「つまりさ、処女が好きだという男の気持ち悪さというのは、女を人としてじゃなく、モノとして扱うことの気持ち悪さなんだよね」
清美のマンションで、ぼくは愚痴につきあっていた。
ぼくが、清美の話に付き合うのは、別に強制されてのことじゃない。
清美とは、割と長い付き合いで、清美と一緒にいると、知的な会話が楽しめるのが面白い。
「あ、もちろん、自分が童貞で、相手にも同じものを求めたい、という場合は除くよ? そういうのは別として、別に童貞でもないのに、相手に処女を求める場合ね、わたしが言っているのは。そういうのって、一種のフィクションを信じ込んでいる場合が多いと思うわけだよ。つまり、処女は、清らかで、貞操観念があり、そして処女とセックスをすることによって、何らかのものを奪うことができる――的な。ある種のアイテムをそれによって獲得できるかのようなね。もうそれってモノ扱いじゃん。同じ人間として見てないじゃん。わたしはお前の人生というRPGの経験値稼ぎのアイテムじゃねーぞ、と。マジで」
清美といると、あまり自分が考えたこともなかったような視点を提供してくれることが多い。
ぼくは自分が考えたこともないような見方で世界を見るのが好きだから、清美と一緒にいるのは好きだ。
「処女とセックスをすることによって、まるで雪道に一番に足跡をつけたような達成感を感じることができるとしても――まあ、それは童貞に対して女の子が感じることとほぼ同じだろうけど――それはただ、それだけのことでさ。別に女の子が処女セックスのことをそんなに深く覚えているかというと、そういうわけでもないと思う。君は童貞セックスのことをよく覚えているか?」
「いや、俺、童貞だからね。わかんない」
「うん、そう思ってた」
遠慮のない物言いが心地よく響く。
ぼくは、割と気を遣うタイプだから、あんまり気を遣わなくていい相手は、あまりいないのだ。
「それにさぁ、クソみたいなやつが『処女を求める男はいるが、童貞を求める女はいない』とか、それソースどこだよ、んなこたねーよ、女だって童貞にこだわりはないけど、童貞のほうがいいってやつはいるぞ、おぉん?」
「酔ってるよね」
「酔いたくもなるわ、初彼が、わたしが処女と知った途端にありえねーくらい有頂天になってみろや、一気に百年の恋も冷めるわ。お前はわたしの何を見ていたんだと。処女って知ったとたんにそんなにテンションあがっちゃって、お前今まで超クールだったじゃねぇか、しかたねーから付き合ってやるかレベルだったじゃねぇか、っていうか、なーんであんな男に告白したのかと自分がみじめになってくるっつーか、今考えると、別に大した男でもなかったみたいな、うおおおおおおお!!!」
ぼくは酒を取り上げる。
「ヤケ酒はやめよう」
「じゃあ、慰めセックスしよ?」
「しよ、じゃないだろ。なんでそうなる」
「だってさー、クソみてーな処女キチガイにあたしの処女あげるくらいならさー、一番信頼している友だちとさっさとセックスして処女じゃなくなっちゃったほうがいいじゃん? 処女じゃなくなれば、処女って知ったとたんに目の色変える、女をモノとして見てるよーなやつらの射程距離からは離れられるわけじゃん。つーか、こんなこと頼める男友だちはお前しかいないんだ、優馬っ!」
「いや、だからって……」
「だから、わたしとセックスしよう!」
「セックスしよう、じゃねーだろ!!」
深夜のテンションも手伝ってか、ぼくも少々大きな声をあげてしまう。
くっそ、このマンション、ちゃんと防音されているんだろうな……。
「ほら、コンドームだってあるんだよ? 男がクソみたいなやつでコンドームを買ってこなかったときの自衛手段として買っておいたんだ! 準備ばっちり!」
「一番大事な俺の準備は!?」
「だってー、気持ち悪いよー、処女だって知った途端に目の色変わる男、気持ち悪いよー、そんなのに遭遇するくらいだったらさっさと初体験すませちゃいたいぜー。それにわたしもセックス興味あるしな!」
「なあ、真面目な話」
ぼくは、清美の肩に手を置いて、ゆっくりという。
「やっぱり、そういうのは、好きな人とじゃないと、な? 俺たち、恋人同士じゃないから」
「じゃあ、恋人になって」
「じゃあ――って、それ、俺のこと好きなわけじゃないだろ」
じゃあ、で付き合う程度のやつだと思われているのかと思うと、けっこう落ち込む。
「いや、好きは好きだよ。恋人じゃなくてもセックスしていいって思えるの、優馬くらいだし。長い付き合いだしさ」
「俺たちは、いい友達だろ? でも、ここでセックスしちゃったら、セックスフレンドになっちゃうじゃないか。そういうの、なんか、嫌な感じに関係が壊れるみたいでいやなんだよ。これが、本気で清美が俺のこと好きで、恋人同士になるっていうんだったら、別だけどさ。それと」
そう言って、ぼくはお酒のグラスをとりあげる。
「ポリシーとして、酔っている人の提案は、全部却下することにしてるんだ。酔いがさめて、もっと冷静な心になって判断してくれ」
「うー……」
なにか、ぶつぶつ言ったあと、急に「もう寝る!」と言って、清美は、ぼくの蒲団で寝た。
ぼく?
椅子に座って、予備の毛布を巻いて、夜を明かすことになりました。
それから一週間くらいは、何事もなかった。
正直、惜しいことしたんじゃない?って思わなかったと言ったら、嘘になる。
でも、後悔はしていない。これは本当。
ぼくにはあんまり友だちがいないし、あんなに仲の良い友だちを、一回のセックスで失ってしまうなら――それは割に合わなすぎる。
「おはよう」
「あ、おはよう、烏丸さん」
烏丸あきら。
ぼくと清美と同学年の女の子。
正直、あまり「女の子」という単語が似合う人間じゃないんだけれど、定義上は、間違いなく女の子のはずだ。
ぞっとするほど黒い髪に、病的なほど白い肌に細い目、なぜか声だけが色っぽい。
だが、それ以外の要素が、色気というものをきれいさっぱり押し流している。
「んー、元気?」
「ぼくは元気。そっちは?」
ぼくは、清美以外の人間と話すときは、ぼくだ。
というか。
正確にいえば、清美と話す時が、特別なのだ。
昔、ちょっとだけ、自分のことを俺と言っていた時期があって。
そのときにできた仲の良い友だちで、今まで続いているのが、清美だけだから。
「んー、元気、かなぁ? ところでさ、清美と何かあった?」
「おぉ!? い、いや、別に何もないと思う、けど……」
「んー?」
怖いんだよなあ、この人が上目づかいをすると。
かわいい女の子が甘えてくるような感じじゃない。
むしろ、井戸の底から恨みをこめて眺めるような……。
清美のことをふと想像する。
隙のあるかわいさのある清美。
とても美人である、とはいえないが、かえってそのために、交際技術を磨けば、女子で一番もてるタイプになりそうだが、磨くつもりはまったくないようだ。
高嶺の花より、「俺でも行けるかも」とか「実はかわいいんじゃない」くらいの顔のほうがもてるという話は聞くけれど、清美はたぶん、そのあたりの顔。
「あれ、なんか別のこと考えてる?」
あてられた。こわい。
悪い人ではないはずだ。
でも、醸し出す雰囲気が人間じゃないみたいな感じを受ける。
魔法かなんか使えるんじゃないか?
「まあ、いいや。なんか喧嘩したかなーと心配になってさ」
ほら、やっぱり悪いやつじゃないんだ。
それはみんなにも伝わっている。はずだ。
「い、いや、喧嘩はしてない、けど……清美がなんか?」
「うーん……」
そのまま、何も言わずに、沈黙が落とされてしまう。
そろそろこっちが何か言わなくちゃと思ったころに、
「清美のことって、好き?」
「は?」
「好きか嫌いかなら、好き?」
「そ、それは、そうだけど」
「恋をしてる?」
恋?
あの、ドキドキして、頭から離れなくなる的な?
清美に?
「いや、恋は……してないと、思うよ」
「じゃあ、友情は感じる?」
「もちろん」
即答だった。
気兼ねなくしゃべれる異性の友人と一緒にいると、滅茶苦茶楽だ。
「じゃあ、彼氏が出来たら、どう思う?」
「どう思うって……」
まあ、最近までいたんですがね。
「まあ、それなりに不快ですけど。本人が幸せなら別にそれでいいです」
「なるほど」
こくり、と烏丸さんはうなづいた。
「いや、清美にちょっとしたアドバイスをしたんだけどね。あまりにも的外れなことを言っていないか、心配になってさ。まあ、大丈夫だとは思ったけど、大丈夫そうでよかったよ」
「え、いやいや、勝手に自分で完結しないで……」
「じゃ、また」
ぼくの言うことなど、どこ吹く風で、烏丸さんは去っていく。
全身黒づくめなので、本当にカラスみたいだ。
「なんだったんだ、いったい……」
その答えは、案外すぐに訪れた。
「好きです。付き合ってください」
その日、清美の部屋に呼び出されたぼくは、告白を受けていた。
「いや、前も言ったけどね、処女を捨てようとかそういう―――」
びしっ、と前に出された手で、ぼくの言葉はさえぎられる。
「そういうことじゃなくてさ。わたし、ちゃんと、付き合ってみたいの。優馬と。駄目?」
「駄目、じゃないけど……」
「けど?」
「俺に恋してるわけじゃ、ないでしょ?」
「恋はしてないよ」
やっぱり。
「でも、愛してる。大切に思ってる。よくよく考えたらさ。男の子の中で一番大切」
「………でも、それは恋じゃなくて、友情なんじゃ……」
「烏丸さんにね。ちょっと相談したんだけど」
烏丸さんか。
なんかあの人、いろいろなお悩み相談とか受けているらしいな。ますます魔女っぽい……。
「それで、相談して、考えたの。自分で。昔ね、社会科の資料集に、男女の愛の分類が載っててね。性欲による愛、恋心による愛ってのがあって、それで――友情による愛っていうのも、あったのを思い出したんだ。別に教科書に従うわけじゃないけど。エッチなこともあんまり考えない。恋の炎も燃えない。それでも大切っていう愛はあると思うし――わたしのそれは、君に向けられているんだよ!」
なぜだか、最後の翻訳調の日本語が、ロマンチックに聞こえてしまって。
「俺で、よければ」
よろしくおねがいします、なんて、気づいたら口から言葉がこぼれおちていた。
ぼくたちは、付き合うことになって。
デートして。買い物とか、して。一緒にご飯食べたり。別に何をするでもなく一緒にいたり。
―――――そして、セックスしたり、した。
「おお! 痛くない!」
「処女でも痛くないし、血も出ない人いるみたいだね」
「ラッキー、やったー!」
下半身がつながったままで、清美は楽しそうに拍手する。
ぼくは緊張して、コンドームを一個無駄にしていたが、かえってそのせいで清美は余裕をもってことにあたることができたらしい。
「じゃ、さ……」
豆電球だけに照らされた部屋で、妙に艶めかしい声で清美が言う。
「動こうか?」
「う、うん……」
ぎこちなく腰を動かす。
気持ちよいとはあまり思わなかったけれど、なんだか好きな人とつながっているような感じが、いい。
「ん……んんっ、んっ」
もじもじ、と、ぼくの体の下で、清美が体を動かす。
「ね、ねえ、わたしが上になっても、いい?」
「え、いいよ」
そう言うと、清美の腕を持ちながら、ぼくは体を後ろに倒す。
これで、ちょうど騎乗位のかっこうになる。
「ん、ありがとっ……」
言うが早いか、そのまま清美は、腰を前後にグラインドさせる。
最初はゆっくり。徐々に早く。
「ん、んんっ、んっ」
何かを押さえるようにしてくねらせる腰が、だんだん速度を増していって、くちゅくちゅという水音をたてはじめた。
ぼくの腰にも、愛液があふれ出てきて、肌を濡らす。
粘液で、こすられる肌と、清美のクリトリス。
「あっ、だめっ、だっ……くっ――――」
上で、軽く痙攣すると、がくっと力が抜けて、清美は倒れ込んだ。
「い、いっちゃった―――」
「気持ちよかった?」
「うん―――」
ぼくは、清美が気持ちよくなってくれて、とてもうれしかった。
どんどん、気持ちよくなっていってほしい。
清美が気持ちよくなることは、積極的にやりたい。
二人で、どちらかの部屋にいるときは、何度もセックスを繰り返していた。
セックスの前に、二人でたわいもないおしゃべりをするのだけれど、その日は、催眠術の話題になった。
「へー、優馬くんって、そういうのやってたんだ」
「まあ、ちょっとしたネタというかね。面白そうだったから」
「ふーん、それじゃあ、かけてみてよ」
別にそんなに上手な術者だと自分で思ったことはないけれど。
ラポール(信頼関係)が出来ていたからか、それとも被暗示性が清美は高かったのか。
ぼくの今までの経験からは信じられないほどあっさりと催眠誘導にのって、トランス状態に入ってくれた。
ぎゅっとにぎった手をくっつけさせたりとか、腕が上がらなくなるとか、そういうのは本当にあっさりと出来てしまった。
そのときふと、フロイトの自由連想法のことを思い出した。
確かあれ、もともとは催眠状態で自由に話させるやつだったっけ。
そんなことしなくても同じような効果が得られるとかで、催眠誘導をすることはなくなったらしいけど。
「清美、今、どんな気持ち?」
「気持ちいい……」
ぼんやりとした声で、清美は言った。
「気持ちいいってどういうことを連想する?」
「連想……だっこ」
「だっこからは何を連想する?」
「あったかい」
「次々に連想してみてよ」
「あったかい、ぎゅっ、やわらか、圧迫、しばり、縄、鎖、首輪、コート、はだか、きもちいい、セックス、セックス、セックス、セックス、セックス…………」
あれ?
なんだこれ。
「清美ってさー、何か性癖ってある?」
「せー……へき?」
なぜか途中から停止した自由連想法に怖くなって、断ち切るために口をはさむ。
「うん、たぶん……M……かな……?」
SMという言葉は、本当に人によって意味が違う気がする。
いや、それただのドメスティックバイオレンスじゃね?
とか、いや、それはただのファッションSMだろ、とか。
そう思うこともあるのだけれど、ご両人が幸せならそれで全く問題ないのだと思う。
中にはSが満足していてMが本気で嫌がるのが真のSMであるみたいな話も聞いたことがあるのだが、そこまでいくと犯罪になってしまうのでは。
話がそれたが、そういうわけで、清美がマゾだなんて、要するに彼氏にリードされたいというありがちな考えなのではないか、そもそもぼくもリードされたいよ、なんて思ってしまった。だから、次のような質問をしてしまったのだ。
「ふーん、じゃあ、どういうことされたいわけ?」
「……………………」
「ん?」
急にだまってしまった清美を見て、ぼくは首をかしげる。
トランス状態が、解けたか?
「しばられたり、とか」
「うん」
「首輪、つけられたり、とか。君が、普通に生活している間に、ご奉仕したり、とか」
「うん」
「インターネットに、調教写真を、アップロードしたり、とか」
「うん?」
「土下座して、セックスさせてくださいご主人様、って言ったりとか、露出したり、とか」
「…………」
「いつもは、恥ずかしすぎて、そんなことできないんだけどね」
あれー?
なんか、思ったよりも、ぶっとんでる?
そのとき、清美の顔を見た。
とても、あどけなくて、無防備な顔。
無防備な心を象徴しているようで、ぼくの背筋に、ぞくぞくっ、としたものが走る。
「清美」
「はい……」
少し強めの声で言ったからか、丁寧な返事を返す清美。
「今から、清美は、恥ずかしいという気持ちがなくなるよ」
「はい……」
「ゆっくり十数えるうちに、だんだんと体全体が重くなる。でも、反対に心はどんどん軽くなる」
「はい……」
「そして、数がゼロになったとき、清美の恥ずかしいという気持ちもゼロになる。心がどんどん軽くなっていって、なんでもできるようになるんだ」
「はい……」
「じゃあ、いくよ……じゅーう、きゅーう、はーち……」
別に、本気で信じていたわけじゃない。
でも、心のどこかでは、信じる部分があって。
そして、ぼくはゼロを数えた。
「はい、ゼロ。ゆっくりと目を開けて。もう、恥ずかしいものなんて何もないよ」
そう聞くと、清美は起き上がった。
「あー、聞かれちゃったね」
「うん、聞いちゃった」
何にも恥ずかしがった様子を見せずに、清美は言った。
「そういうことだから」
「その……、それ、は」
「うん。わたし、けっこうひどいこと、されてみたいんだ。ひどいこと、言われてみたい。好きで、信頼している人から、ひどいことされたくて、ひどいこと言われたいの」
「たとえば、どういうこと?」
何をすればいいのか、何を清美が求めているのかわからずに、ぼくは聞いた。
「なんかね。人権を無視してほしい。女性としての権利を、踏みにじってほしいの」
「まだ、抽象的なんだけど……」
「前、処女が好きな男の話をしたこと、覚えてる?」
ああ。なんか、処女だって言われてやけに喜んだという、ぼくの前につきあっていた彼氏のことか。
「覚えているけど、それが?」
「そういうタイプの男が、処女じゃない女に言いそうなことを、言ってほしい。中古女とか、軽々しく股を開く売女とか、結婚するまで貞操も守れない淫乱とか」
「え、ええ? それは……でも、そういうこと言われるの嫌なんじゃないの?」
「嫌だよ。ふつうならね。でも、わたし、君のことは好きだし、信頼しているもの。そういう人に言われても、興奮するだけだよ。だって、本気で言ってないってわかってるし、それでも、わかっていても、ゾクゾクしちゃうもん。わたしが、まるで性欲処理のための雌で、愛情を持って接する一人の女性として扱われていない感じがして、興奮しちゃうもん」
そのとき、直感的に、ぼくは清美の下着に、自分の手をつっこんだ。
ぐちゅっ。
手をひきぬくと、べっとりと愛液がついていた。
指先と指先をくっつけて、離すと、透明な糸を引く。
「創造しただけで、こんなに濡れちゃうんだよ」
「清美……」
「わたし、優馬が安全なやつだって知ってるから。絶対安全な領域で、女性としてじゃなくて、雌として扱われたいの。興奮しちゃうんだよ、女の子として扱われていないって思うと。女の子じゃなくて、動物の雌として扱われているって思うと。一人の女性として生きていくのはストレスだから。たまに、女性の仮面を捨てて、雌の仮面をかぶりたいの。そして、それは安全で信用できる相手じゃないと駄目なの。お姫様みたいに扱わないで、女奴隷みたいに扱ってほしいよ」
ぼくは、ドヴォルザークの「新世界より」を、音量を少し大きめにかけた。
だれにも、ぼくたちがこれからしゃべる言葉を、聞かれたくなかったからだ。
清美は、強気な女だ。それが、マゾだったなんて。ギャップ萌え、みたいなものを感じる。
でも、責任感の強い立場にいる人間の方が、マゾになりやすいと聞いたことがある。
責任からの逃避が、奴隷傾向を高めるのだとすれば、自分で自主的に自由に動く清美は、自由の重みから、奴隷になりたい気持ちを、持っていたのかもしれない。
「清美は、何をしたい?」
「ひざまずいて、フェラチオしたい。ひどい言葉をかけてほしい。命令してほしい。奴隷みたいに、性欲処理の道具として扱ってほしい」
ぼくは、そう言ってひざまずいた清美を見て、決心する。
ズボンとパンツを一緒におろすと、そこから、勃起したペニスが顔を出す。
すぐに口をつけようとした清美に、
「待て」
ぱしん、と鞭でうたれたように、清美はびくっと体を震わせて、動きを止める。
「服を脱いで全裸になって、挨拶、しようか。奉仕の前に」
なんとなく、サディストっぽいやり方をがんばってみる。
ぱあっと顔を明るくさせて、清美は、即座にすべての服を脱ぎ捨て、
「どうか、この卑しい雌奴隷に、ご主人様のたくましくてかたいオチンポをなめさせて………」
と言い、深々と頭を下げた。
清美が自分で考えたこのセリフが、どれだけ自分で自分を低めたいのかを如実に示していた。
「清美」
「うん」
「なめろ」
それだけの言葉に、躊躇なく従い、舌でたんねんに奉仕する。
フェラチオをしている顔を、ぼくは、実はまだ見たことがなかった。
シックスナインはしたことがあるけれど、清美は、フェラのときの顔を見られるのが恥ずかしいと言って、暗闇の中か、シックスナインのときにしか、ぼくのペニスをしゃぶることはなかった。
それが、今は、明るい部屋の中、音をごまかすために流しているドヴォルザークの「新世界より」を背景音楽にして、清美がペニスを遠慮なく頬張っているところが、しっかり見える。
ゆっくりとまとわりつく舌。
舌がなめる亀頭、竿、そして玉袋。
ひととおり、丹念になめ終わると、今度は全体をほおばって、音をたててしゃぶりはじめる。
口をすぼめて、ほっぺたをへこませて、思いっきり吸い込んでじゅぶじゅぶやったかと思えば、唾液がたっぷり満ちた口の中をおだやかに時間をかけて上下運動したりする。
そして、また舌をペニスにまとわりつかせ、舐めること自体を思いっきり楽しんでいるようだった。
「れろっ、れろっ、ちゅっ、ちゅるっ、ぶぶっ、ぶちゅっ、じゅるっ、じゅっ、じゅっ、じゅぼぼぼぼっ、じゅるっ、じゅちゅっ、ちゅううっ、ちゅうっ、ちゅっ、じゅるっ」
次第に、腰が浮き上がって、しゃがむ格好になる。
上から見ると、前に突き出した二本の足が、まるで剣道の蹲踞(そんきょ)のような形になっている。
ぼくの大股に広げた足の膝小僧の上に、二本の手をのせ、しゃがんだ前傾姿勢で口淫奉仕する自分の彼女は、本当に、女性というより、一匹の雌といったほうが正しく感じた。
清美に、こんな面があったなんて、知らなかった。
「じゅぶぶっ、じゅるるるうっ、ちゅううっ、ちゅっ、ちゅぱっ、れろっ、じゅぼぼぼぼぼっ、ぼぼっ、ぶぶっ、ぶるるるるるっ!!」
どんどん下品な音を積極的にたて、ペニスに夢中になっているのがまるわかりだ。
恥ずかしさ、羞恥心というものをかなぐり捨てると、こんな風になってしまうのだな、清美は。
清美の目は、ぼくの目や顔など見ていない。
ただ、ひたすら、目の前で勃起して、我慢汁をトロトロ溢れ出している、目の前の雄の象徴に奉仕しているだけだ。
それは、まるで、ぼくという一人の人格よりも、ぼくの体についている雄の象徴の方が大事だとでもいうようで。
まさに、ぼくも、一匹の雄として、清美には映っているのかもしれなかった。
なんだかそれが悲しくて、むかついて、ぼくは足の親指でクリトリスを刺激した。
「ふごおっっ」
まるで豚みたいな声をあげて、清美がペニスを大きく咥えこんでしまう。
びっくりして、飲み込んでしまったのだろう。
「ごぼおっ、おえっ、うっ、うぇぇっ」
まるで吐き出すような音をたてながらも、ペニスから口を離すことはしない。
先ほど、奥まで突き入れてしまったせいか、どことなく唾液にも粘性が感じられてきた。
ぼくは、清美が大丈夫なことを確認すると、足先を、さらに動かす。
ぐちゅぐちゅと音をたて、清美の性器が悦びの声をあげる。
ぼくが足をさらに動かすと、どんどんと蜜があふれてくる。
興奮しているのだ、この女は。
ひざまずいて、ペニスをなめて、そして、奉仕している相手の足で、自分の性器をいじくられて、興奮しているのだ。
ぐいっ、と予想外に深く突き入れてしまった足が、膣の中に入り込む。
「~~~~~!?」
声にならない声をあげた清美を見て、あわてて、ぼくは足をひっこぬく。
すると、強い刺激を与えながら、クリトリスをこすりあげることになってしまう。
「んはぁあっ!!」
ドヴォルザークを一瞬、かき消すくらいの声が出てしまう。
自分の足を見ると、べったべただった。
「あぁ………ごめんね、ご主人様……雌豚の汚いオマンコ汁で汚しちゃった……」
そういうと、躊躇なく、清美はぼくの足を口にふくんだ。
親指はもちろんのこと、他の指も、しっかりとなめとっていく。
いちおう、風呂は入ったのだけど、こんなこと、今までの清美だったらありえない。足にキスしたり、なめたりするなんて。
それに、自分の性器が汚いと思って、クンニリングスしたあとのぼくとキスするのも嫌がるくらいなのだ。
自分の愛液がついた足をこんなに躊躇なくなめるとは。
「あの…………ご主人様………」
「ん、なに?」
「その、あの、してほしいことが、ある、んだけど……」
「なに? 言ってみて」
それを聞くと、清美は、敷いてあったふとんの上で、土下座した。
「踏んで……踏んでよ……わたしの頭を踏んづけて、価値のない女なんだって教えてください……わたしの頭を踏みつけにしてよ、ご主人様………」
一瞬の沈黙。
そのとき、ぼくの中で、ゆっくりと、まだ開けたことのない扉が、開きはじめた気がした。
「この変態っ!」
ぼくは、軽く、足を清美の頭に落とした。
そのまま、ぐりぐりと、清美の頭を踏みにじる。
シャンプーのにおいなのか、香水のにおいなのか、いいにおいがする髪が、ぼくの足裏に感じられる。
ぼくは今、自分の彼女を踏んづけている。なんだかそれが、妙に興奮する。興奮してしまう。
「うれしいよ…………大好き、優馬……………」
「俺はっ! お前がっ! こんな変態だなんてっ! 思わなかったのにっ!」
半ば本気で。
半ば嘘っこで。
ぼくは、言葉の区切りごとに、何度も足を清美の頭に振り下ろす。
本当にひどいことにならないように、十センチから二十センチの高さにあげた足を、振り下ろす。
「ごめんね、優馬。わたし、普通の女の子じゃないみたい。……嫌いになる? でも、嫌いになってもうれしいの。わたしのこと大嫌いになっちゃったら、ゴミを見るような目で見てもらえたらって、そんなことを想像しただけでも、いっちゃいそうだよ………」
ぐにゅっ、ぐにゅっ、と、ぼくの足が、清美の頭にめりこむ。
下のふとんに、清美の顔がめりこむ。
清美は笑っている。
ぼくにはわかる。足裏に、笑顔の筋肉の動きが伝わっているから。
「嫌いにっ! なんてっ! ならないよっ! ただっ! 変態だって! 思う、だけだっ!」
「いかれた女でごめんね、優馬。ね、殴って? わたし、殴られたい。殴られたいの。殴ろう?」
がすっ。
顔を上げた清美を、軽く酔ったような目の清美を、ぼくは軽く殴った。それでも、軽く清美の顔がのけぞる。
ドメスティックバイオレンスなんて最低だって、清美が昔言ったことを覚えている。
ぼくは、そんな女の子の顔を、軽く殴った。
そんな女の子みずからに、そうしてほしいと言われて。
「うれしい………優馬に殴られるの、幸せ…………」
ついていけない。この女はいかれてる。
ぼくの心の一部が、そう思う。
でも、ぼくの心の圧倒的大多数は、そんなこと思わない。
きちんと、ぼくが清美をコントロールするんだ。
欲望が暴走して、変な誰かについていって傷つけられないように、ぼくが清美の欲望を、心を、コントロールするんだ。
ぼくが、ご主人様なんだから。
「清美。土下座しなさい」
「はい」
躊躇なく、清美は土下座する。
理由なんてなくても、ぼくが命令するだけで、清美は土下座する。
だって、清美はぼくの、忠実な雌奴隷だから。
だから、清美は、布団から降りて、フローリングの床に土下座する。
「さっき、殴って、って言ったよね」
「はい」
「俺に命令できる立場か?」
「あっ………」
何かに気づいたように、はっとした声の清美。
「申し訳ありませんでした!」
もう十分に、額を床につけているのに、さらにこすりつけるように、縮こまるようにして、土下座する。
「これからは気を付けて」
「はい」
「じゃあ、罰を与えないとね」
土下座した清美の頭に、足をのせる。
そのまま、少しだけ足をあげて、振り下ろす。
ごすっ、という音が、して、清美の頭が、フローリングの床にぶつかった。
―――少しだけ、興奮している自分がいる。
暴力をふるう快感。喧嘩しているときの興奮。
それを、ぼくはコントロールする。
ぼくが集中するのは、暴力衝動じゃない。
「お尻をあげて」
「はい」
土下座したまま、清美がお尻をあげる。
そこは、本当に、はしたないほど濡れていた。
「お父さんが、これを見たら、どう思うかな」
「あっ…………」
ぶるぶるっ、とお尻が震えて、そこから、ぽたっ、と愛液がたれてきた。
そういうことを想像するだけで、こんなになっているのだ。
「写真、撮るよ」
「はい」
机の上に置いてあった、デジカメで、ぼくは何枚か、清美の写真を撮る。
後ろから、どうしようもないほど濡れた、彼女の性器を。
ゆっくりと指で、彼女の性器をなでる。
ぬるっとした感触が指にまとわりつき、何の抵抗もなく、指が奥へと誘われてしまう。
意識しているわけではないと思うが、指が入ったときに、尻がぷるぷるっ、と揺れて、まるで誘っているようだ。
ぼくは、コンドームをつけて、彼女の中に入った。
「ふうぁっ!?」
ぼくは、無言で、清美を突き上げる。
「ああっ!! ああおっ、ふうううっ!??」
恥ずかしいという気持ちがないので、大声をあげはじめた清美の口をふさぐ。
周りに聞かれるわけにはいかない。
しかし、清美はそれに興奮したのか、あそこの締め付けが、ゴムの上からでもわかるくらい強くなる。
「ふぐうっ、ううっ、うっ、んんんんんんんん!!!」
腰を震わせて、清美がオーガズムを感じるとき、ペニスからも、勢いよく精子が出ていた。
力が抜けて、支えていた手がおりると、清美はそのままふとんに倒れ込む。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
舌を出して、息を大きく吸ったり吐いたりしている清美は、まるで、本当に犬になったみたいだった。
「この前、本当に恥ずかしかったんだからね!」
「うん、ごめん」
「やってるときは全然恥ずかしくなかったけど、あとで思い返したら、なんであんなことを~、って思っちゃったよ」
「ごめん」
「でも、まぁ……気持ちよかったけど、さ」
「それに、あれが、恥ずかしくって言えなかった、清美の本当にしたいことなんだもんね」
「うん」
「それは―――知れて、よかったよ」
「うん…………」
ぼくたちは、アダルトショップから出てきたところだ。
人気のないところで、ぼくは清美の下着を上からなでる。
湿った感触と、奥に入り込むような感じ。
「興奮しちゃった?」
「…………恥ずかしくって、濡れちゃっただけ」
「そっか」
家に帰ってから、ゆっくりと下着を脱がす。
そして、さっき買ってきた、貞操帯をつけた。
「い、いちど、してみたかった、だけだから」
言い訳するように、清美が言う。
「うん。わかってるよ。じゃ、鍵はちゃんと預かっておくからね」
「なくさないでよ!」
「うん、気を付ける」
ぼくは、ものをなくしやすいのだ。
「それにしてもさあ、さっきの店に彼氏と来てた女、いたじゃん?」
「ん? ああ、いたね、俺たち以外にもカップルが一組」
「なんかこう、すごく男に媚びた女で、いらっときちゃったよ」
「いや、まあ、ファッションは自由だしね」
がばっと前を開けて、胸の谷間を見せた服に、近くを通るとくさいくらいに感じる強い香水の匂い。
かなりのミニスカートは、お尻の形を強調し、生のふとももを惜しげもなく晒していた。
正直、ぼくはありがとうございます、と思ったのだが、清美はそうじゃないらしい。
「店にいた男、チラチラ見ちゃってさ~、なっさけない」
「胸の谷間を最初に一瞬見てしまうことを防げるやつがいたら、そいつはすばらしい修行を修めた仙人か何かに違いないよ……」
「え~! わたしがいるんだから、見とれないでよね! 媚びた女は嫌いだな」
「うん、ごめんごめん」
それから、貞操帯をつける生活が始まったのだけど。
二日目ですでに、「ねえ、外して、その……しない?」と言い出した。
ぼくは、「いや、さすがにはやすぎるんじゃない?」と答えたのだが、すると三日目には、人通りの少ない道で、ペニスに手をはわせてきた。
甘ったるい声で、「ね、いいじゃん、しよ? ちょっと、三日も自分でできないっていうのは、きついっていうか……」。
それでも断ると、四日目は、ぴっちりとしたTシャツにジャケットを羽織って、長いスカートをはいてきた。
二人きりになると、ジャケットを脱いで、誘惑してくる。
Tシャツからは、ブラジャーが透けて見え、ぼくの理性も、だんだんなくなっていくのがわかった。
だけど、理性がなくなるのは、清美の方が早かった。
五日目の夜、家に二人きりになったとたん、ドヴォルザークの「新世界より」をセットして、清美は、土下座する。
「ご主人様っ……どうか、わたしと、今すぐセックスしてくださいっ!」
恥ずかしさをなくす、例の催眠術はかけていない。
だから、とても顔を真っ赤にして、清美はその言葉を言ったのだ。
耳まで真っ赤になっているのがわかる。
「もうっ、もう我慢できないんだよぉ……おねがい、おちんちん頂戴っ……」
「そんなに甘ったるい声を出して、腰をくねらせて……前、媚びた女は嫌いだって言ってなかったっけ?」
「あぁ、すいません! わたしは、媚びた女が嫌いだと言いながら、ご主人様にはこびへつらう女ですっ……」
ぼくは、清美の服を脱がせた。
貞操帯の鍵を取り出し、鍵を外す。
そのまま、なわとびで手首を後ろ手にしばった。
「え? あ……」
そのまま、ぼくはキスをする。
「んじゅっ、じゅるっ、じゅっ………」
ひくひくと、前後に清美の腰が動く。
「脱いで……。ねえ、脱いでよっ、優馬ぁ……」
焦点のぼやけた、とろんとなった目で、甘く媚びた声を出す清美。
いつもの、ちょっと生意気で、性格がちょっときついけどキビキビした感じはなくなり、性欲にあてられて蕩けてしまった女の顔。
ゆっくりとズボンを脱ぐと、ガチガチになったペニスがあらわれてくる。
「ふぁ……あ………うぁ………」
それを見ると、清美は片足に重心をかけ、大きくそりかえったペニスを、自分の足と足の間にはさむ。
ふとももではさんで、ゆっくりとしごきあげる。
女の子のふとももの、すべすべの感じが、とても気持ちいい。
そのなめらかさに反応したペニスが、清美のぐちょぐちょになっているあそこに当たる。
「ひゃうっ……」
一瞬、びくっとしたが、そのまま、うれしそうに、ぬるぬるにあったあそこをこすりつけながら、腰を前後に動かす。
「んっ、うっ、あっ、ああっ、いいよっ、いいっ、素敵っ………」
ぬるっ、ぬるっ、と溢れ出す愛液が、コンドームをつけていない生のペニスにあたり、とても気持ちがいい。
下手をすると、このまま、つっこんでしまいたくなるくらいだ。
もしかしたら、この状態の清美は、喜んで迎え入れてしまうかもしれない。
妊娠の危険なんて考えず、無責任に、今、この場の快楽だけを求めて。
そんな想像をすると、とぷっ、と先端から先走り液が出てくるのを感じる。
「ね、ねえ、優馬……あの、さ………」
顔が赤いのは、興奮しているからか、恥ずかしいからか、両方か。
「く、首、しめて……」
「え?」
「首、しめてほしい、の。し、死なない程度に、気持ちよくなる程度に………」
こういう危険なことは、慎重にやらなくてはならない。
SMプレイのときは、本当に嫌なことをされたときのためのNGワードを決めておくとよい、という話をどこかで見た。
たとえば、「だめ」とか「いや」ならそのまま続けるが、「ストップ」と言われたときはやめるというようなものだ。
だけれど、首をしめて声が出ないときは、その方法は使えない。
少し考えて、後ろ手にしばってあった腕を解放し、清美をふとんに押し倒す。
「今、腕が自由になったから。ちょっとでもやばいかなと思ったら、右手か左手で、どこでもいいから、俺の体を叩くんだよ」
「う、うん、わかった……」
コンドームをつけて、首に手をかけ、そのまま挿入する。
「んんっ、んおおっ……」
首をしめ、ゆるめ、またこめて、その間、腰を動かす。
腰を動かすことに集中すると、ついうっかり首をしめたままにしてしまいそうになるので、きちんとゆるめることを忘れないように意識する。
「うっ、うぇっ、うえっ、えっ、うぇ、うぇ」
かわいらしいカエルのような声を出しながら、だらしなく口をあける。
清美の目は焦点があっていなくて、少し不安になる。
でも、自分がこの女の子を圧倒的に支配しているんだという感じが、暴力的な解放感を産み始める。
まるで人を殴ったときのような快感だ。飲み込まれないように、きちんとゆるめる。
「うぇっ……い、いいっ、よ、もっと、しめてもっ、いい……」
体重がかからないように、軽くしめることをこころがけつつ、ピストン運動をする。
両手をつかうと、うまくピストンできないので、利き手じゃないほうの手でしめながら、もう片方の手で体を支え、激しく突く。
「んんっ、んごぉっ、んふっ、うぇっ、うぇええっ、んはあっ、ごっ、いっ、くっ」
足が一瞬だけ、腰にまきついた。
「んごぉっ、ぎもっ、ち、い、い、うっ」
ビクビクっ、と足がはねあがり、そこからさらに痙攣する。
絶頂を感じているのだ。
結合部からは、何か白っぽいものが出てきている。
興奮のあまり、愛液に白いものが混じるようになったのだろうか。
一回目の絶頂を通り過ぎ、二回目に向かうべく、さらに腰を振る。
「ぐ、び、じめ、ら、れっ、るの、いいっ、いい、よ、うごおっ……」
清美は、顔を赤くしながら、口からよだれをたらしながら、こちらを幸せな目で見ている。
その顔に、なんだか興奮して、びゅるるっ、と精液を発射する。
首から手を離すと、清美は、本当にうれしそうに、幸せそうに、可愛らしく割った。
「ありがと、優馬……」
それから、何度も何度も、ぼくは清美とセックスした。
あるときは、普通のセックス。
あるときは、SMチックなセックス。
共通していたのは、音を消すためにドヴォルザークの「新世界より」をかけていたことだけだ。
だが、それがぼくたちに、とんだ災難をもたらすことになった。
ある日。
ぼくと清美は、音楽堂の中にいて、ちょっとしたつてで行くことになったクラシックコンサートを聞いていた。
なんということはない曲目が続いたあと、「新世界より」が流れてきた。
これも、なんということはない曲目、のはずだった。
少なくとも、ぼくは、あんまりなんともなかった。
ただ、ちょっと、今までのセックスを思い出して、ペニスが勃起してしまった程度だ。
ぎゅっ、と、ぼくの手をつかむ力が、強くなる。
清美だ。
清美の方をむくと、ふるふると小刻みに、顔を震わせている。
そして、ぼくの手をとって、ゆっくりと、本当にゆっくりと、自分の腹、腰を通って、股間へと導いていく。
とろっ、つるん。
そんな擬音が似合うくらいあっさりと、ぼくの指は清美の中にひっぱられる。
大声を出すわけにはいかないので、そのまま引き抜こうとすると、信じられないくらい強い力で戻される。
清美の顔を見ると、うるんだ目で、何かを訴えている。
片方の手は、胸にあてられているが、暗い中でよく目をこらすと、それが自分で自分の胸をもみしだいていることがわかった。
清美は、自分の手で、ぼくの手を動かして、快感を得ようとする。
大きな音をたてないように、ぼくも、慎重に指を動かす。
だが、その慎重な動きがよかったのか、ぴくっ、と短く、注意してみないとよくわからないくらいに体が痙攣する。
絶頂したのだ。
これで、コンサートに集中できる、と思ったが、またもや清美がぼくの手を放してくれない。
そして、先ほどと同じように、ぼくの手と指を誘導する。
まさか……これ、コンサートが続いている間、ずっと続くんじゃないだろうな……。
そして、その予想は正しかった。
「新世界より」が演奏終了するまで、六回、清美はオーガズムを迎えた。
「パブロフの犬だね」
「むしろこれじゃあ、パブロフの雌犬だよぅ……」
コンサートが終わって、だれもいなくなった会場で、それらの言葉は、だれの耳にも届かない。
「もしかしたら、わたし、オペラント条件付けで調教とかもできちゃったりして……頭踏んでもらったら、外食おごってもらえる、とか!」
「いやいや、それはどちらかといえば、これからごはんが食べたいっていう意味だろ」
「えへへ。だね」
「下着、変えてからにしようね」
顔を赤くさせて、ぼこっ、とぼくの肩が叩かれる。
帰り道で決めたことがひとつ。
ぼくたちは、これから、セックスをするときは、いろいろな音楽をかけることにする。
そうすれば、一つの音楽で、パブロフの犬みたいに、条件反射してしまうことはないだろうから。
土砂降りの雨の日だった。
清美から、「恥ずかしい気持ちをゼロにして、服がだんだん透明になるような暗示をかけてほしい」なんて言われたのは。
「うわっ、すごい、だんだん透明になっていくよ、服が!」
ぼくのカウントダウンに合わせて、清美には、服が透けていっているように見えるらしい。
ぼくの目からは、厚手のロングスカートに、かなりしっかりしたカーディガンを羽織っている清美が見える。
雨にぬれても透けそうにない。
「恥ずかしい気持ちを、元に戻してほしい」
「元に? よし、やってみよう」
手を、清美の頭の横につけて、ゆっくりと数を数える。
どんどんと数を減らしていって、ゼロになったときに、羞恥心が元に戻るように。
数が減るごとに、どんどん清美の頬に、朱が差す。
足も、かくっ、かくっ、と痙攣する。
そして、ゼロになったとき、清美の顔は真っ赤になっていた。
でも、その口は、油断したように開いていて、どこか楽しそうな笑みにも見えた。
清美は、ぼくの手を取って、パンティの下にもぐりこませる。
「まるで、今日の天気みたいだよね?」
顔を真っ赤にしながら言う清美。
確かに、手が土砂降りの雨に濡れたようになってしまう。
「ね、今日は優しくして?」
「わかった」
ぼくは、清美にやさしくキスをする。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅるっ、ちゅっ……んちゅっ、じゅっ、じゅるっ、ちゅむっ、ちゅっ……」
手早く、お互いの服を脱がせる。
その間も、くちびるが離れるのがさびしくて、キスをしながら、カーディガンのボタンをはずしたり、ズボンのチャックをおろしたりする。
相手の顔を見ているのか、くちびるを見ているのか、よくわからないまま、キスと、服を脱がすことを平行して行ううちに、ぼくたちは全裸になる。
力任せに、衝動に突き動かされるように、本能のおもむくままに、抱きしめ合う。
ぼくの手は、清美の腰に。
清美の手は、ぼくのお尻に。
勃起したペニスが、清美のおなかにあたって、痙攣する。
その間も、トロトロと、ほんの少しの先走りの液が、先端部からこぼれだす。
ぬちゅっ、と清美のおなかを、その液が汚して、でもそんなことは気にせずに、ぼくたちはまたキスをする。
長いキス。
キスをしながら、ぼくは清美の体、全部を感じる。
くちびるを離して、ぼくは、清美の乳首、おなかへとキスをする。
そして、その場所にキスをしようとしたとき、ぼくの頭は、清美の手でボールをにぎるように止められる。
「ま、待って……」
「なに?」
「あの、それ、すると、長い、から……」
顔が信じられないくらい真っ赤になっている。
「つまり?」
何を言いたいのか、いまいちよくわからない。
「天然でいじわるだよ……」
「?」
「舌でしてくれるの、すごく好きだけど、今日は……」
とすん、とベッドに自分から背中を後ろに倒れ込んで、足を開く。
自分の指で、あそこを開くのは、清美のマゾヒスティックな露出趣味だろうか。
少し白い液が見える気がするその穴を開いて、清美は告げる。
「今日は、すぐにおまんこしてください」
ゆっくりと、コンドームでつつんだペニスを、彼女の中にいれる。
ぐずぐずと、あまりペニスを出し入れして動かさずに、小刻みに清美の腰に自分の腰をこすりつけるようにする。
「あふっ! あっ、んっ、それ、いいよ……その腰の動き、きもちいいっ……んんあっ!」
「どうしたの?」
「な、なんか、おなかが、あれ、気持ちいい?」
「ちょっと、コンドームを変えてみたんだ。女の子に人気の、女の子が気持ちよくなるコンドームだって」
「そ、そんなのあるんだっ……ひゃふっ、ああっ、なんか、熱いっ……媚薬?」
「いや、さすがにそういうんじゃ、ないと思うよ。ちゅっ」
ふぁ、と清美が声をあげる。
キス。もう一度。
「ちゅっ、ちゅっ、んっ、清美、好き。大好き」
「んっ、わ、わた、しも、好きっ、ああっ、あそこが熱くなって、気持ちくなってるよう……」
「かわいいよ、清美」
だんだん、腰を突き入れる力を強めていく。
「ひゃうっ、ううっ、ひゃうっ、ううんっ、ああっ、すぐに、来ちゃうよ、なにか来るっ、ああっ、ああああああっ!」
清美の全身が、軽く震える。
絶頂したのだ。
また、ぼくの耳に、雨の音が聞こえてくる。
ざあざあざあ。
「たまには、こういうエッチもいいよね」
「清美は、どっちが好きなの? エスエムっぽいのか、今日みたいなのか」
いたずらっぽく笑って、
「どっちも、だよ」
清美は、ぼくにまたキスをする。
「優馬は、まだいってない、よね。どうしよっか」
「いや、別に俺はいかなくてもいいから。清美がいってくれれば」
「そうなの?」
「そうだよ」
「平気、なの?」
「うん。射精し終わるのがセックスってわけでもないだろ」
「そっか」
「俺は今満足してるし、そっちも満足してる。だったら、これでいいんじゃない? それとも、もう一回する?」
「うー、気持ちよすぎて、一回で今は満足かも」
「じゃ、これでおしまいにしよう」
ぼくは、コンドームをゴミ箱にいれて、お茶をいれる。
はだかで二人、ふとんにくるまれながら、お茶を飲む。
「いいね、こういうの」
「うん」
「えへへ、やっぱり、ちゃんと出しとこうよ」
ゆっくりと手で、ぼくのペニスをしごきあげる清美。
さっきから勃起していたペニスは、清美が体を密着させてきて、手でもしごきあげるものだから、あっさりと限界を突破する。
ティッシュに出された精液のにおいをかいで、清美はうれしそうだ。
「優馬のにおいだね」
そのまま、おちんちんを触った手で、ゆのみを持って、お茶を飲む。
「なんか、汚くない? その手で、ゆのみ」
「うん? なんで? おちんちんは汚くないよ? むしろ、わたしのあれを触った手でゆのみを持っているそっちのほうが……」
「いや、女の子のあそこは汚くないだろ」
おまんこと言うのがなんだか恥ずかしくて、声に出せない。
「えー、汚いと思うけどな。ふふっ、でも、なんだか、おもしろいね。ま、あとで洗うからいいじゃん」
そのまま、ぼくたちは、一緒のふとんで眠る。
清美の手は、ぼくの陰茎に。
ぼくの手は、清美の女陰にあてられる。
そのまま、刺激を与えるわけでもなく、ただ手をあてたままで、ぼくたちは眠った。
それは、どことなく、ロマンチックな眠りだったと、ぼくは今でも思っている。
< 終 >
あとがき
フェミニストでマゾヒストであることは可能か(可能だろうけど、どんな形で?)、みたいなことを最初は書こうと思っていた。
ムーンライトノベルズに投稿した「フェミニストでマゾヒスト」あたりでも書いたんですけど、リベンジ的な。
あと、羞恥心をゼロにする催眠っていうのをやってみたかったのと、パブロフの犬みたいなのもやりたかった。
要するに、いろいろ混ぜてみた感じです。