※この作品には一部フィクションが含まれています。
◆催眠お悩み相談室 その1
「……うう」
気が重い。明日は凱旋式――つまり、北方戦線に出ていたあの女やアルスさんたちが帰ってくる。聞いたところによると、あの女は雨天に乗じて魔術を一つ。ぬかるんだ足場を凍り付かせ、進退窮まった敵兵にアルスさんの部隊と神盟者たちが強襲。一網打尽とし戦意を完全に打ち砕いての大勝利。
北シレニスタの要衝、『狼鳴きの関』を見事守り抜き、聖シレニスタ王国の威光、その不滅なることを堂々と誇示しての凱旋となった――。
結構なことで。
あの女は聖王陛下に賜った聖業(クエスト)として、かのダモクレシア戦役に赴いていたはずだ。ということは凱旋式では彼女に神晶石の授与があるのだろう。また! あの女に!! 差を!!! つけられてしまうのだ――。
――と、少し前の私なら考えていた。
「ふふ、ふふふふ。くふふふふ」
笑止千万。アウレイラ・トレグレン何するものぞ。“霧氷の魔女(フロスティ・ソーサレス)”がどうだと言うのだ。私は、もうあの女の嫌味八丁に感情を左右されるようなちっぽけな魔術師ではないのだ。大賢者ミリセンティアさまなのだ!
自分でもぜんっぜん実感ないけど!! そうらしいので!
「……」
などと思っていてもやっぱり気が重い。私はレシヒトさんの部屋へ向かっている。なんでって、大賢者としての訓練のため。これは私が望んでやっているんだから、彼は悪くないんだけど……それでも、どうせまた、めちゃくちゃ変なことをさせられるんだろう。
昨日のアレは本当に酷かった。何がひどいって、私の中にはまだトーマス君がいるらしい。レシヒトさんが呼び出せば、またいつでも私はリルさんにメロメロのトーマス君になってしまい、女の(自分の)身体に夢中になってしまうんだとか。馬鹿なのか? 何故そんなことを?
ちなみに、リルちゃんが呼んでも出てこないようになっている。そこだけは正しい判断をしてくれて助かった。そんなんしたら、私は二度とミリセンティアに戻してもらえない恐れがある。困る。
「……うぁー……」
もう一つ気が重いのはやはり、アルスさんとのことである。神盟者召喚(ガチャ)でレシヒトさんを迎えたのは、彼が出征に出ている間のことであり……彼は、自分の留守中に自分の彼女が別の男を迎え入れているなんて考えてもいないだろう。また、これが完全に魔術師と神盟者としての、節度を守った主従的な関係であったなら言い訳もできるんだけど……。
「……どこまでなら、大丈夫……なのかな……」
リルちゃんとエッチなことをした、これは大丈夫な気がする。いや、『そんな異常なことをするなんておかしい』……言いそうだ。『男と女の正しい関係を覚えてもらわなくちゃな』うあああああやだ気持ち悪い!!
あとは……他の男の命令でオナニーさせられた……駄目だな。他の男の前でパンツ脱いで帰った……無理。いやそもそも、他の男の声で気持ちよくなって、心を奪われているという時点で完全にアウトなのでは? 私はとんでもない不貞を働いた淫乱だと思われるのでは?
「やだ……絶対怒られる……」
誠に悲しいことですが、どうやら怒られの発生は不可避のようです。
自慢じゃないが、私は怒られるのが嫌いだ。怒るのも苦手だけど怒られるのも苦手だ。だって仕方ないじゃない。怒ったってどうしようもないのにどうしてそんなこと言うんだ。私はレシヒトさんたちを許したのに、どうして私は怒られるのか。
このような理不尽が許されていいはずがない。第一、私じゃなくてあの人の催眠が悪くて……でも私も許してはいて……ううう、難しい。私にはこんな難しいことはわからないのだ。怒られると思った時点で、私の思考能力は赤ちゃんになるので。
「……」
密かに私は、ある決意を固めるのだった。
――黙ってよっと。
どう頑張っても怒られる。交渉の余地がない。
だったら……黙ってるしか、ないじゃないですか……。
――。
「『ようこそ賢者さま』……はい、気持ちよく……落ちていく。今日も、言いつけ通りに僕の所へ……来る、ことが……できました。えらいですね……」
「……へ……ぇへ……」
えらい。私、えらいかな。そうだった。レシヒトしゃんが、毎日ここに来て催眠に掛かるようにって、言ってたんだった……。だから、私……ここ、来たんだ……。
「えらい、えらい……ミリちゃんは、とーっても、いい子ですね……よしよし……」
「ぁ、ふぁ……」
なでなでだ……好き……気持ちいい……。いい子……私、いい子かなぁ……。
じゅわ。
どういうわけか、涙が、出てきていた。
「いい子、いい子……ここでは、何も嫌なことはありません……ミリちゃんの、したいように……できますよ……よし、よし、なでなで……」
「ぉ、ぁ……あ゛、あはぁ……♥」
泣いたまま……気持ちよくなって、にこにこ、勝手に、笑っちゃって……幸せに、なった。
――。
ぱちん。
「あ、ぉ、あっ」
「ふう、大丈夫?」
おお……催眠、掛かってたんだ。そうだった、レシヒトさんとこ来て……あー、気持ちよかったな今の……。
「……はい……だいじょうぶ」
「何か、泣いてたけど……」
「……大丈夫です」
本当は……そりゃ、誰かに聞いて欲しいけど、こんなこと話すわけには、いかないし。
「じゃあ、自分で言うのと、催眠で言わされるのなら、どっちがいい?」
「んな……っ!?」
何なんだこの人。私の心を何だと思ってるんだ。ふざけてる。
「嫌? ……こういうの嫌いじゃないと思ったけど」
本当に、とんでもない悪党に捕まったと思う。こればっかりは私のせいじゃない……はずだ。
「……前、頼もうかなって言った……というか、言わされたというか、口を滑らせたこと、あったじゃないですか」
「何だっけかな」
「その……彼との、う、ぐ……」
この、別に恥ずかしがる意味はないと分かっていても恥ずかしくなってしまうの、やめたいと思ってるんだけどな……。
「ああ? 騎士の人?」
「そう、です。その人のこう、ええと、あれですよ」
「セックスかあ」
「……まあはい、そうですね……そうです」
脱力。本当に恥ずかしいのに本当に意味がない。悲しい。
「そういえば、彼氏さん帰ってくるんですよね。泣くほど嫌なんですか」
「そういう訳じゃなくて……うう、その……いや待って。私がしおらしくなる必要わかんないですよこれ。大体貴方のせいですよね?」
「あれ?」
すっとぼけてんじゃないぞクソエロ催眠術師。あんたが私に彼に言えないような暗示入れまくるせいでこんなことになってんですよ。あんなことされなければ私はもっと清くいられたんだ。
「こんなエッチなことばかりしてたの、さすがにばれたら怒られるんですよ。いくら魔術のためったって限度があるし、わかってもらえるわけないじゃないですか」
「ああ。そういう人なんですね、やっぱり」
「そういう人とかそういうんじゃなくて、一般常識として駄目ですよ。レシヒトさんの世界ではOKだったんですか?」
そういえばこの人は異世界から来ている。もしかしたら、彼氏の留守中に別の男の催眠に掛かって何度も気持ちよくされても許される世界から来ているのかもしれない。なんだその爛れた世界は。
「いや普通に怒るんじゃないっすかね」
「あれぇ!?」
「自分はまあ、気にしないですけど……そういうのは、世間では浮気とか呼ばれるかもしれない」
「そうですよねー!!! うう、やっぱりそうなんだ……」
私はどうやら浮気をしていたようだ。なんてこった。
「でもそれは、ミリちゃんが魔術師として大成するために必要だったんでしょ。それは応援してくれるんじゃないのかな」
「え、っと……あー……どう、かなあ」
思い出す。私の夢――宮廷魔術師。それはまあ、叶った。魔術訓練校(アカデミー)の入学書類を出し損ねたときはどうなることかと思ったけど、私には本があった。いくらでも取り寄せて勉強したし、すごく楽しくて……気付いたら、ほとんどの体系魔術(クラフト・ツリー)は扱えるようになっていた。
それからまあ、色々あって……神聖魔術師団の所属にはなれど、燻っていた私を、宮廷魔術師に推薦して下さったのが――現在の聖王陛下だった。
「どうって、その……彼氏さんだって、ミリちゃんの夢は応援してくれてるわけでしょ?」
夢……というか、野望、だと思う。『最強の魔術師になりたい』。私は、この最高に面白い技術を極めて、そして、みんなに『すごい』と言ってほしいのだ。
それで、えー……『彼』はと言うと。
「……無理、かも」
「え、なんで?」
「あの人、副騎士団長じゃないですか。だからかな……よく『君は俺が守る。だから、君は俺の住む家と、新しい家族を守ってくれ』とか言う」
「アー」
レシヒトさんが、額に手を当てて『アー』になってしまった。
「なんだったら、『君みたいな可憐な女性が、無理に戦場に出る必要なんかない』『結婚したら、魔術師なんてやめてしまおう。仕事は続けたいなら、アカデミーの講師とか、あるだろ?』みたいな感じです」
「アー」
アーになっとるね。
「ミリちゃん的には、それは嫌なわけだ」
「嫌ですよ。それ、私じゃなくていいってことですから」
ふんす、と鼻息が出る。なんだったらそれ、私みたいな聞き分けのない女より、もっと適任な人がいるはずなので。嫌だけど、でも、彼が善意100%でそれを提案していることは、私でもわかるわけで。
「で、それを抜きにしても目下の問題は、ええっと……痛い、んだっけ?」
「……はい。痛いのをされるのは、好きなんですけど……」
多分、催眠に掛けられているわけではないはずだ。だけど、妙にするする言葉が出てくる。これはあれだ。『アルスさんには全部黙っておく』と決めたからだ。
どうせ話さないし、どうせバレたら終わりなんだから、だったら何を言おうが問題ないわけだった。恥ずかしい気持ちもあったけど、なんかもう、バカバカしくなってしまったのだ。
「痛いのをされるのが痛いのはよくても、気持ちいいはずのことが痛いのは嫌と」
「そういうことです!!!」
そういうことだった。
「ミリちゃんの悩みを全部解決するのは、催眠でも難しいね」
「ですよねえ」
「でもセックスの方は何とかなるよ」
「ですよね……え? あれ? なるんですかソレ」
セックスが痛いの、いやまあ、後催眠暗示で痛くなくさせたりとか、そういえばできるのかもしれないと思うけど。何ていうかそれより驚くのはむしろ……。
……なんで、そんなのやってくれるんだろ。
「まあ、やってみる価値はあるよね。ミリちゃんがいいならだけどさ」
「いい、とは?」
「内容が内容だから、当然エッチな暗示になる」
「今更何言ってるんですか?????」
めっちゃ素で睨んじゃったんですけど。
貴方私に何やったか忘れてませんか? 大丈夫ですか?
「もう少し直接的になるよってこと。直接ヤっちゃうというのは無しとしても、エッチなことを思い浮かべてもらったり、自分で触ってもらったりするので、見えちゃったり声が聞こえちゃったり――」
「あー、まあいいですよ」
「――あれ? いいんだ? 正直ちょっと意外だなあ」
いや、これはちゃんと明確な理由があって。
「何か今更な部分もありますし、それに……どうせ、彼には全部、言えないんで……一緒だし」
「アー」
またアーになっとるね。
「そういうことなら、してあげようかな」
「あ、それ。こっちも疑問なんですけど……どうして、してくれるんでしょう。普通、男の人って……イヤじゃないです? そういうの」
「そういうのっていうと……ああ、『他の男とセックスするためのお膳立て』みたいな?」
「そうそう。正直、レシヒトさんは……私と彼を別れさせようとしてるんじゃないかと思っていたんで。いやこれ、なんか自意識過剰みたいでイヤなんですけど、私のことどう思ってるのかわかんなくて」
だって彼は、ことあるごとに私やリルちゃんにエッチなことをしたがるし、支配しようとする。逆らえないようにさせられる。彼の物に、されてしまいそうに、なる。リルちゃんなんかもう大体そうなってるんじゃないか、アレ。
あ、そういうことなら……彼の目当ては実は私じゃなくてリルちゃんで、だから私が彼に抱かれてもどうでもいい、ってこと? それならそれで納得できるな……。
「え? ミリちゃんは最高に可愛いよ。大好きだし、絶対逃がさない」
「はあ」
いきなり何を言い出すんだ。恥ずかしいと思う前に引いたわ。
「でも、他の男がどうとかは全然、気にならないんだよね。そんなことより、合法的にミリちゃんにエッチな催眠掛けられるなら嬉しい。どんどんやってあげたい」
「バカなんですか?」
バカなんだろうなあ。だって、そんなことをして……私がアルスさんとのエッチを、本当に楽しめるようになったらどうするんだろう。それでも彼は何も思わないんだろうか。やっぱり私の自意識過剰ですか?
「ミリちゃんが気持ちよくなれるなら、それは良いことじゃん。喜んでお手伝いするよ」
「えー……」
なんかこう、男の人ってこういうのじゃなかったと思うんだけどな……レシヒトさんの世界では、そういうもんなんだろうか。いや、違うな……単にこの人がおかしいだけ、だと思う。
「じゃあ、やってみようか。不満は確か、性交痛と、行為のマンネリだったっけ」
「うー、まあそんなところです……」
だったら、そのおかしな好意に、甘えさせてもらうのは悪くなかった。
などと、呑気に構えていたのだ……私は――。
「ところで、リルさんは呼ばなくていいの」
「もうわかったので。あの子が見ている方が危険だってことが」
「正しい理解だなあ。それじゃ、久しぶりにゆっくりたっぷり、落としてあげようか――」
「あ……♥」
これは、宮廷魔術師ミリセンティアの――背徳と堕落の記録、なのかもしれない。
◆催眠お悩み相談室 その2 ★
――自分は催眠を掛けるとき、暗示以外では嘘をつかない。
それは催眠術師としての信頼を担保する、最低限の矜持というものだ。
しかし、人を騙すのにおいて――こと催眠においては特に――必ずしも嘘は必要じゃない。
『催眠では、本当に嫌なことはさせられない』――事実だ。確かにその通りだ。
では、催眠で本当に嫌なことをさせることは、できないのだろうか?
実は、そんなことは全くない。
どうすればいいかって、簡単なこと。
――嫌なことが入らないなら、嫌でなくしてしまえばいいだけだ。
ゲームと一緒。相手の持っている防御能力――ここでは『嫌なことは受け入れない』という意識――が、使いたい効果を妨げているのなら、それに引っかからない方法で攻略すればいい。
だから、自分は暗示以外で嘘はつかない。
だって……そもそも、そんな必要はないんだから。人間、正直が一番だろう。
「これから……貴方が、お付き合いしている男性と……より素敵なセックスを、楽しむことができるよう、催眠をかけて……いきます。貴方は、今……とても、困っていますね……だから、私の声を、自分の意志で……聞いて、います」
「ん……」
元居た世界では、催眠術を題材にした創作物は、ある程度人気があった。自分もそういうのは、好きだ。
しかしそれらの多くは……何らかの手段によって成立させる、強力な催眠暗示によって、対象を思い通りに操るというものだ。まあ、僕がずっとやっているのも、それの一種ではある。
でも、実は『催眠で他人を望むように操る』という目的があるとき――実は、その本質は違うのではないか。自分はそう思っている。
「自分から、聞いているから……いつもよりも、ずぅーっと深く……この声は、入っていく……自分で開いた、心のドアを潜り抜け、深い、深いところへと……届いて、いますね……」
「ぁ……」
実際、強力な催眠暗示で人を無茶苦茶に操ることは、できる。しかしそれは、相手との信頼関係、いわゆるラポールというやつがあってのことだ。それ無しに相手が本心で望まない暗示など入るわけがない――いや、入れようと思えば、一工夫すれば入れられるけど……まあ、入ったとして、本当に相手の望まないことをやっていては、大抵はすぐに信頼を失うことになる。結局、ご破算ということだ。
じゃあ、催眠による支配というのは……何が本質なのか。
それは――その『本心』の方を、変えてしまうことだ。
「貴方は、初めての……感覚を、覚えるでしょう。この声が、お腹の奥に……[ずん]……と、響いて、きます……ほら、[ずぅん]……」
「ぉ、ぁ」
催眠を掛ける際に気をつけていることがある。『落としやすい方から落とす』というところだ。性別が変わってしまう感覚を楽しむために、身体の感覚を変えるよりも、記憶を変えた方が楽、というのは、この間実際にやった。
では、人を操ることを考えたとき、どうか。
『本心では望まないことを、無理やりさせられる』……これは、抵抗が強い。できないことはないが、難しいことだ。
『本心では望まないことを、望んでやっていると思わせる』……いくらか賢いやり方だ。より、やりやすくなる。だけど。
一番楽なのは、これだ。
「……[この]、とても低い声が、[ずぅん]……、と響くと……とても、気持ちいい感覚が、波になって……[ほら]。広がる……」
「ぉ、ぉぁ、っくぅ……♥」
「ほら、[ずぅん]……、と広がる。好き、これが好きになりますね……[ずんっ]、と気持ちいい声、好き……気持ちいい、ですね……」
「ぉぉお……♥ しゅ、しゅきぃ……♥」
一番賢いのは、『望んでいなかったことを、本心で望むようになるのを待つ』だ。……これは、とても簡単。だって、催眠に掛かってしまう以上……いくらでも、何度でも、セックスよりずっと気持ちいい体験――トランスの快楽、操られる昂奮、他にも色々――を味わってもらうことができるんだから。
人間、不快な相手を好きになるのは難しい。――裏を返せば、気持ちいい相手を好きにならないのもまた、難しいのだ。
普段、他人に催眠を掛けるときには、ここは意識して加減しなくてはいけない。そうして溺れていった相手のことを、ちゃんと面倒見られるのか。できなければ、相手にとって不幸なことになるし、自分も大変な目に遭う。だから、リルに掛けるときも、気持ちよくはさせるけど……自分に依存してしまわないように、お互いに『遊び』の範囲で済ませられるようにと、これでも気を遣っている。
「[この声が気持ちいい]……[この声が好き]……そうですね。貴方は、[この声を]……気持ちよく受け入れて……深い、催眠状態になることができる。深く、深く落ちていくことができますよ……」
「ぉ……」
例えば、好きでもない相手に操られてエッチなことをするのは……まあ普通、嫌だろう。でも、大好きな相手にさせられるのなら?
それは普通、嫌ではない。それどころか、心から望む場合も多いだろう。一度そうなってしまえば、もう――『嫌な暗示は受け入れない』なんてものは、機能しなくなる。だってそもそも、嫌じゃないんだから。
「[落ちる]……深く、深く……落ちていく。[ほら]、この声が――[ずぅんっ]……と響くと――[もっと落ちる]。深く深く、どこまでも気持ちよく――ほら、3、2、1……[0]。[ずぅん]……と、沈む……」
「ぉ、あ……っご、ぉ……お゛おぉぉ……♥」
つまり、こうしてミリちゃんを気持ちよくさせ続ければ――彼女はきっと、僕のことを好きになってしまう。彼氏が居ようが居まいが、関係なく。ミリちゃんが不義理なわけでも、不貞を働いているわけでもなく……人間として、本能レベルで、快楽に溺れていく。
『僕のことを好きになってしまうよ』と暗示を入れるのは簡単だ。そうして偽りの愛情を植え付けることもできる――そういえば、リルには1回やった。あれも、楽しい。
だけど、そんなことをする必要は別にないんだ。
「とても……とても深い、気持ちのいいところ……[いつもより低い、この声が]……とても、とても……気持ちよく、[響いていますね]……」
「……ぁ、ぉぁ」
自分はただ、催眠で彼女に尽くしてあげればいい。何だって聞いてあげればいい。ぴったり寄り添って、一緒に悲しみ、歓び、支えればいい。どんなお願いだって、叶えてあげればいい。どんな欲望だって、満たしてあげられる。ただ――ずっと、ずっと、何度でも、僕で気持ちよくなってもらえればそれでいい。
そうすれば、ミリちゃんなら――いや、まあ普通誰でも――相手のことを、好きになってしまう。
「[この声は]……貴方の望みを、何でも、叶えてくれる。貴方を、世界一……幸せな女の子に、してくれる声です……ほら、幸せが――[ずぅん]、と、込み上げる」
「ぉぁ♥ ……ぁ、はぁあ……♥」
相手を思いやって、慈しみ、優しく心を開いてもらって……そうして、好きになってもらえるのなら。
――そういうのを、あれだ。純愛とか、真の愛情とかって、言うんじゃないかな。
――。
「この……深い、気持ちいいところで……貴方には、たくさんのことを、教えました……」
ミリちゃんのお腹をさすって……呼びかける。ミリちゃんは、魔術師だから当然なのかもしれないけど――言葉から映像へとイメージする力が、並外れて優れている。そのためには、知識があるとなお良い。知識は紛れもなく、彼女の強力な武器だけど……ここでは、ちょっとした毒にも、なってもらう。
「女性器の造り……クリトリスだけではなく、Gスポット、ポルチオ……そして、乳首の快感と、子宮との繋がり……とても、不思議でしたが……賢い貴方は、すぐに覚えることが、できましたね……」
「えへ……♥」
「貴方はその……世界をも呑み込む想像力を、自分の体の中に、向けることができる。おへその下……お腹の中に、意識を向けると……そこにあるのは、子宮。膣の最も奥から通じる、赤ちゃんを育む小さな壺……貴方にははっきり、感じられる」
「……ぁ、んふ……♥」
ミリちゃんには、一般的にセックスで刺激する性感帯について、ディープな知識を叩きこんだ。深い催眠状態で、想像力を内に向け、感覚を一つ一つ抒情的に噛み締めながら、理解――してもらったわけだ。
「貴方は……貴方はこれから、私がこの……[この低い声を出すと]……その声は耳ではなく――[ここ]。子宮で聴いてしまう」
「……ぉ゛♥」
「ここは……女の子の本能に直結する所。[ここを]……[揺さ振られると]……女の子は誰でも――とてつもなく、[深い]……快楽を感じてしまう。[重たぁく]響いて……一瞬で頭が真っ白になり、愛情に満たされた気持ち――世界に愛される多幸感、この上なく深い[絶頂]、[充足感]、生物に与えられる最高の[快楽]――それらを一度に、味わうことができる。君じゃなくても……牝なら誰でも、そのようになる……[ほら]、押してあげる」
さすっていた手を止め……指3本で、臍の下少し下がった位置を捉えて、弾みをつけ――。
ぐにっ。
「お゛♥ お? おお゛ぉおお?? お♥ お、っご♥」
がく、がく、がく。全身が、釣り上げた魚みたいに痙攣している。深い催眠状態にも拘らず、目を閉じて居られなかったようで、完全に白目剥いたまま薄目を開けて……喉から変な声を出している。
いいよ、ミリちゃん。もっと気持ちよくなっていいんだ。
これから君を、この世界で一番気持ちいい女の子にするからね。
「この快感を……君は覚えてしまいました。君のせいではありません……どんな女性でも、こんなことをされたら、気持ちよくなるに決まっていますね……だから、君は悪くない……」
「ぉ、ぁ……あ、あー♥ あー♥」
「さて……」
声を――低く、落とす。
「[この声を]……君は、[ここ]。子宮で、聴いてしまう。[この低い声を聴くと]、ここが、耳の代わりに……ぶるぶる震えて、[ずぅん]、と響く……深くて、甘い快楽を、[ずくん、ずくん]、垂れ流し始める……これは……どんな女性も逃れられないから、仕方ないですね……貴方は、貴方の意志と関係なく――」
「ぉ、ぁ……お、ぉ? ぉ」
「――[この声で]……[ずくん]、と感じてしまう。深い快感。意識が濁る法悦。ドロドロの快楽。溺れるほどの恍惚。ほら――[ずくん]」
「お゛♥ あ♥ あっあ、あ、あー♥ ぉあ、あ……♥」
わなわな震えながら、かくかく、勝手に腰を振っている。気持ちいいんだろうね。そういう風にしたから、仕方ないね。ミリちゃんのせいじゃない。人間の心と身体のバグと……それを悪用する奴が悪いのだ。
「このことは、心の深いところ……そこにある大事な部屋。普段開けることのない部屋に、そっと……閉まっておくことが、できる……」
「ぁ……」
「3つ……3つ、数を数えると……元通りのミリちゃんが帰ってきて……すっきり、目を覚ますことができる。だけど……さっきしまっておいた、暗示は……全部、そのまま残っている。君は見ることができないけど、必ずそうなる。目を覚ました後、君は必ず言ったとおりになる。低い声が子宮に響き、[ずくん、ずくん]、震えだす。それは君の知らない快感。快感。[抵抗できない快楽]――覚えていなくてもそうなる。3つ数えて目を覚ますと、絶対にそうなってしまう」
「っ、ぉ……ぐ」
ひくひく、ひくひく、瞼が強く引き攣っている。こうやって強く、素早く畳み掛けると、意識をバイパスし、深く暗示を『叩き込む』ことができる。ぼんやりしている意識では、絶対に処理できない情報を、立て続けに送り込む。
「ほら、ひとつ……ふたつ、みっつ。はいっ」
ぱぁん。
深く落としていたので、勢いよく手を叩いて驚かせることで、すっきり起こそうとしてみる。
「んあ、あ、あー……?」
……起き切ってない。ミリちゃんは比較的、落ちた後の復帰がシャキっとしているタイプだったと思うんだけど……やり過ぎたかもしれない。
「ミリちゃん、大丈夫? ほら――ちゃんと、[起きて]」
「ぁ――ぉごっ、あ♥」
低い声で呼びかけると、ミリちゃんの腰が跳ねた。危ないので、上から掌で押さえてやる。
「気持ちいいよね……[この声が]、気持ちいい。[ずぅん]、と感じる……」
「ぉ♥ な、なに、ごれぇ♥」
「何って……ミリちゃんの――[大好きな声]……違った?」
「ぉあ♥ お゛♥ なにこれ、なにこれぇええ……♥」
起きたと思ったら、一瞬でくにゃくにゃになった。そりゃ、さんざんトロトロにされた子宮を、喋るたびにゆさゆさ揺すられてるわけだ、気持ちいいに決まってる。
「好きでしょ……[これ、好きだよね]」
「おぉおおお、ひゅ、ひゅきっ♥ しゅき、しゅきっ♥」
「何が好き? レシヒトさん? ……それとも、[この声?]」
「っご♥ しゅ、しゅきしゅき♥ こえっ、こえしゅきぃいぃ♥」
よし。今はこれでいい……というか、この方がいい。
「どうして? どうして好き? ……どうして……[この声が]――好きなの? ねえ、[ほらっ]」
「しゅ、き♥ ……き、っきもち、ぎもちひぃの♥ きもちぃのしゅきぃ♥」
「よしよし……えらいえらい。じゃあ、素直に言えたミリちゃんは……[ほら]、[イきなさい]」
「ぉご♥」
がく、がく、がく、がく。
「[イきなさい]……もっとだよ、[イけ]、[イけって]。ほら、好きなんでしょ。[イっていいよ]……イったら――[落ちる]」
「あ゛♥ イぎゅ、っ、イぐ♥ イ、いぃぃイっでえぇえう♥ イっでゆ……♥ ――あ゛♥」
だらしのない仰向けで、びくんびくん痙攣して、イきっぱなしのまま、意識をあっさりトばして――まだイってる。
「深く……深く、落ちていく……気持ちよく、イったまま……落ちて、いけますね……」
「ぉ゛ほぁ……♥」
――そのまましばらく、ミリちゃんは現世に帰って来られなかった。
◆催眠お悩み相談室 その3
気持ちいい。すごく、気持ちいいところにいる。
何か、気持ちいい声が聞こえてて――あ、これ、私のお腹が聴いてるんだ。
じゃあ、私は聞いてないけど、大丈夫だった。
安心して、このまま気持ちよくなっていられる。
何も、わからないけど……気持ちいいものが、たくさん、入ってくる――。
――。
ぱちん。
「あ……んあ?」
起き上が……れない。体中に、血液の代わりにシロップが流れてる。でろっでろに甘ったるくて、動くことなどできなかった。
待って。何これは。どういう状況。……記憶がぼやけているが、思い出せないこともなさそうだった。多分単に寝ぼけているだけ。催眠で落とされてたっぽいな。あっほら、レシヒトさん居るし。ここ彼の部屋だ。そうだ確か今日の催眠を頼みにきてそれでアルスさんとのエッチが痛いのをなんとかこう――。
「――あ、が」
ビクッ、ビクッ、そんな感じ。雷電魔術(エレクラフト)の一撃でも受けたみたいな跳ね方した。あんまりヤバいんで、理解が追い付かなくて――快感は、数秒後でやっと理解できた。
「ぉ、ぉ、おぉおおおぉぉ……♥」
どうやら私は、思い出しイきをかましたようだった。どんだけ? 私は一体何をされてたんですか?
「おはよう、ミリちゃん」
「にゃ、にゃんれふか、これぇ……♥」
「あれ、覚えてなかった?」
ようやく気付いた。全身汗だく、股間はべちょべちょ。寝ぼけてるんじゃない、脳がイき潰されてたんだこれ。どうも私は、とんでもない快感を――。
「ぉご♥」
――そうですね、思い出したらイくに決まってるんですよ。ふざけんな。
「はー……はー……」
「無事に起きられたかな」
やかましい、どこが無事だ。元気さえあればそんな憎まれ口を叩いていくところだったけど。無理無理。というか、ここまで私はレシヒトさんにほとんど触られていないはず。……おぼろげな記憶だけど……お腹、触ってた? そんなもの。
その時点でこれだけ気持ちよくなってちゃ駄目でしょ。これでエッチなんぞした日にはどうなってしまうのだ私は。死ぬのでは?
エッチ……セックス。性行為――あ、でも――それをするのは、この人とじゃないんだった。
うーん……。
「これ、で……エッチしても、痛く、ならない……ですか?」
「いや、痛いもんは痛いかもしれない」
「ふざけんな」
じゃあ今までのは何だったんだ。何だったんですか?
「後催眠で痛みを消すにしても、そんな暗示数日で薄まっちゃうよ。そもそも気持ちよくなれないのが悪いわけじゃん」
「はあ」
……確かにそういうものなのかもしれない。じゃあ何で安請け合いしたんだこの男は。
「だから、ミリちゃんのまんこを、一突きでイきまくって下りられなくなるスーパークソ雑魚まんこにしてあげようと思って」
「ちょっと待て」
しれっととんでもないことを言うんじゃない。人の身体を――いや心を? とにかく何だと思っているんだこいつは。
「ほら、催眠で感度を上げるだけじゃなくて。それを利用して気持ちいいこと覚え込むように、身体の方もガッツリ開発するんだよ」
「するとどうなる」
「ミリちゃんが一生淫乱ボディになる。セックス大好きになれるよ、不可逆的に」
「本当に一度死んだ方がいいと思います」
「あれ!?」
マジで善意で言ってたのかこいつ? 頭がおかしいのでは?
「大体ですね。さっきので気持ちよすぎるくらい気持ちよかったと思うんです。これで充分では」
「いや無理だよ。彼氏とセックスしてる横で僕が、ミリちゃんに気持ちよくなるような声掛けるわけ?」
「アー」
アーになっちゃったね。さすがにそれは無理だ、いくらなんでも面白すぎる。つまり彼の言うところによれば、まだその開発とやらが足りないのだろう。
「というわけで、暗示と声で気持ちよくなる素養ができたミリちゃんの身体に、実際の刺激で気持ちよくなる経験を教え込まなきゃいけない」
「なるほどなるほど。そういうことならやりましょう」
要するにレシヒトさんが、今度は直接触って気持ちよくしてくれるってことだ。『彼とのセックスのためなら恥ずかしいことはない』ので、それくらいなら大丈夫。むしろ願ってもない。
「うん。じゃあまずは、おっぱい触ってみよう。自分で乳首すりすりは得意だよね」
「ええまあお陰様で。……ってあれ、触ってくれるわけじゃないんですか?」
自分でするのはまあいいけど。『彼とのセックスのためなら恥ずかしいことはない』ので、オナニー見られるくらいは気にすることじゃない。でも、私が触ってもあまり上手じゃないぞ。
「最初はそのつもりだったんだけど、まあ仕方ないかな。とりあえず、下脱いでもらえる?」
「はいはい」
……二つ返事でパンツまで脱ぎ始めるけど、いいのかこれ? 何か変じゃない?
いや待って、『彼とのセックスのためなら恥ずかしいことはない』からこれでいいんだ。そうか……そうだよね。第一、いくら何でも濡れすぎてて、ちょっと気持ち悪かったし。
「できれば触らないで済ませたかったんだけど、自分でやってもここは奥まで届かないかもしれないから」
「ひゃわ」
股間をぺと、って触られた。めちゃくちゃ濡れてるけど、むしろいいことのはずだ。『恥ずかしいことはない』。
「すごいね、普段するときはこれくらい濡れる?」
「むり、むり♥ こんなのはさすがに今だけ、催眠のせい、です、っ」
形を確かめるみたいに、ぬち、ぬち、外側を指先で探られている。それだけで、腰が蕩けるくらい気持ちよかった。確かに、これだけふにゃふにゃになっていれば、エッチも痛くないのかな……。
アルスしゃんも、催眠してくれれば、いいのに……♪
「まあ、そうだよなあ。そんで、ミリちゃんはオナニーのときはどこ弄る?」
「え、クリトリス……って言うんだっけ? コリってしたとこ、押さえたりしますね」
「これ、ずいぶん小さいな。ほとんど皮の中じゃん……こうやってぬるぬる付けて、下から、どう?」
ぬめりのある指先が、言葉通りに下から上に――。
「ぉ゛おおぉぉッ!!? っだめ、それだめッ!!」
じょり、そんな感覚がした。とてつもない衝撃。また身体が跳ね回る。
「あ、結構きつそうだね。そうか、指で撫でただけなのに……敏感すぎなんだな、これ」
「うう、ごめんなさい……」
私が謝ることなのかは知らないが、なんだか反射的に謝ってしまった。なんか、私の身体がエッチすぎるのを咎められているように聞こえるのだ。というか、私はそんな触り方したことはない。怖いし。
「指入れたりはしないの?」
「ちょっとだけなら……っあ♥」
言ってるそばから、ゆび。にゅるん、って。そんなすんなり入るもんだったか?
「ここは?」
「お゛? ぉ、おっ♥ なにこれ、なにこれ?」
「Gスポットっていうやつ。お腹側に指曲げたら、ぞりぞりする窪みがあるんだよね、ここ」
「あ゛♥ これすき、これはね、すき♥ これすき♥」
思い出した。ここはリルちゃんにもされた。私がではない……トーマス君が。
「なるほど。じゃあここで一回イかせてあげよう。壁の方を向いて横になってね。で、膝を曲げて」
「こう?」
ごろん。膝を前に出すような姿勢で横になる。レシヒトさんにお尻を向ける格好だ。んーこれ……いいのか? 『彼とのセックスのためなら恥ずかしいことはない』とはいえ……。
「これ見て。親指でしてあげるから」
「はぇ? 親指……?」
彼はサムズアップするみたいに、右手の親指を出して見せてきた。そしてそれを――。
「こう」
ずぶり。後ろから私の性器に突き刺した。は? 親指ってそういう使い方するの?
「ほぉおおお゛っ!?? お゛♥ ぉ♥」
ぐにゅ、ぐにゅ。中から凄いチカラで押されて、お腹がぐりゅぐりゅ、抉られ――なんだこれ気持ちいい。気持ちよすぎる。馬鹿じゃないの。
「ここを苛めるなら、中指じゃトルクが足りないよね」
「ぉ゛あ♥ ぁ、ぉ――ご♥ ぉ、っぐ、ア、あ゛、イッ、きゅ♥」
馬鹿すぎる。腰が、ばくんばくん跳ねている。親指と腕の力を思いっきり使って、腰全体を揺さ振られているんだ。だから、私が腰を振ってるとかではないはずだ。どうせ『彼とのセックスのためなら恥ずかしいことはない』けど、そこは正確に伝えたい。私のせいじゃない!!
「ミリちゃん、ちゃんと乳首弄らなきゃダメだよ。くりくり、強めに捏ねちゃいな。イきたいでしょ?」
「お゛ぉ♥ イってゆ、すき♥ これしゅき♥ おっぱいしゅるぅ……♥」
くにゅ。乳首を摘むと、頭が瞬時に馬鹿になったのを感じた。くにくに、くりくり、擦りながら、おまんこごりごり抉られて、エビみたいにびくびく跳ねて――ずっとイっているのだ、私は。
――『彼とのセックスのため』でも流石に恥ずかしくないかこれ? いいのか?
「しなさいしなさい。ほら、気持ちいいね、すごく気持ちよく……[イきなさい]」
「ぉぼ♥ ご、ぽ、っお゛♥ ぉ♥」
唾液が喉に詰まって、ヘンな声を上げながら、私はただ、痙攣していた。今までのあらゆるエッチの中で、最高に――気持ちよく、された。
――。
手酷く絶頂責めに遭った私は、人生最高の快楽に放心しつつ、仰向けに戻って息を整えていた。
「ぁ……あー……あ……あー……♥」
「うん。ミリちゃんはGスポさんが好きみたいだね。親指気に入っちゃったでしょ」
くに。レシヒトさんは、なぜか私の掌の中に親指を置いて……ぐに、と曲げた。
「ぉ、っ、く、ぉおおぉぉぉ……♥」
たとえ手でも。そんなんされたら、さっきエグられたのを思い出すわけなのだ。まんまと思い出しイきを喰らってしまう。
「こうやって、気持ちよかったのをたくさん覚えておけば……彼氏にされたときも、思い出せるようになるからさ。そしたらセックスも楽しくなるかも」
「あ……」
そういえばそういう話だった。なるほど。レシヒトさんはちゃんと私のことを考えてくれている。のか?
少し優しい。気持ちよくなった後の優しさって、すごく沁みる。彼は私のお腹に優しく手を乗せて――。
「そういうわけで次はこっちでイこうね」
「は?????」
――いや絶対私のことなんか考えてないだろこいつ。ふざけるなよ。
「[こ、こ]」
ぐに。あ――。
「――ぉご♥」
ぶるるるっ、と、勢いよく脚が震えて――なんかヤバいのが、来た。
「うん……ミリちゃんは、ポルチオも素質があるよ。すごい、えらいね」
「ぉ……ぁ……あえ……? えらい……?」
「えらいえらい。ミリちゃんは、気持ちよくなれてえらいねえ」
なでなで。あ、撫でられた……。
「えへ、えへ、えへ♥ えへへへへ♥」
嬉しい。褒めてもらえるのは大好きだ。撫でてもらうのも好き。田舎ではいつも、ミリちゃん可愛いね、賢いねって言ってもらえていたのだ。
――そんなんなりながら、込み上げてきた寒気に似た感覚を、受け止めた。
「えへぇ……ぁ、ああぁあああぁ……あぁ……♥」
溶ける。こんなの馬鹿になるに決まってる。ミリちゃんは馬鹿になってしまいました。あーあ。
――。
「……あ、あ?」
「そんじゃいよいよ、中から押すからねー」
何言ってるの? 一つも意味がわからない。中から? 何を? なんで彼は私の脚を広げて、その中に身体を入れて――えっ、犯されるのこれ?
「だ、め――ぇっ? ぁああ……♥」
つぷ。私の中に入ったのは、彼の指一本だけだった。さっきの親指……ではない。でもどれだかわかんない。
とにかく、ホっとしたけど……彼の指はそのまま、さっきの地点よりも奥へと進み――ぴと。
「んんぅ!?」
「あった。この奥の、コリっとした出っ張り……中指を裏向きでね、奥いっぱいまで入れると届きやすい。大分、ぽってり充血してるねこりゃ」
「わ、わかんないっ、これわかんない! わかんないっ!!」
脚が勝手に暴れようとする。彼の指が触れている? 押している? ところから、ゾワゾワと寒気が込み上げ続ける。気持ち悪い。腹の奥にわだかまる奇妙な感覚。
「へえ、ここは未開発なんだ。じゃあ、ここで感じるようになったらきっと……彼氏のやつでも気持ちよくなるよ」
「しらないっ、しらない、私これいい、これいらないっ、やっ、やぁら、やらぁっ!」
「しんどかったら、おっぱいくりくりしておいて。気持ちよくなるから」
言ってることが滅茶苦茶だ。でも私はそのようにした。だって、この未知の感覚は、とにかく逃げ出したくなるようなゾワゾワしたやつだったから。
「ひっ、ひ、ぁ、あっ、あ♥ おっぱい、おっぱいもすきっ♥」
「指動かさないからねー。優しく押さえとくだけ……このままずっとしてると、ミリちゃんはこのじんわりゆっくりしたやつで、イっちゃうんだよ」
「ちが、ちがぅ♥ イかにゃ、あ♥ イかにゃいもん、こんなの、で、ぉほぉぅ……イかにゃぁいもん……♥」
おっぱいをくりくりしていると、気持ちいいやつがお腹に溜まっていく。今日、レシヒトさんに教えられたやつだ。それが、どうも、今押されてるところと、変に……変に、こう、変になっている。変。変だ。こんなのは変。
「お、めっちゃ締める……これイくね? じゃあ……」
ぺた。お腹に手を乗せられた。それは、駄目。ダメだ。だめ。
「ぁあぁあめ、だっ、め♥ だぁあめえぇ♥ ぁあめなのぉ♥」
「ミリちゃん――ほら、[イけ]。[イけ]。ずーっと、[イきなさい]……」
「――ぉぶ♥ ごっ、ひゅ♥ お゛♥ お゛オオオォおおぉぉ……♥」
全身余さず、ブルブル震えまくって、涙をドバドバ滲ませながら――乳首、痛いくらい揉み潰すのも、止まらない。
「よーし、覚えるんだよ。ここは気持ちいいところだからねー」
「ぁひ♥ ……あ♥ あはー♥ ぁぉ♥ ぉほぉ……♥」
結局、私は――人生最高の快楽を、十分で更新したのだった。
いやどっちだ? 全然わからない。どっちも、本当に馬鹿みたいに、気持ちよすぎて――。
――。
「……歩けるようになって、本当に良かったですよ」
夜になって、食堂の前まで。これまで何をしていたかと言うと、私は赤ちゃんになっていた。レシヒトさんにぐっちょぐちょにイかされた後、ベッドで『立てないー!』『お水飲みたいー!』と彼に八つ当たりをしていたのだ。お陰で、体力も気力もどうにか回復し、こうして夕食に出て来られるようになった。
「どちらか言うと感謝して欲しいんだけどなあ」
「う……ごめんなさい」
「謝ることはないんじゃない? こっちこそごめんね。無茶をさせちゃった」
「まあ……謝らないでください、頼んだんだし……いや、こんなんされるとは思わなかったんですけど」
しかし私はまた、何やらどさくさ紛れに催眠暗示を叩きこまれていて……アルスさんとのエッチを良くするためなら、羞恥心が無くなるという、非常に困ったやつになっていたようで。
……まんまと、この男の指で仰け反り痙攣連続絶頂を披露した、ということだった。
「今からでも忘れさせた方がいいのかな」
「いいわけあるか」
――しかし、本当に気持ちよかったのは事実だ。私の……というか、女の、いや。人間の身体があんなに気持ちよくなれるものだとは、考えたこともなかったし。本当に驚いた。
確かに、これだけ仕込まれれば……アルスさんとの『ただ痛いだけのアレ』も、もっと豊かな、こう、互いに愛? とか? なんかそういうのをぶつけ合う……違う……ぶつけない……。あの人は絶対ぶつけてくれない……。
ともかく、とにかく、何かもっとずっといいやつになる、そんな気はする。
「できることはしたと思うんだけどねえ」
「やりすぎなんですよねいつも!!」
――そんな話をしていると。
「ミリセンティア!」
反対側の廊下から、聞き覚えのある声がした。
「ひっ」
「おや」
声の主は、がちゃがちゃ鎧を鳴らして歩いて来て――。
「ああ、変わりないようだね。良かった――」
「あ、はい。えっと」
「――ただいま。心配をかけたね」
「あうっ」
彼は私に――ハグをした。鎧がちょっと、痛い。
「ふむ。察するに貴方がミリ……んと、ミリセンティアさんの?」
「……失敬。アルス・ワルトシュタインです」
「やっぱりか、どうも。出征と聞いていましたよ」
「ええ、今しがた戻りましてね。それで失礼ですが……」
アルスさんは、抱きしめた私を庇うように、レシヒトさんの方を向いて――。
「――貴方は、何者でしょうか」
◆突 然 の 地 獄
――なるほど、彼が『アルスしゃん』か。
「ああ、すみませんね。レシヒト・マネカで通っています。……そちらのミリセンティアさんに召喚された、神盟者とかいうやつです」
「ふむ。……神盟者と言うと、ミライ様のような?」
「あ、はい。それ……です。私の……」
男の自分から見てもイケメンだ。出征帰りにもかかわらず、垢で汚れたような印象もない。
なによりその振る舞い。ミリちゃんとの再会を喜んでのハグから、怪しい男(まあ怪しいのは認める)を遠ざけるように、間に入って誰何するという。
……いやなんていうか。すっげー男らしいな、この人。
「……ミリセンティア。君に神盟者は居なかったんじゃないのかい」
「うぐ。……召喚、したんですよ。北方戦役の間に……」
「そうか。それなら……レシヒト殿、と言いましたか。改めて、僕はアルス。ミリセンティア共々、宜しくお願いします」
手袋を脱いで、握手を求められる。まあ応じる。うおお、めっちゃ手ガッシリしてる。
……そういえば、ミリちゃんの膣内こね回した後、手洗ってないな。まあ、言わなきゃバレないだろ。
「ええ。宜しくお願いします」
――ミリちゃんとは、貴方に言われるまでもなく仲良くさせてもらっています。
とは、思っても流石に言えないよね。別に下世話な意味じゃなくて……この、ミリちゃんを自分の付属物みたいに言う感じ、ちょっと好きにはなれない。
「ふむ……」
アルスさんは、握手に使った手を見つめ、開いたり閉じたりしている。えっミリちゃんの匂いとかで気付かれた? ウソだろ?
「レシヒトさんは、力とかは普通の人と変わらないです」
「なるほど」
あっそっち? 握った手がヘナチョコだったから? 筋肉無いなって思われてた?
いや、いいんだけど……事実だし……。まあ安心した。どうやらアルス氏はミリちゃんの愛液の残り香を嗅ぎ分けるスーパー変態エリートではないようだ。そんなんだったら嫌だし困る。
「武力はなくても、魔術を支援する力があるみたいで。今研究しているところだから。こう見えても怪しい人じゃないです」
――どう見えてるんだよ、と思ったけど、まあ怪しいのはわかってるので黙っておく。
「君がそう言うなら……レシヒト殿には失礼なことをしてしまいました、お詫びします。恋人が見知らぬ男性と歩いているのを見て、つい気が立ってしまったようです。いや、お恥ずかしい」
「いえ、気にしてないですから……」
アルス氏、口ではそう言いつつも、ミリちゃんを隠すように立つのはやめない。ミリちゃんがさりげなく横に動くと、アルスさんも合わせて回り込んでいる。ちょっと面白いぞこれ。
「知らなかったこととはいえ、不愉快にさせてしまいました。申し訳ない」
「こちらこそ。ミリちゃ……ミリセンティアさんにそういう方がいることは聞いていましたから」
あぶね。ここでミリちゃんなんて呼ぼうものなら確実にこじれる。アルス氏、思った以上にめんどくさい性格をしているようだから。――いや、めちゃくちゃ良い男なのはわかりますけどね。こりゃミリちゃんも大変だろうに。
「ミリセンティア。神盟者召喚の儀だけど……僕が居るときにしてくれればよかったのに」
「うう……ごめんなさい」
ミリちゃんが謝っているのは、『そうしたら自分もレシヒトに不快な思いをさせずに済んだのに』という意味を言外に感じ取ったせいだろう。賢い子だから。ミリちゃんは『お前のせいでこうなったんだぞ』と言われているように感じてしまう。彼女はきっと、日常生活でも『暗示』に敏感なんだ。
……気に入らない。こんなことでミリちゃんが謝っているのを見せられるほうがよほど不愉快ってものだ。
「ちょっといいですか。その時まで石が足りてなかったらしいですよ」
「……そうなんです。アルスさんの留守中、聖業でやっと神晶石が貯まったから」
そんな話をしていたのを思い出す。だいたい、ミリちゃんがいつガチャを回そうが関係ないだろう。アルス氏は、ミリちゃんの傍に男が居るのがそんなに嫌なのか?
「それでも、待ってくれれば――」
「あら」
――アルス氏の言葉を、別の声――女の声だ――が、遮った。
「――ミス・ディッシェ。そ・ち・ら・が貴方の神盟者なのですね」
――アルスと同じように廊下から現れたのは、痴女だった。……違う。『術師服』と思われる衣装を纏った女性だった。
「……うげ」
それに気づいたミリちゃんは、アルスのときは気まずそうな顔をしていたが、今度は露骨に嫌そうな顔をした。なるほどな、察するにこれが、“西の”。アルス氏が帰還しているということは当然こちらも、か。
「お初にお目に掛かります、私(わたくし)アウレイラ・トレグレンと申します。西の塔の宮廷魔術師をしておりますわ」
「どうも、ミリセンティアさんの神盟者のレシヒトです」
「驚いたのですよ。彼女が召喚に足るだけの神晶石を持ち合わせていたとは思いませんでしたから」
「それはどうも悪かったですね」
「おお……」
突然の嫌味と、不機嫌全開のミリちゃんによる高速レスポンス。なんだ、この2人いつもこんなやり取りしてるのか?
「確か8個でしたか。ふむ……なるほど」
「いや、なんで私の神晶石の数なんか覚えてるんですか……?」
それもだけど、なんでこの女性はさっきからめっちゃ僕のことを見てくるんだ。指先までジロジロねめ回されるような視線。
そしてミリちゃんが持っていた石は8個。察するに10個でガチャ1回? そういうレート?
「……陛下の御戯れにも困ったものですわね」
「アウレイラ様、王宮にてそのようなことは」
「陛下? 聖王様? っていう人のことですよね。何か関係あるんですか」
これまで何度か存在については聞いていたが、どんな人なのか、この国がどんな仕組みなのか、自分はまだよく知らないのだった。多分この王宮のあっちの方に居るんだろうな、くらい。
「……神晶石は聖王陛下が、母神シレニアの恵みとして賜る宝です。陛下は聖業(クエスト)の詔のもと、功労あった魔術師にのみそれを授けるのですよ」
つまり……ミリちゃんは、この人たちの留守中にそのクエストとやらをこなして、報酬で石を貰っていたわけだ。
「アウレイラさんは留守でしたからね。私がしっかり聖業を解決しました。それの何が悪いって言うんですか」
「いえ……積もる話は後々、陛下の口から語っていただくとしましょう。ミス・ディッシェの武勇伝についても」
……うわぁ。となる。思っていた以上に凄い人だぞ、これは。
「は? どういう意味ですかそれ?」
「ミリセンティア」
食って掛かろうとしたミリちゃんは、アルスに制止されてしまう。お前もお前だよ、これ腹立たないの? ミリちゃんは、宮廷魔術師の片割れ、国のトップの一角じゃないのか。いったいどういう扱いなんだ。
「……ちょっと、ミリ……ミリセンティアさんに失礼じゃないんですかね」
「まあ」
アウレイラは、細い目をまん丸くしてわざとらしくこちらを見る。
「何ですか」
「いえ。……初めての神盟者召喚(ガチャ)では、なかなか良い方を引き当てたようですね」
「まあね?」
「レシヒトさん、多分馬鹿にされてますよ」
あれ?
「そのようなことは。ミス・ディッシェに相応しい、気性の優しい方であるようでしたから」
「なるほど」
どうやら馬鹿にされていたようだ。
「そうですね……レシヒト殿、私の留守中、彼女のことを見てくれていたことだろう。礼を言わせてほしい」
「はあ」
それって、礼、言ってなくない? いいけどさ。むしろ怒られるようなことばかりしてるし。
「ミリセンティア、またゆっくり話をしよう」
「あう……はい」
「アルス様、再会を喜ばれるのも結構なことですが……私達はそれぞれ隊を畳み、兵を労わらねばなりません。よろしいですね?」
「……ええ」
アウレイラに促され、アルスはようやくミリちゃんから離れる。これさ、自分よりアウレイラとの間に入ってやるべきじゃないか?
「兵舎にはミライさんが付いています。私もそちらへ向かいますので、失礼しますね」
アウレイラは言うだけ言って、行ってしまった。ミリちゃんはその背中を、噛み付きそうな勢いで睨みつけていたけど。なんていうか子犬っぽいよねこの子。
「じゃあ、僕らも夕飯に来たところだったんで」
「……ミリセンティアもここで? 宮廷魔術師なんだから、上の食堂が使えるだろう」
「うう……」
あ、そうか。この大食堂は、王宮で働いている一般の士官が使うところのようだし、ミリちゃんはもっと良いところが与えられていてもおかしくはない。実際、仕事が忙しそうなときは一緒に食べていないし。
「僕はそれでもいいけども」
「やだ……今日はこっちで食べるので、大丈夫です」
そっか。そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。――アルスは面白くないのだろうけど。
「……君がそう言うのなら。レシヒト殿、彼女を宜しく頼みますよ」
「はい」
よろしく、ねえ。
――。
「いやあ、ミリちゃんも大変だねえ」
「どうしたんでしょうか」
食堂。食事の用意に、今日はリルも加わっていたらしい。食事が温まるまで、飲み物を持って来てくれた。この3人だと安心する。さっきまでの地獄は何だったんだ、本当。
「あの女が帰って来てるんです」
むすっ、と効果音が聞こえた。これは怒っているね。ありゃ正直無理もないけど。
「そうでしたか。アルス様も?」
「会いました」
むすーっ。これも結構可愛いなあ。
「そこなんだけどさ。なんでミリちゃんはあんな……ええと、何て言うんだろ」
なんであんなに――舐められてるんだ?
「……私は、聖王陛下に宮廷魔術師に取り立ててもらったんです。それを面白く思わない人もいるわけですよ」
「やっかみかぁ。いやでもちょっと待って、なんかミリちゃんの仕事について、彼氏さんもキツくなかった?」
気になっていたのはここ。西のあの人が、理由はよくわからないけどミリちゃんを舐めてるのはわかる。多分それだけ実力や実績に差もあったんだろう。そこらへんは聞いている断片的な情報からも、だいたいわかる。
でもあの嫌味を、なんでアルスは止めないんだ?
「アルス様は……そうですよね」
「……アルスさんは、私が宮廷魔術師をやるのに反対してますから」
「アー」
そういえばそんなこと言ってたね。辞めて自分と家庭を持ってくれ的な。昭和かな。いや多分この世界に昭和無いわ。
「アウレイラさんに同調してるわけじゃないですよ。でも、私には魔術師で成功する才能が無いと思ってるんです、あの人も」
「ウッソだろ」
自分から見て、ミリちゃんは天才だ。いや、この世界の魔術のことなんか聞きかじったことくらいしか知らないけど……。
「私は扱う体系魔術を絞ってないじゃないですか。なんかどれも楽しくて、切り捨てられなかったんですよね……でもやっぱり、そんなことしてたらちゃんとした魔術師にはなれないんで」
ミリちゃんは、あらゆる魔術を均等に齧っていると言っていた。想像が魔法となるわけだから、想像するべきものは絞っていた方が効率がいい、これはわかる。想像には『これで良いのだ』という自信、確信が必要だ。一つの分野に自信を持つこと――たとえば氷の魔術なら誰にも負けないとか――で、さらに磨きがかかるというのも、わかる。
でも、ミリちゃんの天才性は、まさしくそこ――そういうのに頼らず、何でもやってしまうところにあると思うわけだ。
「だから凄いと思うんだけど」
「いつも『無駄』だの『ただの大道芸』だの『魔術師の自覚のない子供』だの『全てが散漫』だの『何をやっても遊び』だの言われますけど」
誰に言われるんだろうな。何故か想像ついちゃうなあ。不思議だなぁ。
「いやだって。催眠で補助した大賢者。あれ多分ミリちゃんしかできないよ?」
「そんなことないでしょ。あれはレシヒトさんの催眠がすごいだけで」
「いいや。偏った想像しかできない人に、あんなことはできない。させられない」
そんなちっぽけな人間が、世界全部を呑み込む想像なんてできるわけない。ミリちゃんの凄いところは、面白いものには何でも手を出す、何でも識ろうとする、何でも呑み込んでしまう、その化け物みたいな好奇心、行動力だ。はっきり言って、人間業じゃない。
「そういうものですかね……」
「そうそう。あ、いい匂いしてきた。美味しいもの食べて元気出そう」
「そうですね……明日はあの人たちと凱旋式だし……やだ……やだよお……」
やだになってしまった。そりゃやだよな、あれは。
「ふふ。お食事取ってきますね」
「ありがとう。手伝おうか?」
「いえ……ミリセンティアさんの傍にいてあげてください」
「……あ、うん。そうするか」
――リルからそんな真っ当なセリフが出てくるとびっくりするなあ。
これはまあ、黙っておくことにした。
「とにかく、レシヒトさんもあの女には気をつけてください。口を開けば嫌味しか出ません」
「よくわかった」
ほどなくして料理が運ばれてきた。ふと思って手を眺め――。
「あ」
「何ですか?」
親指と中指を、ひょこひょこさせながら。
「手――洗った方がいいよね?」
「黙って行ってこいクソ催眠術師」
――ミリちゃんはやっぱり不機嫌なようだった。
◆凱旋式にて
――。
「――我々一同が本日、この場に集まっているのは、この偉大なる聖シレニスタ王国の勝利を祝うため――」
内政官の一人であろう男性の声が、『謁見の間』に朗々と響く。
「勇敢なる騎士、智慧ある魔術師、彼らの尽力によって、我が国を切り取り我が物とせんと目論む者どもを退け、我らシレニスタの繁栄と平穏は守られたのです」
僕らは正装して並べられ、首を垂れて式辞を聞いている。下を向いているから前は見ていないけど、さっきなんかちょっと不思議なものを見たので、顔を上げられたらまた確認したいと思う。
「北方は『狼鳴きの関』にてはダモクレシア国の苛烈な攻撃を受け、陥落必至とさえ言われておりました。しかし、我が国きっての勇士たちがその窮地を撥ね退け、見事勝利を収めたのです」
集まっているのは知らない騎士たちが大勢と、アルス。アウレイラとその神盟者と思われるゴシックドレスの女性。それからミリちゃんと自分。
後ろには士官たちがたくさん並んでいる。見たことがある者もない者もいて、誰が誰だかはよくわからない。
「彼らの勇気と智慧、そして偉大なる献身に敬意を表し、彼らを称えるために、我々はここに――凱旋式を開催いたします!」
ワアアアアア……。後ろから歓声と拍手が起こった。
「それでは……聖王クウィーリア・ジュリエッテ・シレニスタ陛下より、ご参列の皆さまの勲功に対し、御言葉があるとのことです。皆さま、謹んで面を上げてくださいませ」
言われるままに顔を上げると――。
――そこにいるのはやっぱり女児だった。
……いや女児は言い過ぎか? でも子供だろこれ。かなり若いぞ。ミリちゃんやリルよりもだいぶ……。
さっき見えて、おかしいと思ったんだけど、見間違いではなかったようだ。あーうん、そういう世界観なんだねこれ。あるよねそういうやつ。
「――北方に猛々しきダモクレシア、その邪欲に塗れし鉤爪の一撃。我がシレニスタはそれを見事、打ち払うことができた。これはひとえに諸君の奮励努力による賜物である」
落ち着いた声で、女児――恐らくはこれが聖王クウィーリア――が、出征部隊の凱旋を讃える文言を語り上げる。
「妾はそなたたちを誇り、讃え続けることをここに宣言しよう。勇士たちよ、この度の役における、貴公らの働きに感謝します」
「ありがたき倖せですわ」
代表して答えたのはアウレイラだった。
「聖王騎士団の各々には特別な報奨と名誉を約束しましょう。今後もそなたたちの剣が、我が国と母神に捧げられることを期待しているわ」
「はっ。騎士団一同、粉骨砕身励んで参ります」
今度はアルス。君、副団長だそうだったねそういえば。団長って見たことないけど。
「そして宮廷魔術師アウレイラ。そなたの活躍は聞き及んでいます。此度、そなたは聖業として赴いておりましたね。第一の功労として、母神より賜りし神晶石20個を与えるわ」
「身に余る栄誉にございますわ」
「にじゅ……」
ごす。脇にミリちゃんの肘が入る。うっかり声に出ていた。いやだって、ミリちゃんが今まで貯めていた石が8個だったんだろ? それを一発で20個ってどういうことだよ。
「最後に宮廷魔術師ミリセンティア」
「はい」
おっ。ミリちゃんもあるのか。よしよし。
「そなたは同僚や騎士団の留守の間にも、妾の相談役として良く勤め、そしていくつもの聖業を解決して見せたわ。それを賞するべき神晶石は既に与え、この場にはないけれど……妾より感謝と労いを示したいと思います。ご苦労だったわね」
「ふふっ」
「……いえ、当然のことです」
おい、今笑ったやつ居ただろ。アウレイラだけじゃなかったぞ今の! めっちゃいいこと言ってもらえてるじゃないか、何が悪いって言うんだ。
とにかく、ミリちゃんと一緒に頭を下げる。聖王陛下……なんていうか器の大きな人なのだろう。見た目は女児(?)だけど……。
――。
「いやはや、世界を渡っても式っていうのはめんどくさいんだなあ」
「ふふ、レシヒトさんの世界でもそうだったんですね」
謁見のまでの式典を終えて、大広間に移っている。小テーブルがいくつも並び、料理と酒が振る舞われている。凱旋式祝宴、要するに立食宴というわけだ。使用人は総出で給仕やらをしており、リルの姿もたまに見える。あの子、ちゃんと仕事できるんだなあ。
自分とミリちゃんは適当に料理をかき集め、式場の片隅で語らっている。ミリちゃんは一応ドレス姿。彼女らしい落ち着いたデザインだけども。
一方、あっちでいろいろ偉そうな人たちが並んでるのがアウレイラの席。そりゃ、大勝利の功労者なんだからそうなんだろうけど。本当にたくさん集まっているな。
「私も、立派な魔術師になりたいんですけどね……やっぱりすごいんですよ、アウレイラさんは」
聞けば、彼女は自慢の広範囲への氷雪魔術で、敵兵の足場をみんな固めてしまったんだとか。彼女の戦術に都合のいいように、自軍は引き上げており、雨が降り始めたのだと。そこに現れるは“霧氷の魔女”。
突如として凍り付く足場。敵兵は足が抜けないわ歩きにくいわの大惨事。雪崩れ掛かる騎士と神盟者たち――かくして、千人単位の戦に、あっという間にケリをつけた。
多少盛ってるんだろうけど、なかなか気味のいい話だ。
「あーいや、そんなつもりで見てたわけじゃないんだ、ごめん」
「ごめんなさい」
さて、この世界において現出魔法(カンジュレイション)で創り出したものは、長時間留めておくことはできない。でも、雪や氷って、一度できたらそうそう簡単には融けないんだよね。
アウレイラが現出させたのは氷ではなく『冷気』、つまるところ『低温』なんだろう。それは雨によって戦場に現れた『水』を、『氷』へと変えてしまったわけだ。アウレイラの引き起こした魔法が消えて、気温がもとに戻っても……その氷は、もともとこの世にあった水なのだ。しばらくの間――例えば、アルスたち騎士団が、敵兵を順番に殺して回るのに充分なくらいの時間――は、融けずに残る。そういう仕組みなのだろう。
なんとも効果的で効率的なことだ。結局、魔女様の策一つで、シレニスタ軍の犠牲は最小限に抑えられ……敵の部隊は壊滅したことになる。
「なんというか、自分の暮らしていた世界……いや、暮らしていた国では、そんなに簡単に人は人を殺さないのが普通だったからさ」
「はあ。平和、だったんですね」
「まあね。ミリちゃんは――」
いやまて、これ聞くのか? さすがに――。
「……ありますよ、殺したこと」
「あるんだ」
「宮廷魔術師としてではなく、一介の魔術兵として、少しだけ戦いに加わったことがあります。野盗の連合が、国境付近の砦を占拠してしまったときに、鎮圧に出ました」
そういうこともあるわけか。ミリちゃんが、この王宮に勤めるようになる前、ということなのだろう。
「ちょうど見せたことあるやつです。黒曜石の刃(オブシディアン)の魔術、あれを構えていたら、仲間の背後から野盗の一味が襲い掛かってきちゃって」
「そこで?」
「咄嗟に撃ち込んだら死んでしまいましたよ。まあ……これくらいで。あまり、肉料理を食べながらしたい話ではないかもなんで」
案外、あっさり教えてくれるんだな。と思った。そして自分も、死に様について詳しく聞きたいとは思わない。抵抗もそんなにないが、そういう趣味はもっとない。
あんなに可愛くて身近に思えたミリちゃんが、あの凶悪な石刃を人間に向けて……殺害したことがある。思うと、これは結構恐ろしい話なのかもしれない。でも、自分も自分で、思ったほど感情が動いていなかった。ミリちゃんはその日、野盗を一人咄嗟に殺した。でもきっとそれで、一人仲間が守られたんだろう。だからか? いや、そうでもないな。
これはきっと、この世界ではありふれた話で……普通のことなんだろう。常識とか道徳とか、そういう奴は、とてもあやふやなものだ。そう柔軟に考えられなくては、催眠術師なんて務まらないかもしれない。こちとら、それを変えてしまうのも商売なんだし。
ミリちゃんも、自分の世界で……日本に生まれていれば、多分人を殺すことなど無かったはずだ。同じように自分も、この世界で生まれていたなら……今までに、一人や二人手に掛けてきたのかもしれない。それだけのことだ。
そして、どうやらしばらくこの世界で生きていかなくてはならない以上……そういう機会が、自分に訪れることも、あるかもしれない。そうなったら、自分も、殺せなくちゃ生きていけない。
「ミリちゃんは、それでも魔術師を目指したんだよね」
「はい。色々ありましたけどね。シレニスタの宮廷魔術師って言ったら、わりと他国には恐れられる存在だったりしますよ。アウレイラさん一人で、一個大隊以上の戦力とされるのが普通です。いや私はそこまでじゃないんですが……それはあの女がおかしいだけなんで。第一、私は今やあの女を超えるわけですからね」
そうなのだろう。実際、大賢者モードのミリちゃんはともかく、アウレイラの武勇伝も相当だ。そこまで戦功を挙げていないはずの普段のミリちゃんでも、結構えげつない魔法をぶっ放せるのはわかっている。あんなの使えるなら、ちょっと武装した程度の人間を殺すくらい訳ないことだ。
「兵器なんだなあ」
「いやまあ、平気ってことはないですよ」
「あ、違う。気を悪くしないで欲いんだけど……戦争の道具として、組み込まれてるんだなあって」
「ですよ。それが何ですか?」
ミリちゃんは、少しムっとして問い返してきた。思ってたのと少し違う反応だ。
「いや別に。ミリちゃんはそれでも、すごい魔術師を目指しているんでしょ?」
「目指してます。アルスさんは『君がそんなことをする必要はないよ』って言いますが」
「まあ、その気持ちも分からないわけじゃないけど。それよりは、ミリちゃんの目指すものが大事じゃん。実際、すごいことなんだし」
「そうなんですよ。皆、私を赤ちゃんだと思っているのでは? 私は大賢者さまだが?」
なんてことを言って、二人で笑っていた。
「……そういえば、自分のこと召喚してくれたとき」
ん。
今ちょっと変な言い方したな。召喚して『くれた』ってなんだ? 自分は元の世界に帰れないらしいよ? 普通に考えて迷惑じゃないだろうか。
……まあそんなのどうでもいいよね。ミリちゃんがひたすら、可愛いんだから。やっぱり『くれた』で合ってるわ。
「はあ、何ですか?」
「あっごめん。さっきの式で言ってた石で回したの?」
「そうです。12個貯まったので」
「ダース制だったか」
10個単位ではなかったようだ。すると4個貰ったわけか。
「アウレイラさんが留守にすると、私にも聖業(クエスト)が回ってくるんですよね」
「アー」
アーになってしまうね。
「まあ、戦場に出るのに比べたら小さな仕事ばかりなので、20個なんて到底貰えないんですけど」
「へえ、どんな?」
「えっと、まずやったのは『暗闇に吼える獣』っていう聖業」
クエスト、名前あるんだな。
「結構怖そうだけど」
「郊外の野菜畑が、毎晩野犬に荒らされていたので、懲らしめました。神晶石1つです」
「……」
あ、これ街の依頼掲示板みたいなシステムだな。なんか分かっちゃったぞ。
「次が、『暁への架け橋』」
「またかっこいい名前が」
「南東部の山岳地帯にある橋が老朽化していまして。魔術で補修工事のお手伝いをしました。神晶石1つ」
「ウーン」
「何か文句でも?」
文句は全く無いんだけれども……。
「あと1つやりましたね。これは神晶石2つでした」
「期待できる」
「聖業名は『敵意の収穫祭』です」
「期待高まる」
これは結構大きなクエストなのでは。ミリちゃんの運命やいかに。いやなんかもうやっぱりオチがつく気しかしないんだけども。
「私はシレニスタここ中央部、その西寄りに広がるイーアンジー穀倉地帯の農村群へと向かいました」
「あー……」
やっぱりなんかしょぼくなってきた。
「そこでは、現地の農民の皆さんが武器を集め、地方府への叛乱を企てていました」
「おお?」
結構大きな事件が起ころうとしている。ミリちゃんの運命やいかに。
「そこで私は現地に、大きな杖を持ち込みまして」
「おお……?」
「彼らの田畑を測量しました」
「おお???」
なんか検地始まったんだけど。
「彼らの不満は分かったので、測量値を元に計算をしました。それから陛下に税制の改正案を奏上したわけです」
「すげえ」
いや割とマジですごくないか? ミリちゃんらしいというかなんというか。
「今でもその杖は『ミリセンチ尺』と呼ばれて使われているとかいないとか」
「めっちゃややこしい名前じゃん」
「ともかく、私の案がだいたい通って地方府にも下りたので、叛乱は起こらなかったわけです」
「えらい。えらすぎる」
拍手してしまった。
「そうですかね」
「アウレイラだったら叛乱になってから皆殺しにするところ」
「アー」
ミリちゃんもアーになってしまった。
「……なるほど、すごいのかも。ありがとうございます」
「うん、すごいすごい。それで12個になって、自分が召喚されたというわけか……」
ミリちゃんも苦労しているんだなあ……。
「本当に、それはそれは地道な努力をなさっていたのですね」
「うわあ!?」
「出た!?」
氷点下嫌味女! じゃなかった宮廷魔術師アウレイラ!!
「ずいぶんと楽しそうにお喋りをしているようでしたので。聞けば、便利屋か役人への転職の話でしたか」
「いやしませんが」
「あら。少なくとも魔術師の話とは思えませんでしたのに」
すっげー。すっげーこの女。すげー! あまりのネイティブな嫌味ぶりに感心しか起こらない……。
「そういう貴方は、人気者だったのにいいんですか」
「粗方ご挨拶は済ませましたわ。漸く食事にありつけますのよ」
「魔術師様、お持ちしました」
後ろから料理の皿を持った使用人の女の子……いや、この緑の髪とゴシックドレスはさっき見た。アウレイラの神盟者の子だ。とにかく、その子がついて来た。
「ミライさん、下さいな……こちら、よろしいですわね? もうお腹が空いてしまいまして」
そう言って料理の皿を――わざわざ、ミリちゃんの空の皿の隣に置いた。何でも嫌味にしないと気が済まないのかな。
「そうですか、私はたっぷり時間があったのでもうお腹いっぱいで」
「まあ」
「ミリちゃん、そろそろ戻る?」
「そうしましょう」
この人の近くにはあまり長居しない方がいい。ミリちゃんの機嫌が悪くなるだけだ。
「……お二人は戻られるのですか」
「うん?」
いきなり、アウレイラの神盟者の子に話しかけられた。この子は魚面剣士ユキツナと比べると大分普通に見える。ミライってそういえばリルが言ってた子だったかな……。
「そのつもりですけど」
「ミライさん、自己紹介なさって。そちらは貴方と同じ、神盟者の方だそうですわ」
「はい。私はニューラル・テック・イノベーション社製の家庭用アンドロイド、『ミライ』です。多目的包括型一般人工知能『MIRAI』により、ユーザーの皆様のお役に立つことができます」
「アンドロイドぉ?」
へー。そういうのも召喚されるんだなあ……。この精巧なアンドロイドが家庭用? どうやら自分のいた時代の地球より、それなりに進んだ文明の世界から来ているんだろう。
「人型の自動機械だそうですよ」
「うん知ってる。だから驚いてるんだよね……僕はレシヒト」
「MIRAIはデータベースから人物の情報を参照することができます。レシヒト・マネカ様は東の塔の一人目の神盟者として知られています。また、彼は催眠術を用いて魔術の強化を行うことができるとされています」
「なんで知ってんの!?」
「リル・セイレナンド様によって登録された情報です。情報に誤りがある場合は魔術師様の権限によって修正を行うことができます」
あ い つ か。
「レシヒトさんは置いといて。ミライさんは、どうして私達を呼び止めたんですか」
「ミリセンティア・ディッシェ様は東の塔の――」
「いいから」
「――アルス・ワルトシュタイン様がミリセンティア様を捜していたという情報を、6分前にMIRAIは記録しています」
「アー」
なるほどねえ。そうか……良く見たら、身なりの良い男女はどいつもこいつもそこいらでダンスをしている。いつの間にかいい感じの音楽が奏でられていた。
夕飯時は終わり。夜のはじまりというわけだ。
「どうやら人気者はそちらのようでしたわね、ミス?」
「そうですかね。若いもので」
「はあ??????????? 何を言っていらっしゃるんです!? 私は――」
一瞬で面白い顔になったアウレイラを無視して、ミリちゃんはこちらへ来て……言った。
「アルスさんとこ、行かなきゃダメかな……」
「行きたくないの?」
「……行った方がいい、とは思ってるんですよね」
ミリちゃんは、まだ、彼と別れようとは考えていない。義理もあるだろう。何よりあれは善い男だ。
そして、誇り高い男だ。ミリちゃんが彼を手酷く振ったなら、彼の誇りには傷がつき……原因がレシヒトとわかればただでは済ますまい。アルス自身も騎士の間で物笑いの種になるのだろうか。ミリちゃんも罵られ、後ろ指を差されることだろう。
――今、そんなコストを彼女に負って欲しいとは、全然思えなかった。
「行っていいよ」
「うー」
そうだよな。ミリちゃんは今、後ろめたさと苦しさとで挟まれて、窒息しそうになっているわけだ。
だったら、ここの判断をするべきは彼女ではない。
「……せっかく練習したんでしょ、行っておいで」
まあ簡単だ。代われるしんどさは代わってあげたらいい。自分はこれくらいどうってことないんだし。
「練、習――、っ、し、してないですけど!? 行きますけど!?」
「うん、行ってらっしゃい」
なんかめっちゃ真っ赤になっちゃったけど、それくらいの方が雰囲気は出るだろう。なにせ恋人同士の夜宴だからね。
深夜の部も、あれだけ『練習』したんだ、そう悪くはなるまい。
「アルス様はそちらの方角にいらっしゃる可能性があります」
「ありがとうございます。行ってきます」
ぺこり、と頭を下げて――ミリちゃんは、行ってしまった。
うん――今日のところは、それでいいよ。
「ちょっと!? 話は終わっていないのですけども」
「まあまあ、彼氏が待ってるらしいですからね」
「全く……アルス様も、あのような小娘のどこがよろしいのでしょうね?」
またしても嫌味。
――む、と思ってから少し考えた。
「なるほど」
「どうされましたか」
「いえ――珍しいかもしれないですね、僕も同感ですよ」
そう。
アルスは一体、ミリちゃんの何が好きなんだろうな。
――そんなことを考えながら、自分は一人、塔へと戻った。
遠くで、浮いたままぐるぐる回されているミリちゃんが見えた。ああ、あの子多分、ダンスなんてできないよな……。
<続く>