第一話 キセイ
無人の改札を出た私は、街灯一つない駅前の様子に大きなため息をつき、
「……これだから田舎は不便なのよねぇ」
そう呟いた。
コンビニも、ドラッグストアもファーストフード店もない田舎の駅。
それが私の地元の駅だ。
高校を卒業し大学進学を機に都会で一人暮らしをするようになり、ようやく私の地元の駅前の風景がとんでもなくヤバいことに気がついた。
腕時計に目を向ける。
時刻は午後八時。
煌々と明かりが灯っている都会とは違い、まさに一寸先は闇の状態の駅前に一筋の光が差す。
舗装されていない道路をじゃりじゃりと踏みしめながら、一台の車が大きな旅行カバンを持った私の前に停車した。
「……おかえり、梨花」
「ただいま、お父さん」
私はカバンを後部座席に押し込み、車内の光に誘われて虫が入って来る前に助手席へと滑り込む。
久しぶりに乗ったお父さんの愛車は、相変わらず煙草の匂いがした。
駅を出発し、実家へ向かう真っ暗な夜道を走りながら、
「どうだ? 都会での一人暮らしは。上手くやれてるのか?」
と、ドラマのワンシーンのような問いかけをしてきたお父さんに、
「うん。何とかやってるよ。あっちで新しい友達もたくさんできたし、あ、バイトも始めたんだ」
私もまた、ドラマのワンシーンのような答えを返す。
反抗期、というわけじゃないけれど、やっぱりこの歳になるとお父さんと会話するのがどうも難しい。
何を話したらよいのかわからないんだよなぁ。昔はたっくさんおしゃべりできたのに。
お父さんはカーラジオのボリュームを少し下げ、
「……そうか。何か困ったことがあればいつでも帰ってきていいからな。お母さんもそう言ってるし」
そう述べるた。
私は手元のスマホに視線を落としつつ、
「うん……でもここさ、めっちゃ不便じゃん? コンビニも全然ないし。いつでも帰るってのは、ちょっと……」
苦笑交じりにそう述べた。
「まぁ、確かにお前の今住んでる都会に比べりゃ不便だよな。コンビニエンスストアが全然コンビニエンスじゃないしな」
「うん。車で十分行かないとコンビニがないとか、マジあり得ないし」
「はは……」
私と同じように苦笑するお父さん。
しばしの沈黙。
カーラジオから流れる明日の天気予報。
ふと、お父さんが呟く。
「……お父さんさ、最近思うんだよ。やっぱり家族はみんな揃って家で過ごすべきだ、ってさ」
「え? でも成人したらみんな家出てくのが普通じゃん? 私も里奈も、いづれは結婚とかするだろうし」
「まぁ、そうかもしれんが……お父さんとしては、昔みたいに『家族五人』で、みんなでワイワイ家でヤルのが楽しいと思っていてだな」
「ええ? でも……」
お父さんの言葉に反論しようと口を開いたところで、私は「あれ?」と違和感を覚えた。
家族五人? お父さん、今、家族五人でって言わなかった?
私の家族は私と妹の里奈。それにお父さんとお母さんの四人家族のはず。
言い間違いかな? そう思った私は
「ちょっとお父さん何言ってんの。うちは四人家族でしょ」
苦笑交じりに私が運転席のお父さんにそう述べる。すると、
「え? あれ? ん? よ、にん……ご、にん……あ、れ?」
お父さんが戸惑ったような声を上げた。
「我が家は五人かぞ、いえ、四人家族、あれ? え?」
明らかに混乱した様子のお父さんに、私は思わずその表情を伺おうと運転席を覗き込んだが、偶然トンネルに入ってしまったため、暗くてその表情をうかがい知ることができなかった。
「ちょっとお父さん、だいじょう……」
心配になった私がそう言いかけたときだ。
「……家、ついた、ぞ……荷物、おろさ、ない、と、な」
お父さんがそう呟いた瞬間、車がキッ! と音を立てて停車した。
いつの間にか、実家前に車が到着していたらしい。
あれ? うちの実家って駅からこんなに近かったかな?
そう私が声をかけるよりも早くお父さんは車を降りると、そそくさと車の後部座席から私の荷物を取り出し、逃げるように家の中へ入って行ってしまった。
助手席から降りた私はそんなお父さんの後姿を見つめながら、
なんかお父さん、様子が変だったな。大丈夫かな?
そんなことを思いながら、お父さんに続いて私が玄関の扉をくぐると、
「あ、お姉ちゃん久しぶりぃ」
玄関先でタンクトップにホットパンツというラフな格好の里奈が出迎えてくれた。
「ただいま里奈。なんか随分とラフな格好じゃない?」
「えぇ? そうかな? まぁ実家なんだし、これくらい普通じゃん?」
自分の姿を見やりながら呟く里奈。
うん、里奈はいつも通りだ。よかった。
ほっと胸をなでおろした私に向かって里奈は、
「で? どうよ、都会の暮らしは? シティボーイな彼氏はできた?」
にやにやと微笑みながらそう尋ねて来た。
そんな里奈の頭に私は、軽くチョップを食らわせる。
「いたっ! 何よぉ」
「変なこと聞くからでしょ。里奈こそどうよ? 高校は? そっちこそ彼氏はできたんじゃないの?」
「えぇ? いたけどぉ……最近別れたのよねぇ」
「ふぅん。またどうして」
「うん……まぁ、いろいろと、あって、ね」
言いよどむ里奈の様子から色々察した私は、
「そういう話はまた後で……お母さんは? 夕食の支度?」
話しを切り替え、靴を脱いで玄関を上がる。
里奈は先程私からチョップをうけた頭の部分をさすりながら、
「ん? あぁ、お母さんなら『お兄ちゃん』と一緒にお風呂に入ってるよ」
そう里奈が告げて来た。
「……は?」
『お兄ちゃん』
里奈のその言葉に、私は思考を停止させる。
「ちょ、里奈。何ふざけてんのよ。『お兄ちゃん』って……うちは私と里奈の二人姉妹で、お兄ちゃんなんて」
そう呟いた私の耳元に、突然、不気味な声が響いた。
イルヨ、イルヨ。
オニイチャン、イルヨ、イルヨ。
ムカシカラ、オニイチャン、コノイエ、イルヨ。
コノイエ二、オニイチャン、ムカシカラ、イルヨ。
「っ!」
不気味なその声に驚いた私は、慌てて耳に手を当て背後を振り向く。
勿論、背後に誰もいるわけがない。
何、今の……。
あまりのことに背後の扉を見つめたまま立ち尽くす私に里奈が、
「どうしたの、お姉ちゃん」
心配そうに尋ねて来た。
「え、うん、あの……」
あれ? 今私、何の話をしてたんだっけ……あ、そうだ、そうだ。
「ええと……お、母さんは? 夕食の支度?」
「はぁ? さっき言ったじゃん。『お兄ちゃん』と一緒にお風呂だってば。お姉ちゃん、人の話聞いてた?」
唇を尖らせてそう述べる里奈。
『お兄ちゃん』
その言葉に違和感を覚えた私は、
「お兄ちゃん……かえ、ってる、んだっけ?」
そう里奈に尋ねた。
私の問いかけに里奈は不思議そうな表情で、
「はぁ? ちょっとお姉ちゃん何言ってるの? 『お兄ちゃん』ならずっとこの家にいるじゃない。お姉ちゃんと違って都会の大学にも、会社にも行ってないよ。『お兄ちゃんは、ずっとこの家にいる』よ。確かに存在感は薄いけどさぁ……それじゃあまりにも『お兄ちゃん』が可哀そうじゃんか」
苦言を呈するようにそう述べた。
「あ、う、ん……そう、だよ、ね」
そうだ。『お兄ちゃん』はずっとこの家にいて暮らしているんだった……あれ? でも何か、変だよな。でも、何が変なんだ? 私は何に違和感を覚えてるんだろう?
「うーん」と頭をひねって玄関先で考え込んでいると、
「おぉい、もう夕食の時間だから、二人ともリビングに来なさぁい」
と、リビングの方からお父さんの声が聞こえて来た。
「はぁい! ほらお姉ちゃん、行こ!」
お父さんの声に促された里奈が私の手を取り、そのままリビングへと引っ張っていく。
「あ、う、うん」
手を引かれ私は里奈と共にリビングへと向かった。
ガチャリ。
家族団欒の場、リビングに通じる扉を開けると、
「んっ、んっ! あら、んあっ! 梨花、お、んふっ! おかえりなさい……あっ! あっ! 早かった、んふっ、んっ! のね……ああっ!」
お風呂から上がったばかりなのだろうか、身体からホカホカと湯気を立てている『裸のお母さん』がソファに腰かけており、
「んちゅ、んちゅうぅぅ……んじゅるるるっ!」
お母さんと同じく身体から湯気を立てる素っ裸の男の頭をその脚に載せ、自分の乳首をその男……『お兄ちゃん』に舐めさせていた。
<続く>
読ませていただきましたでよ~。
タイトルといいなんかホラーな話っぽい。
わざとなのはわかってるんでぅが、ぱっとタイトルを見たときに兄いの家? みたいなことを思ってしまいましたでよw
まあ、いないはずのお兄ちゃんがいるわけでぅしね。
さて、続きを読みますか。
よんで下さってありがとうございますm(__)m
そうですね。入ったら無差別に呪って襲ってくる女の人のいる家が出てくる映画、ドラマを意識してます。
はい、ちょっと遊んでます。
読みにくいけど兄(おに)いの家ですね(ーー;)