県庁特別高等課 第二話(2)

第2話(2) 若妻佳苗

1 二人の若妻

 ――見事なものだ。鈴木警部補の術というのは。

 鈴木のおかげで咲子を毎日抱いていたが、施術を見るのは初めてだった。その手際は、見事というほかない。
 校長が凝視しているのは、しかし鈴木ではない。女たちの白い肢体だ。校長室の大きな机の上で、二人の女が絡み合っていた。いや、正確には、大柄で胸の大きな女が、小柄な女を組み敷いていた。木津川佳苗と牧村潔子だった。
 この日、息子のことで話があると、校長は朝から佳苗を呼びつけた。木津川夫妻の息子は、まだ一年生でなかなかに腕白だったから、佳苗は何の疑問も持たずに校長室にやってきた。偶然を装って校長室に居合わせた鈴木が声をかけた時には、もう女は術中に堕ちていた。

 佳苗は父兄会の役員であったから、校長とは顔見知りだ。校長よりも背丈が高く、日本人離れした巨大な乳房と尻の持ち主だった。快活な性格で、いつも笑顔を振りまいていた。若くして子供を産み育てているためか、落ち着きもある。健康美と大人の魅力を兼ね備えたような女だ。均整のとれた咲子の肉体とは別の魅力があった。
 こんな女を征服したいと、校長は何度も妄想した。いや、妄想しただけではない。牧村課長を相手に佳苗の魅力を語った。

 ――ああいう女を、咲子君のように抱いてみたいものです。

 という校長の話に、最初、牧村は無関心だった。だが木津川助教授の妻の話だと知って、牧村は続きを促すように言った。

 ――ほう、あの木津川助教授の。それなら知っています。妻の友人だ。あれは、本当にいい女ですな。

 牧村は年の離れた親友だと、校長は思っている。彼とは一緒に咲子を犯しながら、親交を深めた。校長会や父兄会で見聞きした、特高に役立ちそうな情報は何でも話した。校長は女の心を嬲ることが、牧村は女の肉体を苛むことが、特に好きだった。だから二人から同時に犯される咲子は、いつも恋心を裏切られ、心身を責め苛まれた。そして、激しすぎる快楽と、決して叶わぬ絶望的な恋に悶えながら、彼女は絶頂を迎えるのだ。
 その牧村に、校長は木津川佳苗がどんなにいい女であるかを吹き込んだのである。

 ――だから機会があれば、ぜひにも。

 と耳打ちした。とはいっても、まさか特高が校長や牧村の私欲のためだけに動くわけもない。牧村は曖昧に笑っているだけだった。
 ところが、次に会った牧村は、開口一番こう言った。

 ――今に、木津川佳苗は我々の慰み者になりますよ。木津川夫妻の周囲からは、どうもよからぬ気配を感じる。治安を預かる身としては無視できませんからな。

 牧村課長のその予告が今、実現しようとしていた。

 佳苗の施術が終わったころ、校長室に牧村潔子がやってきた。鈴木が呼び出しておいたのだ。鈴木が牧村課長のためだと言えば、どんなことにも疑問を持たないほどに、潔子は深く洗脳されていた。
 潔子の顔を見た佳苗は、すぐに目を潤ませた。腰を艶めかしくくねらせながら近づいて、潔子の手を取った。いつもとは違う親友の行動に戸惑ううちに、潔子は抱きすくめられ、机上に押し倒されていた。
 鈴木が佳苗に与えた暗示は簡単なものだ。佳苗は愛する夫と息子がいるというのに、親友の潔子を愛してしまった。あなたは潔子への肉欲を我慢できない。すぐにでも潔子の肉体を愛撫しなければ、狂ってしまう。潔子が拒絶しても、あなたは彼女を辱しめ、快楽を与えなければならない。
 佳苗は、嫌がる潔子の唇を吸い、乳房を愛撫する。乳房をやさしく撫でまわしながら、彼女の繊細な指は、潔子の乳首を巧みに刺激し、固く充血させた。

「牧村様……いえ、潔子ちゃん。ずっとあなたとこうなりたかったの」

「木津川様、お止しになって。正気に戻って!」

 佳苗が潔子の股を強引に開かせる。潔子の陰毛は薄い。乙女のような縦筋が、外気にさらされた。佳苗は自らの成熟した秘部を潔子の縦筋に押し当て、こすりつけた。

「潔子ちゃんのあそこ、可愛いわ! それに、んっ、気持ちいいっ! こんなにいいなんて、もう、いってしまいそう!」

「嫌っ、いやあぁ……!」

 佳苗の小刻みな嬌声と、潔子の震える小声とを聴きながら、鈴木はにこにこと邪気のない笑いを浮かべている。
 佳苗は今日、初めて施術された。それなのに、あっという間に嗜虐的な同性愛者に仕立てあげられてしまっている。佳苗は口では際どい冗談を言うこともあるが、同性愛の嗜好などなかった。同性を虐める趣味もない。そんな女を、鈴木は容易く作り変えてしまっていた。
 口では嫌がりながらも、潔子の股間が濡れているのにも、校長は気づいている。潔子に同性愛の気があるのではない。虐められ、辱められることを悦ぶように、繰り返し洗脳され、調教されていたのだ。最初に施術してから、鈴木は頻繁に潔子の許を訪れていた。その成果がはっきりと現れていた。

「潔子ちゃんも、すぐにいかせてあげるわね」

 軽い絶頂に背中を震わせてから、佳苗は潔子の身体から離れた。少女は呆然として視線を泳がせていた。親友だと思っていた女に突然辱められたのだ。それにその様子を二人の男に見られている。少女の形のよい唇は、屈辱と羞恥で小刻みに震えていた。
 佳苗が少女の両膝をまた開かせて、今度は縦筋に舌を這わせた。

「あそこの外側も真っ白なのね。本当に綺麗だわ。それに、すごく濡れてる」

 すでに愛液が溢れるそこを、佳苗はわざと水音を立てながら啜り、舐めまわした。

「いやっ……」

 下品な水音に、潔子は頬を赤く染めていた。もちろんそれで終わりではない。舌は、愛撫に緩んだ少女の前の穴に侵入した。夫の一物以外のものに侵入されたことがないそこを、道ならぬ性癖を植え付けられた親友の舌が無遠慮に這い回った。

「そこはだめっ、そこは旦那様だけのものなのっ、本当にだめ、いやぁ……!」

 身を捩り、懸命に舌から離れようとする潔子の上体を、鈴木が強く抑えた。

「さあ、これで犯しやすくなったでしょう。木津川さん、思う存分可愛がってあげなさい」

 鈴木の言葉を聴いているのかいないのか、佳苗は礼も言わずに舌を動かした。長く赤い舌が、白い割れ目に激しく出入りするのを見て、校長は生唾を飲む。この牧村潔子という女は、まだ成熟してはいないが、なかなかにいらやしい体つきである。それに、怯え、苦しむ美しい顔立ちは、校長の嗜虐的な心を蕩かせるに十分だった。鈴木に止められてさえいなければ、佳苗のついでにこの女も犯したいところだ。

「次はここね。ふふ、見かけによらず大きいのね」

 人妻の舌は潔子の穴から離れて、肉芽に絡みついた。そこは鈴木に散々苛めぬかれて、標準的なサイズよりずいぶん大きくなってしまっていた。

「本当に大きいわ。男性にご奉仕しているみたい。こんな大きなもので貫かれたら気持ちいいでしょうね」

「そんな……」

 潔子は絶望したように、両手で目を覆った。男性のもののように大きいと言われたことに衝撃を受けたのだ。潔子は自分の肉芽が一回り大きくなっていることを気にしていたのだろう。しかし、人並みより大きいといっても、棒状になるほど肥大化しているわけではない。佳苗は潔子を辱めるためにそう言ったに過ぎない。

「潔子ちゃんを見ていると、ゾクゾクしてしまうわ」

 いつもの自信に満ちた笑顔を浮かべながら、佳苗は肉芽を責め続ける。

「木津川様、もういけませんっ。女同士でこんなこと……」

「いけない? それは可哀想。すぐにいかせてあげるわね」

 空とぼけた佳苗は、充血した肉芽を、繊細な指で弾いた。

「ひあっ!」

 鋭く叫んで、潔子は上半身を波打たせた。

「あ……あ……いや。だ、旦那様……ごめんなさい」

 達してしまったことに呆然としている潔子の頬を、涙が伝った。

「弾いただけでいってしまったの? 潔子ちゃんは恥知らずな人妻ね。かわいい。また、すぐにいかせてあげる」

 佳苗はすかさず潔子にのしかかり、涙を唇で啜った。その指は、まだ肉芽をまさぐり続けていた。

「ごめんなさい、旦那様、ごめんなさい……いやっ、またいくっ!」

 潔子は肉芽に与えられる快楽に悶えながら、壊れたように牧村糺への謝罪の言葉を繰り返している。夫のために守らねばならない貞潔を、よりにもよって同性の親友の舌に汚されてしまった。しかも、まだ成熟していない少女の身体は、親友の責めで何度も達してしまっているのだ。牧村に相応しい良妻になるために努力してきた潔子には、耐えがたい屈辱だろう。

「ふふ、どんどんいかせてあげるわ。そのかわり私のあそこを舐めてね」

 佳苗は潔子の顔の上に跨り、潔子の膣に再び舌を侵入させた。とても狭い膣だから、細い舌でもきついくらいだ。同時に指は潔子の肉芽を器用に摘まみ、弾いていた。佳苗に促され、潔子の舌は秘部を撫でまわした。

「そう、上手ね、潔子ちゃん。次はお豆を吸うのよ」

 親友の裏切りと、自らの肉体の変化に絶望し、怯えきった潔子の目に意志の光はない。ただ促されるままに、成熟した女の肉体に舌を這わせ続けた。

 理性の戻った佳苗の黒目が、机の上に横たわる親友の裸形を捉えた。潔子が気絶するまで責めさせた後で、鈴木が暗示を解いたのである。 力なく横たわり、微かに震える裸体の意味を理解して、佳苗は血の気を失った。

「私……いやあぁぁっ!」

 一度叫んで、彼女はぺたりと床に尻をつけた。
 机から垂れる白い両足に向かって、佳苗は床に額を擦りつけている。親友と夫に詫びているのだろう。もともと佳苗には同性愛や嗜虐の趣味はない。夫を裏切り、親友を虐待したことに、深く絶望するのは当然だった。
 鈴木はすかさず、猫なで声で新たな暗示をささやいた。
 佳苗は、潔子を辱しめたことを忘れることはできない。一生苦しみ続ける。
 潔子は、今回だけは許してくれる。けれどこのままでは、同性愛の衝動が沸き起こり、なりふり構わずまた潔子を襲ってしまう。今すぐに男に性欲を向けることができれば、女性への性欲は消えていくだろう。すぐ目の前にいる男性、校長を誘惑すれば、彼はあなたを同性愛の欲望から助け出してくれる。
 自分を同性愛の呪縛から解き放ってくれた男に対して、佳苗は強い感謝の気持ちを持つようになる。感謝の気持ちを表すためならば、佳苗はどんな要求にも答える。
 鈴木がかけた暗示は、おおよそこういうものだった。
 佳苗は床に尻をついたまま、躊躇いがちに自らの乳房や秘部を愛撫し始めた。佳苗は、無理矢理作ったような笑顔で上目使いに校長を見上げている。誘っているのだ。躊躇うのも当然だ。同性愛の衝動をおさえるためとはいえ、夫を裏切り、好きでもない男、それも息子の師を誘惑するのだ。

「可哀想に。今、あなたを救いましょう。横になりなさい、木津川君のお母さん」

 校長は、仕方なく抱いてやるのだという風に、渋面を作った。もちろん肉棒は正直で、そそくさと佳苗の股間に進んだ。同性愛の欲望から解放されたいという思いと、成熟した肉体とが、佳苗を燃え上がらせた。佳苗はすぐに喘ぎ声を上げはじめた。
 美しい人妻を言葉と肉棒で苛んでいると、鈴木が机の上の潔子を抱き起こし、何やら囁きかけていた。佳苗を許すように諭しているのだ。
 この後、佳苗は校長に無限の感謝の気持ちを捧げ、彼に指示されるままに誰にでも股を開く女に成り下がる。彼女は、哀しみと苦悩に満ちた笑顔で男たちを受け入れる。かつて潔子を勇気づけた、快活で自信に満ちた笑顔は、永遠に失われるのである。

2 翳り

 佳苗は部屋の隅を見つめている。よがり狂った余韻に震える身体を潔子に支えられて、ふらふらとしながら帰宅したのは昼前のことだ。
 女同士だというのに、親友の潔子を辱めてしまった。その時は嫌がる潔子が愛らしくてしかたがなかった。でも、今ではなぜあんなにも愛おしく、しかも強い性欲を覚えてしまったのかわからない。校長に抱かれたことで、潔子への暗い性欲は嘘のように消え去った。校長には感謝してもしきれない。
 潔子は、佳苗を許してくれたようだ。

「木津川様、きっとお辛いことがあったのね」

 佳苗を軽蔑するどころか、腕を抱いて家まで送ってくれた。抱いたのが肩ではないのは、手が届かないからだ。愛国婦人会で「凸凹二人組」などと陰口を言われていることを、佳苗は思い出した。潔子のやさしさが愛おしい。今度は性欲を伴わない、純粋な思いだ。この若い友人を大切にしなければと心から思う。
 だが、佳苗の気が晴れることはない。許されたとはいえ、潔子への罪悪感は強い。それに、潔子への性欲から逃れるためとはいえ、夫を裏切って校長と身体を重ねてしまった。同性愛の欲望が消えた後も、貪欲な校長の精を何度も注がれた。恩人である校長の頼みを断りきれなかったのだ。しかも、嫌々抱かれていたはずなのに、何度も絶頂に達してしまった。

「淫乱な人妻だ。不貞を働いているくせに、よがり狂っているのだからな。それにこの腰の動き、まるで熟練した娼妓だな。どれだけ夫以外の一物を咥えこんできたんだ?」

 二度目からは自分が誘っておきながら、校長は繰り返し罵ってきた。

「夫だけ、ですっ……校長先生は恩人ですから、特別です……どうかこんなことは今日かぎりに……」

「どうだか……ほれ、またいかせてやるぞ!」

 夫の物より長い一物が、ぐいぐいと子宮を押し上げた。子宮を壊されてしまいそうな圧迫感に、佳苗は鋭く叫んだ。また達してしまったのだ。

「ふん。まあ、これまで何人相手にしたのかなんて、どうでもいいことだ。どうせこれから嫌というほど夫以外の男に抱かれるのだからな」

 薄れゆく意識のなかで、そんな言葉を浴びせられた気がする。

 帰宅した後、佳苗は湯を使った。精液に塗れた自分の下半身は、特に丁寧に洗った。できることなら、今日の不貞の記憶も、洗い流してしまいたかった。家まで送ってくれた潔子は、何もなかったのだというように、いつも通りの淑やかな笑顔で去っていった。水に流してくれるつもりなのだ。
 潔子は、校長と佳苗が関係を持ったことを覚えていないようだ。朦朧としたまま鈴木に連れられ、校長室を出ていったからだろうか。だから、潔子の中では今日の出来事は終わったことなのだ。だが、校長と佳苗は……。
 濡れた髪の毛を頬に張りつかせたまま茶の間にへたり込んで、佳苗はまだ立ち上がれない。昼間だというのに、外は今にも雨が降りそうなほど暗い。茶の間も薄暗い。その暗さが、今の佳苗には少しばかり心地よかった。哀しい想念だけが渦巻き、何の気力も湧いてこなかった。いや、一つだけ身体の奥底から湧き出してくるものがある。性欲だ。校長に抱かれて、佳苗の成熟した肉体はすっかり官能に燃え上がってしまっていた。心を裏切って燃え上がる肉体がいとわしいと佳苗は思った。

「もう帰っていたのか」

 突然、夫の声が降りかかってきた。緩慢な動きで顔を上げる。首を動かすのも億劫だった。

「あな……た?」

 夫、木津川助教授は佳苗の顔を見て目を見開いたが、すぐに柔らかく笑った。

「こんなに暗いのだ。電灯くらい点ければ良いのに」

 そう言いながらも、夫は電灯には手を出さなかった。その代わり、佳苗の傍に座り、肩を抱き寄せた。昼間の住宅地である。静かだった。暗い部屋に二人でいると、外界から遮断されたような安心感があった。
 潔子とのこと、校長とのことを夫に話すべきだろうかと思った。何か言おうとする佳苗を制して、夫は言った。

「話したくないなら話さなくていい。大丈夫だ」

「でも、あの……」

「夫婦の間でも、話したくないことくらいあるものさ」

 それに、女は秘密を持っているほうが美しく見えると木津川は言った。夫は微笑を浮かべて、佳苗を強く抱いた。佳苗の頭が、夫の胸に押し付けられた。夫の掌が、佳苗の黒髪をやさしく撫でた。

 ――本当にいいの? あなたに甘えて、欺いてしまっても?

 佳苗は両目で問いかける。かつて自信に満ちていた彼女の双眸は、今は怯えに満ちている。

「大丈夫だ、大丈夫。何があっても、佳苗は僕の大切な妻だよ」

 夫の優しさは、それ以上言葉を重ねることを許さない。佳苗の胸はちくりと痛んだが、それ以上何も言えなかった。
 佳苗はどうやら、夫に話を切り出す機会を失ってしまったらしい。夫はもう何も聞こうとはしなかったし、佳苗も言葉よりも夫の身体を欲していた。身体から忌まわしい性愛の記憶を消し去ってしまいたかった。
 無意識に夫の唇を求める。それに応えるように、夫も顔を寄せてきた。柔らかく、温かい感触。無理やり押し付けられた校長の唇や肉棒とは全然違う。
 夫と絡み合いながら帯を解く。いつもの動作だ。濡れそぼった女の部分が、夫を迎え入れた。

「太いわ」

 思わず言葉が漏れた。今朝までは夫のものしか知らなかった。だが、他の男を知ってしまった今なら、夫の一物がとても太いことがわかった。
 毎晩のように受け入れて、すっかり馴染んでいるはずなのに、膣をまだまだ押し広げようとするような太さだった。校長のものは、夫のものとは違って細く、長かった。子宮口ばかりを執拗に責める肉棒だった。
 夫は佳苗の性器を知り尽くしている。佳苗が特に感じる場所を的確に責めてくる。

「あなた、そこ、いいっ。溺れてしまうわ!」

「いいんだよ。溺れても」

 夫が優しく言う。

「嬉しい。ずっと、あなただけの佳苗でいさせて」

「やっと笑ってくれたね」

「え?」

 そういえば、夫が帰ってから、佳苗は一度も笑っていなかった。いつもならば、夫の顔を見ると自然に笑顔になっていたのだ。

「それに、いつもより可愛いよ。佳苗」

「……あなたのおかげだわ。ありがとう」

 夫は腰の動きを速めて、佳苗を絶頂に導こうとする。
 いやらしく笑う校長の顔や、校長に犯される様を楽しげに見つめていた鈴木という特高の顔が、佳苗の心の片隅に追いやられていく。心も体も、夫で満たされていることを感じながら、佳苗は絶頂に押し上げられた。

 ――私には、この人しかいない。貞操を守らなければ。

 絶頂の痙攣の中で夫と唇を重ねながら、佳苗は密かに思う。だが、佳苗の決意はあまりにも儚い。また密会することを校長に約束させられている。校長への無限の感謝の気持ちは、彼女にそれを断ること、すっぽかすことを許さない。

 夫は、どこまでも優しかった。この後、連日のように校長に犯され、感じてしまうことに苦しむ佳苗を、いつも優しく包み込んでくれた。
 あまり家で塞ぎ込んでいるのもよくないと、大学を休んで、ピクニックや登山に連れていってくれることが増えた。
 夜の営みでも、夫はこれまで以上に佳苗を慈しんでくれるようになったと思う。夫の優しくも激しい愛撫は、佳苗を毎晩、何度も絶頂に押し上げる。夫が与えてくれる激しい快感だけが、佳苗に一時的な安心を与えてくれる。

 ――まだ私は、この人だけの女だ。

 そう思わせてくれる。

「佳苗は前よりも綺麗になったよ。本当に美しい」

 毎晩夫はそう言って、飽きもせずまじまじと顔をのぞきこんでくる。
 佳苗は、以前よりも笑うことが少なくなり、塞ぎがちになった自分に自信が持てない。汚され続ける自らの肉体を忌まわしいとさえ思うし、夫に申し訳ないとも思う。
 だが、夫は心底、佳苗を美しいと思ってくれているようだった。以前にも増して、佳苗の顔を見てはにこにこと笑っている。佳苗が笑わなくなった分、夫は少し明るくなったようだ。
 いや、このころ一度だけ、夫が表情を曇らせたことがあった。新聞で、米国での株価暴落を報じる記事を読んだ時のことだ。だが、夫は何も語らずに、優しい笑顔に戻った。佳苗は夫の表情に、漠然とした不安を抱いただけだった。未曾有の恐慌が近づいていることを、佳苗はまだ知らない。

3 対岸の狂宴

 木津川佳苗の洗脳と調教がひと段落ついた。鈴木からその報告を受けたのは、ある秋の日のことだった。
 ようやく涼しくなりかけているというのに、県庁は不穏な空気に包まれている。夏に政権交代があった。金本位制復帰を目指す新政権は、未曾有の緊縮財政を打ち出してきた。既に決定していた今年度予算を大幅にカットするというのだ。それが内務省の予算にも大きく響きそうだったのである。特に『赤』をあまりにも手際よく始末してしまった大嶋県警察部への風当たりは強い。大仕事を終えたのだから、予算を大幅に減額してもかまわないだろうというのだ。だから減額阻止や、来年度予算の根回しのために、牧村課長は駆けまわっている。木津川夫妻の捜査を命じたきり、今日まで佳苗の調教に一度も付き合えなかったのはそのためだった。

「ご苦労。ずいぶん時間がかかったな」

 そう言いつつも、牧村は笑いを堪えきれない。今でもなるべく早く退庁し、中岡咲子を抱くようにしていたが、最近は物足らなさを感じていた。それと言うのも、校長が鈴木の捜査に協力しているとかで、一緒に咲子を抱く機会が減っていたからである。咲子は、まだ女として成熟しきってはいないし、マゾヒストというわけでもない。はじめは、自分に恋する女を冷徹に蹂躙するのも楽しかった。だが、どれだけ辱しめても挫けることなく、咲子は性懲りもなく恋心を向けてくる。あの純な眼差しにさらされると、調子が狂ってしまう。恋愛ごっこをする趣味は、牧村にはない。清い魂と知性を持つ女を、惨めな絶望と快楽の地獄に叩き込むのが楽しいのだ。それには複数の男で一斉に犯すのが有効だ。だから、咲子を一人で犯しても退屈だった。
 校長の付き合いが悪いからといって、部下たちを付き合せるのも気が引ける。部下を休日に呼び出して、私用を手伝わせるような上司は少なくない。だが、牧村は公私混同を好まなかった。公務で抱いていた咲子を無料の娼妓のように利用しておいて公私の区別も糞もないが、部外者の女と直属の部下では話が別だと、牧村は思っている。
 咲子の部屋で鉢合わせたことがある山田警部は、一人で女を犯すのが好きなようだった。他の連中は山田を憚ってか、あまり咲子を抱いている気配がない。彼らを誘う糸口はつかめなかった。
 佳苗という成熟した美しい人妻が特高の協力者の列に加わるならば、少しは憂鬱も晴れるというものだ。

「いえ、木津川夫人を落とすのは造作もなかったのですが、何かと準備に時間がかかりまして」

 鈴木が頭をぽりぽりと掻いて答えた。

「木津川助教授や取り巻きの学生についての報告は、山田警部から受けている。が、情報が足りない。夫人の尋問には俺も立ち会おう」

「すでにご用意しております。例の校長の紹介で、週末に藤倉村の旅館を借り切りました」

 鈴木に案内されたのは、小高い丘の上にある小さな旅館だった。校長の幼馴染みの男が経営しているのだという。校長と佳苗は先に来て、露天風呂に入っているのだそうだ。咲良川と大嶋市を遠望できるのが売りなのだと、案内してくれた旅館の主人が言っていた。
 牧村と鈴木が脱衣場から外へ出た途端、腰を振る校長が見えた。大きく脚を開いた佳苗の臀部に密着して、激しく動いていたのだ。佳苗は脱衣場の外壁に手をついて、校長の動きに合せるように腰をくねらせていた。さすがに、潔子や咲子より年嵩であるためか、どこか余裕がある、艶めかしい動きだ。快楽に蕩けてはいるものの、沈鬱な雰囲気を漂わせる人妻の表情は、嗜虐心をそそるものがある。
 佳苗のいやらしい肉体を見て欲情するよりも先に、牧村は呆れ返っている。隣にいる鈴木も、さすがに言葉を失っているようだ。
 佳苗は、すでに髪の毛、口許、胸、腹など、身体中を白濁液で汚されていた。校長は、この人妻に何度も精液を浴びせたようだった。精臭は少し離れたところにいる牧村まで臭ってきた。これでまだ楽しげに腰を振っているのだから、驚かずにはいられない。
 二人に気づいたのか、校長は好々爺風ににっこりと笑って、会釈してきた。

「この姿勢は楽で良い。近頃は腰痛がひどいのですよ」

 その間もすさまじい勢いで女を突き上げるのを止めない。とても腰に負担がかからない動きだとは思われなかった。腰痛にもなるだろう。

「課長さんが来られたということは、そろそろ始めないといけませんな」

 糺には何のことかわからなかったが、隣の鈴木が校長に向かって神妙に頷いてみせた。
 校長が長大な一物を引き抜くと、佳苗は一度大きく震え、やがて弛緩して崩れ落ちそうになった。校長は肩を掴んで佳苗を支え、石畳の上に押し倒した。佳苗の大きな乳房が、ぷるんと揺れた。仰向けになっても形を変えない乳房は、まるで芸術品である。

「さあ、今度は話しながら、ゆっくりと楽しもうか」

 言いながら、のしかかる校長を、佳苗は自ら脚を開いて抱き寄せた。出産経験のある若い人妻も、まだまだ体力や性欲は旺盛のようだ。
 鈴木が手短に耳打ちしてきた。

「校長に尋問していただきます。木津川助教授や、学生について聞いてくれることになっています。その後は課長にも……」

「夫人をたたけば、詳しい情報が得られるだろうな。木津川邸で助教授と学生が何をしているのか、どういう連中が集まっているのか。そういう情報は、山田からの報告だけでは心許ない」

 久しぶりに、糺の目が鋭さを取り戻した。鈴木は頷いた。

「私と山田警部とで見張っていますが、かなり頻繁に学生を自宅へ招いています。夫人も学生たちとは親しくしているようです」

 話しているうちに、校長の方の準備も終わったようだ。身体を密着させたままで、校長が話し始めた。

「夫や子供がいると言うのに、校長であるこの私にまで股を開くとは。佳苗は淫乱だな」

「そんな……あんっ……佳苗は淫乱なんかでは、ひっ、ありませんわ」

 女が喘ぎながら校長に答えた。女の身体は、すでに精液と汗と愛液にまみれている。それなのに、まだ愛液が噴き出してきているようだ。校長の長大な物は彼女の子宮を責めているのだろうか。円を描くように、腰が動いている。

「では、どうして父兄会で少し話したことがあるだけの私と、何度も性交などしているのかね?」

 また始まったと、糺は失笑する。校長は、女にこういう質問をするのを好んだ。咲子の両穴を犯している時も、なぜ自分に身体を使わせるのかと何度も聞いてはにこにこしていた。

「感謝の気持ち……っ……を、お伝えしたくて。校長先生には悪しき道から救い出していただきましたし、息子が、いつも学校でお世話になっておりますからぁ……あぁ、いいっ、深いっ」

 汗で光る長い脚が、蛇のように校長の腰に巻きついた。佳苗の一人息子は、大嶋第二尋常小学校に通い始めたばかりの一年生だ。

「ふん、感謝か。私を満足させたら、あちらの警察の方たちにも犯していただくんだな。毎日治安を守るために奔走してくださっているのだから、感謝して当然だろう」

「そんな……校長先生以外の方にまで抱かれるなんて……あっ、今は突かないで!」

「ほう、恩人である私の願いが聞けないと? あなたを道ならぬ欲望から救ってあげた私に、恩を仇で返すと言うのか? さあ、早く自分からお願いするのだ!」

 そう言われて、佳苗は諦めたようにうなだれた。次に顔を上げたとき、佳苗は泣き出しそうな作り笑顔を浮かべていた。

「皆様、後で佳苗にご奉仕させてくださいまし」

 そう言わせている間にも、校長は容赦なく人妻を突き上げていた。だが、今はそんなことよりも大切なことがある。

「ところで、木津川助教授は、相変わらずご活躍かね?」

 やっと始まった、前置きの長いじいさんだと思った。ここからは聞き逃せない。

「主人は、とても教育熱心で、んっ、毎日のように学生さんを家に集めて、読書会をしています」

「ほう、読書会。どんな本を読んでいるのかね?」

「ドイツ語や、ろっ、ロシア語の本です」

 ――ドイツ語にロシア語、か。俺も学生時代にはずいぶん読んだものだ。しかし、それくらいなら『赤化』助教授とは言えんな。

 どうだと言うように目配せしてきた校長に、牧村は首を横に振って見せる。このくらいでは情報が足りない。木津川助教授の取り巻きの学生に『赤』に近い者がいることは、もうわかっている。彼らを捕らえるだけなら山田警部からの報告だけで充分だ。必要なのは、木津川助教授と、『赤』ではない学生の詳しい情報だ。もはや『赤』など問題ではない。だから、事件は大きければ大きいほどよい。
 校長は子宮に侵入させようとするように自分の物を強く打ちつけた。そうして、女の身体を軽く跳ねさせてから、話を続けた。

「ご主人は、学生たちとどんな話をしているんだ?」

 佳苗は軽い絶頂の余韻ですぐには答えられないでいる。

「どうなんだ!? ん?」

 焦れたふりをした校長が、佳苗の乳房を鷲掴みにして、強く引っ張った。苦痛に目を見開いた佳苗が、慌てて答えた。

「痛いっ! 社会の改良だとか、労働者の厚生とか、組合とか、そんなお話をしています。あっ、そこ、いいっ! 子宮も、胸もいいですっ!」

 校長は、乳首を親指で転がしながら、また子宮を責めている。

「木津川助教授は『赤』なのか? 革命を扇動しているのか? 『赤』学生ばかり家に集めているのか?」

「い、いいえ! 革命を囁く学生を諭して、道を踏み外さないように説得しています。あっ、そこ、そこです! 気持ちいいっ! そっ、それに、読書会に参加するのは、運動部の学生の方が多いくらいです。ああっ、いきそう、いきそうですっ!」

 大嶋帝大の運動部は、保守派一色と言っていい。つまり、木津川宅での読書会は、『赤』の集まりではないということになる。
 校長は、一度動きを弱めてやる。また絶頂させてしまっては面倒だからだ。

「君も、話には参加するのか?」

「お茶菓子を運んだついでに、お話を聞くことはあります。学生さんたちとお話しすることも多いです。校長先生、もっと強くしてください! 早くいかせて!」

「なに、話が終われば壊れるほどいかせてやる。……それで、出入りしている学生の名前はわかるな。それぞれどういう考えの持ち主か、話してもらおう」

「なんでもお話します! お話しますからいかせて!」

 校長が、また牧村を見上げてきた。もういいだろうと言いたげだ。校長は、『赤』を蛇蝎のごとく嫌っている。しかし、穏健な左派や、保守派には、特に関心がないらしかった。
 細かい話は後で聞きだせばよいと思い、大きく頷いてやる。校長は、女の乳首や陰核を刺激しながら、得意の子宮責めを再開した。
 糺は鈴木に耳打ちした。

「木津川教授は古典派経済学者だったな?」

「はい」

「悲しいな。誰もが『赤化』する可能性があり、『赤化』しなくとも危険思想に目覚める恐れがあるということだ。仮に木津川助教授は無実でも、彼の取り巻きの学生たちが危険思想の持ち主ではないということにはなるまい。改造や改良を唱える学生も、保守派も、宗教団体も危ない。早く始末をつけなければ」

 鈴木が驚いたようにこちらを見てきた。数人の学生を『赤』として検束し、あわよくば木津川助教授と佳苗をも捕らえるという程度のことしか考えていなかったのだろう。俺はそんな手ぬるいことはしないと、糺は鈴木に目配せした。
 いつかは本省に帰る身だ。置き土産に、特高を少しでも大きく、強くしてやろうと思っている。
 それに、自由主義者や右翼が危ないというのは、単なる思いつきではない。警察には、国民の思想を善導する義務があると思っている。『赤』が壊滅しつつある今、思想的な最左翼は労農運動や、社会の改良を主張する連中だ。彼らが激化しないように、予防しなければならない。それに右派は手つかずだが、近いうちに取り締まりが必要になると前々から考えていた。彼らの中には、計画経済に関心を持つ者や、『赤』によく似た平等主義者もいるという情報を得ている。
 木津川助教授は、今はまだ小物だ。泳がせておいてもいい。なるべく幅広い思想傾向を持つ学生たちを大勢捕えて、自由主義者や右翼への弾圧の前例を作ってしまうことの方が重要だ。

「あう、ち○ぽいいっ! 子宮が壊れてしまいますっ! いくっ、いきますっ!」

 校長は汗と精液に塗れた女の頭を掴み、女の胴体に体重をかけた。押さえつけられて仰け反ることも許されない佳苗は、手足をばたつかせて、行き場のない絶頂の快感を表現してみせた。

 四人は和室に場所を移した。校長に挿入されたままの人妻を、裸形のまま四つん這いで移動させた。そんなことができたのは、旅館を借り切っているからだ。と言っても、旅館は無人ではない。旅館の主人は、部屋に案内すると言って、犬のような姿勢の女の前に立った。だが、彼は前を向かない。佳苗の前で腰をかがめて、ゆっくりと後ろに進む。前に進むたびに揺れる大きな乳房や、羞恥と苦悩に満ちた女の顔を覗き込むためだ。だから、佳苗はなかなか前に進めない。
 宿の主人と校長は、幼馴染らしい。だから、佳苗への視線にも行動にも遠慮というものがなかった。
 調理場の板前も廊下に首を突き出して、物欲しげに女の尻を目で追っていた。小さな旅館とはいえ、女中のひとりくらい雇っていそうなものだが、どういうわけか女の影はなかった。
 名も知らぬ男たちの視線を感じて、佳苗は自らの不貞を強く意識せざるをえない。その場に止まって泣き出してしまいそうになるのを何とか押しとどめているのは、校長への感謝の気持ちだ。その気持ちが彼女を奮い立たせ、犬のような格好のまま前へ進ませた。

「せっかく案内してもらったのだ。主人にもご奉仕しなさい。そうだ、主人、板前さんも呼んでくるといい」

 部屋の前でそう言った校長の顔を、佳苗は悲しそうに見上げた。

「否とは言わせんよ、奥さん」

 校長は冷たく言い放ってから、佳苗の膣を一突きした。部屋に入れというのだ。
 部屋に入るなり、校長は佳苗の身体を裏返し、今度は騎乗位にさせた。畳の上に板がぎっしりと敷き詰められている。畳を汚してはいけないからと、校長が特別に用意させたのだ。
 そこに板前の中年男を連れて、旅館の主人が戻ってきた。

「俺まで御馳走になっちまっていいんですかい? どこかの奥様とか聞こえてきやしたが……」

「なに、上品な顔をしているが、ただの娼妓だ。奥様などと呼んだのは、雰囲気を出すためだよ。罵られながら乱暴にされるのが好きな女だからね」

 遠慮がちな板前に、校長は言ってやる。

「そんな、娼妓なんて……」

 校長がひと睨みすると、反論しようとした女も黙り込んで俯いてしまった。

「さあ、主人は尻穴に、板前さんは口を使ってやりなさい」

「じゃ,お言葉に甘えて遠慮なく……」

 板前の腕が女の頭を掴み、唇に男根をあてがった。佳苗は少し躊躇った後、男根を口にした。心は拒んでも、身体はすっかり官能の炎に燃え上がっている。目の前に一物を差し出されて、咥えないわけにはいかない。それに、他の男に奉仕し、抱かれる時は嬉しそうにするのだと校長から命じられている。だから板前のものを頬張る佳苗は、口角だけは上げている。
 校長の上で揺れている尻を、主人が掴む。

「ほほう、前と口を犯されるだけで腸液が垂れてきている。相当な好きものだ。こんな淫らな変態女を娶った夫は、哀れなものですなぁ」

 旅館の主人は、佳苗の事情を知っていて、こんなことを言っている。

「あうっ……ん」

 佳苗の大きな尻の肉がぷると震えた。主人が入れただけで、軽く達してしまったのだ。
 先ほどまで、どこかの奥様ではないかと遠慮していた板前は、主人の言葉も聞いていないらしく、掴んだ佳苗の頭を前後に動かしていた。佳苗の方は二人の会話を聞いている。虚ろな目が、夫を思い出したように意志の光を戻し、やがて絶望と快楽に流され、蕩けていった。それにつれて、板前の眉毛がハの字になり、息が荒くなっていく。もう射精が近いようだ。

「何年振りでしょうな、校長先生。こうして二人で女を抱くのは。こんなに大柄ではなかったが、顔も姿もいい女だった。一晩しか抱けなかったのが残念でした」

 旅館の主人がしみじみと言った。

「清国との戦争の頃でしたな。もうすぐ四十年も経つのか。早いものだ」

 などと話していた。苦い思い出でもあるのか、校長は唇をきゅっと結び、うっすらと涙を浮かべていた。腰の動きは少しも緩める気配はなかったが。

 旅館の主人と板前が立ち去った後も、校長はなお佳苗を犯し続けた。いや、佳苗が校長の精を貪り続けたと言う方が正しいだろう。絶倫で経験豊富な五十過ぎの校長の責めは、夫以外の男に抱かれることを躊躇っていた佳苗の性欲の炎に油を注いだ。校長は、前日の昼間も咲子と佳苗を相手に宿直室で狂態を演じていたのに、今日も何度も射精するほど責めた。その精力は相当なものだが、佳苗の性愛の炎は鎮火されるどころか、激しく燃え上がったのである。
 
「そろそろ、警察のお二人にも抱いていただくのだ」

 さすがの校長も射精しすぎたのか、ひいひいと肩で息をしていた。

「牧村様、鈴木様、淫らな佳苗を可愛がってくださいませ……」

 佳苗は板の上にぺたりと尻を突いたまま、両脚を広げ、女の部分を指で広げて見せた。その場所が別の生き物のようにぴくぴくと動くたびに、精液と愛液が溢れ出ていた。校長に教え込まれた誘惑の仕方だった。
 佳苗の表情は相変わらず暗い。だが、肉体の方は心を裏切って、男を求めているのがよくわかった。彼女の指が、自ら開いた秘部をゆっくりと撫でまわしていた。
 牧村と鈴木とで、女に呼吸の隙も与えないほどに前後の穴を穿ち、肉体を破壊するほどに激しく愛撫して、数えきれないほどの絶頂を味わわせた。二人を幾度も射精に導いた後、ついに佳苗は気を失った。

「山田警部と、特高の手の空いた連中も呼べばよかった」

 とは、佳苗を気絶させた後の鈴木のつぶやきであった。
 佳苗は、とても一人の男で太刀打ちできるような女ではなかった。身体や乳房の大きさに比例するように、咲子や潔子とは桁違いの性欲と精力の持ち主だった。

 ――木津川助教授というのは、化け物か。

 聞けば、鈴木はこの女が性欲旺盛になるような暗示はかけていないし、これまで夫や夫以外の男と関係を持ったことはないという。そうだとすればこの女は、夫と校長だけを相手にここまで開発されていたのだ。牧村は信じがたい思いで、呼吸に合わせて上下するむき出しの巨乳を見つめた。

「気絶している女を犯すのも、いいものだ」

 牧村は再び、まだ意識を取り戻さない佳苗の両脚をつかんだ。女の乳房を見ているうちに、また一物が勃起してきたのだった。後から参加した牧村には、まだ余裕があった。
 女の中をゆっくりと前後していると、遠くで別の女の声が聞こえた。

「ごめんくださいまし」

 あいにくこの旅館は牧村たちの貸切である。主人が出て、断りを入れるはずだ。
 ところが、微かな衣擦れの音が、部屋に近づいてきた。主人のものではない。和服の優雅な女が発する、独特の静かな音だった。
 衣擦れは部屋の前で止まった。

「失礼いたします」

 障子が開かれ、和服の女が顔をのぞかせた。

「あ……」

「む……」

 牧村と、和服の女が声を出したのは同時だった。女は妻の潔子だった。夫と佳苗の顔を見比べ、二人の結合部に視線を走らせ、また夫と目を合わせた。妻は必死でいつもの静かな微笑を浮かべて、しかし眼窩には涙が溢れていた。
 廊下に立ち尽くす妻の悲しみと絶望と、それでも決壊すまいとする健気で、年齢に不釣り合いな微笑を、彼は素直に美しいと思った。妻の悲痛な笑顔は、彼を絶頂に押し上げるに充分だった。
 背中がぞくぞくするような感触とともに、犯されるままになっている気絶した女の身体に、今日何度目かの精を放った。

「潔子、なぜここに?」

 事ここに至って、今更焦っても仕方ない。保守的な華族の娘ではあるが、大人しい女だ。他の女との関係が露見したところで、大事にはなるまい。だから、無造作に佳苗の身体を離し、糺は落ち着いた声で問いかけた。振り返った時、佳苗の中に出し損ねた精液が数滴、足元に落ちた。

「鈴木さんに呼ばれて……木津川様と旦那様が、どうして?」

「尋問だよ。この女の関係者に、治安維持法違反の嫌疑がかかっている」

「尋問? そんな……」

 それきり、潔子は絶句してしまう。仕事のために妻の親友に射精したと言うのだ。我ながらひどい言い訳だとは思った。

「私の……私の旦那様の精液、私だけの精液……」

「?」

 妻の様子がおかしい。強張った笑顔のまま、潔子は夫の足元に這った。板の間に唇を寄せ、精液を丁寧に舐め取った。

「旦那様の精液、おいしいです」

 潔子が見上げ、笑いかけてきた。矜持も、年相応の幼さも感じさせない、どこまでも卑屈な、媚びるような笑顔だった。

「もっとぉ……」

 潔子は夫の足元の精液をすっかり舐めつくしてしまうと、今度は佳苗の周りの、体液の水たまりを啜り始めた。彼女が口にしているのは、糺の精液だけではない。鈴木、校長、それに旅館の面々の精液も、佳苗の愛液や腸液も混じっている。それを実に美味しそうに味わっている。小さな唇は、もう何人かの体液で汚らしく輝いていた。これはどうしたことか。
 鈴木に目をやると、彼は肩で息をしながら頷いた。やはり潔子は、鈴木に洗脳されているのだ。

 ――あの潔子が……。

 年齢に似合わず、淑やかな妻だった。彼女はどんな時も、静かな笑みを絶やさなかった。その微笑がわずかに曇るのは、夫に抱かれる時だけだ。思えば、潔子を抱かなくなり、それどころか会話らしい会話もしなくなってからも、彼女はいつも静かな笑みで夫を送り出し、出迎えた。だから、糺はずいぶん前から、妻の表情が変わるのを見ていない。
 妻の淑やかさは、彼女の矜持の現れだったのだろうと、糺は思う。華族の出身者としての矜持、エリート官吏の妻としての矜持、年上の夫に釣り合う妻であるという矜持。淑やかさと、それと表裏をなす矜持とが、彼女の微笑を支えていたのだ。
 その妻が頬を朱に染め、板にぶちまけられた汚液を舐め続けている。西洋人のように整った横顔に浮かぶ惨めな笑みを、糺は美しいと思った。糺の一物が、ピクリと動いた。

「飲んだだけで濡れてしまいます。もっと欲しい……」

 潔子は、大股開きで気を失っている佳苗に近づいた。佳苗の秘部に顔を埋め、舌を這わせた。夫と関係を持った親友から、本妻が精液を恵んでもらっている。どこまでも惨めな姿だった。佳苗は、まだ天国をさまよっているのだろうか。潔子の舌の動きにも、時折太腿を震わせるだけで、意識を取り戻す気配はなかった。
 糺が興奮気味に見守るうちに、妻は佳苗の膣や肛門の中まで舐めまわし、男たちの精液を根こそぎ奪って、喉を潤した。
 潔子は夫の一物を見上げ、嬉しそうにほほ笑んだ。

「旦那様、私もご奉仕いたします」

 一物は、硬さを取り戻していた。潔子は着物姿で優雅に、しかし素早く動く。衣擦れの音は、糺の股間を素通りして、その背後に向かった。
 両手で尻を掴まれ、菊門に生暖かい何かが当たる感触があった。糺が呆気にとられている間に、潔子は男の尻に顔を埋めていた。菊門に奉仕しようというのだ。

「……おお!」

 女の舌が、優しく菊門をもみほぐしながら、中に進んできた。ぞくぞくするような感覚に、糺は背中を震わせた。独特の、初めて経験する気持ち良さだった。だが、肛門から得られる快感よりも、淑やかな妻が汚く臭い場所に嬉々として奉仕してくれていることに、糺は興奮した。一物はもう、天に向けて屹立していた。

 数か月ぶりの妻との性交を終えた後、牧村は鈴木と共に湯を使った。妻は体液に塗れた身体のまま、部屋で寝息を立てている。牧村は、潔子が鈴木に洗脳されただけではなく、幾度も調教されたことを察していた。ただ洗脳されただけで、男の尻穴を器用に舐めるような芸当ができるとは思われなかった。鈴木に何度も練習させられたのに違いない。一物を入れたままで、潔子の不貞を罵りながら、尻が赤く腫れあがるまで打ち据えた。一物で突かれ、平手で打たれながら、潔子は何度も達した。疲れ果ててしまうのは当然だった。
 いつも抑揚のない声で話す鈴木が、少し声に力を込めた。

「奥様のこと、もっと大切にして差し上げてください。課長のことを心から愛しておられます。あの愛情は、私の術のせいではありませんよ」

「言われなくても、これからは可愛がってやるつもりだ。妻をあんな風にしてくれて、感謝している。惨めな妻の顔が、あんなに美しいとは思わなかったよ……鈴木、妻を可愛がってくれるのは構わんが、膣内には出さないでくれよ」

「その点はご安心を。これまで御馳走になったのは尻と口だけです。奥様の尻穴は名器です。膣は結構です」

「……君は一言多い、正直な男だな。それくらい穴に入れればわかる。これでも半年前までは、頻繁に身体を重ねていたんだ。相変わらず狭苦しい穴だ。感度もまだまだだよ」

 へらへらとした笑いを止めて、牧村は真顔に戻る。

「特高の役目はまだまだ終わらん。いや、終わらせない。これからが本番だ。『赤』の始末など児戯に等しい。君にももっと働いてもらわねばならん」

 仕事に疲れた時は、遠慮なくうちを訪ねてきてくれ。二本挿しは気持ちいいからなと、肩をたたいてやった。もちろん本心である。鈴木は嬉しげに頷いた。本当に妻の尻が好きなのだ。夫として誇らしい。
 帰宅したら、自分も尻穴を試してみようと思う牧村であった。

4 再出発

 特別高等課は、独特の緊張に包まれていた。休日明け早々、牧村糺課長は全課員を集め、訓示を始めたのである。

「畏れ多くも」

 課員たちが、一斉に直立不動の姿勢を取った。

 ――何か月ぶりだろうな、この雰囲気。

 咲子や佳苗、それに惨めに変貌してくれた妻のこと以外で心が弾むのは、久しぶりだった。

「我らは、陛下の警察官吏である! 七千万国民の警察官吏である! 我らの役割は、国家の安寧秩序を守るにある!」

 一呼吸置く。課員たちの目が輝きを増すのがわかる。一人ひとりが「国士」の顔をしていると、牧村は思った。

「今や、国体を危機に陥れんとする者は、『赤』のみではない。工場では労働者が、農村では農民が争議を繰り返している。大学では、国体批判につながる恐れのある危険思想が注入されている。怪しげな新宗教が、国民の心をつかみつつある。右派の動きも不穏であると言ってよい」

 しんと静まった室内に、牧村の声が響き渡る。

「これらの動きは、今は小さな綻びに過ぎないかもしれない。しかし、小さな綻びが、やがて我が県を、国家を巻き込む重大な事態につながらぬとも限らない。我ら警察官吏は、ただ発生した事件を解決すればよいのではない。国民を善導し、事件を未然に防止することこそが、我らに求められているのである」

 もう一度、牧村は課員たちの顔を見回す。今にも駆け出しそうな力強い熱気が満ち満ちている。牧村は、再び声に力を込める。

「山田警部! 木津川助教授の取り巻きの学生を悉く検束せよ! 鈴木警部補! 愛国婦人会と大学への監視を強化せよ! 危険人物は木津川助教授の周囲だけにいるのではない。他の者はそれぞれ県下の郡市に散れ! 各警察署と協力して、不審な人物への監視を強化し、怪しい動きがあれば即座に検束するのだ! いかなる小さな綻びも見落としてはならん! 我らが他県に先駆け、大嶋県を安寧と秩序の理想郷とするのだ!」

 以上だ、行け諸君と、采配を振り下ろすような古風なゼスチュアを交えて、訓示を終えた。

「おう!」

 課員たちは我勝ちに室外へ駈け出した。「国士」たちの肉棒が半ば勃起していたことを、牧村は見逃さなかった。誰もいなくなった室内で、彼はズボン越しに自分の物をそっとさすった。

 ――最近は佳苗と咲子ばかりだったな。佳苗は学生の取り調べに協力してもらうから、しばらく忙しくなる。うん、今夜は潔子を可愛がってやるか。そうだ、針と首輪でも買って帰ってやろう。喜ぶだろうなぁ、潔子。

 心を弾ませながら筆を執る。新たな危機が迫っていることを報告する文書を、一挙にしたためる。宛名は内務大臣だ。これは、己が欲望の為の報告ではない。彼の学識と、警察官としての嗅覚とが、新たな体制危機の芽を嗅ぎ当てたのだ。それは、部下たちにしても同じだろう。だから彼らも牧村の訓示を、興奮をもって迎えたのである。
 大嶋県警察部特別高等課の早すぎる春が、そして大嶋県民の長すぎる冬が始まろうとしていた。

5 木津川助教授の愛

 妻が快活な笑顔を見せなくなったのは、米国の株価が暴落するよりも、少し前のことだった。他の男に犯されたことはすぐにわかった。妻は正直な女だ。すぐに気持ちが顔に出てしまうのだ。
 妻は自ら不貞を働くような女ではない。いつも元気で、積極的で、際どい冗談も言うような茶目っ気もある。だが、心根はどこまでも清らかな女だ。それに木津川は、性生活では毎晩快楽で意識を失わせるほど、妻を悦ばせている。他の男に靡く道理がない。木津川は妻の際限のない愛を信じている。
 快活な笑顔を失った日、妻はいつになく激しく、木津川を求めた。凌辱され、感じてしまった自らの身体を、夫の愛情と精液で清めようとしているのだと思った。そのいじらしさに木津川は打たれ、妻の身体を優しく抱き寄せた。
 だが、木津川は、妻を詰問することも、間男の特定を急ぐこともなかった。

 妻を犯した男は、なかなかの変態のようだ。ある日の夜の営みの最中に、偶然尻の穴に触れて、そこも開発されていることを知った。貪欲な木津川でさえ開発を躊躇った不浄の穴の処女を、妻はあろうことか他の男に捧げてしまったのである。開発する手間が省けたというものだ。
 木津川は、指で尻穴を激しく弄りながら、膣を突き上げた。両穴への責めに佳苗が見せた微かな余裕は、複数の男に同時に責められた経験があることを暗示していた。あるいは二人の男に前後の穴を使わせながら、口や胸や手で他の肉棒に奉仕させられたこともあるかもしれない。

 ――素晴らしい!

 木津川は狂喜した。妻は恐るべき調教を受け、肉体と性技にますます磨きをかけている。それでいて木津川への愛情と、間男たちの卑劣な調教との狭間で苦悩し、その苦悩が暗さを孕んだ妖しい魅力を彼女に身に付けさせている。これだけ淫乱な身体にされてしまっても、木津川や子供を捨てないのだ。彼女の木津川への愛情は筋金入りだ。本当に素晴らしい妻だ。
 妻を汚した男たちは、きっと寝取られ男の木津川を嘲っているであろう。だが、心から愛する夫に忌むべき秘密を隠しながら、妻は木津川に組み敷かれて愛情と快楽と苦悩に悶えるのだ。手間暇をかけて妻を調教した男たちは、どこまでも暗く、それでいて豊かな表情を見せる佳苗を楽しむことは決してない。
 木津川は、まだ見ぬ調教師たちへの謝礼を思い立った。時間を見つけては、妻を伴ってハイキングや登山に出かけたのである。下半身を鍛えさせ、膣の締めつけをさらに良くするためだ。締めつけがよくなるだけではなく、妻の脚線美にも磨きがかかった。
 もともと木津川を夜毎楽しませるくらいだから、膣を使った性技は娼妓顔負けだ。健康美を加えた肉体は、きっと調教師たちの気に入るだろうと思いながら、木津川は毎晩のように妻の締めつけを楽しんだ。適度に筋肉がついた美脚は、快感を増すと木津川の腰に巻き付いてくる。男に突かれて震えるその脚の美しさ、妖しさをじっくりと観察できないことが、木津川は残念だった。

 佳苗をこんな女にした、優れた調教師たちは誰なのか。木津川は強い興味を持った。
 木津川の家に集う学生たちの中に調教者がいることを期待したが、残念ながら違うようだ。
 木津川は、大学生たちを自宅に招いて、頻繁に読書会を開いていた。主要な左翼文献は原書を取り寄せて輪読した。木津川自身はマルクス経済学者ではないし、集まってくる学生たちも左翼学生ばかりではない。だが、アカデミズムの世界で強い力を持ちつつある思潮は、ぜひとも理解しておく必要があったのだ。『赤』の活動には批判的な木津川助教授の周囲には、『赤』に近い者から、中道左派や保守派の学生まで集まってきた。だから、木津川の自宅での集会には党派的な一体感はなく、緩やかでアカデミックな雰囲気に包まれていた。
 学生たちを自宅に頻繁に出入りさせたのには、もちろん別の思惑もあった。彼らの中の誰かが、できれば複数の男が妻を犯してくれないかと木津川は願っていた。一本気な学生が、思い詰めて妻に関係を迫り、無理やり犯してしまうのでもよい。木津川を逆恨みした狂信的な保守派や『赤』の学生たちが、目の前で妻を凌辱するのでもよい。誰か妻に淫らな関係を迫りはしないものか。
 妻の乳房や臀部をいやらしい目つきで追う学生は少なくなかった。妻の美しさや明朗さに魅せられ、恋慕の混じった熱い眼差しを送る者もいた。だが、実際に犯してやろうというような、勇気ある若者はいなかった。

 調教者が見つからないまま、時間が流れた。
 株価が暴落したという米国のニュースが伝わってきた。十年ほど前に大戦が終結してから、世界経済は米国を中心に回っている。どうやら世界は長期不況に突入するのではないかと直感した。木津川は古典派経済学者だったから、このニュースを重く受け止めたわけではない。ただ、時期が悪いと思った。
 我が国は今、旧平価での金解禁を目指して邁進している。金解禁と世界的な不況が重なれば、この国は厳しい円高不況に見舞われるのではないか。既に長期不況の中にあるこの国が、より大きな不況に耐えられるだろうか。
 だが、木津川は間もなく、この国の経済の未来だけを心配してはいられなくなった。木津川の取り巻きの学生が、特高に検束される事件が起こったのだ。それも一人や二人ではない。十名を超える学生が捕まった。
 意外だったのは、特高に引っ張られた学生の中には、狂信的な右翼もいたことだ。これは異例のことであった。この国の治安政策は変質しつつあるのかもしれないと、木津川は思った。
 木津川は大嶋県庁を訪問し、検束されている学生の一人と面会した。まだ検束されて何日も経っていないというのに、学生はげっそりと痩せて、眼窩は落ちくぼんでいた。

「君に悪意がないことは、きっと警察もわかってくれる。いましばらく辛抱したまえ。これでも食べて、精をつけてくれ」

 言って、県庁近くの商店街で買ってきた串焼きを差し入れてやった。学生は何度も頭を下げながら、串焼きの包みを受け取った。
 その時、微かに不思議な香りが漂ってきた。妻が性交の時にだけ発する微かな体臭と同じ匂いが、学生の身体から漂ってきたのだ。

「食べていないわけではないのです。殴られているわけでもないのです。ただ、ここでの生活は辛いのです」

 先ほどからこの学生はばつが悪そうに眼を反らしてばかりだ。それに、きちんと食べていて、拷問にかけられている気配もないのに、ひどくやつれている。そしてあの残り香である。

 ――この学生、ここで佳苗を抱いているのか!

 それならば、この学生の態度も理解できる。指導教官でも何でもないのに、木津川助教授は真っ先に面会に来てくれた。それなのに、ここで助教授の夫人を抱いている。あわせる顔がないと思っているのだ。
 木津川は思わず学生の手を取った。学生の上体まで揺さぶるように、大げさに握手した。残り香が学生の身体中から発散されていることがわかった。

「大丈夫だ、大丈夫!」

 口では励ましの言葉を並べながら、別のことを考えている。

 ――一度や二度ではないな、この学生が佳苗を抱いたのは。佳苗に搾り取られて、こんなにやつれたか。

 特高が、何らかの方法で佳苗を言いなりにして、尋問に利用しているのだ。学生たちの情報を特高に流したのも佳苗かもしれないと思った。

 ――これは面白い。調教者は巨大な権力というわけだ。

 木津川助教授は、ますます興奮した。これほど幸福な寝取られが他にあるだろうか。相手が国家権力であるならば、妻を寝取らせてやるにも、復讐してやるにも申し分ない相手だ。

「君が釈放されたら、きっと一緒に飲みに行こう。いい店を教えてあげよう」

 妻の肉体を知った青年から、詳しく話を聞きたかった。どんな体位で妻を犯したのか。妻の穴の具合はどうであったか。口や尻は味わったか。妻はどんな顔をして君に抱かれていたのか。聞きたいことは山ほどあった。
 だが、木津川の希望が実現することはなかった。この学生は間もなく起訴され、有罪判決を受けて投獄された。すでに痩せ衰えていた彼の身体は、毛布一枚きりの冬を乗り越えることはできなかった。
 木津川は県庁に通いつめ、他の学生たちにも面会した。学生たちは一様に妻の匂いを身にまとい、そして疲弊していた。彼らもまた起訴された。その後、地下に潜り、あるいは転向し、あるいは死亡した。学生たちが大嶋市に戻ってくることは、二度となかった。

 特高の手は、木津川助教授には及んでこなかった。当然だろう。彼の学説は、マルクス主義とは一線を画する。

 ――木津川の学説は古い。スミスを読んでいるようだ。

 などと評されているくらいだ。だから、論文や著書が法に触れる心配はない。
 学生を集めてマルクス主義の原著を読むことはあったが、一貫して批判的な態度をとり続けていた。それに木津川は、直接行動を起こそうとする左右の学生を説得し、突出を戒めてきた。二度の大検挙では、取り巻きの学生からは一人たりとも検挙者を出していない。若者たちの未来が閉ざされることを、木津川は好まなかった。直接行動を起こすならば、妻を徹底的に凌辱してからにしてもらわねば困るからだ。だから、今回検挙された学生が何を喋ろうと、木津川の不利になる可能性はない。
 木津川が大学を逐われたのは、捕らわれた学生たちが起訴されてすぐのことだった。起訴された学生は、全員退学処分になった。大学当局が後難を恐れ、起訴された学生と木津川とに責めを負わせたのである。
 木津川には学者としての実績があり、才気と精力に満ち溢れ、学閥の強力な後援を得ている。ほとぼりがさめれば、すぐにも新しい仕事が得られるだろう。私立大学や高等師範学校に職を得るのもいいし、本格的に論壇に乗り出すのもいい。堅苦しい帝大に未練はなかった。だが、しばらくは大人しくしているしかない。
 学生が起訴されたのと同時に、妻の外出が減った。特高との関係も切れたようだ。特高と連絡をとっている気配がなかった。妻は用済みなのだろう。
 だが、まだ他の男の影は見え隠れしている。妻が以前の快活な笑顔を取り戻すことはなかったし、思いもよらない部位を開発されている気配もあった。小学校の父兄会や愛婦の活動があったから、その時に寝取り男に犯されているのだろうと思った。
 ちょうどこの頃、妻が二人目の子供を孕んだ。

 ――一つ楽しみが増えたな。

 子供が生まれることが楽しみなのではない。妻は時々、沈痛な表情を見せる。木津川の種ではないことを恐れているのだ。

 ――他人の種ならいいのだが。

 木津川の楽しみはそれだった。生まれる子供が木津川に似ていなければ、佳苗はさらに追い詰められるはずだ。夫への愛情と、不貞を指摘されるのではないかという怯えに苦しむ妻を、思い切り優しく抱き締めてやるのだ。快活だった妻が、完膚なきまでにうちひしがれる様を、早く見たかった。

 大嶋第二尋常小学校校長の訃報を聞いたのは、大学での身辺整理を終えて、自宅で暇をもて余していた頃だ。
 葬儀に参列した木津川は、驚愕すべき事実を知った。校長の遺体から、佳苗の残り香が、しかも強い匂いが立ちのぼっていたのである。
 隣の妻を見ると、どこかほっとしたような顔をしている。苦悩がわずかに和らいでいるのが分かった。

 ――妻を使っていたのは、やはり特高だけではなかったか。

 校長の遺体から発せられる強い妻の香りが、いかに妻を深く感じさせたかを暗示していた。佳苗の肉体を丁寧に開発し、健康な精神を蝕んでくれたのは、この校長なのだと直感した。初めて見た穴兄弟の死に顔は、やつれきっていて、すべてを妻に搾り取られたようだった。

 ――そうか、この男が、俺の兄弟だったか。

 不覚にも涙が止めどなく溢れてきた。

 ――いつか、この男が妻を犯しているところを見たかった。共に妻を責めたかった。なぜ皆、俺の前から姿を消すのだ! すぐに死んでしまうのだ!

 嗚咽さえ漏らしながら泣き続ける夫の顔を、佳苗がそっとハンカチで拭った。妻の目は不思議そうに夫の横顔を見つめていた。
 この葬儀を境に、妻の周囲から男の影が消えた。

 だが、佳苗の表情から翳りが去っていくことはなかった。
 佳苗は女児を出産した。病院の一室だった。このころには産婦人科を持つ病院が増えている。産婆に頼らない出産は、より衛生的で安全だという評判だった。
 夫が出産に立ち会うような時代ではない。木津川は、内心では妻の出産を見たいと思っていたが、さすがにそれはかなわなかった。赤子の頭で妻の身体が広がる様を見られないのは、心底残念だった。
 出産の少し前、佳苗の母親が訪ねてきた。義母はしきたりにうるさかった。病院での出産だけは認めてくれたものの、木津川の立会いどころか、病院への見舞いも許さなかった。
 だから木津川が赤子と対面したのは、義母が関西へ帰り、佳苗が退院してからだ。
 実母の前では気丈に振る舞っていた佳苗だったが、木津川に向けた笑顔は、今にも泣きだしてしまいそうな儚いものだった。

 ――嘘が下手な女だ。

 はたして赤子の顔に、木津川の面影は全くなかった。妻は、自分を犯した男の面影を、この女児に見出しているはずだ。赤子を見る妻の目には、長男の時には見せなかった、怯えのようなものが含まれている。幸いと言おうか、女児は妻によく似ていて、将来は美しい娘に育ちそうだった。

「佳苗に似て、美しい顔をしているじゃないか」

 自分に似ているか、などとは決して聞かない。妻ははっとして悲しみと怯えを孕んだ目を向けてきた。木津川は、不貞に気づいていることをはっきりと伝えるつもりはない。この上なく機嫌よく、女児に頬ずりをしたり、顔を歪めて笑わせようとしたりするだけだ。木津川の顔に浮かぶ邪気のない笑顔に、佳苗もつられて口許を綻ばせた。女児が夫の子ではないことを忘れたような、久しぶりの屈託のない笑顔だった。

 ――今だけは、そうやって笑っていればいい。

 この娘の成長は、妻を苦しめるはずだ。自ら望んだわけではない不義の記憶を、否応なく思い出させるはずだ。どこまでも清らかな魂を持った妻の苦悩は、何よりの媚薬だ。
 だが、妻の心が奈落に沈んでいくのと同じように、この国の未来にも、暗雲が立ちこめている。木津川はそれを敏感に感じ取っている。
 娘が生まれたころ、軍部は大陸で大規模な軍事行動を起こした。内閣の不拡大方針も空しく、軍は占領地を広げていった。世界恐慌の荒波の中での、妙に景気が良いニュースだった。
 だが、景気回復の兆しはもう見え始めていた。赤字国債も辞さない財政出動と金融政策が功を奏したのだ。だから大陸への進出は、明るい兆候に水を差してしまうのではないかと木津川は思った。大陸での長い戦争が始まるのは、数年後のことだ。
 戦時下の国家権力は、木津川のような自由主義者をも容赦なく弾圧することになる。戦争の中で木津川は、特高や憲兵から執拗な嫌がらせを受け、新たに得た職も、執筆の機会も奪われる。
 木津川が再び表舞台に立つのは、終戦の後のことである。

< 続く >

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