミだってしてるんだし、僕はなんだか気分が良くて、気持ちも大きくなっていた。
 女の子は、僕のをパクっとくわえて、いきなり舌を動かした。
「うわ、わ」
 すごく気持ちよくて、僕は思わず声を出してしまった。
 一昨日、ハラダにもされたけど、それより全然気持ちよくて、腰が抜けるかと思った。
「き、君もだよ。一緒にッ。トゥ、トゥゲザー!」
 ナツミがしてるみたいに、僕ももう1人の黒人の女の人にもしゃぶるように言った。
 2人いっぺんにいろんなところを舐められて、すごく気持よかった。オチンチンが固くてはち切れそうになって、おしっこがしたくなってきた。
 でも、気持よくて離れられない。もっと舐めたり吸ったりして欲しかった。我慢はすぐに限界にきた。
「出る、おしっこ出ちゃうよッ」
 僕が大きな声でそう言うと、黒人の子がパクっと僕のをくわえた。
 とたん、すごい強さで吸われて、僕はあっというまに漏らしてしまった。
 でも、それはおしっことは違くて、ビュビュッと尿道を絞るような勢いで飛び出て、すごい気持ち良さもあった。
 これが射精なんだって、そのとき僕は初めてわかった。ハラダのときは出なかった。こんなに気持ちいいことなんだって、初めて知った。
 僕のを吸い出した子が、もう1人の子に口の中の精液を見せて、2人でケラケラ笑ってる。
 目が回ってベッドに倒れた。天井がグルグル回って、だんだん眠くなってくる。体が熱い。
 ナツミは女の子2人を四つんばいにさせてパンパンしていた。
 僕はそのまま気を失うように眠りについた。

 ハワイ2日目。
 今日も僕とナツミはビーチで遊んだ。カナダの人たちは昼には帰ったので、高校生の子に友だちを連れてきてもらって、サーフィンを教えてもらったり、ナツミの運転でドライブに行ったり、夜にはまたお酒を飲んだりエッチなことをしたりして遊んだ。
 僕は昨日よりも頑張っていっぱいエッチなことをした。あそこの中に精液出したりもしたし、女の子のイクところも初めて見た。
 英語でどんどん盛り上がって、最後に何か叫んでビクンビクンってなる。それがなんだか面白くて、ナツミが彼女たちを超敏感な体にして、2人で競争してイカせまくったりした。
 女の子のクセに動物みたいな声出したり、おしっこ漏らす子とかいて、すごく笑った。

 3日目。
 買い物しようってことになって、大きなショッピングセンターに行く。
 僕は体育の時の水着と、少しの着替えしか持ってきてなかったので、ナツミにいろいろと服を買ってもらった。というより、ナツミがただで貰ってきてくれた。
 アロハシャツとかサングラスとか、僕はかなりカッコイイと思ったんだけど、ナツミは「全然似合わない」って大笑いしてた。
 おもちゃ屋の超巨大な恐竜おもちゃで遊んでると、ナツミが外人の女の子たちと会話していた。僕たちと同年代くらいの姉妹で、金髪と白い肌。2人とも長い髪を三つ編みにして、お揃いの白いワンピースを着て、すごく可愛い子たちだった。
「一緒に遊ぼうだって」
 本当にそんなこと言ってたのか怪しいけど(だって僕もナツミも英語とか知らない)、おもちゃ屋の地球儀で彼女たちが指さした国はスウェーデンで、僕たちが日本を指さすと「ポケモン!」「プリキュア!」と嬉しそうに笑ってた。
 僕たちは一緒にショッピングを楽しんだり、ナツミにジュースを奢ってもらったりして遊んだ。
 4人で歩いてると、妹の方が僕に近づいてきて、ギュッと手を握ってきた。
「じゃ、タイヨウは妹の方な。何してもOKだから、心配すんな」
 何してもって言われると、昨日のエッチ遊びを思い出す。でも僕と同い年くらいのその妹はまだ胸もぺっったんこで、ハラダよりも大きい青い目や透き通るような白い肌は、本に出てくる天使みたいで、あまりエッチな気分にはならなかった。
 僕たちはショッピングセンターを出て、手を繋いで少し散歩した。ハワイで外国人とデートしてるなんて、なんかすごいと思った。先週には想像すらしなかった出来事だ。
 僕たちはすぐ近くにある公園まで歩いて、木陰に腰掛けた。言葉が通じないから、当然会話もない。でも彼女は僕の横顔を見てニコニコしていた。僕は照れくさくて海の方に目を向ける。そうしたら、いきなりほっぺたにキスされた。びっくりして振り向いたら、口にチュッてされた。
 恥ずかしそうにするその子が可愛くて、今度は僕の方からキスした。僕たちは何度もキスした。
 僕は彼女の手を取って、もっと人目につかない茂みの中に隠れた。そしてまた、キスを再開した。南国の植物は甘い匂いがする。その官能的な香りに包まれて、僕たちのキスはどんどんエスカレートしていった。
「アンナ」
 彼女はそう名乗った。「タイヨウ」僕たちはまだ名前すら交換してなかった。
「アンナ」「タイヨ」僕たちはお互いの名前を呼びながらキスをし、全身をまさぐり合った。僕の手は彼女のワンピースのスカートに潜り、彼女の白い下着の中で彼女のツルツルした股間をいじっていた。最初はくすぐったそうにしてたけど、ゆっくり擦っているうちに、彼女は甘い声を出すようになってきた。
 僕は彼女にオチンチンの擦り方を教えた。そして2人で互いの性器をいじり合った。
 彼女が声が大きくなっていく。キスしたり指をしゃぶらせたりしながら、僕たちは愛撫を続けた。そのうち彼女がビクンってなり、僕も射精した。
 僕たちの行為はそれで終わり、服を直したあと、キスしながらショッピングセンターに戻った。
 ナツミは、トイレで姉とセックスしてきたと言っていた。
 夜になってホテルに帰ると、昨日の高校生が友だち5人連れてきていた。ナツミが思い出したように笑う。
「そういや、学校でモテてる女たくさん連れてこいって言っておいたんだ」
 ハワイの夜は長い。
 僕たちはそんな感じで遊び続けた。ハワイは最高だと思った。

 そして4日目の夜、僕とナツミの2人は、ホテルのプライベートビーチで月を見ていた。
「……ナツミくんって、なんでもできるんだね」
「そう。俺とコイツに不可能はないのさ」
 昼間、射撃場でもらっきた本物の拳銃を海に向かって構えながら、ナツミは言い切った。
 格好つけてるつもりらしいが、女の子みたいにキレイな顔したナツミにハードボイルドは似合わないと僕は思った。
 でも、彼の言うとおりだ。ナツミに不可能はない。何一つない。
 ここに来るまではどっかで半信半疑だったけど、僕にはもう彼を疑う気持ちは全然なくなっていた。
「いつから、そんなことができるようになったの?」
「生まれたときから」
「本当に?」
「本当」
 それじゃ、彼はずっと、こういうことをして暮らしてきたんだろか。
 誰にも束縛されず、世界中を操って、自由奔放に生きてきたんだろうか。
 羨ましいような、怖いような。
「ナツミくんの親って、何してる人なの?」
「何もしてないよ」
 もう一度銃を構えて、ナツミは「つーか、もういないし」と、何でもないように答えた。
「そうなんだ」
 意外な共通点を見つけて、驚いてしまった。
 ナツミはそんな僕の顔をチラと見て、銃を自分のこめかみにコツコツと当てた。
「ちょ、危な……」
「俺が殺したんだよ」
 僕には、ナツミの言ってることがすぐにはわからなかった。
 目をぱちくりして、しばし見つめ合った。
「え、あの、殺したって……親を?」
「うん」
「自分の、親を?」
「そ、殺した」
 ナツミは銃を下ろして、僕にそれを持たせた。
 重い。
「よく覚えてないけど、3才かそこらのとき、メシ食ってる最中におもちゃ取り上げられて、頭きたから死ねって言った。で、母さんが死んだ」
 人ごとみたいな口調でナツミは言う。まるでドラマの筋書きでも読んでるみたいに。
 僕はなんて言えばいいのかわからない。
「そのあと、しばらく父さんと2人で暮らしてたけど、酔っぱらって夜遅く帰って、母さんがいなくてどうのこうのって泣いてるのがうざくて、死ねっていった。それで父さんも死んじゃった。俺が小学校上がる前。父さんも母さんも俺が殺したんだって、このときようやくわかった」
 淡々とナツミの告白は続く。さっきまで熱帯だったハワイの夜が、冷えていく感じがした。
「最初、俺は自分のできることは人を殺せるだけだって思ってた。デス人間って感じな。だから、気にくわないヤツは片っ端から殺してきた。俺の隣で寝小便した施設のガキとか、近所の口うるせぇババアとか、結婚して辞めるっつった保母さんとか」
 小さな子どものナツミが、罪のないいろんな人を殺していく姿を想像して、僕は恐ろしくなっていく。膝が震えていた。
「そのうち、他にもいろいろできるのに気づいたんだ。親のいない可哀相なガキのわがままだから、みんな聞いてくれてるんだって思ってたけど、違うのな。死ねって言えば死ぬのと同じで、俺がやれって言ったことは何でもするんだ。大人でも子どもでも」
 僕は、ハワイでナツミと一緒になって好き勝手して遊んできた。
 女の子たちにしてきたこと、店で勝手に貰ってきたもの。それがどれだけ酷いことなのか、今さらながら気づいた。
「人間なんて簡単だ。気にくわないヤツいたら、いつでも殺してやるし、発狂させてやってもいいし。気に入った女がいれば、犯せばいいし。世界は俺のモノだって、マジでそう思ってた」
 さらりと言ってのけるナツミに、僕の血の気が引いていく。
「でも、タイヨウ。お前がいるから、それはもう違う」
 顔を上げると、目の前にナツミの整った顔があった。

「死ね」

 ドキリとした。
 ナツミの死の宣告。
 僕の心臓が本当に止まったかと思った。
「……ほら、タイヨウは死なない。なんでだろうな。変なヤツ」
 愉快そうに笑って、ナツミは立ち上がって砂を払う。
 ドッと汗が噴き出て、Tシャツに滲んだ。息が苦しくなってきた。
「お前だけが特別なんだ。俺と普通に話せるヤツ。俺と対等なヤツ。俺、お前みたいなのずっと―――」
 ナツミの声は弾んでいくけど、途中からもう耳には入ってない。
 僕たちは全然対等なんかじゃない。全然違う。
 ナツミは世界を支配する子ども。神様の子ども。何人殺して誰にも裁かれない。何をしても許される。そんな人間が存在するってことの怖さを、間抜けな僕は今さら気づく。
 手の上の拳銃がずしりと重い。息を吐いた。体はまだ震えている。

「―――キリヤ」

 僕は立ち上がる。初めてナツミを『キリヤ』と呼ぶ。
「ん?」
「……死ねって言うな」
 物語の中に拳銃が登場したら、それは発射されなければならない。
 前に読んだ何かの本に書いてあった。
 だから僕は発射する。僕の感情を。弾丸を。
「死ねって言うな! 僕にも、他の誰かにも、絶対に言うな! 君は、絶対に、そんなこと言うな! もし言ったら、僕は、君を許さないぞ!」
 怖かった。キリヤが。大勢の死が。僕の死が。浅はかに彼の世界に踏み込んだ僕の未来が。
 大声出さないと耐えられない。怖い。キリヤは怖い。
 でも、それだけじゃなかった。
 泣いてみて初めて気づいた。僕は悲しいんだ。
 初めて出来た友だちは、ずっと遠くにいる人だった。僕には理解できない人だった。
 悲しくて泣いてるんだ。
 初めての友だちに、死ねって言われた。
「死ねなんて……言うな……言わないで……ッ」
 唇が震えて、涙がポロポロ出てくる。拳銃が重たくて持ってられない。砂浜に叩きつける。何度も踏みつける。ぐしゃぐしゃに踏んづける。
「うー」と情けない声を出して僕は泣いた。僕の感情は涙となって次々と発射される。足元の砂を無駄に撃ち抜いていく。
 キリヤが拳銃を拾い、砂を払った。それを僕に向けた。僕は顔を上げなかった。好きにすればいいと思った。
「……これ、やるから」
 キリヤは僕に拳銃を差し出していた。
「ごめん」
 そして俯いたまま頭を下げた。
「ごめん、タイヨウ。ごめんなさい」
 ぼろぼろ、ぼろぼろ、ナツミの目から涙がこぼれる。それを見て、僕の目からもどんどん溢れる。月が出てる。波はさざめく。拳銃が黒く光る。
 僕たちは白い砂浜で鼻水を啜ってる。
 やがてキリヤは、「あ」と、いきなり声を出して顔を上げた。
 僕もつられて、泣き顔を上げた。

「俺、誰かに謝ったの初めてだ」

 などと妙なことに感動して、キリヤは嬉しそうに笑った。夜はとっくに更けてるのに、その無邪気な笑顔は、相変わらず太陽みたいにまぶしく見えた。
「……キリヤのほうが、よっぽど変なヤツだよ」
「ハハッ、やっぱり?」
「すっごい変だ」
「だよなー」

 間違ってるのはわかってる。
 でも、僕はキリヤを許した。
 今まで犯してきた彼の悪事も。
 そして、おそらく僕も一緒に手を染めるのだろう、これからの悪事も。

 でもまさか、本当に悪魔になってしまうとは思わなかったんだ。

 キリヤとの友達付き合いを始めて、早3年も経っただろうか。
 あの熱いハワイの夜に、友情と悪事の協定を心の中に結んで以来、僕たちは一緒にさんざん悪いことをしてきた。
 主に女の子に関しては、それこそ悪魔の所業と言わざるをえないようなことを繰り返してきたわけだから、いまさら悪魔と呼ばれる自分を悔いたりはしないし、何が起こっても不思議じゃないのがナツミキリヤという人だということも、僕はよく知っているつもりだ。
 しかし、今の僕の格好は、そういった意味での衝撃とはまた別の次元にあった。
 そもそも文化祭のステージ発表をキリヤに任せてしまったのが僕の落ち度だったとはいえ、常識の範囲で考えればこんな発想はありえない。
 彼がたまたまハマっていたマンガが映画化されたことも悪いタイミングだったわけだが、それもこの僕が予想できることではない。
 これから最悪のステージが始まろうとしている。
 その主役に選ばれてしまったのは僕だ。
 そして何が最悪かって、バンドの衣装が全裸だってことだ。
 鏡の前に立って、もう何度ついたかわからないため息をつく。
 悪魔メイクの額に「姦」と書かれ、金髪のウィッグを被らされた僕。貧弱な体と相まって、普通に死体に見える。僕のこの姿を嘆くような親がいなくてよかったと、心から思える。

 僕の他にも、後ろで深呼吸をするベースのマルイくんも、スティックを叩いてるヒガシノくんも、それぞれが悪魔になりきり、出番を待っている。
 そのメイクさえなければ、憧れの晴れ舞台である文化祭ステージを前に緊張する、普通のバンド少年のように見えるだろう。
 彼らも全裸だっていう大間違いを除けば。

 今日ほどキリヤの能力の効かない自分の体質を呪ったことはない。
 キリヤは今、「準備があるから」と言って先にステージに向かっている。僕は彼に全てを一任した、愚かな過去の自分をひたすらに呪い続けた。
 僕は恥ずかしい。こんな格好で人前に出るのが当たり前に恥ずかしいってか、犯罪じゃないですか。
 お酒の力でも借りなければ、こんなの無理だ。こんなときにお酒があれば。お酒さえあれば全裸ででんぐり返しだって平気なのに。

「次、2年A組の裸男子達(ラーメンズ)さん、お願いしまーす」
 文化祭実行委員の1年生の女子が、僕たちを呼びに来る。
「…わかりました」
 僕たちは、おとなしく彼女に続いてステージに向かう。
 彼女は僕たちの姿を見ても驚く様子もなかったし、すでにキリヤに何かされた後だということは、僕らと同じように彼女も全裸で悪魔メイクであることから、簡単に推察できた。
 嫌な予感を覚えつつ、僕らを先導する小ぶりなお尻を眺めながらステージ脇に入る。そこではすでにむせび泣くようなギターの音色が聞こえていた。
 全裸で悪魔メイクのキリヤが、1人スポットライトの下で、悲しきギターを弾いているところだった。

『…ついさっき、悪魔の帝王が死んだ。714人の警官を殺し、4299人の処女を犯し、38の宗教を撲滅し、44人の大統領夫人を妊娠させた伝説の悪魔だった』

 観客はみんな女の子だった。
 ギターを弾きながらアホな設定を語るキリヤに合わせて、ユラユラと頭を揺らす彼女たちは、全員悪魔のメイクで、そして全裸だった。
 始まる前から異様な空間と化していた体育館で、キリヤがギターを弾きながらネックを持ち上げると、観客の女の子たちが色っぽい声を上げる。

『俺のギターで祈ろう。彼の魂が永遠に地獄のファイヤーに焼かれ続けるように。燃え狂うファイヤーが校舎を灼き、街を灼き、六本木ヒルズなんかも灰になるまでファイヤーしてしまうように』

 女の子たちは、すでにキリヤに何か言われているのか、ギターの音色に合わせて声を上げ、アソコや胸に手を這わせ、蕩けるような表情を浮かべている。
 こんなの祈りじゃない。ただのエロだ。

 キリヤが、ギターを叩くように音を切る。
 そしてスポットライトが落ちてステージが暗転する。
 
『さあ……追悼の宴を始めようぜ! ドラム! バイオモンスターヒガシノヘル!』

 ステージライトが一斉に灯る。
 いつの間にか、すでにドラムセットの前に座っていたヒガシノくんが、奇声を発しながら怒濤の如くツーバスを連打する。

『ベース! 地獄の食いしん坊マルイファンタジー!』

 叩きつけるようなピッキングで重低音をかき鳴らすマルイくん。
 観客は首をアホみたいに振り回して盛り上がる。
 キリヤは右手を挙げて、声援に応える。

『ギター、2年A組ナツミキリヤです』

 お前だけ実名かよ。
 キリヤは流ちょうにギターの音色を操り、お客さんの興奮を煽っていく。

『そして、ボーカル! 悪魔の帝王を殺害した、悪魔の帝王の息子! 新たな伝説を築く地獄生まれ刑務所育ちのボーカリスト、デビルカイザータイヨウ2世!』

 キリヤが、僕のいるステージ脇を指さす。
 観客の女の子たちが、体育館の屋根が吹っ飛びそうなくらいの黄色い悲鳴を上げる。
 僕は隣に立っている実行委員の女の子を見た。
 へえ、あんたもタイヨウっていうんだ?

『お前のことだよ、タイヨウ! 早く出てこいよ!』

 キリヤが僕に向かって手招きしながら怒鳴る。
 行きたくない。恥ずかしい。
 どうせステージが終わればみんな忘れるし、録音録画も固く禁止にしてるから後に残ることはないとわかっていても、さすがにこれは度胸がいった。
 どうしてキリヤは、普通に全裸でステージにいられるんだろう。変態だからか。僕には無理だ。不可能だ。

『お前がやんねーなら、俺が歌っちゃうぞ!』

 でも、それだけはダメだ。キリヤのあんな狂った歌詞をキリヤを歌えば、聞いたみんなに影響する。
 そうなれば地獄だ。僕たちの学校から地獄の釜が開き、まさに世界がデスメタる。なのにキリヤは自分がボーカルもやりたがってウズウズしてる。僕が代わりにやるってことで、ようやく納得してくれたんだ。僕がみんなを守るしかないんだ。
 逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 僕は身を隠すただ一枚のバスタオルを投げ捨てた。そしてメガネも投げ捨て、プライドと羞恥心も投げ捨て、ステージ中央へ駆けだした。

『SEIHANZAIするぞ~!!』

 精一杯のデス声で叫ぶ僕に、熱狂的な声援が飛んでくる。
 俺は地獄のSEIHANZAI者。生まれながらのSEIHANZAI者。
 女は俺を見るだけで妊娠する。幼女も老婆も容赦しねえ。むしろ老婆は優待する。
 SEIHANZAI(レイプ!)SEIHANZAI(レイプ!)SEIHANZAI者の子を産めよ女。
 みたいなことを歌って、1曲目の『SEIHANZAI』が終わる。

『デストロ~イ!』

 殺れ、犯れ、刺れ、そして世界中でCD売って宇宙でロックンロールショー。
 みたいなストーリーを歌い上げて2曲目『デストロイ』終了。

『学校BAKUHAしちゃうぜー!』

 そして3曲目の『タイヨウはテロリスト』の頃にはもう、なんだかんだで完全に出来上っていた。
 僕のテンションはやばいくらいに上がっている。羞恥心とかも普通になくなってた。むしろ見てって感じ。
 僕のシャウトに観客が熱狂する。踊りまくる。泣き叫ぶ。
 キリヤのギターが鬼すぎた。蠢くようなリフもライトハンドの超絶技巧ソロも鬼。
 圧巻。すごい。やばすぎる。これで覚醒しないほうがおかしいって!
 僕は髪を振り乱し、お客さんを挑発する。女の子たちは拳を突き上げ、頭を振り回し、ステージに殺到する。
 ボッキしてた。恥ずかしい話ですが、僕はこのステージの興奮にボッキしていた。
「カイザー様~ッ!」
 最前列にマナがいた。右目の周りを黒い星で隈取って、裸で僕に向かって手を伸ばしている。
 僕は彼女の前にしゃがんで、ボッキしたチンチンを突きつけた。マナは慣れた仕草でパクリとそれを咥えて、舌を絡ませて吸い付いてくる。
「んっ! んんッ! じゅぼ、じゅぼ! ずずっ!」
 僕はそのまま腰を激しく前後に動かした。
 ギャーッという女の子たちの悲鳴が、体育館を揺るがす。
「マナ、ずる~い! 私も! 私も!」
「カイザー様! 私のお口も犯して~ッ!」
「こっちです、こっち! あ~ん!」
「私もレイプしてぇ、カイザー様ぁ~ッ!」
 次々に女の子の口をレイプしていく。クラス委員長のクツザワも、3年生のきれいな先輩も、1年生のウブそうな唇も、みんなまとめてレイプする。
 ステージ前は押し合う女の子たちで潰れてしまいそうだ。それでも僕は犯していく。唾液まみれになった僕のを、女の子たちの口の中に突っ込んでいく。

『カイザー様の、レイプショーの始まりだー!』

 キリヤがマイクに叫ぶ。
 チィ! ステージが始まったら、余計なこと言うなってあれほど注意したのに。
 だが、彼の合図に登場した数名の男子(黒マスク着用)が担いできた跳び箱を見て、僕は言葉を失った。
 家庭科のキタジマ先生が、猿ぐつわをされて、こっちにお尻を向ける形で、跳び箱の上にロープでに縛り付けられている。
 彼女は今年赴任したばかりの教師で、若くてわりとキレイな先生だから僕とキリヤはよくエッチしていた。
 でも性格に難ありというか、気取ったところがあって、女子の評判は最悪な人だった。
 そんな彼女も全裸で、悪魔っぽいメイクを施されている。
 しかし恐怖に引き攣らせた顔と涙と、必死で助けを求めるくぐもった悲鳴から推察するに、どうやら彼女は、完全マジの生け贄として拉致されてしまったらしい。
「レイプ! レイプ! レイプ! レイプ!」
 キリヤに続いて、女の子たちも大盛り上がりで拳を振り上げてレイプコールする。
 キタジマ先生は、顔を真っ青にして首を振る。
 僕も、メイクの下で顔を真っ青にして、首を振る。
「カイザー様、やっちゃえー」
 僕へのサプライズを成功させ、じつに嬉しそうな笑顔で、悪魔のギタリストが親指を挟んだ拳を見せた。

 じつは僕にはレイプ歴がある。汚れた過去だった。
 幸いにして、あのときの被害者の子は、今もステージ前で元気に僕に口の中を犯され、跳び箱のキタジマ先生を羨ましそうに目を細めているが、真面目な子だった彼女を、その変わった性癖に目覚めさせるきっかけになった事件のことは、僕は今も少なからず後悔していた。
 あの時はたまたま結果オーライで終わっただけで、そもそも暴力と恐怖で女の子を抱くなんて、最低の行為じゃないか。お互いの快楽のないセックスなんて、オナニー以下だ。
 僕はもうレイプなんてしないと誓った。僕の良心が、二度とそんな行為を許さない。絶対に。

「レイプ、レイプ、レイプ、レイプ!」
「カイザー様、そいつ犯っちゃって~!」
「犯ーれ、犯ーれ、犯ーれ、犯ーれ!」
「カイザー様、カッコイイー! お願い、その女を妊娠させてー!」

 でも、今の僕はデビルカイザータイヨウ2世だし、みんなも期待してくれてるんだから、仕方ないよね。

『レイプするぞー!』

 会場も割れんばかりの歓声が沸き起こる。
「ンーッ!?」
 目を丸くするキタジマ先生の、肉付きの薄めなお尻を鷲づかみにする。
 ごめんね、先生。あとでキリヤに悪い記憶は消してもらうから。
 今はおとなしく、生け贄の牝豚になっててね。
『教師だろうが母親だろうが、俺が全員孕ませてやるぜ~!』
「ンっ!? ンンッ! ンーッ!」
 マイク越しに叫ぶ僕の声に、キタジマ先生は涙を流して悲鳴を上げる。
 だがそれも、熱狂の坩堝と化した観客の声にかき消される。

 大丈夫。
 この学校の女性たちは、僕たちにどれだけ犯されても妊娠しない。
 そういう風にキリヤが命令しているから。
 だから思いっきり中出ししても平気なんだ。

 僕は、濡れてもいない先生のソコに先端を押しつける。僕のは女の子たちの唾液でテラテラに濡れているから、多少強引に押し込んでも大丈夫だろう。たぶん。
 思いっきり、ねじ込んだ。
 キタジマ先生が、背中と喉を反らせて悲鳴を上げた。
 お客さんたちが最高の歓声に湧く。
 キリヤのギターが、次の曲のイントロをかき鳴らす。

『いっくぜー! 中出しボーイ牝豚ガール!』

 曲紹介と同時に、歌いながらピストンを開始した。
「ン! ン! ンンー! ンーッ!」
 泣きながらイヤイヤを繰り返すキタジマ先生の中を、強引に突き回す。
 俺は恐怖の中出しボーイ。おはよう、お前ら牝豚ガール。今日もぶち込む中出しペニス。俺のレイプで妊娠しろ。
「ンーッ! ン、ン、ンンーッ! ンンーッ!」
 レイプする。妊娠しろ。レイプする。妊娠しろ。
 文化祭のステージで教師をレイプしながら歌うという、この空前絶後のパフォーマンスに、生徒達も大興奮だった。
 勝手にステージに上がってセクシーダンス踊りまくってる女子の中にはマナの姿もあるし、キリヤはキリヤで、ステージを降りて女の子のピラミッド作って、その頂上で恍惚のギターをかき鳴らしている。
 僕はキタジマ先生を犯しながら歌い続ける。会場で悪魔メイクの女の子たちが踊り続ける。キリヤのピラミッドガールズが「レイプする! 妊娠しろ!」と無表情にコーラスを続ける。
 実行委員の1年生が、ステージ横でピョンピョン跳びはねてる。僕はその子を手招きして、なかなか濡れてこないキタジマ先生の愛液代わりにフェラさせて、もう一度挿入してレイプを続行する。
「レイプ! レイプ! レイプ! レイプ!」
「妊娠! 妊娠! 妊娠! 妊娠!」
 やがて会場の興奮が伝播したのか、あるいは異常事態すぎて意識が飛んじゃったのか、キタジマ先生の中がぬめりだし、グチュグチュといやらしい音を立て始めた。
「ンっ、ンっ、くふっ、あンっ、ンンっ」
 すっかり牝豚ガールになったキタジマ先生と中出しボーイの僕。
 会場の興奮が僕たちを発奮させ、その激しい行為がまさます会場をヒートアップさせる。
 さっきの実行委員の女の子は、興奮しすぎて失神してしまった。他にも何人か倒れる女の子がいて、委員の人たちは大わらわだ。
 それでも僕たちの演奏は続く。伝説は今も進行中だ。
『中出しするぜえッ!』
「妊娠しろーーーーッ!」
 僕が宣言すると、会場も声援で応える。キリヤも高速ウインドミルで叫ぶ。
 曲も終盤にさしかかり、僕の性的な興奮も最高潮。
 ヒガシノくんがドラムセットを蹴り飛ばす。マルイくんが床に置いたベースに額を叩きつける。
 ピラミッドから飛び降りたキリヤが、グランドピアノにギターを叩きつけ、折れたネックでピアノの弦を豪快にかき鳴らし、そして僕が地獄のハイトーンボイスで叫ぶ。

『ウィーアー裸男子達ッ!』

 ドラム、ベース、ギター。
 全ての音が崩壊して、僕はキタジマ先生の中で射精した。

「ング…! ン、アンン~ッ! ア、アァァッ…ンン…」

 静まりかえる会場。
 その中で、キタジマ先生がブルブルと震えて、絶頂に達する声がこだまする。
 僕は陰茎をゆっくりと彼女の中から引き出した。
 シンと耳鳴りがしそうなくらいの静寂の中で、キタジマ先生のアソコから、ドロリと僕の精液が流れ落ちる。

 そして、歓声が爆発した。

 僕らは会場に拳を突き上げ、ステージを後にする。
 いつまでも鳴りやまない黄色い声と拍手が、必死に僕らを呼び続けていたが、アンコールには応えなかった。
 キタジマ先生だけが、その中でうっとりと笑顔を浮かべていたという。

 こうして文化祭の秋は終わり、その後の波乱に満ちた冬も僕らは乗り越え、何事もなかったかのように春っぽい日差しを見せる空の下、僕とキリヤは今日も並んで登校する。
「キタジマ先生、結婚だってね」
「へー」
 噂では、どうも子供ができちゃったそうだ。
 マナの話では、教師という体面をおもんばかり、そのへんは公にはしないらしいが、彼氏は大学のときからずっと付き合ってた人らしく、結婚はあっさり決まったらしい。
 まあ、それはいいんだけど。
「お腹の子はもうすぐ6ヶ月になるって噂だよ」
「あー、なんか最近ボテっとしてたもんな。あれ妊娠かー」
 僕らは単純だから、キタジマ先生は太ったんだと思い、近頃はエッチしなくなっていた。僕もキリヤもデブには厳しいから。
 でもまあ、そんなことはいいんだけど。
「文化祭も半年前だったよね」
「あー、面白かったよな、アレ」
「いや、地獄のような光景だったよ。思い出してもひどかった。ただの犯罪だし」
「ああいうもんだって、どこのデスメタルも。デスメタルの世界では、あれくらいじゃまだ仮免なの」
「デスメタルの人が聞いても怒ると思うよ、それ」
 くだらないことを言いながら、僕らは学校まで続く上り坂を歩いていく。
 まあ、それはいいんだけど。
 問題はそんなことじゃないんだけど。
「あのとき、キタジマ先生だけ素だったよね? ちゃんとあの人の記憶も消した?」
「当たり前だろ。俺に抜かりはねえよ」
 キリヤはフフーンと鼻で笑う。
 僕らは悪いことばかりしてるが、そのせいで世の中をめちゃくちゃにしてしまっては元も子もないので、ちゃんと後始末はするように心がけている。
 大事なのは、他の人たちの生活はそれまでどおりに守ってやることだ。そうすれば、僕らのやっていることもそれほど悪いことじゃない。

 キリヤがいれば、悪事は消せる。だから僕たちは安心して何でもできる。
 昔から僕たちはそうやって遊んできた。
 僕はキリヤの力を信じている。彼なら何でも出来る。
 でも、だからこそ、細心の注意を払わなきゃならないんだ。
 
「じゃあ…大丈夫だよね? 関係ないんだよね?」
「なにが?」
「昨夜、ふと怖いこと考えて眠れなくなったんだけど」
「うん」
「キリヤ、ステージの最後で僕が中出しするって言ったあと、みんなと一緒になって妊娠しろーって大声で言ってたよね?」
「俺、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ」
「…子供、何ヶ月だって?」
「6ヶ月」
「文化祭は?」
「半年前」
「えっ」
「ねえ、あれで出来ちゃったわけないよね? そんなわけないよね? 僕、関係ないよね?」
「…………」
 キリヤは表情を曇らせると、急に早足になって僕を置いていこうとした。
「待って! 違うよね? 違うと言って、キリヤ!」
 キリヤはますますペースを上げる。僕は走って追いかける。
「待て、キリヤ! どうにかしろ! 責任取れー!」
「知~らね! 俺、知~らね!」

 僕らはそのまま学校まで追いかけっこする。
 キリヤといると、本当にめちゃくちゃなことばっかりだ。
 バカで、スケベで、どうしようもない僕ら。
 でもそんな毎日を、僕らは心から楽しんでいる。

 玄関の鍵を開ける音がする。
 僕はクッションを抱きしめて、部屋のすみっこに逃げる。

「ただいま、タイヨウ……マナだよ?」

 マナが近所の弁当屋の袋を下げて入ってくる。
 僕は息を吐いてクッションを置く。
「ごめんね、遅くなって」
 僕の髪をマナが優しい手つきで撫でる。それだけで僕は泣きそうになる。
「マナ!」
「あんっ」
 彼女の体から、香水と煙草とお酒の混じった嫌な匂いがする。その奥にある女の匂いだけを僕は必死に吸い込む。
「大丈夫、タイヨウ。マナはここにいるよ。タイヨウのそばに」
 マナの細い腕が僕の背中に回される。よく知ってる髪の匂い。女性の温もり。無防備に短いスカートは、僕の前で小さな下着を露にしている。
「あッ……」
 腰を撫でるとマナは喉を反らせて喘いだ。張りと柔らかさのある肌。22才のマナの体は、熟れてるのに若い。
「あぁっ! タイヨウ!」
 首筋に舌を這わせるとマナは大きく反応した。高校を卒業したときにばっさりとショートに切った髪から、いつものシャンプーの匂いがする。昔から変わらないその匂いに僕は安心する。
 薄手のキャミソールを引きちぎるように脱がせた。マナは僕の好きにさせてくれる。黒いブラをたくし上げて、乳首に噛むように吸い付く。
「あぁん! タイヨウ! いいよぉ!」
 大げさな声を出して、マナの体が反応する。僕はそれを押さえつけて愛撫を続ける。
「ね、タイヨウ……あん! マナ、今日も、お仕事頑張ったよっ。いろんな男が、マナの体に触ったけど、オマンコ、絶対触らせなかったよっ。マナのオマンコは、タイヨウだけのものだかんねっ」
 マナの小さな下着を剥ぎ取った。そこはすでに濡れていた。
「だから、ご褒美欲しいっ! タイヨウのオチンチン、ちょうだい! 恋人奴隷のマナに、いっぱいオチンチンしてェ!」
 シングルのパイプベッドにマナを乱暴に寝かせた。マナは嬉しそうに叫ぶ。
「きて! タイヨウ、きて! アァ、いい! いい! いいっ!」
 マナの中に突き入れた。もう何度も出し入れしてきたのに、マナのそこはいつもキツくて気持ちいい。マナも僕に入れられるだけで、何度も小さなエクスタシーを感じるんだ。
「タイヨウ! あぁ! いいよぉ! 好き! 大好き、タイヨウ!」
 もう僕たちの関係は10年になる。それでも、ずっとマナの僕に対する気持ちは変わらない。
 僕に恋をしていて、忠実で、淫乱だ。
 あの日から、ずっと―――。

 ビィィィッ!

 心臓を掴まれるような大きな音がした。僕の体が固まる。
 繁華街近くにあるマンションの薄い壁が、荒々しく行き交う車のクラクションを素通りさせただけだ。それだけだ。
 でもそれは、僕に外の世界を思い出させるには十分だった。
 雑踏。
 靴音。
 下品な笑い声。汗の匂い。他人の息。視線。悪意。僕たちが無邪気に犯してきた罪。僕の裏切り。
 冷や水をかけられたように体が震える。止まらなくなる。
「うあ…あぁ…」
「んっ、タイヨウ。大丈夫。大丈夫だよ」
 マナが僕のペニスを引き抜いて体を起こす。子どもにするみたいに、僕を胸に抱きしめる。
「あ、あ……」
「大丈夫。大丈夫、タイヨウ。怖くない。怖くない」
 でも、外の世界の音が入ってくる。バイクが通り抜ける。救急車のサイレンが聞こえる。玄関のチャイム。隣の足音。その隣の会話。そのさらに隣のヤツらが笑ってるのも聞こえる。人間だ。人間だらけだ。窓の向こうの灯りには何人もの人間が住んでいる。
 耳を塞いでも、声が聞こえてくる。気持ち悪い。ここは他人だらけだ。僕の知らない世界だ。みんな僕を見てる。笑う。責める。
「タイヨウ、もっとこっちきて。ホラ、マナのおっぱい触って」
 マナの胸が僕の顔を塞ぐ。規則正しい心臓の音。髪を撫でられて、少しずつ震えが収まっていく。
「いい子、タイヨウ。大丈夫。ここにはマナとタイヨウしかいないよ? だから何も怖くない。ね?」
 柔らかくて大きいマナの胸。触っていると落ち着くんだ。
「マナ!」
「あっ、やっ、痛ッ……!」
 僕はマナを押し倒して、再び挿入した。少し乾いてたソコも、何度か突き入れるうちにどんどん溢れていく。
「んっ、タイヨウ! いいよ! 気持ちいい!」
 マナの甘い叫び声がいい。今の僕にはこれだけでいいんだ。これ以外の音はいらない。
「マナ! もっと大きな声を出して! もっと!」
「ああっ! はい! あぁ! ああっ! タイヨウ、気持ちいい! タイヨウのセックス、気持ちいいよ! ああ! マナ、めちゃくちゃになっちゃうよぉ!」
 僕の耳のすぐそばで、大声を出して乱れるマナ。
 ベッドが軋む。
 マナが叫ぶ。
 僕はセックスに没頭していく。

 キリヤ―――。

 君のいない世界は、怖い。

「俺とタイヨウの入学記念に、みんな裸になって楽しく踊って下さい」

 中学の入学式で新入生代表に選ばれたキリヤの第一声が、それだった。
 僕はやれやれと首を振るしかなかった。
 演壇のキリヤが手を挙げて合図すると、横の放送ブースにいた教師がCDをかける。たぶん事前に仕込んでいたんだろう。最近流行りのポップソングが流れる。とたんに会場が盛り上がり、誰もが制服もスーツも着物も脱ぎ捨て、競うように踊りだす。
「去年の入学式と同じネタじゃないか」
 上級生代表だったキリヤの号令で、みんなが裸踊りをしたあの春を思い出す。
「お前は知らないだろうけど、俺が小学1年ときからずっと同じネタなんだぜ」
「エロガキだなー」
「俺、ませてたんだよな」
 その前の年(つまり僕が転入してキリヤと出会った年)の学芸会も、最後はみんな全裸になって鬼退治してた。キリヤは本当に全裸ネタばかりだ。
 そのことを指摘すると、なぜかキリヤは得意そうに笑った。
「全裸が嫌いな男子はいないね」
 そこは僕も否定はしない。女教師はおばさんばかりで少しがっかりだったが、特に2、3年生の胸が大きい先輩たちが踊ってるあたりを見てると、穏やかな気持ちになっていく。
 ぐるりとステージの上から見回す。一応まだ僕の彼女ということになってるマナが、同じ学校出身の子らと楽しそうに飛び回っていた。まだ子供っぽい体の子ばかりだ。やっぱり見てて楽しいのは先輩たちだった。
「たった1、2年で全然違うのな」
「うん」 
 1年生の子はよその学校出身者も含めて、知ってる子ばかりだった。
 去年、卒業前の学期はほとんど他校との交流に費やしていたから、近隣の可愛い子はだいたい裸にしてた。
 だから2、3年生の人たちの未知の裸を見てると、なんだかワクワクしてくる。今日から中学生。キリヤと一緒の3年間だ。
「俺、ちょっと先輩たちに性の相談してくるわ。タイヨウは?」
「僕はもう少し見学してる」
「そっか」
 キリヤはマイクを掴んでスイッチを入れる。キーンとマイクが鳴って、みんなの注目が集まる。
「みんな踊りながら聞いてー。今日から俺とタイヨウに指名された女はセックス絶対な。処女もヤリマンも張り切ってお相手してねー。あ、でも俺らにやられたことはすぐに忘れること。妊娠しないこと。基本ルールはとりあえず以上。3年間よろしくお願いします、肉便器ども!」
 言いたい放題に言って、キリヤはぺこりとお辞儀する。
 新入生挨拶はつつがなく終了。式次第によると続いて学校長式辞なのだが、ポルカを踊るのに忙しそうなので省略。
 キリヤはダンスホールと化した体育館の中の降りて女を物色してる。胸を揉んでみたり、顔を見比べてみたり、何人かを連れて、また途中で他の女を見つけては立ち止まっている。ていうか、何人連れてく気だよ。
 僕は踊るみんなをぼんやり見ていた。親も生徒も先生も一緒に全裸になって、楽しそうにバカ騒ぎしてる。上からみてると、みんなが年も関係なく子どものようにも見える。こんな光景見るのも、キリヤと知り合ってから、もう何度目になるだろう。
 僕は嘆息する。
 ナツミキリヤは、めちゃくちゃだ。
 こんなパーティーを眺めることができる人間なんて、キリヤと、そしてなぜか彼の能力からフリーの僕だけなんだろう。
 この人たちは、自分たちのしていることを疑問に思わない。犯されても『忘れろ』と言われれば忘れる。自分の娘や、大好きな彼女がキリヤや僕に目の前で犯されても気づきもしない。それがキリヤの命令だから、当たり前のようにその命令をこなす。
 僕はラッキーなんだろうか?
 いや、きっとそうなんだろうな。他の人たちと一緒に、裸になって踊る自分を想像するとゾッとする。
 好きになった子も犯され、裸踊りや屈辱的な遊びに付き合わされ、でもそのことを全然知らないまま「退屈で変わり映えのしない毎日だ」なんて思いこんで生きるなんて、今となっては耐えられない。
 僕は自分が『こっち側』の人間であることに安心する。
 ずっとここにいたいと思う。

 ―――?

 ふと、扉のあたりで気配がして、そちらを見る。
 ドキっとした。女の人が、扉の向こうから体育館を窺って、凍りついているのが見えた。
 髪は短く、白衣をまとって、背の高い大人の女性。前を開いた白衣の下には、ぴちっとしたスーツを着ている。驚いて青ざめた表情が色っぽく見える。
 キレイな人だった。大人で、すごくスタイルが良くて、美人だった。
 彼女は体育館の中の乱痴気騒ぎを見て、そしてステージに腰掛けてる僕を見た。そして驚いたように、口を開こうとした。
 僕は咄嗟に、指を唇に当てて、『静かに』とゼスチャーした。女の人は、扉を開けようとしていた手を止めた。
 そして、僕は体育館の中で女子を物色しているキリヤを指さし、もう一度『静かにして』と合図した。
 女の人は、騒ぎと、僕とを交互に見て、首を横に振った。
 僕は『出て行って』と合図した。懇願した。
 女の人は、きつい目で僕を見て手招きした。僕はキリヤに気づかれてないことを確認して、首を縦に振った。
 彼女は、体育館の扉をそのままにして、姿を消した。僕は息を吐いて、汗に濡れた手を拭いた。
 キリヤは気づいていない。
 あの人は、僕たちの悪さを目撃してしまった。そして僕はキリヤにあの人のことを隠してしまった。
 どうしてそんなことしたんだろ。キリヤに言って、あの人も巻き込まないとヤバイのに。
 でも、ドキドキしていた。キリヤに打ち明ける気はなかった。
 早くあの人のところに行かないと。
 でも行ってどうする? 黙っててくれってお願いするの?
「タイヨウ、やんねーの? 俺、マジやっちゃうぞ?」
「う、あ、いや、いいんだ」
 お腹が痛いからトイレ行ってくる、とキリヤに言った。キリヤは「おー」と軽く答えて、女選びに戻った。
 僕はステージを駆け下りて、出口に向かう。
 キリヤは気づいてない。汗が出る。早歩きで裸踊りの間を縫う。体育館を出た廊下の向こうで、あの人が怖い顔して立っていた。
 ドキドキする。やっぱり、キレイな人だと思った。

 それが、僕とカシイ先生との出会いだった。

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