里美先輩の常識変換

「行ってきまーす!」

 玄関の扉を勢いよく開けて、僕は家を飛び出した。
 今日は月曜日、新しい週の始まりだ。

 土日の間はクラスメイトと顔を合わせる機会がなかった分、久しぶりに学校に行くのが待ち遠しい。
 もちろん、ユウスケやケンジたちと一緒に、昼休みにサッカーしたり、放課後に集まってカードゲームとかするのが楽しみなのもあるけど、本当の理由はそれだけじゃない。

 学校に行けば、由梨ちゃんと顔を合わせることができるんだ。
 由梨ちゃんは、同じクラスの女子なんだけど、性格も明るくて可愛いから、クラスの男子からの人気も高い。
 僕も、実のところそんな男子たちのうちの一人だった。

 もちろん、週末とかに遊びに誘えればいいんだけど、気軽に遊びの約束を取り付けられる男子と違って、女子を名指しで遊びに誘うなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくてできるわけがない。
 その点、学校に行けば、こちらから理由を作らずとも自然と同じ空間で過ごすことができる。
 ──まあ、そうは言っても自分から話しかけるはずもないから、たいていの場合は男子グループと遊びながら遠目に見てるだけなんだけど。

 ただ、僕の場合は、他の男子に比べて恵まれている条件が一つある。たまたま家が近所だから、うまくタイミングが合えば登校中に鉢合わせることもあるんだ。
 そんな時は、他の生徒たちと合流するまでの少しの時間だけだけど、二人きりの時間を過ごすことができる。照れちゃって二言三言挨拶を交わすのが精一杯なんだけどね。

 と、いう訳でこの登校時間は、僕にとって密かにワクワクしている平日のお楽しみなんだ。

 っと、いけないいけない。あんまり露骨に緩み切った表情で家を出たら、誰かに見られた時に変に思われちゃう。
 慌てて口元を正して、足早にならないように気を付けながら、家の門から足を踏み出す。

 門を閉めていると、まるで僕の想いが天に通じたのように、後ろから聞き覚えのある声を掛けられる。

「おはよう、和くん。今日も早いんだね」

 もちろん、気になる女の子の声を聴き間違えるはずがない。想像以上の幸運に心臓が高鳴るけど、あまり不自然な反応をしちゃうと変に思われちゃう。
 声が上ずらないように気を付けて、門をしっかり閉めてから僕は振り向いた。

「あ、おはよう由梨ちゃん。由梨ちゃんこそ、いつも早──いっ!?」

「……どうしたの、和くん? そんな変な顔で固まったりして」

「な、な……!」

 突然言葉を詰まらせた僕に対して、不思議そうに首を傾げる由梨ちゃん。
 そんな由梨ちゃんに対して僕は何とか言葉を紡ごうとするが、あまりの光景に頭の中が真っ白になり、かける言葉が見つからない。
 何かの見間違いなんじゃないかと思ってごしごしと目を擦るが、目を凝らしてみても何も変わらなかった。

「……和くん、大丈夫?」

 心配そうに由梨ちゃんが僕の顔を覗きこんでくるが、それは完全に僕の台詞だ。

「由梨ちゃんこそ──一体なんて格好、してるのさ!」

 真っ赤になって目を逸らしながらようやくそれだけ言葉を発することができた。
 そう、もうじき登校する生徒たちでごった返すであろう往来の真ん中で、憧れの由梨ちゃんは。

 その大きめの胸の先端にある可愛らしい飾りも、下半身のいやらしい襞も。
 
 女の子が隠すべきところ全てを、まるで全世界に見せつけるかのように晒していた。

 それなのに肝心の由梨ちゃんは、キョトンとした表情で自分の体を見下ろして聞き返してくる。

「ふぇ? 何かおかしかった? 『学校にはこの格好で行くのが常識』だから、『何もおかしくない』と思うんだけど……」

 怪訝そうに呟く由梨ちゃんだったが、『何もおかしくない』はずなどあり得ないのは明白だった。

「そんなことよりさ、早く学校行こっ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ由梨ちゃん! まずは家に戻って着替えないと……!」

 まだ朝も早い時間だから運よく近所の人たちに見つからずにここまで来られたのかも知れないけど、もしこのまま登校してしまえば、学校に辿りつくよりも先に警察行きになるのは確実だ。
 必死に止めようとする僕だったが、由梨ちゃんは全く耳を貸そうとしない。

「なに言ってるの和くん。今からウチに戻ったら、それこそ遅刻しちゃうよ! ほら、早く早く!」

 自分がどんな格好をしているのかも知らずに、元気よく学校にある方向に笑顔で駆け出していく由梨ちゃんの向かう先を見て、僕は心臓が飛び出しそうになる。ほんの数メートル先の家の前で、近所のおばさんが掃除をしているのだ。
 幸いこっちにはまだ気付いていないみたいだけど、もし見られてしまった日には……!

「由梨ちゃん、そっちはダメ──」

「あ、おばさん! おはようございまーす!」

 僕の気も知らずに、いつものようにハキハキと挨拶する由梨ちゃん。

 ──ああ、終わった……。

 警察への通報を覚悟してがっくりと項垂れたが──

「ああ、おはよう由梨ちゃん。いつも元気ねぇ」

「えへへ、それだけが取り柄ですから!」

「……ふぇ?」

 声を掛けられたおばさんも、まるで由梨ちゃんの姿をおかしいと思っていないかのように、朗らかに挨拶を返している。

 そんなバカな。僕は、夢でも見ているんだろうか?
 それとも、由梨ちゃんのいやらしい姿を見たいという無意識の願望が、僕に変な幻覚を見せてしまっているのだろうか。

「ほらほら、先に行っちゃうよ? 和くん遅刻しちゃっても知らないよー!」

「……あ! ご、ごめんね、いま行くよ!」

 自問自答する僕をよそに学校への足取りを早める由梨ちゃん。結局、僕も訳が分からないまま一緒に登校せざるを得なかった。
 住宅街だから当然だけど、近所のおばさんとかサラリーマンっぽい人と何人かすれ違う。だけど、やっぱり誰も由梨ちゃんの格好のことなんて気にも留めない。
 少なくとも、周りの人たちはやっぱり由梨ちゃんの格好を普通だと思っているみたいだ。

 でも、このまま学校に登校してしまっていいのだろうか。いくらみんなが気にしていないと言っても、このままだと由梨ちゃんのあられもない姿が生徒全員に見られてしまうのだ。
 だけどここで僕が騒いでも、おかしいと思われるのは僕の方だろう。結局いいアイデアなど思い浮かばないまま、学校へと繋がる大通りが見えてきた。あの角を曲がれば、この時間帯なら大勢の生徒たちで溢れているはずだ。

「や、やっぱり由梨ちゃん、一度家に戻──」

「あ! リコ、サヤカ、おはようー!」

 恐る恐る切り出そうとした僕の言葉など聞かずに、タイミング悪く通りがかったクラスメイトの姿を見つけた由梨ちゃんは大通りに向かって走り出す。

「ちょっ、待ってよ、由梨ちゃ……ええっ!?」

 由梨ちゃんを追って慌てて大通りに飛び出した僕は、あまりの光景に絶句した。
 学校に繋がる大通りは、登校中の生徒たちで溢れかえっていた。いや、それ自体はいつものことだ。異常なのは、その生徒たちの服装だった。

 男子たちは、全く問題ない。僕と同じ、ブレザーにスラックスの制服姿だ。

 だが、女子たちは違った。由梨ちゃんも、クラスメイトのリコやサヤカも──それどころか、視界に映る数十人の女子全員。

 上半身には、濃紺の長袖ブレザー。その隙間から、白のブラウスが覗いている。そして、下半身には、ギンガムチェックのスカート。

 ──そう、僕の学校の女子全員が、公衆の面前で学校の制服を丸出しにして、一糸乱れぬあられもない姿をさらけ出していたのだ。

 ブレザーの胸の部分に縫い付けられている校章も、下半身にいやらしく施されたスカートの襞さえも一切隠すことなく。
 全てをまるで全校生徒に見てもらおうとでもするかのように、満面の笑みで学校へと向かっている。

 それ以上におかしなことは、明らかに異常な光景が広がっているというのに、周囲の男子たちは全く気にする素振りすら見せない。
 普段はスケベなことに人一倍反応するケンジさえ制服姿の女子に見向きもせずに、隣にいるユウスケに「今日のテストかったるいよなー」などと軽口を叩いている。

「ちょ、ちょっとみんな! 一体どうしちゃったの!? 何でそんな格好で登校してるのさ!」

 あまりにとんでもない光景に、僕はたまらずクラスメイト達に詰め寄った。

 でも、サヤカの反応も、由梨ちゃんと全く同じだった。

「おはよー……って、何か変なところでもあった? 『学校には制服で通うのが常識』でしょ?」

 普段は保健体育の教科書を読むだけでも真っ赤になるサヤカが『制服』なんていやらしい言葉を臆面もなく口に出し、不思議そうな表情を浮かべている。

「しっかりしてよ! 女子が……せ……せいふ、く……で学校に通うなんて常識、あるわけないでしょ!」

「へ? ……でも、和くんや他の男子だってみんな制服着てるよ?」

「男子と女子ではデザインも何もかも全然違うでしょ!」

 必死に説得しようとするが、サヤカはまるで理解ができないと言った様子だった。
 それどころかユウスケやケンジまで、『こいつは何を言ってるんだ?』みたいな顔を浮かべている。

 ダメだ。全く会話がかみ合わない。土日をはさんだだけで、まるで学校中が──いや、それどころか町中がすっかり変わってしまった。
 そして奇妙なことに、誰もそれをおかしいことだと自覚していない。まるで、集団で催眠術でもかけられたかのように。

 ……『催眠術』?

 その言葉から、たった一つだけ、この事件の原因として思い当たる人物が思い浮かんだ。
 いや、そんなバカな。いくら何でも、催眠術でここまで大それたことができるはずがない。でも、あの人ならもしかしたら──

「ふふふ……和くん、朝っぱらから騒いでどうしたの? もしかして、くすくす──朝起きたら、突然周りの女子がみんな制服姿で登校してた、とか?」

 聞き覚えのある声を後ろからかけられ、僕は慌てて振り返った。

「な……里美せんぱ──っ!?」

 思わず里美先輩の格好を目の当たりにしてしまった僕は、そのまま真っ赤になって固まってしまう。

 里美先輩もやっぱり、由梨ちゃん達と同じ制服姿だった。

 いや、一言で同じ制服姿といっても、年上の女性だけあって随分と見た目から違っていた。
 由梨ちゃんやクラスの女子の制服は、胸元に赤いリボンを巻いているんだけど、里美先輩が巻いていたのは落ち着いた青い色のリボンだった。
 それに、これは年齢とは関係なく先輩個人の特徴なのかも知れないけど、ブラウスの二つ目のボタンまでがだらしなく外され、下半身のスカートもまるで日ごろから遊んでいることを示すかのように短く折り曲げられている。
 あまりに刺激的な光景に思わず立ち尽くしていると、先輩ははにかみながら軽く制服を隠すように体を抱いた。

「やだ、和くんってば、人の制服ジロジロ見ちゃって、えっちー」

 その言葉に我に返った僕は慌てて目を閉じたけど、もう遅い。既に僕の瞼の裏には、さっきの先輩のつんと立った襟元や、ひらひらと揺れるプリーツがしっかりと焼き付いてしまっていた。

「さ、里美先輩、ちょっと!」

 クラスのみんなには先に学校に行ってもらい、僕は慌てて里美先輩に駆け寄ると周りからなるべく怪しまれないように小声で先輩を睨み付けた。できるだけ制服を目に入れないように気を付けながら。

「──やっぱりこの事件は、里美先輩が催眠術で起こしたの?」

「うん、そうだよ」

 あっさりと自分が首謀者であることを認める里美先輩。正直、にわかに信じがたい話だけれど、目の前で起こっている以上、信じるしかない。

 説明が遅くなっちゃったけど──里美先輩は、僕の一つ上の学年で、僕のことをからかうのが3度のご飯より好きな人だ。
 
 そして、質が悪いことに……恐ろしく腕の立つ催眠術の使い手でもあった。

 正直、今までも先輩に催眠術にかけられて、エッチな悪戯をされてしまったことは何度かあったけれど、僕以外の──しかもこんなに大勢の人にかけることができるなんて思ってもいなかった。

「今すぐもとに戻してよ! 一体なんで、催眠術でこんなことするのさ!」

 僕は語気を強めるが、先輩は特に気にする様子もなくあっけらかんとしている。

「んー……和くんは、『常識変換』って知ってるかな? 『常識改変』とか『常識書換』みたいに呼ばれることもあるんだけど」

「じょうし……何?」

 聞きなれない単語に僕は眉をひそめた。意味は分からないが、ろくでもない予感しかしない。

「ちかごろ一部の催眠術師の界隈で流行ってるんだけどね? 簡単に言うと、異常なことを常識だと思い込ませて、普段なら絶対にやらないようなエッチな格好とか行為を、まるで当然のように実行させたりする暗示のこと♪
 小規模なレベルだと密室で二人きりでかけることもあるんだけど、人によっては学校丸ごととか、それどころか世界中の人間の常識を一度に書き換えることも可能なんだってー」

「ま、まさか……学校のみんながえっちな格好で登校してるのも、先輩が常識変換で……?」

「せいかーい♪ 実を言うと、私も一度チャレンジしてみたかったんだよねー。まさか、こんなにうまくいくとは思ってなかったけど」

 悪戯っぽいく笑う里美先輩だったが、そんな軽い気持ちでこんな大騒動を起こされるなんてたまったものじゃない。

「うまく行くって分かったんなら、もう満足でしょ! すぐに元に戻してよ!」

 はっきり言って、こんなに周りが制服姿の女の子だらけだと、目のやり場に困って仕方がない。
 今だって、何とか先輩の制服を目に入れないようにするだけで精一杯なんだ。
 だけど、そんな僕の願いは残念ながら聞き入れられなかった。

「えー……せっかくの常識変換なんだからさ、そんな風に目を逸らしたりしないで、和くんももっと楽しんじゃおうよー。恥ずかしくて素直に楽しめないなら、私が手伝ってあげようか?
 『和くんは、私が手を叩くと、女の子のエッチな格好から目を逸らせなくなってしまいますよー』っと。はい♪」

「ちょ、先輩、やめ──」

 慌てて止めようとするが間に合わない。
 暗示に抵抗しようと固く目を閉じるが、先輩が手を叩く音が響き渡ると、しっかりと閉じていたまぶたがあっさりと開いてしまい、先輩の顔を見ていた目線が、僕の意思を無視して下に移ってしまう。

「だめ、だめ、ダメーっ!」

 両手で目を覆い隠そうとするが、それすらも叶わない。結果、僕は目の前にいる里美先輩の制服姿を、ばっちりと見ることになってしまった。
 
 胸元で優しく結ばれたリボン、その柔らかそうな結び目も。
 
 ブラウスの袷を留めている、白く透き通った小さなボタンも。
 
 ブレザーのポケットを覆っている、紺色のフラップも。
 
 里美先輩のえっちで恥ずかしい部分が、否応なく僕の目の中に飛び込んでくる。

「あ……ぅぁ……」

 完全に固まってしまった僕の反応を楽しんでいるのか、先輩はさらに大胆に色々なところを見せてくる。

「くすくす……どうせなら、もっと凄いところも見てみる? 例えばほら……ワイシャツの襟の内側までひっくり返して見せてあげるよ?
 それにほら……うちの校章って小さいから、もっと目を近づけてみないと細かいところまで観察できないんじゃない?」

 襟の奥に隠された秘密の空間を先輩が自分自身の指でぱっくりと開いたり、校章のいやらしい装飾の細部まで目の前で見せつけてくると、どれだけ見たらいけないと思っていても、僕の視線は勝手にその部分に吸い寄せられて、頭の中が先輩の制服でどんどんいっぱいになってしまう。
 どくん、どくんと、本能的な反応によって下半身に血液が徐々に送られてくるのが分かる。

「やっ……お願い、やめて、先輩っ……」

 震える声で先輩に向けて懇願する。このまま通学路の真ん中で興奮しちゃったら、まともに歩いて学校に行くことすらままならなくなってしまう。
 そんな僕の切羽詰まった状況が伝わってくれたのか、先輩は素直に制服を正してくれた。

「ふふ……そこまで言うなら、私の制服を見せつけるのはやめてあげる。
 その代わり──あっちの方を見てみなさい?」

「え……あっ!」

 先輩が、つつ、と指差すのに誘われるよう視線を動かすと、僕は短く声を上げた。
 道の向こうから、きゃぴきゃぴと楽しそうに談笑しながら、数人の女の子たちがこちらに向けて歩いてくる。

 やはりというか彼女たちも制服姿。でも、それ自体よりもはるかに大きな問題は別にあった。だって、あの制服は小中高と一貫のうちの学校の中でも一番下の──

「せ、先輩! それだけは本当にやめてっ! だって、あの子たち、うちの学校の初等部の……!」

「くすくす……和くん、なんで『初等部』なんてぼかした言い方をするの? 正式には……『小学生』でしょ?」

「ダメぇぇぇーっ!」

 何とかはっきりと描写される前に止めたかった僕の努力は、先輩によって一瞬で水泡に帰す。

 ダメなのに。それだけはダメなのに。

 まだ、「4年生」とか「6年生」だけなら大学生という誤魔化しも効いたのに。

 たとえどんなエッチなことをしても、この世界において侵してはならない絶対のタブー。

 それを先輩は、あっさりと破ってしまった。

 そう。『小学生の女の子たち』が、学校の制服姿でこちらに向かって歩いてくるのだ。

「はーい。和くんは向こうから来る小学生の子たちの制服姿をしっかり観察しようねー」

「せ……せんぱ、い……これ以上は、本当に、まずい、のに……っ」

 はっきりと思い描いたら、いけない。そう頭の中では分かっているのに、先輩の命令には逆らえない。

 僕の両目は、通りの向こうから近づいてくる小学生の女の子たちの姿をしっかりと見つめ、詳らかにその姿を目に焼き付けてしまう。

 奨学生でも、商学生でもなく、正真正銘の、まごうことなき小学生。

 見たところは高学年だけれど、それでも「幼い」としか形容しようがない子供たちが、紺色の制服姿を完全に大通りの真ん中で曝け出しながら、それを全く恥じる様子もなく登校していた。

 そのデザイン自体は、中学と比べて大きく変わるわけではないブレザーだ。それでも、いくつかはっきりとした違いはあった。

 まずは下半身。中学以降は大人びてくる子が多いせいか、腰回りにギンガムチェックのセクシーなデザインがあしらわれているのだが、彼女たちにはまだそれがなかった。

 完全なる、無地。

 幼い腰回りに、何の装飾も施されていない紺色の生地が広がっていて、まだ思春期を迎えていない子供だということがはっきりと見て取れる。

 そういう意味では、上半身……特に、胸の飾りも、明確に中学以降とは違う。中学以降の制服ではみんな胸に小さな金色のバッジを着用していて、胸の先にちょこんと鎮座する突起が大人びた雰囲気に拍車をかけていた。

 だが、小学校の校章はワッペンだ。起伏のない真っ平らなそれは、セクシーと言うよりも「可愛らしい」と表現した方が適切だ。そして、それが彼女たちの子供らしさを否応なく意識させてしまう。

「あーあ……和くんってば、小学生の制服姿を、そんなにガン見しちゃって、いけないんだー」

「っ……!」

 先輩に声を掛けられて、ようやく僕は我に返った。
 声を掛けられた瞬間、逮捕されるのではないかと本能的に飛び跳ねてしまった。ばくばくと、心臓が壊れそうなほどに高鳴っている。

「もしかして、興奮しちゃったのー? しょうがないよね、和くんも男の子なん──」

「先輩の……変態っ!」

「ぐふっ!?」

「うわああああん!」

 僕は、呑気に笑っている里美先輩のみぞおちを全力で殴りつけると、自分の鞄を前に抱えながら全速力で学校に向かって走って行った。

 ──最低だ、許せない。

 こんな、冗談では済まないような洒落にならない事件を引き起こして、楽しそうに笑っている里美先輩も。

 そして、そんな目に遭わされながら、ズボンの中で股間をはちきれそうなほどに膨らませてしまっている僕自身も。

 ──学校に辿りついた僕は、先輩に催眠術を解いてもらわなかったことを、猛烈に後悔した。
 教室の中でも当然、女子たちは全員が制服姿のまま。それはある程度覚悟していたんだけど……。

「──えっと、和くん、さっきからじっと私の制服見てるけど、ゴミでもついてる?」

「な、なんでもないよっ!」

 由梨ちゃんに怪訝そうに尋ねられ、僕は慌てて目を逸らし、代わりに隣の席のリコの制服を見つめた。

 そう。

 『女の子のエッチな格好から目を逸らせない』っていう暗示が、解かれていないままだったのだ。

 右を向いても左を見ても、制服、制服、制服。
 学校の中でまともな恰好をしている女の人は、先生くらいのものだった。

 普段同じ空間で過ごしているクラスメイト達が、例外なくスカートを揺らし、ブレザーの腕をまくり、ブラウスを覗かせる。
 そんな光景を強制的に直視させられてしまっているおかげで、授業中も休み時間も、僕の下半身は片時たりとも収まることを知らなかった。
 休み時間の度に机の上に腕を組んで寝ている振りをしながら、腕の隙間から女子たちの制服を覗き見る僕の姿は、さぞ奇妙に映ったことだろう。

 体育の時間など、輪をかけて最悪だった。女子たちが着替えのために更衣室に向かった時はようやくこの地獄から解放されるかと期待したのだが、何と更衣室から出てきた彼女たちの姿は、黒のハーフパンツに、リボンと同じ赤色のラインが入った体操服。
 ブレザーやスカートよりも体にフィットしている分いやらしさを増した、学校指定の制服だ。そんな格好の女子と合同での体育の時間が、どれほどの苦痛だったことか。
 太ももを包むハーフパンツが体の動きに合わせて伸縮したり、体操服の胸に書かれた持ち主の名前が見え隠れする度に、僕は危うくパンツの衣擦れの刺激だけで達してしまいそうになるのを必死で堪えた。

 それでも、トラック競技だったことはまだ不幸中の幸いかもしれない。
 水泳や球技だったら自分がどのような醜態を晒していたのかを想像すれば、2000メートル走をクラウチングスタートで走り出し、極端な前傾姿勢でゴールまで駆け抜ける羽目になったことなど些細に思えた。

 ──そして、悪夢のような6時間がようやく終わりを迎える。

 終わりのホームルームの鐘が鳴ると同時に、僕は朝と同じように鞄を前で抱えながら教室から飛び出し、通学路が女の子たちで溢れる前に全速力で家に向かった。

 里美先輩の教室に行って暗示を解除してもらうことも考えたが、断念せざるを得なかった。
 先輩の教室までかなりの距離がある中、ずっと周囲の女子の制服姿に目移りさせながら、前かがみになって移動した日には、学校中で噂されてしまうことだろう。

 自宅に辿りつくと、僕は真っすぐ自室に駆け込む。
 本当はすぐにでも里美先輩の家に電話してこの町に起こっている異常事態を元に戻してもらいたかったけど、先輩が帰るのはまだしばらく先だろう。
 その前に……どうしても済ませてしまわなければいけないことがあった。
 
 僕自身の下半身に生じている異常事態の解決だ。

「本当に、ひどいよ……一日中、あんなエッチな目に遭わせるなんて……っ!」

 女の子の制服姿を一日中強制的に見せつけられてきた僕の下半身は、今にも破裂してしまいそうなほど大きく膨らみ、びくびくと脈打っていた。
 本当は、先輩に操られてエッチな恰好をさせられてる同級生をおかずにするなんていけないことだって分かってるけど、今日一日かけてはち切れんばかりに溜められてきたものをすぐにでも解放しないと、頭がおかしくなっちゃいそうだった。

 ──数分後。

 あらかじめ解除暗示が仕掛けられていたのだろう、たっぷりと溜まったものを自分の手で解放した瞬間に催眠暗示から解放されて正気に戻った僕は、まんまと先輩の思い通りに操られてしまったことに気付いて思わず叫んだのだった。

「里美先輩の……ばかーっ!」
 

< おわり >

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