放課後の催眠 第六話

充、コンドームを買って逝く

 翌朝、目を覚ましたときには静香は出かけていた。

 ダイニングのテーブルには、明日まで父親と一緒に法事で出かけるから食事などの家事は静香と分担するようにという母親が書いた置き手紙がある。

 手紙を読みながら、充はなんとなくホッとしていた。静香と顔を合わせるのがちょっと不安だった。そのときに両親がいない方が助かる。万が一、静香が昨夜のことを覚えていたとしても、二人きりなら、また催眠状態にして切り抜けられると思ったからだ。どうせなら両親にも催眠をかけて、自分の行動に関心を示さないようにするのも手だとも思った。

 近所のコンビニでおかずパンを数種類買って牛乳で流し込みブランチにした。

 腹がくちくなると昨夜のことが思い出された。目が覚めた静香は裸で寝ている自分をなんと思ったのだろう。自分のことは疑っていないか。どんな気持ちでオーディションに向かったのか。そのオーディションで昨夜の成果は出せたのか。いろんなことが気になった。そして、気がつけば静香の部屋にいた。

 昨日までは女臭いと思っていた部屋の匂いが、いまは心地よく感じられる。

 ふと机の上にあるアルバムに目がとまりパラパラとめくってみる。その中には充もよく知っている絵理と一緒に写っている写真がいっぱいあった。去年の夏休みだろうか、海に行ったときの写真には絵理がひとりの男と仲よさそうに収まっている。これが例の藤本先輩なんだろうと思った。絵理の水着姿を眺めながら、充は絵理も催眠で操りたいと考えていた。なにしろ子供のころからの憧れの存在なのだ。それに写真に写っている絵理の肢体はかなり艶めかしい。

 きれいに整えられたベッドに目を移すと無毛の秘所が思い出された。どんな方法で脱毛したのだろう。カミソリなどで剃ったとは思えないほど艶やかな恥丘だった。もし次に手入れするようなことがあるのなら、自分に手伝わせるように暗示をかければいい。そんなことを考えるとワクワクした。

 それに、あのフェラチオのことだ。あきらかに男の生理を理解しているし、そのテクニックも訓練を感じさせた。いったい、誰に教わったのか、わずかな嫉妬心とともに興味が湧いた。

 そのときメールの着信音がした。iPhoneの表示で静香からのものだとわかる。自分がここにいるのを悟られたのではないかと冷や汗が出る。しかし、内容は、これからオーディションがはじまるのだが、おかげで落ち着いているというものだった。一次審査に合格すれば帰りが遅くなるので、そのときは近所のファミレスで食事をしようともある。静香がこんな親しげなメールをよこすのは珍しい。昨夜のことが深層心理に影響しているのかもしれない。しかし、内容や文面から、その出来事は夢か妄想だと思っていることは確実だとわかり、充は安堵した。

「がんばれ!」と、ひと言だけメールを返す。

 打てば響くようなタイミングで「ありがとう。がんばるね」と絵文字を多用した返信が来た。ハートだらけで、まるで彼氏に送るような感じだ。

 彩も水樹も術をかけた後、充に対する態度が変わった。しかし、静香に対しては後に残るような暗示はかけていないはずだ。そう考えたとき「充のおかげ」というキーワードを埋め込んだことを思い出した。そして、自分に見られれば見られるほど感じてしまうという暗示もかけている。もしかしたら姉弟としてのタブーが現実からも外れてしまったのではないかと思った。

 もうひとつの心配は、催眠が不完全なものでトランス状態のときの記憶を忘れるように指示してもいくらかは残ってしまい、現実にも影響を与えてしまうことだ。

 いずれにせよ、もう歯車は回りはじめてしまった。なるようにしかならない。問題が起きれば、そのときに対処すればいいのだと考えることにして、充は自分の部屋へ戻った。

 時刻は11時を過ぎている。シャワーを浴びて彩の家へ行くことにした。

「あ、吉川・・・だけど・・・」

 12時前。すこし早いが充は彩に電話をかけた。

「寝坊して朝昼兼用のメシ食ったから時間もてあましちゃってさ。岸本、時間どおりの方がいいよね?」

「いいけど・・・どれくらい?」

「うん。30分くらいで着けると思う」

「うん、いいよ。待ってる」

 彩の住所は昨夜のうちにショートメールで確かめてある。返事のしおらしさにドキドキしながら充は身支度を調えた。途中にあるドラッグストアの自販機にジュース類と一緒にコンドームを売っていたことを思い出す。今日こそは彩とセックスをする、コンドームを買うことがその決意の現れのように思えた。

 彩の家は超高級が付きそうな最新のマンションの最上階にあった。

「いらっしゃい。彩が男の子連れてくるっていうから楽しみにしてたんですよ」

 彩の母親がにこやかな顔で出迎えて挨拶をした。

「ど、どうも。吉川充です。ええと・・・岸本さんとは同級生で・・・」

 母親がいることなど予想していなかった充はしどろもどろで答える。

「すごいんだよ。演劇部の副部長で、すごくおもしろい台本書くの」

 彩の態度は学校とは違い、いつもの硬さがない。

「あ、いえ。副部長なんて小間使いみたいなもので・・・」

 充が裏方を選んだのは自分に演技の才能がないと思っていたからだし、脚本や監督で人を動かす方がおもしろいとも思っていたからだ。副部長は充が言ったとおり雑用係に過ぎない。

「まったく、この娘ったら、馬鹿みたいに真面目だから心配してたんですよ。吉川さんみたいな男の子が来てくれるなんてうれしいわ」

 彩の母親は明るいキャラだ。彩をギャルっぽくした感じで年齢を感じさせない。なによりも、その笑顔が親しみやすく、充は好感を抱いた。が、彩を抱こうと思っていた野望が音を立てて崩れていくのを感じていた。

「お母さん、もういいでしょ。吉川君は私のお客さんなんだから。これから台本書く手伝いするんだから邪魔しないでね。吉川君、こっち。来て」

 彩は、ちょっとむくれたような顔で言うと玄関に入ってすぐ左にあるドアを開けた。華やかではないが、清潔で女の子らしいインテリアがちらっと見える。

「あとで、お茶とお菓子持ってくるからね」

 彩の母親は軽くウインクすると奥の方へ行ってしまう。

「入って」

「うん・・・」

 彩はデニムのロングスカートにパーカーという恰好をしている。充は彩がノーパンでいることを疑っていない。だからこそロングスカートをはいているのだ。

「そういえば、俺、岸本の私服、はじめて見たかも」

「えっ・・・」

「だって、いつもダサい制服しか見てないからさ。そういうの、なんかいい雰囲気。でも、もうちょっとかわいい恰好してもいいかも」

 充がそう言うと彩の顔が瞬時に赤くなった。

「そうよ。私がいつも言ってるでしょ」

 ジュースが入ったコップを乗せたトレーを持って母親がドアを開ける。

「もう! お母さんったら。盗み聞きなんてしないでよ!」

 エロDVDを見つけたときそっくりの口調で彩が怒る。

「あら、ジュース持ってきたら聞こえちゃったんだもん」

 母親は悪びれずに言う。

 典型的優等生の彩がクラスメイトの男子を連れて来たのだ。聞き耳を立てるなという方が無理だろう。そうでなくても親なら心配なはずだ。なにかにつけて監視されているに違いない。充は計画が頓挫したのを感じていた。

「すいません。こんなヤツで。お母さん、心配ですよね?」

「吉川君だったっけ。そう。すっごく心配なの。彩ったらキツい性格だから。昔だって、よく男の子を泣かしてたのよ。幼稚園のころだけど」

 彩の母親がニマッと笑って答える。彩とは正反対に冗談が通じるフランクな性格のようだ。容姿は彩にどことなく似ているが、明るめのTシャツと花柄のタイトなパンツを履いていて、そのスタイルの良さがわかる。とても自分の母親と同世代だと思えないほど華やいで見えた。

 彩がノーパンで自分を待っていたのだと教えたらどんな反応をするのか、充はつい想像してしまって、おかしくなった。

「あはは。俺も、この前、泣かされそうになりました」

 充は笑って答える。

「やっぱり。吉川君。彩をガールフレンドにするには覚悟が必要よ」

 母親も笑う。やはり、話のわかる人のようだと充は思った。それに、口調や表情から充を歓迎する気持ちが伝わってくる。

「やめてよ! お母さんは、もう出てって!」

 相変わらず彩はふくれている。

「いいのよ。チューくらいしたって、お父さんには言いつけないから。でも、うれしいわ。彩がボーイフレンドを連れてくるなんて」

「だから、そんなんじゃないってば! 文化祭に出す演劇の手伝いだって言ったでしょ」

「わかってる、わかってる。それじゃ、吉川君、ゆっくりしてってね」

 母親は笑顔でドアを閉めた。

「いいお母さんだね」

「もう・・・」

 まだ彩の機嫌は直らない。

「俺のことボーイフレンドだって」

「死語よね」

 彩の返事はにべもない。

「岸本のこと心配してんだよ。だって、どこの馬の骨かわからないヤツ、家に呼んだんだもん」

「ごめん・・・」

「なにが?」

「お母さん、出かけるはずだったのに・・・吉川君が来ること話したら、ぜったい顔見るんだって言って・・・」

「そうだったんだ」

「ごめんね」

「いや・・・ちょっとヒミツの話・・・いい?」

 充は小声で言って、手招きをする。

「なに?」

「本当の気持ちを教えてくれよ」

 彩が寄ってきたタイミングで、充は小声でキーワードを唱える。

 彩が棒立ちになった。

「アヤ・・・」

「はい・・・」

 充が耳元でささやくと抑揚のない声で彩は返事をした。石鹸のいい香りが漂ってくる。

「ここは心の底です。アヤの夢の世界。今日は夢の中でアヤは自分の部屋にいて吉川君を迎えています。ですから、普段と同じようにお母さんとも話をします。吉川君とも。いいですね?」

「はい」

「では、このまま、外に聞こえないようお話しをしましょう。キワドイ話もしますが、これは夢の中です。お母さんがいるときは、私は姿形どおりの夢に出てくる吉川君です。それ以外のときは・・・わかったら、スカートをめくってください」

「はい・・・」

 彩は腰のあたりまでスカートを捲り上げた。

 すんなりと伸びた脚の付け根にある茂み、そのシュールな眺めに充はドキドキした。今日はトランスを深化させて彩を抱くつもりだった。しかし、そんなことをしたら母親にバレてしまう。それでも充は昨夜の電話で与えた暗示が有効なのか確かめたかった。

「どうして・・・はいてないんですか?」

 充はドアの外へ声が漏れないように気をつかいながら話す。

「導師様に言われたからです」

「導師様に言われたらなんでもするんですか?」

「だって、導師様は私自身でもあるんだから・・・」

「そうです。よく覚えていました。で、もし吉川君にパンツを履いてないことがバレちゃったら、どうするつもりだったんですか?」

「わかりません。でも、その後で吉川君にエッチなことされる想像して、自分でするとすごく感じるから・・・」

「それじゃあ、現実の吉川君がかわいそうですね。見せてあげればいいのに」

「そんなことしたら・・・」

「アヤは吉川君のことが嫌いですか?」

「いえ・・・嫌いじゃ・・・」

 トランス状態に陥っているはずなのに彩の答えはたどたどしい。

「好きでもない?」

「吉川君のことを考えると身体がエッチになっちゃって・・・怖いんです。でも、会いたいし・・・」

「できれば現実でもエッチされたいと?」

「わからない・・・だって、まだ高校生だし・・・」

「お母さんはチューくらいだったらいいって言ってましたよ」

「お母さんは、吉川君のことを彼氏だと勘違いしてるんです。だから、来ることを知らせたら・・・顔を見たいって・・・」

「教えなきゃよかったのに」

「だって、報告はしておかないと・・・」

 さすがに、そこまで優等生の行動は読めなかった。

「こんど吉川君を家に呼ぶときは教えたらいけませんよ」

「はい」

 ここまで来たのに思いを遂げられないのは残念だった。声が漏れないようにするなら、静香のときのように口で処理させることも考えた。でも、それじゃあ、ここへ来た価値がない。

「お菓子持ってきたわよ。開けていい?」

 そのときノックの音とともにドアの外から声が聞こえた。

「アヤはベッドに座って返事をしなさい」

 充はそう言うと、素早く勉強机の前にある椅子に座った。

「どうぞ。チューなんてしてないから」

 捲り上げたスカートを下ろしてベッドに座った彩が答える。

「あらぁ~、残念。清いお付き合いってわけね」

「もう、お母さんたら、やめてよ。そんな言い方」

 まるで催眠にかかっていない様子で彩が言う。

「お母さんって、おもしろい人ですね」

 充は、わりと本音で言った。計画は、この人がいるおかげで頓挫したが、なぜか憎めないキャラなのだ。

「でしょ~? 付き合ったら彩なんかよりずっとおもしろいわよ」

 充に笑顔で答える母親を見ながら、なんだかウズウズするような欲望を覚えた。そう、この母親も催眠で操ってみたくなったのだ。そこまで考えたとき名案が閃いた。

「あの・・・あとでお願いがあるんですけど」

「いいわよ。みっつまでなら叶えてあげる」

「って、魔女ですかっ?」

「バレたか」

 母親が笑いながらペロリと舌を出した。

 やっぱりノリがいい。どうして、この人から彩みたいな子供が生まれたのだろう。そんなことを思わず考えてしまう。

「あとで、彩さんと一緒に台本の通し読みに付き合って欲しいんですが」

「読み通し・・・って?」

「ひとつのシーンを最初から声を出して読むんです。演技はなしで。リズムとか問題点がつかみやすいんで」

「なんだ、そんなことか。てっきり、彩を差し置いてのお誘いかと思っちゃった」

「だから、お母さんってば、そういうのやめてよ!」

 たぶん、いつもの会話もこんな調子なのだろう。もしかしたら、彩の超が付くほど真面目な性格は、この母親に対する反動なのかもしれないと充は思った。

「はいはい。じゃあ、吉川君、あとでね」

 手を振って出て行く母親に彩はそっぽを向いた。

「よくできた。家にいるアヤは学校にいるアヤと違って親しみがありますね」

 ドアが閉まったのを確認して、充は彩に近づいて耳元でささやく。

「そんな・・・」

「今日はお母さんが邪魔なんですね?」

「はい」

「もし、お母さんがいなくなったら、うれしいですか?」

「はい」

「それはどうしてですか?」

「夢の中だから、ふたりきりになれれば・・・」

 充は彩から自発的に言わせたいと考えていた。そうすれば、トランスが途中で解けてしまうことはない、すくなくとも可能性は減ると思ったからだ。

「わたしなら、お母さんを出かけさせることができます。それにはアヤの協力が必要です。やってくれますか?」

「なんでもします」

「夢の中でお母さんがいなくなったらどうしますか?」

「夢の中だから・・・」

「夢の中だから?」

「吉川君に命令されて・・・」

「ひとりエッチをするところを見せるんですね?」

「はい」

「その後は?」

「あの・・・ビデオみたいに・・・」

「ビデオ?」

 例のDVDでは催眠をかけられた女優がオナニーを見せた後に男優に犯され、悶絶して、最後には奴隷宣言までしてしまう。

「あんなふうにされたら・・・どうなっちゃうのか・・・考えると・・・」

「考えると?」

「また・・・欲しくなって・・・自分でいじってしまうんです」

「夢の中ではすべてが自由です。アヤは欲望に身を任せて解放されるべきです」

「はい・・・解放される・・・でしょうか?」

「アヤが望めば」

「解放されたい・・・」

「ちゃんと自分の口で言わないと解放されません。わたしは、あくまでも導師。アヤ自身の一部にしかすぎないのです。アヤが自分を慰める指と同じ。アヤが望まなければ、わたしは動けないのです」

「私・・・決まりに縛られてる・・・それを解放して・・・滅茶苦茶に壊されたい・・・犯されたいの・・・」

「では、わたしが吉川君の姿形になってアヤを犯せばいいのですね?」

「はい・・・滅茶苦茶にして・・・そうしないと・・・現実でおかしなことをしそうで怖いんです・・・」

「わかりました。それには、お母さんに出かけてもらわなくてはなりません。わたしが吉川君の振りをして、お母さんに催眠術をかけます。アヤがいないとお母さんは安心できないから術がかからないのです。アヤの役割は台本に協力する振りをして、お母さんの心をわたしの方向に開くことです」

「わかりました」

 さすがに優等生だけあって飲み込みが早い。

「では、お母さんのところに行きましょう」

 充は台本をバッグから出して言った。

「お母さ~ん。吉川君が協力して欲しいんだって」

 彩はドアを開けて玄関とは反対側の方に向かって大きな声で言った。

「なぁに?」

 わりと遠くの方で答える声が聞こえる。

「だからぁ・・・台本の通し読みよ。手伝ってくれないの?」

「いま行く~」

 なんだか楽しそうな声がして、スリッパが奏でる足音が近づいてきた。

「仲良くしているところ邪魔しちゃっていいの~?」

 そう言いながら母親が入ってきた。

「もう。そんなんじゃないったら。吉川君が書いたお芝居に協力して欲しいんだってば」

「そうなんです。ちょっと実験的な作品で、いろんな人の反応を知りたいんです。お願いできますか?」

「実験的?」

「はい。心理療法がテーマなんですが、台本に従わず役者の反応でアドリブを加えていく予定なんです。セラピストと患者、そして看護師の三人が舞台に立つ予定なんで協力してもらえると助かるんですが」

「もちろん、いいわよ。で、どうすればいいの?」

「僕がセラピスト、岸本が看護師、そしてお母さんには患者の役をやって欲しいんです」

「なんだか、おもしろそうね」

 興味津々といった様子で身を乗りだしてくる。

「診察室を想定したいので、もうひとつ椅子が欲しいんですが・・・」

「あっ、私、持ってくる」

 彩が部屋を出て行く。

「で、吉川君。彩とはどうなの?」

 ふたりになったタイミングで母親が聞いてきた。いたずらっ子のような微笑を浮かべている。

「さっき言ってた彼氏とか、そういうことですか?」

「そう。だって、あの娘が男の子を連れてくるなんて言うから、びっくりしちゃって。私、これでも理解がある方だと思うんだ。本気なら知りたいの」

「あ、いや・・・まだ、そこまでは・・・」

「彩のこと好きなの?」

「は、はい・・・最近、とくに・・・」

「親だからわかるんだけど、ここ数日、あの娘の様子がおかしいの。きっと好きな男の子ができたんじゃないかと思っていたら、あなたが来たの。いままで、なかったことだから・・・もし、吉川君が本気なんだったら協力するよ」

 にこやかだが、かなり真剣な表情で母親が言った。

「う、うれしい・・・です・・・けど・・・いいのかなぁ・・・」

 思いもよらぬ母親の言葉に、充はしどろもどろになる。

「吉川君、これでいい?」

 どう答えたらいいのか悩んでいると、彩がダイニングの椅子を持ってきた。

「オッケー。ありがとう。ここに置いて」

 充は自分が座っている勉強机の前を指さした。彩の出現で救われた感じだった。

「それじゃあ、はじめたいんですけど、いいですか?」

「どうぞ」

 母親がニッコリ笑って答えたのを見てから、充はバッグの中からiPhoneと万年筆を取り出した。

「じゃあ、お母さんはその椅子に座ってください。岸本は俺の横に立って」

「はい」

 ふたりは声を揃えて充の指示に従う。やっぱり親子なんだと思うと、ちょっとおかしくなった。

「お母さん」

「はい」

「さっきも言ったように、これは実験的な作品なんです。患者は閉所恐怖症に悩んでいて心理療法で治したいと考えています。セラピストは過去のトラウマに原因があると診断して、催眠で患者の過去に遡ろうとします。これからやるのは、その診察室のシーンなんですが、まだ未完成なので、役者さんの反応を知るため本気で患者になったつもりで俺のセリフを聞いて欲しいんです」

「なんだか、ドキドキしちゃう」

 母親は今の状況を心底楽しんでいる様子で言う。

「岸本は看護師だから、俺の横に立って、患者に不安感を与えないよう微笑んでいるんだ。いいね?」

「はい」

 心の底にいると思っている彩は、すぐに看護師らしい笑みを浮かべる。

「さて、これは凝視法といって、雑念を取り払う方法です。このペン先をじっと見つめてください」

 充は万年筆のキャップを取って、母親の目の前50センチくらいのところに差し出した。

「お母さん、俺が質問したら、感じたこと、思ったことを正直に話してくださいね」

「いいわよ。もう、はじまってるの?」

「これからです。まずはペン先に集中してください」

「はい」

 ちょっと真剣になったのか、返事の口調から軽さがなくなった。

「じっと見つめていると、ペン先の他はぼやけて見えなくなっていきます。どうですか?」

「ほんとだ・・・」

 母親は、すこし寄り目になってペン先を見つめている。

「この万年筆は、編集者だった叔父が担当していた作家さんが亡くなったとき形見としてもらったものだそうです。わたしには、この万年筆に作家の魂が宿っているような気がしてならないんです。あなたには、それが感じられますか?」

「それ・・・本当の話?」

 母親はペン先を見つめながら言う。

「もちろん、本当の話です。この万年筆から、数々の作品が生まれました。その情熱の残骸がペン先から感じられますよね?」

「そう言われると・・・そんな気もするけど・・・」

「まだ集中していないようですね。もっと目を凝らして・・・そうすると、ペン先がだんだん大きく見えてきます・・・」

「ほんと・・・」

 すこし呆けたような声で母親が言った。かなり集中してきた証拠だ。

「ペン先の輝きに集中してください」

「はい・・・」

 充は1分ほど、そのままにしておく。

「集中していると、かなり疲れてきます。そうですね?」

「はい・・・」

 母親の息づかいが荒くなってきたタイミングで充は声をかける。

「では、そのまま、ゆっくりと目を閉じてください」

「はい・・・」

「目を閉じてもペン先が見えるような気がしますね?」

「はい・・・不思議・・・」

「残像です。こんどは、その残像に集中します。はっきりと見えれば見えるほど、ふんわりといい気持ちになって、暖かいものが、あなたを包んでいきます」

「・・・」

 母親の表情が柔らかくなる。質問をしていないせいか言葉は発しない。

「どうですか・・・ふんわりとして、身体が温かくなってきませんか?」

「はい・・・」

 正直に感じたことや思ったことを話せと言ってあるのに「はい」という答えしか返ってこない。入り口に入った手応えを感じた充は第二段階に進む。

「それでは、次に静かな水面をイメージしてください。あなたは湖の畔にいます。さざ波ひとつない鏡のような水面です。青くて、それを見つめていると、あなたの心も水面のように静かに、そしてリラックスしていきます」

 そこまで言うと母親の表情が緩んだ。

「碧くて、澄んだ水です。とてもきれいですね?」

「はい・・・」

 返事があるまで、しばらくの間があった。

「この水に溶け込むことで、あなたの心は、この水のように澄んでいきます。これから、あなたは水滴となって、ひと粒ひと粒、水と同化していきます」

 充はiPhoneを操作して水滴の効果音を出す。

「ほ~ら・・・広がる波紋はあなた自身です。水滴が落ちるたびに心が軽くなって、身体が左右に揺れていきます」

 うっとりとした表情で母親は身体を揺らしはじめた。

「この水は、あなたの心の底にある湖です。夢の中と言ってもいいでしょう。そう、現実ではない、あなただけの自由な世界です。水滴がすべて落ちおわると、あなたは心の底にたどり着きます。そこは重力も感じられない、とても気持ちのいい場所です。まるで身体が浮いているように軽くなっていきます」

 そこまで言って、充は効果音を止めた。

「はい。もう、あなたは心の底にたどり着きました。身体の揺れも収まります。あなたには、わたしの声しか聞こえません。なぜならば、わたしはあなたの心の声だからです」

「・・・」

「わたしは誰ですか?」

「わたしの・・・心の・・・声・・・」

「そうです。わたしは、あなたの心の声です。わたしと話していると、どんどん気持ちよくなってしまうのは、そのせいです。わたしの質問に答えるたびに、あなたは心が軽くなっていきます。いいですね?」

「はい」

 母親はうれしそうに答える。

「それでは、あなたの名前を教えてください」

「岸本香苗です」

「年齢は?」

「41です」

 ずいぶんと年齢より若く見えるものだと充は感心した。

「それでは、もうすこし質問しましょう。現実の世界のことです。いいですね?」

「はい」

 そう答える香苗はヨダレを垂らしそうなほど口もとが緩んでいる。

「今日、彩さんがクラスメイトを連れてくると聞いて、あなたは予定を変更しましたね?」

「はい」

「どんな予定があったのですか?」

「日曜はカルチャースクールがあって、その後はみんなでお茶をするんです。週に一度の楽しみなんです」

「それをキャンセルしてまで彩さんのクラスメイトが見たかったのですか?」

「はい」

「彩さんとクラスメイトを二人きりにするのが心配だったんですね?」

「いいえ。彩はしっかりした娘ですから、そんな心配はしていませんでした」

「それなら、なぜクラスメイトに会ってみたかったのですか?」

「彩に好きな男の子ができたと思ったからです」

「彩さんがそう言ったんですか?」

「いいえ。でも、わかります」

「それはなぜですか?」

「ここ数日、彩の様子がヘンだったから」

「どんなふうに?」

「食事をしててもうわの空で、おかしいなって思ってたんです。そしたら、夜に彩の部屋から自分を慰めている声が聞こえて直感しました」

 衝撃的な答えに、充は香苗がトランスに入ったことを確信した。しかし、同時に心配になって、横に立っている彩を見た。

 彩は看護師だという役割を与えられているせいか手を前で重ねたまま微笑を浮かべている。

「名前を呼んでいるようでしたが、よく聞き取れなくて。もし悪さをされているのなら助けてあげるのが母親の務めですし、いい子だったら応援してあげないと、彩は誰に似たのか、そういう方面は不器用なので」

 香苗は答え続けている。

「で、カルチャースクールに行くのをやめたんですね?」

「そうです」

「で、吉川君を見てどう思いましたか?」

「とっても、よさそうな男の子だと思いました。この子なら堅すぎる彩の性格を少しは解きほぐしてくれるんじゃないかと」

「それならば、もう、目的は果たしましたね」

「はい」

「まだ、お茶の時間には間に合いますよね?」

「はい」

「あなたは、彩さんと一緒に吉川君の台本作りに協力して、とても安心しました。すると、お友だちとお茶をして、そのことを話したくてたまらなくなります。どうしても出かけたくなってしまいます。いいですね?」

「はい」

「もうひとつ大切なことがあります。あなたは、吉川君から『カナエお願い』と言われると、この場所、心の底に移動します。わかったら復唱してください」

「私は吉川君から『カナエお願い』と言われると心の底に移動します」

「そうです。ここは、とても気持ちのいい場所ですからね」

「はい」

 そう答える香苗はとてもうれしそうだ。

「そして、心の底にいるときに、わたしから『カナエは戻る』と言われると、心の底であったことはすべて忘れて現実に戻ります。復唱して」

「私は、あなたから『カナエは戻る』と言われると、ここであったことはすべて忘れて現実に戻ります」

 これで催眠を解くことが簡単になったし、彩とは別にコントロールできるはずだ。いろいろと条件を考えすぎて、充はかなり疲れてきた。

「あなたは、吉川君の台本に感心しました。いいですね?」

「はい」

「アヤ」

「はい」

 こんどは小声で彩に話しかける。

「芝居の練習は終わりだ。看護師のときのことは忘れる。そして、アヤは心の底に戻る。いいね?」

「はい」

 香苗が現実に戻ったとき、彩が看護師役のままだったらまずいので、念には念を入れ、充は香苗の方に向き直った。

「カナエは戻る」

「・・・」

「お母さん、どうでした?」

 充は香苗に笑顔を向ける。

「あ・・・あの・・・そうね。すごく、よくできてて感心しちゃった」

「よかった」

「びっくり。吉川君ってすごい才能あるのね」

「額面どおり受け取っておきます」

 充は笑って答える。

「吉川君を見て安心したわ。私、出かけるから。彩、あとはお願いね」

「えっ、どこ行くの?」

「お茶会。私がいない方がいいでしょ。吉川君にチューしてもらいなさい」

「もう!」

「さてと、行かなくっちゃ」

 あわただしく香苗が部屋から出て行く。

「もうすぐ、ふたりきりになれますよ」

 充は彩に言う。

「はい」

 彩の顔が歓喜に輝く。

「わたしは吉川君の姿を借りた導師です。お母さんが出て行ったら、あなたの望みを叶えてあげましょう」

「じゃあ、彩、あとはよろしくね~」

 ドアの外で声がしたと思うと、玄関が開いて、すぐに閉じる音がした。

 充は彩の部屋のドアを開けて外を確かめる。

「お母さんの言うとおりチューしましょう」

 そして、振り向くとそう言った。

「・・・」

 興奮のせいか、もう、彩は何も言えない。

 充は、そんな彩にゆっくりと近づくと、かすかに震えている両肩をつかんで引き寄せた。

 唇が重なった瞬間、彩はヒクリと身を震わせた。

 舌を差し込むと必死で応えてからませてくる。息づかいが荒くなっていくのがわかる。

 思いきり抱きしめ、押し返してくるようなバストの感触を充は楽しんだ。

 余裕のある充に比べて、彩は興奮の絶頂になり背中に手をまわしてしがみついてくる。

「ああんっ!」

 唇を首筋の方へ移動させると、たまらないといった様子で身を震わせながら喘ぐ。

「アヤはノーパンで吉川君を出迎えて興奮していましたね?」

「ああっ・・・そ、そうです・・・」

「吉川君が来ることを想像するだけで濡らしていたんでしょう」

「そう・・・です・・・」

「もしかしたら、匂いで吉川君にバレていたかもしれませんよ」

「ああっ・・・どうしよう・・・」

「もう大丈夫です。心の底で欲望を解放するのです。さあ、脱いで」

「はい」

 充が力を弱めると、彩はパーカーを脱ぎはじめる。

 白いプレーンなブラジャーのホックを外すと豊かなバストが露わになった。

「アヤは自分がきれいだということを知っていますか?」

「そんな・・・」

 彩の顔が真っ赤に染まる。

「そして、すごくエロい。もっと見せなさい。見せれば、たまらなくなるほど感じてしまいます」

「はい・・・」

 紐のようなベルトを解くとパサリと音がしてロングスカートが床に落ちた。

 スリッパ以外は生まれたままの姿になった彩は息を飲むほど美しい。きつい性格が玉にキズだが、いまや充のコントロール下でエロくてかわいい女に変身している。そんな普段とのギャップも刺激的だ。

「アヤ・・・」

 思わず近づいて肩をつかむ充。

「ダ・・・ダメです・・・」

「へっ?」

 引き寄せてキスしようとしたら拒否られてしまい、充は何が起こったのかわからず、驚いた目で彩を見つめる。

「ど・・・どして・・・?」

 催眠が解けてしまったのではないかという不安から、つい、いつもの口調で聞いてしまう。

「順番ですから・・・」

「順番・・・って・・・?」

「最初は私がひとりでしているところを見てもらわないと・・・命令されて」

「そ・・・そっか・・・」

 催眠が解けていなかったことにホッとしたが、几帳面というか、こんなときにも決まり事を守ろうとする彩の性格がちょっと鬱陶しい。

「アヤのエッチなところを見せながらオナニーするんだ!」

 考えてみたら自分は彩の夢の中で自分の役をやっているのだと気がつき、いつもの言葉遣いに戻す。

「はい・・・」

 彩はベッドに上がってDVDに出ていた女優と同じように脚をM字に開いてしゃがんだ。

「やんっ!」

 そして、右手を股間へと持っていき中指でクリトリスを押さえると、普段からは想像もつかない甘い声で喘いだ。

 なにかを訴えるような目で充を見つめる。

 半開きになった唇からは甘い吐息が漏れている。

「もっと激しく! イくまでやるんだ」

 充はDVDのセリフを思い出して言う。

「は、はい! あうっ!」

 大きく喘いだときには指が蜜壺へ挿入されていた。

「自分でしているところを見せて興奮するなんて、アヤはなんてエロい女なんだろう」

 これもDVDにあったセリフだ。

「そ、そんな・・・」

「空いた手でおっぱいを弄るんだ」

「ああっ・・・はい・・・」

 彩は左手でバストを搾るようにつまんだ。

「もうグショグショじゃないか」

「やっ・・・いやぁっ!」

 充の言葉に反応して彩は指の動きを激しくする。全身が震え出し、足の指がシーツを握りしめるように曲がった。

「やめるな! もっとだ! もう一回!」

「あ・・・あうっ・・・」

 痙攣が収まらない身体に鞭打つような感じで彩は充の命令に従う。

 興奮の極にある彩に対して、充のノリはイマイチだった。DVDのストーリーどおりだというのが気に食わない。アクメを迎える彩の姿は美しいし、これ以上ないくらいエロいのだが、せっかく催眠をかけているのだから思うとおりに操作したいという贅沢なことを考えてしまう。しかし、ヘタなことをやって覚めてしまったら元も子もない。

 そのうち、その杓子定規な性格も変えてやると充は思った。

「うぁっ! うぁぁぁぁぁっ!!」

 顔を上に向け、大きく開いた口から絶叫がほとばしった。

 何度も、大きく身体が痙攣している。

「アヤ、来るんだ。こっちへ来て俺のものをしゃぶれ」

 充はジーンズをパンツと一緒に脱いで仁王立ちになった。これもDVDにあったシーンだ。

 彩は蕩けたような目で充を見た。

「早く!」

 命令に従おうとしても、彩はうまく身体が動かせないようで、膝と手を床について這うようにして充に近づく。

 そして、充の脚をつかんで上半身を起こした。横座りになった彩の目の前には肉棒が天を向いてそそり立っている。

 彩は躊躇うことなく充のものに手を添え、その先端を見つめている。

「あまいぞ。ペロペロキャンディーみたいに舐めてみろ」

 屹立を見て固まってしまった水樹のことを思い出し、この分なら大丈夫そうだと、充は胸を撫で下ろした。

 彩が鈴口をペロリと舐める。その尖った舌先の感触に充の背筋に衝撃が走った。

「うまいだろ?」

「はい・・・」

「これがアヤの中へ入るんだ。指なんかより、ずっと気持ちいいぞ」

 その言葉を聞いて舌の動きに熱心さが増した。

 このまま口の中へ出してしまおうか、それとも彩をベッドへ連れて行こうか充は悩んだ。

 そのときだ。iPhoneの呼び出し音が鳴った。効果音を出すためマナーモードをオフにしたまま机の上に置きっぱなしだった。ディスプレイには水樹の名前が表示されていて、思わず充は電話に出てしまった。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 部屋に彩の悲鳴が響いた。

 目を見開いて充の股間に視線を凍りつかせたまま後ずさる彩。

「本当の気持ちを教えてくれよ!」

 催眠が解けてしまったことを察した充はiPhoneを握りしめたまま叫んでいた。

 彩は脱力してベッドにもたれかかる。

 咄嗟にキーワードを叫んで最悪の事態を免れたものの、これからどうすればいいのか充の頭はパニックに陥っていて考えがまとまらない。

「もしもし・・・」

 iPhoneを持っているのに気がつき耳にあてる。

「・・・」

 答えは返ってこない。

「私は誰ですか?」

 あれだけ大きな声で叫んだのだ。キーワードが水樹にも聞こえたのではないかと思い質問を変えてみる。

「導師様です」

 思った通りだった。トランスに陥ったとき独特の抑揚のない声で答えが返ってくる。

「ミズキはどこにいるの?」

「お部屋です」

「自分の?」

「はい」

「では、電話を切ったら疲れて寝てしまいます。目が覚めたら吉川先輩に電話をかけたことも忘れています。いいですね?」

「はい・・・」

「では切りますよ」

 充は通話を終了させると側面のマナーモードスイッチを入れた。

「アヤ・・・聞こえたら返事をしなさい」

「はい・・・」

「あなたは白昼夢を見てしまいました。それは、アヤ自身の願望の表れです。でも、それに気がつかなかったからパニくって叫んでしまいました。心を落ち着かせましょう。目を閉じなさい」

「はい・・・」

「ほぉら、お花畑が見えてきました。どんどん心が和んでいきます」

「・・・」

 返事はないが彩の表情がほぐれていく。

「さて、聞かせてください。白昼夢を見たとき、どんな気持ちでしたか?」

「びっくりして・・・怖くて・・・」

「現実と夢の境がわからなくなったのですね?」

「そう・・・かも・・・」

「あなたは、ここ数日、吉川君のことを考えて自分を慰めていました。それも集中的に。白昼夢はその副作用に過ぎませんから、なにも心配することはありません。わかったら返事をして」

「はい」

「白昼夢で吉川君の性器を見てどう思いましたか?」

「大きくて・・・怖かった・・・です・・・」

「怖くなんてありませんよ。初めて見たから驚いただけです。吉川君の性器は、あなたを気持ちよくしてくれる最高のものなんですよ。想像してごらんなさい。あれが、あなたの中へ入っていくところを」

「あっ・・・」

「どうしましたか? ひょっとしたら、もう疼いてしまいましたか?」

「はい・・・」

 うまい具合に催眠を深化させたのに、先ほどのパニックの後遺症か、充のものは萎えたままだった。焦れば、焦るほど息子は言うことを聞いてくれない。

 充は時間稼ぎに話題を変えることにした。

「さて、いままで、あなたは『本当の気持ちを教えてくれよ』という言葉を聞くと心の底にたどり着きました。これからは、この言葉は無効になり、わたしの声で『導師降臨』と言われると、いままで以上の気持ちよさで、いまいる心の底にワープします。わかったら復唱してください」

「私は『導師降臨』と言われると、この心の底へワープします」

「そうです。よくできました。この心の底は、いままでとちょっと違います。どんなことがあっても、たとえば大きな音がしたり、身体を弄られたりしても目は覚めません。いいですね?」

「はい」

「それから、もうひとつ大切な言葉があります。『導師退場』と言われると現実へ戻り、心の底であったことは忘れてしまいます。復唱しなさい」

「私は『導師退場』と言われると現実へ戻って心の底であったことは忘れます」

 どうせならキーワードは普段使わないような言葉の方がトラブルを避けられるような気がしたし、数を数えて催眠を解く手順も面倒だ。それに、電話の音くらいで覚めてしまうのもまずいので、どんなことがあっても覚めないという暗示は上出来に思えた。これからは水樹や静香にも同じキーワードで催眠がかかるようにしようと思った。

 ところが、ここまで来ても充のものは回復しない。肉欲が消えてしまった感じなのだ。むしろ、こうやって催眠をかけている方がおもしろい。それならば、思いつくままに、いろいろ暗示を与えてやろうと思った。

「アヤ」

「はい」

「吉川君を家に呼んだのはどういうわけ?」

「わけ・・・台本のお手伝いがしたくて・・・」

「それだけかな? 夢と現実の埋め合わせをしたいという気持ちはなかった?」

「自分でも・・・わからないんです。吉川君が来ると思ったら興奮してパンツを脱いで待っていました。スリルがあって・・・あとで自分ですることを想像すると、たまらなくなってしまって・・・」

「ノーパンでいることがバレてしまうことは考えなかった?」

「わかりません。心のどこかで望んでいたのかも・・・吉川君がよろこべば、私もうれしいから」

 先に埋め込んだ暗示が効いているらしく、彩はそう答える。

「吉川君がノーパンのあなたに迫ってきたらどうするつもりだったんですか?」

「ああ・・・わかりません。でも、それを想像してました・・・とってもエッチな気分になってたまらなかった・・・あのビデオがいけないんです。あれを見てから、私、おかしくなっちゃって」

「ビデオのせいじゃありません。あれは単なるきっかけです。あなたは成熟してオスを求めるようになったのです。それは自然なこと」

「でも、まだ高校生だし・・・」

「社会と肉体的な成熟は無関係です。でも、みんな、それで悩んでいます。あなたには相談できる相手がいますか? たとえばお母さんとか」

「駄目。お母さんなんかに知られたら大変なことになっちゃう」

「大変なことって?」

「だって、お母さんったら、ボーイフレンドを作って青春を謳歌しなさいなんて、いつも言うんです。私に足らないものはそれなんだって」

「理解のあるいいお母さんじゃないですか」

「でも学生の本分は勉強だから」

「もちろんそうです。でも、人間は動物でもあるんです。メスがオスを求めるのは本能です。そのバランスが大切なんだとお母さんは言いたかったのではないですか?」

 充は脚本や演出の経験から、役者をその気にさせるのは全否定ではなく、相手の考えを尊重しながら思う方向へ導くことだと思っていたから、自然にそういう物言いができた。

「でも・・・」

「でも、事実、あなたは悩んでいた。そうですね?」

「はい」

「吉川君は信用できる人です。あなたの秘密を他言することはありません。ストレスを溜め込んでは身体に悪いし、あなたが本分であると言った勉強にも悪影響を与えてしまいます。精神のバランスを保つにはよき理解者が必要です。吉川君は、それにふさわしい人ですよ」

 充は香苗が「応援する」と言ったときの表情を思い出しながら言った。

「・・・」

 彩は答えられない。

「あなたはビデオのように吉川君に犯されることを想像して、ひとりで自分を慰めていました。その想像を現実にするのではなく、想像は想像として、吉川君と親しくなれば、もっと人生は楽しくなります。あなたが知りたいことがあれば、吉川君は真摯に答えてくれるし、秘密が漏れることはありません。どうですか? すてきだと思いませんか?」

「吉川・・・君が・・・理解者・・・」

「そうです。彼以上の理解者はいません。意味をよく考えながら復唱してみなさい」

「吉川君は秘密を守ってくれる・・・私にとって、これ以上ない理解者・・・」

「そうです。あなたが吉川君の台本作りを手伝いたくなったのは、本能的にそれがわかったからです。わたしは、それを知らせるのが役目。導師ですからね」

 催眠は深層心理に働きかける。うまく誘導すれば恋心に近いものが植えつけられるのではないか? そう考えると充はゾクゾクするほどの興奮を覚えた。

 いますぐセックスをしようとすれば可能だろうが、催眠の方がおもしろくなった充はズボンをはいて椅子に座る。

「あなたは想像の世界で欲望を解放し、現実の世界で安心を得ます。それには吉川君の存在が不可欠です。あとは、いままでどおり。きっと勉強もはかどるようになりますよ。目を開けてごらんなさい」

 彩が目を開けたタイミングで充はニッコリと微笑みかける。まだ催眠を解いていないのに、彩は、はにかむようにうつむいた。

「さあ、あなたの行動次第で、今日は人生の転換点になるかもしれません。服を着て」

 彩はそそくさと指示に従う。

「あなたは吉川君と楽しく会話していたところに戻ります。導師退場」

 彩が服を着終えたのを確認して、充は新しいキーワードを唱える。

「あれ・・・」

 ブルンと一回首を振った彩は不思議そうな目で充を見つめる。

「どしたの?」

「あ・・・なんでもない・・・吉川君、ジュースのおかわりは?」

 なんとなく落ち着かない様子で彩がたずねる。

「うん。もらおうかな」

「ちょっと待ってて」

 彩は空になったコップをトレイに乗せて部屋を出て行く。

「おかしいなぁ・・・お母さん、どこにもいないの。どうしちゃったのかしら?」

「あっ・・・そういえば、さっき、玄関が開くような音がしてたけど、岸本、気がつかなかった?」

 香苗が出て行ったのは彩が催眠状態のときだったと思い出して充は冷や汗をかきながら誤魔化す。

「まっ、いいか。邪魔されないだけ」

「邪魔?」

「だって、割り込んでくるから、ちっとも台本を書く手伝いができないし」

「そっか。でも岸本のお母さんっていい人じゃん」

「うん。そうだけど・・・そういえば、さっき吉川君・・・もっとかわいい恰好すればって言ってたでしょ?」

「うん」

「お母さんにも言われてたの。私の恰好ってヘン?」

「変じゃないけど」

「けど?」

 彩の口調は学校にいるときからは想像もつかないほど甘い。

「うん。岸本って、きれいだなって思うんだ。だから似合う服を着ればもっといいと思っただけで・・・」

「そんな・・・私なんて・・・」

 彩は真っ赤になってうつむいてしまう。

「わかってるよ。岸本は優等生だし、いまは、かわいい恰好する意味なんかないって思っていたんだろ?」

「うん・・・」

「でも、岸本って、そういうキャラ、自分で作ってない?」

「えっ・・・どういうこと?」

「なんて言うのかなぁ・・・殻を作って、その中に閉じこもっている感じかな。たしかに、決まりの中にいるのは楽だけど、俺は自分が自分でなくなっちゃうみたいな気がするよ」

「あっ・・・わかる気がする・・・」

「岸本の恰好だってそうだよ。お前、すごくきれいなのに、わざと無難なもの着てるんじゃない?」

「意識したことなかった。流行とか、そういうの知らないし」

「流行じゃなくって、なにが自分に似合うのか、なにを着たら岸本らしいのかってことだと思うよ」

「私・・・らしい・・・?」

「うん。らしいって、いろいろあると思うんだ。女らしい、高校生らしい、どんならしいでもいいけど、ダサいのは人の目を拒否することだから」

「あっ・・・」

「なに?」

「お母さんからも言われた」

「なんて?」

「高校生なんだから、こんな・・・あっ・・・」

 そこまで言って彩の顔が真っ赤になった。

「なんだよ? 俺、なんか悪いこと言ったかな?」

「そうじゃなくて・・・人の目を拒否って言っても・・・そうじゃないことだって・・・だいたい、服って目隠しだったり、防寒だったりするわけで・・・」

 彩はしどろもどろになる。充は下着のことだとピンと来た。

「人に見えなくたって気持ちの問題ってあるじゃないか。たとえば、俺がオヤジみたいにステテコはいていたら・・・う~ん、たとえが悪いなぁ・・・そうだ、カミングアウトしてないゲイが女物の下着を着けて自分のアイデンティティーを保つことだってあると思うんだ。服には、そういう意味だってあるんだと思うよ」

「なんで・・・わかった・・・の・・・?」

「なにが?」

「あの・・・下着の話・・・だって・・・こと・・・」

 そこまで言うと彩は顔を伏せた。

「だって、目隠しとか、そうじゃないことって言ってたから」

「わかっちゃうんだね」

「えっ?」

「私ね・・・」

「うん」

「白い下着しか持ってなくって・・・」

「うん」

「お母さんが派手なの買ってきたの。この前・・・」

「うん」

「おかしい?」

「えっ・・・なにが?」

「白い下着・・・清潔そうでいいと思うんだけど・・・」

「う~ん・・・あのさ、すごいブラジャーして、ブラウスのボタン外してわざと見せてる女子っているじゃん」

「うん・・・で・・・?」

「それの真逆だと思う?」

「なにそれ?」

「見せてるのはやり過ぎ。白いのはやらな過ぎ」

「あっ・・・」

「わかるだろ。気持ちの問題なんだよ。お母さんだって、きっと、そう思って買ってきたんだよ。岸本は派手だって言うけど、どんなの?」

「淡いピンクで、フリルみたいなのが付いてるの」

「うはっ! 聞いただけで、かわいい感じ。俺、詳しくないけどさ、お母さんが選んだんだったら、きっと岸本に似合うと思うよ」

「そうかな・・・」

「岸本、お前、自信ないの? それとも反抗心?」

「えっ?」

「俺だったら、お袋に勉強しろって言われて反抗するけど、お前は、かわいくしろって言われて反抗してるような気がする」

「ぷっ」

 彩が吹き出す。

「ほら」

「えっ?」

「岸本の笑い顔、すごくかわいいよ。もっと笑った方がいい。気持ちも軽くなるし」

「なんだか、おかしくなっちゃった」

 彩が笑う。

「うん。その調子。学校にいるときみたいにツンツンするより、岸本は、その方がずっといい感じだぜ」

「吉川君に、そんなこと言われると、なんかヘンな感じ」

「俺だって・・・岸本とこんな話すんの変な気分」

「嫌?」

「そんなことない。楽しいよ」

 充は笑顔で答える。

「あのさ・・・お願いがあるんだけど・・・」

「なんだよ、急にマジになっちゃって・・・みっつまでなら叶えてあげます」

「それ、お母さんの得意なセリフ」

「そうなの?」

 またやってしまったと思いながら、充は驚いた振りをする。

「たぶん・・・私・・・学校じゃ、こんな話できないし・・・だから・・・」

「なに?」

「吉川君・・・たまにでいいから、こうして私と会って話をしてくれない?」

「たまにでいいの?」

「うん・・・だって、わがまま言ったら迷惑でしょ? 吉川君、台本で忙しいし・・・」

「岸本って、予備校、毎日あるの?」

「んんと水曜と日曜が休みだよ」

「だったら、こんどの水曜、中央公園でデートしない?」

「デート?」

 彩が驚いたような声で言う。

「だって、二人で会うんだったらデートだろ?」

「だって私たち・・・」

「岸本、堅すぎ。言葉の意味はひとつじゃない。もっとおおらかに考えろよ」

「そ、そうだね・・・そっか・・・なんとなくわかった」

「なにが?」

「吉川君が、あんな話書けるわけ」

「なんだ、それ?」

「私には書けないなって・・・あんなに自由に考えることできない・・・」

「まっ、人それぞれさ。俺に岸本の真似しろって言われたら無理だし」

「いいなぁ・・・」

 充が笑って言うと、彩は遠くを見つめるようにポツリと言った。

「なにが?」

「私ね、あの台本を読んだとき、自分が主人公になったような気がしたの。いままで信じてきたこととは違う世界なのに・・・あんな物語を考えられる吉川君ってすごいなぁって思った」

「それ、褒めすぎだから」

「ううん。いままでの私がつまらなく思えたの。だから、吉川君と、こうして話がしたいなって、ずっと思ってた」

 まわりくどい言い方をしているが、彩は彩で一生懸命に考えて言っていることがわかる。充には、それがおかしい。

 充が誘った中央公園は、日が沈むとカップルたちの楽園になる。それを彩に見せたら、どんな反応をするのか確かめてみたかった。

「まあね、俺、こういうヤツだから、堅くなれっていうのは無理だけど、岸本の考えを少しは柔らかくできるかもね。岸本が望めばだけど」

「・・・」

 彩は答えない。必死でなにかを考えている様子だ。もっと砕けた話題に変えたいのだろうが、まだ自分からそうするのは無理だろうと思った。

「ところでさ」

「なに?」

「お母さんが買った下着って着てみたの?」

 充は下着の話に戻す。

「ううん。恥ずかしくて・・・どして?」

「どんなのか見たいなって思って」

 充は話を少しだけキワドイ方向へ持って行く。

「そんな・・・ダメだよ・・・」

「なんで? だって岸本が着てないなら、ただのモノだろ? 俺、あのお母さんのセンスに興味があるんだ。エッチだって思われると心外だな」

「ほんとに・・・見たいの・・・?」

 かなり長い時間、考えたあげく、彩がそう言った。

「うん。嫌ならいいよ」

 充は素っ気なく答えるが、確実に一歩を踏み出した実感があった。

 彩は意を決したように立ち上がって、部屋の隅にあるチェストの引き出しを開けた。

「これ・・・」

 彩が手にしていたのはブラジャーだった。淡いサーモンピンク、アンダーバストのあたりに白い光沢のあるリボンがフリルに縫い付けてある。

「なんだよ。ちっとも派手じゃないじゃん。てか、上品でかわいいよ。ぜってぇ、岸本に似合うよ。それ」

「う、うん・・・」

「うん、すごくかわいい・・・」

 充はわざと彩の手に握られたブラジャーを見つめる。

「そんな目で・・・見ないでよ・・・」

 心なしか、そういう彩の息づかいが荒く感じる。

「これって、上だけなの?」

「ううん。お揃いでパンツも・・・あるよ・・・」

「岸本のお母さんってセンスあるなぁ。あっ・・・やべ!」

「どしたの?」

「ごめん。許せ! 岸本が、これ着てるとこ想像しちゃった」

「ばかぁ・・・」

 それは、あのとき電話口で聞いた甘い口調と同じだった。

「でもさ」

「な・・・に・・・?」

「岸本は、こういうの着るべきだと思う。気分が変わるよ。そうすれば、きっと上に着るものも考えるようになる。野暮ったいのも個性かもしれないけど、俺は岸本に着て欲しいな」

「ど、どうして・・・?」

「たぶん、岸本がきれいだってことに気がついているのは学校の中で俺だけだって思うんだ。それが認められれば・・・いや、違うな・・・単純に、お前がきれいな恰好してるところが見たいんだ」

 充は気がついていた。果実を思わせる彩の体臭に混ざって、かすかに蜜の匂いが漂ってくるのだ。体臭が薫ってくるくらいだから、興奮して体温が上がっているに違いない。それにノーパンだから蜜の匂いには遮蔽物がない。

「・・・」

 彩は下を向いて黙り込んでいる。

「ごめん! 男の本能だから許せとは言わないけど、岸本は自覚すべきだよ。自分で気がついてないだろ? お前がイケてるってこと。だから、つい想像しちゃうんだ。気を悪くしたんなら帰るよ。ごめんな」

 充はそう言って立ち上がった。

 もっとキワドイ話しをして彩を壊してしまうより、冷却期間をおいて中央公園での反応を確かめたかった。このまま帰って彩を一人にすれば激しく自分を慰めるのに違いないのだ。そして、水曜日には飛躍が訪れる自信があった。催眠状態の彩を抱くよりも、現実の世界で彩から望むカタチにする方がおもしろいと充は考えはじめていた。時間はかかるかもしれない。催眠を使えば欲望を満たす相手はいくらでもいる。その余裕が、充をそんな考えに導いたのかもしれない。

「あっ・・・ま・・・まっ・・・」

「待って」と言いたいのだろうが、彩は言葉を飲み込んでしまう。その葛藤が、充には手に取るようにわかる。

「ごめんよ。岸本が勇気を出して見せてくれたのにさ」

 充は部屋のドアを開ける。

「いや!」

「えっ?」

「行っちゃ・・・やだ・・・」

 その口調には、いつものクールさが微塵もない。まるで子供に戻ってしまったような物言いだ。

 充の頭の中に「出て行く」「とどまる」ロールプレイングゲームの二つのボタンが浮かんだ。これは駆け引きだ。たいていのゲームの場合、一見不利な選択肢の方が後の結果がいい。出て行ってしまった方が、こんど会うとき充を求める気持ちが強くなるはずだと思った。

「そんな顔するなよ。俺さ、岸本に呼ばれてうれしかったんだ。だから、つい調子に乗っちゃって・・・頭冷やしてくるよ。水曜日のデート、忘れちゃやだからな」

 充は笑顔でそう言って、彩の頭をかき混ぜるように撫でる。

 彩は触られても抵抗がない様子だ。こんど催眠をかけたとき、どこを触っても感じてしまうという暗示を埋め込んでやろうと思った。

「どうしても行っちゃう・・・の・・・?」

 彩は目に涙を浮かべている。

「うん。ここまま二人っきりでいると、また、変なこと言っちゃいそうだから」

 充はそう言って玄関口でスニーカーを履く。

「・・・」

 彩はなにかを言いたそうだ。

「明日、学校で会えるじゃないか。それに水曜日も楽しみにしてるよ。じゃね」

 充は彩の言葉を遮るように言って玄関のドアを開けて出て行ってしまう。

 取り残された彩は、そのまま立ちつくしていた。頬にひとすじ涙がこぼれる。

「ばか・・・私のばか・・・」

 充を引き止めるにはどうしたらいいのだろうと考えたとき、ノーパンでいることを教えるか、かわいいと言ってくれた下着を着てみせるか、そんなことしか頭に思い浮かばなかったのだ。

 気がつけば疼きだけが残っていた。彩は部屋に戻り服を脱いだ。そして、あの下着を身につける。

「かわいい? ほんとに・・・?」

 クローゼットの姿見に映し出された自分の姿を見てそうつぶやく。

 たしかに、いままで見慣れた自分ではないように思えた。鏡に映っている自分が女に見える。これほど女だということを意識したことはなかった。

「吉川君に見せたら、きれいだって言ってくれるかな・・・?」

 充がこの下着を見たとき、きれいな恰好をしている自分が見たいと言った。

 それは彩自身の願望でもあった。

「見て・・・吉川君・・・見て・・・」

 そう言いながら彩は指先をショーツの中に滑り込ませた。

「んあっ!」

 秘肉はすでにグショグショに濡れている。指先が敏感な部分に触れたとき、彩は身体を「く」の字に折って大きな声で喘いだ。鏡の中で悶える自分がDVDで見たAV女優の姿と重なる。

「ああんっ! 見て! 吉川君! 見て!」

 家の中にひとりしかいない安心感から彩は大声で充を求めた。大きな声を出せば出すほどジンジンと身体に痺れるような快感が走った。

「ああっ! こっちも・・・」

 彩はブラジャーの上から乳首を引っ掻くように弄ぶ。

「あうんっ!」

 腰骨が蕩けるような感覚に彩が震え出す。

 あまりの気持ちよさに、蜜壺へ指を挿れてかき回していた。

 意識が飛んでしまいそうだった。

「ああっ! もう・・・いやぁぁぁぁっ!」

 押し寄せてきた大きな波に、彩は立ったまま何度も痙攣する。たまらず、しゃがみ込んでしまい、荒い息で肩を上下させながら床に手を付いた。

「吉川君の・・・ばか・・・」

 そして、鏡に映った自分の姿を見ながらそうつぶやいていた。

< つづく >

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