リアル術師の異世界催眠体験10

◆それは騎士物語のように

 

 

 ――。

 

 突然ですが。

 

「僕も人のことは言えないけど、催眠暗示はどういう結果になるかをよく考えなきゃいけない」

「というか私を巻き込まないで欲しいです」

「ごめんなさい……」

 

 私は怒られています――。

 なぜでしょう……私は頑張って、催眠術を覚えたというのに……!

 

「ええと、レシヒトさんの暗示は上手く働いたのでしょうか」

「うんまあ大体ね……でもいくつか、気をつけて欲しいところがあるんだよ。まず、僕がミリちゃんと出会ったとき、他に人が居たらどうするつもりだったのさ」

 あ、それは大丈夫です。私もそこまで愚かではありませんので。

「この塔は部外者立ち入り禁止ですから……お部屋に居て頂く限りは、ミリセンティアさん一人しか来ませんので……」

「なんでそんなに周到なんですかね」

 ミリセンティアさんに褒めていただきました。

 

「あー、なるほどね。じゃあ……どちらかというとこっちが本題。暗示の結果、僕のどういう行動に現れるか分からなかったわけじゃん……それはさすがに、危ないからね?」

「あ、はい……それは、思いましたけど……」

「思っててやったの!?」

「可愛がるなら、酷いことはしないじゃないですか……」

 レシヒトさんは、そんな根性のある男性ではありません。あれだけ催眠掛けておいて、こちらから夜這いしないと、手も出してくれないんですよ。

 

「いや、それでもね。最悪、可愛いって気持ちが強くなりすぎて、ミリちゃんを押し倒して……なんてことも、考えられるわけでさ」

「それは多分無いですよ」

「なんでだろ」

「ええと――」

 ――だって昨日の夜にあんなにいっぱい出したばっかりじゃないですか。そこまで元気ないですよねレシヒトさん。やればできるかもしれませんけど、大人の男性、溜まってなければそこまでがっついて来ませんよね、経験上……。

 

「――言わない方がいいと思いました」

「何? ちょっと何なんです?」

「僕もわからないけどリルさんがそう言うなら黙っててもらったほうがいい気がする」

 賢明だと思います。私はお二人には仲良くしていただきたいので……。

 

「……実際、レシヒトさんはどこまで? 私も見たかったんですけど難しくて」

「いや見せないけど」

「ええとまあ……いろいろやってしまったけど、その……キスをしちゃった」

「それは……おめでとうございます」

 ぺこり、と頭を下げます。主人であるミリセンティアさんの喜びは私の歓びですので。

「リルちゃん?」

「まあいいんだけど、ちょっとやりすぎちゃった気がする」

「……そうですか? 大丈夫ですよ、ミリセンティアさんは絶対喜んでいますから」

「リルちゃん???」

 騎士道物語にもあります。真の忠義者というものは、主人の真の望むもののためなら、主人の言葉を違えることさえあるものです。私はそのようにありたいです。その方が面白いので……。

 

「とにかく、催眠術を使うにはモラルが重要だから。相手にとって本当に望まないことが起こらないよう、細心の注意を払わなきゃいけない」

 と、言っておりますレシヒトさんですが……。

「ミリセンティアさん、どう思います?」

「ギャグで言ってるのかなあ、って……」

 

「僕これでも結構気を遣ってるんだからね!?」

「それは私もです。ミリセンティアさんは、だいたい何されても喜ぶと思いますから……大丈夫ですよ。私は詳しいのです」

「リルちゃん?????」

「割と一理あるんだよなあ」

 アルス様と一夜を過ごした後のミリセンティアさんですから、何ともないとは考えにくいです。そこでレシヒトさんが慰めてくれるのなら、何でも喜んでくれるでしょうという話です。

 別にミリセンティアさんが何をされても歓ぶ被虐趣味だという話は、今はしていないわけです。

 

「何だか多分に釈然としないものがあるんですが、とりあえずリルちゃんはいいです。多分善意だったんですよね。私も嫌ではなかったので」

「そうですよね」

「ごめんちょっと黙って」

 怒られてしまいました。

「レシヒトさんも悪くはないと思うんですが……やっぱり1つだけ」

「うん。予想はつく」

「……どうしてリルちゃんに催眠術なんて教えちゃったんですか……?」

「ああ……」

 ああ……になってしまいました。

 

「まあ、いくつか理由はあったんだけど……実のところ、時間の問題だったというか。見様見真似で結構、できちゃってたんだよね」

「えへん」

「そこは私もわかります。……勝手にやられるくらいなら、さっき話していたモラルとか、気をつけることを含めて、ちゃんとしたやり方を教えておいたほうがいい、という感じですよね」

 ミリセンティアさんはやはりとても賢いです。私はそんなこと考えていませんでした。

「悪いことには使いませんよ……そもそも、他の方にちゃんと掛けられるかもわかりませんし……」

「でしょうけども」

「私からお願いしたんです。レシヒトさんは悪くないですよ」

 アルス様のことは伏せておきます。嘘はついていません。

 

「うー、後が怖い……何させられるんだろ……」

「ミリちゃん、ちょっと楽しみにしてるでしょ」

「しとらんが???」

「ふふ。楽しみにしててくださいね」

 ミリセンティアさんに催眠でイタズラするのも、是非、やりたいですけど……目下の目的は、別にありますね。

 

「じゃあ、とりあえず今日はこんなところにして、私とレシヒトさんは宮殿の方に行きますから」

「はい。……招聘ですか」

「そういうことなのかな。陛下がお呼びなんだってさ」

 レシヒトさんを供にということであれば、きっと聖業(クエスト)の下命があるのでしょう。西の魔術師様との折り合いが上手くつけばいいのですが、難しいことだろうと思います。

「では……レシヒトさんの礼服は、お部屋の箪笥に入っています。ご自分で準備できますか?」

「できる。着替えてくるね」

「わかりました」

 レシヒトさんは早速お部屋へ向かいました。一礼して送り出します。

 

「私も一度部屋に戻りますね」

「あ、ミリセンティアさんは待ってください」

「はい?」

 これは、お聞きしておきたいのです。

 

「……その。レシヒトさんの気持ちは、嫌ではなかったんですよね」

「まあ、そうですよ……だから、あんまり怒ってないですし」

「では……ミリセンティアさんは、彼ともっと……親密になりたくないのですか」

「う」

 口ごもってから――。

 

「……だ、だって。アルスさん、居ますから」

 

 こう、仰るのでした。

 

「アルス様とは、どうしてお付き合いすることになったんでしたっけ」

「えっと……うう、正直、大した理由はないんですよ。パーティーで、周りの人に言われて、お食事を一緒したんです。そうしたら、口説かれて……優しかったし……」

「そうですね、優しい方です」

 アルス様にとっての優しさ、正しさとは、弱い者を守ること。まさしく、騎士道物語の騎士様の在り方です。

 

「ですよね……それで、私、田舎者で、がさつだし、そんなに美人でもないわけで」

「ミリセンティアさんは可愛らしいですが???」

「ありがと……でもですよ。あれを逃したらもう、無いんじゃないかなって思ったんですよ……」

「というと」

 ミリセンティアさんはどんどん、視線を、下に……落として、ぽつぽつ、呟いています。

「あん、な、普通に、かっこいい、男性がですよ。私のこと、好き、って言って、くれるの……た、多分、あれが、最後……だったんじゃ、ないかな、って――」

「――」

 

 ――言いたいことが、胸いっぱいに溢れてきました。でも、それを言うのは今じゃありません。

 

「子供、とかは……お仕事、あるし、持てないけど……私なんかが、人並みに、幸せになれるのは……きっと、あの時、あの人としか、無いんだろうな……って、思ったんですよね……」

 

 ――先に、誰かとお付き合いしてしまったら……後から、もっと素敵な人が現れても、手遅れなのでしょうか。

 また、誰かが……この人しかないという、素晴らしい方を、やっと見つけたとき。その人には既に相手がいたなら。それだけで……諦めるしか、ないのでしょうか。

 

 そんなことはありません。

 私だって、たくさんの人と、色も恋も経験しました。その中には、他の相手がいる人も、居ました。

 世間で言うところによれば、私は、悪い子のようです。ですが……。

 

 本当に好きになりたい相手を、そんなことで遠ざけてしまったら……いい子でも、悲しいじゃないですか。

 

「だから、私が、選んだんですよ。それに、彼も悪くないですし……だから、仕方ないでしょ」

 確かに、アルス様は悪くありません。ミリセンティアさんとは合わない方だと思いますが、私はもっとずっとダメな男性をいくらでも知っています。たぶん、彼はとても素敵な方と言ってよいと思います。でも。

 

「……ここに、何も禍根を残さずに、恋愛関係を無かったことにできる、不思議な薬があるとします。二人で飲めばそれでおしまい、お二人は他人同士です」

「は、はあ。催眠みたいなこと言いますね」

「さてミリセンティアさん。飲みますよね?」

 ミリセンティアさんは、縛られています。自分が選んだこと。相手は悪くない。義理。プライド。世間体。たくさんのものに縛られています。

 しかし私は、誰かさんが言うところによれば自由らしいです。天衣無縫だそうです。少し傷つきますがそうらしいです。

 

「飲ま、ないでしょ」

「飲みたくないですか」

「飲みたくても、駄目、ですよね。そんなの」

「そう、ですか」

 賢いミリセンティアさんのことです。もしかすると、私の企てに気が付いてしまったのかもしれません。私が、アルス様を催眠術でどうにかしようとしている、と。

 駄目、と仰るなら――私はやはり、真の忠義者として、主人の言に違えてでも――。

 

「――いや、違うなこれ。待って、待ってください」

「はい?」

「リルちゃん。飲みます、やっぱりそれ飲むわ」

「あ、そうなんですね……でも、どうしてです?」

 意外、でした。どうせ私は悪い子なので、嫌だと言っても主人の伴侶を奪うつもりでいたのですが……。

 

「だって……これ、私の責任でしょ。私が決めなきゃ駄目ですよね。リルちゃんが悪いことになったら、私ずるいじゃないですか」

「え、うわあ……本当、ですか?」

「だから飲む。飲みますよ。私が、私の意志で飲むので、リルちゃんのせいじゃないですから」

 じゅわ、と涙が出てきました。やっぱり、ミリセンティアさんはとても賢い方で――強い方、なのでした。守ってくれる人なんて、必要なかったんですね。

 

「まあ、喩え話ですから……そんなお薬は無いんですけどね」

「それはそう。でも、私の意志で飲めるから……リルちゃん、ごめんなさい。お願いします」

「う、うわああ……」

 ミリセンティアさんが、頭を下げてくれています。やる気が出てきました。

「催眠術覚えたのも、それなんでしょ。すごく悪いこと考えるなあ……絶対、駄目なやつだと思うんですけどそれ」

「は、はい……まあ、そうですね」

「でも、こんなことをリルちゃんに任せて知らんぷりしてたら、私最悪じゃないですか?」

 そんなことを、言うのです。ミリセンティアさんは……私だけを悪い子には、させて、くれないのです。

 

「それは別に……私も、ぶっちゃけますと、アルス様が空くなら、欲しいので……」

「えっ、何がいいんですか彼の」

「顔と、家柄と、安定した生活と、名声と、守ってくれそうなところですかね……」

「アー」

 アーになっていますね。

 

「そういうわけで……いい、ですよね?」

「う、ん……無茶はしないでね? 催眠術だって、そんな万能なものではないわけで……」

「いえ、多分無くてもいけますので」

「どういうこと!?」

 私、これでも得意なんですよ。――男の人を、おかしくさせるの。

 

 

 ――。

 

 

 午後の日差しが暖かいです。思わず眠たくなってきますが、私は偉いのできちんと掃除をしています。ミリセンティアさんとレシヒトさんは聖王陛下と会われているので、塔には私一人――であったところ。

 

「御免!」

 塔の入り口から声がしたのでした。

 

 ――すぐにお出迎えに出ると、そこには。

 

「あら? ごきげんよう、アルス様」

「うん。ミリセンティアは居るかい?」

 思わぬ来客がありました。どういうわけか――恐らくはミリセンティアさんへのプレゼントであろう、大きな花束を抱えて。

 

「申し訳ありません、留守にしています。聖王陛下の招聘がありまして」

「ふむ。例のレシヒトという神盟者も一緒なのかな」

「そうですね。戻ったら伺いましょうか?」

「……いや、いい。しかし、そうだな……萎れてしまってはいけないから、花だけでも置いていかせてもらっても、いいだろうか?」

 生花って、お世話が結構大変なんですよ。それやるの私なんですけど……。

 

「……わかりました。どうしてお花を?」

「昨夜、彼女を怒らせてしまってね。それで、同僚が言うには、そういう女性にはこうするのが良いと」

 ……どうして、ミリセンティアさんのことを何も知らない人に、ミリセンティアさんのことを聞こうとするんでしょう。『そういう女性』ってどういうのですか。

「分かりました。でしたらお花はお預かりしますね」

 

「それと……リルさん。良かったら貴方にも話を聞きたいのですが」

「ええ、構いませんよ。……本来は立ち入りを禁じておりますが、1階まででしたら、お客人を招くのも大丈夫です。よろしければ、中でお話……しませんか?」

「ありがとう、お邪魔させてもらうよ」

 

 

 ――。

 

 

「お茶をどうぞ」

「ありがとう、頂くよ。……すごいな、とても美味しい」

「ありがとうございます。お話ですが、お花の用意をしながらでもよろしいですか?」

 茎を斜めに切って、花瓶……はないですね。あの甕(かめ)なら使えるでしょうか。

「もちろん、構わないよ。いや、見事な手際だ……リルさんは本当に素敵な方だ。いつも柔和な微笑みを浮かべ、当たり前のように家事をこなす」

「ふふ。褒めても何も出ませんよ」

「本当に、貴方は人を陰から支える立派な女性だ……ミリセンティアにも見習ってもらいたいものだ」

「あ゛???」

「えっ」

 あ。失敗しましたね。信じられない暴言が聞こえて思わず。今私、めちゃくちゃ目が座っていたと思います。

「……いえ、何でもないのです」

 ミリセンティアさんに私を見習わせるなんて、何言ってるんですかこの人。あの人は本当に素敵な方で、すごい魔術師なのですよ。私のような色々と緩い平凡な女と比べること自体が許せません。

 

「そ、そうか? では話なんだけどね……例の神盟者、レシヒトという男のことなんだ。貴方は近くで見ているのだろうと思ってね」

「はい、分かりますよ」

「彼はどんな人物なんだい? その……ミリセンティアとの仲とかは」

 ……アルス様はどうやら、ミリセンティアさんがレシヒトさんに浮気しているのではないかと疑っているようです。だいたい事実ですね。ちょっと困ります。

「仲は良いですよ。魔術師と神盟者ですし」

「そういうものか……あの男は神盟者として、何ができるのだろうか? 少なくとも武侠の人物には見えなかったが」

 ああー、同感ですね。さて、同感はいいとして、どこまで話したものでしょう。魔術の補助ができること――は、話してもいいでしょうね。人を操る術――は、だめです。その上で、催眠術に興味を持っていただくためには――。

 

「あの人は、催眠術という技法を修めています。眠りを催すという名前に表れていますが、他の人をとても心地よくリラックスした、眠りに似た状態にしてあげることができます。気持ちよくて、疲れも取れるし、頭がすっきりして……素敵ですよ」

「なんだそれは。その男は按摩師か?」

「あ、近いかもしれないです。按摩、マッサージが身体をほぐす技法なら、催眠は心をほぐす技法なんだと思います」

 なるほどなるほど。思わぬところで知見が増えました。しゃっ、ちゃぷ。お花の用意をしながら、うんうん頷いています。

 

「それは……神盟者のやることだろうか?」

「そうなんですよ、最初は私達も不思議に思っていたんですけどね」

 神盟者は魔術師を補佐するために母神シレニアから遣わされる戦士。魔術師を戦闘で補助できなくてはならないんですよね。

「ふむ、何か隠し玉があったということかな」

「いえ。彼の催眠術なんですけど、頭がすっきりして、集中力や想像力が高まるんです。それで、ミリセンティアさんの魔術が、もっと強くなるということらしいです」

「……ミライ殿に近い役割というわけか」

 あ、ミライさんってそういうこともできるんですね。知りませんでした、今度日向ぼっこでご一緒したら聞いてみましょう。

 

「それくらいで、他は本当に普通の人ですよ。人柄も優しくて助かります」

「そうか……つまり、ミリセンティアは彼にその不思議な術を使われていると?」

「はい。まだ聖業に役立ててはいませんが、以前よりも優れた魔術師になられました」

「……そうか」

 どうしてそこで残念そうにするんでしょうねこの方は。

 

「……その術の話だけれど」

「よい、しょ……はい」

 ごとん。お花の用意が終わり、ダイニングに甕ごと置きました。かなり大きいですね。

 

「どういう、ものなんだろうか……気持ちがよいと言ったけども、術者に依存していくとかは……」

 ありますね。

「ないですよ」

「そうなのか」

 催眠術の使い方の工夫によっては全く逆らえないと思います。

「マッサージでそんな風にならないのと変わらないと思います」

「そうか……それで彼女がおかしくなったりはしないんだな」

 もう大分おかしくなってきているというか、本人の意志で求めています。

「もともと親しくないと掛からないというか、本人の意志が全てですから」

「気持ちいいと言っていたが、どういう感じなのだろう」

 セックスなんか目じゃない快感でしたね。強制的に身も心も快楽に溺れます。

「リラックスしている心地よさだけですね。穏やかに身も心も安心に浸れます」

「そうなのか……すると、リルさんも掛けられたことがあるんだね」

 いちおう。ときどき仕事疲れを取ってもらっています。すぐに寝ちゃうんですけど。

「いつも。毎日のように気持ちよくしてもらっています。何回もイっちゃうんですよ」

「何て?」

 あっ間違えました。

 

「いや何でもないです。もしかして、興味がおありですか?」

「……そう、だな。どんなものかはとても気になる」

 よしよし。上手くごまかすことができました。

「実は私、少しならできますよ。見様見真似ですから、レシヒトさんの催眠術ほどの効果はありませんけど……」

「そうなのか!? そ、そんなに簡単にできるものなのか……」

 ……簡単、とは言いませんけどね。多分私は、向いていたんです。

「よろしければ……体験、していかれますか?」

「……そう、だね。リルさんが良いのなら、是非」

 

 さて――。

 

「では、使用人である私の部屋になってしまいますが……よろしければ、入ってください」

 

 ――悪いことを、しましょうか。

 

 

 

◆聖王騎士の催眠体験

 

 

 

 ――催眠術。人を眠りに似た状態へ導く技法。リラックスをもたらし、心地よく疲労を取り除く。集中・想像を助け、魔術を強力にする。言われたことは理解できるが、具体的にどんなことをするのか、どんな感覚なのかは見当もつかない。

 

「はは、まさかこんな麗しきご婦人の寝所へ通されるとはね」

「騎士様にこんな下女の寝床を使わせるのは、本当に心苦しいのですが」

 案内されたのは、塔の使用人室――つまり、リルさんの私室だ。心なしか、部屋全体から彼女の纏う芳香――仄かに甘い陶酔をもたらす、なんとも不思議な匂い――が漂ってくるような気がする。

 そういえば、ミリセンティアの部屋に行ったことは無かったな。いつも自室へ呼んでいたし、彼女の部屋はこの塔の上部、つまり部外者の立ち入りが禁じられているから。

「寝床……本当に、いいのかい?」

「ええ、と、私は……結構、なのですが……シーツとか、替える前でしたので……」

 つまり、リルさんが寝ていたときのままになっている、ということだ。それはいけない。彼女のような美しい女性の頬を、恥じらいの紅で彩るのは、こんな不躾に行っていいことではあるまい。

「僕はもちろん構わない……むしろ光栄なくらいだけど、リルさんが嫌だろう。シーツを替えるのなら手伝うよ」

「いえ、私も……アルス様なら、大丈夫です。シーツの替えも、今干していてまだ乾いておりませんし……」

 むむ、そこまで言われてしまっては……仕方がない。ああ、やはり頬を染めている……申し訳ないことをしてしまったな。

 

 ――そうして、僕は彼女のベッドに腰掛けた。臀部が沈み込んだぶん、ふわ、と良い香りが舞い上がったように思う。なんて優雅なんだ……。

「リラックス、するために……ネクタイ、外してくれますか……? できれば、ベストも……」

「あ、ああ、そういうものか。わかった……」

 言われるままに上着を脱ぎ、ネクタイを抜く。シャツのボタンは外しておくといいのだろうな。脱いだ衣類はリルさんが受け取ってくれて、皺にならないように畳んで置いてくれた。なんて自然な気遣いなんだ……。

 

「あ……」

「どうしたんだい」

「首のところ……傷跡があるんですね」

 どうやら、緩めた襟から見えていたらしい。確かにそのあたりには古傷があった気がする。

「ああ。大したものじゃないさ。恥ずかしい話だが、こんなものはあちこちにあるよ」

「ふふ……謙遜なさるんですね。こんな所に傷ができて、平気なわけがありません……きっと、とても危険な戦いだったのですね」

「……ま、まあ、そうかも、しれないな」

 なんだか面映ゆい。ミリセンティアと身体を重ねるときは、いつも部屋は暗いし……こんな話をしたことはなかったからな。そもそも、彼女に戦場は似つかわしくない。自分から、こんな血腥い話をしたいとは思わない。

「さあ、楽になさって……あ、ベルトも少し緩めていただけますか。楽に、楽にしてくださいね……」

 促されるまま、ベッドに仰向けに寝かされる。寝具の質は、どう考えても自室の方が上だが……なんだろう、この温かさ、柔らかさは。この心地よさは。

「うん……ああ、いい気持ちだ」

 確かに、按摩を受けるときに似ているのかもしれない。なんとも、良い心地だ……。

 

「ここ、痛くはないのですよね……?」

「うわ、な、何を……」

 くすぐったさに驚く。ベッドのすぐ隣に椅子を置き、リルさんが座っている。その指が僕の喉首へ伸びており――スウッ、と、古傷をなぞったのだ。いや、往復するようにまだ……続けている。

 

「この傷は、きっと……ミリセンティアさんや、私……それから、シレニスタの多くの人々。そういった皆さんの代わりに、受けられたもの……」

「そん、な……大した、ものでは……っ」

 ……確か……そう。これは火傷だ。二年前の戦で、西に接するレヴァレイン大帝国の魔術師から受けた傷。あの戦場は苦しいものだった。戦場における魔術師は味方からすれば戦意の権現、敵からすれば恐怖の象徴であり――同じく、味方にとっての必勝の切り札、敵にとっての必滅の仇となる。

 この傷を負わせた魔術師はというと……僕が、傷と引き換えに――胴を、両断した。命懸けだった。そうしなければ、自軍にはもっと甚大な被害が出ていたであろうから。

 だから、リルさんの言っていることも……あながち、誇張とも言えない。

 

「くすぐったい、ですか?」

「あ、ああ……」

 傷跡をなぞることをやめない指先もだが、耳から入ってくる言葉も、何とも言えずくすぐったいものだ。決して、悪い気分ではないのだが……こういうのは、どうも、不慣れで。

 

「照れることはないんですよ……アルスさんは、この国でも指折りの武人で……たくさんの戦功を挙げて、私達を……ずっと、守ってくれていたんですね……この、傷はきっと……その証、なんですね……」

「うう……っ」

 情けないことだが、少し、涙ぐんでしまった。婦人から……こんな風に、言ってもらえたことはなかったし……求めていいと、思ったこともなかったから。これは恥だ、と思う。しかし、恥とは――こんなにも快いものだろうか。

 

「聞いたことが、ありますよ……アルス様は、戦場では竜(ドラゴン)と呼ばれているのだとか。竜の鱗の、傷跡は……こんなに、近くでなくては……見えない、のですね……」

 胸元に、まるで接吻でもするように……顔を近づけ、首元を覗いている。恥ずかしい……が、それ以上に、無性に――心地よい。

「リル、さん……まさか、これが、催眠術というもの……なのですか?」

「いいえ、違います……まだ、何もしておりません。私が、アルス様のことを、もっと……よく、知りたいだけです」

 何も、していない? なら……どうして、こんなに、僕は。僕は……気持ちよく、なっているんだ……?

 

「僕は……僕らは、ただの、人殺しですよ……。知る必要なんて、ありません」

「いいえ……そんなことでは、アルス様が、可哀想です。こんなに、優しい方だと……きちんと、私が、知ってあげたいんですよ……」

「っ、くぅ……!」

 くりくりと、悪戯するように……傷跡の上で、指が躍る。 なんだ。何なのだこの女性は。どうして、こんなに……僕の、弱い所を……。

 

「良かったら……私のことも、知って、くれますか……? 私が、リルが……貴方に、守ってもらっている人々が、どんな風に……暮らしているのか」

「あ、ああ。教えて……くれるかな……」

 あまりの心地よさに、意識が朦朧とする中……自分は、そのように、答えていた。

 

 ――。

 

「そう、ですね……あ、お掃除。好きなんですよ。私の、お仕事なんですけど……聞いて、くださいね……」

「うん……」

 この、声……なんとも、甘く、そして、心地よい。

「どうして、好きか……考えたんですけど……。例えば、気分が落ち着かないときって、あるじゃないですか……。何を、しようとしても……イライラ、しちゃったり、それで、上手く行かなくて、もっと……手につかなく、なるとか」

「……ああ、わかるな。僕にも、そういうのはある」

 そう。騎士としての本業が、上手く行かない――例えば、名目上は部隊の指揮を任される立場でありながら、実際は西の魔術師殿の指揮下、圧倒的戦力によって戦場を支配する『魔術師』に対し、ただの駒に過ぎない『騎士』である己の無力を、突きつけられたとき、とか――。

 

「本当は、大して……関係、ないことが、嫌になって、余計にイライラして……頭の中が、ぐちゃぐちゃに、なってしまうこと、あるじゃないですか……」

「……ああ、ある……な」

 そう。ミリセンティアのこと――彼女が、魔術師であり、よりにもよって、宮廷魔術師……それも、その上を目指そうと言っている。そんなことが、妙に苛立ちに繋がる――そんなことも、あった。

「そんなとき……お掃除は、いいんですよ……とっても、気分がすっきりするんです」

 掃除。確かに……そうか。散らかっている部屋では、確かに気も散るだろう。

 

「最初に、余計なもの……しまい忘れているものを、片付けますよね。出しっぱなしの道具とか……必要ないのに、捨てていないもの、とか……。そうすると、心の中でも……同じことが、できるんです。いらないのに、残っているものを……気持ちから、追い出して……いきます」

「ぁ……うん、そう、か……」

 なるほど……掃除を、通じて……精神も、整えることができる。一種の、儀式のようなものだ……。

「いらないもの……例えば、気にしても、仕方がないこと、とか……他の人からの、嫌な言葉とか……。あと、よく考えたら、もう、使わないもの……例えば……くだらない意地とか……考えてみれば、どうでもいいこと……とか……みんな、捨てて、片付けることが……できますよね……」

「う、あ……」

 そう、だ。自分にだって、そういうものは、たくさん……ある。たくさんの……いらないものに、縛られて……いる。捨てて……しまうことが、できるのか?

「そういうもの、捨てちゃうと……お掃除をするための、スペースが、できますよね……。頭の中も、同じです……まず……余計なもの、捨てないと……きれいに、気持ちよく、できないですよね……」

「捨て、る……」

「そう。捨てちゃえば、気持ちよく、なれますよ……ほら、お掃除するつもりで、やってみたら、わかります……。あれも、いりません……これは、使わない……外に出してしまえば……お部屋も、頭の中も、ひろーく、なりますね……。とっても、気持ちいいんですよ……」

「ぁあ……」

 気持ち、いい……そうだ。魔術師と比べて、どうだというんだ。彼女たちが、強大な魔法を行使したとして、最後に戦うのは、いつも、自分たちだ……。それを、誇っていたはずではなかったか?

 僕は、こんなに……いらないものを、抱えていたのか……。

「邪魔なものを、捨ててしまうのが……お掃除の、はじまりです……お部屋も、頭の中も、同じ……ですよね……」

「う、ん……」

 確かに、その通りだ……。

 

「次はですね……大きなものを、動かします。お部屋の中で、大きく場所を取っている……ずうっとそこにある、当たり前のものです……お部屋だったら、テーブルとか、棚とかで……頭の中だと、なんでしょうね……」

「う、ん……?」

 頭の中に……ずっとある、当たり前の……。

「例えば……自分は、男性だから……こうしなきゃ、いけないとか……。騎士だから、こうするとか……、そういう、ずうっとある……当たり前で、とても、大事なこと……」

「ああ……それは、大切、だから……」

 そう。それらは自分の拠り所となるものだ。それらを失った自分など、ただの腑抜けではないか。そのような者に、誰がついて来るものか。

 

「そう、ですね……大切です。だから……お部屋の外に、一度、どかすだけ……大丈夫、ですよ。だって……テーブルや、棚を、捨ててしまう人は、いませんからね……」

「そう、だ……」

 確かに……一度、決まった考えから、離れてみるのは……大事なこと、だろうか。

「そういう、大きなものの陰には……たくさん、ゴミが溜まっていたり、しますよね……。だから、大変ですけど……どかして、いくんです。お掃除の、ためですから……」

「あ、ああ……」

 そんなことを、したら……自分は、どうなってしまうのだろう。もし――それらの陰に、大量の埃が積もっていたら。自分を悩ます害虫の巣が、そこにあったなら。

 

「ほら、重たいですけど、一緒に……よい、しょ」

「う、あ」

 両手に、温かい感触。リルさんの手が、僕の手を取って、持ち上げて……一緒に、荷物を、持って……いる。

 

「アルス様は……とっても、力持ちですから……ちゃんと、できますよね……ほら」

「……う……ん」

 思い切って、身体に力を込める。筋肉が強ばる。そして驚く、今まで自分の身体は、こんなにも弛緩していたのか。この、ゆるゆると心地よい、微睡みのような感覚に、ここまで浸っていたのかと。

 

「よいしょ……あっ、ほら、すごい。すごいですね。ゴミがたくさん、ほら、ほら、あんなに積もって、ほら……」

「う、あ……あ、あ、あ……」

「たくさん、固まって、積もって……あんなに。あれじゃ、きれいになんて、なりませんよね……ほら、ほら、早くこれ、置いて、きましょうね……」

「あ……ぁ、う、えっ……あ、ぁ……」

 わからない。頭の中で、たくさんの思考がぐるぐると回り、そして止まることはないまま、回って、いる。どうしたというんだ。僕の中に、一体何が、そんなに。

「よいしょ、っと、ふう……重たかった、ですね……ここに、置いちゃいましょうね……」

 頭の横に、掌の熱を感じる。そこは、僕の頭の外で……そう、置いて、しまった。

 

「じゃあ……お掃除、ですね。ひろーくなった、お部屋は……ほうきで、きれいに、するんです……。細かい、ゴミまで、きちんと集めて……捨てて、しまいます……」

「う、ん……」

 そうだ。掃除の、話をしていた。部屋を、きれいに……すると、頭の中も、きれいに――。

「頭の中も、きれいに、しましょう……ほうきで、さっさ、さっさ……ほら、きれい、きれい……」

「ぁ、あ、あ、あああ」

 ほうき。指を立てた、リルさんの指が……僕の、髪を……サッ、サッ、梳いていく。その度に、背筋が、ゾクゾクして……綺麗に、なって、綺麗、に――。

 

「さっさ、さっさ……ほら、全部……ゴミも、埃も、集めましょうね……ほら、ほら、さっさ、さっさ……」

「ぉ、あ……」

「あっ、あっちに、たくさん……ありましたね。積もっていた、埃……集めちゃい、ましょうね……ほら、ほら、さっさ、さっさ……埃、たくさんで、埃……ほこり、誇り、ホコリ」

「うあ、あ、あ……うああ、あああ、あ、あああっ」

 綺麗。きれい、きれい、きれいに、なる。頭、気持ちよくて、誇り、綺麗に。

 

「さっさ、さっさ……さあ、たくさん、集めたから……お部屋も、きれい……頭の中も、とっても、きれいですね……。さっぱり、しましたね……」

「う、あぁ……きれい……?」

「きれいになると、気持ちいいですね……空っぽ……空っぽのお部屋には……なんにも、ありません。空っぽの頭も……なんにも、考えませんね……それは、とっても気持ちよくて……、散らかっていたときの、イライラはもう……なくなりましたね……」

「ぁ……」

 そうか……本当だ。気持ちいい……。

 

「私と、お仕事のお話をするのは……とっても、気持ちいいですよね……。ほら、私が……数を、10から、0まで数えると……貴方は、からーっぽの頭のまま……もっと穏やかで、安らかな……そう、片付いた、きれいな部屋みたいな……気持ちのよい場所へ、落ちていくことが……できます」

 落ち、る……気持ち、いい……?

「落ちていくのは……とても、気持ちいいので……空っぽの頭が、幸せで、いっぱいになります……。そのために……数が、0になるとき……この、ちりとりの中身……集めた、ゴミや、ほこりを……捨てて、しまいましょうね……」

 ……空っぽ……幸せで、満ちる……そのために、捨て、る……。

 

「10……身体が、ベッドに沈み込む……、9……空っぽの頭の中が、とても広く感じます……8……気持ちいい、ですね……7……6……」

「……ぁ、あ……う、あ、あ」

 数を、数えながら、リルさんの手が……僕の額に添えられた。

「5……そう、でした……雑巾がけも、しましょうね……。4……きゅ、きゅ……。3、きれいに、拭いて……」

「ぅああ、あ、あっ、あ、ああっ!」

「2……大丈夫、とってもきれい……ほら、1……ぴかぴかに、なりましたね……ほら、捨てますよ……」

「ぉ、あ……っ!」

「ぜろ。――ほら、さらさらさらー……」

「ぁ゛……ッ」

 

 ――。

 

「なんにもない……空っぽ……空っぽの部屋。ぴかぴかで、誇りひとつ……ありませんね……」

「……ぅ、ぅ」

「そこでは、嫌なことは、なんにもありません……ただ、幸せで……穏やかで、気持ちよく……なることが、できます。ほら、3つ数えたら、もう一度、幸せが流れ込みますよ。私が3つ数えると、空っぽの部屋は、幸せの部屋になる。たっぷり溢れて、気持ちよくなれます、ほら、3、2、1……0」

「ぉ、ご゛……ぁ、ぁ……は、は……」

「そう、幸せ。幸せですね……私とお話するのは幸せ。リルと仕事の話をすると気持ちいい。気持ちいいからまた来ますよね。またお話、しますよね、絶対する。アルス様は毎日、昼過ぎにここへ来て……私とお仕事の話をしてくれます。このことは、部屋の隅に隠れて、見えなくなりますが……絶対にそうなります。またお話、聞きたいですよね……見えなくなっても、お部屋にありますから、当たり前……ですよね……」

「……」

 昼過ぎ。リルさんと話を。彼女の仕事の話を。聞きに行く。絶対にそう、なる。

 

「ほら、力を貸してくださいね……どかしていた、大事なものを……お部屋に、戻しましょう」

 手が、持ち上げられて――。

「場所はここ……さっきしまった、大事な約束……ほら、隠しちゃいますからね……3つ、3つ数えて、せーので置くと……もう見えない。見えなくなってわからない。忘れて、さっぱり、目が覚める。目が覚めたら……とっても気持ちよくて、頭の中が、すっきりしていますよ……とてもいい気分で、目を覚まします」

 ゆっくり、荷物を……運び……。

「ひとつ……ふたつ、みっつ。……はい、元通りで……ほらっ」

 

 ぱん。

 

 

 ――。

 

 帰路。東の塔を振り返る。

 

「……どうも、釈然としないが」

 花を預け、催眠術とやらの体験をして……。そうだ、掃除の、話をした。

 それからのことが、どうも、よくわからない。

 

「しかし……」

 とても、心地よかった――気がする。非常に不可解なことだった。

 

 ――これはまた、調べに来る必要がありそうだ。

 

 

 

◆聖業受領

 

 

「皆揃ったようね。面を上げなさい」

 凱旋式でも訪れた謁見室に、緊張が走る。

 金髪女児――ではない、聖王クウィーリア陛下。流石に覚えた。その声に反応して、自分たち――つまり、両宮廷魔術師とその神盟者は顔を上げ、一斉に起立する。うんまあ僕一人ちょっと出遅れたんだけどしょうがないだろ、わかんないんだから。

 集まっているメンバーは凱旋式と似た顔ぶれだが、アルスたち騎士団の者は今日は居ないし、内政官も1人のみで、他の士官が控えてもいない。つまり呼ばれたのは自分、ミリちゃん、アウレイラ、ミライさんの4名だ。

 

「今回こうして集まって貰ったのは他でもない、国難の伺いに――母神様より神晶石の下賜があったわ」

「やはり」

 アウレイラが続く。

「つまり」

 ミリちゃんがそう言って、身を乗り出す。

「どういうこと?」

 僕が言うと、ミリちゃんが前にコケそうになる。

「母神様とは、シレニスタ王国の守護神、母神シレニアと考えられます。神晶石の下賜があったということは、聖業の下命が行われる可能性があります」

 そしてミライさんが説明してくれる。なるほど、そういうシステムなんだ。

 

「その通り。此度の国難の解決、すなわち聖業に際し……用意された神晶石は8個よ」

「2/3ガチャか……」

 ミリちゃんの受注している街の何でも屋レベルの聖業は1~2個、大規模な国土防衛戦争が20個、とすると……8個というのは、かなりの難行になるんじゃないのかな。

「神盟者レシヒトよ。妾に分かる言葉で話してくれる?」

 あっやべ聞こえてた。

「あ、いえ。ガチャに必要な石は12個ですから、その2/3にあたる量だと」

「ほう、そこのミライと同じで、其方は算術に長けているのね。その通り、神盟者召喚(ガチャ)の奉納量の過半を賄う量の聖晶石を預かっています」

「小学校で習いました。子供の頃に」

 正直、褒められてもリアクションに困る。学習体系がまるっきり違うんだろうな。

「陛下、彼が自ら言う通りですわ。このような初歩の算術、取り立てて語るに値するものではございません」

 褒められても困るけど、ディスられても困るな。何なんだよ。

 

「いずれにしろ結構ね。此度の聖業は相応の困難が伴うと、母神様はお考えということです」

「心得ています」

 ミリちゃんが居住まいを正す。こういう真面目な所、いいよね。

「でしたら陛下」

 アウレイラが横槍を入れる。さて今度はどんな嫌味が飛び出すのか、実は毎度楽しみにしている節がある。

「何かしら、魔術師アウレイラ」

「8個の神晶石に値する聖業の下命に、なぜ“東の”彼女をわざわざ呼集なされたのでしょう。無関係な話で彼女を煩わせること、私(わたくし)には忍びなく思われるのでございます」

「はあ???????????」

 思った以上のパンチ力。流石だね西の魔術師。

「それは簡単よ。私はこの聖業をミリセンティアにやってもらおうと思っているのだから」

「は?????? 陛下?????」

「そら見ろ!!!!!!」

 仲いいなあこの2人。

 

「神晶石8個の聖業は、一般に危険や苦難が伴います。また、その失敗は王国に多大な影響を及ぼすことが考えられます。以上の理由から、神晶石8個の聖業を受注するのは王国最強の魔術師であるアウレイラ・トレグレン様が適切であるとMIRAIは判断することができます。ただしこれは断片的な情報と一般的な条件に基づいた判断であり――」

「ミライさん、それでいいのです。そう、一般的な考えに基づくのであれば、此度の聖業を“東の”彼女になどとは、赤子に重荷を負わすが如き非道との誹りを免れないものでありましょう」

「そんなことはないが? 私は赤ちゃんではないのだが???」

 ミリちゃんはアウレイラが絡むと――いや、アウレイラに絡まれると、陛下の前でもこれなんだな。いいのかよそれで。

 

「アウレイラ、謹みなさい。ミリセンティアは、お前たちが思っているよりも優れた魔術師であるのよ」

「そ! ら! 見! ろ!!」

 どうもクウィーリア陛下は、ミリちゃんのことを買ってくれているみたいなんだよな。そういえば、催眠術によるインチキ魔法のことも報告しているんだったっけ。それでも、まだ実際見せたことはないのにな。

「……陛下は本当にお優しい方ですのね。しかし、陛下のご寛容があったとしても、わざわざ彼女を選ぶ理由には……いったいどのようなお考えで、彼女を指名されようと仰るのでしょう」

「あら、其方はやっぱり妾に意見しようと言うのね」

「うっ、そのような積りはありません。ただ、彼女ではあまりにも……」

 あまりにも何なんだよ。ミリちゃんはちょっと頼りないけどすごいと思うぞ。ちょっと頼りないけど。

 

「まあいいでしょう、まずはそこの、神盟者レシヒト」

「あ、はい?」

「彼は魔術師に支援を行うことができるという。詳しく話すつもりはないけれど……二人で事に当たる場合、その力はきっとアウレイラ、其方をも上回るわ」

「ふふん」

「ドヤ顔かわいい」

 あ、口から出てたわ。

「聞き捨てなりません。神盟者の助けが有用ということであるなら、ミライさんも私の魔術を的確にサポートすることができますわ。そちらの神盟者がどのような力を齎すのか、私にはわかりませんが……神晶石8個の聖業に、そのような博打めいたことを――いえ。どのような聖業なのか、それにもよるでしょうか」

「はあ、どうあっても私にやらせたくないんですね。心配いらないですよ、私はちゃんとできますので」

「では説明するわね。聖業名は『失われし大いなる道(グレイトウェイ)』。場所はここより東に続く交易路――シレニエラ街道を数日かけて東へ行った地点よ」

「MIRAIはシレニエラ街道についての情報を参照することができます。現在地王都シレニスタより東へ伸びる大型の貿易道路で、東に隣接するエルミル教主国に繋がります。シレニスタの陸上貿易において重要な役割を果たしていることが知られています。なお、エルミル国内では主に『エル=シレナ街道』という名で呼ばれます」

 ミライさんは親切でとても助かる。しかし、さっきアウレイラも何か言ってたけど、AIを搭載するアンドロイドが魔術の支援って、何するんだろうな。

 

「なるほど。街で騒ぎになっている件についてですわね」

 アウレイラは知っているようだが、その街道にどうやら、何かあったらしい。

「……詳しいんですね」

「そのシレニエラ街道の、山間部を通過するための切通が、埋まってしまったそうよ」

「埋まった、って……え、崩落ですか?」

 切通というと、斜面を切り開いて造る道のことだ。いわば屋根のないトンネル。工事には莫大な労力をかけているのだろう。

「神盟者レシヒト、恐らくはその通りでしょうね。しばらく前の大雨で土砂崩れでも起きたのか」

「えっ」

 雨と聞いて一瞬ドキっとする。ミリちゃんの降らせた魔法の雨。いや、あの雨は王都に、それも短時間しか降っていないはずだ。

「あの雨ですわね。私どもに“狼鳴きの関”の勝利を齎した。その後、雲が南東へ流れるのは確かに自然ですわ」

「シレニスタ北部を覆った雨雲は、偏西風により東進したと考えられます。その結果、エルミル教国との国境を形成する山脈により更なる上昇気流を得、該当地域は豪雨に見舞われたであろうとMIRAIは推測することができます」

「ほーん」

「そういうことね」

 よかった、うちのせいじゃなかった。

 

「ええ。シレニエラ街道は、“マーシレス山脈”と呼ばれている山脈の麓を通っているの。橋は無事だったようだけれど、山が崩れてしまってはね」

 聖王陛下は両手を広げ、やれやれ、と言うような仕草を見せた。

「ふふ。なるほど、理解できました。確かに、ミス・ディッシェに相応しい聖業かもしれませんね。陛下もお人が悪うございますわ」

「いいですよ。私は請けます、やらせていただけますか?」

「ん? どういうこと?」

 何か急に話が変わったみたいだけど。なんで?

「どういうことも何も……ミス・ディッシェの得意分野でしょう? 『土木工事』などは」

「アー」

 アーになってしまった。なるほどね、宮廷魔術師の花形仕事という訳ではない、と分かったってことだ。

「何が悪いんですか。私はやりますよ、皆さん困っているんでしょ」

 ミリちゃんがそう言うと、クウィーリア陛下は立ち上がり、ミリちゃんの前に立った。そして王杓を肩に乗せ、告げる。

 

「では東の魔術師ミリセンティア、この聖業、其方に任す。宮廷魔術師として、其方の持ち得る叡智と秘術を縦横に駆使することを許す。我が国を脅かす艱難を必ずや排除せよ。見事為し遂げた暁には、神晶石8個を授けることを――母神シレニアの名の許、ここに宣誓するわ。……信頼しているわよ、ミリセンティア」

「はい。必ずやこの難行を解決して参ります」

「『失われし大いなる道』。此度も良い結果を待っているわ」

 とん、と杓で肩を打つと……陛下は玉座へ戻り、再び座ったのだった。

 

「では、此度の招集はこれにて終いよ。アウレイラ、其方は長期の遠征明けとなるのだから、休養を取りなさい。そしてミリセンティア、出立は明日よ。神盟者共々、よく準備をするように」

「勿体無き御言葉ですわ」

「わかりました。それでは早速、失礼いたします」

「ええと……僕も、だよね。どうも、ありがとうございました」

 そそくさと退出する。よく分からないが、明日からミリちゃんと一緒に、その街道というのについていかなきゃいけないのだろうかな――。

 

 ――。

 

「陛下」

「アウレイラ、なぜ退出しないのかしら。妾は休養を命じたはずよ」

「いえ……。先程は、たかが土木工事と私も侮っておりましたが……」

「ええ。まあ、土木工事よね」

「……その、『たかが土木工事』に、果たして神晶石8個という報酬が適切でありましょうか?」

 

「さあ。――この聖業にはそれに値する困難が伴う。母神シレニアは、そのように考えられたということ。それだけよ」

「……何も無ければ、よろしいのですがね」

 

 ――。

 

 ――ええと。一緒に遠出するんだよな。馬車とかに乗るのかな。その間、王都は留守にすることになるのか……。

 ミリちゃんに手を引かれて退出しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 愚かにも……このクエストを請けることの本当の意味を、まだ理解していなかったのだ。

 

 そう。謁見の間を出てしばらく歩き……東の塔へ向かうところで、ある人物とすれ違ったのである。

 

「あれ」

「……あ、アルスさん」

 ミリちゃんは気まずそうに、一歩後ずさる。そう、聖王騎士団副団長、アルスである。

「……」

 しかし彼は、うわの空でなにやらぶつぶつ呟いており、こちらには気付いていない。そのまま、歩いて行ってしまった。

 

「どうしたんだろ、あれ」

「さあ……何か、考え事をしていたみたいですね」

「声、掛けなくてよかったの」

「……別に」

 まあそうだよね、複雑なんだろうな。あ、でも……すれ違った、ということは?

 

「あいつ、向こうから来たよね?」

「あ、そうですね……」

 そう、彼は自分たちが帰ろうとしている――東の塔の方から、歩いてきたのだった。

「あっちに用事があるとしたら」

「私に用事があったんでしょうね……」

 何なんだ。よくわからない。とにかく、塔へ戻ろう……と。ん?

 

 アルスの姿を見て一つ、思い出したこと――というか、思い出してしまったことがある。

「ねえミリちゃん」

「何ですか? アルスさんはともかく、久しぶりの聖業ですよ。腕が鳴りますね」

「それなんだけど……」

 これは、実は恐ろしいことではないのだろうか。自分の勘が警鐘を鳴らしている。

 

「何でしょうか」

「もしかして、何日も――リルさんを野放しにすることになる?」

「……」

「……」

 魔術師でもない彼女は当然、同行しないだろう。つまり、東の塔にはリルだけが残って……そして当然、シレニスタにはアルスがいるわけだ。

 

「アー」

「アーになっちゃったか」

 

 ――これは、えらいことになったぞ。

 

 

 ――。

 

 

「そういうわけで、僕とミリちゃんは、10日くらいかな? 王都を空けることになりました」

「なりました」

「わあ。おめでとうございます」

 東の塔に戻って、とりあえずリルを捕まえる。

「それでなんだけど、リルさんはやっぱり残るんだよね」

「……ええ、普段からそうです。塔の番もしなくてはいけませんし」

「トーマス君が実在してればよかったんだけどな」

「してたまるか」

 それはそれとしてたまには呼び出してあげたいよね、彼。

 

「ええと……私も、ついて行った方がいいのでしょうか?」

「そういうわけでは、ないんだけど……」

「リルちゃん。アルスさんのことなんですよ」

「あ、そうだ。さっきそこですれ違ったけど、あいつここに来てた?」

 まずはそこからだ。来ていたならリルに会っている公算が高い。

 

「あ、はい。ミリセンティアさんにお花だそうですよ、そちらに」

「えー。お花かあ……なんで……?」

「私もわかりませんけど……」

 見ると、ダイニングに大きな甕があって、花が活けてあった。色とりどりの花束だ。

「花、嫌いなの? 綺麗じゃない?」

「いや私にだって花の美しさを楽しむ心くらいありますよ」

 そうなんだ。

「ただ……世話が要りますよね。それも大変だし、何日も持たず、絶対枯れちゃうじゃないですか」

「そりゃそうだ」

 見れば切り揃えた茎のゴミなどがまとめてある。多分リルがやったんだろう。これだけでも結構大変だったはずだ。

 

「お世話は私がしますけど、それでも数日で枯れてしまうでしょうね……」

「どうしてそんな、滅びの約束されたものを贈られなくてはならないんですか……? 頑張ってお世話して、ようやっと多少延命したとて、結局枯れちゃうんですよ……?」

「ミリちゃんは面白いなあ」

「造花とかなら分かりますよ、嫌いではないんです。でも生花はしんどいです……」

 アルスの奴も、なんていうか可哀想に。

 

「まあ花はともかくとして、アルスの話なんだけど……あ、そっか」

 ミリちゃんが居たらまずいじゃん。作戦を話せるわけじゃないんだし……。

「あ、私だったら気にしなくていいですよ。大体分かってるんで」

「マジ?」

「すみません、バレちゃったんです。言ったわけではないんですが、流石ミリセンティアさんで……」

「リルちゃんに催眠術を教えたの、そのためでしょう。考えたらまあ、分かってもいいんじゃ」

 それだけで分かるものなのか。リルの言う通り、流石の大賢者様だ。

「分かるにしても、え、いいの? 一応彼氏じゃん」

「良くはないですけど……リルちゃんと話したので。白紙にできるなら、したいと思っちゃったんですよね」

 そうか。……なんだ、じゃああの『練習』は結局、無駄だったってことかな。ちょっと悲しいけど……いや、ああして頑張ったからこそ、なのかな……。

 

「そういうわけですので、続けてください」

 リルに促される。ちょっと釈然としないけど……。

「えーと、じゃあ、いいや。あのさ……留守中、リルさんを放っておくと絶対アルスに手を出すよね」

「もちろん」

 もちろんじゃねえよ。

「それは作戦会議が必要だと思うんだ。催眠術を少し覚えたと言っても、それだけで人を支配できるわけじゃない」

「それも、もちろんです」

 もちろんなんだ。

「分かってるとは言ったけど、やっぱりそういう話だったんですね……話してくれればよかったのに……」

「話したら止められそうだったし」

「そりゃまあ止めますけど……いや、もう止めないので、いいです。つまりリルちゃんがアルスさんを篭絡しようとしてる?」

「しています!」

 嬉しそうに言い切るのもどうかと思うぞ。

 

「僕とミリちゃんが帰ってくるまで待たない?」

「え、何でですか? むしろチャンスじゃないですか」

「あ、確かにそうかも。私が居ない方がやりやすいですよね」

 ミリちゃんがそう言うなら、それでいいんだろうか。いいか。いいよな。

「じゃあ、それはそれでいいよ。でも注意して欲しいことがたくさんあるし、すぐにはきっと難しい。無理しないでね」

「はい。何ですか?」

 本当に、ちょっと失敗したらすぐに企てが露見してしまいかねないからな。

 

「まず、アルスの奴は頭が固そうだ。ああいう奴にはそのままでは催眠は入らない。信頼関係を入念に構築する必要がある。これは時間を掛ける必要があるが、リルさんならもう少しうまくやれる可能性もある」

「あ、はい。もともと騎士団などの方とお付き合いすることもあったので、何となく分かりますよ」

「そんなことしてたんですか……」

 まあ、そうだろうとは思ってた。

「夜の街で働くような人のトークが参考になるんだ。相手は他人にどう見られたがっているのか、どんな言葉を望んでいるのか。早い話が、何を言われたら気持ちよく酔ってくれるのか、だな」

「はい。そういうのは得意ですから……アルス様が喜ぶことをいっぱい言って、心を開いてもらうんですよね?」

「自分の彼氏をハニートラップに掛ける相談を、目の前でされるというのは、やっぱりちょっと複雑ですね……」

 気持ちはとてもわかる。

 

「アルス様は、敵兵の間で“嵐竜(ストーム・ドラゴン)”の異名で語られる、勇猛な騎士様です。戦場では数多くの武勲を挙げており、尊敬を集めているんだそうです」

「うわ、そんな名前ついてたんですね」

 なんでミリちゃんが知らないの? ……いや、敵国の話だからしょうがないか。むしろなんでリルが知ってるの?

「……リルさん、それもしかして調べたの?」

「もちろんです」

 怖っ。この女怖っ。

 

「ま、まあそうやって少しずつ心を解きほぐして、ようやく催眠が入るかどうかってところ。それも、丁寧な誘導で、彼が引っかかりそうなポイントを上手く避けたり、先回って取り除く必要がある」

「そうですね。普通にやると、女性の指示に従うことに抵抗があると思うんですよ。だから以前教わったみたいに、家事の話にします。それなら女の話でも、多少は自然に聞いてくださいますよね。アルス様、そういうことに知見がないでしょうから」

「あれこれ僕喋ることないな?」

「リルちゃんは確かに、男性の扱いは手馴れてますからね……」

「大体、いいなと思った方にアプローチをかけるときと同じなんですよね。男の方ってプライドが高いので、うまく言い訳を用意してあげるというか……」

「本当にこの子に催眠術を教えてよかったのかなあ」

「良くないので反省してください」

 反省する。

 

「まあそうして、リルさんの話を聞いて気持ちよくなったら充分だと思うんだよね。彼は責任感のある男のようだから、ミリちゃんが居る以上すぐには靡かない。ゆっくり時間をかけて、何回も繰り返す必要がある」

「なるほどなー。こうやって男の人って騙されるんだ」

「そうですね。騎士の方は放埓に見えても義理堅い方が多いです。相手の女性も必死になりやすくて、刃傷沙汰になったりも……あれは、思い出したくないですね」

「嫌な話してるなあ」

「あ、相手の女性って今回は私か。なら刺したりしないから大丈夫ですね!」

 ミリちゃんさ、これちょっと面白くなってきてるだろ。

 

「そうすると、何回も繰り返すための時と場所を用意しなきゃいけない。場所はここでいいよね」

「時ですけど、ソフトな後催眠暗示で『また話をしたい』と思ってもらうような感じでいいですか?」

「そうそう、まさしくそういう感じ。通い詰めてもらいたいね」

「これ、アルスさん視点だと、浮気を繰り返すことになるんですね。なんかちょっと悪いなあ……」

 これもまた、まさしくそういう感じ。だから注意が必要。

「そうなると、アルス様は身を引いてしまいますよ。だから、浮気ではない理由で来ていただくんです」

「さっきリルさんが言ってた、言い訳を用意するってやつだな」

「はー。怖いなあ……」

 

「他にも言いたいことはたくさんあるけど……まあ、だいたいこういう感じ。流石に難しいと思うから、明日すぐとかではなくていいから……」

「あ、それなんですけど」

 ゆっくり計画を立てて――と言おうとしたところを、リルに遮られる。

 

「今話したようなやり方で進めればいいんですよね?」

「うん、そうなんだけど、上手く進めるには当然、練習とか細かいディテールを詰めるイメージトレーニングが必要だから」

「いえ、もう上手く行きました」

「だから、上手く行くためには、説得力のあるトークができるようにってことですよね……って、え?」

「リル、今何て?」

 今なんか変なこと言わなかった?

 

「いえ、ですから……先程のやり方で、さっき、信頼してもらえて……気持ちよくなって帰ってもらったので……」

「そう。気持ちよくなってもらうために信頼を……ん?」

「多分、明日も来てくださるので。また、ゆっくり……ふふっ」

「待って。リルちゃん……さっきアルスさんが来たって、もしかして」

 え、ちょっと待って。まさか。

 

「はい、もう一通り――後催眠まで、掛けました、よ?」

「……」

「……」

 

 ――これは、えらいことになったぞ。

 

 僕らはこれから、10日くらい……この女を、野放しにするのだ――。

 

 

<続く>

3件のコメント

  1. 読ませていただきましたでよ~。
    ・・・稀代の魔女が誕生してしまった・・・
    これ、やべーやつがやべー武器を手に入れて、やべーことになる未来しか見えないんでぅけど・・・
    あ、MC系のエロ小説大体そうだったw
    まあ、前回の感想で言葉を濁したのは催眠技能を手に入れてしまったリルさんがやばすぎるからでぅね。あの感想を書いた時はちょうどミリちゃんが朝帰りしてきたところだったので、リルさんがレシヒトさんにミリちゃんを催眠術使って手籠にするような後催眠でも入れていたのかと思ってたのでぅ。まあ、可愛がる後催眠だったので激しいことにはならなかったわけでぅが。
    とはいえ、レシヒトさんも操れちゃうし、ミリちゃんは当然だし、アルスさんも篭絡されかけてるし、リルさんが邪な事考えたら誰も止められなさそうでぅw
    聖業から帰ってきたミリちゃんとレシヒトさんが見たものはリルさんに支配される王国の姿だった・・・w

    それはそうと、アルスさんへの導入を読んでて気になったのでぅが、この世界ってネクタイあるんでぅかね? ちょっと調べたらネクタイの歴史は十七世紀くらいに民間に普及しだしたみたいでぅけど、それはまだスカーフ的な感じで現代のネクタイの形になるは1920年代らしいでぅよ。
    婚約者のミリちゃんに会いに来るのにフォーマルな服装なのかな? とは思ったのでぅけど、中世ヨーロッパな世界ではフォーマルな服装ってロココ調な服なのかなとか気になってしまいましたでよ。
    さすがに鎧姿ではないだろうとは思いますが、平時の騎士の服と聞かれて即答できるような知識はみゃふもないんでぅけどねw
    異世界転生系って基本ドラクエ的な中世ヨーロッパな世界観を不文律で共通認識してる気はしますがそれゆえに異物が放り込まれると気になるのでぅ。(今回、ネクタイとシャツでスーツでも着てるのかと思った)
    まあ、MIRAIさんがもたらしたとかそういう設定でもいいわけでぅけど、それならそういう設定を先に出しておいてほしいなぁと思ったわけでぅ。
    世界観は重要!

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~。

  2. やめて!
    リルちゃんの特殊能力で、“嵐竜(ストーム・ドラゴン)”を焼き払われたら、今まで築き上げてきた騎士のプライドまで燃え尽きちゃう!
    お願い、堕ちないでアルス!
    あんたが今ここで落とされたら、レシヒトとミリちゃんはどうなっちゃうの?
    負けないでアルス! ここを耐えきれば、レシヒトくんに勝てるんだから!
    次回、アルス堕つ!
    アースタンバイ!

  3. >みゃふ様
     リルは本当に才能がありすぎるのがよろしくありません。本人の性格がミクロすぎていろいろ助かっていますが、ちょっとした黒幕ですよね。

     衣装設定は、AIにイメージイラストを吐かせてからこじつけて決めているところもあります。まあ、別に現実の地球と同じ文化が育ってきたわけでもないんで、多少文化的差異があったり時代を前後していてもおかしくはないのかな、と楽観しています。

    >ティーカ様
     アルスはもうどれだけ面白く堕とされるかに焦点が移ってしまっていますね……。
     アーになってしまう。

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