新装開店・喫茶ヒプノ1

新装開店・喫茶ヒプノ-1-

 とある大都市の郊外の、前時代から残る寂れたアーケード街。

 街灯は錆びて変色し、地面にはカップ酒と吸い殻が転がる。

 これが他の場所だったなら、とっくに消滅しててもおかしくない惨状。

 生き残っている理由はただひとつ。すぐ隣の通りからは風俗街であるということ。

 それもただの風俗店の集まりではなく、その目的のためだけに整備された、区画すべてが風俗店という『遊郭』であるということ。

 そのため、このアーケード街も夜はカラオケバーやパブがシャッターを上げ、暗く賑わう……のだが、昼間は閑古鳥が鳴いている。

 その中に一件だけ、昼から開いている店がある。

 今日も日の高いうちから入店のベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

 喫茶店のマスター、朝霞はにこやかに挨拶する。

 入ってきたのは、艶やかな長い黒髪の女性。常連客の豊川シオリ。

「いつもありがとうございます。こちらへどうぞ」

 朝霞は軽く会釈をして、奥の個室に通す。

 ここは喫茶店としては珍しく、個室が用意されている。

 横が遊郭である、享楽と退廃の街には似合わない、洒落たアンティークの調度品で整えられている店内。

 この場所にあるものとしても、また喫茶店としても珍しい店。

 理由は単純で、この喫茶店には別の顔があるからである。

 その本来の顔というのが、イベントバー。

 すぐ横の遊郭で上玉の『嬢』を催眠に堕として、表の『喫茶ヒプノ』に来るように誘導。そしてどっぷり催眠に浸らせた後、裏の『イベントバー・ヒプノ』でコンパニオンとして働かせる。

 その後は女友達を連れてくるように催眠で仕込んで、連れてきたらまた催眠に堕として……と芋づる式にコンパニオンを増やしていく。そして客の男共に飲食と性のサービスを提供させる。

 そのイベントバー・ヒプノというのが本来の顔。……『だった』。

「最近はどうですか? ニュースでは少しずつ回復してると聞きますけど」

「なかなか前の水準には戻らないですね……」

 数年前より突如として全世界に蔓延した感染症。その災禍で旅行客や観光客は激減し、飲食店は営業自粛を強いられた。

 遊郭は形式的には料亭である。仕組みも普通の風俗店と同じで、男女が一緒に飲食店に入ったら一目惚れして事に及ぶ、という名目だ。

 そして料亭であるからには、営業自粛の対象になる。もちろん喫茶店であるここも同じ。

 それがなくとも、濃密な接触が行われるこのような場所にとってはそれ以前の問題。

 もちろん強行もできるのだが、せっかく捕まえた嬢たちが感染して使い物にならなくなってしまうのはもったいない。なので朝霞も自粛要請に素直に従うことにした。

 今日ではワクチンなども普及し、官民挙げて元通りの生活に戻そうと頑張っているが、そう簡単に行くものでもない。

 そのような情勢下で、朝霞と喫茶ヒプノも、変革を余儀なくされた。

 その結果のひとつが、

「いらっしゃい。注文はお決まりですか?」

「あ、少し待ってもらえますか?」

 シオリに水とお手拭きを運ぶのは、店員の市ヶ谷ミナモ。

 これまでは朝霞独りで回していたが、ひとり店員を雇うことにした。

 まだ24の若い女性店員。遊郭の嬢に勝るとも劣らない可愛さとスタイルを持っている。

 が、その身体目当てに雇ったわけではない。

「じゃぁ選んでる間に『いつもの』用意するわね」

 ミナモはシオリの前にフレグランスディフューザーを置く。

 彼女は香水、もとい香りについてのプロフェッショナル。フランスで調香師――香りについての専門職についていたプロであり、現地では『ネ(nez)』と呼ばれる一流調香師。

「ありがとうございます。いつ来てもいい香……り……です……ね……」

 目の前にディフューザーを置いただけで、シオリの首が項垂れる。

 ミナモも最初は別の女性と一緒に来て催眠に浸かったのだけど、朝霞はそのカラダではなく技術に目を付けた。

 催眠に極めて相性がいい『香り』という要素で、朝霞よりはるかに広い範囲をカバーしてくれる。そして催眠のへの適性も高く、また両刀という性癖持ちの市ヶ谷ミナモという女性は最高の人材だった。

 というわけで朝霞の持てるあらゆる技術を使って、ここに就職してもらった。

 喫茶ヒプノのリピーターである豊川シオリは、特定の匂い――このフレグランスを嗅いだだけで催眠状態に堕ちるよう仕込まれている。

「何度見ても市ヶ谷さんの技術は理解できませんね。全部同じ匂いに感じる」

「一般の人ならそうですよ。あぁ別にマスターを凡人扱いしてるわけじゃなくて!」

「いえ、嗅覚については凡人ですから正しいですよ。悔しいですがなにも間違えていません。」

 無言で項垂れているシオリを二人で見下ろしながらつぶやく。

 匂いという要素は催眠と極めて相性がいい。リラックスからトリガー――催眠に堕とすきっかけにしたり、暗示の内容と絡めたりと豊富な使い道がある。

 それだけで終わるのならばとても便利なツールなのだが、日常生活で同じ匂いを嗅いだ時に、不意に催眠状態に入ってしまう、という危険が伴う。催眠状態とまで行かなくとも、ふとした瞬間に意識が朦朧となることは起こり得る。

 もちろん街中で使われることのない香り……極端な例でいえばラフレシアの臭いなんかであればそういった事故は起きないだろう。しかしそんな悪臭で人がリラックスできるわけがないし、朝霞自身も使いたくない。

 だから『催眠』と『香り』は極めて高相性でありながら、同時に扱うのが難しいものであった。

 しかしミナモの腕にかかれば、リラックス効果がある優しい香りで、それでいて市販の香水とは違うものがオリジナルで作り出せる。

 朝霞にその香りの差はさっぱりわからないが、それは十分な効果があった。

「市ヶ谷さんがどんな感覚器官を持っているのか、到底見当もつきません」

「まぁ……自分で言うのもなんですけど、天性の才能みたいなのですから。調香師の腕の見せ所です。それに人間の鼻って実はかなり敏感なんですよ。自分で意識しようとしまいと関係なく」

 というわけで、ミナモには朝霞がこれまでやりたいと思ってもできなかった、匂いを使った催眠へのアプローチと深化を手伝ってもらっている。

「で、今日は何させるんです? マスター」

「んー……同じことばっかじゃ客も飽きてしまいますし。……まぁ先に移動だけさせましょう」

 朝霞はシオリの両肩を優しく支えて、左右に揺らしながら、

「とても心地よい香りですね。この香りに包まれて、ふわふわとした夢心地。その香りは目の前にあるディフューザーから広がっていますね。この香りが好きで、大好きで仕方ない。だからこのディフューザーから目が離せなくなって、身体が無意識に追いかけてしまいますよ」

 テーブルの上のディフューザーを凝視しているシオリにそう囁いて、朝霞はディフューザーを持ち上げる。

 シオリは座ったまま、視線だけをゆっくりと動かす。

 もう何度もこの香りをトリガーにされているシオリは、ほんの少し誘導されるだけでディフューザーを求めてしまう。

「さぁ、ディフューザーがどこかに行ってしまいますね。貴女の大好きな匂いはここから広がっています。身体が勝手に、これを追いかけてしまいますよ」

 そのまま、ディフューザーをシオリの視界に入れながら、朝霞はゆっくりと移動する。シオリはゆっくりと立ち上がり覚束ない足取りでそれを追いかける。ミナモはふらふらと歩くシオリがどこかにぶつかったりしないように最後尾をついていく。

 そして部屋を移動して、もともとイベントバーのあった場所へ。

 別のソファーに座らせて、その目の前のテーブルにディフューザーを置く。

 ここ喫茶ヒプノと朝霞は、以前は表の喫茶店で催眠に堕とした女性を裏のイベントバーで働かせていた。……のだが、今は閉鎖している。

 代わりに、イベントバースペースは今はスタジオになっている。

 シオリはそのスタジオの真ん中で、光の灯っていない目で座っている。

 朝霞のイベントバーに代わる新しいビジネスは、動画や写真の販売。シオリを始めとする遊郭の『嬢』たちのオナニーやストリップ、また催眠を使った特殊なシチュエーション動画の販売を始めた。

「マスター、カメラのセット終わりましたよ」

「ありがとうございます。今日はなにを撮りましょうか……」

 シオリとテーブルを挟んだ反対側で、カメラのセッティングに入る。

 イベントバーの頃はとりあえず客の要望に応えていればよかったのだが、今は自分で考えなければならない。朝霞はこういった発想力がある方ではないので、毎回悪戦苦闘していた。ミナモを雇った理由のひとつに、他人の意見が欲しかったから、というのもある。

「ミナモさん、なにかいいアイデアないですかね?」

「んーと……これまでなに撮りましたっけ?」

「シオリさんについてはオナニーがもう3本くらい……ストリップも何本も要るようなものではないですし、今日は彼女一人ですから絡みもできませんし」

 彼女は喫茶ヒプノで一位二位を争うリピーター。だから少なくない数撮ってきている。同じ内容ばかりというのもよろしくない。

 二人で数分悩んで、今日はこれにしようと決めた。

 そしてミナモは準備のためにいったん裏へ。朝霞はカメラが動いていることを確認してから、シオリの後ろに移動する。

「シオリさん。貴女はこの香りがとっても大好き。これが欲しくて欲しくてたまらない。もっと近くでこの香りを感じたい。もっとこの香りで満たされたい」

 もう何度もこの香りをトリガーにしてるため、この辺の暗示は通りやすい。それに朝霞自身もいい香りだと感じるフレグランスだ、抵抗されることもまずないだろう。

「なのですが、いま貴女の座っているソファーと、足をつけている床にはとっても強力な接着剤がつけられているのです。あなたのお尻と手はソファーにぴったりくっついて離れません。もっとしっかりくっつけてしまいますよ」

 意識を失くして座ってるだけのシオリの腰を上からソファーにぐっ、と軽く押し付ける。そのあとは両手の手のひらをソファーに着けて、同じように上からぐっ、と。

「そして足も。両方の足が地面にくっついちゃいます」

 足の甲を靴の上からぐっと押し付ける。

 こういう暗示に関しては人によってかかり方が少し変わってくる。『接着剤で地面に足がくっつく』だけだと、靴を脱げば、靴下を脱げば抜け出せる、と解釈して、催眠にかかったままではあるが自力で突破できる人もいる。もちろんそれさえできず、足を全く動かせなくなる人もいる。人によっては靴を脱いだりすることもなく強行突破できる人もいたりする。同一の暗示文であっても人によって反応が変わるのが催眠の面白いところだ。

 まぁ今回は両手が使えないから脱ぐことは難しいだろうし、もしそうなったら適宜暗示を追加してやればいい、と思いながら朝霞は続ける。

「目の前にある、あなたの大好きな香り。もっと近くで感じたい。もっと満たされたい。それしか考えられなくなりますよ」

 補強するように何度か重ねてから、シオリの意識を戻す。

「んんっ……あ……れ?」

 眠たげな声を出しながら、目を擦ろうと左腕を上げようとする……が、その手はソファーに張り付いて離れない。

 すぐにその違和感に気付いて腕や身体をなんとか動かそうとするも、もう何度も朝霞の暗示を受けているシオリはどっぷり嵌ってしまっている。靴を脱ごうとする気配もないから大丈夫そうだ。

 そのまま試行錯誤させるのも面白そうだけど、今回の本題はそれじゃない。

「ほら、シオリさん。目の前を見てください」

 ディフューザーを指差しながら、シオリの視線を誘導する。

「あっ……」

 シオリの視線がディフューザーに張り付いた。

「貴女の好きな、とってもいい香りがしますね。もっと近くで感じたいですよね」

 同じ内容を何度も耳元で、シオリの感情を煽り続ける。

「でも手も足もお尻も、くっついちゃって全く動かない。でも貴女の大好きな、幸せな香りが目の前にありますね」

 シオリは両手両足をソファーにつけたまま、身体を前に倒して、首を伸ばして少しでも近づこうと、その香りを感じようと必死に身体を寄せている。

「マスター、持ってきましたよ」

 後ろから、小さなカゴを手に提げたミナモに声をかけられる。

 軽く礼を言ってから、ハンドベルを受け取って、チリン、とミナモの耳元で鳴らす。

 喫茶ヒプノでのトリガーとして、常連客にはハンドベルの音で催眠状態に堕ちるように仕込んである。

 ミナモが来る前から、匂いをトリガーに用いる以前から使ってるトリガーなのでシオリは抵抗なく催眠状態に堕ちる。

 前に倒れ込んでしまわないように身体を支えながら、ミナモの目を覆って暗示を追加していく。

「目の前にある、とーってもいい香りのする、貴女の大好きな香りのするディフューザー。よく見るとちょっと変な形をしてますね」

 暗示を入れながら、ミナモに手ぶりで指示を出す。

「でもいい香りがするのはおんなじ。なら色や形が違っても問題ありませんよね」

 ミナモはテーブルの上のディフューザーを一度片付けて、そこに黒いディルドを置く。サイズや形はごく一般的なもの。

「私が両肩を揺らすと意識が戻ってきます。そしてテーブルの上にはさっきと変わらずいい香りのするフレグランスがありますよ。欲しくて欲しくてたまらないけど、両手両足がくっついちゃってのは変わりません」

 ミナモの両肩を揺らすと、軽く声を上げながら意識を取り戻す。

 朝霞は下を向いている顔を持ち上げながら、目の前にあるディルドに意識を向けさせる。

「ほら、とってもいい香り。でも手も足も動かない。でも少しでも近くでこの香りを感じたいですね」

 目の前にあるのはさっきまでのディフューザーではない、ただのディルド。にも関わらずシオリはそれを求めて身体を伸ばす。

 それだけでは映像としてはまだ弱いので、もう少し暗示を追加する。

「この香りが欲しくてたまらなくて、大好きでたまらなくて、口も大きく開いて、息も荒くなっちゃいますね。鼻からだけじゃなく、口からもこの香りを感じたい。少しでも多く、その香りを取り込みたいですもんね」

 シオリは暗示を素直に受け入れて、目も口も大きく開いて、息を荒くしながら目の前にあるディルドを求めている。

 豊川シオリは遊郭でも上玉の嬢。そのスタイルの良さは折り紙付きである。

 艶のある長い黒髪と、穏やかで優しそうな顔つき。服の上からでも分かるくらいに大きい胸とお尻。そんな女性が、目を見開いて息を荒くして舌まで伸ばしながら、ただのアダルトグッズであるディルドを求めている。

 時折漏れる「もっとぉ……!」という声が、必死さと艶めかしさを増してくれる。

 カメラはミナモが操作してくれている。きっと彼女の表情をアップで撮ってくれてることだろう。

 それをしばらく撮らせてから、

「私が貴女の両手を上からポン、と叩くと、ソファーから離せるようになりますよ。貴女の大好きな香りを、目の前にあるフレグランスを目いっぱい感じましょうね」

 そう耳元で言ってから、シオリの両手を上から軽く叩く。

 シオリはすぐに反応して、ものすごい速さでディルドを奪うように取り、両手で大切そうに握りながら自分の顔の目の前に持ってくる。

「ほら大きく深呼吸してみましょう。大好きな、幸せな匂いが頭の中に広がって、最高の幸福感で満たされますよ」

 さっきまでの必死の形相から一転、幸福に満ちた穏やかな表情に変わる。

 優しい顔の美人が、ディルドに鼻を寄せて、幸せそうに大きく息を吸っている。

「とっても幸せ。ほら、鼻をくっつけるくらい寄せちゃって、何度も、何度も息を吸いましょうね。先端だけじゃなく、いろんな場所の匂いを感じてみましょう。どこも最高に幸せな香りがしますよ」

 蕩けるような表情でディルドの匂いを求めるシオリ。最初は先端、亀頭の部分に鼻を寄せていたけど、順にカリ首、裏筋、タマの部分と、ディルドすべてを堪能しようと全体を感じている。

「いやぁ、とってもいい顔してますね、シオリさん。最高ですよ……」

 男も女もどっちもイケる性癖のミナモも、シオリのその官能的な表情に少し顔を赤らめながらカメラを回している。

「とってもいい香りですよね。その匂いを鼻で感じるのもいいですけど、一度、思いっきり胸に抱きしめてみましょう。最高の幸福感で満たされますよ」

 少し方向性を変えてみる。

 シオリは一度ディルドを顔から離して、その大きな胸でギュッと抱きかかえる。

 ディルドを抱きかかえるだけで形が変わる程に柔らかくて豊満な胸。今日の彼女の服は薄手のブラウスとキャミソールだから余計にそれがよくわかる。

 着衣のまま続けさせてもいいのだが、せっかくの彼女のチャームポイントなのだから脱がせることにする。

「貴女の大好きなそのディフューザー、そのフレグランス、胸に抱いてるととっても幸せですよね。でも服の上からではなく直に素肌で抱くともっともっと幸せになれますよ。そんな邪魔なものはやく脱ぎ捨てて、直接抱いちゃいましょう」

 そう誘導してやると、片手はディルドを手放さないまま、片手だけで器用に服を脱いでいく。

 中から出てくるのは、面積の少ない黒いレースブラ。優しく穏やかな性格と顔立ちのシオリに、男を誘うような下着とそれに包まれた凶悪な胸というのは最高のギャップがある。

 その先はなにも誘導しなくても、再びディルドを胸に抱え込む。

 ブラまで脱がせてもいいかと思ったが、朝霞はこのままでいくことにした。下半身は靴もスカートも履いてるのに、上半身はブラジャー一枚だけでのプレイ。こういう通常のAVでは見ないシチュエーションの方が催眠を使った映像としては映える。

 だけどせっかくその胸にディルドを抱えさせるなら、ただ持たせるだけじゃ勿体ない。

「直接素肌で感じるとさらに幸せ。ならもっと肌をくっつけてみましょう。自分の胸に挟んでしまえば、もっと直接触れることができますよね」

 シオリはうっとりとした表情のまま、なにも疑うことなくディルドをその谷間に挟んでいく。

 その胸にディルドを挟ませたなら、次はまぁ決まってるようなものだろう。

「自分の胸の中から、大好きな香りが広がっていく。とっても幸せ。うっとりしちゃいますね。でもそのディフューザーは、優しく揉んであげるともっと匂いを出してくれるんですよ」

 そう教えてあげる。

 もちろんそこにあるのはただのディルド。香りは多少移ってるかも知れないが精々その程度。当然揉もうが触ろうが匂いが出てくることはない。

 のだけれど、シオリは朝霞が教えた通りに、優しくディルドを揉む……つまりパイズリを始める。慈愛に満ちた表情で、ただのディルドを優しく、何度もしごいていく。本人はそれをディルドともパイズリとも認識しないまま。

 朝霞はシオリに指示して、ディルドをもう少し持って来させる。

 そして自分の胸にあるディルドを見つめながら、幸せそうにパイズリを続けてるシオリの目の前に、追加で3本のディルドを並べる。

「シオリさん、ちょっと目の前を見てもらえますか?」

 ずっと下を向きっぱなしだったシオリの視線をテーブルの上に向けさせる。そこに屹立してるのは3本のディルド。

「今貴女が胸に挟んでいるものと、まったく同じものがあります。これらも当然、優しく揉んであげれば貴女の大好きな香りが出てきますよ」

 そちらにも誘導する。

 最初は幸せそうにディルドに手を伸ばすも、自分の胸の合間のそれを刺激しながらだと空くのは片手だけ。どうやってすべてのディルドを扱おうか悩み始めた。

 このまま動きが止まってしまったり、どうやって扱うか試行錯誤する方に主眼が移ってしまっては本末転倒なので方向調整。

「安心してください。このフレグランスはとっても安全なものなので、口に含んでも大丈夫なんです。胸に抱えているものは挟んでいるだけでも幸せな香りを出してくれますから、両手でそれぞれを揉んであげて、残りを口で優しく舐めてあげましょうね」

 解決方法を提示してあげると、一瞬表情を輝かせて、嬉しそうに両手をそれぞれディルドに伸ばす。

 残りの1本に顔を近づけて匂いをかぐと、また穏やかな顔になってディルドに舌を這わせ始める。

 無自覚フェラ&パイズリ&W手コキ。男を誘うためでも悦ばせるためでもなく、ただ自分の幸せのためだけに行われる。

 胸の谷間に挟まれたディルドはノーハンドでも落ちることがない。その簡単な事実が彼女の胸の大きさと乳圧を物語っている。

 朝霞は幸せそうにディルドに奉仕を続けるシオリから離れて、カメラの面倒を見てるミナモの方へ。

「どうかしましたか、マスター?」

「どんな感じですかね? ちゃんといい感じに撮れてます?」

「いやぁ最高ですよ。シオリさんのあのカラダを使ってディルドをパイズリしたり手コキしたり。しかもあの幸せそうな表情で。たぶん催眠を使ったとしても本人がアレをディルドと認識しちゃったらちょっと表情変わっちゃうでしょうし。無自覚プレイでしか得られない栄養素があるってもんですよ。女の私でもムラムラしちゃうくらいですから、男性からしたらたまらないと思います」

「それならよかったです。では少し失礼して……この指先を見てもらえますか?」

「えっと……ぁ……」

 ミナモ専用のトリガー。朝霞の人差し指で額をつつかれると催眠状態に堕ちるようになっている。

 アシスタントであるミナモに、他の人と同じようにベルや匂いでのトリガーを入れてしまうといろいろと不都合がある。なのでちょっと別のトリガーが仕込まれている。

 顔の前で人差し指を出されただけで、ミナモの目は大きく見開いて、軽くトランス状態になっている。

 アシスタントに採用するにあたって、この辺りは徹底して仕込んだ。ミナモ自身は自覚さえできていないが、もう何度もやった流れである。

「この指が貴女の額に触れると、催眠状態に堕ちていきますよ。ほら、トン……」

 そのまま軽くミナモの額をつついてやると、大きく開かれてた目が閉じてその場で崩れ落ちる――のを朝霞が手を回して支える。既に何度もやっているので朝霞としても慣れたものだった。

「シオリさんのあられもない姿を撮影しつづけて、貴女は興奮してしまいましたね。無意識の中でもつい見てしまう。ほら、ゆっくりと目が開いていきますよ」

 閉じた目がもう一度開いていく。けどその瞳には人の目にあるはずの光がない。

 そして視線の先には、ディルドを幸せそうに舐め続けているシオリ。

「ずっとシオリさんのいやらしい姿を見ていた貴女は、とっても興奮してしまっている。自分の性感帯がとーっても敏感になってしまっている。そのせいで不思議なことが起きちゃいますよ。今シオリさんが舐めているディルド。その先端が、貴女自身の乳首の先っぽになってしまいました。幸せそうに舐めているディルドは、ミナモさんの乳首になってるんです。だからシオリさんに貴女の乳首を舐められちゃうんです。それはとっても幸せなこと。とっても幸せで気持ちいいことです。だけど今の貴女はカメラマンですから、しっかり動画を撮り続けないといけませんよ。その間もずーっと乳首を舐められちゃいますけど、自分の仕事はしっかりやらないといけませんよね。私が貴女の身体を揺らすと意識が戻ってきます。ちゃんと自分の仕事を続けましょうね。乳首を舐められてても、どんなに気持ちよくなっても続けないとダメですよ。……はいっ!」

 ミナモの肩を揺らして意識を戻す。

「シオリさんに意識を取られるのもわかりますけど、撮影はしっかり続けてくださいね」

「あっ……あ、はい、わかりました」

 ミナモは慌ててカメラに戻る。そしてすぐに、

「ん……あれ……? んんっ……」

 自分の胸に目を落とす。もちろん服を着てるし、下着もつけている。なのに自分の乳首に快感を感じている。

 その戸惑いは理解できるけど、

「ほら、ちゃんとカメラを見ててください」

「あ、はい! すいません!」

 自分の仕事をさせる。

 催眠術は魔法じゃない。彼女を別のものと感覚をリンクさせたところで、それを彼女自身が観測してなければ意味がない。

 例えば『テディベアにされたことを同じように感じる』として、そのテディベアをくすぐるとする。目の前に置かれていればくすぐられた感覚を感じる、くすぐったく感じるだろう。

 だけど例えば別室でくすぐったとしても、本人はなにも感じない、感じることができない。自分が認識していないものと同じ反応ができるわけがないのだ。そのテディベアが目の前にあって、そして本人がそれがくすぐられているのを認知して、やっと暗示は効果を発揮する。

 だからミナモがシオリから目を離しては意味がない。他の解決策として「ディルドが舐められてますよ」などと実況し続ければ効果はある。本人がそれを認知さえすればいい。だけど朝霞一人でそこまでは手が回らない。なので目を離さずにずっと撮影させることで、ずっとミナモに認知させることにした。

 そして再び、幸せそうにディルドを愛撫しているシオリの方へ。

「大好きな香りをいっぱい感じて、とっても幸せ。でも口や胸で香りを感じてると、もっと敏感に香りの効果を受けてしまいます。今日の香りは、女性の性感を刺激する効能があるんです。それを口で、舌でずーっと感じてしまいましたから、もう効果が出てきますよ。胸の奥が、おなかの下がじんじんして、熱くなってきます」

 シオリの方も少し趣向を変えていく。

 今も変わらずディルドを舐めたりしごいたりし続けてるが、少し吐息が多くなる。

「今貴女が撫でている、舐めているフレグランス。とってもエッチな香りに変わっていく。匂いを感じれば感じるほど、身体が熱くなっていく。もっとこの香りを感じたくなって、もっと手も舌も激しく動いてしまう」

 どんどんミナモを煽っていく。

 優しくディルドをさすっていた手のスピードが目に見えて早く、舌の動きが激しくなっていく。

「そしてムラムラしてくると、あることに気付きますよ。今貴女が両手で握っているもの。よく見ると、男性のおち〇ちんとおんなじ形をしてますね。ムラムラしてる貴女は、ただのディフューザーを、男性に手コキするように触ってしごいてしまいます。もうエッチな気分になってるから仕方ないこと。でもそうするともっといい香りが出てきて幸せになりますよ」

 朝霞がディルドの形に気付かせてやると、手の動きが目に見えて変わる。これまでは握るようにやさしく揉んだり、上下にしごくだけだったのが、亀頭部分を手のひらで包んでこねたりと、遊郭で仕込まれた手練れの動きになっていく。

 いっそ舐めてるディルドも同じように認識させて、フェラさせてもいいか……などと思ったが、今はミナモの乳首とリンクさせている。舐めるだけならいいのだが、咥えるような動き、要は乳首にするには難しい動きをされると困るのでディルドと気づかせるのは両手分だけにした。

 そのミナモに視線を向けると、完全に内股になって時折腰をカクつかせている。それでもしっかり撮影を続けてくれてるのだから健気なものだ。

「ずっとその香りをかいでると、全身が敏感になってイきそうになる。お腹の底から熱くなって、頭がチカチカしてくる。でも、香りだけじゃイけない。もう少し、あとちょっとが足りなくてイくことだけはできない。できないけど、その匂いを、快感を感じたくて、それだけを続けてしまう。それだけで気持ちよくなる。でも絶対にイけませんよ」

 両手で手コキを始めて、かつ寸止め状態にされたシオリと、シオリの乳首舐めで感じてくれてるミナモを置いて、朝霞は一度スタジオを離れる。そして5分ほどで次の準備だけして戻り、またシオリの横へ。

 ずっと寸止め状態だからか唾液が大変なことになっていて、ディルドを舐める時にいやらしい唾液の音が響くようになっている。テーブルのディルドの根元には小さな水たまりができていた。

 そしてそれを撮影しているミナモも限界が近いのか、片手はキュッと握って自分の股間に。快感を抑えようと必死なようだ。

「さぁシオリさん。ずーっと快感を感じて、でもずっとイけなくて辛いですね。イきたいですよね。私が最後の一押しをしてあげますよ。私が貴女のお腹を軽くつつくと、それだけで思いっきりイっちゃいますよ。ずーっと感じていた、全身に満ちたその香りに一気に火がついて、爆発して、全身でイっちゃいます。ほら、さん、にー、いち……ゼロ」

 合図と一緒にへそのあたりを軽くつつく。

「あぁあぁぁぁ……っ!」

 シオリは大きく身体をのけぞらせて、甲高い声を上げながら絶頂する。その身体の動きと一緒に豊満な胸が大きく揺れ、ずっと間に挟まれていたディルドがようやく解放された。

 そのまま手で目を覆って、朝霞はまだ軽く痙攣している彼女の身体を支えてソファーに横たわらせる。

「全身に溜まってた香りが一気に爆発して、全身でイってしまって、もうなにも分からない。気持ちよさの余韻しか残ってない。さっきの香りとは少し違うけど、とっても心地よい状態。その心地よい余韻に浸っていましょう」

 さっきの荒々しい吐息や声は何処へか、静かな寝息で横になるシオリ。

 4本のディルドに献身的に奉仕してくれたシオリの仕事はここでおしまい。

「お疲れさまでした、ミナモさん」

「は、はひぃ……お疲れ様です……」

 シオリによる乳首責め地獄から解放されたミナモは、気の抜けたような声で答えてくれる。

「ではミナモさんにご褒美を。ほら、またこの指を見ててくださいね……」

 さっきと同じようにミナモを催眠状態に堕として、

「ずーっとシオリさんの痴態を見続けて、ずーっと乳首を舐められて、もう我慢できませんね。今すぐオナニーしたくてたまらない。今すぐ気持ちよくなりたい。でも今は仕事中。撮影は終わったけど、仕事中です。でもオナニーしたい。なので今すぐトイレに駆け込んでオナニーしちゃいましょう。もうそれしか考えられなくなる。他の事なんかどうでもいい。今すぐオナニーしたい。一刻も早く気持ちよくなりたい。ですが仕事中ですから、バレないようにしなくちゃいけませんね。声は頑張って抑えましょう。ずーっと舐められちゃってましたから、全身がとっても敏感になっています。軽く触るだけでも声が出ちゃいますが、バレないようにしないと。肩を揺らすと意識が戻ってきますが、頭の中はもうオナニーだけになっちゃいますよ。はい!」

 ずっと我慢して仕事を続けてくれたミナモへのご褒美。

 ミナモは意識を取り戻すと、「すいません、トイレ行ってきます!」と朝霞の返事も待たずに慌ただしく飛び出していった。

 朝霞とシオリだけになったスタジオで、朝霞はまた三脚のカメラを調整してシオリの後処理を始める。

 まずは催眠状態で意識を堕としたまま、服を着直させる。

 朝霞の指示で、乱れた黒髪も、まだ少し残ってる涎も気にすることなく機械的に指示に従うシオリ。

 朝霞のこういう映像を買う人の中には、こういう無意識の状態で服を脱いだり着たりというのが好きな層が一定数いるらしい。この辺もノーカットで撮影し続けることにしている。

 あとはスカートの下のショーツが濡れていたり、髪が乱れてることに気付かないようにして、フレグランスでうっとりしてたらつい寝てしまった、と認識させて後処理はおしまい。無意識状態のまま、スタジオから表の喫茶店の方に移動させて覚醒させる。

 そして改めて注文を取り直して、アールグレイをシオリに提供してからもう一度スタジオに戻る。

 朝霞が戻った時にはミナモも戻ってきていて、一足先に片付けをはじめていた。

「あ、マスター。遅くなってすいません……」

 こっちがトイレでオナニーするように仕組んでいるにも関わらず謝ってくれる。やっぱり本当によくできた娘だ。

「いえいえ。こちらもシオリさんの相手が終わったばかりなので気にしないでください。あ、片付けは私がやりますので、ミナモさんの相手をしてもらってていいですかね。後は会計くらいだと思いますので」

「はい、わかりました」

 片付けの手を止めて、パタパタと喫茶店の方へ駆けていく。その顔はまだ少し赤かった。

「じゃぁスタジオの片付けより先に、回収だけしときませんとね」

 朝霞はまたスタジオから出て、トイレに向かう。

 さっきミナモがオナニーしたトイレは、扉を開けた瞬間にむせるような女の匂いが漏れ出してくる。

 当然その匂いが朝霞の目的ということではない。トイレの扉の内側にはスマートフォンが背面側、つまりカメラ側を向けたまま掛けられている。朝霞はそれを淡々と回収して録画を停止する。

 ミナモへのご褒美オナニーにも当然のように裏がある。それしか考えられない状態にしてトイレでオナニーさせてそれを撮影する、公然の盗撮。目の前にスマホが、しかもカメラ側を向けて置かれているが、それさえ気にならないようにさせての撮影。

 本人が撮られていると認識していない、気づけていない、けれど真正面からのアングルでの撮影。

 ただカメラを置いてただけなので上手に撮れているかは後で確認しなければ判らないが、これは臨場感のある映像になる。

 いいカメラで撮影した精彩な映像は素晴らしいものだ。今回で言えばシオリの光の消えた瞳や、ディルドを愛おしそうに舐めている優しい顔といったものは綺麗に撮れていた方が良い。

 しかしスマホのカメラで撮った映像もその良さがある。画質が荒い方が『その場で撮った』という生々しさが残る。オナニーの隠し撮りなんかはそっちの方が『ぽい』のだ。

「まぁ何事も使い分けですからね」

 回収したスマホをポケットに入れて、スタジオの片付けに戻る。

 機材やライト、ディルドなどを処理して喫茶店側に戻った頃には、シオリも完全に覚醒してミナモと話に華を咲かせていた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「マスター、どんな感じですか?」

「いい感じに撮れてますよ。大丈夫です」

 シオリが帰った後、朝霞とシオリは事務所で映像の確認をしていた。

 撮影中に変なことを喋られたりしたら音声処理、脱がせたらモザイク処理などが必要になる。

 しかし今回はシオリに喋らせることもなく、また脱がせたのも上半身だけ、かつブラは残ってるという状態なのでとても楽だった。

「でも何度見てもいいカラダしてますよね、シオリさん。向こうの遊郭で人気なのもわかります。が……マスターは催眠かけるだけでいいんですか? ぶっちゃけ、ディルドじゃなくてマスター自身が参加したいとか考えたりしないんです?」

 シオリの映像を見ながらミナモが訊いてくる。

 確かにシオリのカラダはとても魅力的だ。映像になってもまったく褪せないプロポーションは男なら誰もが目で追ってしまうだろう。

 ミナモにとっては大きな疑問のようで、これまでも何度も訊かれている。

「全く考えない、というわけじゃないんですがね……そこまで性癖に刺さる、ってわけじゃないんですよ」

「何度聞いても信じられないんですよねぇ。それでいて私みたいにバイってわけじゃないんですよね? いわゆる『ブス専』ってやつですか?」

「ええ。男性には興味ありませんから。それにシオリさんは私から見ても魅力的な女性ですよ。もちろん性的に、です」

「じゃぁ何なら興奮するんですか……はぁ」

 途方に暮れたようにため息をつくミナモ。

 もちろん朝霞にも性癖はあるし、この仕事も趣味と実益を兼ねた、それを満たすためにやっているものである。

「はぁ……じゃ、次の動画ですね。……ってあれ? いつの間に撮ったんです?」

 朝霞が売っているビデオは基本的に、本編と短編の二本一組になっている。

 本編は今日のミナモのような、嬢を催眠でアレコレしているもの。短編は催眠状態で喫茶店とスタジオを移動しているシーンや、着替えているシーンだったりと、催眠状態のまま朝霞に操られているプレイ以外のシーン。

 しかし今回のミナモはもう何回も撮っているのもあって、着替えも移動シーンも過去に短編として既に販売済。

 なので別の映像を同梱することにしていた。

 のだが、それが何の映像なのか、ミナモには心当たりがない。

 ミナモはたまたま朝霞が手を離していたマウスをひょいと奪い、短編映像を再生。

「あっ……」

 それが画面で再生されると、ミナモはその場で棒立ちになった。マウスがカシャン、という音を立てて床に落ちる。

 そのまま何も言わず、機械的な動きで事務所を出ていった。

「勝手に弄るからいけないんですよ……」

 マウスを拾いながら、今度は朝霞がため息をつく。

 今回の短編映像はミナモのトイレオナニー動画。なのだが、これだけはミナモに伝えていない。

 ミナモに販売を拒否されたわけではない。そもそも確認を取ったことさえない。

 一度「君の映像を抜き打ちで撮って売ることもあるから」と伝えてしまえば、たとえ快諾されたとしても、「いつか私も撮られるのだろう」と身構えさせることになる。それが意識的であれ、無意識であれ。

 それでは真の不意打ち映像は撮れない。真の自然体は撮れない。例えば今回のオナニーのような。

 もちろん催眠で一時的に忘れさせることもできるだろう。ただしそれは出勤後の話。出勤前に「自分も被写体になるかもしれないから」と気合の入れた下着を選んだりする、たったそれだけですべてが台無しになる。

 故に朝霞はミナモに伝えていない。もちろん完全に隠し通すことは難しいし、今回みたいな事故は起こり得る。

 そのための保険として『自分の映像を見ると催眠に堕ちる』『近くのトイレに入る』『そこで声を殺しながら思いっきりオナニーをする』『オナニーをすると目が覚めるけど、気持ちよさで直前になにがあったかすべて忘れる。気持ちよさだけが残る』というトリガーを仕掛けてある。映像を見てしまったら、その都度忘れるように仕込んであるのだ。

 それに、ただ『○○を忘れる』とするより、『××だから○○を忘れる』とした方が効果が高いことが多い。ただ単に押し付けるより、何らかの理由付けがあった方が効くものだ。今回であれば『オナニーで気持ちよくなったせいで、直前に見ていたビデオのことを忘れる』といった具合に。

 今頃ミナモは今日二度目のトイレオナニーをしている頃だろう。

「私としては、こんな貴女より、今の貴女の方が性癖なんですがね……」

 動画の短編の方にこそ、朝霞のやりたかったことが撮られていることが多い。女性を催眠で操り人形状態にして、意識を消して何かをさせる。それが着替えでも移動でも、もちろんオナニーでもいい。朝霞はその状態の女でしか興奮しない男だった。

 画面で流れているミナモのオナニーより、トリガーが発動して淡々とやっているのであろう、今のミナモのオナニーの方が朝霞としては好きだ。ただそれは残念ながら狭いフェチズムであるということも朝霞は理解していた。

「ただ女とヤったり、ヤられたり、そんなの面白みがない。……でもまぁこれは私にとっても及第点ですかね」

 ミナモのトイレオナニーは、その場に朝霞がいなかった。そのため変なことを口走ってないか、妙なことをしてないかしっかり確認しないといけない。

 画面の中のミナモは、片手で口を押えながら、片手で自分の秘部を激しく弄っている。足が内股になってガクガクと震えているのがミナモに流れている快感を物語っている。

 職務時間内だから、職場のトイレだから、すぐ横のスタジオには朝霞がいるからと、本気で声を抑えながらの本気で快楽を求めるオナニー。

 朝霞の台本を忠実に、しかしその台本を知らずに全力で遂行するミナモの姿は朝霞にとってもまぁまぁ満足の行くものだった。

 映像確認中にオナニーを終えたミナモが戻って来たので一度ストップ。

 今日は店を閉めることにして、ミナモには喫茶店の方でしばらくゆっくりしてもらうことにした。

 朝霞は独り事務所で全編確認した後、自身の会員制販売サイトにシオリの本編とミナモの番外編を投稿、販売開始を明日0時に設定して販売開始予告メールを登録者に送信。

 大手販売プラットフォームを使えばもっと楽なのだろうが、催眠を使った本人未諾の映像である以上、余計なリスクは避けなければならない。自分で一からサイトを作ったりしたのも致し方ない手間だった。

「さて……これでおしまいですかね」

 ひとしきり作業を終えてひとつ伸びをする。

 流行病をきっかけに新しい事業に手を出し、新装開店した喫茶ヒプノ。

 最初は朝霞も慣れず苦労したが、ようやくこのスタイルにも慣れてきた。香りについての専門技能を持ち、アシスタントとして働いてくれるミナモにも感謝しないといけない。

 そして何より、世の中には朝霞と同じ性癖を持つ人がいると判ったのが朝霞自身は喜ばしかった。

 喫茶ヒプノ、およびイベントバー・ヒプノの主な客層は遊郭の客。だから嬢や女といった直接的なものを求めるような、朝霞に言わせれば『つまらない』男が大半だった。

 しかしこういった映像販売を始めて、距離的に朝霞と縁の出来ようのない人たちがどこからか噂を聞きつけ会員登録、購入してくれた。

 そして時折貰うレビューに『番外編が最高だった』だの『番外編オムニバスみたいなの欲しい』だのがある。イベントバー・ヒプノは直接的な快楽を求める男ばかりだったのもあって、とても新鮮な喜びだった。そして朝霞はこの業態を続けることを決めた。

 朝霞にとって残念なのは、それでも主な需要は番外編ではなく本編だということだが。

「もしこの感染症が落ち着いたら、番外編が好きな人だけ集めてのリアルイベントとかもやってみたいですね……私も悦しめるものになりそうですし」

 背もたれに体重を預け、天井を眺めながらボヤく。

 そしてふと視界に入った時計が、ミナモの定時が近いことを示していた。

「んー……今日はこれで締めますか」

 もう一度大きく伸びをして、朝霞は椅子を立ち事務所を出るのだった。

<続>

3件のコメント

  1. 今までの催眠小説の中で1番ツボです。
    前回の1.2話のようなものも好きですし今回のもすごく良かったです。
    ネタが続く限りお待ちしております。

  2. 読ませていただきましたでよ~。
    で、この映像はどこで買えますか?w

    前回の感想であっさりと言いましたが、ガッツリの方向性はこっちでも十分大丈夫なのでぅ。
    むしろ、こっちの方がいい。みゃふは堕ちきって自分から媚びる姿より暗示で色々される方が好みでぅからね!(お前の好みなんて聞いてない)
    もちろん本番があったらもっといいのでぅけれど、それも暗示でいろいろされた結果という方向なので。
    朝霞さんの性癖的に無理矢理はなさそうなのでぅが、いつか肉体操作で意識があるまま犯したりとかのシチュがあったらいいなぁー(ちらっ)

    シオリさんも良かったけどミナモさんもいい。自分が操ってる側だと思ってるけど、実は操られてるっていうのもすごくいい。
    シオリさんにしろミナモさんにしろ、初回の落とされた話は旧作合わせてもまだないからその辺も期待したいところでぅ。

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~。

  3. Rubbyさんだ!
    読みましたー!
    いい……催眠のフェチさ加減が大好きです。
    こうね、セックスとか抜きに知らないうちに悪戯したり、
    操ってるつもりが自分の操られてたり、とてもそそります。
    無自覚の暗示を組み込むことで演技では得られない自然体のえっちを実現させたりするのは催眠の醍醐味だと思います!

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