リボンで伝える、乙女の秘密

『七海ちゃんは少し引っ込み思案だから、もう少し自分の内面を周囲にアピールした方がいいんじゃないかな』

 浩一が七海にそんなアドバイスをしてきたのは、学校の帰り際、終わりのホームルーム後の掃除の時間のことだった。

 子供のころから大人しめの性格で、普段からあまり自分の意見を表に出さない七海だったが、本人からすればそこまで困ることはなかった。しかし不思議なことに、浩一から受けた『アドバイス』の内容が、学校からの帰り道にもずっと七海の心のどこかに引っかかっていた。

 浩一が言う通り、自分はもっと自己主張をした方がいいのかもしれない。今は良くても、将来的にそれが原因で損をするかもしれないし、友達や恋人関係でトラブルが起きる可能性だってある。

 ──でも、どうやって?

 突然「周囲に自分の内面をアピールしろ」と言われても、具体的に改善するアイデアなど簡単に思い浮かぶものではない。別に普段強く不満に思っているような悩み事があるわけでもない。仮にあったとして、不満や悩みを周囲にアピールしたせいで人間関係にひびが入ってしまったら本末転倒だ。

 答えの出ない問題に頭を悩ませていた七海は、いつの間にか普段の通学路から少し離れた商店街に足を踏み入れていた。導かれるように七海がふらりと立ち寄ったのは、普段の通学経路から少しだけ離れた場所にある手芸用品店。

 理由は七海自身にも良く分からない。ただ、何故だかこの店ならば、自分の心の中の秘密を周囲にさりげなく伝える、そのヒントが眠っているような気がしたのだ。

 編み物などに使うのであろう毛糸や編み棒。様々な大きさや模様のボタンの並んだ商品の棚を横目に眺めながら店内をあてどなく物色していた七海は、やがて一つの棚の前で足を止めた。

「そうだ……これだったら──」

 ──翌日、火曜日。

「七海ちゃん、おはよー……って、あれ?」

 教室に入ってきた友人のユキが、七海の姿を一目見るなり首をかしげる。

「髪型、変えてきたの?」

「う、うん。ちょっとイメチェンしようと思って……似合わない、かな?」

 恥ずかしそうにはにかみながら七海が答える。

 入学してからというもの、おしゃれに無頓着な七海はずっとセミロングの髪の毛をストレートにしており、ヘアピンやカチューシャといったアクセサリとは無縁な学園生活を送っていた。しかし、その日は少し違っていた。

 大きなリボンを使って後ろ髪を結わえたポニーテールにしていたのだ。

「ううん、七海ちゃんにしては珍しいなって思ったけど、ポニーテールも似合うと思うよ!」

「え……? あ、えっと……うん、ありがと……」

 小さく頷きながら、しかし七海はその言葉とは裏腹に少し浮かない表情で自分の席に向かった。

 七海が席に着くと、ちょうど後ろの席に座っていた浩一から声をかけられる。

「あれ、七海ちゃん。普段と印象が違うと思ったら、今日はリボンをつけてきたんだね」

 妙に上機嫌な声色で話しかけてきた浩一のその台詞にぴくりと動きを止め、七海はいそいそと振り返った。

「う、うんっ、そうなの! えっと、似合ってる、かな……?」

 少し不安そうな口調で、上目遣いで尋ねる七海。浩一はニヤニヤとその頭の大きなリボンを見つめながら感想を述べた。

「ふふふ……とっても似合うよ、その白地に青の水玉模様のリボン」

「えへへ、ありがと……」

 その評価に満足したのか、七海は少し照れた様子で素直に礼を言う。

「やっぱり水玉模様って女の子らしくて可愛いね……七海ちゃんの普段は見られない内面がよく表れてて、すごくいいと思うよ」

「うん……今日はそういう『気分』だったから」

 頬を赤らめながら口の端を緩める七海。なんだかそれに気付いてもらえたことが、妙にこそばゆいと同時に、たまらなく嬉しかったのだ。

 これが、手芸用品店のリボン売り場で思いついた、七海なりの自己アピールだった。

 髪の毛を結わえるリボンのデザインを、その日の七海の『気分』に合わせて使い分けることで、さりげなく自分の内面をアピールする。口下手な七海にうってつけの自己表現の方法だった。

「ふふ、すごくいいアイデアだね。明日からもできたら毎日、色んな七海ちゃんの『気分』に合わせたリボンを見せて欲しいな」

 よほど七海のリボンが気に入ったのだろうか、浩一もこの上なく上機嫌だ。そんな浩一の笑顔に呼応するように、七海も照れ笑いを浮かべる。

 浩一はお世辞を言うような性格ではないだろう。自分なりに考えた自己表現に気付いてもらえただけではなく、もっと見せて欲しいとまで言ってもらえた事実に、自然と表情が綻んでしまったのだ。

 もっと、自分のリボンをいっぱい見てほしい。私の隠された内面に、気付いてほしい。そんな気持ちが、七海の心の奥深くに強く根差していた。

 それからというもの七海は、毎朝のようにリボンを頭のどこかに結わえて登校するようになった。

 水曜日は、髪の毛を両側にまとめたツインテールの根元を、淡いピンク色のリボンで結び。

 木曜日は、三つ編みにした後ろ髪の先端を大きな水色のリボンで彩り。

 金曜日は、お団子にまとめた髪の毛をカラフルなチェック模様のリボンで包み。

 翌週の月曜日には、再びストレートに戻した髪型に、カチューシャに括り付けた真っ赤なリボンを乗せて。

 髪型や結び方はまちまちだったが、それでも常に一定のルールだけは守られていた。

 一つ目は、周囲からよく見えるよう、なるべく目立つ位置にリボンを結ぶこと。

 二つ目は、そのリボンの色や模様は、必ずその日の七海の『気分』に合わせたものであるということ。

 周囲の友人たちも、今までとは違う七海のおしゃれに気付いて言及することも増えてきた。中でも浩一は、特にしっかりとリボンに注目して、毎日のように感想を伝えてくれた。

「今日の七海ちゃんのリボンは、小さなピンクのハート柄なんだね。意外と子供らしい一面に気付かされたよ」

「今日はシンプルな白のリボンなんだね。健康的で清潔な印象があって好きだよ」

 また、時には七海が身に付けるリボンに対するアドバイスをしてくることもあった。

「たまには少し大人っぽい感じの、紫のリボンとかにチャレンジしてみたらどうかな?」

「そろそろ暑い時期になってきたし、リボンも涼し気な、薄手で面積の小さい感じとかにしてもいいと思わない?」

 そういったアドバイスを浩一から受けるたびに、七海は近所の商店街などで衣類などの買い物がてら手芸用品店に立ち寄り、数日のうちに浩一のアドバイスの内容を反映した、細やかな装飾をあしらえた大人っぽい紫色のリボンやら、向こう側が少し透けて見える素材の細いリボンなどを身に付けて登校する。そしてそんな七海を見て、浩一は実にご満悦の笑みを浮かべるのだった。

 数日後。

 いつものように浩一が前の席に座っている七海のポニーテールの付け根を結ぶ、紐かと見紛う程細い、派手なピンク色のリボンを眺めていた時のことだった。

「ちょっと浩一! 七海の方見ながら何ニヤニヤしてるのよ、いやらしい!」

 突然横から罵声を浴びせてきたのはクラスメイトの美沙だった。その声に思わずびくりと体を震わせて反論する浩一。

「な、何だよいやらしいって! 別にニヤニヤもしてないし、普通に見てただけだろ……」

「絶対ニヤニヤしてたっ! っていうか、今もしてるし! アンタのことだから、どうせ催眠術でろくでもないことでも企んでるんでしょ!」

 ばん、と勢いよく両手を机に叩きつけて詰め寄る美沙。その声には確信に近い自信が籠っていた。

 そう、浩一は今までに何度も催眠術を使ってクラスで騒動を起こしてきた前科があるのだ。それも、決まって女の子を恥ずかしい目に遭わせるような内容ばかり。

 かくいう美沙本人など、「パンツの柄を自分の意志で報告した上に、クラスメイトの見ている前でスカートをめくり上げてしまう」などというバカげた予告を笑い飛ばしていたはずが、気が付いたら技術家庭の授業中にクラスメイト達の見ている真ん中で自分のパンツの柄を大声で報告しながら、スカートの裾に誤って縫い付けてしまったハンドタオルをクラスメイト達が見ている前で高々と掲げ、その下のしましまパンツをばっちりと見せつけてしまったというとんでもない恥辱に見舞われてしまった。

 美沙はその日のことを思い出し、思わず耳まで真っ赤になる。パンツを見られてしまったこと自体ももちろん恥ずかしい。しかし、それ以上に浩一を許しがたかったのは、スカートの下に身に付けている下着の柄という乙女のプライバシーを、本人が知らないうちに大勢の前で報告させられてしまっていたという事実だった。

 もう二度と、あのような悲劇を繰り返させてなるものか。美沙はあの日、そう固く誓ったのだった。

「と、とにかくっ! 私の目が黒いうちは、絶対に催眠術でエッチな悪戯なんてさせないんだからねっ!」

 真っ直ぐに睨みつけながら、びしっと浩一を指差す美沙。その髪型は後ろでまとめたハーフアップで、根元には白地に青いしましま模様の大きなリボンが揺れていた。

「ちょ、ちょっと美沙……あんまりそうやって疑ってかかるのは良くないよ」

 少し心配そうな表情で隣から声をかけてきたのは美沙の友人のユキだった。ユキもまた、押しの弱い性格が災いしてか、浩一に何度か催眠術をかけられたことのある女子の一人だった。

「疑うに決まってるでしょ! 大体ユキだってこいつには催眠術と称してスカートめくらされたりしてるじゃないの!」

「わ、私はいつもスカートの下にスパッツ穿いてるから別に気にしてないし……その、見られるのが嫌だったら美沙も中に何か穿いたりしたら?」

「そういう問題じゃないわよ! 大体、いやらしいことをされる前提で対策してくること自体、最初から負けを認めてるようなものじゃない!」

「そ……それもそうかもしれないけど……」

 美沙の迫力にユキも尻込みをする。

 もちろんユキだって下着など見られたくない気持ちは同じであるからこそ、日ごろからしっかりとスカートの下を防護するように心がけていた。おかげで結果的に浩一に催眠術でスカートをめくられそうになった時も、クラスメイトの前で下着を晒さずに済んだのだ。

 要するに催眠術だろうが何だろうが、対策さえ怠らなければ美沙のようにパンツを見られてしまう心配はないのだ。それを親友にどのように説得するべきなのか悩みながら、ユキは自分の三つ編みの毛先に結わえられた、白のフリルがあしらわれた黒いリボンを指先で弄った。

 そんなユキの態度に苛ついたように、美沙は近くの席に座っていたおかっぱの少女を指差す。

「大体ね! どんなに重ね着してたって、悠麻の時みたいに脱がされちゃったら意味ないでしょ!」

「にゃっ!?」

 急に話を振られた悠麻は、思わず声を裏返られて素っ頓狂な叫びを上げる。

「や、やめて美沙……! あ、あのことは思い出させないでー!」

 真っ赤になって今にも泣きそうな顔で懇願する悠麻。そう、実は悠麻はクラスの中でも、浩一によって最も手酷い辱めを受けた女子のうち一人であった。

 男子の前で語尾に「にゃ」をつけてしまう暗示をかけられたまではまだ良い。問題はその後だ。

 催眠術によって操られた悠麻はあろうことか浩一に対してクラスメイト達の前で野球拳勝負を挑んでしまったのだ。暗示によってグー以外の手を出せなくさせられてしまった悠麻は当然のように連敗に連敗を重ねた結果、セーラー服どころかその下のキャミソールやブラまでも脱ぎ捨て、最終的にパンツ一枚のあられもない姿を大勢の男子の前で晒してしまう羽目になった。

「私はもう催眠術とかは二度と御免なの! お願いだから巻き込まないでよ……!」

 心に深いトラウマを負ってしまった悠麻はその後、二度と浩一に突っかかることはしなくなった。

 とにかく、浩一と関わらなければこれ以上の辱めを受けることはないのだ。悠麻は美沙の言葉を拒絶するかのように自分の席に突っ伏した。そのおかっぱ頭の上では、紺色に白い水玉模様のリボンで形作られた三角形が二つ、猫耳を模したかのように並んでいた。

 その横で、たまたま美沙たちの会話が耳に入った、気が強そうなロングヘアの女子が口を挟む。

「バカバカしい! 催眠術だなんて、単なるオカルトに決まってるでしょ!」

「うぅ……でもサヤカだって、スカート穿かずに登校させられたじゃない……」

 机に突っ伏したままで悠麻が弱々しく反論する。

 そう、かく言うサヤカも、実のところ浩一から『明日サヤカは大事なものを忘れて登校してしまうよ』という予告を受けた結果、コートの下にスカートを穿かずに登校し、クラスメイト達の前でコートを脱いだ時に下着を見られてしまった屈辱的な経験の持ち主だった。

「あ、あれは思ったより外が冷え込んでてコートを羽織ってたからたまたま忘れただけよ! たとえ日常的に起きるようなミスでも、催眠術って言われたらそんな気がしてくるでしょ、バーナム効果ってやつよ!」

 真っ赤になりながらサヤカは反論する。今までほとんど忘れ物などしたことないサヤカにとってスカートの穿き忘れなど考えづらいミスなのは事実だが、だからといってありえないことではないし、何よりプライドの高いサヤカとしては自分のミスを外的な要因に押し付けるのは癪だった。

「……でも、その後も浩一の予告通り、毎日色んな忘れ物をしてるよね?」

 実のところ、浩一に対してサヤカが「スカートを穿き忘れたのはただの偶然で、浩一の催眠術とは無関係だ」と主張したところ、浩一はたった一言、『それなら、サヤカは僕の催眠術を認めるまで、毎日恥ずかしい忘れ物をしてしまうよ』と宣言したのだった。

 それからというもの、サヤカはスカートのみならず、普通であれば絶対に忘れることなどないようなブラウスやブラジャーなどをうっかり忘れて登校するという恥ずかしい失態が毎日のように頻発していた。

「そ、それだってちょっとした不注意が連続しただけよ……! しっかり気を付けてれば大丈夫に決まってるでしょ!」

 サヤカはしどろもどろになりながら苦しい返答をし……直後にハッと思い出したように付け加えた。

「……そ、それが証拠にほら、今日は何も忘れ物してきてないじゃない! つまり、忘れ物させる催眠術なんて嘘っぱちなのよ!」

 高らかに宣言して胸を張るサヤカ。長い髪をストレートに下ろした彼女の頭には、リボンなどの装飾は一切ついていなかった。

 キーン、コーン、カーン、コーン……。

 4人が言い争いに終止符を打ったのは、始業を告げるチャイムだった。悠麻は早く嫌な話題を打ち切ろうと教科書の準備を始め、サヤカも苦い表情で自席に戻っていく。

「……ま、まあ本当に催眠術なのかはとにかく、ただニヤニヤしてるってだけの理由で浩一に対してけんか腰になるのは良くないよ」

 二人きりになったユキが美沙を宥める。

「うぅ~……」

 美沙はフォローを求めるかのように周囲を見回すが、残念ながら彼女の賛同者は見当たらなかった。仕方なく美沙は浩一をひと睨みした後、他の3人と同様にすごすごと自席に戻っていった。

 

 ようやく美沙の追求から解放された浩一は、改めて一番後ろの席からクラスを見渡す。

 なんの偶然だろうか、クラスに15人いる女子のうち、サヤカを除く全員が頭に何らかの形でリボンを結んでいた。そして、同じ柄のリボンをつけている女子は一人としていない。

 白。ピンク。青。黒。ベージュ。シースルー。しましま。水玉。チェック。花柄。ハート。お星さま。フリル。アニメキャラ。

 

 色とりどりの布を特等席から眺めながら、浩一は再びニヤニヤとした笑みを浮かべるのだった。

4件のコメント

  1. うわー、見落としてたー!
    てぃーにゃんごめーん!
    い、一週間見逃してないからセーフ・・・セーフ。

    というわけで読ませていただきましたでよ~。
    乙女の秘密。うん、秘密でぅね。
    以前のいたずらの被害者たち集合しつつ、みんな”リボン”を付けている状況(一人除く)それが秘密に直結するのはわかるのでぅが、15人居て一人もかぶらないのはちょっとだけ気になりますでよ。
    まあ、色とりどりなのはいいのでぅけど、そこは操ってないなら一人くらい被っててもおかしくないかなぁ~とか思ったり思わなかったり。
    そしてみんなが”リボン”をつけている状況(一人除く)なら下校時にでも突風が吹いて、その時に催眠解いて、”リボン”の正体に気づくみたいなオチもありじゃないかな~とか思ったり。
    最初はリボンと下が同じ柄なのかと思ったのでぅけど、まあ、そういうことでぅよねw

    であ、次回作も楽しみにしていますでよ~。

  2. >みゃふりん
    感想ありがとうございますー。
    秘密をこっそり教えさせる催眠が好きなので書きました。
    今回は種明かしもエロもオチも一切なし、こっそり健全な(?)セクハラしてニヤニヤするだけのキモイ催眠ものです。たまにはね。
    一人もかぶってないのはまあ深い意味はないですが、みんな違ってみんないいよね。ということで。十人十色。

  3. こんにちはー。
    ティーカさんは本当にソフトなイタズラを描く名手ですよね。
    学園内の、ちょっとムズムズさせるような、くすぐりの加減が本当に上手で、
    すぐにエスカレートさせてしまう自分にとっては非常に勉強になります。
    今回も、女の子たちが大恥をかくようなこともなく、主人公と読者がちょっとお得感を味わうという、
    小気味の良い終わらせ方がまた、見事でした。
    楽しませて頂きました!

    1. >永慶さん
      感想ありがとうございます!
      考えてみるとこのシチュ、普通のMC小説だったらプロローグあたりで「催眠能力を使って試してみること」の例として2~3段落で描写して次に行くくらいの暗示ですから、それだけで短編一本に仕上げる物書きは良くも悪くもほとんどいないですね……w
      基本的に私の場合、途中で種明かしして辱めることが多いのですが、今回は最初から最後まで明らかにせずにほのめかすだけのシチュに挑戦してみました。楽しんで頂ければ幸いです。

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