さよならウィザード 第8話

第8話

 放課後になっても教室に残る生徒はわりと多い。
 高校生にもなると堂々と遊びに入れるエリアは増えるわけだが、自由になるお金まで急に増えるというわけじゃない。楽しみは週末まで残しておいて、平日はお金のかからない教室や学食なんかで遊んだりデートするのが定番だ。
 ケイタは部活に行ってしまったしモエミも先に帰してしまったが、リノと僕も教室で二人きりではない。すぐ近くで良い雰囲気を作り出してるカップルも何組もいるし、真剣に恋愛について語り合ってる女子たちもいる。いつものようにカードゲームで盛り上がるオタクたちもいれば、バスの時間までノートを広げて勉強している者もいた。
 僕らは、まるでカップルみたいに窓辺に肩を並べている。ケイタの部活が終わるまでの間、よかったら話をしないかとリノに誘われたからだ。

「まあ……別に悩みってほどじゃないんだけどさー」

 リノは自分の爪をいじりながら、たいして興味のない世間話でも始めるような態度で、ぼそっと話を切り出した。
 これは今からかなり深刻で個人的な話をするからふざけないでちゃんと聞けよ、という女の子のサインだ。僕も高校生になってからいろいろと人間学習は進んでいる。

「彼氏とか出来たら、一緒に行きたいとことか、したいこととか、いっぱいあったんだ」
「うん」
「でもまあ、当たり前だけど、相手もいろいろ考えてるからさ。ズレるのは普通のことだと思うんだよね」
「そうだね」
「うん。普通だし、当たり前だよね。それぐらい自分でもわかってんだけど……」

 しばらくの沈黙のあと、僕は続く言葉を自分で切り出せないリノのために、小さな声で促した。

「わかってるけど、なに?」

 リノはポニーテールをしきり触れて、赤らんだ顔を伏せたまま、ごまかしの笑いを浮かべて言う。

「……自分がすごくスケベな人間に思えて、幻滅しちゃったりすることない?」

 恥ずかしそうにそんな告白をするリノを僕は可愛いと思った。西日できらきらしてるリノの髪に触りたい。
 それは、むしろ向こうで下品なカードを出してニヤついてる男子たちに聞いてみなよ。コマキカードのあとにブームの来た新種のカードゲームは、さらに萌え絵とエロがひどくなったので僕は完全に身を引いていた。今にして思えばコマキもたいがいひどいけど。
 リノはますます真っ赤になっていく顔を、自分のポニーテールを伸ばして隠してる。僕はポケットに両手を入れて、窓に背中を預ける。

「そんなことなら、男の方はもっと簡単だよ。彼女が出来てしたいことなんていくつもない。で、女子よりかなりスケベなこと期待してる。そこに疑問なんて持たないし」
「……それはトーマだからじゃん。男もいろいろじゃないの?」
「いろいろだけど、だいたい同じだ。リノなんか想像もできないようなスケベなことをみんな考えてるよ。しかも四六時中。だから男は自分がスケベかどうかなんて考える余裕もないんだ」
「なにそれ、こわーい」

 リノはクスクスと笑い、そしてまだ赤い顔を僕と反対側の遠くへ向け、ため息をついた。

「……そっか。ケイタはそのへんが難しい男なんだな」

 勝手に納得して、リノも背中を窓に預ける。ガラスに触れる長い髪。リノはこのポニーのしっぽを、自分のチャームポイントだと思っている。それを僕に向けている。
 今の会話には結論も解決もないけど、誰かに話を聞いてもらえれば彼女はそれで安心できたのだろう。その相手に僕を選んだことは重要だ。普通なら、男子に直に聞きづらいことだから。
 なので、僕はこのポニーテールに触れてもいいんだと思う。特に理由はないんだけど、リノはその許可を僕に与えているような気がする。

「…………」

 さらりと指の間に溶けた。
 そんな手応えだった。
 リノは少し俯いただけで、僕に好きなようにさせてくれている。気づいてないふりをしているみたいだけど、指の間を交差させた両手を、少し忙しなく動かしている。
 髪に触れる彼氏じゃない男の指に、彼女はとても緊張していた。それでも、振り払おうとはしなかった。
 これが女子高生の恋の実態。
 本命の彼氏に対する失望を、身近な男に慰めてもらう処女の髪。
 クラスメートの悩み相談は、必然的流れで放課後の逢い引きになっていく。ずるい男と女を演じるママゴトのようだ。でも不快な気持ちでもなかった。
 その雰囲気と感触を楽しむ僕らに、恋愛談義に花を咲かせている女子の一人が気づいた。僕と目が合うと慌てて視線を逸らし、そしてこっそりと他の女子に僕らの親密な空気を伝えようとしている。

「僕は魔法使いのトーマ」

 教室に通る声でキーワードを言う。凍る放課後。リノも僕に触れられながら静かに固まった。

「みんなそろそろ帰りなよ。僕とリノのことは気にしなくていい。気にならない。早く帰ることだけ考えて。リノも、みんなが急に帰っても気にしなくていい」

 そして時間は再び動きだす。役割を終えたエキストラのように、教室は空っぽになっていく。
 僕はリノの髪に触れていた。リノも、緊張したまま僕に髪を触らせていた。
 ケイタがこの髪に触れたことはあるだろう。撫でながらキスをしたこともあるはずだ。
 リノもおそらく、そのことを思い出しているはず。僕の指がうなじの近くを通ったとき、ぶるりと彼女は身震いをした。

「そ、そろそろケイタを迎えに行こうかなー」

 いつもならケイタが来るまで教室にいるくせに、リノはとぼけたことを言う。打ち切りの合図のつもりなんだろうけど、せっかく二人きりにしたのに、ここで終わりなんて寂しいじゃないか。
 僕はあいかわらずのコマキカードを、近くの机の上に置く。
 リノは目を丸くした。

【キョウコ】

 教室の中は、僕たち以外誰もいない。
 今さらそのことに気づいた彼女は「……なんで?」と瞳を潤ませて、困ったように眉をしかめた。

「いいよね?」
「誰か来たら……」
「来ないよ。これは“魔女のカード”だ。知ってるよね?」

 誰が来ようと僕の魔法で追い返せる。
 そしてリノを逃がすつもりもなかった。

【ブラ見せ】

 彼女にそれを見せてから、机の上に置いた。
 リノは僕を見上げたまま、制服の上をたくし上げる。
 僕は、リノを追い詰めるような格好で、両手を窓につく。

「トーマ……近いってば」

 僕の腕の間で、リノは頬を赤らめた。最近よく見る、彼女が気に入ってるらしいピンクのチェックブラ。僕はそれを至近距離で見下ろす。僕の呼吸はリノに触れているはずだ。縮こまった彼女の腕の間で、胸が挟まれてブラがよじれた。
 すでに二枚並びで準備していた次のカードを僕は彼女に見せつける。

【ブラ見せ】

 僕らの間で何度もやりとりを交わしたこのゲームで、僕のパターンは当然彼女も知り尽くしている。
 もう一枚このカードが続くことも知っていたはずだ。なのに、リノは僕に裏切られたような顔をする。

「……やめてよ、こんなときに……」

 それはどっちの意味で言ってるんだろう。
 でも、どちらにしろリノはカードには逆らえない。僕の顔を見ながら、彼女はブラのカップを押し上げる。
 放課後の教室で、珠の肌があらわになる。僕らの近すぎる距離を意識して、ぴくんと乳首が震えた。

「やっぱりきれいだね、リノのおっぱいは」
「…………」

 ただひたすらに顔を赤くして、リノは固く目をつぶる。
 僕が頬を撫でると、びくっとなって顔を背けた。
 白い喉が色っぽい。髪に指を絡ませてくるくる弄ぶと、リノは「いやぁ……」と身じろいだ。
 興奮する。

「リノ、見て」

 僕は彼女に【パンチラ】のカードを見せる。ハレンチなポーズをした【コマキ】のカードを、指に挟んで。
 それを彼女の肌に這わせるようにいやらしく下ろしていき、机の上に無造作に放り投げる。
 命令完了。リノはまぶたを震わせ、苦しげに表情を歪めて、それでもカードには逆らえずに、自分自身でスカートを持ち上げていった。
 このゲームを始めたばかりの頃は、リノも上下で柄違いのときもあったりしたけど、近頃は僕に見られることを意識してか、体育のない日でもおしゃれな下着になっている。
 ピンクチェックのパンツが、パンチラどころかおへそまで見えそうな位置までスカートを持ち上げられ、はっきりと見えていた。
 
「リノは本当に可愛いよ」
「やめて、もう……恥ずかしい……」

 誰もいない教室で聞こえるのは僕らの息づかいと遠くの部活動だけ。
 エスカレートしていく行為を止めるものもなかった。

【パンチラ】

 リノの頬にぴたぴたとカードをあて、閉じたまぶたを開かせる。瞳にじわりと涙を浮かべ、彼女は下唇を噛んだ。

「お、怒るよ、本当に……」

 怒りはごもっとも。でもそんなのはいつものことだ。彼女は僕に肌を見せることには慣れている。あとはこの不慣れな距離と状況に胸を緊張させてやる。
 そしてカードは机に置かれた。
 リノはスカートから手を離すと、やけくそのように下着を膝まで下ろした。そして、やはりスカートを持ち上げるのには躊躇い、そして僕の興奮をそそる恥じらいの表情を浮かべた。
 良い子だよ、君は。

「……見ないで……」

 蚊の泣くような声でリノは哀願し、自らの手で秘密の場所を僕に晒す。
 毛の薄いリノのアソコ。こうして正面から眺めるのは初めてだ。がくがくと膝を震わせ、リノは涙をこぼす。
 僕は彼女の前にしゃがんで、よくそこを観察した。リノは「いや、いやっ……」と恥ずかしがり、太ももを小刻みに震わせた。
 お人形にイタズラしているみたいだ。

「リノの処女膜が見えるよ」
「やだ……ッ!」

 もちろん冗談に決まってる。
 なのにリノは真っ赤になってますます涙をこぼし、大声を出しそうになった唇を強く噛む。

「大陰唇も小陰唇も真っ赤だ。クリトリスも腫れぼったい。少し濡れてるね?」
「やめ……やめて…ッ」

 それでもスカートを持ち上げた手を下げることは出来ない。
 少し濡れてきているのは本当だ。
 激しくなっていく彼女の呼吸も、じんわりと漂ってくる匂いも、彼女がただ悲しんでいるだけじゃないことを雄弁に証左している。

「リノは、僕にセックスされるかもしれないって思ってる?」

 彼女は何も言わず、足元にしゃがむこむ僕を見下ろし、首を左右に振る。
 ここで濡れているアソコの意味を考えれば、どの程度のウソをついているかはすぐにわかるけど。

「僕はリノとセックスしたいと思ってるよ」

 リノは首をぶんぶんと横に振って、「だめぇ」と呟いた。
 
「ずっと前からそう思ってた。君が想像することよりも、もっといやらしいことを僕はリノで想像していたんだ」

 リノは口を大きく開けて、苦しそうに息を吸い込んだ。
 ピンク色の舌が、下唇を舐めた。

「授業中に君を脱がせたときや、君が僕の体を親しげに触るとき。リノとセックスしたら気持ちいいんだろうなって思ったよ」

 ぴくっ、ぴくっ。
 正直にリノの体は反応していく。
 仰け反ったポニーテールが窓に擦りつけられた。

「足、広げて」

 カードのない命令。しかも魔法ですらない。
 リノはそれでも、おずおずと足を広げていく。

「もっと」

 リノがまた涙を落とす。そして足は広げられた。もう彼女は落ちたも同然だ。

「処女膜が見やすくなった」
「もうやだぁ……」

 膜は見えないにしても、すごくきれいなピンク色がリノの処女を証明していた。
 ここに入れたいと正直に思う。数ヶ月にわたって調教してきたリノの恋心は、たとえ強引に処女を奪ったとしても、どうとでもフォローできそうなほどには育っているような気がしていた。

「――セックスしようか?」

 リノはがくがくと膝を震わせると、「だめ」と呟いて崩れ落ちる。
 乱れた下着とスカートの裾。怯えて目を合わそうとしないが、逃げだそうともしていない。

「やめて……そんなこと、言わないで……」

 今、押し倒せば簡単に抱けるだろう。
 だけど僕は、リノの口から「セックスしたい」と言わせるつもりでいた。
 強引な形で抱いたとしても、それは敗北であるような気もする。
 どうでもいいことだけど、そこにはこだわっていきたい。
 僕が立ち上がると、リノはびくっと震えて体を隠した。そしてズボンのチャックを下ろすと、小さな声で悲鳴を上げた。

「触って、リノ」

 覆い被さるようにして、僕のペニスを彼女の顔に近づける。
 腕の隙間からそれを覗き見て、泣いた。

「触ってよ」

 僕が腕を取ると、リノは「いやっ」と叫んで振り払う。
 昔、ルナとよく一緒に観たチープなAVのようなやりとり。僕がこんなことをする日が来るなんて思いもしなかった。思わず笑ってしまう。

「リノ、これを見て」

 無理矢理させるのは僕の趣味じゃない。でも、たまにはこんなサディスティックな空気に身を任すのもいいだろう。ほのかな恋心を抱き始めているリノが、どれだけ僕の要求する行為について来れるか試すのも悪くない。
 そして、彼女の恋をここで壊すのも悪くはない気分だった。

【手コキ】

 壁の向こうから突き出される【お兄ちゃん】のペニスを、そうと気づかずに触る【コマキ】のとぼけた表情。
 子どもっぽいふざけた絵柄が、余計に僕の要求している行為の残酷さを際立たせてくれる。
 リノは両目をきつく閉じて、歯を噛みしめて涙をこぼした。僕はそのカードを机の上に置く。命令完了。リノの右手がおずおずとペニスに触れる。その手のひらの冷たさに先端が震えると、リノはまた小さな悲鳴を上げた。

「握って。しっかりと握るんだ」

 ひやりと触れる小さな手。彼女の怯えが伝わってくる。
 僕はリノの手に自分の手を重ね、ゆっくりと前後させるやり方を教えた。

「これがペニスの温度だよ。触るのは初めて? 男が興奮するとこれだけの熱を発するんだ。だから、どうしてもリノに鎮めてもらわないと困るんだ」

 ゆっくりと前後させながら、リノは僕の顔を見上げる。複雑な感情を宿したその瞳は、結局のところ僕の言うとおりにするしかないという諦めと、早くもその諦めを好奇心に変えようとしているリノらしい柔軟さを物語っている。
 初めて男に触れている自分。そしてそれが目の前の男を確実に喜ばせていることにときめいている自分を、表情に浮かべていく。

「大丈夫だよ。僕たちは友だちだろ? リノが本気で嫌がることは絶対にしない」

 さっきまで泣いてた子に言うことじゃない。でも、こういう風に言えば、リノは自分が「嫌がっていない」ことに気づく。
 眉尻を下げるリノに、「大丈夫」と僕は重ねて言う。

「ずっと、ナイショにしてきただろ?」

 僕たちの秘密のゲームの延長だ。
 ただの危険な火遊びだ。
 二人のルールは変わってない。だから、この行為は誰も傷つけない。ナイショなんだから。
 リノはこくりと喉を鳴らす。そして、僕の擦る動きに、スナップを効かせてきた。
 
「それ、気持ちいいよ」

 拙い愛撫だけど、褒めてあげる。リノは何も言わなかったけど、試すように速度を上げてきた。
 初めての子の扱いには慣れているつもりだ。特にリノみたいな単純な子は、手玉に取るのも簡単だ。

「あぁ、気持ちいい」

 もう一度そう言うと、リノは口元を緩めて僕を見上げた。
 あれほど嫌がっていた彼女が献身的にペニスを擦る姿は、彼氏に見せて自慢してやりたいくらい可愛いけど、別にケイタに恨みがあるわけでもないのでやめておこう。
 独り占めした方が価値のある光景だし。
 さらりとしたポニーテールに触れる。リノは少し顔をしかめたけど、僕のペニスから目を離さず擦ってくれていた。
 緩く開いた唇。真剣な瞳。紅潮した頬。

「口でしてくれる?」

 僕がそう聞くと、リノの手はゆっくりと速度を緩め、不安げに見上げてきた。

「ペニスを舌で舐めて」

 リノは目を泳がせたあと、もう一度僕を見上げて言う。

「……それはできないよ」

 指は僕のペニスに添えたままだ。だから彼女の震えも伝わってくる。

「絶対に嫌。それはわかって?」
「手でするのはいいけど、口はダメなんだ?」
「……ダメだよ」

 どういう基準が彼女の中にあるのか知らないけど、少し熱の冷めた顔でリノは僕のペニスから目を逸らした。
 手でするのもいいなんて言ってないし、なんてことをモゴモゴと口ごもる。

「口でしてもらえたら、もっと気持ちいいんだ。頼むよ」
「ダメだってば」
「どうしても?」
「……うん」
「リノ」
「そ、そんな目で見てもダメなものはダメ」

 押せばどうにかなりそうな感触だけど、鈍い言葉をやりとりしてもお互い飽きるのは明らかだ。
 僕たちには、状況を決定できる特別のルールがある。僕は一枚のカードを取り出してリノに見せた。

【ベロ見せ】

 リノは文句の言いたそうな顔をして、でも、机の前に置かれたカードには従うしかなくて、目をつぶって舌を伸ばした。
 ピンク色の可愛い舌だ。

「上にして」
「……ン」
「下にして」
「ン」
「右、左」
「え、ン」
「回して」

 真っ赤な顔をして、言われたとおりに舌を動かすリノを見下ろす。
 制服の中でブラのカップはずれたままだろう。三角に座ったお尻も剥き出しのままで、膝にはチェックの無造作に下着が絡んでいる。
 健康的な色をした舌が、僕を誘うように蠢いていた。

「上に」
「ン」
「下に」
「ン」
「そのまま続けて動かして」

 方向指示器のように動く舌に、僕はゆっくりとペニスの先端を近づける。
 やがてリノの舌が、下から上へと僕のを撫でた。

「ンッ!?」
「目を開けるな」

 びっくりして舌を引っ込めたリノに、僕は強い口調で命令する。そしてギョッとして固まった彼女に、重ねて僕は命令する。

「舌を出して、今の動きを続けて」
「…………」

 リノは、授業中からそうなんだけど、カードの指示と僕の命令の区別をあえて自分で曖昧にしていた。カードを出す手間を省いて、自分から僕のしたいことをやってみせることが最近は多い。
 それは僕に気を許している証拠でもあるし、彼女の隠された性分でもあるし、僕たちの裏ルールとでもいうべき楽しみ方でもあった。
 今、リノは自分がそんな行動をとってきたことを後悔してると思うけど。
 舌は新たな目的を持たされ、艶めかしく動き始めた。

「えっ、ンっ、え、えふっ」

 僕の先端を舐めながら、リノはその匂いにむせて、そして涙を流した。
 虫が這うような感触に、僕のは快感に震える。

「ンっ、えっ、ふっ、ふっ」
「舌を尖らせて、小刻みに動かして」
「ンっ、ンっ、んんんん……」
「回して。舌を擦りつけるように」

 リノのすすり泣く声と、吹奏楽部のファンファーレ。
 放課後とはいえ、教室に誰もこないのは不思議な気がしたけど、誰が来ようが僕は追い出してみせるし、今は彼女がくれる快楽に集中していたかった。
 やがて苦しそうに何度もえずくリノに、僕は舌を離していいと許可してあげた。
 その代わり、次の命令をする。

「口を開けて、舌を垂らして」

 両方の目からひとつずつ涙を落とし、リノは口を開けて、舌を垂らした。
 子鹿のように怯えるリノの口に、僕は一気に自分を突き刺す。

「んんーッ!?」

 喉に達したその衝撃にリノは目を見開き、抗議の悲鳴を僕のペニスに振動させた。
 僕はそのポニーテールを掴み、逃げられないように押さえつける。
 そして、彼女に宣言する。

「君の嫌がることはしないよ。友だちだろ?」

 腰を突き動かして、リノの狭い口の中を往復する。
 むせる彼女の口内がびくびく震えて、歯が僕の茎に刺さった。

「んー!んんーッ!」

 悶え、逃げようとする彼女の髪を押さえつけ、深く、強引に口を犯す。
 やりすぎてる自覚はあるけど、やってしまったものは仕方ないという解放感がむしろ心地よい。
 リノの小さな頭を抱えるようにして、なるべく彼女が苦しまなくてすむ角度を教えてやり、そして真っ直ぐ彼女の喉を犯していく。

「んっ、んーっ、んーっ」
「歯を立てるな。僕が満足するまでこれは終わらない。言うとおりにすればすぐ終わるよ」
「んんーっ、んーっ、んふ、んふっ」
「喉の奥を締めるようにして。唾液は口の中に溜めておけばいい。どうせ汚れるんだよ、顔は」
「んんっ、んぐっ、んっ、んんっ」
「吸って。動きに合わせて僕のを吸うんだ。無理に抵抗するから気持ちも悪くなる。呼吸も僕に合わせろ」

 じゅぶ、じゅぶ。
 徐々に濡れた音に変わっていく。乱暴な歯の感触がなくなって、僕のにも快楽が広がっていく。
 やがてコツを掴んだリノは、目を開いて僕を睨んだ。
 ほら、僕の言うとおりにしたら余裕だろ?

「これくらい誰でもやってる。たいしたことじゃないよ」

 ごんごんと、リノの喉を強めにノックして驚かせてやる。再びむせたリノに容赦なく突っ込んでいく。

「吸うんだって。吐くと苦しくなるだけだ。強く吸って」

 素直なリノは僕のに吸い付く。ぢゅうぢゅう音を立てて唾液をあふれさせ、必死になって僕のペニスに吸い付く彼女は、いつもの美少女顔も淫らになって僕を興奮させた。

「口の中で舌を動かして。上、下、回して。僕を気持ちよくさせれば終わるんだ。もうすぐだよ」

 じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
 むずがるように体が逃げるリノ頭を押さえつけ、腰を突き動かす。
 リノも苦しそうにしながら舌を動かす。にゅるにゅると絡みつく感触が快楽を増す。彼女のまぶたから落ちる涙を親指ですくい、そして上あごに擦りつけるようにペニスを突っ込み、リノの初めてのフェラチオを堪能する。

「あぁ、いいよ。もうすぐだ。もうすぐだよ」

 僕の卑猥な声にリノの顔は真っ赤になる。
 血管を浮かべるほど緊張した顔の下で、手は床の上で固い拳を握り、膝は小刻みに震えていた。

「ンっ! んっ、んっ、んっ、んっ!」

 どんどん僕も昂ぶっていく。
 息が荒くなっていく。
 僕がもうすぐイクことを察したリノが、抗議じみた声を喉の奥で鳴らす。
 そんなのに構ってやる余裕もすでにないけれど。

「んんんーッ!?」

 リノの喉に射精した。
 ごふっ、と体を反応させて彼女は僕から離れた。そして何度もむせて精液を吐き出し、苦しそうな声で泣いた。
 達成感と虚脱感。とうとうリノに乱暴した。満足はしたけど、少しだけ敗北も感じた。
 リノは、僕のことを真っ赤な瞳で睨んでいた。

「……なにするのよ!」

 怒鳴った拍子にまたむせて、精子の混じった唾液を落とす。
 僕はそんなリノの前で、自分のペニスをティッシュで拭ってズボンにしまった。
 そしてティッシュをそのままリノに差し出した。

「これ使って」

 リノはそれを叩きつけようとしたみたいだが、握って、そのまま自分のものにした。

「あんた、バカじゃないの? こんなこと、して……ただで済むと思ってんの!」

 僕らの間にあった友情と愛情は壊れたように見える。
 確かに僕はやりすぎた。
 リノは僕のことを嫌いになったらしい。

「最低……なんなの、これ……信じられない」

 行為の最中には混乱していた頭が、ようやくまともに動き出したみたいだ。
 自分の口からこぼれる僕の精液に、リノは絶望したような顔をする。
 そして、胃の中へ落ちていったものを吐き出すように、胸を押さえて何度もえづいた。

「ケイタ……助けて、ケイタ……」

 これでは実験も失敗だ。
 僕もリノとこんな関係を望んだわけじゃない。一時の興奮に身を委ねてしまっただけで、彼女を泣かしてやりたいなんて思ったこともなかった。
 せっかくここまで築いたものを台無しにしたのに、代償がフェラチオ一回だけというのも勿体ない。

 じゃあ、リセットするか。

「リノ」
「近寄らないで!」
「僕は魔法使いのトーマ」

 我ながらルール違反だとは思うけど、こういう場合は仕方ないと思う。
 まだ口元に僕の精液を垂らすリノの顔を両手で挟み、僕は優しく命令していく。

「リノ、記憶の整理をするから、ここ30分のことは思い出すの禁止だ」

 ぼんやりと意識をなくした表情から、さらに力が抜けていく。
 全ての緊張をなくし、リラックスした集中状態になったことが、僕の手のひらに触れるほっぺたの感触でわかった。

「唇についてるものを舐めてごらん」

 小さな舌が出てきて、唇の精液を舐める。
 あれほど気持ち悪がっていた僕の味を、今のリノは無条件に受け入れる。

「その味、その匂いのことは嫌いじゃない。もっと味わって。むしろ美味しいような気がする。いや、美味しい。これは美味しいものだ。そうだね?」

 涙に濡れたうつろな瞳が、微かに歓喜の色を灯し、舌が忙しく唇を舐めた。

「でも、それが何なのかは忘れよう。女の子が覚えているのは、はしたないものだから。でも忘れても大丈夫。僕の顔を見ると思い出す。この味。この匂い。リノの大好きなもの。それが何かは思い出す必要はないけど、その喜びは僕の顔で思い出す。わかったね?」

 瞳がゆらゆら僕の顔を写し、そして頷くように弓形に細められる。
 好感度の修正。これもルール違反だけど、僕への好意上昇度を若干高めに補正させてもらった。
 味覚と嗅覚の良体験記憶を連想させただけだから、たいした効果じゃない。でも僕の顔に以前よりは好意を持つ。異性にとって顔は重要だ。前以上に無茶な要求をしても、彼女は受け入れやすくなるだろう。

「さっき、リノは僕にケイタとの交際について相談していた。僕は君の話を聞いて、君の魅力を語って、君を慰めた。そうして君はすっきりすることができた。そうだね?」

 光のない彼女の瞳に僕の言葉が浸透していく。
 魔法は水のように人の肉体に染みる。

「すっきりした君は僕に感謝する。服を着て。君はそろそろケイタの迎えにいくから、帰り支度をするんだ。下着を上げて、ブラを直して、顔を拭く。準備が整ったら目が覚める。そのまま帰る支度を続ける。そしてケイタを迎えに行く」

 手を離すと、ゆっくり制服の中に手を入れて下着を直していく。
 パンツを上げて、僕の精液と唾液に濡れた顔をティッシュとハンカチで拭いて、そしてブラをもう一度直したあたりで、リノの瞳に光が戻った。
 そして、半分夢見心地のまま自分の席に戻り、カバンを手にしたあたりで、ふと僕を振り返った。

「……今日はありがと、トーマ」

 そこにいたのは、いつものリノだ。
 快活で馴れ馴れしくて、僕に抱く友情以上恋愛未満の好意を隠そうともしない、無防備で明るい笑顔のリノだ。

「なんだか、すっきりしたよ。トーマに相談してよかった」
「そう。それなら僕もよかった。元気のないリノってなんか気持ち悪いし」
「なにそれ、ひどくない?」

 楽しそうに笑って、リノは僕に駆け寄り腕にパンチする。接近した彼女は、「うりうり」と拳をそのまま僕の腕に押し当てる。
 僕は「ほら」といってタブレットをリノの口に放り込む。そして自分も一粒口の中に入れた。
 ちょっとだけ焦った。リノの口から僕の精液の匂いがしたからだ。ケイタもさすがに気づくだろ。

「んー、なにいきなり?」

 タブレットを口の中で転がしながら、リノはクスクスと笑う。
 視線はずっと僕の顔を見つめている。

「ケイタの迎えに行くんでしょ?」
「うん、それじゃね、トーマ」
「うん、バイバイ」

 と、別れの言葉を交わしたあとも、リノは僕の顔を見つめている。
 なに、と口を開こうとした僕より先に、リノの赤いほっぺが近づいてきた。

「……今日はありがと、トーマ」

 耳元での囁きと、ちゅ、という濡れた音。
 僕の頬に一瞬触れたリノの唇は、名残惜しむ間もなく翻り、短いスカートの揺れとともに教室から慌ただしく出て行った。
 たぶん、今日はもうケイタとキスはしないだろう。フェラチオしてきたことがバレる心配はないはずだ。
 真っ赤になった目元を不思議に思うかもしれないけど。

 さて。
 僕は自分のカバンを抱えて教室から出た。
 ふと、横に人の気配を感じて振り返る。
 カバンを胸に抱きしめたモエミが、ひっそりと立っていた。

「なんだ、いたの?」

 コクリ、とモエミは下を向いたまま頷く。

「……ご主人様とリノちゃんのお話が終わるまで、待ってようと思って」
「なんだ、先に帰っててよかったのに。ま、いいや。遅くなって悪かったね。帰ろっか?」

 コクリ。
 モエミは頷いて、僕の二歩後ろをトコトコとついてくる。
 いるんだったら手伝ってもらえばよかったな。モエミはフェラチオ上手いから、リノにも教える手間が省けたのに。

「そういや、モエミの他に誰か教室に来た?」

 モエミは首を横に振る。

「吹奏楽部の子たちがまた来ましたけど、教室使ってるって言ってよそへ行ってもらいました」

 そうか。
 モエミにはいろいろと気を使わせちゃうな。

「あの」
「ん?」
「ご主人様は、リノちゃんを抱きたいんですか?」
「ん、まあ、そうだね」

 小学生のときからの付き合いであるモエミは、僕が今さら他の子を抱くことに頓着しない。「帰りにどこか寄りますか?」程度の質問だ。

「なかなか手強いけどね。そのうち抱くと思うよ」

 僕がそういうと、モエミはなぜか期待するような目で僕を見上げた。

「私に、何か手伝えることありますか?」
「モエミに?」
「はい。私はリノちゃんと友だちですし、協力させてください」

 僕に喜んでもらえるなら何でもする。
 モエミのキラキラした瞳はいつもその想いでいっぱいだった。

「リノちゃんもご主人様のこと好きみたいですし、きっと抱いてもらえれば嬉しいはずです。私、がんばりますから!」

 グッと胸の前で拳を握って、無邪気な笑みを浮かべる。モエミにとって僕以外の男はどうでもいい。だからリノに彼氏がいようが関係ないんだろう。
 昔は男子も女子も分け隔てなく思いやる子だったんだけど、高校生にもなるとちょっと変わっちゃうのかな。まあ、僕のせいって気もしないでもないけど。

「そうだね。何か思いついたらモエミに頼むよ」
「はい!」

 リノのことでモエミに手伝ってもらうようなことはたぶん何もないけどね。
 子犬のように嬉しそうについてくる、彼女と一緒に玄関を出る。今日も何事もなく一日が過ぎていく。
 平坦な日々。消化されるだけの時間。
 僕はこの玄関から校門までの短い距離でいつも同じ自問を繰り返す。
 ここにいる意味ってなんだろう?
 退屈を誤魔化すための遊び。周りに合わせて暮らしていくことの息苦しさ。孤独に耐えるだけの強さのない自分。
 思春期のはしかのようなものだと思うのは簡単だ。だけど僕には魔法があるし目的もある。待ち合わせの時間が長引いているだけだと、自分に言い聞かせ続けて僕ももう高校生になった。
 エリは今、どこで何してる。
 彼女のために作り上げた僕の魔法は、もはや世界で唯一の技術だと誇れるレベルになっていると思う。
 知らない土地で一人で苦労をしているエリを思うと胸が痛む。彼女のために用意した席は今もここにある。
 エリは、そのことを忘れたのかな?
 怖い想像が頭をよぎるが、それを振り切る。最近はよくそんなことを思う。でもそんなはずはないんだ。僕たちは約束した。僕はエリの魔法使い。エリのための平和な世界を僕が作るんだって。
 エリは僕の魔法を信じてくれているはずだ。だから僕も、いつでもエリのために働いてみせる。
 だから余計に、無為な時間を過ごしている今を不満に思うんだけど。
 
 もうすぐ夏休みがやってくる。
 僕はこんな退屈な毎日に耐えられるんだろうか?

 ふと、校舎を振り返る。
 時々感じる誰かの視線。こういうのはだいたい気のせいだってわかってるんだけど、僕の意識は自然と上の方を向く。
 四階の東端。こないだリノが言っていた“魔女の教室”のあたり。
 もちろんそこに人影などなく、黒板の魔方陣なども見当たらない。

 なぜなら――カーテンが閉まっていたから。

 どくん、心臓が一つ跳ねる。
 体中の血液が速度を上げて駆け巡る。高排気量のエンジンがかかったみたいに、僕の体が震える。記憶のパーツがどこからか飛んできて、ガチンガチンと音を立てて合体した。
 僕は。
 僕は、本当の自分を取り戻す。
 体中の細胞が、たった一つの答えを叫んでる。
 
「……僕は、魔法使いのトーマ」

 かろうじて残っていた理性を振り絞り、隣のモエミに魔法をかける。

「モエミは、先に帰れ。確実に、速やかに帰るんだ。僕を待ったりするな」
「……はい」

 ぼんやりと答えたモエミが、背を向けて歩き出す。
 僕は駆けだしていた。校舎の方へ。
 スニーカーの紐をちぎるように解き、放り投げるように脱ぎ捨てる。下校の波に逆らい、階段を駆け上がる。
 全身に湧き上がる歓喜。クリスマスの子どもみたいに。2段、3段と階段を飛ばして走る。

「きゃっ!?」
「ごめんなさい!」

 女子にぶつかり、転びかけ、それでも顔がにやけてしまう自分を抑えられない。
 顔が熱い。服を脱ぎ捨てたいのを我慢して走る。走る。走る。頭の中に勝手にラブソングが流れる。今すぐ叫びたいくらい恥ずかしい。なのに嬉しくて仕方ない。

 ――つまり僕は、恋をしていた。

 どうしてこんな大事なことを忘れていた?
 それはもちろん、魔法だからだ。
 まったく、なんて意地悪な彼女。今すぐ君の服を引き裂いて床に体を貼り付けてやりたい。甘い快楽の蜜に二人で溺れたい。凍てつく氷原のど真ん中で愛の炎を灯したい。
 僕たちの愛の世界を、君と僕の指先で描きたい。
 階段を飛ばして、廊下を曲がって、結界を踏み越え、一番端の教室へ。
 乱れた呼吸を整える。前髪を直して、リップクリームを塗る。扉にかかる手が震えていた。緊張している。それ以上にときめいている。
 こんな気持ちは今までに知らなかったから、僕の全身が戸惑っていた。こんなに強く求めたことがなかったから、扉を開けるのすら不安だった。
 もしも、この先にあの人がいなかったら。そんな想像をして勝手に怯えている自分が情けない。
 強い感情に僕は惑う。そして同時に確信する。
 この気持ちこそが、青春の王道だと。僕は今、青春の入り口に立っているんだ。

 扉を開けた。思わず力が入りすぎて大きな音を立てる。
 薄暗い教室。真ん中にぽつんと一つだけある机と、それを挟んで向かい合う椅子。
 いた。
 カーテンの前に立ち、透き通る逆光の中で影になる一人の女性。
 ちりちりの赤毛がまるでモップのように頭に乗っている。
 ビンの底のように分厚く丸いメガネが顔の半分近くを覆っている。
 その頬にはそばかすがあり、低い鼻はやや上を向いていた。
 細い首とその下に続く細い体。細い足を組んでカカシのように真っ直ぐ佇み、そして古めかしいマントから広げた両手にカードを並べ、彼女はニタリと口を伸ばして、「ひひひ」と笑う。

 鼓動が、原始人の太鼓のように僕に奮い立てと言っている。
 僕も彼女と同じように、口を横に広げて笑う。

「――会いたかった、僕の魔女」
「ひひっ!」

 彼女は雷に打たれたみたいにぶるぶると全身を震わせ、頬を紅潮させた。
 そして僕にニタリと笑う。

「……私もだ。会いたかったよ、私の魔法使い(ウィザード)」

 感動に僕の体も震える。
 この一言を聞くために生まれてきたのだと、開いた毛穴が叫んでる。

 彼女の名は――奥山カヅラ先輩。
 この学校の3年生で、そして、僕以外に存在する唯一の魔法使い。
 “四階の魔女”と呼ばれ、噂でしか確認されていない幻の女生徒。
 彼女のことを知るのは僕だけだ。
 僕たちは、秘密の二人だ。

 口を開こうとした僕の前で、カヅラ先輩が指を立てる。「自分が先だ」と言うように。
 もちろん僕は先輩のしたいように任せる。もう何も不安はない。彼女は幻なんかじゃないのだから。

「――“私は魔女(ウィッチ)のカヅラ”」

 カヅラ先輩の指先に光が零れ、僕の心臓にドクンと当たる。
 胸元にカヅラ先輩の魔法が飛び散り、撃ち抜かれた衝撃に僕はよろめく。
 そして、全身を満たす先輩の魔法に酔う。
 恋と魔法は、ヒトを駄目にしてしまう。
 一度でも知ってしまうと、もうダメだ。

「はぁッ……」

 胸から脳へ、脳から全身へ降りてくる精神的エクスタシー。僕はもう一撃でイッてしまった。カヅラ先輩の魔法でイクことの出来る幸せ。
 よろめいて壁にすがる。

「……私にも言ってくれないのか?」

 唇を「3」の形にして拗ねるカヅラ先輩。
 可愛い人。もちろん、すぐにイかせてあげます。
 僕は人差し指をピストルのように伸ばして、カヅラ先輩の薄っぺらい胸に狙いを定める。

「“僕は魔法使いのトーマ”」
「ひぃぃぃぃッ!?」

 僕の指から発射された魔法が、たくさんの星くずと散らしながら彼女の心臓に突き刺さる。
 喉にたくさんの筋を浮かべてカヅラ先輩も絶頂した。

「……くひゃひゃひゃひゃ」

 イッた先輩が頬を紅潮させて笑う。
 骨ばった指をかくかくと広げ、独特の舞いを踊ってテンションを上げていく彼女を、僕はわくわくして見つめた。
 やがて手のひらを上に向け、ブルースリーの挑発のポーズでカヅラ先輩は僕を招く。指先で魔法の星くずがきらめいて飛んだ。

「来たまえ、ウィザード。私の魔法で、今日も君を骨抜きにしてくれよう」

 中二病のカヅラ先輩が大好きだ。

「いいでしょう、僕のウィッチ。あなたを僕の魔法で蕩けさせてあげます」

 僕は大量の星くずを両手で広げ、先輩に向かって高らかに宣言する。
 魔法は、僕らだけの共通言語だ。

 4月。
 入学式で僕らは出会った。
 学校を支配するために、とりあえず「服従」を生徒と教師に植え込んでいた僕は、今年の新入生を見に来たカヅラ先輩をも魔法で虜にした。
 そして、僕が魔法使いだということを知ったカヅラ先輩は僕に逆襲を開始し、手品を披露するといって僕に魔法をかけて、虜にした。
 それからは、魔法と心の奪い合いだ。
 僕がカヅラ先輩を愛しているのと同じように、カヅラ先輩も僕のことを愛してくれている。
 魔法で奪い合う心は与え合う愛となり、魔法は愛の言語で、魔法で作られる幻覚と幻聴は僕らのベッドになった。
 出会いは必然で運命は作為的。
 僕たちは魔法使い。
 愛は、魔法で作るものだった。

 カヅラ先輩は手の中で何かをこね始める。
 僕の意識はそこに集中する。

「土より錬成せし生命。異界より零れる雫と受肉せよ――“スライム召還”」

 ゴボゴボと先輩の手のひらが音を立て、そこから緑色の液体……いや、粘性の高い物体が生まれて溢れていく。
 ギョロリ。その緑色から目が生まれて僕を睨む。いくつもの目だ。それが生き物のように僕を見る。

「行け、異形の子。”ウィザードの服を溶かせ”」

 ぞぞぞ、と教室の床を這い、スライムが僕の足元にまとわりつく。
 ぬめぬめとした感触を、確かに僕は感じている。不気味に僕を睨む目が、足から順に這い上がってくる。

「あぁ……僕の服が溶かされていく」

 スライムが這った場所から僕の服が消えていく。足が、猛りきった股間が、上半身がカヅラ先輩の前で露わにされていく。
 魔法が作り出す幻だ。タネを明かせば、おそらく僕が僕自身の手で制服を脱いでいっているだけだろう。
 僕の目には緑色に見えるスライムもカヅラ先輩には青く見えているかもしれないし、僕を睨みつける不気味な目ではなく、ドラクエのように愛嬌のある生き物を彼女は作っているのかもしれない。
 でも、そんなことはどうでもいいんだ。魔法は確かに僕らの間に存在しているし、そして、お互いに魔法に体と脳を浸すことで、僕らはより深い理解とセックスを共有することができた。
 僕らだけの愛の寝室だ。

「……どうした、ウィザード。やられっぱなしか?」

 少し不満そうにカヅラ先輩が言う。僕たちは互いの魔法をとても楽しみにしている。これはセックスのための愛撫であり、技試しでもあった。
 ようやく僕も思い出す。どうして、僕が魔法を工夫しようと考えていたのか。リノや聖慎で遊んでいたことは、全てカヅラ先輩に捧げるための魔法修行だったということを。

「……カヅラ先輩は、スマホって持ってないですよね?」

 先輩は、不思議そうに小首を傾げる。

「ケータイすら持ってないが」
「現代の魔法使いには、必須ですよ」

 可愛い人。
 僕が面白い遊びを見せてあげる。

「これを見てください」

 服を溶かされたとき、スマホだけは手に握った。
 僕はこないだSNSゲームでガチャった、バハムートのカード画像を開いて見せる。

「これが今どきの召還魔法ってやつです。“出でよ、バハムート”」

 僕のスマホからバハムートが飛び出し、頭上で大きく翼をはためかせる。

「……おお」

 カヅラ先輩が上を向いて感嘆の声をだした。
 絵があった方が、互いのイメージは共通する。そして早いんだ。

「吹け、バハムート。“ウィッチの服をボロボロにしろ”」

 ゴオ、と強い風圧と熱を帯びてバハムートの口から火炎が吐き出される。圧倒的な衝撃と光量に思わず僕も目を覆う。
 破壊の象徴たる雄叫び。
 教室の壁と床も削られていく。カヅラ先輩がどこに行ったのかも見えない。やがて僕はスマホを高く掲げてバハムートに命令する。

「“戻れ。元の場所に”」

 煙幕のように衝撃の埃を立てる教室。そしてそれが晴れると、キズひとつない教室の床で、全裸になったカヅラ先輩はくるくると回っていた。

「アハハハハッ! 面白い、面白いっ」

 青白い肌は透き通ってに見えるほどで、背中にはニキビのようなぶつぶつもある。あばら骨を浮き立たせながら、カヅラ先輩は裸で踊る。
 その美しさに僕はますます勃起する。

「だけど私は、アナログな遊びの方が好きだなっ。例えばこのような」

 手にしたカードを広げて、カヅラ先輩は笑う。
 彼女はよくこれを見せてくれる。日中の、退屈な時間を紛らわせてくれるのはこのタロットカードだと言っていた。古めかしいカードは、確かにカヅラ先輩の趣味って感じがした。
 彼女を語る上でタロットが与えた影響は重要だ。ナイーブな彼女は、素の自分を見せることを嫌がる。
 ロードス島戦記とティムバートンとブルースリーを崇拝してやまない彼女は、“魔女”というキャラクターを自分の世界観で作って演じていた。
 そして魔女である自分を愛してる彼女を、僕も心から愛していた。
 彼女が僕に見せてくれたのは、ローマ数字で「12」と表記された、上下逆さまに吊された男のカードだった。

「“この『吊された男(ハングドマン)』とは、じつは君のことなのだ。新たな自分を知るために試練を受ける男。しかしその運命はこの“魔女”の元にある。足だけではなく、手も繋いでやろう。頭も、お尻も。君は私の操り人形だ”」

 かくん。僕の手足から力が抜けて、足が勝手に持ち上げられて、ついでに肘も取られて自由が効かなくなった。
 心はあるのに、体が自由にならない不思議な感覚。不格好に座って、手を肘からぶらぶらさせて、僕はカヅラ先輩の操り人形になった。

「可愛いトーマ。私のお人形だ。右手を振れ」

 机の上にカードを立てて、カヅラ先輩が糸を操るように手をひらひらさせる。スマホを握ってる僕の腕が勝手に動き、カヅラ先輩に手を振った。
 先輩が笑ってる。僕も嬉しくて笑ってしまう。先輩の人形になら、いつでもなってあげていい。先輩が笑ってくれるなら、僕はピエロにだってなれる。
 でも、先輩は僕の指まで操ることを忘れているから、いつでも反撃できるけど。

『ミミヲスマセテ。オトガキコエルヨ』
「む?」

 読み上げアプリの人口音声が、僕の書いたテキストを読み上げる。ここ数日の訓練のおかげで僕のフリック入力は神速の域に達していた。
 そして僕は人形のポーズのまま、横目で次のアプリを操作する。
 前もって起動させていた音楽プレーヤーは、こないだネットから落とした無料サンプルSEの再生リストを表示していた。
 僕はそこから、『恐竜の足音』をループ再生する。

 どしん、どしん。
 スマホから流れる男にカヅラ先輩は「?」と首を傾げる。
 どしん、どしん。
 僕は徐々にボリュームを上げていく。近づいてくる何かを表現するために。

『キョジンガキテ、ニンギョウノボクヲサラッテイク』
「なんとなんと?」

 雷のSEを鳴らした。
 バリバリと天井と壁を突き破り、僕の巨人が登場する。
 ひょこ。
 そして僕は人形らしく立ち上がる。
 巨人が僕を操っているイメージ。そしてイメージを作ったのは僕だから、巨人を操っているのは僕だ。つまり、僕はカヅラ先輩の操作から解放された。
 ひょこひょこ。そのままぎこちない動きで先輩に近づいていく。
 彼女は、僕と、校舎を突き破って上空で僕を操る巨人を交互に見つめて、「むむむ」と狼狽している。

「……面白そうだな、それ」

 文明の利器に素直な感想を抱いてくれたカヅラ先輩に、僕はひょこっとスマホを掲げ、音楽を変える。
 ビバルディの四季から、「春」
 途端に緑が芽吹いて教室が草原に変わった。
 巨人の肉体には蔓と花が絡まり、ぐずぐずと崩れて草原の中に落ちた。そして咲き乱れる花に埋もれた。ここは春の草原だ。
 赤、青、ピンクの色とりどりの花が祝福する中で、裸で向かい合う僕たち二人。

「カヅラ先輩」

 僕は人形をやめて、カヅラ先輩の首に両手を回す。
 ビン底メガネの向こうで、彼女の小さな瞳が潤んでいる。心地よい風が僕らの火照った頬を撫でていった。
 ゆっくりと、僕は彼女に唇を近づけていく。
 ――ペロっ。
 不意に、生温かいものが僕の口と鼻を撫でられた。
 目を開けると、カヅラ先輩が唇を舐めて「ひひっ」と笑っていた。

「濡れたな。“君は溺れているぞ。ここは海の底だ”」

 どぷんと草原が海の底に変わった。
 敏感な唇の触覚から伝わる魔法は、即座に僕を深海に突き落とした。
 
「ひひひひひっ!」

 イタズラを成功させた先輩は、魔女の笑い声をあげて、細い指をくねくねとと蠢かせる。そして、自分の下半身を指さして僕に魔法をかけた。

「“私は人魚(マーメイド)になって逃げるぞ。捕まえてごらん”」

 きらきらと星くずが先輩を取り囲み、途端に先輩の体は人魚へと変わり、海の底と化した教室を自在に泳ぎ回った。
 そういうことなら、僕だって負けてられない。
 両手を牙のように噛み合わせて前に突き出す。そしてそれを大きく開いて宣言する。

「“僕はジョーズだ。あなたを捕まえて食べてしまうぞ”」

 僕の両手がサメの口に変わった。そしてそれを大きく開いて人魚を追いかけていく。

「ひひひひっ!」
「アハハハハッ」

 はたから見れば、僕らは教室で裸になって追いかけっこしているヘンテコな男女だろう。でも、魔法の世界に浸っている僕らにはハッキリと果てしない海が見えているし、二人は人魚とサメだった。
 僕たちは魔法の国の住人だ。現世の人間の目には映らない、真実の愛に生きている。
 カヅラ先輩の魚の下半身に食らいつき、甘噛みをして舌で咀嚼する。巨大な口となった僕の体で、彼女の細い肢体を愛撫する。

「あぁ…ッ!」

 人魚は甘い声を上げた。巨大なサメに食べられる自分に酔うように。
 じょり、とざらついた部分に僕の口が触れる。魔法が解けて、そこはカヅラ先輩の陰毛に戻った。僕はさらに舌を侵入させていく。海はいつの間にか教室に戻って、僕の口は先輩の愛液に濡れていた。
 肉体の喜びが僕の舌にも伝わってくる。
 カヅラ先輩。
 僕の魔女。
 何もいらないと思った。
 彼女がいれば、僕はそれでいい。
 モエミも、リノも、マナホもチナホも、ルナもジュリもクミもミナモもシイナもコノハも。

 ――エリだって、いらない。
 カヅラ先輩がいてくれれば。

「トーマ、私ので濡れたな?」

 股間に顔を埋めている僕に、カヅラ先輩がニタリと笑う。
 僕も同じ顔をして頷く。

「“それはこの世の全てを溶かす王水だ。君も私も、どろどろに溶けて混ざり合う”」

 ぐずぐずに溶けていく。僕とカヅラ先輩の体が溶け合い、一つになっていく。
 たぶん、僕たちはセックスをしている。
 そんな感覚が全身に行き渡る。だけど体はただ混ざり合うことだけに専念し、手も足も溶けてなくなり、心臓がどこか遠くで鳴っている。
 混ざっている。僕とカヅラ先輩が。セックスしながら体が溶けてスライムのように。
 僕はその快感と喜びに溺れていく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、トーマぁ……」

 気がつくと、カヅラ先輩が僕の上で腰を振っていた。
 小指を噛む色っぽい顔。ピンと自己主張するあずき色の乳首。細い腰がぎくしゃくと僕の上で揺れている。
 指先に固い感触。僕のスマートフォンはいつも出番を待っている。

「トーマ……私のウィザード、あぁっ、私のチンポ……」

 僕はさっきのゲームアプリから、別のカードを表示させる。

「カヅラ先輩、見て」

 ドラゴンに跨がる美少女のイラスト。ドラゴンライダーのカードだ。

「“あなたが跨がっているのは、ウィザードではなくドラゴンだ。あなたはドラゴンライダー。空翔ぶライダーだ”」

 僕の体にメキメキと鱗が生え、両手が翼になり、両足は太いしっぽになった。
 ごうごうと風の吹く天空を、僕らは雲の間を縫って飛んでいる。
 セックスをしながら。

「ひゃああッ!?」

 足元の光景を覗き込んで、カヅラ先輩が悲鳴を上げる。彼女の腕が僕の長い首に回って、体ごとしがみついてくる。

「“さあ、とばすよ。ぐんぐんスピードを上げていく。雲を突き破って、風を切って、どこまでも”」
「ひゃ、ひゃあぁああッ! は、速い!? サラマンダーよりはやーい!」
「“しっかり掴まって。きりもみ急降下だ”」
「うっひゃあああぁぁあッ!?」

 ぐるぐる回りながら落下していく。カヅラ先輩の頭もふらふらと回る。

「“急上昇だ”」
「わ、わ、わぁあぁああ~ッ!?」

 ビン底メガネを回してカヅラ先輩が悲鳴を上げる。しがみついてくる肌を楽しみながら、さらに僕はスピードを上げていく。
 どこまでも広い空、恋人を乗せて飛ぶ。
 すごく幸せな気分。腰が勝手に動き出す。

「“飛ぼう、どこまでも。大陸を越え、山脈を越え、大海原を越え。僕たちは宇宙まで飛んだ。見えるでしょう? 僕たちは、星の海を飛んでいる”」

 星が僕たちの後ろを飛んでいく。銀河を泳ぐように僕は先輩を抱いて飛ぶ。
 先輩は僕の首に顔を埋め、ぶるぶると震えている。
 可愛い人。
 僕は背中を抱きしめてやろうと翼になった腕を回す。すると先輩は、僕の耳元で「ひひっ」と笑った。

「星? 『星(スターズ)』と言ったな? 君にも見えるか、この星が。そう、“ここは星の大地だ”」

 先輩がタロットを掲げる。
 ローマ数字で「17」と書かれたそれは『星』のカードだった。

「“星のきらめく空の下、裸の女性が川と大地に水を注ぐ。何を隠そう、この女性こそが私だ”」

 僕たちは今、『星』のカードの世界にいる。
 1つの大きな星と7つの小さな星の下で、水瓶のようなものを二つ持つのが先輩だ。そして僕は、彼女の跨がる大地だった。

「“二つの壺の片方は川へ、もう片方は大地へ。星の力を二つのリビドーにして注ぐのが私の役目だ”」
「あああああぁッ!?」

 先輩の水瓶からドボドボと水が僕の体に注がれる。
 一つは心を、もう一つは肉体を快楽で満たしていく。
 脳みそが悲鳴を上げるほどの快楽を。

「ほれほれ、気持ちいいだろう? どうだ、私の『星』の味は?」
「はぁッ! あっ! カヅラ、先輩……」

 快楽に溺れていく。
 意識が遠くなっていく。
 僕は必死でスマホを握る。
 バリバリ、と雷のSEが鳴った。『星』の世界にヒビが走る。
 僕はさっき鳴らした巨人の足音を続けて鳴らす。

「“土の巨人がやってくる。地面を割って腕が生える。僕たちを持ち上げるぞ”」

 めりめりと地面の下から巨人の腕が伸び、僕とカヅラ先輩を持ち上げる。
 そして岩で出来た顔が、繋がったままの僕らを覗き込む。
 カヅラ先輩は、「ひひひ」と笑って次のタロットを繰り出す。

「“『月(ムーン)』が巨人を照らすだろう。甲殻を持つ生き物は土に還れ。二匹の犬に食われる前に”」

 犬が巨人の足元に現れ、激しく吠え立てる。
 巨人は怯えたように悲鳴を上げ、その咆哮が僕らの鼓膜を震わせる。
 こいつは岩の巨人だ。甲殻類じゃないぞ。ぐらぐらと揺れる手のひらの上で僕らは笑った。彼女とのセックスはいつも楽しい。
 月光に浮かぶ巨人の無様なダンス。
 僕は両手を組み合わせ、月の明かりで影絵を作る。指を動かし、カニが這う影をカヅラ先輩に見せる。

「“甲殻類の逆襲だ。カニが海からやってくる。何千も、何万も。犬はカニに埋もれてしまう”」
「“見ろ、これは『悪魔(デビル)』のカードだ。彼らは空からやってくる、とても間抜けなモンスターだ。カニと本気で戦ってるぞ”」
「“季節は巡って「春」が来た。月に大きな花が咲く。地上は愛で満たされる”」
「“そして愛は快楽の檻を解き放つ。私たちは二匹の犬。愛に発情する犬だ”」

 月の真ん中に大輪の花が咲き、カニと悪魔と巨人が踊って、僕らはケダモノのように叫んでセックスに没頭する。
 ここは夢と魔法の国。
 僕とカヅラ先輩の世界だ。

 教室の床で、僕の恋人が大の字に横たわっている。
 汗に濡れた肌。上下する平らな胸。

「はぁ……はぁ……トーマ……私のウィザード……」

 僕はカヅラ先輩の赤毛を優しく撫でる。
 魔法で脳みそをかき混ぜ合う激しいセックスは、体力も気力も根こそぎ消費する。甘い物が欲しくなるセックスだ。僕は指先に魔法で蜜を浮かべ、カヅラ先輩の唇を撫でる。

「愛してます、僕のウィッチ。愛しい先輩」

 僕の前にいる恋人。
 それこそがまさに魔法だった。
 彼女のためなら僕は何でも出来る。
 僕のために、彼女が閉ざした扉を開けてくれたように。

 僕は、彼女を救いたい。

「……カヅラ先輩。これを見てください」

 僕はスマホの画面を、横たわる先輩の前に突きつける。
 SNSゲームの召還画面。六芒星の魔方陣だ。

「“これを床に映します。あなたは囚われの魔女だ”」
「あぁ……ッ」

 教室の床に魔方陣が浮かぶ。自分で書く必要などなかった。今はこんなのも手軽に出来てしまう。
 ロウソクの炎が、カヅラ先輩の青白い肌を照らした。

「こないだ、教室であなたの噂を聞きました。あなたはとても悪い魔女だって。だから、磔にされて焼かれたって」
「……そうだ。私は“魔女の幻影(ファントム)”だよ……悪い魔女は、焼かれて死んだのだ」
「だから、僕が復活の儀式をします。あなたを蘇らせてみせる」
「やめておけ……ファントムはファントム。誰にも望まれない魔女なんだ、私は」

 魔法の力を持ちながら、端っこの教室で、ひっそりと生きていくことを選んだカヅラ先輩。
 彼女の過去に何があったかなんて僕は知らない。
 ただ、僕との未来を想像する力を彼女に持ってもらいたいと、切実に願う。

「儀式を始めます。“僕の指に炎の釘を”」

 指先に炎が灯り、釘のように尖る。
 僕はそれをカヅラ先輩の手首に刺した。

「あぁッ!」
「動かないで。恐れなくても大丈夫」

 指先に生まれる釘を、もう片方の手首にも刺す。足首にも。僕はカヅラ先輩を磔にする。

「“あなたに真実の魂を。魔女カヅラの復活を”」

 僕は手のひらにありったけの思いを光球にして浮かべる。
 そしてそれを、カヅラ先輩の胸の上に落とす。
 光は、ゆっくりと彼女の肉体の中に沈んでいって――

「……“だが、無駄だ”」

 無残にも砕けて消えた。

「私は、今の自分のままでいい。君と出会えたことが、きっと最後の幸福なんだと思う。これ以上のことは望んでいない。ファントムは、自分が消えるときを待っている」
「……僕は、あなたと生きていきたい。あなたと二人で」
「優しいトーマ。私のウィザード」

 温かい声で僕の名を呼ぶ。
 カヅラ先輩は僕に優しい微笑みを浮かべてくれた。

「私はお前のために生きているのではない。お前も私のために生きているのではない……私の敬愛するブルースリーの言葉だ。私は、君の人生に儚く浮かんだファントムにすぎない。釘を外してくれ」

 僕は指をパチンと鳴らす。
 釘も、魔方陣も消え失せる。

「“机と椅子をここに”」

 カヅラ先輩が魔法を唱える。
 ふわりと机と椅子が舞って、僕たちを座らせた。
 学校机を挟んで、裸のまま向かい合う僕ら。カヅラ先輩は、タロットを机の上に置く。

「私はこれだ。このカードが私なんだ」

 一番上の一枚をめくって、僕に見せてくれる。
 カード番号のない唯一のタロット。『愚者』のカードだった。

「私はただの『愚者(フール)』だよ。この世にあるべき番号を持たない愚か者だ。旅の果てで得た自由と引き替えに、いるべき場所を失った。この小さな教室でひっそりと暮らしていくのが私の望みだ」

 いつものように「ひひっ」と笑い、カヅラ先輩はカードを置く。

「そして、君のカードはこれだ。前にも話したことがあったな」

 そういって先輩は、適当にシャッフルしたカードの一番上を開いた。
 番号「1」のカード。『魔術師』だ。

「この『魔術師(マジシャン)』こそ「1」である。全ての始まりで、物語の発端で、起源の男根。それが君だ。豊かな発想を持ち、あらゆるツールを操り、神秘の奇蹟を披露する男。そして、したたかでずるい面も持つ。さぞかし多くの人間を惹きつけるだろう。だが君は自らの技術にのみ興味を持ち、人々を驚かせることを生きがいとし、君を慕う人間を置き去りにしてしまうこともあるだろう。カードの持つ意味は、創造、物事の始まり、技術の向上、才能、感性。君は魔法使いになるべく生まれてきた男だ。魔法の、天才なんだろう。私などとは違う」

 カヅラ先輩は、そう言って僕に微笑む。
 憧れを含んだ笑顔は、なぜか僕を寂しい気持ちにさせた。
 こんな人間は、世界に二人いれば十分だ。僕とカヅラ先輩だけでこの世は満たされたっていい。

「僕は、カヅラ先輩とともに生きていきたいだけです」

 それでも、やはり先輩は首を横に振る。
 いつものように魔女の微笑みを浮かべて。

「今日は、君の運命を占ってやろうか」

 先輩は、またカードをシャッフルして、上から三枚を『魔術師』の前にめくって並べた。

「全て正位置。カードは「6」の『恋人(ラバーズ)』、「20」の『審判(ジャッジメント)』、「14」の『節制(テンペランス)』だ」

 並べられたカードはどれも古めかしい絵柄をしている。
 これは先輩が幼い頃、叔母からもらった大事なカードらしい。
 彼女の魔法の始まりを作ったもので、命よりも大事なものと言っていた。

「この3枚の共通事項はわかるか?」

 僕は首を横に振る。
 ひひっと、先輩は短く笑う。

「3枚とも、全て『天使』を描いている。私の持つマルセイユ版のタロットで天使が描かれているのはこの3枚だけ。つまり君の人生にとって最も重要な3人の女性と、君はすでに出会っているんだ。この3人こそ、君の運命を導く3人の天使だよ。あぁ、みんなとても可愛らしい子ばかりだと思わないか? なんだか妬けるねえ、ひひっ」

 興の乗ってきたカヅラ先輩、嬉しそうにカードを撫でて、一枚ずつ意味を教えてくれる。

「『恋人』が意味するのは、恋愛、性愛、快楽、好奇心、趣味への没頭。そして選択と、試練の克服だ。強い意志と深い愛を持ち、なにより快楽を愛してくれる女性だ。ここに描かれている天使はエロス。君が苦難の中にいるとき、彼女の与えてくれる大きな愛と快楽は、君の救いと前進の勇気となるだろう」

 一人の男と二人の女。その頭上で弓を構える天使を指して、カヅラ先輩は丸を描いた。
 そして、二枚目のカードへ移る。

「『審判』だ。この天から顔を出してラッパを吹いているのが、大天使ガブリエル。このカードはとても深いぞ。彼女の決断と意思は君の人生を揺さぶり、君を傷つけることもあるだろう。だが、それを恐れてはいけない。なぜならこのカードの意味は、復活、再生、成長だ。君の旅の始まりであり、終点でもあり、そしてタロット最後のカードである「21」の『世界(ワールド)』へ通じる扉だ。君にとって最も重要な天使なんだろうな、彼女は」

 天使のラッパが地上の人々に向けられている。幸せなようにも見えるし、覚悟を強いられているようにも見える。
 そしてカヅラ先輩は、三枚目のカードを愛おしむように撫で、差し出した。

「……とても可愛らしい天使だと思わないか? だが、彼女は誰よりも強い力を持っている。陰と陽、男と女、霊と肉。相反する二つを結びつける調停者だ。このカードを持つ彼女も、とても強く、賢く、優しい。信念のために、困難の道を選べる子だ。いずれ彼女は、君の「魔法」と「現実」をも調停してしまうだろう。カードが意味するのは、調和、自制、そして献身。描かれている天使はミカエル。大天使のミカエルだ」

 そういってカヅラ先輩は、『節制』のカードを『魔術師』の横に並べる。

「君は、天使(ミカエル)に守られているのだよ」

 それが特別の意味であるように、彼女はカードの説明にひときわの情熱を込め、微笑みを浮かべた。
 だけど僕は、自分の欲しいカードは自分で選ぶ。
 すみっこに置かれた『愚者』をとり、『魔術師』の上に重ねる。

「『1』と『0』があれば世界は作れます。他の数字は必要ない。あなただけいてくれればいい。僕たちの魔法で、僕たちだけの世界を作りましょう」
「……トーマ」

 カヅラ先輩の手が僕のに重なる。
 僕らの指が絡み合う。

「君の気持ちが、私に伝わってないと思うか? 私に触れる君の指を、私が愛おしいと思わないとでも? そんなはずがないじゃないか。愛してる、トーマ。私のウィザード。君こそが私にとっての『世界』だよ」
「カヅラ先輩……」
「でも、ダメだ」

 先輩の手が離れる。
 そして机の上で固く丸くなる。

「私たちは魔法使いだ。この感情も魔法で作られたものだ。真実の恋ではない。私たちの世界も作りものなんだ」
「魔法はただの過程で、ただの手段です。僕らの同級生が異性にモテるために髪を切ったり面白い話をしたり、時にウソをつくのと同じだ。重要なのは、その果てにたどり着いた感情で、これこそが真実です」

 せいいっぱいの気持ちと思いを込めて、僕はカヅラ先輩の拳を握る。

「僕はあなたを愛しています」

 カヅラ先輩は、くっと喉を鳴らした。

「僕と一緒に生きましょう。僕があなたを一生守る。あなたを、誰にも傷つけさせない」
「…………」

 カヅラ先輩は、メガネの奥に指を入れ、涙を拭ってから、また「ひひひっ」と笑った。

「私は、魔女の幻影(ファントム)だ」

 先輩の心が、また殻にこもった。
 魔女という名のシェルターに。

「死んだ魔女は、四階の空き教室に巣くう怨念となった。人の口は塞げても、風となった噂には戸を立てられぬ。魔女の正体ははこの教室に縛られたファントム。噂とは真実を映す鏡なのだ。私は再びこの教室で永き眠りに入るとしよう」

 僕は本当の彼女を知らない。
 ウィッチのカヅラは、いつものように、仮面の笑顔を張り付かせたまま言う。

「トーマ、そろそろ君の記憶をもらうぞ」

 彼女が手にしたのは『運命の輪』のカード。車輪の機械が、僕の前に置かれる。
 この教室にカヅラ先輩がいることは誰も知らない秘密。そして彼女は、それこそが自分を守る唯一の砦と思っている。
 僕も、例外ではなかった。
 ここでの記憶は全て彼女に消されてしまう。
 僕たちの愛の記憶も、魔女の教室から出ることを許されない。

「……わかりました、カヅラ先輩。どうぞ、奪って下さい」

 僕はまた彼女のことを忘れてしまうのだろう。
 でも、彼女がそう望むなら、僕は甘んじて受け入れる。
 彼女だって辛い思いをしていることは知っている。そしてそれが恋の痛みであることを、僕たちはよく知っているから。
 運命の車輪が回り始める。

「――“君は……トーマは、私のことを忘れる。ここの教室でのことも、校舎に戻ってきたことも忘れる。そして、『いつものように過ごした放課後』を思い出し、すぐに『たいしたことじゃない』と忘れる。君は家に帰るだけだ。ここには来なかった。君はこの教室に入ったことはなく、また、行ってみようとも思わない”」

 からからと回る車輪に心を奪われていく。頭から何かを抜かれる感じ。
 でも、平気だ。カヅラ先輩との思い出を、カヅラ先輩に返すだけだから。

「“君は私のことを忘れる。私に恋していることも、そして愛し合っていることも忘れる。いつもの日常へ還るんだ。君は君の生活を続けたまえ。そこに私の存在しない日常を”」
「……でも、“もしカヅラ先輩が僕に会いたくなったら”」
「あぁ。“カーテンを閉めて君を呼ぶ”……必ずな」

 微かに先輩が笑った気がした。
 必ず、と言ってくれた彼女の言葉を僕は信じる。

「“服を着て、この教室を出て、玄関を出て、校舎を振り返る。そして今言ったことを思い出せ。君の放課後はそこで終わる”」

 信じている。カヅラ先輩を。
 僕たちは愛が真実だということを。
 二人が必ず幸せになるということも。
 僕は全身全霊で信じる。
 いつかカヅラ先輩が僕に本当の笑顔を見せてくれるって。

「“記憶は消える。私は消える。君の眠りが深くなる”」

 信じてる。
 愛してる。
 僕は愛に燃えている。

「……トーマ」

 誰かの手が僕の手に触れた。
 冷たく、骨張った感触だ。僕はそれを遠いどこかで感じてる。

「ごめんね、トーマ…ッ、いつもわがまま聞いてもらってばっかりで、本当にごめん……大好きだよ、トーマ、愛してる、君のこと本当に愛してるよ……ッ」

 知らない誰かが、泣いている。

 ……あれ?

 学校を見上げて、僕は首を回した。
 外、こんなに暗かったっけ?
 すっかり太陽も暮れかけて、もうすぐ夜になりそうだ。
 少しぼんやりした頭をもう一度ぐるりと回す。
 僕は確か、リノにイタズラしてたはずだ。悩みを聞いて、彼女のポニーテールに触れて、そしてフェラチオさせて、都合の悪い部分の記憶を消した。
 そして僕を待ってたモエミに会って――

 あぁ、そうだ。
 モエミと教室でセックスして、クラスメートの神田がモエミに告白して、そして彼を追い出してから、奴隷になったモエミを吹奏楽部の子たちに見学させてセックスしたんだ。

 おかげで後片付けが大変で、ずいぶん肩も凝ったし、すっかり暗くなってしまった。
 まあ、たいしたことじゃない。いつもの退屈な放課後だ。
 見上げてた校舎の東端、リノが言っていた“魔女の教室”には、当然ながら魔方陣も人影もなかった。窓から覗ける黒板にも何も書かれていなかった。
 くだらない噂。くだらない日常。
 高校生活は相変わらず平坦に進んでいく。
 玄関から校門までの短い距離で、僕はいつも同じ自問を繰り返す。
 僕がここにいる意味ってなんだろう?
 エリの魔法使いは、今日も主を待ち続け、平凡な高校生のマントをかぶって一日をやり過ごす。
 魔法の目的を忘れたことは一度たりともない。エリの世界は魔法の杖の中にある。僕はただ、彼女のために自分の才能を使いたいだけなのに。
 無為に過ぎゆく毎日が、ただひたすらに憎かった。最近はなぜかイライラすることが多い気がする。
 明日もまた、リノやモエミに意地悪をしてしまうかもしれない。それとも、また聖慎女子で遊ぼうか。
 などと、くだらないことをあれこれ考えながら、僕は校舎を振り返ることなく校門をくぐり、駅へと向かって帰路を行く。

 もうすぐ夏休みがやってくる。
 僕はこんな退屈な毎日に耐えられるんだろうか?

< つづく >

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