新装開店・喫茶ヒプノ3

 

 連日の酷暑が厳しい夏のある日。

 喫茶店としては定休日。空調の効いた店内にミナモはおらず、朝霞ひとりだけ。

 自分で淹れたコーヒーを飲みながら動画を編集してると、朝霞のスマホが通知で震える。

『お疲れ様です。無事合流しました!』

 ミナモからだった。

 チャットアプリにはその一言と、続いて自撮り写真が送られてきている。

 駅中で、ミナモともうひとりが映ったごく普通の自撮り。

『じゃぁこれから遊び行ってきます!』

 そして次のメッセージ。朝霞は「了解です。楽しんでください」と素っ気なく返して、また作業に移る。

 事の始まりはしばらく前に遡る。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ひとつお願いしたいことがあるんですよ」

「お願い? とりあえず聞くだけ聞きますが……給料とかですかね?」

「違いますよ。えっとですね、プライベートとしてマスターに依頼ってできますかね?」

「依頼って……なにをですか? コーヒーくらいなら淹れますけど。それとも車を出して欲しいとか?」

「いやそうじゃなくて。催眠を掛けて欲しい相手がいるんですよ。

「それくらいなら構いませんが……もう少し詳しく説明してくれます?」

 そのまましばらく話を聞いていくと、ミナモが学生時代に好きだった女性の先輩が、仕事の都合でこっちの地方に引っ越して来たそうだ。

 学生の頃に告白して玉砕。そして就職で別の地方に行ったから諦めたけど、それが戻って来てしまったので……ということだそうだ。

 写真を見させてもらうとなかなかの美人で、なるほどミナモがアタックするのも納得というところ。名前は八尾ツムギというらしい。

「で、その先輩に催眠を掛けて欲しい、ということですか」

「そうです! そしてメチャクチャにしたいです!」

 意気込むミナモだったが、朝霞はふたつ返事で首を振ることはできなかった。

「いくつか確認させてください。まず、その先輩をここに呼ぶことはできるんですか?」

 当然、「ここじゃないと出来ない」という訳ではないが、なにも知らない相手だ。ここでできるならそれに越したことはない。

「もちろん。さすがにマスターを出張させるなんて言いませんよ」

「次。ここで催眠をするということは、映像として撮って、それを売り物にするということです。その先輩を使うということは、貴女の好きな先輩を、貴女の手で、日本中の男性の……いわばオナネタにさせるということなんですよ?」

「うっ……そう言われるとちょっと悩みますね……」

「最後に、やることの内容次第ではミナモさんも映るかもしれないんですよ。それでも問題ないんですか?」

「私が映るのなんていつものこと……じゃないのか。先輩との絡みを撮られるのか。そうすると……うぅぅぅ」

 弱ったように唸り始めるミナモ。

 ただ、朝霞としても嫌というわけではない。いつも身を粉にして働いてくれるミナモのためにサービスをしてやろうという気はある。

 ただ、『ミナモと旧知の仲』で『嬢ではない=そう何度も店に来ることもない』相手という珍しい特性を持つ相手だ。ただミナモのためだけに消化してしまうのも惜しかった。

「ツムギ先輩とヤりたいけど、それを撮られるだけならまだしも全世界に配信されるとなると……うぅぅぅ」

 頭を抱えながら唸るミナモ。ツムギというのがその先輩の名前だろうか。

 まぁミナモ自身の映像も本人は意識できてないだけで何本も撮られてるのだが。

「そうですね……わかりました。いつもお世話になってることですし。たまにはサービスしてもいいでしょう」

 朝霞は考えをまとめて、やっとミナモに返事を返した。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ミナモちゃん、誰に送ったの?」

「昨日のマスター。今日休み貰ったから、これから遊びに行きますー、って」

「ふーん」

 ということで、私は憧れのツムギ先輩と一緒に、近くの大都市の中心駅で合流した。

「じゃぁ行きましょ、先輩!」

「行くのはいいんだけど……どこ遊び行くの?」

「今日は私に任せて。ついてきてください!」

 先輩を先導しながら、予め決めておいた目的地に足を進める。

 今日はマスターはおらず、私と先輩のふたりきり。

 それだけならただのお出かけなんだけど、当然仕込みは済ませてある。

 昨日、喫茶ヒプノに先輩を連れ込んでマスターにいろいろ仕込んで貰った。「後輩の私の目があるとツムギさんが気にして緊張してしまうかも」ということで、その仕込んでいる瞬間は見させて貰えなかったんだけど。

 ということで、私は地図と交互にマスターから送られてきたメールに目を通す。

 昨日からもう何度読み返したか分らないそれを、何度も何度も往復する。

 というのも、そこには先輩に仕込んで貰った催眠の内容が書かれてるから。

 「○○すると××になる」みたいなのから、常に発動しているようなものまで10種類ほど。

 「もっとこういうのも用意してくれたらいいのに!」みたいなのもあるけど、それはちょっと贅沢すぎるというものだろう。私の無茶を聞いてくれただけ感謝しないと。

 今現在、「ツムギはミナモの言うことを無条件に信じて従う」というものが発動してるらしく、行く先も知らせないまま先輩についてきて貰っている。

 他の催眠もどこでどう使おうか、昨夜メールを貰ってからずっと考えたルート。おかげでちょっと寝不足なくらい。

「先輩っていつこっちに引っ越して来たんですか?」

「先々週くらい。だからいろいろ案内してもらおうと思ってたんだけど……」

「なら大丈夫です。まずは買い物行きましょう!」

 先輩を先導しながら、私はまず駅ビルに向かう。

 中心市街の駅ビルだから、いろんなテナントが入ってるんだけど、私の目的は地下にあるランジェリーショップ。

 着きました、と先輩の方に振り返ると、少し不思議そうな顔をしている。

「下着屋? 確かに覚えといて損はないんだろうけど……なんで最初がここなの?」

「ほら、こっちで心機一転頑張るなら下着も替えないと。有名なマンガにも『新しいパンツを穿いたばかりの朝みたいに清々しい気分だ』ってセリフがあるじゃないですか」

「そのマンガは知らないけど……まぁ、折角だしなにか買ってもいいかもね」

「でしょでしょ!」

 催眠があるからゴリ押しでもいいっちゃいいんだけど、先輩と不自然なやりとりもあまりしたくない。強引に理由を付けて店内へ。

 この店は駅ビルの地下ながらも、かなり大きめの店舗で品揃えも豊富。だからこそ、

「……やっぱり、先輩くらい大きいと売ってないことも多そうですよね」

 先輩くらいのサイズであってもそれなりにラインナップがある。

「そりゃねぇ……って今のは嫌味とかじゃなくて。でもミナモちゃんも大きい方じゃない」

「先輩のせいで自分に自信が持てないんですー」

 先輩はメチャクチャにスタイルがいい。BもHも90cm越えだし、その上しっかりくびれがあるからとにかく、とにかくスタイルがい。もうそれくらいの語彙力になっちゃうくらいにスタイルがいい。

 暑くなってきて薄着になってるのもあって、服の上からでも身体のラインがわかる。私だって日本人の平均よりはいいスタイルをしている自負はあるんだけど、先輩のせいでまったく自信にならない。

 そんな先輩と下着選び……なんだけど、

「先輩、ちょっとこっち来てください」

「ん?」

 お店の隅、人目に付きにくい場所に先輩を呼んでから、

「ちょっと失礼します」

 先輩のほっぺを両方から挟んで、まっすぐ目を見つめながら、

「『先輩の無意識に話しかけます。先輩が思う、一番エッチな下着を選んでください』」

 マスターに仕込んで貰ってた催眠。

 『両の頬を押さえて、目を見ながら「貴女の無意識に話しかけます」と言うと、その後の指示を無意識で行う』らしい。

「じゃぁ先輩、先輩の好きな下着ってどういうのなんですか? 選んでください」

 先輩から一歩離れて、動きを見守る。上手く効いててくれればいいんだけど……

「えっと……あ、うん。わかった。ちょっと待ってね」

 手を離して、先輩に買い物に映ってもらうことにする。

 先輩は店内全体を見るように軽く一周。

 悲しいことに、いわゆる『巨乳』のブラというのは品揃えとしてあまり多くない。私のスタイルでさえそうなんだから、先輩は猶更だ。

 大きめのサイズが並んでいる小さなエリアで、先輩は小さく唸りながら選んで、

「先輩ってそういうのが好きなんですか?」

 手に取ったのは、黒のブラとショーツ一組。

 ブラはカップ部分がレースで、そのほかの場所はシースルーで素肌が透ける。ショーツは白いフリルの可愛らしいアクセントがついてて、裏のお尻の方は全部透けちゃうレース。それだけでだいぶエロいのに、それを先輩が着けたらって考えると……もうたまらない。

「好き……そうね。今日はこれにしようかなって」

 さっき『エッチなのを選ぶ』ってしちゃったから、好きかどうか聞いたときに少し引っかかりがあった。純粋に先輩の好きな下着のタイプも気になるけど、それはまた今度にしよう。今日は先輩の好きな下着より、そのエッチな下着を付けてる先輩を見たい。

「私はとりあえずこれにしようと思うんだけど、ミナモは買わないの?」

「え? 私?」

 私は先輩に買わせるつもりで来てたんだけど……そう言われたら自分用に一組買ってもいいかなと思ってくる。自信満々に先輩を連れてきたけど、そんな頻繁にくる場所じゃないし。

「んー……じゃぁ、これにしようかな」

 私は目についた、白い花の模様があしらわれた一組。エッチさはないけど可愛らしくて、ちょっと盛れるやつ。

「ミナモも十分な大きさがあるんだから、盛ろうとしなくてもいいんじゃない?」

「先輩ほど大きければいいんでしょうけどさぁ」

 すぐ横に先輩のおっぱいがあると、コンプレックスとまでは行かずとも多少の敗北感を覚えてしまう。

「じゃぁ試着しましょうか。えっと……『先輩の無意識に話しかけます。試着したら写真を撮って、私の意見を求めてください』っと。更衣室はあっちみたいですね」

 先輩の背中を押しながら、軽く押し込むようにして先輩を更衣室へ。急がなくてもいいのは分かってるけど気が逸ってしまう。

 影が透けない厚めのカーテンの向こうで、服を脱いでいく衣擦れの音。

 私の指示で先輩がブラを――自分で選んだエッチなブラを付けてるのを想像しちゃうと心臓の鼓動が早くなって、下腹部が熱くなってくる。

 写真はまだかと、先輩とのトーク画面のリロードを繰り返す。

 そしてついに、一枚の写真が投げられた。

「エッッッッろ……」

 思わず声が出てしまった。そして急いで周囲を確認する。

 声が聞こえそうな距離には誰もいなかった。ホッと胸を撫でおろしてから改めて写真を見る。

 先輩のB90越えのおっぱいを包む、黒のレースとシースルーのブラ。それでも横から胸が少し零れている。大きいだけじゃなく柔らかそうな胸が。

 そしてなにより試着室での自撮り。この状態の写真を撮れるのは先輩ただ一人しかいない。先輩がえっち下着を着けている、盗撮でもなんでもない先輩自身が撮った自撮り。興奮が無限に高まっていく。

 残念というか当然と言うか、下は私服のロングスカートのまま。とても残念だけどセットで見れる機会はまた作れるだろうから今は諦めることにした。

『どう? どこか変かしら?』

「あっ返信」

 思ってたより長時間見入ってたらしく、返信の催促が来てた。

『最高です! この上なく似合ってます! 即買いですよ!』

 慌てて返信すると、カーテンの向こうでまた音がし始める。

 少しして、先輩がカーテンを開けて出てくる。さっき着けてたブラを持って。

「はい、交代。今度はミナモの番ね」

「え? 私も?」

「そりゃそうでしょ。あ、ミナモちゃんも写真送ってね。私がチェックしてあげるから」

 肩をポン、と叩きながらそう笑う先輩。

 私は試着どころか、先輩に確認してもらうつもりもなかったんだけど……先輩にそう言われちゃうとなぁ……

 先輩に見てもらうことになるなら、もっと気合い入れて選べばよかった、と少し後悔。

 試着室に入って、手早く着替えちゃう。先輩と同じでブラだけ。

 ちょっと可愛い系の、白いブラ。私は可愛い系が好きなんだけど、先輩に見せるならもうちょい色っぽいのでもよかったかな……と少しの後悔と一緒に写真を撮って、先輩に送る。

 そして『うん、似合ってるわよ。ミナモは素材が可愛いからよくマッチしてる』と即レスが来る。

 私は見入って返信に時間かかったのに先輩は即レス……という感情と、単純に褒められて嬉しい感情の板挟みで複雑になりながら、元通りに着替えて先輩と合流。

「似合ってたよ。ミナモと違って私はそういうの似合わないからちょっと羨ましい」

「そ、そうですかねぇ……」

 直に褒められるとさらに照れてしまう。でも先輩も可愛い系も似合うのにもったいない……後でムリヤリ着せちゃおうかな。マスターから貰った催眠でやりようがあるし。

「じゃぁレジ行くわよ。それとも別のに変える?」

「いえ、これにします」

 いい感じのデザインだし、先輩に「似合ってる」と言われてるのに他のに変える必要なんてない。

 結局、先輩に釣られて私も買ってしまった。

 ま、まぁ持ってて困るものでもないしね、うん。

「で、次はどうするの? お昼にはちょっと早い時間だけど」

「いや、お昼にしましょう。少し遅れると一気に混み合っちゃうんで、早め早めがちょうどいい感じです」

「なるほど……ここくらいの街だと混むのも早いのか。ミナモのおすすめのお店とかある?」

「おすすめってほどじゃないんですけど、時折行く、ランチも美味しい喫茶店があるんですよ。そこはどうです?」

「じゃぁそれで。こういうのは慣れてる人に任せるのが失敗しないからね」

 今回はちゃんと先輩の同意を得て、少し早めのお昼休憩。

 普通の喫茶店……っていうとちょっと失礼かもだけど、むかしちょいちょい通ってたお店。

「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」

 少し早めだから席にはまだまだ余裕がある。

 この辺りには美味しいお店なんていくらでもある。それでもここを選んだ理由は単純で、全席ボックスシートであることと、一番奥に他からの目につきにくい席があるということ。目的はその席。

 その席なら先輩にちょっとイタズラしても、誰からも気づかれないってわけで。

 先輩がメニューに目を落としてる間、私はマスターから貰ったメモを改めて確認する。

 この場所で使えそうな、遊べそうなのは……

「ミナモ? オススメってある?」

「あはぃ!? あ、えっとですね――」

 急に呼ばれて素っ頓狂な声が出る。

 せっかく先輩を連れてきたのに、こっちのやりたいことだけをやるのは失礼かな。

 いったんスマホを置いて、先輩に向き合う。遊ばせてもらうのは食後にしよう。

 私はナポリタンセット、先輩はパンケーキのセットを注文して、普通の雑談に花を咲かせながら食事を終える。

「ちょっとお手洗いに」

 食べ終わって一服、というタイミングで先輩が席を立つ。

 私はここぞとばかりにスマホを、マスターから貰ったメモをチェック。

 ここで遊べそうなのは……

「あっ、これにしよ」

 面白そうなのをひとつ見つけた。

「なんか笑ってるけど、面白いものでも見つけた?」

「あ、お帰りなさい」

 ちょうどいいタイミングで先輩が戻ってくる。

 さっきと同じ、私と向かい合う位置に先輩が座ったところで、

「ちょっと面白いもの見つけたんですよ。手相占いなんですけど……先輩、ちょっと手出してもらえます?」

「手相? 別にいいけど」

 手を伸ばしてこっちに手のひらを向けてくれる先輩。

 私はその手を取って、手相を見る――のではなく、その手のひらをテーブルにペタリと押し付ける。

「え? 手相じゃないの?」

「手相は手相なんですけど、手の甲なんです」

「へぇ。それは初耳……ぃっ!?」

 私が先輩の手の甲に指を這わせると、身体をビクっと震わせる。

「どうしましたか? 先輩?」

「い、いえ、ちょっとくすぐったいだけ……ぇっ」

 確かにちょっとくすぐったくなるような触り方をしてるかもだけど、先輩の反応はそれに収まらない。

 当然マスターに仕込んで貰った催眠の効果があるわけで、『手のひらを床やテーブルや身体に当てているとき、手の甲が自分のおっぱいの感覚になる』という内容。

 私はあくまで先輩の手の甲を撫でてるだけだけど、先輩にとっては自分のおっぱいを愛撫されてるのと同じ状態になってる。

「ね、ねぇ……いつまで触ってるのぉ……手相を見るんでしょ……ぉっ」

「見て診断するんじゃなくて、触っていろいろ確かめる占いみたいです。くすぐったいかもしれないですけど、声は押さえてくださいね? お客さんそこそこ入ってきてるんで」

 入店したときは空いてた店内も、今はそれなりに時間が経ってお昼時。席はほとんど埋まっている。

 先輩はくすぐったいだけ、と言うものの、漏れてる声は相当に色っぽい。声を抑えなければ周りから不審に思われる……かもしれない。

 普段はクール系というか、冷静沈着を崩さない先輩。その先輩が漏らす、弱々しい声が最高にクる。

 実際は他のお客さんの食器の音やオーダーの音でかき消されてるんだけど、そこまで気にする余裕がない先輩は必死に声を抑えようと口を堅く結んでる。

 全体を優しく撫でたり、指の付け根にある骨の部分をつま先でカリカリと引っかいたり。

 先輩はなぜか感じちゃってる自分の大きなおっぱいに目を落とすけど、当然なにもあるわけがない。

 少しでもその感覚を抑えようと、もう片手で自分の胸を抱えるように、守るように抑えてるけどそんな抵抗はもちろん意味がなく、私が手の甲を弄るたびに先輩は可愛く反応してくれる。

「先輩、もう片手も見せてください」

「え、でも……」

「両方見ないと……じゃなかった。触らないとわからないんですって。あ、両手を同時に触るんで、引っ込めないでくださいね?」

「ね、ねぇ……これやっぱりやめにしない?」

「ダメです。ほら、手を出してください、セ・ン・パ・イ」

 少し強めに言うと、私に逆らえなくなってる先輩は両手を私に差し出してくれる。

 その両手を机に押し付けて、両手同時に触っていく。

 手の甲の真ん中部分、中指真下の骨の出っ張ってるところが先輩の乳首とリンクしてるのかな。ここを触ってる時が一番反応がいい。

 ただ手を触られてるだけで可愛く吐息を漏らしてる先輩。

 ……をずっと見てるのも楽しいんだけど、今私が触ってるのが先輩のおっぱいだと思うと、あの試着写真で見たおっぱいだと思うと、手のひらじゃ満足できなくなってなんか急に冷めてしまった。

 先輩も顔が真っ赤で、声も抑えられなくなりつつある。両方の乳首を同時にいじめられると耐えるのは厳しいらしい。この場所で変な注目を浴びるのは私も避けたいので、

「ありがとうございます、いろいろわかりました」

 そろそろ先輩を解放してあげることにした。

「や、やっと終わったのね……」

 もうへろへろになってる先輩は、すぐに手を引っ込めることさえせず、大きく息を吐いて背もたれに体重を預ける。

「で、な、なにがわかったのよ、ミナモ……」

「えっとですねぇ、先輩はだいぶ欲求不満で、えっちな刺激に敏感な人、ってことですかね」

「よっきゅ……!? そんなこと……いやでも……」

 いきなり欲求不満だと指摘されて、否定したいけどさっきのことを考えると、手のひら触られただけで感じてた自分を考えると否定したくてもできない、といった感じ。

 そのまま、釈然としないまま悶々としてる先輩を連れて、会計をして外へ。

 さっきから無言のままの先輩の手を勝手に引きながら、近くのカラオケボックスに、喫茶店の半個室じゃなくて完全な個室に連れ込む。

「ちょ、ちょっと私お手洗いに……」

「あ、飲み物だけ先に決めて貰えたら私取ってきますよ?」

「じゃぁウーロン茶で……」

 先輩がトイレに行ってる間、私はセルフサービスのドリンクバーで飲み物を用意。

 待ってる間、一曲目になにを入れるか……ではなく、次はなにをして遊ぼうか、マスターから貰ったメールを読み直す。

 カフェのボックスシートとは違って個室。それにカラオケだからある程度は防音。ドアはガラス製だから廊下からは見えちゃうけど、よほど変なことしない限りは大丈夫のはず。

「あ、待っててくれたの? 先になにか入れててもよかったのに」

「せっかく先輩がいるのに独りで始めるのも寂しいですから。それに一曲目って迷いません?」

「それはわかる」

 だいぶ落ち着いた表情になって先輩がトイレから戻ってくる。

 喫茶店で遊んだ時から15分ほど経っている。平常心を取り戻すには十分な時間かな。

「んー……なに入れよう……」

 先輩は軽くウーロン茶を飲んでから、デンモクを弄り始める。

 座っている位置は、ドアのすぐ前に私で、その向かいに先輩。廊下からだと死角になる位置だから、変に動くように仕向けたり、あるいは私がなにかしない限りは廊下からバレる心配はなさそう。でもさすがに極端なことはできないけど。

 私はデンモクを弄る先輩に、スマホのカメラを向ける。

「はーい先輩、ちょっとこっち見てください」

「ん? どうしたの?」

「じゃぁ動画取りますねー」

「えっ? あ……あ、うん」

 録画ボタンを押して、ピッ、という電子音と一緒に先輩の録画を始める。

 そして、

「じゃぁ先輩、名前と年齢と職業を教えてください」

「えっと、八尾ツムギ、26歳。職業は……まぁ一般事務です」

 デンモクから目線を上げて、しっかりとカメラ目線になって答えてくれる。

「今日はなにをしに来たんですか?」

「今日は大学の後輩に遊びに誘われてきました」

 先輩にとっては脈絡もなにもない、唐突な質問だろうけど、にっこり笑って答えてくれてる。

 今回使ってる催眠内容は、『カメラを向けられている時に質問や要求をされると、どんなものでも楽しく答えて、受け入れる』というもの。

 私は見たことないんだけど、男性向けのAVだと女優さんに対するインタビューというのが冒頭によくあるらしい。

 ウチで撮るビデオでも似たようなことを何度かやったから、だいたいの雰囲気は知ってる。この催眠内容もそれをイメージしたやつだと思う。

「今日これまでなにをしてきたか、教えてください」

「えっと、朝9時半に○○駅前で合流して、まずは買い物して、その後は喫茶店で早めの昼食をとって……えっと……うん、今のカラオケに至ります」

 昼食の後に少し詰まった。あの『手相占い』のことを思い出したんだろうけど、そこは省かれてしまった。いや、言葉にしたくでも自分でも理解できてないからできなかったのかな? まぁいいや。

「買い物ではなにを買ったんですか?」

「えっと、下着ね」

 『楽しく答える』催眠だからか、恥じらいや戸惑いみたいな感情を感じさせない、にっこり笑顔での回答。

 普段の真面目な先輩なら絶対にこうはならない返事に変な興奮を覚える。

「じゃ、それを見せてください」

「いいけど、ちょっと待ってね……」

 先輩は買い物袋をガサゴソと開けて、件の黒レースの下着……ただ下着というよりランジェリーという言葉の方が似合うそれを取り出す。

「そのランジェリー、すっごいエッチな見た目なんですけど、そういうのが好きなんですか?」

「好き……というか、私もだいぶ性的な興奮を高めるデザインだと思う。なんでかは分からないけど、今日はこれを買おうと思ったのよね」

 うーん言葉が硬い! 表情は柔らかいのに表現が硬い! でもそんな真面目な先輩が私の手の上だと思うとたまらない!

「あ、これ聞いてなかった。先輩のスリーサイズ、あとカップ数っていくつです?」

「最後に測ったのは数か月前だけど、98、62、94のGね」

「じ、G……」

 思わず「Gって何番目だっけ」とAからGまで指折り数えてしまう。

 うーん……やっぱりすごい。

「じゃぁ、次はちょっとマイク持ってもらって……」

 マイクを先輩に手渡して、

「そのマイクを男の人のおち〇ちんに見立てて、手コキしてください」

 『カラオケ』と『エロいこと』の部分集合を検索したら、出てきたのが古いバラエティ番組の『手コキカラオケ』だった。

 もちろん私におち〇ちんはないし、当然ディルドなんて持ってきてない。だからマイクをそれに見立ててもらう。

 過去にヒプノでも『バナナがおち〇ちんに見えてフェラをする』なんてのはやったことあるけど、場所はいつものスタジオか喫茶店かだった。

 普通のカラオケボックスでそれをさせる……手コキの動きをしてもらうという行為に、私は今これまでに感じたことのない、不思議な背徳感を感じている。

「いいけど、これはマイクの頭の部分はどっちでやればいいの?」

「えっと……どういうことですか?」

「ほら、頭の部分を亀頭として扱うのか、睾丸として扱うのか」

「あー……どっちでもいいですよ。先輩のやりやすい方で」

 やっぱり言葉選びが硬い! 真面目! でもそのまま手コキを始める先輩。

 マイクを上下逆さまにしてるってことは、頭の部分は金玉袋として扱ってるんだろう。そこを優しく揉みながら、全体を優しい手つきで上下にしごいていく。

 そしてふと、先輩の動きがそれなりに手慣れていることに気がついた。

「先輩って、手コキとかしたことあるんですか?」

「あるわよ。といっても彼氏だけよ。彼氏はこうやると喜ぶんだけど、そもそもこの動きで合ってるのかしら?」

 自信なさげに、しかしとても慣れた動きでマイクを責め立てる先輩。

「AVとかで勉強したりは?」

「特になにも。いくら彼のためでも、そこまでやる気は起きないし」

 それなのに、過去に何度も見た『嬢』の動きのように艶めかしい動きをするのは天性のセンスなんだろうか。

 ん? ちょっと待ってね?

「彼氏? 彼氏ってことは先輩はもしかして非処女……」

「そりゃね? 私だってもう26だし」

「……初体験は」

「えっと……21か22だった時。あ、手コキどうこうもその彼氏よ。そんな男をとっかえひっかえしてるわけじゃないから誤解はしないでね」

 じゃぁつまり、私と大学で遊んでいた時に、誰かもわからない男の棒で処女喪失したってコト……!?

 私の告白を断ったのは、その彼氏がいたからってこと!? あの時はそんなこと一言も言ってくれなかったのに……!

 そう考えると、むくむくと別の感情が沸いてきた。

 先輩を犯したい。先輩を自分のものにしたい。

 そう火がついてしまったら、自分で自分を止められなくなった。

「先輩、撮影は終わりです。移動しましょう!」

 撮影をやめて、乱暴に荷物を持つ。

「え? 移動って……まだ一曲も入れてない――」

「い・い・か・ら! 行きますよ!」

 有無を言わせず先輩を連れ出す。

 先輩とのフツーのカラオケはマスターに頼らなくても機会を作れる。だからそれはまた今度!

 先輩の手を強引に引きながら、数駅移動して下調べしておいたラブホに直行する。

「別に休憩するんだったらカラオケのままでよかったんじゃない?」

 とまぁ先輩は、ラブホにまで連れて来られてるというのに能天気なことを言ってのける。私の気持ちも知らずに!

「じゃぁ先輩、着替えてください」

「着替えるってなにに?」

「さっき買った下着にです!」

「なんでそんな急かしてるのか分からないけど……」

 すこし困惑した表情で、お風呂場の方に向かう先輩。そうはさせません!

「ここで! ここで着替えてください! どうせ女同士なんですし!」

「んー……わかったわよ」

 さらに困惑が増した表情のまま、自分の上着に手を掛ける先輩。

 先輩のおなかの白い肌が見れたくらいのタイミングで、「チリン」という聞き覚えのある音が響いた。

 始めて来たはずのラブホで、その聞き慣れた音を認識した瞬間、私の意識はぷつり、と切れてなにもかもが真っ暗になった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「あまりにも、あまりにも早すぎますって」

 ベルを何度か鳴らしたあと、立ったまま手と首がだらん、と垂れているミナモとその先輩のツムギを前に、朝霞は大きなため息をついた。

「いや、私がミナモさんを甘く見てたのでしょうか……」

 意識のないふたりを誘導して、ベッド、もといマットレスに横たわらせる。

 そしてこれからどうしたものかと、二人を見下ろしながら悩み始める。

 今日の一連の流れ……というか、大筋は最初から朝霞が仕込んでいた。

「ミナモさん、今日はなにをしてきたか、詳細に、朝から順に話してください」

「はい……朝は朝9時に――」

 朝霞は、当然ツムギだけでなくミナモにも催眠を仕込んでいた。

 その内容は、『ミナモがリードしてツムギを連れまわす』『その中で朝霞が仕込んだ催眠を使う』『ホテルは喫茶ヒプノのスタジオだと誤認して、必ず最後にここに来る』、そして『性欲に素直になる』、『大好きな先輩相手だから性欲が普段より増す』。

 最後のふたつが朝霞の想定を超えていて、ミナモは思ったよりはるかに早く喫茶ヒプノに戻ってきたうえに、性欲丸出しのプレイングを始めてしまった。

 そんなありきたりなプレイやただのセックスではつまらない。

「――そしたらすぐにカラオケを出て、ここへきました」

「わかりました。カラオケで撮ったその映像はスマホですか?」

「はい」

「ではパスコードを教えてください」

 朝霞の問いに対して、うわごとのように、しかし嘘偽りなく答えていくミナモ。

「せっかくいろいろと使えそうなものを仕込んでおいたのに、まさか半分も出番がないとは……」

 『ミナモの指示は絶対』、『ツムギの無意識を誘導する』、『手の甲に胸の感覚が移る』、『ビデオを撮られる』くらい。

 それに『ツムギの提案や指示は必ずそうしないといけない』という逆パターンも仕込んでいたのだが、発動していたのは下着の購入とその自撮りだけだったようだ。

 あのままレズプレイに流れ込ませてもよかったのだが、朝霞の客は、というより朝霞自身がそんな安直なものを求めていない。

 ミナモの『先輩を世の男のオナネタにされたくない』という考えを最大限尊重して、ミナモが今回撮ってきた写真や映像に顔モザイクを入れておまけとして販売という算段だったのだが、成果はカラオケでのビデオと、更衣室での写真だけ。さすがに物足りない。

 結局、自分が求めるモノは自分でしか作れないのかと嘆きながら、朝霞は二人に催眠誘導を始める。

「ベルの音が、全身に響いていく。からっぽの頭の中、身体のなかを何度も何度も反響して、全身に響き続ける」

 ミナモはともかく、ツムギには念入りに施術する。トリガーがしっかり反応する適性があるといえ、経験が浅い相手には慎重に。

「貴女はからっぽのマネキン。頭の中も、身体の中も、音がよく反響する、からっぽのマネキン人形」

「からっぽのマネキンに、新しい機能をつけましょう。最新鋭のAIをあなたたちに組み込みます」

「持ち主のの指示に忠実に従うAIです。持ち主の指示に従って、全身が動く最新鋭の素晴らしいマネキンです」

「指示があると、必ず『はい、ミナモは○○します』、『はい、ツムギは○○します』と復唱して確認してから動き出す、素晴らしい最新鋭のマネキン人形」

 せっかく自分たちで選んで買ってきた下着があるんだから、それを展示するマネキンになってもらおう。最近流行のAIも組み込みながら。

 催眠を仕込んでから、朝霞ひとりで撮影の用意をする。普段はミナモと分担してたのもあって久々に一人でスタジオを駆け回る。

「では、おでこを押すと電源が入ります。貴女たちの持ち主が電源を入れますよ。はい、ぽちっ」

 ミナモとツムギの額を同時につん、とつつく。

 さっきまで閉じられた瞼がゆっくりと開く。意志の見えない、暗い瞳。

「マネキンさん、立ち上がりなさい」

「「はい」」「ミナモは」「ツムギは」「「立ち上がります」」

 暗示通り指示を復唱しながら、ゆらりと立ち上がる。

 改めてカメラの画角を確認してから、本格的な撮影に映る。

「マネキンさん、服を脱いでください」

「「はい、」」「ミナモは」「ツムギは」「「服を脱ぎます」」

 復唱をさせる暗示がうまく入っていることを確認しながら、二人が服を脱ぎ終わるのを待つ。

 ミナモが脱いだ服はそのまま、ぱさり、と床に落ちる。スカートもシャツも、ブラもパンツも迷わず脱いでいき、すべてが床に落ちたところでそのまま動かなくなる。

 ツムギの方はというと、ブラウスを脱いだら畳む、レギンスを脱いだら畳んで重ねていく、と丁寧に脱いでいく。ツムギが先に脱ぎ終わって全裸のまま立っている横で、一定の早さで、キャミソールを脱いで、また丁寧に畳む。

 ミナモは「服を脱ぐ」というのは本当にただ脱ぎ去るだけで、ツムギは指定されない限り「畳んで片付ける」というところまでが「服を脱ぐ」という行為に含まれるんだろう。こういった差が朝霞の好物であり、またミナモに理解されないものだった。

 そのままツムギが脱ぎ終わるのをしばらく待って、すべて畳んでマットレスの上に行儀よく置き終わるとようやくカメラに向き直ってくれる。

 マネキン二体がカメラの前で静かに並んでくれている状態は、否が応でもミナモとツムギを比較させる。そしてそれは朝霞に妙な納得をさせる。

 ミナモも一般的な感覚なら、間違いなく「スタイルがいい」女性であるが、ツムギはその先にいる。遊郭にいる、スタイルを売りにする『嬢』と差がないくらいの豊満な身体。ミナモが狙うのも納得である。……いや、それはミナモがカラダだけで他人を見ているようで失礼だろうか。

 まぁいい。

「ではマネキンさん。自分のスリーサイズの寸法を教えてください。まずはツムギから」

「はい。ツムギのスリーサイズは、上から98、62、94です」

「次はミナモ。スリーサイズの寸法を教えてください」

「はい。ミナモのスリーサイズは、上から81、64、82です」

 朝霞はスタイルの良し悪しに興味はない。そんなものはどうでもよくて、自分の術中にある女が自分のプライベートな情報を、自分の指示通りに曝露していることに興奮を覚える。

「さて。マネキンさん。後ろに置いてある下着を着てください。その下着は商品ですから、タグは外に出してくださいね」

 二人の後ろに、それぞれが選んだ下着が置いてある。

「はい、ミナモは下着を着ます」

 すぐに答えてから、行動に移るミナモと、

 一度振り返って、後ろにちゃんと下着が用意されてることを確認してからまたカメラを見て、

「はい、ツムギは下着に着替えます」

 返答するツムギ。ツムギの場合は下着を置いてなかったら、要は実行不可能な命令だったらエラーを返してきたかもしれない。それはそれで面白そうだけど、動画としてのテンポを損ねるので後ろ髪を引かれながらも次へ進む。

 ミナモの方は足元に脱ぎ捨てられたスカートや元々の下着を踏みながら、新しいショーツに足を通していく。

 指示通りに、タグがしっかり見えるようにしながら着用してくれる二人。

 朝霞はカメラを持って、二人のまわりをぐるりと一周。タグが付いたまま、まだ「衣服」ではなく「商品」であることを示すそれをつけたままの着用は、二人が人間ではなくマネキンであることを表してくれる最高のワンポイント。

「『自分で選んだ下着を宣伝してくれるマネキン』ってところでしょうかね……」

 二人の全身全周を撮り終えて、最初の位置に戻ってくる朝霞。

「ではマネキンさん、そのままマネキンのお仕事を続けてください。次に指示があるまで、そのまま立っていてくださいね」

 二人、いや二体のマネキンを放置したまま、朝霞はミナモのスマートフォンを手に取り、撮ってきた動画の確認を始める。

 マネキンの仕事は、衣服を着用したまま立っていること。逐一指示を与えて実行させる人形も最高のモノだけれど、せっかくマネキンとして扱うならマネキンとして放置したい。

 ミナモとツムギ。スタイルのいい女性ふたりが、ヒトとしての意識を奪われモノとして立たされ、商品を身に着けながら朝霞の指示通りに、マネキンとして仕事をする。朝霞としては最高のシチュエーション。

「……ふぅむ。これは及第点。ここで働いた経験が生きてる」

 ミナモが撮ってきてくれた動画は満足のいくものだった。量は足りないけど、シチュエーションとしては悪くない。

 5分弱の動画を見終えて、一度スタジオを離れて自分のパソコンにデータを保存。そしてまたスタジオに戻る。

「ちゃんと仕事して偉いですね、マネキンさん」

 その間も微動だにせず、自分たちの仕事を全うしてくれていた。

 生身のヒトが、意志のない虚ろな目で、なにもない一点をただ見つめたまま、自分の指示に従ってそこに立ち続けている。その光景と状況が朝霞がもっとも好きなものだった。

 朝霞としてはこのまま数十分、数時間とさせたいのが本音。だけどもそこにあるのは残念ながらマネキンそのものではなく、自分をマネキンだと思っているだけの人間。人間であれば当然、肉体に負荷がかかる。軍人や守衛のような特別な訓練を受けている人なら別だろうが、そうじゃない人に身動きひとつさせず立ちっぱなしにさせるのはよろしくない。

 せっかく手に入れた人形を壊すことは、もっとも避けたいものだった。

 販売する動画としては、マネキンを立たせたままフェードアウトでおしまいにする。カメラを止めて撤収作業に入るとしよう。

「マネキンさん。お仕事は終わりです。着ている商品を脱いで、後ろのマットレスに座ってください」

「「はい」」「ミナモは」「ツムギは」「「着ているものを脱いで、座ります」」

 十分ほど放置された後でも、朝霞の指示には素直に反応してくれる。

 今回は『商品』としたからか、ミナモも脱ぎ捨てるわけではなく、丁寧に元あった場所に戻してくれる。

 脱いだら座って待機してくれている二人に寄って、

「またおでこの電源スイッチを押して、電源を切ってしまいます。電源を切られたら当然、AIとしての意識もすべて消えて、なーんにもわからない、感じない状態になりますよ」

 ツムギの額をつん、と押してから、そのまま後ろに倒れ込んでいく身体を支えながらゆっくりマットレスに寝かせる。同じようにミナモも寝かせて、記憶の処理に入る。

 ツムギの方は、二人で楽しく遊んだだけ。ミナモの方は、朝霞の暗示でツムギを弄んで、最後にゆっくりできる喫茶ヒプノに寄った、ということにする。下着はそれぞれ必要だから買ったということにして。

 ミナモが撮ってきた動画は……まぁ削除せずにそのまま持たせておいてもいいだろう。さすがにミナモの「収穫」をすべて奪うほど人でなしではない。

 先にミナモだけ喫茶店スペースに移動させて、『ツムギは暗示を解くために別の部屋にいる。その間に疲れが溜まってたのかうとうとしてしまった。頭の中でゆっくり10数えたら目を覚ます』と仕込む。

 ツムギは念入りに暗示を解除しておく。仕込んでいたいくつかのトリガーで、朝霞の認知しないところでミナモが遊びだして……なんていう余計なトラブルは避けたい。いつもの『嬢』と違ってリピーターにさせる必要もないし。

 トリガーを解除し終えたら、催眠状態のままミナモの待つ喫茶店スペースへ移動。

「あ、お疲れ様です。ちゃんと解けました?」

 ミナモはもう目を覚ましていて、こっちに気付くと声をかけてくる。

「当然です。他の人相手にやってるのを何度も見たでしょう?」

「そうなんですけどー……もし解けなかったらまた先輩で遊べるのになぁ、って思って」

「残念ながら。もし仮に解けなかったとしても、私の認識してない場所では絶対にやらないでくださいよ。今回は普段頑張ってくれてるミナモさんのために、特例中の特例なんですから」

「わかってます、冗談ですってば、冗談。今日はホントに感謝してるんですから。この動画は家宝ですよ……」

 手に持ってるスマホには例のカラオケの動画が映っていた。

 ツムギをミナモの対面に座らせて、

「じゃぁツムギさんを起こしますよ。喫茶店としての営業時間は8時までなので、それまではこの部屋でゆっくりしてて構いませんので」

 ツムギにもさっきのミナモと同じように、『疲れが残って寝てしまった。自分の無意識で10数えたら目を覚ます』と暗示を入れて、

「じゃぁ私は裏にいますね。今日はもともと勤務日じゃないのでいつ帰っても構いませんが、帰る時は一声かけてくれると助かります」

「わかりましたー」

 朝霞は事務所に引っ込んで、さっき撮ったばかりの、二体のマネキンの動画をパソコンに移す。

「んー……いや、よくできたマネキンですね、これは」

 朝霞自身、自分の性癖を満たすために『嬢』にマネキン化をやったことは何度もあるが、全身をわざわざ眺めることはしなかった。動画のためにマネキンの周囲をぐるっと回った映像は、朝霞にとっても新鮮なものだった。

「我ながら商品タグ付きはだいぶいいワンポイントだと思うんですが……さてさて」

 朝霞が販売しているサイトは個人サイトではあるのだが、コメント、口コミ欄も用意している。全国の同志が「これがよかった」や「ここが物足りない」などと意見を飛ばしてくれる場所。朝霞のこだわりに気付いてくれる同志はいるだろうかと期待半分、不安半分だ。

 動画を移しながら、次の販売データの整理をする。別の『嬢』で撮った本編と、今日のオマケ映像。ミナモの暴走という想定外はあったものの、販売分のデータは揃ったのでひと段落。座ったまま大きく伸びをする。

「マスター、コーヒーミル使っていいですか?」

 ちょうどそのタイミングでミナモがひょこっと顔を出す。

「あ、なにか飲みますか? 私が淹れますよ」

「いいんですか? じゃぁ遠慮なく……」

 しばらくここに残ってゆっくりする気なのだろう。

 今日するべきことはひとまず達成しているので、朝霞も手が空いている状態。ミナモとツムギの注文のため、カウンターに向かった。

 

<続く>

2件のコメント

  1. 喫茶ヒプノの続編だ!
    日常生活の中で仕掛けられた後催眠暗示を利用して遊んじゃうシチュ、大好きー!
    もっとこう、大勢の男の人が見てる前で恥ずかしい目に遭わせたりいたずらしてもいいんじゃないですか!?(単に自分の好みの問題で)
    え、先輩のことは男の慰み者にしたくないからダメ? ですよねー。

    マイクの上下どちらを先端に見立てるか、とか、ミナモちゃんとツムギちゃんで下着に着替えるまでの反応の違いなどは、実にRubbyさん好みのシーンが描かれてますね? わかりますわかります。ただの性行為を望まない面倒な催眠フェチズムも含めて。

    4話も読みますねー。

  2. 三話と四話に繋がりがなかったので両方に感想。
    こっちはミナモさんサービスデイ。
    とは言ってもミナモさんが暴走して早々に終了してたんでぅけどw
    仕込んだ後催眠を全て消化してほしかったところでぅ。
    ミナモさんが提案を断れないというのとかも含めて。

    ツムギさんは今回限りっぽい感じでぅけど、ミナモさんに絡ませられる人材という点でもリピーターにして準レギュラーにするのもありじゃないかと思ったところでぅ。
    まあ、ミナモさんが他の人に見せるのを嫌がるだろうからお手伝いになるし、ツムギさんにそっちの趣味がないから理解されないだろうし無理かw

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