県庁特別高等課 第二話(1)

第二話(1) 幼妻潔子

 ――気づかせてくれたのは、部下と妻であつた。善良なる国民を扇動し、秩序を乱し、我が国体を変革せむとする不逞の輩は、赤だけではなかつた。(中略)その時、大嶋県警察部特別高等課は、我が国の発展の先端にあつた。大嶋県に於ける先駆的な試みが全国に波及するのに、さして時間を要しなかつた。(内務省警保局幹部の談話より)

1 幼妻

 まだ蒸し暑く、日が高い季節だというのに、夫の帰りはいつも日が暮れてからだった。去年まではこんなことはなかった。夫の帰りが毎日のように遅くなり始めたのは、二度目の『赤』の一斉検挙の、少し前からのことだ。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うん」

 牧村潔子は、彫の深い西洋人の少女のような顔立ちに似合わず、三つ指ついて夫を迎えた後、手早く鞄を受け取る。夫は大嶋県警察部特別高等課長、牧村糺だ。少しくたびれた様子ではあったが、機嫌は良かった。
 潔子は、糺が大嶋県へ赴任するのに合せて、彼の許に嫁いだ。結婚してから、二年が過ぎている。

「お食事の支度はできております。すぐお召し上がりになりますか」

 少し顔を傾けて夫を見上げ、柔らかく微笑む。大人びた物腰だが、まだ少女と言っていい年齢であったし、生来の童顔である。その仕草は、少女が背伸びをしているような印象を与える。
 かつて、夫はその顔を見ると、照れたように笑いかえして、

 ――うん、そうしよう。

 と、判で押したように言っていた。

 ――その後は……。

 と続けて、閨のことをつぶやいてくることもあった。夫の小声を聞いて、潔子は恥ずかしくて俯いてしまう。そんな日々が続いていた。半年前までは。

「夕飯は済ませてきた。お前一人で食べてくれていい」

 今では、妻に一瞥もくれず、用を済ませるとさっさと眠ってしまうことが増えた。潔子から積極的に話しかけなければ、事務的な会話以外に何も話さない日が何日も続いてしまう。この半年で、大人しすぎるくらい大人しかった潔子の口数は、ずいぶん多くなった。

「今日は木津川様のお宅にお邪魔してきました。三人家族なのに、いつも賑やかなのですよ。木津川先生が、いつも学生さんたちをお招きになって、勉強会をされていますから」

 今日の出来事を話す。文学の話、友人の話、愛国婦人会の話……。潔子は手を替え品を替え、夫に新しい話題を提供する。

「うん、うん」

 だが、糺は面倒くさそうに、適当な相槌を打つだけだ。年齢が離れていて、育ってきた環境も違う二人の会話は、もともとぎこちないものだった。それでも以前の夫は、潔子の話に熱心に聞き入っては、頷いたり、質問を返してくれたりしていたのだ。それが今では、潔子の独り相撲のような会話を、ずっと繰り返しているような気がする。

「うん? 木津川助教授と言ったな?」

 珍しく、夫が反応らしい反応を返してくれた。遅い反応だったが、潔子は嬉しくなる。

「はい! 佳苗様の御主人ですわ。佳苗様は、以前、家に遊びにいらしたこともありますから、お顔を覚えておいでではありませんか?」

「あの背の高い妻女か。ふむ」

「それで……」

 話し続ける潔子に反応してくれたのは、そこまでだった。
 夫婦の夜の営みも、めっきり回数が減った。今では潔子の身体に触れようとさえしてくれなくなった。まだ身体が男に馴染んでいない潔子は、最初はホッとしていたけれど、安心はすぐに焦りに変った。
 仕事が忙しいのかもしれないと思った。帰宅が遅くなるだけではなく、職場近くに宿泊してくることも増えている。だが、夜更けや朝に帰宅する夫は、気だるそうではあるが、決まって機嫌は良い。自宅にいるときも、難しい顔をしている時間は、以前より少なくなったくらいだ。ただ、潔子に対して関心を向けてくれないだけだ。
 他の女を抱いているのだろうと察するまで、あまり時間は必要なかった。
 東京にいたころ、貴族院議員の父に、何人かお妾さんがいたことは、彼女も何となく勘付いていた。だから、殿方とはそういうものなのだろうと、考えていなかったわけではない。けれど、寂しくないわけではない。悔しくないわけでもない。
 二年前の結婚式の夜、

「私だけの……旦那様」

 破瓜の痛みに耐えながら、潔子は、か細い声で言った。一生添い遂げるであろう男の顔をしっかりと見上げながら。糺は力強く頷き、優しく抱きしめてくれた。初体験は、泣き出してしまいそうな痛さをともなっていた。それが嫌な思い出にならなかったのは、糺の温かさを感じることができたからだ。
 まだ成熟しきっていない女の身体は、今でも性の快感には鈍感だった。でも、性交の後、優しく抱きしめられたまま眠りに落ちるのは、何よりも幸せだと思っていた。だから、今、自分以外の女性がその幸せを味わっていると思うと、悲しくてたまらない。

「もう寝る」

 潔子の話を聞き流しながら、さっさと寝間着に着替えてしまった夫は、短く言った。

「今、お布団を準備しますね」

 意識して大人びた微笑を守りながら、泣いてしまいそうな自分を必死で鼓舞した。今日も夫は、潔子の身体に触れてくれそうにはなかった。

2 特別高等課の憂鬱

 山田警部は、煙草の煙を深く吐いて、隣に座っている鈴木に顔を顰めて見せた。彼も鈴木も倦んでいる。特高の弛んだ雰囲気に、である。
 『赤』の大検挙から半年。既に活動家たちは特高の手を離れている。大嶋県の『赤』は壊滅状態で、地下活動が行われている気配もなかった。だから特高の仕事は激減していた。課員たちが弛んでいるのも無理はない。以前の課員たちは県下を飛び回っていて、県庁の一室に屯していることなどなかった。ところが今では、一日中、緩慢な動きで書類を整理したり、意味もなく室内をうろうろしたり、何もせずぼんやりとしたりしている課員が大勢いた。
 牧村課長も、大仕事を終えたためか、やる気を失っているらしい。適当な時間に仕事を切り上げては、日が高いうちに退庁してしまう。だが、自宅に帰るわけではない。山田だけは、その行先を知っている。牧村課長のやる気のなさは、その行先とも関係していると山田は思っていた。
 日が傾きかけている。早くも外套を羽織り、帰り支度を始める者がちらほらと見受けられた。

「山田、鈴木、ちょっと頼みがある。仕事だ」

 牧村課長が二人を呼んだ。課長席の前に行くと、机の上には鞄が置かれている。課長も早々に退庁するつもりなのだ。

「大嶋帝大の木津川助教授の夫人を調べてくれ。木津川佳苗という女で、俺の妻の友人だ」

 久しぶりの業務命令だった。大嶋帝大は数年前に設置されたばかりの大学で、木津川助教授は気鋭の経済学者だという評判だ。

「木津川の子供は、大嶋第二尋常小に通っている。夫人は父兄会の役員だから、小学校にもよく出入りしている。それから、俺の妻と一緒に、愛婦の活動にも参加している。接触するだけなら簡単だろう」

 愛婦とは愛国婦人会大嶋支部のことだ。支部長は県知事夫人であり、中流以上の家庭の妻女を主要な会員とする団体である。戦時には、出征兵士の見送りや、慰問袋の発送、軍人遺家族の訪問などにより、銃後で軍人を支える。平時にも奉仕活動などを行なっている。まだ若いが子供が手を離れつつある木津川夫人や、まだ子供がいない牧村夫人は、愛婦の活動に頻繁に参加していた。

「鈴木、木津川佳苗にはぜひ術をかけてくれ。お前も気に入るはずだ。この間も協力してくれた校長には話を通してある。事前の申出があれば、宿直室や校長室を貸し出してくれるそうだ。校長への謝礼も忘れるなよ。……それと、そうだな。ついでに夫の木津川助教授の方も、適当に調べておいてくれ。何かわかるかもしれん」

 牧村は言いながら薄手の外套に袖を通し、鞄を手にした。

「『赤』の取り調べでは、木津川助教授やその妻女の名前は出ていませんが」

 山田が遠まわしに反論するが、牧村は聞かない。

「念のためだ。木津川助教授の人間関係を洗ってみろ。何か出てくるかもしれん。自宅に学生が頻繁に出入りしているらしいからな。それに、木津川佳苗に利用価値があることは、会えばわかる。では、二人の成果を楽しみにしている」

 そう言った時には、もう課長席を離れていた。

「……俺たちは課長専属の女衒か?」

 牧村の背を見送りながら、山田はぼやいた。大方、木津川助教授夫人にも手をつけたいということだろう。課長の口ぶりでは、木津川夫妻には嫌疑らしい嫌疑は何もないようだった。

「やりましょう、警部。まずは課長の御夫人に御挨拶に伺いましょう」

「ん? 課長の?」

「木津川夫人に接触するには、友人を介するほうがいいと思うのです。それに、課長の思いつきは、案外悪くないかもしれません。特高に、少しは活気を取り戻さねば」

 鈴木には、何か考えがあるらしい。山田は、相変わらず気乗りしない。

「鈴木、牧村課長が今からどこへ行くか、知ってるか?」

「さあ? まっすぐ帰宅するのではありませんか?」

 黙って頭を振ると、鈴木の顔はむしろ明るくなった。好都合です。課長が御不在の時間を選んで、御夫人を訪ねましょうなどと言っている。だが、山田はもう、鈴木の話を聞いてはいなかった。

 ――今の課長に考えなどあるものか。女の尻を追うだけで、まともな仕事などしていないじゃないか。

 席に戻り、もう一度葉巻に火を点けた。

3 課長の行先

 山田警部は、中岡咲子が釈放された後も、彼女と何度も会っていた。彼女の自宅を訪ねて、恋人のように過ごしていたのだ。山田が急に訪問しても、咲子はいつも歓迎してくれた。

「こんなものしか、お出しできないのですけれど」

 と、急いで拵えた煮物や味噌汁、時にはシチューなどの洋食を振る舞ってくれる。若く多忙な職業婦人の割に、メニューは豊富で美味だった。洋食は高等女学校で習ったのだと言っていた。
 旨そうに料理を頬張る山田の顔を見て、咲子は幸せそうに笑う。
 軽食に舌鼓を打った後は、二人でのんびり過ごした。咲子の肩を抱いて、じゃれ合い、取り留めのない話をした。
 一緒に春の海へでかけたこともあった。咲子のアパートから海は、そう遠くない。アパート近くの咲良川の堤防で、かすかな潮の香りを感じられるほどだ。昼下がりの堤防を、二人はゆっくりと海に向かった。咲良川の対岸に、散りかけた桜並木が見えた。

 ――来年は、咲子を花見に誘ってみよう。

 と、山田は密かに思った。
 春の砂浜は人もまばらだった。

「きゃっ、冷たい」

 まだ、海が楽しめるような季節ではなかったわと、塩水を払いながら、咲子が言った。
 二人は砂浜を歩き回った。大嶋湾には小島が多く、船の行き来も盛んだ。革靴に砂が入るのもかまわず、二人は景色と会話を楽しみながら笑い合った。
 砂浜の端まで歩くと、漁港がある。小型の木造船が数艘係留されているだけの、小さな漁港だ。見知らぬ年老いた漁師が、眩しげにこちらを見て、

「仲のええ親娘じゃね」

 と声をかけてきた。咲子はおずおずと山田の腕を取り、

「恋人、です」

 と小声で言った。

「ね? 山田さん」

 念を押すように、山田を見上げてきた。漁師と山田は目を丸くした。

「恋人とな? うらやましいのう、親父!」

 ふぁふぁふぁと、漁師は歯が少ない口を開けて、山田の肩をたたいてきた。普段なら、こんなに馴れ馴れしくされれば睨みつけてやるところだが、山田の口元は緩みっぱなしだ。
 春とはいえ、日暮れの時間は早い。二人は砂浜を戻り始めた。夕暮れに照らし出された咲子の横顔は美しかった。

「きれい……」

 橙色に輝く海を見て、咲子がつぶやいた。まだ冷たい風が、二人の肩を撫で、咲子が震えた。
 山田は、思わず女の身体を抱き寄せた。女の呼吸で、胸元がこそばゆい。釣り客や漁師たちは引き上げてしまったらしく、浜辺に人影はなかった。

「温かいです。ありがとう、山田さん」

 二人は日が沈むまで、じっと抱き合っていた。山田も、咲子と密着していると、身体の芯が温まってくるような気がする。性欲ではない何かが、山田の心を満たしている。咲子も同じように感じてくれていると、山田は思った。

 梅雨時の土曜日、山田はまた、咲子の部屋を訪ねた。もう昼食時は過ぎていた。
 だが、声をかけることなく、山田は玄関で立ちすくむことになってしまった。
 汗にまみれた裸の女が震えていた。椅子に座っているような姿勢で、手拭で目隠しをされ、首や上半身を後ろに反らしていた。開いたままの唇から、白い液体がこぼれていた。乳房が、男の手に揉みつぶされていた。女は、背の低い箪笥の上に座った男の膝の上で、犯されているのだった。
 と言っても、膣を犯しているのは、男の物ではない。白く、腕のように太い物体、大根だった。一物が出入りしているのは、後ろの穴だ。男の物が出入りするたびに、大根がぶらぶらと揺れていた。抜け落ちそうになると、後ろの男が素早く抑えた。太い大根で膣奥を犯されるたび、女は低く呻いた。
 最後にこの部屋で食べたのは、大根の味噌田楽だったと、山田は回らない頭で考えた。

 ――そうだったな。

 と思い直す。均整がとれた肉付きのいい身体は、間違いなく咲子のものだった。こういう女に仕立て上げたのは自分たちだった。これまで他の男と鉢合わせなかったことの方が不思議だったのだ。蒸し暑い昼間だというのに、急な冷たい風に襲われたように、鳥肌が立った。年甲斐もなく、胸がちくりと痛んだ。

「山田か? 遠慮せずに入れよ」

 そう言って、男は機嫌よく笑い、咲子の耳に落ちた汗を舌で掬った。くすぐったい刺激に、苦痛と快楽で朦朧としていた女が、ピクリと反応した。
 男は牧村課長だった。そういえば、朝から課長の姿が見えなかったと、山田は思い返している。
 あるいは他の女であったならば、

 ――これはお邪魔だったようで。

 などとおどけて、立ち去ったかもしれない。だが、山田は何を言ったらいいのかわからず、声を出すこともできなかった。喉がカラカラに乾いていた。
 どれだけの時間、玄関に立ちつくしていただろうか。時間の感覚がなかった。

「さ、咲子……」

 やっと出た言葉はそれだけだ。課長の耳には入らなかったようだ。課長は頻りに咲子の股間を指さしている。山田に、膣を使えと言っているのだ。課長は、女に無理をさせるのが好きなようだ。咲子が検束されていたころにも、二、三人の部下と一緒に、同時に彼女を犯しているのを見たことがあった。

「やま、だ、さん……?」

 目隠しされた女の、白濁と涎で汚れた唇が、ゆっくり動いた。

「……ああ」

 山田が答えると、咲子は慌てて乳房や股間を隠そうとした。

「見ないで、山田さん!」

 顔を赤くする女を、後ろにいる男が乱暴に突き上げた。

「きゃん!」

「俺を忘れてもらっては困るな」

 咲子の腰を掴んで、牧村が肛門を激しく責めた。腸内を抉られて、咲子は眉を寄せ、必死で声を抑えていた。大根が揺れて、女の部分から少しずつ胴をのぞかせた。いびつで太い大根で、まだ土がついているようだ。

「山田、前に何か入れておくと、尻の締りがもっとよくなるのだ。後でお前も試してみろ」

「あん、牧村さん激しっ……!」

「どうだ、気持ちいか、咲子?」

 言いながら、牧村は右手で大根を持ち直し、円を描くように動かした。強引に開かれた女の性器が、大きく歪められた。牧村の左手は咲子の左胸に宛がわれ、引きちぎろうとするように、柔らかい肉の塊を横に引っ張った。痛々しい姿だった。

「い、痛っ! 痛いですっ! でも、あ、愛していただけるのなら、耐えられ、ますっ……」

「ふふ、可愛い奴だ」

 苦痛に歪む咲子の頭を掴むと、自分の精液で汚れた女の唇に唾液を流し込んだ。
 山田は言葉を失って、ただ立ち尽くすだけだった。

 どれだけ玄関に立ちつくしていただろうか。
 あれから牧村は、二度も腸内に射精した。下半身から大根を生やした咲子は、畳の上に打ち捨てられ、疲れ切ったように天井を見上げていた。

「待たせたな、山田。お前もしっかり楽しんでいけよ」

 服を着終えた牧村は、山田の背をぽんと叩いて、女に声をかけることなく出て行ってしまった。山田は二人きりでするのが好きなんだな、などと呟きながら。
 山田は弾かれたように咲子に駆け寄ると、大根をゆっくり引き抜いてやった。性器も肛門も大きく口を開けたままで、痛々しかった。
 目隠しに使われていた手拭を濡らしてきて、身体を拭いてやる。よく見ると、汗や精液に塗れているだけでなく、臀部や背中の一部が赤く腫れていた。平手で打たれたのだろう。
 脱ぎ捨ててあったブラウスを羽織らせ、抱き起して水を飲ませてやると、ようやく人心地がついたように、咲子の目が少し力を取り戻した。

「ありがとう、山田さん」

 力なく笑った。

「課長も、無茶なことをする」

「いいんです。牧村さんには、いつもああして、愛していただいているんです。きっと、不器用な方なんです」

 知らず知らずのうちに彼女の恋人にでもなったつもりでいた。だが、それは違ったのだと思い知る。それでも山田は、そっと咲子の肩を抱き寄せる。

「私、まだ汚いです」

「いいんだ」

「……山田さんは、こんな薄汚れた女、お嫌いですよね」

「お前は汚れていない。誰よりもきれいな心を持っている」

「自分でもわかっているんです。こんなことを続けていたら、誰からも本当に愛してもらえないって。でも、抜け出せないんです。素敵な男性のお誘いを拒むことが、私にはできないんです」

 咲子の心身をこんな風に作り変えたのは自分たちだ。それは、今でも必要なことであったと思っている。
 だが、咲子は常識や倫理観を失っているわけではない。どんな男でも愛してしまうように、どんな男でも受け入れられるように変えられてしまっただけだ。変態行為も、男に愛してもらうために受け入れているにすぎない。もともと賢く、自制的な女だ。だから、すべてを受け入れてしまうことも、壊れてしまうこともなく、自分の心身や環境の変化に悩み続けているのだ。

 ――鈴木に頼むか。元に戻してやってくれ、と。

 無理だろうと首を振った。あの男は、滅多に術を使わない。そういう術が使えることは、警察部の中では知られていた。だが、二人一組で仕事をすることが多い山田でさえ、咲子以外に術を使うところを、まだ見たことがなかった。

 ――効果的な機会と相手を選んで、施術しているのか? ……いや。

 鈴木は効率などに配慮するような男ではない。

 一度目に咲子を釈放する直前の、ある日のことだ。一仕事終えた山田が取調室を覗くと、床に白濁まみれで打ち捨てられ、それでも幸せそうに笑う咲子がいた。鈴木がひとり、壁にもたれかかって咲子を見ていた。

「ひどい臭いだ。湯を使わせてくる。手伝え、鈴木」

 床に転がっている女の衣類を拾いつつ鈴木を見上げる。山田はぎょっとした。普段、無表情なこの男が、何とも言えないうっとりとした顔をしている。視線の先には、咲子の幸せそうな顔がある。

「……素晴らしい」

「なんだと?」

「素晴らしい作品ですよ、警部。この咲子という女は」

 鈴木は咲子の前でしゃがんで、精液のこびりついた黒髪を撫でまわす。

「苦悩して、戸惑って、幸せそうに笑って。この女は、実に活き活きとしている。これからどんな花を咲かせてくれるのでしょうね」

「『赤』をどう片付けるかということか?」

「いえ、もっと先のこと、『赤』を始末した後のことですよ。どうするかを考えるのは、彼女自身と、周りの男たちでしょう。僕はずっと見守って、楽しませてもらうつもりです」

 鈴木の人差し指を、咲子が美味しそうにしゃぶっていた。咲子の髪の毛を撫で、精液で汚れた指だった。

 鈴木は、作り変えられた咲子の将来に関心があると言った。ならば、彼女を元に戻すつもりはないのだろう。
 警部も周りの男たちに含まれているとは、彼は言わなかった。だが、少なくとも今は、その周りの男たちの一人になってしまっているという自覚はある。
 咲子の肩を抱いた左手に力をこめた。安心したように、咲子の頭が山田の胸にもたれかかってきた。

「俺はお前が好きだ。咲子」

 肩を撫でながら、山田は言った。

「……今の言葉、嘘でもいいです。今、幸せです、私……」

 そう言ったかと思うと、もう咲子は寝息を立てはじめた。牧村課長の責めで、女の肉体は限界を迎えていたらしかった。

4 渡し場

 牧村潔子は、友人の木津川佳苗と一緒に、咲良川の渡し場に向かっていた。この日は、愛国婦人会大嶋支部の行事で、藤倉村の孤児院を訪問した。毎年恒例の行事で、もう二十年以上の歴史があると聞かされている。
 咲良川は大嶋市の北東を東から西へ流れ、左折して市の中央部を通り、南の大嶋湾に流れ込む。大嶋城跡、県庁、大嶋駅があるのは、市の西部、つまり、北と西とを咲良川に、南を大嶋湾に囲まれる地域であった。藤倉村は大嶋市西部の真北、咲良川の北岸に位置していた。この頃は、まだ大嶋市と咲良川北岸との間には架橋されていなかったから、大嶋市の中心部と郡部を行き来するには、渡し船を利用するのが通例だった。
 郡部の国道は狭く、まだ舗装が行き届いていない。国道沿いには一階建ての住宅や商店が並んでいたが、家並みの向こうには田畑が広がり、山も迫っている。二階建ての建物といったら、先ほどまで滞在していた孤児院くらいのものである。
 藤倉村とは違って、大嶋市の中心部には、もう農地がほとんど残っていない。山々は遠くに青く霞んで見えるだけだ。潔子は東京育ちで、大嶋市を離れることは多くない。だから、藤倉村の風景は珍しいものだった。

「まだ戻ってきそうもありませんわね」

 人の背丈ほどしかない堤防に登った佳苗が、振り返って言った。渡し船のことだ。潔子がよく動く黒目で周囲の景観を観察しているうちに、二人は咲良川の河畔に到着したのである。

「ずいぶん待たされそうだわ」

 でも、牧村様とゆっくりお話しできそうねと、佳苗は笑った。潔子は佳苗を見上げた。佳苗は平均的な男性よりも背が高い。それに、着物を着ていてもはっきりわかるほどの肉体美の持ち主だ。脚はすらりと長く、全体的にほっそりとしている。それなのに、胸や尻にはたっぷりと肉が乗っていた。色白の顔には染みひとつなく、薄く紅を引いた唇が妙に艶めかしい。夫の木津川助教授に慈しまれているのだろう。その表情はいつも女としての自信に満ちている。もう小学生の子供がいるというのに、まるで所帯疲れを感じさせなかった。
 潔子は、自信溢れる若妻に曖昧に笑い返してから、空を見上げた。まだ日は高い。帰りが遅い夫が帰宅するまで、まだずいぶん時間がある。今からなら、買い物をして帰っても夕飯の支度ができるだろうと思った。女中は雇っているが、料理だけは欠かさず自分で作るようにしていた。
 今朝、早くから弁当を用意していた潔子に、夫は何も聞かなかった。わざと愛婦の行事のことを黙っていたのだが、気にも留めていないようだった。夫は、潔子よりもさらに早く、行先も告げず出かけてしまった。女に会いに行くのだと、潔子は直感したが、何も言えなかった。
 辛いことを考えてしまった。気分を切りかえようと対岸を見る。咲良川の向こう側が大嶋市だ。対岸には二階建て、三階建ての建物が林立している。遠くに大嶋城の天守閣も見えた。
 蝉の鳴き声はもう聞こえない季節だが、薄手の着物の下は、かすかに汗ばんでいた。
 訪問先の孤児院の子供たちの元気な姿は、沈みがちだった潔子の心を弾ませた。重箱を抱えた二人の若い女性を、子供たちは歓迎してくれた。

「牧村様は、子供の気持ちをよくお分かりね」

 例年、重箱の中身は、おにぎりや漬物を主とする昔ながらの弁当だった。今年は潔子の発案で、おはぎや卵焼きをたくさん詰め込んだ。卵料理はまだ珍しかったし、砂糖を多めに使っていたから、子供たちは満足げだった。食後のおはぎも好評だった。子供たちは我勝ちに手を伸ばした。
 決して明るい境遇ではないというのに、子供たちは底抜けに快活だった。糺との間に子供がたくさん生まれたら、家庭は明るくなるだろうかと、潔子は思わずにはいられなかった。

「……私も子供が欲しいですわ」

 まだ対岸にいる渡し船を遠目に見ながら、潔子はつい漏らしてしまう。

「『お姉さま』ですって、牧村様は。私なんて『おばさま』ですよ」

 潔子の呟きには答えず、佳苗は唇を尖らせた。あまり年が離れていない潔子を、子供たちは「お姉さま」と呼んだのだ。長身の佳苗と並ぶと、背が低く幼い顔立ちの潔子は、本当に子供のように見えるのだ。

「でも、牧村様はこんなに可愛らしいのですもの、仕方ありませんわね」

 と、潔子の豊かな黒髪を撫でた。

「木津川様、お止しになって。私、もう子供ではないのですから」

 普段は大人しい潔子が、頬を膨らませた。この友人にしか見せない顔だ。
 愛国婦人会には、地元出身の古参の奥様が多い。大嶋県出身ではなく、しかも抜群に若い二人には、あまり居心地が良い雰囲気ではなかった。二人は自然に接近し、今では互いの家を頻繁に行き来するくらい打ち解けている。
 頭を撫でるのをやめて、佳苗は頬に触れてきた。

「こんなに若くて可愛らしいんですもの。すぐに子宝に恵まれますわ」

 女の私でも食べてしまいたいと思うくらいですと、佳苗は際どい冗談を言った。これでも潔子を慰めてくれているのだ。

「もう……」

 またむすっと膨れる潔子。仲の良い女二人、それも出産を経験した若妻がいる。二人きりの時の会話は、自然に明け透けなものになる。だから佳苗は、潔子と糺の夜の営みが絶えているのを、何となく察している。

「そういうお顔、御主人にお見せになったこと、ないでしょう?」

 潔子の膨れた頬を、細い指でつついてきた。

「そんな……こんな顔、旦那様には見せられません。子供っぽいって思われてしまいます」

「あら、そう? 殿方は案外、積極的で、表情の豊かな女性がお好きなものですよ。少し子供っぽいくらいが、可愛いと思うのでしょうね。うちの主人も……」

 佳苗がペラペラと話し始めた。相槌を打ちながら、

 ――旦那様の浮気相手は、積極的で、表情豊かな女性なのかしら。

 と、潔子は考えてみる。仕事熱心で勉強家の夫の気難しげな顔を思い浮かべて、案外そういう女性には弱いのかもしれないと思った。
 渡し船が近づいてきた。佳苗が話を切り上げて、空の重箱を持ち上げた。

「牧村様なら大丈夫。少しだけ、積極的になるだけでいいのです。きっとご主人も可愛がってくださいますわ」

 佳苗の際どい言い回しと、自信と余裕を感じさせる笑顔は、いつも潔子に安心感と自信を与えてくれる。佳苗はもう一度、潔子に笑いかけて、渡し船に乗り込んだ。

 その日、糺は、土曜日だというのにずいぶん遅くなってから帰宅してきた。寝間着に着替えた夫に、潔子は精一杯の勇気を振り絞って、抱いてほしいと仄めかした。少しでも美しく見えるように紅を引いて、着物の襟元を少しだけはだけさせていた。

 ――少し子供っぽいかしら?

 そう思いながら、今日ばかりは意識的に甘えた声を出してみた。
 だが、夫の態度は相変わらず冷淡だった。

「疲れている。また今度にしよう」

 夫は潔子の顔を見ようともせず、さっさと眠ってしまった。潔子は声を殺して泣いた。

 ――旦那様ともっと近づきたい。抱いて欲しい。子供が欲しい……。

 彼女の願いは、考えているのとは少し違った形で、実現することになる。今はまだ、かすかに嗚咽を漏らすだけだ。
 その日の夕方、山田警部と鈴木警部補が来訪してきたことを、潔子は忘れている。なぜか肛門が疼き、膣が妙に湿っていることに、奥手な彼女が疑問を持つことはなかった。臀部や乳首の鈍痛も、彼女は意識しないようにしていた。

5 良妻とは

 山田警部が牧村潔子への施術に立ち会ったのは、一度目だけだ。
 鈴木が最初に施術したのは、潔子が藤倉村の孤児院から帰宅した直後のことだ。
 山田は知らなかったが、その日、午前の仕事を休んだ牧村は、藤倉村の、とある旅館に向かった。大嶋第二尋常小学校の校長とゆかりのある小さな旅館である。潔子より早く出かけ、渡し船に乗り込んでいたから、鉢合わせる心配はなかった。校長と咲子が仕事を終えてから合流した。牧村と校長は、例の一斉検挙を通じて知り合い、今では哀れな女教師の前後の穴を二人で同時に犯すほど打ち解けているらしい。
 この日は校長が牧村を誘った。鈴木の差し金だった。だから夜まで、牧村が帰宅することはない。牧村と校長は咲子の肉体に魅せられていたし、しかも行先は市外である。日暮れまでに帰れる道理はなかった。
 今日は課長の帰宅が遅くなること、木津川佳苗よりも先に潔子を洗脳してしまうつもりであることだけを話して、鈴木は山田を誘ってきた。
 牧村宅の女中が、潔子と入れ替わるように帰っていったのを見計らって、山田と鈴木が玄関に立った。牧村家の女中が住み込みではないことは確認済みだ。都会暮らしだから、隣人が突然訪ねてくることも少ない。だから、潔子は明るいうちから一人になる。
 突然の呼び鈴に、潔子が慌てて奥から駆け出してきた。まだ、帰宅した時の着物のままだった。

「特別高等課の山田です。課長は御在宅でございましょうか?」

 言いながら、山田は上司の妻女を一瞥する。肌はどこまでも白い。ろくに化粧もしていない様子なのに、彫が深く、派手で美しい顔立ちであった。それを覆い隠すように、非常に小柄で、物腰は柔らかく淑やかだった。
 少し寂しげな顔をして首を横に振る潔子に、山田は畳みかけた。

「どうしても、本日中に報告しなければならぬことがあるのです。待たせていただけないでしょうか?」

 夫がいつ帰るかわからないからと躊躇する潔子に、それまで黙っていた鈴木が言った。

「筆と和紙をお貸しください。それと、言づてをお願いします」

 それならばと、潔子は筆と和紙を差し出した。

「奥様、そのままお待ちください。書きながら、伝言していただきたいこともお話します」

 そう言って、鈴木は和紙に何やら図面のようなものを描きはじめた。丸をたくさん書き、丸と丸との間をミミズの這うような線で結ぶ。その間、鈴木は小さな声で絵描き歌とも呪文ともつかぬ、リズミカルな言葉を囁き続けた。何を書いているのだろうと、潔子は和紙を覗き込んだ。

 ――かかったな、これは。

 横で見ている山田にも、潔子の目が虚ろになり、きゅっと結ばれていた唇が力を失って薄く開かれていくのが分かった。
 瞬く間に、潔子は意志を持たない人形のようになって、廊下に崩れた。鈴木は、すぐには暗示をかけようとはせず、潔子と夫との関係を聞きたがった。
 夫が急に冷たくなってしまったこと、あまり自宅に寄りつかなくなったこと、ずいぶん前から抱いてもらっていないこと……。潔子は抑揚のない声で、淡々と悩みを打ち明けていった。
 牧村課長と潔子の関係をじっくり聞き出してから、鈴木はようやく潔子の洗脳に乗り出した。
 夫との関係を改善するには、もっと夫の好みに合った、立派な女になるべきだ。牧村課長は、女を虐げることが大好きだ。だから潔子は、被虐の悦びに目覚めなければならない。考え得る限りの惨めな奉仕を夫に提供しなければならない。いや、潔子はもともと夫に虐げられたいと望んでいたのだ。それが良妻というものだ。
 夫の仕事を理解する妻は、良き妻である。夫は今、木津川夫妻のことを調べている。これを手伝い、鈴木たちに報告すれば、夫の仕事への理解が深まるだろう。
 目の前にいる二人の男は、夫から最も信頼されている部下だ。もっと被虐的に、いやらしく、惨めになれるように、つまり潔子が良妻になれるように調教してくれる。だから潔子は、二人に調教してもらえるように、誘惑しなければならない。良妻は、夫を楽しませるために、日々努力しなければならない。
 良妻になるために努力することは、とても楽しく、気持ちの良いことだ。夫に責め苛まれることはもっと気持ちの良いことだ。
 鈴木は良妻というキーワードを頻繁に使い、潔子に新しい考えや性癖を植え付けていった。当時の女性たちは、学校で良妻賢母主義の教育を受けてきている。加えて、潔子は保守的な華族の出身だ。夫の前では目いっぱい背伸びをして、笑顔を絶やさないように努め、家庭外の活動にも積極的に参加する。良妻賢母という規範を、額面通りに受け入れていることが察せられる。だからこの課長夫人は良妻という言葉に弱いはずだと、鈴木は判断したのだ。
 はたして潔子は、何の疑問も抵抗も示さず、鈴木の言葉を復唱した。
 ひととおり良妻とは何かを叩き込んでおいて、鈴木は潔子を正気に戻した。光が戻った潔子の目が、鈴木を捉えた。その鈴木が顎をしゃくる。山田を誘惑しろという意味だ。察しの良い潔子は、弾かれたように山田の足元に這い寄った。

「山田様、潔子を夫にふさわしい女に調教してくださいまし」

 言って、潔子は山田の足に口づけして、微笑みかけた。これが、潔子が思いつく限りの惨めな挨拶なのだろう。
 山田も男だから、美しい顔立ちの娘に迫られて悪い気はしない。だが、仮にも上司の妻であり、年齢以上に幼く見える、未成熟な女である。娘というより、孫のような少女だ。その少女に、今から奉仕させるのだ。あまり気乗りするようなことではない。

「ここでするのか?」

 聞くと、鈴木は大きく頷いた。ここは寝室ではない。玄関から真っ直ぐに伸びた、板敷の狭い廊下である。そこで、山田の足元に潔子が座り、女の尻の後ろに鈴木が立っているのだった。
 山田は、躊躇いつつズボンを下ろした。一物は縮んだままだった。鈴木に促され、潔子は立ち上がって山田の目の前に立ち、するすると帯を解き、服を脱ぎ捨てていった。
 女の微かな汗のにおいが、男たちの鼻孔を刺激した。
 輝くように白い肌だった。乳房は意外に大きい。着痩せするのだろう。白い乳房の上に、薄い桜色の乳首が乗っていた。成熟しきってはいないし、細い身体だが、女としての魅力は十分すぎるほどだった。

「これほど若くて美しい夫人を持ちながら、課長は手も触れないとは」

 もったいない、もったいないと繰り返しながら、鈴木が女の背中や尻を撫でた。咲子は特別だから、課長が入れ込むのも無理はないと山田は思う。だが、確かに目の前の少女も魅力的だった。

「いやっ」

 潔子は嫌がり、身を捩った。鈴木の手から逃げるために少し前に出ようとして、乳首が山田の腹に当った。少女は慌てて身を引いた。人一人しか通れない程度の狭い廊下だ。前にも後ろにも男がいて、少女は逃げることを許されなかった。鈴木は潔子の尻をもみほぐし、汗のにおいがする首筋に舌を這わせた。
 少女は助けを求めるように、泣きそうな顔で山田を見上げてきた。その間も、鈴木の愛撫を少しでもかわそうと、少しずつ身体を左右に動かし続けている。

「嫌がったり恥ずかしがったりするのはいいが、ずっと逃げ腰なのはいただけないな。それでは良妻とは言えない」

 ペチンと、小気味よい音が響いた。鈴木が潔子の尻を叩いたのだ。

「痛いっ!」

 鈴木は何度か繰り返し平手を見舞ったあと、

「どうです? 子供のように尻を叩かれて叱られるのは。惨めで心地よいでしょう?」

 と問うた。潔子は黙って頷いた。軽い痛みと恐怖でわずかに震える唇には、同時に暗い微笑が浮かんでいた。
 鈴木が膝立ちになるように促した。膝立ちになると、山田の一物に目線が合ってしまう。潔子は慌てて目を背けた。

「口で一物に奉仕するのです」

 しゃがんだ鈴木が、潔子の尻に向かって囁いた。相変わらず、その手は尻や背中を愛撫したり、軽くつねったりしている。言われるままに、潔子は一物を口に含んだ。口で男に奉仕するのは初めてなのだろう。潔子はゆっくりと唇を動かし、時折そっと舌を当てるだけだ。しばらく待ってみても、山田の物が反応することはなかった。
 唇で亀頭を刺激するのだとか、飴をしゃぶるように舌を使うのだとか、見兼ねた鈴木は指示を出して、潔子に奉仕の技術を教え込んでいった。むせながら少しずつ喉を使うようになったころには、萎えていた山田の一物も大きくなり、ぴくぴくと震えはじめた。

「臭いでしょう、にがいでしょう、喉が苦しいでしょう。でも、そうやって夫に奉仕するのが良妻なのです」

 良妻と聞いて、潔子は一物を飲みこむように、思い切り喉の奥に迎え入れた。潔子の喉は、そんな刺激に耐えられるほど慣らされていない。激しくむせて、胃の中の物を少し戻した。

「うむ、出る!」

 刺激に耐えられず、山田が射精する。

「そのまま精液を全部飲むのです」

 若妻の尻を撫でていた鈴木が、すかさず指示を出した。

「ん、んっ、んぐっ……」

 呻くような声を出しながら、潔子が精液を飲んだ。精液だけではなく、嘔吐物も口中に残っているはずだ。一物を含んだままの唇の端から精液が溢れて、潔子の顎を濡らした。

「んんっ!」

 不意に、潔子が大きく呻いた。鈴木の平手が、また潔子の尻を打ったのだ。彼は続けて、潔子の股を少し開かせて間に手を入れ、女の秘部に指を這わせた。さらさらとした愛液が指を濡らしているのを見て、鈴木は満足げに言った。

「濡れている。一物に奉仕して、つねられたり叩かれたりして、気持ち良かったのですね? さすが良妻だ」

 潔子は恥ずかしく、悔しそうな表情で小さく頷いた。初めての喉での奉仕と殴打に疲れてしまったのか、一物を吐き出し、両手を床について、肩で息をしていた。
 鈴木は潔子を四つん這いにさせて尻の肉を割り、愛液で濡れた指で肛門を撫でた。

「やっ、そこは違います!」

「違わない。まさか僕らが上司の夫人を犯すわけにもいかないでしょう。それに貞淑な良妻が夫以外の男に前を犯してもらおうなどと思うものではありませんよ。さあ、力を抜いて」

 口や尻ならいいのかと山田は首をかしげた。山田からはよく見えなかったが、鈴木は潔子の肛門に指を入れ、解しているらしい。

「そう、そんな風に力を抜くんです。肛門を弄られる時は、いつも力を抜くのですよ」

 警部、これならすぐに尻穴が楽しめそうですよと、鈴木は服を脱いだ。

「警部も僕の後でよければ、ぜひ」

 などとすすめてきたが、山田は黙っていた。鈴木と組んで仕事をしている以上、咲子以外の女を抱く機会はあると思っていたし、それは役得でもある。だが、潔子は少女といってよい年齢の女で、華奢な肉体は手折ってはならないような可憐さを感じさせる。上司の妻でもある。それに今は目の前の美少女ではなく、咲子の笑顔が脳裏に浮かんでいた。山田にはまだ躊躇いがあった。
 鈴木も、四つん這いで肛門を捧げようとしている潔子の尻をつかもうともしない。それどころか、そのまま廊下に寝そべってしまった。
 鈴木も躊躇っているのだろうか。だが、すでにむき出しになっている彼の一物は屹立して、ぴくぴくと脈打っている。

「何も僕があなたに奉仕する必要はありませんね。奥様は、自ら僕に跨って、尻に一物を飲み込んでください。良妻なのだから。それに、肛門の処女を散らすのに自分から男を迎え入れるのは、最高に惨めで、痛くて、気持ちいいはずですよ」

 ――鬼か、鈴木は。

 躊躇ったのではなかった。最大限に苦痛と屈辱を与える方法を考えていただけだったようだ。
 言われるままに、潔子は鈴木の上になる。便器に跨るような恥ずかしい格好だ。その顔は、もう泣き出してしまいそうだ。羞恥と、裂けてしまうのではないかという恐怖、そして貶められる喜び。それらが入り混じった泣き顔だった。
 女の白く細い指が鈴木の物を握り、自らの肛門の周りに擦り付けた。まだ、恐怖の方が勝っているようだ。

「さあ早く」

 急かされて、潔子は男の先端部分を肛門に合わせた。山田の方から見てもはっきりわかるほど、その手は震えていた。

「あっ……はぅ」

 肛門が男の物の先端を受け入れた。相当にきついらしく、女の白い顔に脂汗が浮かんだ。

「ひぎっ……さ、裂けるっ……」

「裂けはしませんよ」

 焦らされていた鈴木が、潔子の腰を掴み、ぐっと引き寄せた。鈴木の一物はしばらく抵抗に遭っていたが、やがてゆっくりと女の腸内に侵入していった。
 潔子は顔面を蒼白にして、口をぱくぱくさせている。想像を絶する苦痛で、呼吸もままならないようだ。潔子の汗が、床を汚した。
 だが、鈴木がその程度の苦痛で許してやるはずはない。

「さあ、動きなさい」

 手を伸ばし、女の腰を軽く叩いて促した。潔子の腰が、ぎこちなく上下に動き始めた。あまりにも緩慢だが、肛門の処女を失ったばかりでは、これが精いっぱいなのだ。
 鈴木が実に気持ちよさそうに、口許を緩めた。山田の目の前で、汗が浮いた白い背中が揺れている。染みひとつない背中だ。腰はしっかりくびれている。ぴくぴくと小刻みに痙攣しているのは、既に潔子が感じているからだ。肛門に男の一物が出入りしているのもはっきり見えた。肛門を犯される恥ずかしさ、惨めさ、苦しさが、潔子の官能を燃え上がらせているようだった。山田の一物も少し硬さを取り戻した。
 山田も、取調中に一度だけ咲子の肛門を犯したことはあった。気持ちはよかったが、釈放後は変態的な行為を迫ることはなくなった。あの純粋な女を自分の手で汚したくはなかった。

「いやあ、処女をいただくのは、騎乗位に限りますねぇ」

 一番風呂に入った心地よさでも表現するように、鈴木は軽い調子で言う。開発されていない肛門はきつ過ぎるはずだったが、鈴木は特に苦痛を感じてはいないようだった。そういえば、鈴木が女を犯しているところを見るのは初めてだ。これほど何気なく女を辱め、犯す男もいるのかと、山田は目を見張っている。

「恐怖と苦痛に歪む表情はそそりますね。その表情を見せれば、御主人もきっとお喜びになりますよ」

 御主人という言葉に反応したのか、最初は苦痛しか示さなかった潔子の呻き声が、湿り気を帯びたものに変わってきた。腰の動きも、少しずつ速度を増していく。

「ひ、あっ、あぅ……」

「慣れてきたようですね。それでは……」

 鈴木は片手で潔子の肉芽を摘み、もう片方の手で乳房を掴んで、握りつぶそうとするように渾身の力を込めた。

「嫌ああっ、痛い、痛いっ!」

 髪を振り乱して、潔子が叫んだ。だが、女の腰の動きは止まらない。苦痛を感じれば感じるほど、潔子の肉体は官能の炎を燃え上がらせているようだ。

「痛っ、うんっ、ああっ、痛いっ!」

 乳房が無残にひしゃげてしまうほど強く掴まれているというのに、潔子の呻きには嬌声が混じっていた。

「ここがいいのですか?」

 山田の位置からはよくわからなかったが、鈴木の肉棒は、潔子が最も感じる場所を探り当てたらしい。

「いいっ、いいです、恥ずかしくて、痛い、のにっ……来そう、何か来てしまいます!」

「素直にいくと言いなさい」

 腰の動きを緩めさせ、鈴木が命じた。

「いく?」

 肩で息をしながら、潔子は首を傾げた。

「いく、と言う言葉を知らないのですか? そうやって、絶頂に達することです。気持ち良くて頭が真っ白になるような、それをいくと表現するのです」

「?」

 尻から来る緩い刺激に息を荒くしながら、潔子は首を傾げた。

「いったことがないのですか、奥様は?」

 潔子の話を聞いていれば簡単に察することができるだろうに、鈴木は大げさに驚いて見せた。

「それはいけない。良妻というのは、夫に抱かれ、責め苛まれて達するものです。夫に苦痛と快楽を与えられて、素直に『いく』と悦びを表現できるようでなければ、良妻とは言えません」

 夫の愛撫に快感を示さず、ただ通り過ぎていくのを待つだけだった私は、悪妻だったのか。そう思ったのだろう。潔子の表情が曇った。

「でも大丈夫です。僕たちの調教を受ければ、すぐに良妻になれますよ。さあ、素直に快感を表現してください」

 不安げな顔が、安堵を含んだ微笑に変わる。潔子は、滅多に出すことがない大きな声で言う。

「痛いの気持ちいいっ、恥ずかしいのも気持ちいいですっ! お尻でいくっ、いきそうですっ!」

「よし、いかせてあげましょう!」

 潔子の腰の動きに合せるように、鈴木の腰の動きも激しくなった。苦痛を与えるのも忘れない。肉芽と乳首を摘み、強く押しつぶした。

「痛い、痛いのにっ、いきます、いく、いくっ……!」

 男の上に跨ったまま、背中を限界まで反らして痙攣した。

「あはぁ……うんっ……んっ」

 しばらく絶頂の余韻に浸っていた潔子は、糸が切れたように後ろに倒れこんだ。焦点の合わない両目が、虚ろに天井を見つめていた。若くまだ固さを残した胸のふくらみが、まだ荒い女の呼吸に合わせて上下していた。鈴木が一物を抜いてやると、痛々しく広がった肛門から、黄色の混じった白濁液が垂れてきた。
 山田の耳に微かな水音が聞こえてきた。潔子の尻の下に水たまりが広がっていった。臭気が、山田の鼻を突いた。潔子が小便を漏らしたのだ。
 尻の下に生温かさが広がっていることに気づいたのだろう。潔子の目の焦点が合い、跳ね起きて股間を隠した。

「嫌っ、止まって……っ」

 耳を真っ赤にして、潔子は下半身に力を込める。それでも薄暗い廊下の水たまりは広がるばかりだ。

「……いやぁっ、恥ずかしい……恥ずかしいのに、またいくっ」

 今度は、鈴木としていた時よりもずっと軽いものだったが、潔子は前を隠すのも忘れて両手で身体を支え、背中を反らせて痙攣した。

「ふふ、漏らしても感じるようになるとは。また理想の良妻に一歩近づきましたね」

 続けて潔子の腹がごろごろと鳴った。

「お腹……苦しい。出てしまう……っ」

 排泄もせずに肛門で性交を行なったのだから、当然の反応だった。

「よし、来たな。便所へ行って、僕たちの見ている前で排泄するんだ」

 本当はここでぶちまけさせたいが、小便とは違って片づけが面倒なのですと、鈴木がしなくてもいい説明をしていた。全裸に足袋だけを履いた小柄な少女が、ひょこひょこと便所へ歩いていく。

「……もういい。潔子夫人の件は、もうお前に任せる。俺は木津川助教授を張る」

 一度は潔子の艶めかしい肛門性交に反応していた肉棒が、女の心身を破壊しようとするような鈴木の責めに、すっかり萎えてしまっていた。山田が調教に加わるには、潔子夫人は可憐であり過ぎたし、鈴木が与えた暗示は醜悪であり過ぎた。
 玄関を出ようとする山田の耳に、嬌声とも悲鳴ともつかない女の獣じみた声が聞こえてきた。鈴木に責められながら、排泄させられているのだろう。男に見られ、弄られながら、惨めに糞尿をまき散らす苦痛と羞恥は、潔子の心身を蕩かしてしまうはずだ。それでまた、苦しみながら絶頂したのだろうと山田は思った。
 山田は橙色に染まりつつある住宅街を、足早に立ち去った。もう、女が苦しむ姿を見るのはこりごりだった。

< 続く >

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