被験者の記憶集4

 短大生:梓(20)

 7月××日(土)

 

 

 私は催眠にかかるのが好きだ。

 エロもエロなしでも好きだ。

 だから通話でも対面でも、自分から相手を探すことはままある。ちょうと今みたいに。

 ただ相手を探すことはままあるんだけど、残念なことに、『ハズレ』も少なくない。

 いや仕方ないのはわかる。『催眠術』なんていうわかりやすくエロい題材なんだ、妙な連中がたくさんいるのは不思議なことじゃない。

 でもその『ハズレ』にも種類がある。例えば、単純に催眠の技量がないタイプ。暗示文が出てこなかったり、緊張でテンパっちゃったりする人。でもこのタイプは場数を踏んで慣れていけば改善する可能性が大いにある。

 そして『ハズレ』の中でも質が悪いのは、コミュニケーション能力に難のある『自称催眠できますおじさん』。

 たまーに『催眠をマスターすることによって女性にモテる』みたいな情報商材の売り方してるの見るけど、あれによって悲しい『催眠できますモンスター』が誕生している。

 あの文言は間違えてはないと思うんだけど、誤解しか生まない。

 というのも、催眠術ってのはコミュニケーションの延長線上にあるもので、催眠術をするためには最低限のコミュニケーション能力が必要になる。

 『催眠』というスキルを獲得するためには前提スキルの『コミュニケーション』を獲る必要があって、『コミュニケーション』は『異性との付き合い』のスキルにも繋がっている。だから『催眠』というスキルを獲る過程で『コミュニケーション』スキルを獲得するので、結果として『異性との付き合い』スキルにも手が届くようになる、という流れ……なんだけど。

 無理矢理に『催眠』だけ獲得したとしても、前提の『コミュニケーション』が獲れてないので変な挙動を起こす妙な『自称催眠術師』が出来上がるというオチになる。んでこうなると上位スキルの『催眠術』を獲った気になるから、たいていの場合は前提スキルの『コミュニケーション』を獲りに戻ろうとしない。なかなか難しい問題である。

 まぁ地雷上等で行く人もいるっちゃいるんだけど、私はそんな酔狂はしない。

 ので、私は気になる人がいたらそのアカウントを非公開リストに入れて1、2ヶ月監視してから、その上で名前とIDで検索してから声をかけてる。

 新規開拓として次に声をかける相手をリストの中から探す。んでIDと名前を検索して無難そうな相手。

 この『ディーシー』って人にしてみる。プロフを見て思い出したけど、『エロあり、本番なし』って書いてるのが目に留まったんだ。

 男で催眠どうこうなんてのが大半がヤリモクなのに、男側から本番なしって書いてたのが珍しかったんだと思い出した。

 我ながらこの後のアポ取りは慣れたもんでスムーズに進む。

 時間と場所をテキトーに決めてから、どんな催眠を希望か聞かれる。

 特にコレ、って希望はないけど、エロ系で催眠っぽさがあるやつ、って。ただエロやるだけなら催眠にこだわる必要はないので。

 

 

 んで当日。駅前合流でまずファミレスで一緒に昼飯を食べる。

 ここで軽く相手をはかる。『悲しき催眠できますモンスター』の場合は割と簡単にボロが出ることが多いんでダメそうなら申し訳ないけどここでドタキャンする。

 ディーシーさんの場合はそれはクリア。なんだけど会話が普通すぎるというか『無難』な人って感じだ。こういう人の催眠はマジで普通過ぎるか、逆に癖が強いのかのどっちかなイメージがある。

 癖が強い催眠ってのだと本人の技量も相応に要求されるけど……はてさて。

 

 

 飯を食べたら移動してホテルにイン。ただ昼飯直後ってのもあって、満腹感からそこそこ強めの睡魔に襲われる。

 ソファーに腰を降ろして一息。ディーシーさんはトイレに入ってった。

 んで秒で水が流れる音がした。まぶたが重たい。一瞬だけだけど意識が飛んでたらしい。

 戻ってきたディーシーさんも私の睡魔に気付いたのか、「催眠は少し落ち着いてからにしますか」って提案してくれる。

 まぁ変にやると催眠じゃなくてガチ睡眠になりかねないから助かる気遣い。言葉に甘えることにした。

 というわけで少し雑談タイム。開けたファミレスじゃなくて個室だ。催眠でもなんでも突っ込んだ話題もできる環境。

 話題はなんにしようか、なんて思ってると、「昨日の夕飯は何を食べましたか?」って聞いてきた。

 信じられない切り口に思わず固まる。

 食事というのは生活の縮図だ。食べたものの種類、内容、そして時間など、その全てが生活に密接に関係している。それを教えるというのは自分の生活をつまびらかに晒すということと同じであり、自分の恥部や趣味嗜好を相手に知られるということである。

 いくらエロ催眠を前提とした相手だからといって、初手から食生活を公開するのはだいぶ抵抗感が強かった。

 さすがに初手から食事内容を聞かれるなんて思わなかった。なーにがコミュニケーションだ、レビューもアテにならん。可能な限りディーシーさんを不快にさせないように、遠回しに断る。

 そしたら次は「普段どういうオナニーをしてるのか教えて欲しい」とのことだ。

 今度は逆につまらないくらいの日常会話になった。

 別にオナニーの話くらい聞かれりゃいつだって答えるのに。

 前になんかで見たことある。最初に絶対無理な提案をすることで、次の本命のハードルを下げる話術みたいなやつ。別にそんな回りくどいことしないでも……逆に初手から食事の話題振る方がリスキーだろう。

 まぁとりあえずオナニーの話。私は胸を触るのが好き。乱暴にとか、強い刺激を、とかよりもゆっくり高めていくタイプのが。

 ありきたりかもしれないけど最初は乳輪のあたりを指でなぞる。それを10分くらい、じっくりと自分で自分を焦らした後に、乳首を思い切りつま先でカリカリと引っ搔くのがたまらない。それだけで腰がビクンビクン跳ねちゃうし、指が往復するたびにイっちゃう。我ながら開発の成果が出ていると思う。

 その後は片手を自分のナカに突っ込んで、こっちは一気に責めるのがいい。だいたい初手でナカはぐちゃぐちゃになってるのでその勢いのまま一気にヤる。気が済むまでヤるってのが私のやり方。

 だからセフレとヤるときもそういう感じでやってくれると嬉しいんだけど、がっつきたがりが多くて困る。気持ちは分かるから正面から拒絶はしないけどさ。

 まーそんな感じです、って回答。

 したら今度は立て続けに「やってるのを見せて欲しい」って。

 はいはい、っと軽く返事をして、私はベッドに横になる。

 オナニーを見せるのは別にいいんだけど、おっぱいを晒すのは恥ずかしいのでシャツは脱がずにブラだけ外す。

 んでシャツも脱いで、薄手のキャミソール一枚だけになる。その状態でさっき話した通り、乳首の周りを指先でなぞる。

 普段から直接触るよりも、シャツ一枚だけでやっている。そっちの布の摩擦がちょこっと残っている状態の方が私はすき。

 そのままゆっくり時間をかけて自分を焦らしていく。

 オナニー自体はそれなりに頻繁にするんだけど、他人に見られながらするのは実は初めてだったりする。これまでに感じたことない不思議な興奮も湧いてきた。

 しばらくしてキャミを浮かばせるくらいに乳首が勃ってくる。先端に意識と快感が集まって、ここを触れば、弄れば、すぐにイけるって自覚がある。でもまだ早くて、この状態からまだ焦らす。腰が勝手に動き始めて、ショーツが濡れてるって感覚がわかる。ここでやっと乳首に爪先を立てて、思いっきりカリッと引っ掻く。

 イぐぅっ、と声を出しながら、腰を振るわせながら快感が爆発する。そのままカリカリし続けて何度もイく。頭の中で小さい花火が何度も爆発する感じ。

 そのタイミングで片手を自分のナカにいれる。ショーツを脱ぐのは恥ずかしいので、ショーツの中に手を入れて弄る。

 乳首の快感と、追加されたナカでの快感。その二つが合わさって長くて重い快感が来る。頭の中の花火の弾ける光の快感と音で重く響く快感の合わせ技。

 だけど時間をかけて脳内の快感の爆発は少しずつ小さくなっていって……腰のガクつきも収まってオナニー終了。ベッドに大の字になって脱力する。

 普段はぁ、こんな感じでぇ、オナニーしてます……、と、息も絶え絶えという状態でディーシーさんに報告。

 しかしディーシーさんは自分がオナニーして欲しいって言ったのに興味がないのか、また「昨日の夕飯なんですか」って聞いてくる。

 絶対にイヤってわけじゃないから教えてあげてもいいんだけど、なんでいきなりプライベートな領域に踏み込もうとするんだこの人……

 一度ならともかく、二度目ともなるとしつこいと一言言うべきだろう。そう決めてオナニーで脱力してた身体を起こすと、目の前にディーシーさんが来ていた。そして私の顔の目の前で思い切りパン、と手を叩く。

 そしてもう一度「昨日の夕飯はなんでしたか」って。

 私は乾いた笑いを漏らしながら、起こした身体をまたベッドに投げる。

 

 

 あー思い出した……

 『食生活』と『オナニー』の価値観を入れ替えさせられたんだ。『オナニーは誰だってしている、ごく一般的な生活の一部。恥ずかしがることのない、一般的な日常』、『でも普段感じている、オナニーの恥ずかしさは食事に行ってしまう』、『食生活は誰にでもあるが、それを知られるというのは自分の食の好み、傾向、自炊かどうか、時間など極めてプライベートなもの。それを晒すのは自分の性癖を暴露するのと同じであり、ひとりでするならともかく、他人に見せるのは極めて恥ずかしいもの』って。

 んでホテルに入ってすぐ仕込まれたんだった。そして『昼飯直後だったから満腹感でうつらうつらしてただけ』ってことにされて、催眠を意識できなくさせられてた。

 ディーシーさんは軽く笑いながら、「昨日は何食べました?」って。

あれ、昨日の夕飯ってなんだったっけ……覚えてないというか、思い出せないというか。

 「じゃぁ夕飯はいいですから、もう一度オナニー見せてくれませんか」って。嫌ですー、恥ずかしいですー、って軽く悪態つきながら本来の返事をする。

 こんな感情ぐちゃぐちゃにされた状態じゃ、昨日の夕飯みたいな、思い出せるものも思い出せなくなるってものだチクショウ。

 自分の価値観は正常に戻ってるから、大股開きで濡れたショーツをディーシーさんに向けてるのは恥ずかしいってことはわかる。けどオナニーを晒した以上は今更でどうでもよかった。

 ただ『オナニー』に関しては羞恥心もノーガードになるハズなのに、『服を脱ぐこと』は恥ずかしいままで拒否したのが自分のことながら不思議だ。後から来るこういう自覚が催眠の醍醐味のひとつ。すぐハメることしか能のない連中にはこれは分からないんだろうなぁ……

 って感想戦で話してるとディーシーさんも大いに同意してくれた。

 催眠でエロいことっていうと、わかりやすいのだと感度n倍とか、感覚移動とかあるけど……だいぶ回りくどいクセが強いタイプの人だった。でも嫌いじゃない。

 催眠のレパートリーがあるのか聞いてみると「それなりに」と返ってきた。

 なるほどそれなり……この感じだとクセというか性癖が強いヤツだろう。んで本番セックスなりでのそれなりの数っていうと……うん、やっぱりクセが強い人のようだ。

 気に入った。また機会があればお願いしてみよう。他のクセ強催眠が気になる。

 ……しかし、感度増加とか即発情とかじゃない、一般的なモノじゃないのを好む人って普段のオカズとかどうしてるんだろ。そういう人が集まるアングラな場所があるんだろうか。

 いろいろ考えてると頭も落ち着いてきた。落ち着いてきたところで時間を確認する。……うん、まだ時間はある。

 私はそのまま、二回戦を、別のネタをディーシーさんにお願いするのだった。

 

<つづく>

2件のコメント

  1. 最後

    梓さんは価値観の入れ替え。途中で価値観おかしくされてるなーとは思ってたらやっぱり入れ替えられてましたね。
    夕飯の話は全力で拒否するのにオナニーは普通に披露する図はいい感じでぅね。

    今回の四作ともというかこのシリーズの決まり事なんだと思うのでぅが、女性視点で淡々と語られる点、被験者女性が全員自分からかかりにいってる点はいいと思いますでよ。
    前者は淡々としているので読みやすいし、後者はリアル催眠的にラポールの構築だのなんだのがクリアされるのは良かったでぅ。
    暗示やシチュで違いを出すのは難しくなっていくかもしれないでぅが、続きを楽しみにしていますでよ~。
    であ。

  2. 続く、とのことなので今後の作品にも期待します。

    エロ目的の作品だと、最初女性に催眠をかけるきっかけをどう持っていくかって難しいと思うのですが、逆に催眠にかけられたいという女性たちのお話なのは目からうろこでした。あ、そっかそれでいいんだって。
    こういう紳士的な術者は好きです。内側に隠された「癖」が大きいのに、それを表に出さない所も良いですね。

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