喫茶ヒプノ3

-3- 感謝祭

「おーい、注文ー!」

「はい、すぐ参りますー!」

 広くないバー・ヒプノの店内を一糸まとわぬコンパニオンたちが慌ただしく走り回る。

 今日は通常のゲームではなく、数か月に一度だけ開いている『感謝祭』というイベント。

 男性客はいつもより少なく、コンパニオンの数は男の客よりも多い。それにコンパニオンと遊べる条件も普段よりかなり緩く設定されている。

 実体は乱交パーティに近いもの。招待している客は来てくれる回数が多い男、要はより多く金を落としてくれた男を優遇し、この店にもっと金を落とすように仕向ける――という実も蓋もないイベント。しかしこれに参加したくて毎回のように、たとえゲームが下手であろうと毎度金を落としてくれる男もいる。

「俺は2枚チェンジで」

「はい、ではこちらを」

 十台ほど用意された小さなテーブルでは、バニーガール衣装のコンパニオンと一対一でポーカーが行われている。特に小細工もなく、勝てれば『景品』をゲットできる。

 コンパニオンもプロのディーラーではない。積み込みなんてできないだろうし、カジノにあるまじきフェアプレーになっている。だから何度か戦えばいずれ勝利はできるだろう。

 もちろんポーカーである以上は賭け事。ドリンク1杯につきコインが5枚配られる。コイン2枚で1回のゲームに挑戦可能。勝ってもコインは戻ってこないがその場で『景品』が手に入り、負ければ没収。ゲームから降りれば1枚だけ帰ってくる。

 一対一のポーカーは純粋に勝率2分の1。ヒプノのドリンクの値段設定は安くないが、それで女とヤれる可能性があるなら安いものだろう。

 朝霞はカウンターでドリンクの用意をしながら、乱痴気騒ぎを遠い目で眺めている。

「できましたよ。これ、2番さんと9番さん」

「はい」

 そして全裸のコンパニオンがドリンクをそれぞれのテーブルまで運ぶ。

 今日はバニーガールの娘がディーラーで、全裸の娘がウェイターだ。ディーラーの娘は乱交のし過ぎてバテたり疲れたりしたようなら一度引っ込めてウェイターの娘とバトンタッチ。そうした方が客も多くの娘とヤれるし双方にとって都合がいいだろう。

 また感謝祭に限り許される、特別ルールがある。

「お、お客様! 急に触られるとびっくりしちゃいます!」

「へへっ、いいじゃんか」

「むぅ……触るなら、せめてもっと優しくお願いします」

 感謝祭の日に限り、『おさわり』が自由になる。

 慌ただしく行きかうコンパニオンにちょっかいをかけながら、『景品』を賭けたポーカーに興じる、というのが今日の感謝祭の内容。

 だがしかし、今日はひとりだけイレギュラーを混ぜてある。

「きゃっ!?」

「んー……初めて見た顔だけれどキミもいいお尻してるねぇ」

 ひとりの男がいつも通りに、という手つきでコンパニオンのお尻を揉みしだく。

 普通であれば愛想笑いでその場を凌いでテーブルを行ったり来たりするコンパニオンだが、

「お客様、痴漢は犯罪ですよ」

「痴漢? 何を言ってるんだ。今日は『感謝祭』なんだから」

「そんなこと関係ありません。反省の色もないようですし……ちょっとこっち来なさい!」

「えっ……? ちょっ?」

 女は強引に男の手を引いてフロアの隅に連行する。

 いつも通りに触っただけの男は、状況が掴めずに目をぱちくりさせている。

「痴漢の現行犯ね。これからしっかり刑を執行しますから、覚悟してくださいね」

「げ、現行犯って……」

「はぁ……まだ分からないの? 私は警察官なの。警察相手に痴漢なんて運の尽きね、諦めて観念なさい。抵抗すると罪が重くなるだけよ」

「けいさ……っ!?」

「警察手帳がないと信じられないなら持ってくるわよ。でも余計なことはしないで頂戴。面倒だから」

 男は『警察』という言葉に条件反射で言葉が詰まる。

 そりゃ誰だって、たとえ何も心当たりがなくたって突然警察官に問い詰められれば思わずそうなってしまうだろう。

 その婦警はただ淡々と、痴漢に対する措置を開始する。

「これから刑を執行します。ほら、ズボンを脱いでください」

「えっ……?」

「聞こえなかったの? それとも抵抗のつもり? ……はぁ。なら強引に脱がすしかないわね」

 返事を待たずに手早く男のベルトを外し、パンツも一気にずり降ろす。

「痴漢の現行犯を女性警官が発見した場合、その身体を以て男の性欲を解消させる。そんなことも知らないの?」

「えっと……」

 目まぐるしく変わる展開に男はついて行けないようだ。

 朝霞はその様子を横目で観察していた。暗示が上手く行っているようで満足そうな笑みを浮かべる。

 彼女は武山アキ。本物の警察官だ。先日別の『嬢』経由で釣れたので今回の感謝祭に呼ぶことにした。

 アキには、

 『女性警官が痴漢の現行犯を捕まえた時は、自分の身体で男をスッキリさせてあげる必要がある。これは刑法でハッキリと決まっていて、男も性欲が解消されれば痴漢なんてしなくなる。だから痴漢を射精させるのは婦警である貴女の使命であり義務なのです』

 というもの。

 感謝祭とはいえ、コンパニオンに『ただ触るだけ』ではなく何か違う味が混ざっていてもいいだろう。

「もう勃ってるし、カウパー液も漏れ出てる……はぁ、性欲しか頭にない痴漢魔なら当然かしら」

 アキは嫌悪感も興奮もない、ただ真面目な表情で男のモノを扱き始める。

「汚いけれど、この液体を塗り広げた方が早そうね。ほら、とっとと出してしまいなさい」

「待って……っ、そんなに早くされたらすぐ出ちゃうから……!」

「待つ? 私は性風俗のサービスをしているんじゃないの。これはあくまで刑法に則った処罰。貴方の意見なんて聞いていません。はやくその邪な欲望ごとすべて吐き出してしまいなさい」

「あぁっ……出る……ッ!」

 事務的とも懲罰とも少し違う、正義のための職務として淡々と行われる性処理。

 アキの容赦のない手コキでたちまち男は果てた。

 感謝祭に来るほどの常連ともなれば、ほとんどがそれなりに経験回数のある男だ。快感に慣れている男も少なくなく、早漏は殆どいない。それでもここまで早く男をイかせるとは。

「あの婦警、嬢と友人と言うだけあってプライベートでは結構ヤってるんじゃないか?」

 それを眺め名がら朝霞はついボヤく。

「? 何か言いました?」

 ドリンクを取るに来たコンパニオンの耳にも届いていたらしい。

「あ、いえ。なんでもありません。それではこちらを5番、こっちを9……じゃなかった、6番に」

「わかりましたー」

 武山アキ、今度はもっとプライベートを掘らせてもらおう。思わぬものが出てくるかも。

 アキは搾り取った男を釈放――もとい突き放し、涼しい顔でカウンターへ戻ってくる。

「7番さんから生の大ジョッキです。お願いしますね」

「わかりました。少し待っててください」

「それとあそこのお客さん。平然と痴漢行為をはたらく変質者なので以後出禁にした方がいいですよ。私だったからよかったものの……」

 はぁ、と深いため息を吐く。

 ここにいる男ほぼ全員が彼と同じ種類の人間なのだが……アキはこの後いったいどれだけの男を『処刑』するのだろうか。彼女の苦労は察するに余りある。

 アキが注文を取ってきた7番テーブルの男は嬢にゲームで勝ったようで、駅弁スタイルでのプレイを始めている。

 ゲームにさえ勝てればプレイの体位、方法は男の自由。もっとも『商品』に傷を付けられるのは問題なので身体や健康に害のないものに限るが。

 あちこちのテーブルで行われる身体の貪り合い。ひたすら中出しを繰り返す男に、精が枯れた男は手や口で女をイかせる男。そして満足した男は空いている別のテーブルへ。コンパニオンは精液やらの処理をしてまたテーブルに立つか、あるいは交代を求めて朝霞のいるカウンターまでやってくるか。そして今日は時折アキに『逮捕』される男も出る。ただただそれの繰り返し。

 参加者の中に何人も『逮捕者』が出てるのに、アキに「警察です」声をかけられると酷く焦るし、また自分からアキにそういうプレイを仕掛ける男もいない。狭い店内なのに、欲に忠実に快楽を貪る男共の視界はこうも狭いか、と熱狂の外にいる朝霞は思う。

 その中で、ひとりのバニーガールが朝霞の下へ困った顔で駆け寄ってきた。

「アカネさん、どうかしました?」

 白川アカネ。150cmちょっとの身長と齢20ながら未だ幼い顔立ち、そしてそれらに不釣り合いなほど巨大で凶悪な胸を武器にしている嬢だ。

「マスター、お客様からの要望なのですが、どうも『獣姦』がしたいらしくて……」

「じゅ……? 申し訳ありません、もう少し詳しく状況を教えてくれますか?」

 ここに来ている客であれば、女は催眠で操られていると知っている。その上でリクエストを出してくる客もいる。

 普通の日であれば蹴るのだが、今日みたいな日は特別だ。可能な範囲で受け付けることにしている。

 いるのだが……時折こう、不可解な注文が来る時がある。

「それが……どうしてもウサギとセックスをしたいみたいで。バニーガールとではないのか、と確認しても『ウサギだ』と譲らなくて……」

「あぁ、なるほど」

 困り果てた顔で伝えてくるアカネ。朝霞はおそらくこうであろう、というものを察してハンドベルを手に取る。

「その注文は何番テーブルのお客様ですか?」

「1番テーブルです」

「わかりました。それでは」

 チリン、とベルを鳴らしてアカネを催眠状態に堕とす。

「貴女はプロのコンパニオンです。だからお客様の要望はなんでも叶えることができる。お客様がウサギとセックスしたいというのであれば、貴女はウサギになることができる。いいえ、もうなっている。その頭の上にある大きな耳。人間にそんな耳はありませんよね? それは貴女がウサギになっている証拠。自分でも気付いていなかったかも知れませんが、もう貴女はウサギになっているのです。でもウサギは二本足じゃ立ちませんよね? ほら貴女の両手は脚に、前脚になる。もう立つことができなくなりますよ」

 アカネは無表情のまま、ゆっくりと腰を下ろし、しゃがんだまま両手を床に着く。

「さぁ大きいお耳のウサギさん。もうウサギさんになってしまった貴女は二本足じゃ歩けないし、ヒトの言葉も喋れない。そしてウサギさんは年中通して発情期なんです。ウサギさんになってしまった貴女ももちろん発情期。もう子作りしたくて、オスの濃い種を中に注いでほしくてたまらなくなる」

 今のアカネは催眠状態で意識は眠らせているはずだが、発情期との暗示を植え付けられたアカネの息がどんどん荒くなる。

「さぁ1番テーブルに貴女のタイプのオスが待っています。満足するまで子作りしてきましょう。オスが満足するまでじゃありません。メスウサギである貴女が満足するまで、もう孕んじゃうまでオスの子種を搾り取っちゃいましょう。そして満足したらまたここに戻ってきてください。ほら、ウサギさん、目を覚ましましょうね」

 しゃがんでいるアカネの目の前で手をパチン、と叩く。ピクン、と弾かれたように顔を上げた彼女は、何も喋らず、ただ荒い息を漏らすだけ。

「ほら、1番テーブルは向こうですよ。行きなさい」

 朝霞がテーブルの方を指差すと、彼女は顔だけでその先を追う。彼女の視界にテーブルとそこで待っている男が映ったら、その背中を叩いてやる。

 アカネはウサギのように飛び跳ねながら、しかしウサギにはない大きい胸を揺らしながら、1番テーブルに戻っていく。

 男の前に戻った彼女は男に対して無言でお尻を振るだけ。彼女にとっての『発情』アピール。男も焦らしたりすることなく、迷わず自分のモノを突っ込んだ。発情ウサギとヒトの男との子作り交尾獣姦カップルが成立した。

 彼女が満足するのが先か、男が枯れるのが先か。わざわざ催眠までリクエストしてきたんだ、女よりも先に満足するなんてことはないだろう、なんて考えながら、次のドリンク注文が来るまでのんびり眺めていた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 閉店時間か近づくと、手すきのコンパニオンから順にテーブルを離れ、バニースーツを脱いで裸になる。

 今日の感謝祭の相手はバニーガールだけ。ただの裸の女は給仕のウェイターで、『おさわり』だけは許されてるがプレイの対象外。そしてプレイが終わった女から順に衣装を脱ぎ始め、バニーガールは誰もいなくなる。それがこの店の『お開き』の順序。

「本日はありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 店を出ていく客の背に、朝霞はにこやかな表情と感情のこもっていない声で挨拶を投げる。

 最後の男が店から出て、バーに残ったのは朝霞と二十数人の女のみ。

「それじゃぁ皆さん、集まってください」

 コンパニオンをカウンター前に集めて、いつものベルを鳴らし催眠に堕とす。

 この音を鳴らしてしまえば最後、警察官であるアキも、嬢であるアカネも、職業での貴賤はなくなる。今の彼女らは等しく朝霞の操り人形に過ぎない。

「はい、それではこれからお片付けの時間です。何も考えずに作業してくださいね。床はこの雑巾で。テーブルはこの布巾で。モップ、ホウキ、塵取りはそこの用具入れにあります。服が汚れるといけないのでそのままお掃除してくださいね。はい、行ってください」

 その一言で、目に光の灯っていない女たちが動き始める。

 打ち合わせも相談もしていないのに、雑巾を手に取る女、用具入れに向かう女と役割が分かれ、それぞれの職務を遂行する。ある女は床に這いつくばりながら雑巾で拭き、あるものはモップを引きながらただ機械的にフロアを往復する。

 それは無機質なロボットではない。彼女らの四肢はしなやかで、体温もある。しかしメイドや家政婦ではなく、彼女らの瞳におよそヒトの意志はない。

 ただただバー・ヒプノを掃除するだけに存在している肉人形が二十数体。日本最高峰の遊郭で嬢をしている、誰もが振り向く美人たちが、朝霞の声ひとつで人形になり、身包みを剥がされ、一切の意見も意志も持たずにただただ従う。

 その女を完全に支配していることに、朝霞はこの上ない満足感と充足感を覚える。

「ただ一瞬の肉体的な快楽を求めることに何の意味があるのか、てんで分からん」

 カウンターの椅子に、映画監督のようにふんぞり返って座りながら、フロアを、自分の人形たちを眺める。

 延々と行われた乱交の後は、人形たちによってフロアは元通りの綺麗さと清潔さを取り戻す。しかし人形は掃除を止めない。朝霞から止めるように指示が出ていないから、止めることもなくひたすらにそのタスクを遂行し続ける。

 その光景に、朝霞は満足そうに口角を上げる。

 バー・ヒプノは『感謝祭』から『ただ一人の男による、ただ一人の男のための人形劇』になる。

 今宵のイベントの第二部は、誰にも、人形である彼女らにさえ知られず、しかし一人の男を満足させるために粛々と進むのであった。

<終>

4件のコメント

  1. ※当方の手違いでコメントが削除されてしまいましたのでざくそんが再書き込みいたしました。申し訳ございませんでした。

    みゃふ より:
    2023.3.20 13:06 編集
    読ませていただきましたでよ~。

    第一話の導入シーン、第二話のイカサマダーツからのレズプレイ、第三話の逮捕やウサギ化など素晴らしいでぅ。
    正直エロシーンをもっとガッツリやってほしい気持ちもあるのでぅが(一話のシオリとユカのトイレシーンとかガッツリ見たかったのでぅ)、今作のさっぱり風味もこれはこれでいいものでぅ。
    っていうかイベント第二部をはよ!w

    であ、次回作も楽しみにしていますでよ~。

  2. Rubbyさんだ! 読みましたー!
    お客さんを操ってえっちな接客をさせるシチュ、大好きです!
    お友達を誘って連鎖落ちも王道ですね!
    ダーツで無意識に低い点を狙うようにして負けさせちゃうのも催眠的にフェチなポイントでした!
    今後の作品もとても楽しみにしていますー!

  3. >みゃふ 様

     さっぱり風味になったのは……単純にエロ描写が苦手なだけなんです……
     いずれしっかりしたエロ描写かけるようになりたい……
     次回作がお眼鏡に適うものになっていれば幸いです。

    >ティーカ 様

     やっぱり催眠ならこういう接客みたいなシチュは王道ですよね……
     そして催眠が絡む要素があるとホントいいですよね(自画自賛)。なので書きました。
     『オラッ!催眠!』じゃない催眠はそこまで多くないから自分で書かなきゃという使命感が……
     今後も期待せずに待ってていただけると幸いです。

  4. おつかれさまですう。
    これからもがんばってくださあい。
    ありがとおございましたあ。

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