第四章 夏の夜の夢(前編)
-1-
その日はまさに、熱帯夜と言ってふさわしい夜だった。
ねっとりとした湿気が僕の全身にまとわりつき、着ているシャツも汗に濡れている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
月はなく、街灯の明かりだけが公園のベンチ付近だけを明るく照らす。街灯から少し離れればすぐ来闇が広がっている。
そんな薄暗い公園を僕は冬美と一緒に散歩していた。
特に理由はない。なんとなく、そうしてみたかったからだ。
「それにして、暑いな」
再び額から汗が流れ落ちる。僕の目の前を歩く冬美の額からも汗がぽたりぽたりと零れ落ちていた。
だが冬美から零れ落ちているのは汗だけではない。
何一つ身にまとっていない冬美の股座から、汗ではなく愛液がぽたぽたと溢れ、アスファルトに黒いシミを作っていた。陰毛がないため、この薄暗い中でも、その背後から冬美の膣口がよく見えた。赤く充血した大陰唇は、街灯の光に照らされ、てらてらと怪しく光っていた。
冬美の内またを、ツーっと、白濁の汁がこぼれていく。
「はぁはぁ……」
冬美の荒い息遣いが闇の中に響く。
「冬美、さっきから息が荒いね。どうしたの? まさか、裸で公園を散歩させられて興奮してるの?」
ぶんぶんと、冬美が頭を横に振った。
「嘘つけ。本当に嫌なら、ここがこんなにぐちゅぐちゅになるわけないだろ」
背後から僕が冬美の陰裂に沿ってなでると、
「きゃうんっ!」
と、大きな嬌声を上げて冬美が鳴いた。
その声はまさに犬の鳴き声そのものだった。僕はその声に微笑みながら
「いい声だね、冬美。もうすっかり犬じゃないか」
一糸まとわぬまま、両手と両ひざをついた四つん這いの状態の冬美のその股間には、黒々光るバイブが差し込めており、ときおり低い振動音を響かせていた。
僕は小刻みに震える冬美の様子を見ながら、差し込まれているバイブのスイッチを「強」にした。
「ぎゃうわっっ!」
冬美のとんでもなく大きな嬌声が公園に響く。
「こら、冬美。そんなに大きな声で鳴くんじゃない」
「く、くううん……」
一糸まとわぬ姿になっている冬美の頭には、犬の耳を模したカチューシャ。
そして首には赤い首輪。
その首輪にはリードがついており、その先を僕が握っていた。
「ふうん、ふうん」
冬美が僕のずぼんにすり寄って小さく鳴いた。
「なんだ? 何か言いたそうだな。言ってみな、冬美」
「くうん、くううん……」
何か言いたそうにしている冬美の口から出てくるのは犬のような鳴き声だけだ。
今の冬美は人の言葉を話すことはできない。
そう僕が催眠をかけた。もちろん、人間としての意識だけはしっかりと残している。
だから冬美は自分の今置かれている状況、裸でリードをつけられた状態で夜の公園を僕に散歩させられているという状況ははっきりと頭では理解できている。だからこそ余計に恥ずかしいのだろう。その羞恥心からなのか、冬美の頬は紅潮し、街灯の光に照らされた冬美の裸体にもほんのり朱色がさしている。
「くううん、くうううん」
しつこく鳴き続ける冬美のリードを、僕はぐっと引くと、
「そうか、わかったよ。これを、もっと強くしてほしいんだね。ほら、お望みどおりにしてあげるよ」
そのまま持っていたリモコンで、バイブの強さをさらに一段階あげた。
「はうううんっ!」
股間に生えた黒いバイブがこれまで以上にうねるように動き出す。
ブブブブという激しく鈍いその振動音が、僕の耳にまで届いてきた。
「はぅううんっ! くううんんっ!」
本当の犬のような鳴き声で喘ぐ冬美の姿を僕はほくそ笑みながら見下ろしていた。
僕の父を死に追いやった冬美の罪の償いとしてはちょうど良い。
冬美はもう人間として扱わないことにした。
冬美が全てを打ち明けた夜から、僕専用の性処理グッズとして今後は冬美を扱っていくことに決めた。もう冬美に人権はない。僕の意のままに操られ、僕の言うことを聞くだけの性奴隷、肉人形。
罪深い冬美にはそれがふさわしい。
バイブの音と冬美の嬌声のハーモニーを楽しんでいると、
「こんばんはぁ」
突然背後から声をかけられた。
「きゃうんっ!」
あまりに突然のことに、冬美も悲鳴をあげる。
僕の背後の暗闇から、ランニングだろうか、駆け寄ってくる影が見えた。
それは上下ジャージを着た青年で、どうやらランニングの途中らしい。
突然現れたその青年に驚いた冬美はそのまま茂みに隠れようとしたが、僕は慌ててリードをぐっと引っ張り隠れようとした冬美を静止した。
ちょうどいい、試してみよう。
僕はこっちに走ってきたその青年に声をかけてみた。
「こんばんは。トレーニングですか?」
僕の問いかけに青年はその場に立ち止まると、
「ええ、そうなんです。あなたは……」
青年は僕のリードの先につながれた冬美に視線を向ける。その視線に気づいた冬美の顔が、より一層紅潮し始める。
鈍いバイブの振動音は相変わらず僕の耳に届いている。
青年は冬美から再び僕の方に視線を向けると、
「……あぁ、ワンちゃんの散歩ですか。夜遅くに大変ですね」
さわやかな笑顔でそう述べた。
「ええ、まったく。犬の散歩って大変ですよね」
「この辺は結構暗いので、不審者も出たりしますので、十分お気をつけて! それじゃあ、また!」
青年はさわやかな笑顔のまま、再びランニングに戻っていく。冬美のことには一切触れることはなかった、いや、気づかなかったのだ。
僕は青年の後姿を見送りながら、改めてギィの催眠の力のすごさに感心した。
これがギィの言う第三の催眠、人形劇。
特定の範囲にいる人間に、一斉かつ同時に、しかも短時間で催眠にかけることができる催眠術。
今回僕はこの公園に限定し、『認識阻害』の催眠をかけた。みんな冬美のことを人として認識できなくなるという催眠。冬美のことをあくまでも一匹の犬として認識するようにしたのだ。
だから冬美が裸のまま、四足歩行で歩き回っていても誰にもとがめられることはない。この公園に入った瞬間から、全員がその催眠にかかり、そう認識するようになっている。
先ほどの青年も、僕のこの催眠によって冬美のことを犬としてしか認識できなかった。
本当にすごい能力だよ。ギィ。
「さぁ、散歩を続けるよ、冬美」
冬美の方に向き直り声をかける。すると、
「ふぅふぅ」
「どうした? 冬美?」
冬美の様子が明らかにおかしかった。
さっき以上に顔を真っ赤にし、息がかなり荒くなっている。不思議に思いしばらくそのままにしておくと、
「ひぐううううんっ!」
じょじょじょじょ。
冬美はいきなりその場で放尿をし始めた。冬美のつるつるの股間から、黄色い液体が音を立ててアスファルトの地面に零れ落ちていく。
「おっと、これはまた……」
どうやら自宅から差し込まれ続け、公園でずっと刺激を与え続けていたこと。
先ほどの青年に会った際の極度の緊張と羞恥、そしてその緩和から、思わず失禁してしまったようだ。
「うううう、ふぅうふううぅううう」
冬美が止めることのできない放尿に嘆きの声を上げる。
その股間下のアスファルトにできた黒いシミが徐々に大きく広がっていく。バイブの音に交じって、アスファルトに滴る水音が大きくなってきた。
その音が聞こえなくなるまで数十秒。その間、僕はずっと冬美のほうをにやにやとしながら見ていた。
「ふぅうう、ふぅうう」
冬美が目じりから涙をこぼしながら僕の方を見やる。僕は全く気にした様子もないような感じに、
「どう冬美、もうすっきりした?」
そう尋ねた。冬美が黙っているので、僕は続けて言う。
「それにしても、外で、しかも公園のど真ん中で堂々とおしっこをしちゃうなんてさ、まるで本当の犬になったみたいだったよ、冬美。ふふっ、そんなにここにマーキングをしたかったの?」
冗談交じりにそう述べるものの、冬美から返事はなかった。
「冬美?」
街灯の光に映し出される冬美の顔を見やるため、そっと冬美に近づいてみる。
「うっぅぅ、ふうううっ、ふううぅ」
冬美はその場で恍惚の表情を浮かていた。
目は充血し、頬はすっかり上気している。やがてシャーっという音が再び聞こえ始めた。
「おやおや」
冬美が再び放尿を始めたのだ。
どうやら外で放尿するという禁忌を犯すことへの快感にはまってしまったらしく、放尿しながら冬美はうっとりとした恍惚の表情を浮かべていた。そんな冬美に僕は、
「ほら、冬美。もっと犬らしく、おしっこしてごらんよ」
そう一声かけた。すると冬美は、恍惚の表情のまま、ゆっくりとその片足を持ち上げると、まるで本物の犬がするかのように、足を高く上げた状態のまま、近くのベンチの脚めがけて尿を放った。
その光景に、
「ふ、ふふふ、ふふふふ」
僕は笑いをこらえることができなかった。
あぁ、なんて楽しいんだ。こんなにもうまくいくなんて思ってもいなかった。
もともとは父さんの死の真相を知るために始めたこの催眠だったが、今はもうどうでも良い。
女を催眠によって堕としていくその悦楽にただ浸りたい。この支配欲と加虐欲を満たすためならどんなことでもやってやろうとさえ僕は思っている。
放尿を終えてぼんやりと虚空を見つめている冬美をそのままベンチに押し倒す。抵抗はない。動物が服従のポーズをとるように、冬美は両手両足を開いた状態のまま僕を受け入れた。
「きゃううううんっ!」
発情した雌犬のようなかわいらしい悲鳴を上げつつ、冬美がベンチの上でよがりだす。
「はうっ! きゃうっん!」
僕の動きに合わせてぎしぎしとベンチが軋む。
「こんばんはー」
「ひゃああうん! くうわうんっ!」
行為をする僕たちの横を多くの人が横切っていくが、僕たちにはまったく気づいていない。大きな声で喘ぐ冬美の声も全く届いていない。
「あああううん、あぬうううんっ!」
だが冬美にはその人々の視線が、声が届いている。
多くの人に見られながら、恥ずかしい恰好でよがり狂っている姿をさらし続けるという状況に冬美は興奮しっぱなしのようで、僕たちの接合部分からぴゅっ、ぴゅっと、潮を吹いていた。
「ふぐうう、ふんんぐっぐううっ!」
鼻息を荒げながら、徐々に覆いかぶさる僕の身体に両手足を絡めてくる。
「ひゅううんっ! ぐううううっ!」
冬美がぎゅうっと僕に抱きついてきたため、僕の肉棒の先端が冬美の子宮口まで届く。こつこつと奥の方に何かが当たる感触に、僕も思わずうなる。
「うっ、きつっ」
「ふんんんぐううううっ!」
子宮口をつつくたび、冬美は大きく叫ぶ。
「きゃうううん!」
奥の方を突くたびきゅっううと締まる冬美の膣。ぬめぬめとうごめく生暖かな冬美の膣内を蹂躙しながら、僕は次の目標である夏帆のことを考えていた。
残すはあと一人、夏帆姉ぇだけだ。あと一人を、夏帆姉ぇを堕とせば僕の、俺の完璧なまでに美しい催眠芸術が完成する。
夏帆姉ぇ。夏帆姉ぇがどんなふうに俺を悦ばせてくれるのか、今から楽しみでしかたないよ。
そう考えている間も、冬美の子宮を責め立てるのを忘れない。
「おごぉぉ。ふぐ、ひゃううううんっ!」
獣の声で冬美が鳴く。
「んんぐううううぎぃぃっ!」
やがて冬美が絶頂を迎え、甲高い声を公園中に響かせる。俺の肉棒を根元から絞り上げてくる膣に向かって、俺は白い欲望の全てを冬美の中に全て吐き出した。
-2-
私にはずっと家族に黙っていたことがある。
義理の父に関することだ。
あの日の義父さんは、朝からだいぶ様子がおかしかった。なにやら焦った様子で家の中をうろうろしていたし、私たちの呼びかけにもどこか上の空な様子だった。
「大丈夫? 義父さん?」
そう声をかけてみたけど、
「あぁ」
と、力なさそうに返事を返してくるだけだった。
ここ最近、書斎にこもって独りごとをぶつぶつとつぶやいていることには私も気にはなっていたけど、母さん曰く、
「あの人も疲れているのよ。病院もここのところ忙しいみたいだし」
とのことで、私も仕事が忙しくて疲れているんだろうな、くらいにしか思っていなかった。
でも、そうじゃなかったんだ。
あの日の朝、出かける準備を整えた私が自室を出て階下に向かおうとしたときだった。
「えっ!」
義父さんが突然、書斎から飛び出してきた。
義父さんは目を鋭く吊り上げ、口の端をゆがめたまま私を見つめると、
「……か、ほ」
「と、義父さん?」
そのまま私を書斎の中にぐいっと引きずり込んだ。
「きゃっ!」
あまりに一瞬のことだったので、ちゃんと覚えてはいない。
覚えているのは、書斎に引き込まれると同時に義父さんに床に押し倒されたことだけだ。私のすぐ目の前に邪悪な笑みを浮かべたまま私の服を力づくではぎとろうとする義父さんの姿だった。
「……いやっ! いやああっ!」
あまりに突然のことに声も上げられなかった私だったが、服の破ける音を聞いた瞬間、私は思い出したように悲鳴を上げた。
それでも服をはぎ取ろうとする義父さんに、私は両手両足を必死に振り回し抵抗した。何発か義父さんにそのこぶしが当たったが、義父さんはそんなの全く意に介さない様子で、ものすごい力で私の両肩を押さえつけてきた。
「やめて、やめてええぇ!」
私の悲鳴を無視し、義父さんは私からはぎ取った服の裂け目から私の肌に舌を当ててきた。
「ひぃっ!」
生暖かい義父さんの舌の感触は、今思い出しただけでも鳥肌が立つ。ぬめぬめとしたナメクジが肌を上っていくようなその感覚に、全身が総毛立つ。
義父さんの手が、ゆっくりと私の股間に伸びてくる。
「いやあああっ!」
咄嗟に私は床に落ちていた書斎の本でおもいきり義父さんの頭を殴りつけた。
「ぐうぅっ!」
その瞬間、義父さんが鈍い悲鳴を上げた。私を押さえつける義父さんの手が肩から離れたその隙をついて、私は書斎から逃げ出そうと扉に駆け寄った。すると、
「か、ほ……」
背後から義父さんの声がした。
その声に私は思わず足を止め、振り向いた。
私を呼ぶその声は私のよく知っている義父さんの声だった。
振り向いて見た義父さんの顔は、いつもの優しい義父さんの顔に戻っていた。
「と、義父さん?」
「か、ほ……」
頭を抱えて床にうずくまっている義父さんのそばに、すぐさま駆け寄る。義父さんは私の顔を見て、
「夏帆……俺は一体、何を……」
そう述べたが、すぐに私の破れた服と散らかった書斎の様子を見て全てを察したらしく、
「お、俺は、なんてことを……」
さっと顔を真っ青にしたかと思うと、頭を抱えその場にへたり込んだ。
「義父さん、いったい、さっきのは」
私の問いかけが終わる前に、
「……夏帆、頼む」
義父さんは私の声を遮って、私の手に何かを手渡した。
「え?」
見るとそれは、黒い鏡だった。金の鬼灯の装飾を施された高級そうな黒い鏡。
「義父さん、これは……?」
「はやくその鏡を……外へ、持って、出て、行ってくれ……頼む、夏帆、窓からこの鏡を、外へ、投げ捨ててくれ……」
「え、いや、でも……」
「いいか、絶対に俺のところに戻ってきたり、その鏡を自分で見たり、絶対に、するな」
苦しそうにそうつぶやく義父さんの姿に、私はただただ混乱するしかなかった。義父さんが何を言っているのか全く分からない。私は義父さんに思わず声をかけようとしたが、義父さんはそれを制して叫ぶ。
「いいからいけ! 夏帆! 早く! 俺が、おれ、おれ、で、なななな、なくなる、ままままえ……やめろ、やめてくれ『ギィ』! 俺はもう、こんなこと、望んで、ない! 夏帆、には手を、だだ、すな!」
突然頭を抱えて叫び出した義父さんの姿に恐怖を覚えた私は、鏡を持ったまま慌てて部屋を後にした。扉をしめた書斎からはまだ義父さんの叫び声が聞こえてくる。
そのまま慌てて自室に戻った私は、床にへたり込み、その手に握られている義父さんから渡された鏡を見やった。
本当にきれいな鏡だ。
義父さんにはやめろと言われたが、私は鏡に自分の姿を映してみた。
すると、その鏡に映しだされた虚像の私が、一瞬だけだが、私に向かってニヤリと微笑んだ気がした。
「えっ!」
びっくりして、私は思わず持っていたその鏡を床に投げ捨てた。
「い、今の……」
私は恐る恐る床に落とした鏡に手を伸ばし、再び覗き込む。
鏡に映る私の姿に変化はない。だが、
(ねぇ、聞こえる? 夏帆。私の声)
鏡の中から声が聞こえてきた。その声は私の声そのもので、私の頭に直接聞こえてくる。
「い、いやああぁっ!」
私は恐怖のあまりパニックになり、鏡を窓から思い切り外に向かって投げ捨てた。
投げ終えた後、しばらく私は放心していたが、自分のしたことに恐怖を感じた。誰かに当たってしまっていたら、誰からにけがをさせていたら。
私は慌てて部屋を飛び出し、外に投げ捨てた鏡の行き先を確認するために家の外へ出る。
だが外を懸命に探してみたものの、投げ捨てた鏡を結局見つけることはできなかった。誰かに当たってけがをさせたりしたわけでもなく、割れた破片の一つも見当たらなかった。
「……義父さん。あれはいったい何だったの?」
そんなことを考えながら私が自宅に戻ると、たくさんの救急車やパトカーが家の前に止まっていた。何事かと思って自宅の中に駆け込むと、泣き崩れている春香の姿があった。
「どうしたの! 春香?」
私は春香にかける。
「……夏帆姉ぇ、義父さんが、義父さんが……」
泣きじゃくりながら春香は話てくれた。
それは、義父さんが書斎で自殺したという話だった。
……
結局、あの時の鏡が何だったのか、義父さんが何におびえていたのか、何が義父さんに起きていたのか、一年たった今でも全くわからない。
でも一つだけ間違いなかったことがある。
あの鏡は手放してしまってよかった。
あれはおそらく、人が持っていてはいけないもの。安易に絶対に使ってはいけないものだったんだと思う。それを使った義父さんは、あんなふうになって、あんな最後を迎えたに違いない。
なくなってよかったんだ。
そう思う。
でも最近、あの鏡と同じものを志貴が持っているのを見た。
最初は見間違いけと思ったけど、絶対に間違いない。志貴の持っていたあれは、あれは鬼灯の装飾の入った黒い鏡だった。
でも、なんで志貴があんなものを……。
あんな不吉なものを、どうして……。
そんなことを考えていると、
「やぁ、夏帆姉ぇ」
背後から志貴に声をかけられた。
えっ? と思ったその瞬間、私の頭にドンっという衝撃が走る。
目の前が暗くなっていく。
消えゆく意識の中で、私は背後に立つ志貴の姿を見た。
その顔は、あの日に見た義父さんの表情と全く同じものだった。
<続く>