サイの血族 10

25

「あのさ、不思議に思うんだけど・・・」

「なにが?」

「僕が『サイ』をもっと別なことに使えば大変なことになると思うんだ」

「どういうこと?」

「たとえば、この場所。見ず知らずの人の部屋を使ってる。ちょっと探したら高そうな品物や現金だってあるかもしれない」

「うん」

「なのに、僕はそんなものに関心がないんだ。それに銀行員の女性に『サイ』をかければ銀行のお金を自分のものにできるかもしれない。女の政治家を使って世の中を動かすことだって・・・でも、想像はできてもまるで現実感がないんだ」

 場所は戸塚で声をかけた女性の部屋、そのベッドの上に隼人と結花は寝そべっていた。部屋の主は、どこかのホテルで寝ているはずだ。そうするように「サイ」で指示した。お金持ちそうな人で結花が見つけた。2LDKの豪華な部屋の鍵を隼人に渡した女性の顔はうれしそうだった。

「お金が欲しいって言えば『サイ』にかかった人ならよろこんで渡してくれるはずだ。そのお金でホテルに泊まったっていい。それなのに僕らはこうして『サイ』をかけた人の部屋にいる」

「おばあちゃんが言ってた」

「なんて?」

「一族の人間は底抜けにお人好しなんだって」

「ふ~ん・・・」

「私は隼人さまから力を授けてもらってよくわかったことがあるの」

「どんなこと?」

「人の心ってプログラムみたいなもので、そのかたちでどんな人かわかるの」

「へぇ・・・」

「直感的にいい人だなって思うことない?」

「ある・・・けど・・・」

「普通の人だったら、それが外れることがあるかもしれない。でも私はプログラム自体が見えるから間違うことはない」

「僕には見えないからなぁ・・・」

「隼人さまを初めて見たときにいい人に違いないって思ったの。そして、力が使えるようになってその理由がわかった。隼人様の心はぜんぜんかたちが違うの。たとえば、あのときも自分勝手じゃなく私の望むことをしてくれた」

「あ・・・あれのこと?」

「そうよ。隼人様は私の望みを直感的に理解してくれたの」

「だから、自分じゃないみたいになっちゃったのか・・・」

「よく波長が合うって言うでしょ」

「うん」

「隼人さまは私とすごく合うの。それに、とっても柔軟でやさしい」

「あんなに乱暴にしたのに?」

「それは私が望んだから。狩りの興奮でどうなってもよかった。メチャクチャにされたかったの。でも・・・」

「なに?」

「お尻にされるとは思わなかった」

「嫌だったの?」

「ううん。隼人さまがすることならなんでも好き」

「僕は結花ちゃんが嫌なことはしたくない」

「そこだと思うの」

「えっ・・・?」

「底抜けなお人好しって・・・きっと『サイ』をかけて後で嫌だと思うことは指示できないんだと思う。それが、おばあちゃんの言ってた一族の資質なんじゃないかな」

「ふ~ん」

「だから、おばあちゃんは忍者とかを嫌っているのよ。あの人たちは人をおとしめるために『サイ』を使い、人を殺すことも躊躇しなかった。だから力としては不完全なのね。そして不完全な力しかない者は兵士に成り下がった」

「なんとなくわかるような気がする。それに一族が廃れていった理由も」

「きっと私たちの一族は平和主義者なのね。だって、よろこびが主軸なんだもん」

「エッチな平和主義だけどね」

「あら、ピグミーチンパンジーは挨拶代わりにセックスするわ。エッチかどうかなんて俗世間の考え方だと思う」

「ちぇ・・・父さんみたいだ・・・」

「なんで?」

「姉さんを抱くときに言われたんだ。一族に世俗の常識など無縁だってね」

「隼人さまのお姉様に会ってみたい。きっとすてきな人なんでしょうね」

 結花は夢見るような顔つきで言った。

 たしかに世俗を超越していると隼人は思った。ベッドの上で女と交わす会話ではない。まして、その相手は下のクラスの学校へ通っている身だ。こんなところを見つかれば地方の条例で補導されてしまう可能性だってある。二人とも生まれたままの姿なのだ。

「私・・・眠い・・・」

 結花は伸びをしながら言った。しなやかな肢体は猫族を彷彿とさせる。

 よく歩いたせいか、それとも何度も身体を交えた疲れからか二人は泥のように眠った。

26

 そして三日目の朝。

 目を覚ますと結花の様子がおかしかった。

「結花ちゃん」

 隼人が呼びかけても結花は前方を見つめたまま答えない。

 この日も二人は前日に声をかけた女性の部屋に泊まっていた。そこも高級なマンションで窓の外には小田原城が見えた。

 結花が立ち上がった。なにひとつまとっていない姿で。その肩口には隼人が付けたキスマークがあった。

「結花ちゃん・・・どこへ・・・?」

 ベッドルームを出て行く結花を隼人はあわてて追う。

 リビングの中心で結花は爪先立った。

 そして舞いはじめる。

 見たことのない踊りだったが、その優雅な動きに隼人は目を奪われた。初めて結花を抱いたときのように後光が差して見えた。見惚れていると結花は崩れるように倒れた。

「結花ちゃん、大丈夫?」

 駆け寄って隼人は結花を抱き起こす。

「ときが来たり」

 結花は焦点の合っていない眼をして言った。

「ときって?」

「『ム』に出会うであろう」

 神託だった。隼人は二の腕に鳥肌が立つのを感じていた。

 やがて結花は無言で立ち上がり身支度をはじめた。リュックから取り出したショーツはお尻の部分にクマさんのプリントがあった。

「かわいいパンツだね」

 つい口元が緩んだ隼人は鼻の下を伸ばして言った。

「ば、ばか・・・出かけるよ。行かなきゃ」

 そう言う結花は元に戻っていた。

 隼人と結花は早足で東海道を西進して、途中で左へと折れる。結花の指示だった。昼も「サイ」を使わずコンビニで済ませてひたすら急ぐ。そして、まだ日が高いうちに熱海に着いた。

「こっちよ」

 結花は市街地を抜けて山の方へ向かっていく。

「海のほとりじゃなかったの?」

 隼人は以前の神託を思い出して結花に聞いた。

「わからない。あのときは海が見えたの。でも、こっち。私にはわかるの」

 急な坂道を登っているのに結花は息ひとつ切らしていない。隼人の方がバテ気味だった。無理もない。朝から歩きづめなのだ。

「ここよ」

 やっとたどり着いたのは厳めしい門構えの旅館らしかった。

「間違いないわ」

 結花は「霧庵」と読める扁額を見ながらそう言った。

 しかし、門の中には送迎用らしいドアに小さな金の家紋が付いた黒塗りのメルセデスSクラスが置いてあり、よく手入れされた庭木を見ると、ラフな格好をした若い二人が入っていけるような雰囲気ではなかった。

 しばらく二人が佇んでいると背中から声をかける者があった。

「もしもし、当家に何か御用でしょうか?」

 振り向くと和服を着こなした女性が立っていた。

「私は壬生結花、『ミ』の者です」

 結花は女性の顔を見るなりそう言った。

「まあ・・・それでは、こちらの方は・・・」

 驚いた顔をした女性が言った。

「そうです」

 結花はすべてを省略して答えた。

「私は当家の女将をしている服部早苗と申します。この日が来るのを待ち望んでおりました」

 服部早苗と名乗った女性は隼人の方を向いて深々と頭を下げた。

 凛とした気品のある女性で年は判別できない。穏やかな笑顔は整いすぎていると思えるくらい美しかった。

「斎部・・・隼人です・・・」

 どぎまぎしながら隼人も頭を下げる。

「こんなところではなんですから、どうぞお入りください」

 服部早苗は手のひらを上に向けて門の中を示した。

「は・・・はい・・・」

 二人はうながされるまま門の中へ入っていく。

「当家は戦前の財閥の別荘を改築して旅館を営んでおります。もっとも、お客様はほとんどいらっしゃいません。理由はおわかりですよね」

 服部早苗はにこやかに言った。

 その言葉を聞いて隼人の緊張が解けた。厳めしく感じるこの旅館の造りは部外者を拒絶するためのものだったのだ。

「もうすぐ娘も学校から帰って参ります。それまでは、こちらでおくつろぎください」

 通されたロビーはガラス張りになっており庭を隔てて眼下に熱海の海が一望できた。

「ここ・・・私が見たのは・・・早苗さん、庭に出たいんですけど」

「どうぞお茶を。それは娘が帰ってきてからの方がよろしいのでは?」

「そうね・・・急ぐことはないんだわ・・・もう・・・」

「はい」

 服部早苗は笑顔で答えた。

 隼人には意味がわからなかったが結花と服部早苗には通じ合うものがあるようだった。

 出されたお茶はおいしかった。口にふくむと芳香と甘味がひろがる。

「お気に召しましたか? 当家の敷地でとれた玉露でございます」

 相好を崩した隼人を見て服部早苗が言う。

「こんなお茶、初めて飲みました」

「当家に伝わる製法で年に3キロも作れない貴重なものです。やはり『サイ』のお方は茶を喫するのがお好きのようですね」

「はい。じつはお茶の味を知ったのはつい先日のことなんです。この結花ちゃんの家でお婆さんに立ててもらった抹茶で目覚めたんです」

「まあ、正直なお方」

 口に手を当てて笑う服部早苗は最初に見た印象とは違って身近に感じられたし、中年と言っては失礼なくらい若い。

「早苗さん・・・と呼んでもいいでしょうか? ひとつ聞きたいことがあるんです」

「もちろんですとも。これからは私も斎部様にお仕えするのですから、お好きなようにお呼びください」

「あの・・・こんなことを聞くのは失礼なのかもしれないんですが・・・もしかしたら早苗さんは父を知っているんじゃないかと思って・・・」

 思いの外若く見える服部早苗に、隼人はこの女性に力を与えたのは雄大じゃないかと思ったのだ。

「いいえ。私に力を授けてくださったのは、あなたのお祖父様です。そして、私の母もそうでした。私の母は『マ』に倒されたお祖父様の敵を討って命を落としたのです」

 服部早苗は隼人の疑問をよく理解しているようだった。

「そんなことがあったんだ・・・」

 隼人は唖然とした。祖父は生まれる前に死んだからなんの知識もない。

「あなたのお父様は他の一族から犠牲が出ることを嫌って、私たちとの交流を絶ったのです」

「父はなにも教えてくれなかった」

「旅から学ぶのがきまりだからです」

「そうだったんだ・・・でも、わからないのは『マ』のことなんです。お祖父さんは、どうして『マ』を生じさせてしまったんですか?」

「あれは一族が政治に介入した最後の出来事でした。ある宮家のスキャンダルを解決するために、あなたのお祖父様は呪術を使ったのです。結果、『マ』が生じて二人の命を奪いました。古来より、このようなことは多くあったと母から教えられ、代償のようなかたちで私はこの旅館を手に入れたのです」

「僕らは朝廷の言うことを聞かなきゃならないんでしょうか?」

「いいえ。あなたのお父様は違う考えをお持ちのようです。私たちの存在を中央から隠して忘れさせようとしていると聞きました」

「どうして?」

「それは、あなたが一人前になって帰ったときに教えられること。私の口からは申し上げることができません。と言うよりか、私たちはお仕えする身ですから、一族の長のお仕事に口を挟むことはできないんです」

「でも、早苗さんの一家と関係を絶ったということは、一族が消える可能性だってあるわけで・・・」

「では、どうしてあなたを旅に出したのでしょう?」

「そうか・・・意味があるってことか・・・」

「そう思います」

 隼人と服部早苗の会話を結花は興味深そうに聞いていた。

「あの・・・私も聞いていいですか?」

「ええ、お母さまのことね」

「はい・・・」

「おきれいな方でした。あなたそっくり。ここで舞ったこともあるんですよ」

「えっ・・・?」

「あなたを産む前のことです。私はお腹が大きくて舞えなかったから、ここへ来てもらって代わりに舞ってもらったのです」

「でも、おばあちゃんは『ム』については知らないって・・・」

「不幸な事故でした。私たちは、あなたのお祖母様から『ム』に関する記憶を消し去ったのです。そうしないと、あなたのお祖母様まで命が危なかったのです」

「どうして?」

「傍系の者たちが命を狙っていました。なぜだか理由はわかりませんが本家が邪魔になったようです。もう忍者の時代ではないのに・・・」

「あれ・・・」

 隼人は突拍子もない声をあげた。

「どうされました?」

 服部早苗が聞く。

「忍者って・・・お婆さんも言ってた・・・」

「そうです。恥ずかしい話ですが伊賀の服部家は私どもの傍系なのです。あなたは吉野へ行く途中で伊賀の里を通ることになるでしょう。どうか、注意をしてください。結花さんのお母さまの命を奪ったのも伊賀の者たちです」

「事故だって聞かされてた・・・」

 結花は呆然とした顔で言った。

「ええ。あのとき、あなたは乳飲み子でしたから・・・それにお祖母様の記憶も消してしまいました。それが私たちの力です」

「本当のことを教えて」

「もちろんです。私にはお教えする義務がありますから。でも、それは後にしましょう。あなたには、今しなければならないことがあります。おわかりですよね?」

「はい」

「では支度を。衣装はこちらで用意があります。温泉で禊ぎを。もうすぐ娘が帰ってきますから」

「わかりました」

 結花と服部早苗が立ち上がった。

「あの・・・僕はどうすれば・・・?」

「あなたも禊ぎを。どうぞ、こちらへ」

 服部早苗が案内したのは浴場だった。「殿方はこちらへ」と言われて入ったのは豪華な岩風呂で、そこからも海が見渡せた。温泉に身を浸すと旅の疲れが消えていくようだった。

「失礼いたします」

 入り口の方から服部早苗の声がして扉が開いた。

 裾をはしょり、たすきを掛けて裸足になった服部早苗が入ってきた。

「お背中をお流しします」

 服部早苗は妖しい笑みを浮かべてそう言った。

「あっ・・・そんな・・・いいですよ・・・」

 思いもよらぬことに隼人はあわてた。

「どうぞ、遠慮せずに。これも『ム』の役割ですから」

「そ・・・そうなんですか・・・?」

 隼人の声は裏返っていた。

「まあ・・・ご立派な・・・」

 湯船にいる隼人の手を取って立たせた服部早苗は股間のものを見てそう言った。

 隼人はたまらなく恥ずかしかった。

「どうぞお座りになって、私の話を聞いてください」

「は・・・はい・・・」

 言われたとおり隼人は木の椅子に座って服部早苗に背中を流してもらう。

「これから結花さんと娘が庭で舞います。その後、あなたは二人と交わらなくてはなりません。一族の絆を作るための大切な儀式です」

「はい・・・それが定めなら・・・」

「娘はすこし気の強いところがあります。ですから、力を使って徹底的によろこばせてあげてください。いえ、刻みつけて欲しいんです」

 母親とは思えない言葉にドキドキしたものの、むしろ興奮が高まって想像しただけで勃起してしまっていた。

「逞しい・・・さすがは『サイ』のお方・・・あの・・・これは、儀式ではないのですが・・・もし、こんなおばあちゃんでもよろしかったら、無理にとは申しませんが・・・お情けをいただけませんでしょうか?」

「そ、それって・・・早苗さんを・・・」

「ごめんなさい・・・こんな、おばあちゃんは嫌ですよね・・・忘れてください」

 気品のある服部早苗が顔を赤くしてそう言う様はひどく色っぽかった。

「いえ・・・早苗さんはきれいで、とっても魅力的です」

 事実、隼人はお茶を出してもらったときから、ときめいていた。

「はしたないお願いで恐縮なのですが・・・あなたを見ていたら血が騒いでしまいました・・・ごめんなさい・・・」

「いえ・・・僕の方こそお願いしたいくらいです」

「ほんとうに?」

「はい」

「うれしい・・・」

 頬を染めた服部早苗の肌はとても若々しく見えた。

「失礼を承知で聞いてもいいですか?」

「私の年ですね。娘を産んだのがはたちのときですから・・・37になります。やっぱり、お嫌?」

「いえ、僕は早苗さんにもよろこんでもらいたい」

「娘のことを考えたら・・・年甲斐もなく『サイ』のお情けをいただきたくなりました。お仕えする立場なのに申し訳ありません」

「そうすると、お嬢さんは・・・僕よりひとつ上なのかな?」

「はい。はっきり申し上げてじゃじゃ馬です。奈緒といいますが、どうぞよろしくお願いします。力を使って意識を失うまで責めてやってください」

「いいんですか?」

「もちろんです。まだ一族の自覚が足らないんです。わからせてあげてください・・・あっ・・・大変・・・」

「えっ?」

「長話で湯冷めをしたら大変です。どうぞ湯に浸かって身体を温めてください」

 服部早苗は木桶で隼人の背中の泡を流しながら言った。

< 続く >

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