断れない母親 第三話

第三話

 エプロン姿の玲子が笑顔で、娘の唯花の帰宅を出迎える。
「おかえり唯花」
「お母さん。田中さん、また来てるの……」
 唯花は、少し嫌そうに顔をしかめる。
 玄関先の靴を見て言っているんだろう。玲子がうなずくより早く、田中が玄関先まで出てきた。

「おかえり唯花ちゃん」
「……」
 フレンドリーに挨拶する田中に、俯いて押し黙ってしまう唯花。
「唯花お行儀悪いわよ。田中さんにちゃんと挨拶しなさい」
 四十過ぎの知らないおじさんが、勝手に家に上がり込んでるのだ。
 唯花が嫌そうな顔をして当然だとも思う。
 でも、もう知らない仲でもないわけだし、田中さんだって悪気があってここにいるわけではない。
 最低限の礼儀というものはある。
 母親の玲子が何度も促すので、唯花は小声で挨拶した。
「こんばんは……」
 田中は嬉しそうに笑うと「こんばんは」と返した。
 そうして、田中は帰るわけでもなく、当然の権利のように夕飯も一緒に食べていく。

 優月玲子と唯花の母娘と、近所に住んでるおっさんであり赤の他人の田中は三人で食卓を囲む。
 正直気まずい。
 食卓の沈黙を破るように、田中が言った。
「玲子さん。そろそろ子作りセックスしない?」
「ブッ」
 玲子は思わず、味噌汁を噴き出しそうになった。
「そんなに驚くことかなあ」
 驚くとか驚かないとか、そういう問題以前だ!
「貴方という人は、食事中に何を言い出すんですか!」
 しかも、娘の前で何を言うのかと激高する玲子。
 しかし田中はそれに取り合わず、よりにもよって唯花にこんなことを言った。
「唯花ちゃんも、弟か妹、欲しいよね?」
「……」
 唯花は、俯いて黙ってしまう。
 知らないおじさんにいきなりそんなことを言われても、そりゃ困る。
「ねえ唯花ちゃんは、弟か妹が欲しいと思ったことないの?」
「……それは、あります」
 田中にグッと顔を寄せられて圧迫面接されると、唯花はそう頷いてしまった。
 一人っ子なのだ。
 そう聞かれたら、妹や弟が欲しいと思ったことくらいはある。
「ほら、玲子さん。唯花ちゃんも欲しいってさ」
 玲子は頭を抱える。
「それを言われて私はどうしたらいいんですか。そもそも、私は相手がいませんし」
「相手ならここにいるじゃん」
 自信ありげに自分を指差して言う。
 まったく、どこにそんな自信があるのかと不思議に思うのだが、田中ならそう言うと思った。
 だから、玲子もいつもどおりの返答をする。
「唯花には寂しい思いをさせて申し訳ないと思ってますが、私は再婚するつもりはありません!」
 これまで何度、周りから再婚しないのかと言われたかわからない。
 美人の玲子ならば、いくらでも相手はいる。何なら紹介しようかとか、もう何度誘われたことやら。
 そのたびに、こうして断ってきたので慣れたものだった。

「ふーん。そっか」
 田中さんは、肩をすくめてあっさりと引きさがった。
 いつもはとてもしつこいのに、それがなにか玲子には少し怪しく思えた。
 だから、食事を終えても田中さんのことをずっと監視していたのだ。
 そしたら……。

「ねえ唯花ちゃん。玲子さんは子作りしてくれないみたいだから、唯花ちゃんがしてくれないかな?」
「ちょっと田中さん! 娘に何を言ってるんですか!」
 田中は悪びれもせず言う。
「えーだって、俺は子作りしたい気分だし、玲子さんがダメなら唯花ちゃんでもいいかなと。同じくらい美人だし、玲子さんほどじゃないけどおっぱいも大きいからね」
「だ、ダメですよ! 何歳だと思ってるんですか、それ以前に学生だから子供なんか育てられません!」
 まだ唯花は家に彼氏を連れてきたこともないし、おそらく処女だろう。
 最初の相手が田中さんみたいなおじさんとか、ありえない。
「えー、玲子さんは関係ないじゃん」
「関係ありますよ。母親ですし!」
 もう本当に、この人は何を言っているのだオル。
「じゃあさ、子作りはしなくていいよ。危険日にちょっとだけ中出しセックスしてくれればいいから」
「それならって……それで子供ができちゃうじゃないですか!」
 なんでこんな酷いノリツッコミをしなきゃならないのだ。
「ねえ唯花ちゃん。そろそろ初体験しといたほうがいいんじゃない?」
「……」
 唯花もさっさと断ればいいのに、何度も田中にセックスを誘われても、俯いて黙っている。
 なんかそのまま頷いてしまいそうで、怖くて仕方がない。

「ちょっと待って、田中さんストップ! 唯花ちょっとこっちにいらっしゃい!」
 唯花の手を引っ張って、唯花の部屋に入った。
「なあに、お母さん」
「唯花はなんでさっさと断らないの。田中さんとセッ……そういう行為をするなんて嫌でしょ?」
「……でも、熱心に誘ってくるし、無下に断るのもわるいかなと思って……」
 ああーダメだ。
 押しに弱すぎる。
 この子、やっぱり私の娘だ。
「唯花! 田中さんとは私が話をするから、もうこのことについて話しちゃダメだからね。頷いてもダメよ」
 そう玲子がきつく言うと、唯花はわかったと頷く。
 よしと、今度は田中のところに戻る。

「田中さん!」
「唯花ちゃんと話の途中だったんだけどなあ。もう少しで押し切れたのに」
 不満たらたらに言う田中に、玲子は言う。
「私と子作りしましょう!」
 田中さんから、娘を守らないといけない。
 これは仕方のないことなのだ。
 きっと、天国にいる篤史さんも許してくれるだろうと、玲子は心のなかで仏壇の遺影に手を合わせた。

< 続く >

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