共振 第4話

第4話

「え………全ライド、ファーストパス使いたい状態………」

 いつも温和な雰囲気の大雅マスターの表情が曇った。

「はい………。私も、他の人たちを待たせて、私たちだけ優先的に何回もっていうのは、良くないんじゃないかって思ったんですけど………。その日はなんだか、自分の行動に全然、歯止めが効かなくて…………」

 前髪が目にかかるほど俯いた吉住芽衣は、シュンとしおれていた。脚の間にあった痛みが引いていくほど、先週末のダブルデートの日のことについて冷静に考えられるようになった。今、芽衣ははしゃぎすぎた、あの日のことを、しみじみと反省していた。

「でも……その、入場料とかギフト代とかはちゃんと払ったし、ちょっと割り込みを許してもらっただけ………なんですけど………ね」

 松藤雪乃は、言い訳めいたことを呟いたあとで、上目遣いで大雅マスターの反応を伺う。芽衣と雪乃はカウンターに並んで座って、レモネードを出してもらっていた。いつもの、隼人メンターの特等席はもちろん空けてある。メンターは最近調べものが多いそうで、それまでよりも、お店に来る時間が遅くなっている。先回はいつものレッスン開始時間にも15分ほど遅れてきたほどだ。

「ライドに乗る時に、ちょっと割り込ませて貰っただけ………ねぇ」

 大雅マスターに言われると、もう少し芽衣が深く俯く。本当はマイキーやモニーと写真を撮ってもらうスポットでも割り込みをさせてもらったし、パレードを見る人だかりの中で、最前列付近に快適な個人スペースを確保させてもらったし、パレードの最中にこちら側に背を向け、反対側のお客さんたちに手を振っていたプンさんにはわざわざこちら側に振り向いてもらった。芽衣と雪乃はそのことまではマスターに言っていない。そして芽衣がサプライズのパフォーマンスに勝手に飛び入り参加してしまったことは、絶対に隠し通すつもりだった。

 目を合わさなくなった女子高生2人とカウンター越しに向かい合った男前のマスターは、そんなことはお見通しだとばかりの表情を作って、溜息をついた。

「ま………、その場で他のお客さんたちを操って、変なことさせたり、騒ぎを起こしたりしなかっただけ、マシな方かな? 君たちは………。もっと道徳的にヤバいことやってるメンバーは沢山いるよ。………僕だって、過去にやってきたことを思い出すと、全然褒められたもんじゃない」

 マスターの言葉を聞いて、芽衣も雪乃も内心ホッとする。若干後ろめたいことがある時に、仲間が出来たように思えると、心がスッと軽くなる。まるで共犯者たちが現れて、心の重荷を一緒に担いでくれたような気分だ。

「でも2つだけ、いいかな」

 マスターは真顔になって、両手をカウンターについた。芽衣と雪乃は両手を膝にのせて、背筋を伸ばして椅子にきちんと座り直す。

「1つは、NASCの力を使って、悪いことをしたかも、って感じた時は、きちんとそのことを自覚して、忘れないようにしておくこと。周囲の人たちに止められたり、叱られたりしないっていう状況で、自分を保ち続けるのって、結構タフなことなんだ。………なにも聖人みたいな生活を送れって言ってる訳じゃないよ。誰だって、チートな能力を手に入れたら、少しくらい羽目は外すと思う。でも、それが当たり前になっちゃったら、自分を無くしているのと同じだと、僕は思う」

 大雅マスターは諭すように穏やかに話す。彫りの深い髭の美形もあいまって、その言葉にはなかなかの含蓄を感じられる。隼人メンターにも負けないくらい、先生役が板についているように感じられた。

「あともう一つ。このことは隼人には言わない方がいいかもしれない。アイツのことだから、すぐに君たちに次のステージへのイニシエーションをとか言いだしかねな…………。あ、………チッ」

 優しく話してくれていたマスターの言葉が、舌打ちで終わる。その音にかぶせるように、ドアの蝶番が擦れる音と、カランコロンと乾いたベルの音がした。

 茶髪に丸眼鏡の、隼人メンターが機嫌良さげに入店してくる。カウンターに座ったまま振り返った雪乃と、芽衣の顔を見据えた後で、ニッコリと笑顔になる。芽衣の後ろで、両手を腰に当てたマスターは何か言いたそうに隼人さんを見るけれど、隼人さんが聞く気がないのを感じ取って、もう一度舌打ちをした。

「自分たちがどんな存在か、よくよく分かった後でないと、次のステージに自分たちの精神体を上げていこうっていうモチベーションも起きない。そろそろ2人も大人の階段を登る頃かなって、思ってたところなんだ。………2人の顔を見ると、イニシエーションに相応しいって思うんだけど、どうかな?」

 鼻歌でも歌うように、隼人メンターが話す。イニシエーションの意味が分からない芽衣と雪乃は、お互いの顔を見合わせるくらいしか出来なかった。

。。

「皆さんもスピリチュアル・コミュニケーションをしていると、他人が心の中で思っている本心とか、抑圧している欲望とか、隠しているちょっとした悪意といったものを、ノイズとして拾ってしまうことがあると思います。また逆に、ここのメンバー同士でレッスンをしていて、うっかり自分の気持ちを漏らしてしまったこともあるでしょう。学習に集中している間、そういうことは良く起き得ます。まず自分たちがどんな存在か、取り繕うことなく、ニュートラルな目で直視すること。そして、お互いの精神を高め合う、ここのメンバーの間では隠し隔てなく共有しようとすること。それが、精神体のステップアップを加速させるためのイニシエーションです」

 相変わらず、隼人メンターの言っていることの何割かは、頭に入ってこない。雪乃は、さっきまで丸テーブルがあった場所に車座になるかたちで椅子に腰かけている、隣の芽衣の様子を伺った。芽衣は、緊張してキョロキョロしている。しかし、伊吹と目が合うと、サッと目を逸らす。手でスカートの裾を握りしめるようにして、膝と膝をギュッとくっつけて、まるで脚の間の大切な部分を隠すように体の向けをずらして、伊吹から顔を背ける。何か、隠したいことがあるようだった。それでも、椅子を透けるように貫いて伸びている芽衣の精神体の尻尾は、しっかりと伊吹のものと繋がっていた。

 雪乃はメンターの言葉を聞き流しながら、芽衣と伊吹の精神体の振動を感じようと、意識を集中させる。シュワシュワと、2人の精神波が振幅を店内に広げている様が、ゆっくりとわかっている。それでも、2人とも、多くの情報を漏らさないように、外部に対してはお互いの心を塞いでいることがわかる。雪乃はNASCの技法の上達は遅い。それでも2人が意識して、お互いの心をガードしあっているような雰囲気くらいは感じ取れた。

 この2人は少し離れて椅子を並べているとは言え、隣同士で、お互いの方向に、気持ち背中を向け合うようにしている。そのくせ尻尾は仲良く絡め合っている。そしてそれでもなお、何かしら隠し通そうとしている秘密があるかのように、素知らぬ顔で、反対方向を向いているのだった。

「だから、あえて一度、壁を取り払います。普段だったら、隠したいような恥ずかしい秘密も、ここに集った、同じ力を習得しようとしている同志たちの間では、敢えて共有しましょう」

 雪乃の耳に入ってきたメンターの言葉は、今、芽衣と伊吹がしていることとは、正反対のことを言っているように思えた。雪乃は同時に脳に入ってくる真逆のメッセージのせいで、しばらく混乱して、頭がクラクラするのを感じた。

「え………秘密って………。何を………。そんな、………私はちょっと………」

 芽衣が慌てて、メンターの講義を遮る。彼女には、今、メンバーたちと秘密の共有なんてさせられたら、非常に非常に困る事情がある。それでも、隼人さんは、そんな芽衣の心を見透かすように、クスっと笑った。

「もちろん、誰にだって、隠しておきたい恥ずかしい記憶ってあるよね。だけど僕たちは新しい次元のコミュニケーションを志しているものだ。他人の心を自分の思い通りに操っておいて、自分だけは心を鎧で守り通そうっていうのは、どこか都合が良すぎる思いかもしれないよね」

「…………」

 何か言いかけた芽衣は、困った顔で俯いた。先週末のことを思い出している。炎天下の長い行列を横目に、魔法のようにスムーズに脇の別口から人気ライドに入らせてもらった時の光景。お姫様抱っこされたままで通り抜けたアーケード。そして跪いて芽衣のことを真っすぐ見上げる、イケメン彼氏の忠実な表情………。芽衣の胸がギュッと絞めつけられた。

「みんな、立ち上がって手をつなごっか」

 メンターに言われると、芽衣もシブシブ、雪乃の手を握る。ずいぶん躊躇したあとで、ゆっくりと、伊吹とも手を繋いだ。

「手を繋いで輪を作ったら、目を閉じて楽にして。イニシエーション開始するよ。3、2、1。ほら」

 脇を誰かに抱えられたような気がして、雪乃は両肘をぐっと自分の体に押しつける。急に足元が、おぼつかなくなった。爪先で地面を探る。空振りする。体が、浮き上がっていくのだ。

 芽衣も、仕方なく、形だけ握っていたはずの左手で、ギュッと伊吹の右手を握りしめる。足をバタバタさせても、地面につかない。お店の中で、自分の体が30センチ、50センチと浮き上がっていく。繋いだ両手に力を入れて、自分の体勢を維持することくらいしか出来なかった。そして、力強く握り合っている両手から、強い精神波が入ってくる。自分の体を駆け巡って、さらに隣のメンバーに伝播していく波。芽衣は、反射的にその精神波との共鳴から自分の心を守ろうとする。

「グラスの上のコースターを捨てるみたいに、心を解放して」

 隼人のその一言で、芽衣は自分の抵抗の一切合切が、パカッと簡単に外されたことを感じる。無防備な、何の仕切りもカバーもない、空っぽのワイングラス。そんな形もバラバラのワイングラスがテーブルの上で、共鳴し合っている………。かすかな高音を聞いた気がした。

(一番、みんなから隠しておきたい、秘密って…………私の場合、何だろう?)

『芽衣ちゃん。考えない方が良い………んだけど………。』

 芽衣の頭上に、土曜の夜のディステニーリゾートホテルの暗い部屋のことが映し出される。花火が上がるたびに、違う色に染まる部屋。芽衣と陸都の裸。2人は手を握り合って、ベッドで正常位の体勢で繋がり合っていた。つい数日前の、芽衣の初体験だった。

『ヒュー。』

『おめでとう………。これ、恥ずかしがるようなことじゃないと思うよ。』

 メンバーたちの精神体が口笛を吹いたり、拍手したり、宥めるような言葉をかけてくる。芽衣は、自分の裸と、一生大切にするつもりの思い出が、オジサンたちにもリアルに共有されていることがショックで、しばらく呆然と、自分の姿を眺めることしか出来ずにいた。ロストバージンの痛みに耐えながら、彼氏と愛し合ってる自分の姿を。

 輪になってゆっくり中空で回転するメンバーたちの精神体。その真上で大ビジョンのように映し出される芽衣の初体験の様子。そこに重なるようにして、デスティニーランドではしゃいで写真を撮る芽衣と陸都。そしてテンションが上がりきった末に飛び入りでパントマイムを披露している芽衣の姿が映し出されると、みんな思わず吹き出してしまう。自信満々の表情で、素人っぽいパフォーマンスを見せている芽衣のはしゃぎっぷりは、少しでも普段の彼女の姿を知っている大人たちには、意外性のある、微笑ましいギャップに見えたようだ。芽衣が浮いたまま恥ずかしさに悶えている。

 次に雪乃と、彼氏になったばかりの亮也の姿が映し出される。キャンドルの形にデザインされた、小さな明かりがついた部屋。デザインから、芽衣たちが泊まったのと同じホテルの別部屋だとわかる。2人はベッドに寝そべって、ずっとお互いの体を愛撫しながら、チュッチュとキスをし合っている。

「リョーヤン、あのね」

 鼻にかかった、甘ったるい声を出す。

「どうちたの。ユキノン」

 ゴリゴリのマッチョが、これに輪をかけて甘ったるい声を出す。

「………ユキノンね………。リューヤンのこと………、だいちゅき」

「リョーヤンもでちゅー」

 亮也が雪乃のファンシーなネグリジェを捲り上げる。迫力のオッパイがブルンと揺れる。『おー』と低い声が、輪の中から漏れた。

「…………ママ………ママ。ミルクちょーだい」

「リョーヤン。………ユキノンのオッパイはおいちいでちゅか? ユキノンはキモチいいな」

「おいちい。プロティンより、おいちいでちゅ」

 白くていかにも柔らかそうな、マシュマロのような肌を晒して、赤ちゃんプレイに興じる、美女と筋肉男の夜の営み。芽衣の横で、雪乃の精神体が「ひ~~!」とわめいていた。芽衣は、親友の見事なオッパイに、目が釘付けになっている。

『赤ちゃんプレイはいいとして、ママの設定がちょっとブレてるなぁ………。』

『清々しいくらいの筋肉の無駄遣い………じゃないかな? …………ま、2人が幸せなら、全然良いんだけど………。』

 男どもは好き勝手に評論しているが、亮也がチュパっと雪乃のピンク色の乳首から口を離す瞬間に、豊満なバストがブルルンッと揺れると、低い歓声を上げる。雪乃は呻きながら首を横に振っている。芽衣はまだ、そのオッパイの形の良さとボリューム感に見惚れていた。

 雪乃の隣に立ってる(浮いている)、啓吾さんの姿が上空のビジョンに映し出される。洗面所で頭頂部をブラシのようなものでポンポンと刺激している。確かに啓吾さんの頭のテッペンは薄くなっていて、お辞儀をすると、ミステリーサークルのようなものが現れる。その、円形の薄い部分を丁寧にケアしながら、ランニングシャツの啓吾さんは洗面所の鏡の前で体を横にすると、下っ腹をキュッと引っ込める仕草を何度もする。精一杯、お腹を引っ込めて見せる練習をしているようだった。

『いやーお恥ずかしい。まいったな。』

 啓吾さんが、照れ笑いを浮かべているが、それは芽衣や雪乃が暴露させられた恥ずかしい姿とは少し、種類が違っているように思えた。今度はビジョンに、雪乃と芽衣の姿が映し出される。精神体を引っ張ったり押したりする、かなり初期のレッスン中の2人。スカートがフワッと捲れ上がる瞬間。芽衣のストライプのショーツがチラっと見えた。これが啓吾さんの凝視していた視野だとわかると、芽衣はゲンナリとした気分になった。めくるめく、啓吾さんが心におさめた女子高生たちのレッスンに集中している姿。私服の土曜日よりも、セーラー服を着ている水曜日の芽衣たちの方が、より鮮明に記憶されているようだ。芽衣はこれがオジサンなんだと、腹に落ちた気がした。学生たちにとっては、制服が当たり前なので、私服を着る時、あるいはお互いの私服を見る時が、アガる瞬間だ。オジサンは逆に、制服姿の若い女の子を見ると、アガることが多いようだ。芽衣は少し冷めた目を、照れ笑いの啓吾さんに送った。

 そしてビジョンには、通勤途中の啓吾さんが映る。当たり前のように椅子に座っている。電車は時間帯の割には空いている。啓吾さんが車両全体に精神干渉しているということが、ゆっくりと伝わってくる。啓吾さんの目が向けられたところに座って、スマホを見ていた綺麗なOLさんが、急に睡魔に襲われて、こっくりこっくりと頭を揺らし始める。小さくたたんだ新聞紙を読んでいたはずの隣のサラリーマンさんも、急に眠くなったのか、新聞を脇に挟むと、腕組みをして目を閉じる。2人の男女が肩を寄せ合うようにして、通勤電車で眠りだす。不意に、綺麗なOLさんの手が、隣のオジサンの股間に伸びていく。オジサンの手は、OLさんの開襟シャツの襟元から、胸へと入っていく。周りの乗客たちが気がつく素振りも見せないなかで、たまたま隣に座った男女が、眠ったまま、ペッティングを始めた。啓吾さんが視点を変えると、座っている啓吾さんを取り囲むように、高校生から女子大生、働くお姉さんまで、美人限定でボンヤリとした目で前を見つめながら、立ち尽くしている。啓吾さんが両手を前に差し出すと、その手に押しつけるようにして、腰を屈めたオンナの人たちが、ボンヤリとした目のまま、自分の胸をくっつける。啓吾さんの手を導くように両手で、モミモミと、自分の胸を揉ませる。可愛らしい女子校生さんは、スカートに手を入れて、ショーツを下ろして啓吾さんの膝に乗せると、手を取って、スカートの裾の中、大切な場所へと啓吾さんの手を導いていた。

 しばらく、呆けたような表情で悶えながら、自分の体を好き勝手に弄らせているお姉さんたちを見ていた後で、啓吾さんの視点が正面の即席年の差カップルへと戻る。まだ眠ったままでヘビーなペッティングに発展していた2人が不意にお互いの体から手を離す。OLさんが立ち上がったのだった。夢遊病のように焦点の定まらない目を開けたOLさんは、揺れる車内をヨロヨロとパンプスで歩いてきて、啓吾さんの前に立つと、タイトなスカートを腰までめくり上げる。ベージュのパンストの下に、藤色と黒の生地が使われた大人っぽいデザインのショーツが現れる。啓吾さんが手を逃して、ビーっとパンストを破っても、綺麗なOLさんは寝起きのような意識の定まらない目で、ボンヤリと、窓の向こうの光景を見ている。啓吾さんがショーツを下ろすと、パンプスを履いたままの両足を片方ずつ持ち上げて、下着を抜き取るのを手伝う。ランジェリーという表現の方が似合うような下着を両手で広げて、クロッチの部分にはっきりとOLさんが分泌した愛液が染みを作っていることを確認してから、啓吾さんはそのショーツをズボンのポケットに入れた。そのポケットはすでにパンパンになっていた。

『ここから、職場編かな? …………マイッタなぁ………。』

 啓吾さんが困ったような笑顔を見せるが、芽衣と雪乃の方がマイッタ気分になっていた。

『あの………もういいです………。これ、飛ばせませんか?』

 啓吾さんはまんざらでもなさそうだったけれど、芽衣と雪乃の申し立てで、この人の秘密は全部共有する必要無しということになった。

 そしてビジョンには太っていて、脂性の大学院生が映る。芽衣は、この人も飛ばしてもらおうかとおもったのだが、自分の姿が映りこんだのに気がついて、怪訝な顔で注視する。

「じゃ、今日もサヨナラだね………。芽衣ちゃん。サヨナラのチュー。口と口でも良いよ」

「…………やです………。頬っぺたでも、限界スレスレの譲歩ですよ」

 芽衣が嫌そうに、背伸びをして学の頬にチューをする。お返しの、学からのチューはもっと熱がこもっている。芽衣は体の震えを我慢しながら、頬っぺたへのチューを受け入れていた。その姿を見ながら、芽衣の精神体は、ハッと息を飲む。いつのまにか習慣化していて、芽衣も受け入れていたが、これは学のアンカリングだ………。NASCの技法の習得が進んだ今、芽衣が自分の行動を振り返ると、学に悪戯されていたことに気づかされた。

 サヨナラのハグをしている時にもスリスリと体を密着させる学。嫌がりながらもシブシブ受け入れている芽衣。サヨナラのタッチと言われると、お尻を撫でられながらも、仕方がないという表情で体を曲げて、お尻を突き出している芽衣。その姿を見ながら、芽衣は自分のスピリチュアルコミュニケーションの技術がもっと早く上達していなかったことに、腹が立っていた。こんな根暗そうなデブのお兄さんに、遊ばれていたなんて………。悔しかった。

(私の体、学さんの玩具じゃないんですけど。)

 鋭い視線を向けると、平野学はグフフっと笑った。

『見つかっちゃった………。』

 次にサヨナラのルーティーンを受け入れている自分の姿を見て、芽衣の隣にいる雪乃は、小さくえずいていた。気持ちはよくわかる。

 高級そうなマンションに、学が迎え入れられているシーンが上空のビジョンに映る。上品な身なりをしている、美人の若妻といった女性が正面玄関のドアを開けて深々とお辞儀している。観葉植物や絵画が飾られている広そうなリビングで、人妻さんから手料理を振舞われる学。彼女は嬉しそうに、料理を学ぶの口元まで運んで行って、一口、一口食べさせている。学がワンピースのお尻を不躾に撫でても、ちょっと恥ずかしそうにしただけで、一切彼の行動を拒もうとしない。人妻さんは自分のことを、学の身の回りの世話を出来ることを最高の幸と感じている、忠実なセックスフレンドだと思いこんでいる。そのことが、彼女の精神体の波長から伝わってくる。学が雑な指示を与えると、嬉々として彼のズボンのベルトを外して、膝までズボンとトランクスを下げる。食事中の学のモノを躊躇いなく喉まで咥えこんで、奉仕を始める。

『もういい、もういい。………学さんのお楽しみとか、見てたくないです!』

 芽衣が悲鳴を上げる。雪乃も里奈も、一致して首を縦に振っている。その様子を見ながら、メンターが肩をすくめる。

 ビジョンの中の映像がジャンプする。だいぶ時間がたった後のようだ。寝室で人妻さんが裸で大の字に寝そべって、放心している。彼女の周りには、色とりどりの「大人の玩具」と思われる不穏な製品たちが転がっている。2個。まだ彼女の股間に突き立つように挿入されて、見えている部分が卑猥に動いている玩具もあった。美人の人妻さんは失神しているようで、顔は涙と鼻水と涎と、なにかベタベタしたもので汚れてしまっているが、その表情はどこか、満ち足りたような緩んだ笑顔になっていた。

 トランクスを履きながら、学が部屋を出ていく。広い玄関で靴を履くと、人妻さんの家のドアを開けて、廊下に出る。外はもう暗くなっていた。廊下の真ん中で、両手を水平に開く。その階と上下2階くらいを対象に、精神波を送っているようだった。

『マナブ先生の総回診です。皆さんいつものように、廊下に出て、気をつけの姿勢で先生を待ちましょう。』

 フロアのドアが次々と開いて、料理中の主婦が、帰宅したばかりの学生さんたちが、ボンヤリとした目のまま廊下で気をつけの姿勢をとっていく。学は偉そうに手を背中で組んで、一人一人物色するように、見て回る。都心の良い立地にある、新しいマンションらしく、身ぎれいでルックスの良い住人が多いようだ。歩きながら値踏みをするように、人妻さんや学生さんのお尻や胸を触っていく。

「お前………。ついてこい」

「………はい」

「お前は…………、こっちのお前と、セックス」

「はい」

「はい」

「このへんのお前らは…………、レズ乱交。…………お前が撮影して、有料サイトに投稿な。………あ、ガキも入ってるから、規制されないサイト探せよ」

「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」

「わかりました」

 1つのフロアに6家族くらいが居住しているところを見ると、大型のタワーマンションのようだ。学は1フロアの上り下りにも、エレベーターを使う。だんだん、彼に付き従って後ろを歩く、美女や美少女の数が、増えていく。それは大勢の看護師さんや女医さんを引き連れた、本物の総回診のようだった。

 ボンヤリした目で人形のように立ち尽くしている住人たちが、学に声をかけられると、短く返事をして、テキパキと動き出す。マンション1棟を丸ごと支配下に置いているような学の暇つぶしのために、富裕層の住民たちがみんな、玩具のように弄ばれ、身も心も捧げさせられているようだった。次の階の人たちは、学がエレベーターから降りた時には、全員が裸で直立不動になっていた。

『もう、学君のことはお腹いっぱいなんですけど。』

 ウンザリした顔の里奈が言うと、クスッと笑った隼人さんが、里奈さんに上のビジョンをアゴで指し示す。

 画面が移り変わった。………と思ったら、また平野学のニヤニヤした顔が出てくる。ブヨブヨの裸で映っていた。

『だから、もうマナブ君の秘密はじゅうぶんって………。………あっ。これ駄目っ。』

 里奈さんの顔色が変わる。全体像が映し出されると、学が裸になって責め立てている美女が、誰なのか、皆に明らかになってしまう。メリハリあるプロポーション。くびれた腰とムッチリとしたヒップ。そのお尻を割るように、指を入れられると、背中を反らして、美女が喘ぐ。ウエーブのかかった髪が揺れる。お尻を弄られて悶えているのは、田宮里奈さんだった。

『嘘………。なんで、里奈さん?』

『マナブさんと? …………どうしてですか?』

 芽衣と雪乃の疑問が、尊敬するオトナのお姉さんに向けられる。悲痛な表情の里奈さんが、顔を下に向けて唇を噛んでいた。

 画面が縮小されて、右下の方角に移動する。それでも、40インチくらいの大きさで留まって、その画面は里奈と学の秘密の情事を流し続けている。そして大きなビジョンでは、白いタイルのバスルームを映していた。今度は啓吾さんがバスタブの横でお風呂の椅子に腰かけている。オジサンの裸づくしだ。

「途中でリクエストあったら、何でも言ってね。私、啓吾さんのためなら、どんなことでもしちゃう。ウフフ」

 背中から抱きしめるように、泡まみれの裸を密着させてきたのは、また里奈さんだった。ボリューム満点のハリのあるオッパイが、啓吾さんの背中に押しつけられて、ムギュっと形を変える。里奈さんが腰を動かすと、そのオッパイが押しつけられながら、円を描くように背中をズルズルと這う。芽衣の目はまた、ダイナミックに形を変える大きなオッパイを自然と追ってしまう。

 里奈さんの両手は、啓吾さんの体を包み込むように前に回って、啓吾さんの股間を両手で握って、ゆっくりとしごきだす。座ったまま、顔だけ後ろを振り向こうとした啓吾さんと里奈さんは、唇を重ねて、ネットリと濃厚なキスをした。

 その画面が左下に縮小されて収まると、大きなビジョンでは、里奈さんが別の男の人に跨って、腰を振っている。男の人は………確か、道夫さん。何回かに1回、NASC武蔵野のレッスンに顔を出したことがある人だ。その次は、博成さん。一登さん。たまに顔を出す、メンバーとも里奈さんはエッチをしている。次々と縮小されてテレビ画面のワイプのように並んでいくビジョン。里奈さんはNASC武蔵野のメンバー以外にも、お店の常連のお客さんたちと体の関係を持っていた。この喫茶ダイニング周辺の、芽衣が知っている大人の男の人たちがほとんどフルキャストで、里奈さんとエッチしている。どの画面でも、里奈さんはモデルのような綺麗な顔と、惚れ惚れするようなスタイルの良さを、惜しげもなく男の人たちに晒して、甲斐甲斐しくセックスをしている。それは親密なセックスというよりも、真心のこもった接待といった雰囲気だった。

「里奈は、大雅のことが好きすぎるんだよね」

 隼人メンターが柔らかいトーンで話しかける。里奈さんは俯いたまま、鼻をすすっていた。

「若いマスターが経営していくには、まぁまぁの一等地にあるお店だから、お客さんや出資者を繋ぎとめるためなら、どんなことでもするって、決めてるんだよね。だから常連さんや、スポンサーになってくれそうなお客さんから誘われたら、絶対に断らない。身も心も投げ出して、お店のために尽くしたい。そうなんでしょ?」

 隼人メンターの言葉の途中から、里奈さんは、ポロポロ泣いていた。上のビジョンは20分割くらいになって、エクスタシーを迎えようとしている20人の里奈さんの、ちょっとだけハスキーな喘ぎ声を流している。

『芽衣ちゃん、雪乃ちゃん………。ゴメンね。…………私を、軽蔑して、いいよ。』

 芽衣と雪乃は、尊敬する里奈さんの悲しい言葉をこれ以上、受け取りたくなくて、隼人メンターを見る。メンターはまた肩をすくめていた。

 上空のビジョンから20人の美女のクライマックスの瞬間が消えると、オジサンたちの少しがっかりとした溜息が漏れる。そして次に映し出されたのは、ベッドに並んで座っている、里奈さんともう一人の男性だった。里奈さんが肩を寄せ合っているのは、髭の男前。大雅マスターだった。

(そう。これが見たかった。…………天晴。)

 そう思った後で、芽衣は顔を赤くする。多分、芽衣の心の叫びは、皆に聞こえている。本当に愛し合っているはずの、美男美女のカップル。それがビジョンに映し出されていることは嬉しかったのであって、別に芽衣は2人のベッドシーンが見たかったという意味で叫んだ訳ではなかったのだが、………うまく伝わっているだろうか?

 芽衣がゴチャゴチャ考えている間に、ビジョンの中の里奈さんが、悲しそうに笑った。

「私とだから、駄目なのかもよ? ………ほら、私、………色んな人とシテるでしょ? …………きっと本能的に、大雅の体が、こいつは汚れてるって、拒否ってるのかもしれない」

「………いや………。俺のせい。………むしろ、俺が、こんなだから、お前も…………だろ? ………………ゴメンな」

 芽衣の頭の中のドタバタした葛藤と、ビジョンの中の恋人たちの会話のトーンが、全く合っていないことに、芽衣自身も気がついた。里奈さんと大雅さんは手を繋いでシーツにくるまって、肩を寄せ合っている。映画のワンシーンのように画になる2人は、寂し気な恋愛ドラマの主人公たちのように、お互いを労わりながら、慰め合っていた。

「………大雅は………、ちょっと疲れてるだけ…………。ここも気にしなくなったら、すぐに元気になるよ」

 シーツから細い手を出した美女は、マスターの股間を「いい子いい子」とシーツの上から撫でる。そして「フフッ」とハスキーな笑い声を出すと、シーツの中に潜っていった。大雅マスターの足の間に四つん這いになって、頭を動かす里奈さんのシルエット。シーツ一枚に覆われた里奈さんの裸は、スレンダーかつグラマーな、抜群のプロポーションが、布一枚に浮かび上がることで、よりセクシーに美しく現れていた。

 その恋人の優しい愛撫を見守りながら、大雅マスターは空虚な目をしていた。

『これって…………。マスター。うまくいかないってこと?』

 雪乃もやっと状況を理解し始めているようで、芽衣の顔を見る。

『そう………。今、皆に心の声が聞かれちゃうから、あんまり質問してこないで………。その………マスターの、‥男の人の部分が………、立たないみたい………。』

『おチンチン?』

『そう、おチンチン。…………言わせないでよっ! ………聞いてこないで。返事、考えないようにするの、難しいんだから………。』

『はい、可愛い子ちゃんたちの、おチンチン発言、いただきました。』

『死んで欲しいです。』

 芽衣と雪乃の心の会話に、入りこんで来たマナブに、本心をぶつける。芽衣はそんな自分の心の動きを、秘かに反省する。もしマナブが一般人だったら、こんな素直に思いをぶつけたら、相手の精神体をうっかり共振させて、本当に自殺に追いやってしまうかもしれない。そう考えると、芽衣はこのキモチ悪い大学院生が、不思議な力の使い手であることに、感謝すべきかもしれなかった。

「さ、そろそろ、伊吹君にも、恥ずかしい秘密があったら、皆と共有してもらおうか?」

 メンターは安定したトーンで呼びかける。上空のビジョンが移り変わる。そこに映し出されたのは、ソバカスのある眼鏡の予備校生…………ではなくて、シャープで綺麗な顔立ちの女子高生。清涼感のあるショートカットの黒髪と、高い鼻。キリッとした美形の女の子の寝顔。………吉住芽衣が寝ていた。少し眉をひそめ、一生懸命な感じで熟睡している芽衣。時々、ムニャムニャと、意味をなさない寝言を呟いている。それは、寝ることに関して、真剣な感じのする寝顔だった。

(えっ………。なんで私? …………寝てるとことか、恥ずかしいんですけど…………。)

「………ん…………芽衣ちゃん…………。大好き………です…………。…………ん? ………あれ? …………また?」

 よくわからない寝言を呟くと、ビジョンの中の芽衣は寝ぼけたような顔のまま、少しだけ体を起こす。手が、枕の左あたりを探っている。何かを探しているようだった。しばらくその動作を続けたあとで、面倒くさそうに芽衣が寝返りをうつ。精神体の尻尾がキラキラと光っていた。

「…………ん………見えてる。………………また、来ちゃた………。芽衣ちゃんの体に」

 暗がりに目が慣れてきたのか、芽衣は体を起こすと、周りをキョロキョロと伺う。白い縁取りのされた紺色のパジャマに身を包む、女子高生の無防備な寝姿が、ビジョンに大きく晒される。さっきまで、起き掛けに眼鏡を探すような仕草をしていた芽衣が、普通に裸眼のまま、起き上がる。等身大の大きな鏡の前に立つと、芽衣は申し訳なさそうな顔で、一礼した。

「芽衣ちゃん。………毎度ですみません。今夜もお邪魔しちゃいました」

『………え、これって、伊吹さんの精神体? ………芽衣ちゃんの体に入っちゃってるの?』

 雪乃が気がついて、声を上げる。芽衣が赤い顔で、ジーっと隣の伊吹を見つめる。ソバカス顔の予備校生は、下を向きながら体を縮めていた。

「相変わらず可愛いな………。芽衣ちゃん。………この角度とか、………女優さんみたい」

 ビジョンの中の女子高生が、両手を腰に当てて、斜めの角度になったりしながら、鏡に映った自分を確認する。横顔を見る時は顎のラインに指をそわせたりして、じっくり観察している。

(ちょっと、死ぬる…………。褒め殺しか! 羞恥責めか!)

 芽衣が恥ずかしい気持ちを矢にして、伊吹に投げつける。

「ちょっとムラムラしたまま寝てたら、またこっちに来ちゃったんで、申し訳ないけれど、コソッとこちら側で処理させてもらいますね」

 言い訳がましく独り言を言いながら、紺のパジャマシャツの大き目なボタンを外していく芽衣の体。暗い部屋の中で白い素肌が良く目立った。ボタンが外れてシャツの前が開くと、小ぶりの、控えめなオッパイが現れる。さっきまでの雪乃、人妻さん、そして里奈さんのゴージャスバストと来て、ここでまた芽衣の「遠慮の塊」。恥ずかしさと情けなさが、ビジョンを見ている芽衣の心を苛んだ。怒りの矛先は隣の伊吹に向けるしかない。手の骨を折れろとばかりに力強く握りしめて、芽衣が隣の伊吹に心の声を投げた。

『一応、釈明を聞いておこうか? ………どういうこと? 伊吹、私の体で何してくれてんの?』

『…………いや、………僕も我慢してたんだけど、仕方ないんだ。………芽衣ちゃんが、僕にオナニー禁止っていうアンカリングをしたから、自分で性欲が処理出来なくて………。辛抱の限界が来た時に、芽衣ちゃんの意識がないと、………尻尾を通じて、そっちに行っちゃうみたいなんだ。』

『不可抗力って、言いたいの?』

『いや、その。………ゴメン。…………でも、悪気があってのことじゃ………。』

 必死に弁明する伊吹の心。ビジョンに映し出される伊吹はしかし、芽衣の口を借りながら、能天気な感想を漏らし続けている。

「無駄毛の処理とか、相変わらず几帳面だよね………。さすが芽衣ちゃん」

 白いショーツ一枚穿いただけの姿で、姿見の前に立っている芽衣は、右腕を大きく上げて、脇の下を確認している。不意に左手で右脇の下を擦ったあと、顔に近づけてクンクンと鼻を鳴らす。

「ちょっと寝汗の匂い。………でも、芽衣ちゃんの、いい匂いがする………」

『嗅ぐなーっ! 馬鹿っ。馬鹿伊吹っ!』

『伊吹さんって、変態だったんですね………。ほんと、このサークルの人たち。ヤバくないですか?』

 雪乃がコメントする。ビジョンの中の芽衣は、顔を直接脇の下に近づけて、クンクン嗅ぎながら、左手を白いショーツの中に入れる。

「もう痛みもほとんど無いね………。芽衣ちゃんは晴れて大人になりました。………血もついてない」

 一つ一つ、体の確認をしていく芽衣。これは伊吹の恥ずかしい秘密が映し出されているはずだったのだが、見ながら羞恥に悶えているのは、芽衣だった。

『いや、違うんだ………。その、他人の体に入ったばっかりの時って、まだ嗅覚とか馴染んでなくて、芽衣ちゃん自身だったら当たり前で、感じないような匂いも、すごく新鮮でビビッドに入ってくるんだ。………視力とか視線の高さとかちょっと違っただけでも違和感があって、ちょっとずつ慣らしていかないと、なんだか乗り物酔いみたいになるの。だから、馴染むまでに調整が必要で。』

(いや、馴染まないで欲しいんだけど! …………ホント、信じらんない………。)

 芽衣が恥ずかしさにわななきながら、ビジョンから顔を背けたり、また怖いもの見たさで目を向けてしまったりしている間に、芽衣の部屋にいる芽衣(の中にいる伊吹)は、ショーツも脱いで、全裸になったあとで、その場で行進をしたり、両手を水平に上げて指先を開いたり閉じたりを繰り返したり、体操のような動きをしていた。やがて、鏡の前で、体をくねらせるような、ポージングの時間になる。お尻を突き出すようにして腰をひねった芽衣は、両手で小ぶりなオッパイを持ち上げる。

「芽衣ちゃん…………。気持ち、オッパイ、大きくなってるかも? …………うん。………多分そうだ………。良かったじゃん。…………芽衣の左のオッパイ、おめでとう…………。あら、右のオッパイ。ありがとう。貴方も成長してるわよ」

 裏声になって、腹話術のようなことを始める芽衣の姿。芽衣が隣の伊吹を覗きこもうとする。しかし伊吹はもう、顔を背けたまま、一切こちらを見ようとしなくなっていた。

 ビジョンの中の芽衣は全裸のままで、オッパイを片手でゆっくり揉みながら、もう片方の手を脚の間、大切な場所に伸ばす。姿見の前で両膝をついてオナニーに没頭しはじめる。クリトリスと乳首を指の腹で転がす。その手つきが意外と手慣れている様子なのがまた、芽衣の頭に来る。全裸の芽衣が自分の体を弄って悶えていている。喘いでいる。その声は芽衣の声。乳首を立てて股間を濡らして、わなないているのは芽衣の体。けれど快感を享受しているのは、隣町で寝ているはずの、彼氏でもない浪人生だった。背中を反らして、ブリッジのような体勢になってオナニーにいっそう励む、裸の吉住芽衣。けれど絞り出された女の体の喜びは、尻尾の結ばれた、オナ禁中の浪人生の性欲を満たしているのだった。

『ムラムラしがちな受験生に、オナニー禁止のアンカリングした結果、切羽詰まった伊吹君のバックファイアを受けちゃったって訳か………。こりゃ、喧嘩両成敗かな? ………あ、いや、こっちの独り言だよ?』

 無責任な感想を思い浮かべていた啓吾さんは、ガルルルルという獣の唸り声のようなものを聞いて、芽衣の怒りを感じ取ると、慌てて弁解する。芽衣はもう、誰かれ構わず、噛みついてやりたいような気持だった。

「そろそろ皆の恥ずかしい秘密って、全部棚卸し出来たかな?」

 隼人メンターが話しているのを、芽衣が遮る。自分の体を使われた全裸のオナニーシーンでこのセッションが終わられるのが、なんだか許せなかったのだ。

「ちょっと待ってください。隼人さんのって、出てないですよね? ………何か不公平じゃないですか?」

 クスッと丸眼鏡の先生が笑う。

「僕の場合、あまり恥ずかしいと思っていたり、秘密にしたいと思っていることが無いみたいだね。精神体の次元を上げているせいかな? ………嘘だと思うなら、ここにいる全員の、今見たもの以外の秘密を、恥ずかしいと思うランキング順で共有してみようか? ………ほら」

 上空のビジョンには、16分割ぐらいの画面で、様々な記憶が並ぶ。芽衣は見上げていて顔が赤くなったり青くなったり。自分がヤラかしたことに気がつく。どうやら大人と比べて、思春期の女の子は、恥ずかしいと思う秘密が圧倒的に多いようだった。ビジョンに並ぶ記憶も、そのほとんどが芽衣のものだった。

 小学校の頃の、側転パンチラ事件。前髪をお母さんに切ってもらったら気に入らなかったので、自分で手を加えて、もっと変になってしまった日のこと。授業中に先生を間違えてパパと呼んでしまった時のこと。お泊り教育の前日に悩んだあげく、生え揃ったばかりのアンダーヘアーを、パパの髭剃りを使って剃って行ったら、後日お母さんにバレて叱られたこと。さらにその後2週間くらい、また生えてきたヘアーのせいで股間がチクチクしたこと。陸都が曜日を聞いてきただけだったのに、誘われたと勘違いした受け答えをしてしまったこと………。

 ここまで来て、やっと伊吹の、男女合同での水泳授業の時に、女子を見ていておチンチンが大きくなったことを、クラスメイトに見つかった時の記憶が出てきた。伊吹もなかなかシャイで、思春期を拗らせてきたタチらしい。16分割の画面上には、芽衣7、伊吹2、雪乃1の割合で、恥ずかしい記憶が並んでいた。もっとも雪乃の恥ずかしい秘密というのは、制服のファスナーが開いているところを男子に指摘されたことという、割とソフトなものだったので、画面上には芽衣の感受性が前面に押し出されているという印象だった。Youtubeを見ながら豊胸体操を頑張っていたら、張り切り過ぎて胸筋の腱がツッてしまい、お母さんを呼んだ時のこと。エッチめの漫画を読んでいたのをパパに見られた時のこと。多分その時、エッチな気分になっている顔を父親に見られたこと。伊吹がおチンチンが小さいのが悩みだと聞いてから、つい気になって男子の股間に目が入ってしまう時があること………。オトナな雑誌を読みながら試した、初めての1人エッチ。自転車に乗ってご機嫌で鼻歌を歌っていたら、通行人に聞かれた日のこと。……………芽衣がお墓まで持って行くつもりだった秘密の数々が、みんなの目に具体的なシーンとしてクッキリと晒されていた。

「あ゛~ぁぁぁっ。ゴメンなさいっ。もういいですっ! もうやめましょうっ」

 芽衣は宙に浮いた足をバタバタさせて身悶えした。両手が自由になっていたら、頭を抱えて床に打ちつけていたかもしれない。

「芽衣ちゃんはやっぱり、ちょっと気にしすぎだと思うけどね………。秘密っていうより、可愛らしい思い出も多かったよ」

 手を繋いで出来た輪が、床に向かって下降していくなかで、隼人さんが優しい口調で宥める。だんだんわかってきた。隼人さんが余裕の口調で穏やかに話している時は、実際はなかなかサディスティックなことを考えている時だ。

「皆さん。しばらく精神体を肉体から分離させたり、記憶を共有したりしていると、疲れるでしょ? ちょっと休憩しましょうか。仮眠をとっても良いですよ」

 隼人さんに言われて、雪乃も芽衣も、自分たちがグッタリと全身に疲労を貯めていることに気がつく。水泳のような全身運動を長時間続けたあとのような、どことなく心地の良い疲労感だった。もっとも、雪乃よりも芽衣の方が疲れている様子なのは、中空でかなりジタバタしたせいだろう。

 メンバー全員が椅子に深く腰掛けて、ボンヤリする時間。隼人さんは目を閉じて、瞑想でもしているようだった。雪乃が芽衣の肩に頭を乗せるようにしてコメカミをくっつける。

「隼人さんの言う通り、芽衣ちゃんはちょっと、気にしすぎかも………。子供の頃のこととか、そんなに恥ずかしがらなくったって、いいのに」

「………こういう性格にて…………。私だって、もっと脳天気に生きたいけど、やっぱり人目とか凄い気になるんだもん………。ホントは自意識の問題なんだろうけどね」

「2人とも、ちょっと休んだら良いよ。………もしかしたら、目が覚めた時には、芽衣ちゃんも、人目を気にしないでリラックス出来るようになってるかも………。フフッ」

 隼人メンターが温和そうな含み笑いを漏らす。芽衣はさっき感じたことを思い出した。この人は、目を細めて優しく笑っている時に、一番コワい人だ。芽衣は何か言おうと口を開いたけれど、頭が重くて、言葉がまとまらない感覚になっていた。子供の頃、プールではしゃいで、家に帰って、アイスを食べようと決めていたのに、ソファーに寝そべった瞬間に爆睡してしまった時のことを思い出す。それは電池が無くなっていくような、圧倒的な睡魔だった。

。。

 目を開けて、芽衣が周りを見回す。まだほとんどのメンバーは、うつらうつらしていた。芽衣の親友、雪乃がいない。おまけに学さんもそこにはいなかった。芽衣が髪と制服に手を当てて、身だしなみを整える。何人もの男の人たちがいる場所で眠るというのは、滅多にないことだった。ふと自分の手の甲を見る。かすかな違和感を感じて、両手をクルクルと、手首を回しながら手のひら、手の甲を順番に見る。どことなく、透明感を増したような………。いや、かすかに、手の向こう側の景色が、芽衣の両手を透かして見えるようだ。膝を見る。よく見ると、床の木目模様が透けて見える。気持ち、体が軽くなっているような気もする。芽衣は自分自身を確かめるように、立ち上がってみた。

 ボンヤリと周囲を眺めていた啓吾さんが、芽衣の方を向いて、オヤッという顔をする。

「………セーラー服が浮いてる……………。まだ、疲れがとれてないかな」

 瞼を閉じた啓吾さんは、親指と人差し指で、両目の瞼をグリグリした後で、椅子にもたれかかるように、また仮眠する。じゃっかん、棒読みのような喋り方だったのが気になったが、芽衣は自分の感覚と、今の啓吾さんの言葉を照らし合わせて、総合的に理解した。

(私…………。透明人間になってる…………。)

 芽衣がエントランス近くの鏡まで駆け寄って、自分の姿を確かめる。確かに、鏡にはセーラー服と紺の靴下、そして靴だけが映っていた。

(…………さっき、隼人さんが、人目を気にしないで良くなるって言ってたのって、こういうこと? ………ちょっと、直接的過ぎない? …………透明人間………とな………。)

 芽衣は迷って周りをキョロキョロする。心の中では、何かの感情がムクムクと湧き上がって、芽衣を突き動かそうとしている。………これは、悪戯心だ。…………芽衣は散々迷ったあげく、悪戯心に背中を押されるようにして、観葉植物のかげに身を隠すように立つと、セーラー服のスカーフに手をかけた。

(ホント私、何してんだろ…………。………でも、こんな機会も、一生のうち、一度しかないかもしれないし………。透明人間って…………。目の瞳孔とか眼底とか、どう機能してるんだろ………。ま、いいけど。)

 喫茶ダイニングの片隅で、女子高生がセーラー服を脱いでいく。靴下も、白いブラもショーツも脱ぐ。裸になった芽衣には、冷房の効いた店内は、どうもスース―する。足音を立てないように、忍び足で皆のもとに戻っていく。無意識のうちに、腕で胸を隠している。

 仮眠を取ろうと、椅子の中で何度も姿勢を変えたり、脚を組みなおしている、啓吾さんの近くまでいくと、芽衣はふと思いついて、啓吾さんの頭に顔を寄せる。啓吾さんの頭は、頭頂部のあたりがちょっと薄くなっている。近づいて見ると、つむじが大きくなって、ミステリーサークルのようになっていた。

(ちょっとここ、前から気になってたんだよね…………。……失礼します………。)

 芽衣が人差し指をソロソロと近づけて、啓吾さんの頭の、毛が生えていない地肌の部分をツンツンと触る。手や腕とは違う、肌の感触だった。

「………ん…………」

 目を開けた啓吾さんが、振り返って見上げる。人差し指を立てたまま、全裸の芽衣が身を縮める。目が合ったような気がしたが、啓吾さんは溜息をついて仮眠に戻った。やはり、芽衣の姿は見えていないようだった。

(誰も私の行動に気がつかない。………私だけの時間だっ。)

 芽衣は小さく拳を握って、次の相手に悪戯を仕掛ける。さっき芽衣の恥ずかしい秘密を次々と暴露させた、隼人メンターだ。楽な姿勢で座って、瞑想しているように目を閉じている隼人さんの前まで来ると、芽衣はアッカンベーをしてみせた。隼人さんが何かの気配を感じたのか、ゆっくりと目を開く。最初のうちはビクビクして身を縮めた芽衣だったが、隼人さんも穏やかな視線を彷徨わせているだけで、芽衣に気がついていないようだったので、茶色のサラサラヘアーを息でフーっと吹いて、乱してやった。それでも何も気がつかない様子のメンター。芽衣はどんどん大胆な行動をしてみたくなる。少し迷った後で、メンターに背中を向けると、お尻を突き出して、ペチンペチンと叩いて見せた。ちょっと俯いた隼人さんは肩を小刻みに震わせる。それでも、芽衣の体は見えていないようだ。

(音も聞こえてない? …………じゃ、私に気がつかない………って、念じながらだったら………。)

 芽衣の好奇心はもう抑えられない。隼人さんのオデコの前で指を構えて、デコピンをお見舞いしてやる。隼人さんはちょっとだけ顔をしかめたけれど、やっぱり気がついていない様子だった。オデコには赤い点が出来たけれど、周りを見回しているだけだ。

 次に肩を寄せ合って、小声で何かを囁き合っている、大雅マスターと里奈さんの前に行く。裸の芽衣は、大雅さんの目の前でしゃがみ込んで、肘を膝で支えながら頬杖をつく。細身で髭の美形オジサンの顔をマジマジと観察した。

(やっぱり、格好いいよな~…………。いつもだったら、こんな近くから、ジロジロ見られないから、………しっかり拝ませて頂きます………。里奈さんは良いなぁ………。こんなに綺麗な顔の男の人とお付き合いしてて………。………………ま、陸都も…………負けてないと…………思う…………けど………。)

 芽衣はふと思いついて、(気づかないで)と念じながら、大雅さんの股間に手を伸ばして、ズボンの膨らみに触れて、チノパンの生地の上から擦るようにナデナデしてあげた。

(里奈さんのためにも………。ここ………早く、元気にしてくださいね………。)

 芽衣は左手で頬杖をついたまま、右手で大雅マスターのアソコを、イイコイイコと撫でてあげる。マスタは―少しだけ腰を引いたような気がしたが、芽衣はまだ手を離さない。

(ほんとに………元気にならないのかな? …………伊吹とか、すぐにビンってなるけど………。)

 芽衣の手つきが撫でる仕草から、掴んで揉むような動きに変わる。それでも柔らかさはあまり変わらないような気がする。その動作を続けていると、ビキッと音がしたような気がする。見上げてみると、マスターの隣で足を組んで話している里奈さんのコメカミに、血管が浮き出ていた。

(里奈さん…………。さっきの秘密………。すっごくビックリした…………。けど、………何か、事情があるんだよね? …………軽蔑とか………しないよ………。)

 芽衣が立ち上がって、今度は里奈さんの頭をナデナデしてあげる。里奈さんの表情が、硬い笑顔から、一瞬だけ泣きそうな雰囲気を見せる。彫りの深い、美形の里奈さんが、意外に子供っぽい、あどけない顔を見せる。芽衣はそんな里奈さんの頭を、自分の小ぶりなオッパイで包むようにして抱きかかえた。

(………オッパイ………と言えば…………。そうだ、こんなチャンス…………。失礼しますね………。)

 芽衣が服の上から、里奈さんのドーンとした立派なバストを揉ませてもらう。ハリのある、外人モデルさんのような、ダイナミックなオッパイだ。持ち上げるようにして揉むと、両手でも持て余す。こんな美人さんがこんなオッパイを持っていたら、沢山の男の人たちと不謹慎な行為に及んでいても、仕方がないのかもしれない。芽衣は指先で里奈さんの体のラインをなぞるように触る。クビレと起伏のある曲線美。このカラダは、何というか、治外法権な気がする。日本人離れしたプロモーションというよりも、治外法権………。

 散々揉ませてもらったあとで、両手を合わせてお辞儀をした芽衣は、最後の椅子を見る。伊吹が寝ている席だ。芽衣は助走の距離を取るために、反対側へ2メートルほど、スキップして離れる。そして全裸のまま両足を肩幅まで開いてグッと力をこめると、勢いをつけて側転をしてみせた。太ももが大きく開いて、宙を舞う時に、アンダーヘアーが風を受けてそよぐ。普通だったら絶対しないような、裸でのアクロバットな動きだった。

 見下ろしたソバカスの予備校生の寝顔は、見ようによっては芽衣よりも年下のようにも映る。けれど、この顔で、気の弱そうな雰囲気を醸しながら、毎晩、芽衣の体に忍び込んで、1人エッチさせていたとは…………。さっきの怒りが、またフツフツと湧いてきた。

 眼鏡を外して、デコピン1発。2発。お見舞いしたあとで、眼鏡をかけ直してあげる。まだ憎らしかったので、二の腕のあたりをギュッとツネッてやった。さっきの伊吹の秘密をもう一度思い出す。鏡の前で、今と同じように全裸の芽衣の体を、芽衣の意識が寝ているのを良いことに、好き勝手、弄り回していた。芽衣のことを可愛い可愛いと褒めながら、体の色んなところを、愛でるように、撫でさすりながら………。

(最近、変な夢見ることが多いと思ったら…………。伊吹が入ってきて、1人エッチしてたなんて…………。あんなに…………私の裸、見ながら…………。褒めながら………………………。)

 芽衣は椅子に座って仮眠をとっている、スピリチュアル・パートナーの前で、全裸で立ち尽くしている自分を意識する。振り向くと、お尻からキラキラ光っている尻尾が今も伊吹と結ばれているのが、うっすら見える。

(伊吹って………、ホントに私の体、好きだよね…………。…………変なの。こんな貧弱な、幼児体型………。)

 さっきベタベタ触らせてもらった里奈さんの体と比べて、とてもつまらない裸のように思える芽衣のカラダ。その体を、伊吹の膝を跨ぐように乗って、押しつける。抱っこの体勢になる。

(なんで貴方、私がそんなに好きなの? ……………こうされたら、本当に嬉しいの? 他にも、もっと、綺麗な人とか、オッパイ大きい子とか、いるのに。)

 伊吹に(気づかないで)と念じながら、芽衣は覆いかぶさるようにしてオッパイを押しつけた。押しつけた乳首を伊吹の頬っぺたでコネくるようにして、芽衣の「遠慮の塊」を右に左にと擦りつける。

「確かに、…………最近、ちょっとだけ大きくなってる……かも……。ブラもキツくなって、新しいの買ったよ」

(白ばっかり………。………君のせいだぞ………。)

 芽衣は一番恥ずかしいことは口にしないで、心の中だけで考えた。透明人間。音も感触も気づかれないように出来る。芽衣はお店の1階で、他のメンバーたちもウトウト、ボンヤリしている中、堂々と伊吹に唇を重ねた。

(…………ゴメン………)

(………へ?)

 尻尾から、何かが伝わってきたような気がして、芽衣はキスを止める。

(ゴメンっ、芽衣ちゃん…………。もう無理だ、バラします。…………見えてるんだ。)

(…………………ハイ?)

 裸の芽衣が、無邪気な笑顔で、首を傾げる。

(芽衣ちゃんが透明人間になったんじゃなくて、芽衣ちゃんがそう思うように暗示が入っただけなんだ。みんな、気づかない振りしてるだけだよ…………。ゴメンっ。隼人さんが、芽衣ちゃんが吹っ切れるきっかけになるっていうから…………。)

「ぶーーーっ」

 里奈さんの噴き出す音がする。隣の大雅さんも、申し訳なさそうに肩を揺らしていた。

「芽衣ちゃん………。可愛い………。ヒーッ」

「これは一般の人たち相手には、普通に実現可能な技法だよ。ちょっとシミュレーションしてもらったというか…………。それはいいけど、芽衣ちゃんって、人生の要所要所で、テンションがマックスになると、なぜか側転するよね。普段はそんな活発な子じゃないのに………」

 啓吾さんが椅子から転げ落ちて笑う。隼人さんは一生懸命冷静さを保っているに、要らない分析をしてくれる。芽衣は伊吹の体を突き放すようにして立ち上がって、ワナワナ震えていた。耳まで赤くなっているのが、自分でもわかる。

「透明人間になったと思ったのに……………。みんな、見えてない振りしてたの? ……………最悪っ。最悪ですっ」

「透明人間になったと思って、自分を思いっきり解放しようって、暗示をかけたんだ。………緊張ほぐれるかなって、思ったら、意外と積極的に動き回るから…………。途中から苦しくて…………。ゴメン」

「は~ぁっ。………みんな、芽衣ちゃんのこと、大好きだから、気にしないで…………。ひーっ」

 里奈さんは涙を拭いて笑っている。そんな彼女に怒りをぶつけたかったが、つい今しがた、彼女の目の前で、彼氏さんの股間を触っていた自分を思い出す。どこにも怒りのやり場がない。芽衣は悔しさと恥ずかしさをぶつけるように、猛ダッシュで観葉植物の裏側まで回って、セーラー服のブラウスを着こんだ。ブラとかキャミとか丁寧に身につけている場合ではない。ファスナーもスカーフもきちんとしないうちに、ショーツに手を伸ばす。大慌てで服を着ようとした。

「あれ? …………芽衣ちゃんどうしたの? お着換え?」

 呑気な声が、階段から聞こえる。少し赤い顔をした、雪乃が2階から降りて来るところだった。

「どうしたもこうしたも………。雪乃は………。何してたの?」

 いつも、2階を使っていたのは芽衣と伊吹のペアだった。今日は珍しく、雪乃が1階に降りて来る。そして見上げると、ニヤニヤしながらドアを閉じている、学の姿が見えた。

「何してたって…………。ほら…………。診察だよ」

 雪乃が照れたように赤面しながら、ニッコリ微笑む。芽衣は両膝を少し曲げ腰を落として、スカートをグッと引き上げながら、怪訝な顔でさらに質問する。

「診察? ………誰が?」

「誰って……………、お医者さんに、決まってるじゃん。…………芽衣ちゃんも診てもらう?」

 雪乃はモジモジしながら両手で自分の頬っぺたを包みこんで、1階まで降りてきた。後から降りて来るのは、ニヤけ面の大学院生。もちろん医師免許何て持っていないはずだ。イヤらしい感じに自分の指を鼻先に近づけて、クンクンしながら、芽衣にウインクをした。ゾッと背筋が寒くなる。

「私は………、やめとくよ………。元気だし」

「レントゲン検査も要らないよね。…………透けてるから」

 まだ笑いの余韻を残しながら、お腹を撫でている啓吾さん。芽衣は顔にシワを寄せて睨みつけた。

(おぼえておいてくださいねっ。いつか絶対に仕返しするから。みんなですよ。………どいつもこいつも………後悔してもらいますよっ。)

「芽衣ちゃん、診察してもらうんだったら、お洋服は、慌てて着ないでも………」

「あー、もうっ! みんなウッサイっ」

 無邪気に芽衣の肘を摘まもうとする雪乃の手を振り切って、さっきまでいた、伊吹の席まで突進する。セーラー服のブラウスと、白いショーツだけを身につけた姿で、NASC武蔵野のメンバーたちの間を突っ切って、川辺伊吹の座る場所まで駆け寄る。

「アンタはこっち!」

 乱暴に伊吹の腕を掴むと、引っ張って2階へ向かう。恥という恥は今日一日でかき尽くした気分の吉住芽衣は、完全に振り切れたような心境で、伊吹を連れて階段を上がる。慌てて後ろを駆ける伊吹に、ここで丁寧な説明なんてするつもりはない。みんなして、寄ってたかって芽衣のことをからかって、弄ぶのだったら、芽衣にだって考えがある。遠慮も配慮も全部吹っ飛ばして良いのだったら、芽衣にもやりたいことはあった。

 2階のドアを勢いよく開くと、部屋の中には、少し甘酸っぱい、生々しい匂いが充満していた。ベッドを見るとシーツにシワが寄っている。ソファーもいつもと違って、端っこにクッションが置いてあった。芽衣は壁側を指さして、「んっ」とだけ言う。それだけでも意図は伝わって、伊吹は芽衣を背に、壁側に体を向けた。さすが尻尾で繋がっているパートナーだけのことはある。芽衣は、今更だけど、伊吹がこちらを振り向いていないことを確認しながら、ブラウスを脱いで、ショーツも下ろしていく。

(伊吹も脱ぎなさいよ。………レディーに失礼でしょ。)

 今日あった、恥ずかしい出来事の釣る瓶打ちを跳ね返すためか、彼氏の陸都にさんざん「お姫様扱い」してもらったせいか、芽衣は少し上から目線で、伊吹に指示をする。伊吹はオドオドしながら、服を脱いでいく。こういう時に限って、生地が固めのジーンズは、脱ぐのに手間取ってしまう。

(全部脱いだら、こっち向く。…………あんまりジロジロ見るのは駄目だよ。)

 裸になった芽衣と伊吹は、1.5メートルの距離で向かい合った。どうしても恥ずかしさが先立って、芽衣は自分の胸や股間を隠したくなるが、ソワソワする腕に言い聞かせるようにして、体の横につけて、「きをつけ」の姿勢になった。

『どうせ………。何回も何回も、私の裸とか、見て来たんでしょ………。私が寝てるうちに、ナカにも入って来ちゃったりして…………ヤラシイ………。』

 芽衣が、俯き加減だった赤い顔を上げて、伊吹をニラむように見上げる。伊吹は罪悪感から目を逸らしたかったが、芽衣の裸からまだ目を離せられずにいる。

『ゴメン…………。でも、あれも、オナニー禁止されたまま、寝かかってる時とかに、ほとんど無意識で、ほとんど不可抗力で芽衣ちゃんの体に行っちゃってて………。』

『言い訳しないでください………。とにかく………。事実として、伊吹は、私の体も心も、熟知してるんでしょ。………私の知らないとこまで………。』

『…………まぁ………。問題集作れるくらいには………。』

『作んないでよっ…………。そうじゃなくて………。私、………この前、陸都と最後までいったの。』

『………うん、知ってる。一昨日には血も出なくなって、痛みも無くなったよね。』

『この前は………何っていうか、私も陸都も無我夢中で、何にも気にしてられないような感じだったけど、………これから、もうちょっと冷静に、………するんだと思う。』

『……………はぁ………。』

『そんな時に、私が陸都に幻滅されるような、変な反応とか、変な顔とかしてないか…………。貴方が私のこと一番わかってると思うから、試して、………調べてよ。』

『………ん、それはいいけど…………。でも、いざとなったら、芽衣ちゃんは陸都君の感情だって………。』

『それを出来るだけしたくないから、こんな恥ずかしいお願いしてるんでしょ………。私は、マナブさんとか、ケイゴさんとかと違うって、自分で思っていたいの。………結局はやってることは同じで、自己満足のためのコダワリなだけかもしれないけど。私は、初めての大事なお付き合いを、出来るだけ出来るだけ、真剣なものにしたいの。』

『そのために………僕と……する?』

 まだ少し迷いを見せる伊吹に返事をするかわりに、芽衣は尻尾で伊吹の尻尾をギュッと握りしめた。

「スピリチュアル・パートナーなんでしょ?」

 芽衣が口に出すと、伊吹が抱きついてきて、その口を自分の唇で塞いだ。舌が入ってくる。オトナのキスだ。芽衣は両手で押しのけたい気持ちが一瞬湧いたけれど、迷った挙句にその手を伊吹の背中に回す。伊吹の腕が芽衣の肩の後ろをギュッと抱き寄せると、芽衣のオッパイがムニュッと伊吹の胸板に押しつけられて形を変える。手がサワサワっと芽衣の耳たぶを撫でた後で、首筋をなぞって肩甲骨の間を通り、背中を撫でていく。芽衣は伊吹の指先が体に触れるたびに、ビクッと胸を伊吹に押しつけてしまう。

『耳、首、背筋から…………ここの脇のお腹のあたり………。芽衣ちゃん、いっぱい性感帯があるよ。』

『…………くすぐったがりだから…………。』

『いつもは、くすぐったいだけの場所も………こういう時は、すっごく感じるでしょ?』

『脇腹も…………なんだ………。私、こんなとこに性感帯? ………オッパイとかだけだと思ってた。』

『芽衣ちゃん、いつもオッパイのこと、気にしすぎ、考えすぎ。………ほら、全身のパーツが、もっと触って欲しい、チューして欲しいって、声だしてるよ………。ちょっと触ると、ほら。』

『わわっ……………。私のカラダ……………。………………………エッチ………だ。』

 伊吹が膝立ちになる。芽衣は、膝の裏を撫でられると、声が漏れて、腰を前に突き出してしまう。伊吹におヘソを舐められると、腰がキュッと後ろに引けてしまう。観察熱心な伊吹の手の中で、芽衣の体は、全ての秘密を解き明かされてしまったかのように思えてくる。顔を横に向けた伊吹が、頬っぺたで芽衣のアンダーヘアーを撫でた。

「ここの毛も、こんなに可愛いのに、………お父さんの髭剃りで剃っちゃったの?」

「…………小5の時………。ママに叱られたんだけど………。今考えると、きっと、最初にパパに気づかれたって、ことだよね………。恥ずかしい」

 伊吹の鼻が芽衣のアンダーヘアーを掻き分ける。口でクリトリスを探り当てられて、唇と舌とで器用に皮を剥かれた。そのたびに、芽衣の腰がビクビクと震える。

『エッチな匂いだよ………。芽衣ちゃんは隠そうと、一生懸命みたいだけど、とってもセクシーで魅力的。魔法の香水みたい。男を元気にさせちゃう。』

『………緊張するとたくさん汗かくから…………。エイトフォー、必須なんだけど。』

『でも、最近種類変えた? ………前は石鹸の匂いだったよね。』

『………今………。エイトフォー・フローラル。』

『陸都君とお付き合い始めた時からかな?』

(……………伊吹とパートナーにされちゃった時からだけど…………。…………………鈍感。)

『ゴメン………。そっか…………。良い匂いだよ。芽衣ちゃんのエッチな匂いと混じって。』

 トロトロに濡れた粘膜の口を開けて、伊吹の指が入ってくる。芽衣の体に入って、入れられる側の感触も体験しているからか、手慣れた雰囲気で遠慮もなく入ってくる。深く指が芽衣のナカを探る。芽衣が反射的に、「あっ……………」っと声を出してしまった。

『もうちょっと………そーっと………。遠慮してよ……。』

『でも、芽衣ちゃんの体は、このくらいの強さが好きみたいだよ。』

『うそっ……ヤダ…………。ホントでも……………。…………困る。』

 伊吹がクスっと笑う。その鼻に抜ける笑い声は、ちょっとだけ隼人メンターの仕草を思い出させて、嫌だった。

『芽衣ちゃんに教えてあげる。………芽衣ちゃんの体の秘密。ちょっと入口近くの、クリトリスの裏のあたりかな? ………ここを………こう。』

 根元まで芽衣の内部に入っていた人差し指と中指を、第2関節くらいまで脱いたあたりで、伊吹が指を曲げてグッと上に圧迫する。芽衣の粘膜の中で固めの部分がグリグリっと押されると、芽衣は目を白黒させて、腰を突き出した。

「あっ…………、えっ? …………駄目っ……………そこっ…………………。わっ……………。オシッコ出ちゃうっ!」

 芽衣がパニックになって悲鳴を上げる。「オシッコ」という言葉を男子に聞かせるのも恥ずかしかったが、それ以上に、急いでやめさせないと、すぐにでも失敗してしまいそうなほど、強い感覚。芽衣は切羽詰まっていた。

『大丈夫、芽衣ちゃん。力を抜いて、僕に身を任せて。芽衣ちゃんのカラダのことは、僕が一番知ってるから。』

「でも…………ふっ……………ふぅううううっ…………出ちゃう…………。うっ……………。ぅぅぅぅぅぅぅうっ」

 芽衣が両手で伊吹の髪を掴んで、体に突き上げてくる快感に耐える。アゴがあがって、天井を見上げた視界が白トビする。オモラシとは明らかに違う、快感のスパークと体液の勢いで、芽衣は伊吹の腕から顔まで、ずぶ濡れにさせた。

「これ、オシッコじゃないよ。芽衣ちゃんは潮を噴いたんだ。女の人でも、こうなる人とそうでない人がいるみたいだけど、芽衣ちゃんは結構、出やすい体質なのかな。いつも、ティッシュで押さえておかないと、カーペットずぶ濡れにしちゃうね」

(………最近、部屋のティッシュの減りが早いと思ったら…………。こんなことに…………、なってたの? 私の体。…………伊吹に教えてもらうのも、なんか悔しい…………。)

『でも気持ちいいでしょ?』

(……………すっごい、気持ちいい………。溶けちゃう……………。って、聞かないでよ、いちいち。)

 伊吹が指を抜くと、芽衣は腰が抜けたように床に両膝をついて、同じように膝立ちになっている伊吹の体に覆いかぶさる。またキスをした。

 一息ついたところで、立ち上がった伊吹が、ハンドタオルを取ってくる。まだ膝立ちで余韻に浸っていた芽衣の目の高さには、起き上がっている伊吹のおチンチンが見える。

「ね………伊吹。ちょっと、こっち」

 芽衣は自分の体を拭いていた伊吹を呼び寄せると、膝立ちのままで自分の小ぶりなオッパイを頑張って寄せてすくい上げて、伊吹の小さめのおチンチンを、精一杯挟み込む。

「私と…………、君のコンプレックス………。………恥ずかしいもの同士だね………」

 芽衣が悪戯っぽく笑って、伊吹を見上げると、彼の表情が変わる。いてもたってもいられなくなったという様子で、芽衣の体に覆いかぶさってくる。

「キャッ…………。ゴメンッ。冗談…………」

 床に体を重ねて、芽衣の体を強引に押すように抱いてくる伊吹。尻尾からビンビンと伝わってくる衝動、欲求。伊吹の我慢の限界が来ているのだ。パートナーがこんなに荒ぶっている時、芽衣がしなければいけないことも、わかってきた。両手を押さえられて、伊吹に見下ろされる芽衣。鼻息が、見上げる芽衣の前髪を揺らすほど、強く吹きかけられている。しばらく2人は沈黙してお互いを見つめていた。

『………いいよ………。初めては………陸都にあげたから………。』

 芽衣が心で思った。また伊吹とキスをした。今度はキスの間に伊吹の腰が動く。膝で、芽衣の膝の間が開かれる。芽衣が力を抜くと、伊吹のモノが芽衣のアソコの中に入ってきた。芽衣の内側の襞が伊吹を迎え入れるように握りしめる。伊吹が腰を動かすと、同時に芽衣も腰を押し出した。2人の精神体が尻尾で結ばれた瞬間から、こっちでも繋がることになることは、本能でわかっていた。そう思わされるほど、伊吹のおチンチンが芽衣の大切な場所に入っていることが、自然なことのように感じられた。朝の深呼吸が体中の細胞に美味しい酸素を行き渡らせるように。笑いながら走ったあと、喉が体が冷たい水を求めるように、ごくごく当たり前のように、芽衣のヴァギナが、子宮が、伊吹のおチンチンを求めていた。呼んでいた。それがわかっていたから、芽衣は急いでヴァージンを、最愛の恋人である陸都に捧げてきたのだ。

 芽衣は陸都が大好きだ。恋人として毎日ドキドキしていて、陸都の表情や仕草に一喜一憂して、陸都のことを考えて悩んだり、はしゃいだりしている。

 伊吹は、もう芽衣の一部だった。自分の首を、尻尾を、切り離せないように、芽衣から伊吹を切り離すということは出来ない気がする。だからこんなに乱れても、こんなに緩み切った、はしたない顔を見せても、こんなに恥ずかしい声を聞かれても、芽衣は気にすることなく伊吹と繋がり合う。気持ち良くて、気持ち良くて、何にも気にならない。2人が離れていることが、遠慮していることが不自然なのだ。だから自然を求めて、腰を打ちつけ合う。そうしている間に、頭の中が真っ白になって、声の響き方も変わっていて、部屋がグルグルと回って、爆発するようにお店が吹き飛んで、芽衣と伊吹が繋がったまま、空に投げ出される。雲を突き抜けて、どんどん上昇していくうちに、空が夜のように暗くなって、太陽がギラギラと眩しい光線を放って、2人は成層圏から、地球から、そして太陽系から放り出される。

 完全な無音状態から、抜け出したのを知らせるように、芽衣は自分の呼吸音の反射を聞く。音の響き方は、少し変わっている。硬質だが広がりのある音の返り。芽衣は頭を起こして、辺りを見回す。

 ギリシャの神殿のようなデザインの白い部屋に、芽衣と伊吹は寝そべっていた。まだ下半身は繋がったまま。伊吹はスヤスヤと寝ている。腰を浮かしてそーっと伊吹のモノを抜くと、芽衣の顔が赤くなるほど、彼女のアソコから、伊吹の精液と芽衣の愛液とが混じり合った、粘性の液体がトロトロ流れ出した。いつまでも垂れ続けるのかと途方にくれるほどの量だった。

 神殿のような柱と壁の間に、くりぬかれたような窓。そこから見える景色は、SF映画で見たことがある、宇宙の様子だった。いや、もっとカラフルだ。宇宙は真っ暗な中で星がただ、明滅もしないで光っているのだと思っていたが、芽衣が目にした宇宙は、紫色や紺色、オレンジ色のオーロラのようなグラデーションがたちこめて波打つ、色彩が深くて豊かな空間だった。

「あれって…………、太陽系? ……………水…………、金…………、地火木…………。なんか、遠近感も、勉強したのと、違うような…………」

 芽衣が、放心したように指をさして、自分に問いかける。声を出すと、またいつもと違う、硬質な音の広がり方をした。窓に寄ろうと立ち上がると、フワッとそのまま浮き上がりそうになる。重力が弱くて、芽衣は水中を漂うような足取りで、窓辺まで移動した。窓から見えるのは宇宙空間。そこにある公園のような浮島と、石造りの建物。その中に自分がいた。浮島には芝生が生えていて、公園のように整備もされている。10メートルほど離れたところには噴水も見えた。水は出ていないが、小さな池になっていた。島自体が柔らかく光を放っている。空気も、水も、弱い重力もあるようだった。

 芽衣は裸のまま、窓辺に両肘をついて、重ねた手の上に自分のアゴを置いてボンヤリする。シンプルにいうと、途方に暮れていた。

「うわっ…………何? ………僕、死んだ?」

 部屋の中央の方から、目を覚ました伊吹の声が聞こえる。芽衣は振り返ると、ビクビクして辺りを伺っているスピリチュアル・パートナーに、声をかけた。

「なんか………、宇宙………。来ちゃったみたい」

。。。

 芽衣が先を行こうと足を進めて、バランスを失ってまた浮き上がってしまう。両腕でクロールのように宙をかいて、体勢を整えようとするのだが、芽衣の体は斜め前方上空へ浮かび上がりながら、クルクルと回転してしまう。後を追う伊吹が、尻尾を縮めて芽衣の体を引っ張る。伊吹の体も同時に引っ張り上げられる。苦労しながら、伊吹は芽衣の手を取った。2人で手を繋いで、尻尾も繋がった状態でフワフワと移動すると、ゆっくりと体が沈んでいく。やっと爪先が草の上についた。

「ここ、宇宙? …………私たち、窒息もしてないし、宇宙線で焼かれたり空気圧のないところで破裂したりもせずに、宇宙空間まで飛び出ちゃったの?」

「太陽系の外ではあるみたいだけど………。物理的にはこんな小さな島みたいな星に草が生えてて池があって、神殿だけあるなんて場所、考えにくいから………。精神体の次元にだけ存在しているのかな? …………ここから見える宇宙も思ったよりカラフルだし、遠近もちょっと歪んでる気がする。………それに、耳を澄ますと、星の音とか聴こえてくるよね?」

「………ほんと………。歌ってるみたい…………。でも、島の精神体って、どういうこと? 肉体や物質も持たない、単体の精神体なんてあるの?」

 滞空時間中のバランスのとり方を覚えてきた芽衣と伊吹は、島をフワフワと跳躍しながら調べる。池を越えて、神殿が小さくなるくらいまで進むと、1頭の牛が牧草を食べている場所があった。この島で、芽衣と伊吹以外の生き物を初めて見た。いや草も生き物だと考えると、牛くらいいてもおかしくはないのかもしれない。それでも、上空を見上げるとカラフルな星空。太陽系も見える。ここで大きな乳牛らしき、草食動物が、呑気に草を食べているのは、やはり異様なことに思えた。

「芽衣ちゃんは物体と振動とか波動を、分けてとらえているかもしれないけど、僕がちょっとかじった量子力学とかの世界で言うと、どうもそれってサイズの問題でしかないみたいなんだ。僕らの体とか、物体も、限りなく拡大して見ていくと、小さな粒子が運動して、原子とか分子とかを作ってる。たぶん円運動だって波形が半円で逆位相と相似する波だってとらえると、物質も結局はより細かい粒子の振動なんだ。モノがナミを作ってるだけじゃなくて、ナミがモノを作ってもいる。無限に拡大して見ると、静止しているように見える硬質な物体も、実はほとんど運動で成り立っているんだ」

 芽衣の精神体は、手を握っている相手をマジマジと見つめる。

「伊吹って………。そんなに物知りなのに、どうして浪人してるの?」

「………それ今聞く? ……………色々あるんだよ」

 目を逸らす伊吹。芽衣はそれでも、スピリチュアル・パートナーの横顔をしばらく眺めていた。

 何か、大きなヒントを貰ったような気がする。芽衣は自分の精神体がもっと早いスピードで、高くまで飛ぶことを想像する。そして同時に信じる。この精神体は、自分の肉体から沸き上がった、頼りない陽炎のような存在ではない。精神体も肉体も、粒子の細かさの違う、物質同士であり、それ自体が一つの振動であり、音なのだと。

 そのことを知覚しただけで、芽衣の精神体の動きはずっと自由に俊敏になる。伊吹の体を引っ張り上げながら、島がバスケットボールほどの大きさになるまで飛び上がる。星は歌っていた。重低音の星、遠くから高い音を重ねてくる星。ハーモニーに変化をつける彗星。そして太陽系もそれに呼応するように歌っていた。

 芽衣は伊吹の体を抱きしめる。

「伊吹のおかげで、本当に自由になれた気がする。………ほら、私たち、宇宙を飛んでるよ」

「すっごい、にぎやかだね。…………綺麗な合唱………」

 芽衣と伊吹。どちらからともなく、抱き合ったままキスをする。2人の飛ぶスピードが上がっていく。

『精神体を使う技法を覚えても、結局のところ皆、やることって、他の人のカラダを自由にしてるだけじゃん…………って、思ってた。それが…………こんなことも出来るんだね。』

『そうだね…………。最終的には、体の繋がりすら、必要ないかもしれない。今、僕、こんなに満たされているよ。…………あと、精神体は自由に形状を変化させることも出来る。さっきの島で2人で会う時には、超巨乳と、巨根の2人として会うことも出来るよ。』

『それは…………、ムナシイ感じもするから、やめとこっか。』

『………はい……。』

 抱き合って、キスをして、尻尾を絡め合いながら、2人が宇宙空間を貫いていく。太陽が近づいてくると、星の共鳴、歌声は一層大きくなったような気がする。

 ピンポンボール大に見えていた地球が、テニスボール、ソフトボール、バレーボールくらいの大きさになる。回転しながら近づいてくる惑星の、青い海と白い雲が、2人を迎え入れた。

『これが、精神の新しい次元なのかな…………。』

 伊吹が呟く。芽衣も考えた。

『体の繋がりが、本当に必要なくなるレベルかも…………。』

 地球儀を回すように日本列島を探し出して、芽衣と伊吹が降りていく。武蔵野の喫茶ダイニングの屋根を擦り抜けて、2階に降り立った2人は、物凄い格好で下半身を結合させたまま、スヤスヤ寝ている自分たちの肉体を見た。

「………一応、肉体も繋がってはいるみたい………」

 伊吹が頬っぺたをかく。

「…………なんだよ………。肉体の結合も必要ないとか、格好イイこと、言ってたのに………」

 芽衣が残念そうに、恥ずかしそうに呟いた。

 2人の精神体が肉体に収まると、ムクっと起き上がる、芽衣と伊吹。そそくさと後片付けを始める。ティッシュとタオルで体を拭いて、フロアに飛び散っている生々しい液体も掃除して、シャワーを浴びる。時間もないので、一緒にシャワールームに入る。芽衣は伊吹に背を向けて、体を洗った。今更体を隠したところで、意味も無いかもしれないが、どうしても、現実の世界で伊吹と裸で向き合うというのは、避けたかった。

 さっきは芽衣からお願いして裸で向き合って、芽衣のカラダのことを色々教えてもらった。それから2人でエッチをして、気がついたら太陽系の外に飛んでいた。そこで精神波をさらに自在に操作するヒントを得たように思った。それでも、現実の世界に戻ると、それはそれで、現実の世界の常識と道徳観念が芽衣の心に戻ってくる。ひょっとするとそれらは、芽衣をこの世界に繋ぎとめてくれる、錨のような存在なのかもしれなかった。

「…………ね、僕ら、…………エッチしたら宇宙に飛んだよね? …………あのさ、さっきの牛…………。神様だったり、なんかして…………」

 芽衣の背中をシャワーで流してくれながら、伊吹が我慢できなくなって、口にする。

「…………それ言うと、私たちオカシくなったって思われるかもしれないから、………一応、黙っておこっか?」

 芽衣が顔だけ後ろを振り向いて、伊吹に答えた。

 スピリチュアル・パートナーの2人は、力のない、微妙な笑顔を浮かべて、頷き合った。

<第5話につづく>

2件のコメント

  1. 読ませていただきましたでよ~。

    啓吾さんと学くんの秘密をもっとw
    里奈さん来たかと思ったら、これ操られてるのではなく自分から差し出してるんでぅね。健気だなぁ。
    大雅マスターそんなに思われてて幸せものでぅね。

    それにしても後半は宇宙に飛んでったり、精神世界は何でもありでぅね。
    そのうち刻が見えるとかいい出しそうでぅw
    まあNTに限らず肉体から開放された精神が何でもありっていうのはどの創作作品でも割とある話でぅけど。

    後、みゃふは割とワガママにいいたい放題言ってるので、正直話半分で無理にシーンを作らないでもいいでぅよ。
    もちろん、そう言うシーンが有ったほうが嬉しいのでぅけれど、みゃふはまあまあ雑食なので絶対に肉体操作じゃなきゃ駄目ってわけでもないのでぅ。
    永慶さんのお好きに書いてくださいでよ。(いつかのように最初からみゃふを狙って書いてくださるのならそれはそれで歓迎でぅけどw)

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~。

  2. 読みましたー!

    大雅マスターの性格、好きです。
    力の使い手として、悪いことをしたという自覚は与えつつも、「力を使うな」とは言わないあたりが匙加減ですね。
    多分、本人が自覚しているかは別として、隼人メンターとの役割分担でうまくNASCが回っているんじゃないかと思います。

    しかし、イニシエーションと称しつつ完全にセクハラ三昧なのはいかにもカルト教団という感じですね。
    (思い出すのは一世を風靡したオ〇ム真……げふんげふん)

    そしてとうとう精神が宇宙へ!
    ソウルホッパー・ケンでは集合無意識にアクセスしていましたが、それがよりダイナミックになった印象を受けました。
    あと2話の予定ということは、さらに先のステージもあるのか!?

    次回も楽しみにしています。

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