傀儡の舞 1-3

(21)

 夕方ホームルームが終わると、鈴菜はすぐに教室を出ようとする。

「鈴菜ぁ、今日もリハビリか?」

 まだ部活が始まるまで、少し時間があった。早夜子は自分の席に座ったまま、クラスメイトと雑談していた。そのまま首を伸ばして、鈴菜の方に話し掛けてきた。陽気な早夜子は、いつも話の輪の中心になる。

「うん、そうなの」

 ぎこちなく、鈴菜は笑う。

「大変だな、鈴菜は。それじゃまた部活の時にな」

「うん」

 そう返事をして、鈴菜は廊下に出る。しかし体育館には向かおうとはせず、別棟の建物へと歩いていった。

『やっぱり今日も、ここなのね』

 自分で歩いておきながら、どこへ向かうのか鈴菜にもわからない。鈴菜の足は、自分の意志に関係なく歩いているのだ。しかし予想はできていた。最近は毎日、同じ場所へと歩かされていたからだ。信じていたコーチに陵辱された、あの日から。

 そこは旧校舎の棟だった。新校舎ができた現在は、部分的にしか使われていない。人影も少ない古い建物の一室に、『新体操部資料室』と書かれている部屋があった。元々は放送室として使われていた場所だが、今はコーチが学園から借り受けた個室になっていた。

 その扉を、ゆっくり開ける。奥の壁際に、無数のコンピューター機器が整然と並んでいた。新体操の指導にどうしてこんなに機械が必要なのか。普通はわからないだろうが、鈴菜には理解できる。これは、自分のマイクロマシンを制御する為に必要なのだと。

「来たか」

 コンピューターのディスプレイを見ていたコーチが、向き直る。値踏みするように、鈴菜を見た。

「扉に、鍵をかけろ」

 途端に鈴菜の体は反応し、内側から鍵をかけた。鈴菜は文字通りコーチの言いなりだった。その事を、ここ数日嫌という程思い知らされた。

「くくく。それじゃ鈴菜ちゃんに今日の『餌』を上げようかな。・・・服を脱いでもらおうか」

 鈴菜は顔を背ける。しかし、鈴菜にできる抵抗はそれだけだ。のろのろと鈴菜の両手は動き、緑心学園の制服を脱いでいく。

『いや・・・いや・・・』

 鈴菜の中で拒否の言葉を繰り返す。もう何度も自分の裸は見られたが、それでも、この恥ずかしさには慣れる事はできない。まして自分の意志ではないとはいえ、まるでストリップショーのように自分で服を脱いでいるのだ。
 ストンとスカートが床に落ちた。ブラウスと下着、それに靴下だけの格好になる。ブラウスの間から、ほんの少し股間を覆うショーツが見えていた。薄いピンク色の、清楚な下着だ。着替え途中のような中途半端な格好であったが、鈴菜の美貌と相まって不思議な色気を醸し出していた。
 一つずつ、ブラウスのボタンが外される度に、鈴菜の肌が見えてくる。白いきめの細かい肌だった。全てのボタンを外し終わると、ブラウスを脱ぐ。上下お揃いのピンクの下着だ。着やせするタイプなのだろうか、レオタード姿の時に想像していたよりも、ずっと豊かな胸をしていた。

『学校で、こんな事をしているなんて・・・』

 鈴菜は絶望に包まれる。つい先日まで、自分も普通に学園生活を送っていた。それが、今は全てが暗転した。皆が部活を始めようとしているこの時間に、同じ学校内で犯されるのが習慣になっていた。

 こんな男に屈してはいけない。先生に相談する事も考えた。しかし、それは同時に自分の新体操生命を断つ事につながる。自分はただ乱暴されただけではない。怪しげな機械を己の体に寄生させられ、否応なしに不正行為に手を染めているのだ。こんな事が発覚すれば、全ての大会に出場できなくなるのは確実だ。

 己の全てを打ち込んできた新体操を捨てる。その決断を、鈴菜はできないでいた。この悪魔のような男も、そうした鈴菜の心理を見越しているからこそ、堂々と名乗り出てきたのだ。

 背中に手を回して、ブラのホックを外す。ためらう様子もなく、鈴菜は取り去ったブラを床へ置いた。まだ成熟していない、少女の胸が露わになる。
 女になりきれていない鈴菜の胸は、可憐に膨らんでいた。その先端に、肌より少し色が濃いだけの乳首が恥かしげについていた。コーチの粘りつくような視線を感じたからか、鈴菜の乳首はフルフルと振るえながら少しずつ前にせり出しつつあった。

「・・・」

 鈴菜は自らのショーツに手をかけ、足首まで下げた。鈴菜のヘアは薄いほうだ。かろうじて割れ目を隠そうとするかのように、股間を少しだけ覆っている。

「手を後ろに組んで、胸を張れ。足は肩幅に広げろ」

 足元からショーツを抜きさると、コーチは鈴菜に命令する。それはまるで上官に命令される軍隊のようだ。自分が、全裸でさえなければ。
 何一つ隠すものが無くなった鈴菜の裸体を、コーチは熱心に観察する。恥辱に耐え切れず、鈴菜は顔を背ける。愛撫が始まってしまえば、まだ快楽に身を任せる事もできる。こうして、ただ観察される方が堪らなかった。

「あ・・・」

 いきなりコーチの腕が、自分の股間に差し込まれた。不意に襲ってきた快感に、鈴菜は思わず声を上げた。

「フフ。さすがにインランな鈴菜だな。セックスの期待感で、何もしないうちからこんなにオマ○コを濡らしていたのか」

 わざわざコーチは鈴菜の眼前に、愛液まみれになった指をかざしてみせた。愛液はコーチの指をぐっしょりと濡らし、糸を引いていた。

「そ、それはあなたが操って私の体をそんなふうにしたんです」

 顔を真っ赤にしながら鈴菜は反論する。

「おいおい。何でも都合の悪い事は全部俺せいか?現実逃避も大概にしろよ」

 コーチは笑って取り合おうとしない。確かに体を操作されていると言っても、いつでも全てを操られているというわけではない。口に出して『命令』しているのならともかく、それ以外の時は本当に操られているのか確証などなかった。
 嫌ではあったが、コーチとの情事は自慰とは比較にならない強い快楽である事は鈴菜にも否定できない。この快感が、コーチによってそのように体を改造されたからなのか、それとも生来持っていた淫蕩な血によるものなのか、それは答えが出ない話だ。ただ一つ確実なのは、少なくとも自分の肉体は、この快楽に溺れつつあるという事だ。鈴菜は、流されつつある自分自身に、嫌悪感を抱いていた。

『いっそこんな体から、抜け出してしまえたら・・・』

 ふと、コーチの手が鈴菜の胸に伸びる。軽く触れただけなのに、甘い電気が走り、それが鈴菜を現実へと引き戻す。

「ん・・・あ・・・」

 口から控えめなあえぎ声が漏れた。ここ数日、体は以前より感じやすくなっていた。

 コーチの手が、鈴菜の胸を包み込むように優しく揉む。それだけで、鈴菜は切なくなる。次第に、コーチの愛撫に夢中になり他の事を考えられなくなっていった。

『この人の手、暖かい。どうしてこんなに気持ち良くなってしまうの?』

 鈴菜はよろけて、思わずコーチの胸に倒れこんでしまった。雄の匂いが、鼻腔をくすぐる。まるで、自分からコーチに抱きついたみたいだ。

「おいおい、もうチンチ○のおねだりか?すっかりこれの味が気に入ったみたいだな」

 デリカシーの欠片もないコーチの言葉。その言葉には、鈴菜を嘲笑する響きがあった。

「入れてやるよ。横になれ」

「いやぁ」

 そう言いながら、その場で鈴菜は腰を降ろした。

「嫌と言っても、新体操の為には仕方の無い事なのさ。多少の苦労はしないとね」

 余裕ある態度で服を脱ぎながら、コーチは言った。まるで普通の新体操のメニューを課しているかのような口ぶりだった。

「こんな事、新体操と何の関係もありません。私・・・こんな事を続けてまで、新体操でいい成績を取りたくありません!」

 鋭い視線をコーチに投げかける。そんな表情の鈴菜も、堪らなく可愛らしかった。

「フフ、格好付けるなよ。お前はどんな事をしても新体操でいい成績を取りたいんだろ?」

「違います」

「新体操界の新星さんよ。周りからちやほやされて気持ち良かったか?」

「そんな事ありません」

「もうスランプ状態には戻りたくないんだろ?俺の精液をすすっても」

「こんな事を続けるぐらいなら、うまく演技できない方がよっぽどマシです」

「そうか。それじゃあ今度は体に聞いてやるよ」

 コーチは鈴菜の両足を掴んだ。

「いやぁ」

 コーチの男根が、中へと入ってくる。すっかり濡れていた鈴菜の性器は、それを抵抗なく受け入れる。それどころか、進入を喜ぶかのように、複雑に優しく締め上げてみせた。

「くっ・・・相変わらず鈴菜の中は気持ちいいな」

 快感に上ずった声をコーチは上げる。それが滑稽でもあり、可愛らしくもあった。
 鈴菜はそれどころではない。結合部から競りあがってくる快感に、息も絶え絶えになっていた。

「ああ・・・ん・・・あん・・・く・・・う、動かないで下さい」

 最初の頃は感じていた微かな痛み。それはもう感じない。今、あるのは心を溶かすような強烈な快感だ。
 珍しく、コーチが自分の言う事を聞いてくれた。深々と肉棒を鈴菜の中に差し入れたまま、腰の動きは止まった。その顔には、にやけた笑みが浮かんでいる。この男は優しさから動きを止めたわけではない事は明らかだ。
 腰の動きが無くても、かなりの快感があった。だがその快感に慣れると、鈴菜の肉体はそれ以上の快楽を欲しているのが自分でもわかった。しかし、だからと言って自分からねだるわけにもいかない。自分にできる事は、ただ耐える事だけだった。

「くく、俺はいいんだがな。いつまでもこうしていれば、新体操部のみんなは不審に思うんじゃないかな」

 コーチは助け舟を出してくれた。しかし、それは鈴菜にとって残酷な救いだ。

「・・・動いて、ください」

 恥ずかしさに耐えて、鈴菜は呟いた。

「俺に、動いてほしいのか?」

「はい・・・」

「どう動いてほしいんだ?」

「どうって言われても・・・」

 目を泳がせて鈴菜は口篭もる。

「激しく動かないと、俺はなかなか射精しないんだがな。ゆっくり動いて、たっぷり時間をかけて楽しもうか?」

 この男は、自分に恥ずかしい事を言わせて楽しんでいる。悔しさに、唇をかんだ。しかし、鈴菜にはどうしようもない。

「激しく、してください。だ、出すくらい・・・」

 目じりから、一筋な涙が零れ落ちた。

「鈴菜にそうおねだりされたんじゃ仕方ないな。それじゃあ激しくしてやるか」

 そう言うと、コーチは激しく腰を動かし始めた。不意に襲ってきた快感に、鈴菜は必死で耐える。

「ふぁぁぁ・・・!!ああ!ん・・・!」

 鈴菜は、天井の蛍光灯をぼんやりと眺めていた。視界の隅でコーチの逞しい上半身が見える。二人は呼吸を合わせ、リズミカルに腰をぶつけていた。二人の体液は混ざり合い、淫靡な匂いが部屋に充満する。鈴菜の体は、すっかりセックスに慣れつつあった。

「今日もたっぷりぶち込んでやるぞ。お前の中に」

 荒い息をしながら、コーチは高らかに宣言した。

「いやぁ、中には出さないで」

「どうして?お前の中のマイクロマシンは腹を空かせて餌を待っているぞ」

「だ、だって・・・赤ちゃんができちゃう」

「なんだそんな事か。お前の体は完璧に俺がコントロールしているって言っただろう。いくら射精しても妊娠なんてしない。だから安心して俺の精液を食べな」

「そ、そんな事・・・」

 そう言いつつ、内心鈴菜は安堵していた。

「フフ。逆にいえばいつでもお前を孕ませる事はできるってわけだ。どうだ、七つ子でも八つ子でも産んで、ギネス記録に挑戦してみるか?」

「・・・許して、ください」

 鈴菜は恐怖した。やはり自分の全ては、この男に握られているのだ。

「それはお前次第さ。そら、そろそろいくぞ。たっぷり食えよ!」

 コーチは、一段と腰の動きは早めた。鈴菜の中の男根も、膨張していた。それは暴発寸前だった。

「あん・・・あ・・・ああ・・・!!」

 快感に流されながら、鈴菜の心は悔しさで一杯になる。どうして、自分がこんな目に会わなければいけないのか。何も悪い事などしていないのに。

「出すぞ、鈴菜・・・くっ!!」

「ああ・・・」

 コーチの体が震えた。自分のお腹の中を何か暖かいモノで満たされる感覚。同時に、不思議な浮揚感があった。

「どうして・・・私がこんな事になるの・・・」

 情事の後、快楽の残り火と失望の入り混じった時間。鈴菜の綺麗な瞳から、新たな涙が零れ落ちた。

「どうして?それはお前が美しいからだ」

 コーチは満足げに己の肉棒を引き抜きながら、鈴菜に答えた。

「茶化さないで下さい」

「別に茶化しているつもりはないが・・・。そうだな。お前が瑞希の教え子だからだ」

『瑞希って森永先生の事・・・?』

「これは復讐なのさ。俺は瑞希に恨みがあってね。あいつが大事にしているものは全て奪ってやると決めたんだ。それが、まずはお前というわけさ」

『復讐・・・森永先生への・・・』

 頭の中にコーチの言葉が響く。鈴菜はゆっくりと目を閉じ、闇の中へと体を沈めていった。

(22)
「いやー、今日の有野先輩の演技はすごかったですねー」

 先頭を歩く双葉の声は弾んでいた。

「あ、今日だけじゃないですよぉ。今日も、すごかったです!」

「演技をしたのは鈴菜なのに、どうして蔵本が得意げなんだ」

 後ろで早夜子が呆れている。
 新体操部の部員達は、練習が終わって寮まで戻るところだった。寮に帰ればお風呂と晩御飯、それに自由時間が待っている。現在が一番楽しい時間だ。
 通いの生徒達は下校したようだ。すっかり暗くなったグラウンドの隅の道を、鈴菜達は歩いていく。小柄な双葉の後ろ姿は、スポーツバッグと鞄の影に隠れてしまっていた。

「でも蔵本の言う通り、この頃すごいじゃないか。鈴菜」

「そ、そんな事ないよ・・・」

 力なく、鈴菜は否定する。

「そうそう。だから最近、貴久乃お嬢様の機嫌が悪いのよね」

 ある部員の言葉に、話が盛り上がる。しばらく部員達は楽しげな口調で、貴久乃の悪口を言い合った。高慢な貴久乃は部員達に嫌われていたが、貴久乃の話題で話が盛り上がる事は多々あった。

「・・・」

 話の輪の中で、一人鈴菜は沈んでいる。
 今まではいい演技さえできれば、それだけで気分は晴れた。音楽に合わせて体を動かしていると、嫌な事を忘れる事ができた。しかし今は、どんなにいい演技をしてもうれしくない。それは、自分の体に寄生した忌むべき機械のおかげなのだから。
 あの人の、精液を食べて動く恥知らずな機械。そんなものと同化した自分が汚らしい。

『お前は俺にザーメンを入れてもらって踊る人形なのさ』

 コーチの言葉が甦る。その言葉を否定する気力が、今の鈴菜にはない。

「鈴菜、おい鈴菜ってば」

 少し苛立った早夜子の言葉に我に帰る。

「えっ」

「どうしたんだよ。ぼんやりして」

「あ、ううん。何でもないの」

 鈴菜は、ぎこちなく笑って見せた。

「有野先輩は疲れているんですよ。あんなにすごい演技しちゃえば、疲れるのも当然ですよ」

 したり顔で、双葉が頷く。

「だから、どうして蔵本が得意げなんだ?」

 部員達に笑いの輪が広がる。その中で、鈴菜は陰のある表情を浮かべていた。その横顔を、早夜子は心配そうに眺めていた。

(23)
「ちょっと・・・いいかな?」

 俺は昼休みに、意外な来客を迎えた。ためらいがちに教官室へと入ってきたのは、鈴菜の親友早夜子だった。
 ほう。早夜子の制服姿というのも新鮮だった。いつも男勝りな所がある早夜子だが、スカート姿も悪くない。いつも鈴菜と一緒にいるから見落としていたが、切り長の瞳に、整った顔。十分に美人といえる容姿だった。

「どうしたの?改まって」

 思考を気取られないように、俺は『面倒見の良いコーチ』の顔で早夜子に話し掛けた。

「い、いや。ちょっと相談があって、さ」

 いつもの早夜子らしくない、歯切れの悪い言い方だった。

「何の相談かな?もう少ししたら森永先生も戻ってくると思うけど」

「森永先生がいたら、ちょっと言い難い事なんだ」

 慌てて早夜子が言った。どうやら瑞希がいない時間を見計らって、俺の所へ来たらしい。

「わかった。それじゃ場所を変えようか」

 俺は椅子から立ち上がった。

 俺は新体操部資料室の中に早夜子を招き入れた。

「お茶とコーヒー、どっちがいい?」

 奥のポットの所へ歩きながら、後ろにいる早夜子に話し掛けた。早夜子は不思議そうな顔で、壁際のコンピューターを眺めていた。

「いいよ。もうすぐ昼休みも終わっちゃうし」

 どうやら長居するつもりはなさそうだ。俺は戻ってきて、早夜子に椅子をすすめた。

「何かな?相談というのは」

 まだ、早夜子は口篭もっていた。何か言いにくい事らしい。

「あ、あのさ。今日相談する事は、森永先生には黙っていてほしいんだけど」

 話というのは、瑞希に関する事らしい。

「わかった。誰にも言わないよ」

 俺は早夜子の目をじっと見て、誠実ぶって頷いた。
 信じたのか、早夜子はようやく重い口を開いた。

「・・・鈴菜の事なんだけどさ」
 
「有野さん?」

「うん。最近なんだか鈴菜の様子がおかしくってさ。何かあったのかなって思って」

 俺の背中を、冷たい汗が流れ落ちた。こいつ、一体どこまで気づいているのか。

「・・・どうして、そう思うんだい?」

 俺は勤めて冷静に、言葉をかみ締めるように言った。

「なんだか変なんだ。スランプからようやく抜け出せたというのに、時々塞ぎ込んだりしていて。私にはわかるんだ。鈴菜とは、長い付き合いだから。本当に、もう鈴菜の怪我は治ったのかな?」

どうやら、こいつは俺を疑っているわけではなさそうだ。鈴菜が怪我を再発したのではないかと思い、俺のところに来たようだ。だとするなら、相談した相手が悪い。

「古閑さんも、有野さんの演技は見たと思うけど。どこかおかしかった?」

「ううん、そんな事ない。すごい演技だったよ。でも、だったらなおの事、暗くなるのはおかしいし。・・・だいたい鈴菜は自分から痛いって言う奴じゃないんだ。痛くても、隠して、我慢して。それであの怪我だって」

「あの怪我って、肉離れ?」

「ああ・・・。コーチはどう聞いたか知らないけど、あれは森永先生のせいなんだ。国体の時、団体の部で鈴菜がミスして優勝を逃したんだ。そのせいかその後ハードなメニューを鈴菜に課して。だから、鈴菜は故障したんだ。・・・あいつは誰かが見ててあげていなきゃいけないんだ」

 拳を固めて早夜子は力説する。俺は熱っぽい演説を聞きながら、別の事を考えていた。鈴菜の怪我の裏には、そんな事情があったのか。
 別に瑞希が鈴菜を憎くて故意に怪我させたわけではない。あくまでも熱心な指導の裏返しだったのだろう。しかしそこに、あと一歩で『優勝』という成果を掴めたはずの新米指導者の 失望と怒りがまったくないと、果たして言い切れるだろうか。おそらく瑞希の中で葛藤があるはずだ。俺はこの学園に来て瑞希に再会した時の、その疲れた表情を思い出していた。その心の闇が、この学園に俺という男を呼び寄せたのだとしたら、鈴菜は俺にとって幸運の女神といえるかもしれない。

「有野さんはいい友達を持ったね」

 しみじみ、俺は呟いた。

「でも大丈夫。今は僕がついているよ。コーチとして、有野さんが二度と故障しないように、気をつけているつもりだよ。まあ君達は若いんだから、いろいろと悩みはあるだろうけどね」

 俺は優しく早夜子に話し掛けた。

「そうだといいけど・・・」

「でも何か気づいた事があったら、これからもいろいろ教えてほしいんだ。コーチとして、僕も力になりたいしね」

「うん。わかった。ありがとう、コーチ」

 早夜子は納得したのか、はにかみように微笑んでみせた。

 冷めたコーヒーを、のどの奥に流し込む。コーヒー好きの俺としては、こんなコーヒーは許せない所だが、今は考え事で頭が一杯だった。早夜子の去った部屋で一人、俺はぼんやり校庭を眺めていた。
 俺は少し事態を甘く考えていたのかもしれない。鈴菜に寄生させたマイクロマシンが、想定どおりの動きをしていた事だけで舞い上がってしまっていた。鈴菜達新体操部員の人間関係は密接だ。授業に部活、そして寮生活と、あまり一人になる時間もない。鈴菜自身が誰かに相談しようとしなかったとしても、身近にいる人間が異変に気付く可能性はある。その事をもっと考えておくべきだった。幸い早夜子は俺に相談に来たが、もし瑞希に相談されていたら・・・。

 早夜子を落すか。いや、まだ鈴菜だけでも手一杯なのに、今すぐに対象をもう一人は増やせない。それに、鈴菜の異変に気付くのが、早夜子一人とは限らない。となると、やはり鈴菜を早急にどうにかするしかないが。

 ある考えが、俺の脳裏に浮かぶ。それは、素適なアイデアだ。

「ク、ククク・・・」

 誰もいない部屋に、一人俺の笑い声が響いていった。

(24)
『あ、あれ・・・』

 自分の足の向いた方向に、鈴菜は戸惑っていた。夕方、部活が始まる時間だ。自分の足が勝手に動き出した時、またいつもの陵辱が始まるのだと半ば絶望していた。しかし鈴菜の足は、『新体操部資料室』ではなく旧校舎の階段を上へと登っていく。

『この先は、屋上?』

 新校舎の屋上なら、一般に生徒にも開放されていた。しかし旧校舎の屋上は古くなっている事もあり、立ち入り禁止になっていた。わざわざここへ来ようとする生徒は、誰もいない。
 扉のノブを回して、鈴菜は屋上に出た。そこには見知った男の姿があった。

「よう、来たな」

 コーチは振り返って、鈴菜に言った。コーチはズボンのポケットに手を入れて立っていた。その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。鈴菜だけが知る、この男の本当の顔だ。

「今日は、こんな所でするんですか?」

 屋上には誰もいない。野外で自分を犯そうなど、この男の考えそうな事だ。

「フフ、そんなにしたいのか。だが、今日はするつもりはない。お前に話があるんだ」

 相変わらず、ニヤニヤ笑いながらコーチは言った。予想していなかった展開に、思わず鈴菜は沈黙する。

「鈴菜。お前は俺とのセックスは嫌いか。正直に言ってみろ」

「す、好きなわけがありません」

 即座に鈴菜が返答する。

「この前、お前は言ったよな。こんな事をしてまで、新体操でいい成績を取りたくない、と。今でもそう思っているのか?」

「思っています」

 この男は何が言いたいのだろう。コーチの真意がわからない。そんな事、聞くまでもないではないか。

「だったら鈴菜。一つ賭けをしないか」

「賭け?」

「そうだ。今後一切、俺の方からお前を抱こうとはしない。抱いてほしければ、お前からおねだりするんだ」

「そんな事・・・」

 するわけがない、と言いかけた鈴菜をコーチが制する。

「ただし。俺に抱いてもらわないと、お前は困った事になる」

「困った事・・・?」

 鈴菜の小さな胸の奥で、嫌な予感が渦巻いていた。この男がこんな言い方をする時は、決まっていい事が無かった。

「お前と同化したマイクロマシンの燃料が、俺の精液だという事は以前説明した通りだ。では燃料を補給しなければ、一体どうなるのか。既にお前の体の一部になっているから死滅する事はないが、その活動は停止する」

 なんだそんな事か。内心、鈴菜は安堵した。

「既に寄生しているマイクロマシンが活動を停止すれば、お前の運動能力の何割かは低下する。日常生活には影響ないが、アスリートとして以前のようなパフォーマンスを行う事は不可能になる」

「な・・・」

 鈴菜は絶句した。それでは自分の新体操選手としての将来は閉ざされたという事ではないか。

「ふふ、別に困る事はないだろう。不正な手段を使ってまで、いい成績を取りたくないと言っていたのはお前じゃないか」

「で、でも」

「別に周りからちやほやされる為に、新体操をしていたわけではないのだろう?二流選手として、新体操をエンジョイすればいいじゃないか」

 楽しげにコーチは宣言した。その顔が、悪魔に見える。一体どこまで自分を苦しめればいいのか。
 確かにこんな不正な方法、しかも恥ずかしい方法を使ってまでいい成績を取りたいとは思わない。しかしだからと言って、今まで一生懸命努力してきた成果まで、一方的に奪われるなどあんまりだ。

『でも、自分からねだるなんて・・・』

 八方塞がりの状況に、鈴菜は思わず唇をかんだ。

「ゆっくり考えてみるんだな」

 そう言うと、コーチは鈴菜を残して去っていった。コーチが入り口の扉を閉めるまで、鈴菜はその場に呆然と立ち尽くしていた。

(25)
「お疲れさまー」

「お疲れ様でした」

 元気の良い声が更衣室に響く。話好きな女の子達だ。練習が終わっても、しばらく更衣室で雑談している事もよくある。しかし、今日は大変人気のあるドラマが放送される日だ。毎週欠かさず見ている生徒も多い。部員達も慌てて着替えると、我先にと寮へ戻っていく。

「先輩達は見ないんですかぁ?」

 既に制服へと着替え終わった双葉が、鈴菜と早夜子に話し掛ける。

「ドラマって柄じゃないんだよな」

 早夜子は苦笑しながら、ゆっくりと着替えている。見るつもりはないらしい。

「いけませんよぉ。見ないと明日学校で、話題についていけなくなりますよ」

 なぜか双葉が力説する。

「いいんだよ。ずっと見てないから、今更見ても話わかんないし」

 更にドラマを見るべきだと説得しようとしている双葉を、早夜子は制して言った。

「おい、ゆっくりしていていいのか。ドラマ始まるぞ」

「あ!いっけなーい。それじゃ先輩、失礼します」

 そう言うが早いか、双葉は脱兎の如く更衣室を出て行った。

「ハハ。相変わらずだな、蔵本は」

 隣で着替えている鈴菜に話し掛ける。
 鈴菜は元気がない。早夜子と双葉の会話にも参加しようとせず、ただ黙々と着替えていた。そういえば、練習中からどこか覇気が無かった。いつの間にか、更衣室は早夜子と鈴菜の二人だけになっていた。辺りは静寂に包まれている。

「なぁ、鈴菜」

「えっ、何?」

 驚いた様子で、鈴菜は早夜子の方を見た。

「鈴菜さ、何か悩みとか、あるんじゃないのか」

 早夜子は鈴菜を心配そうな目で見ている。その顔は、少し思いつめた表情を浮かべていた。

「べ、別に何もないよ」

 鈴菜は無理に微笑んで見せた。早夜子に相談しても、どうにかなる問題ではない。この事が公になれば、なまじ新体操で有名になった分だけ自分に好奇の目が向けられるようになる事は、火を見るより明らかだ。賭けの事といい、今は一人で色々と考えたかった。

「いや、思い過ごしならいいんだけどさ。なんだか今日の演技も、凄みがないな、と思ったし」

 鈴菜の笑顔が凍りつく。今日はコーチに犯されてはいない。早速、マイクロマシンの性能は低下し始めたのだろうか。

「ま、最近の鈴菜の演技はすごかったからさ。それに慣れちゃったのかもしれないけど」

 ショックを受けたらしい鈴菜の様子に、早夜子は慌てて言った。

「でもさ。もう隠し事はなしにしてくれよ。鈴菜は痛くっても黙っているんだから」

「うん、わかっている」

 鈴菜の悩みは、早夜子に相談できるようなものではない。しかしそれでも、自分の事を案じてくれる早夜子の気持ちは嬉しかった。

「コーチにも、お願いしてきたしな」

 何気ない早夜子の一言に、鈴菜の心臓が大きく鳴った。

「あの人・・・コーチに?」

「ああ。鈴菜の事だから、怪我の本当の原因、コーチにも話していないと思ってさ。今日の昼休み、コーチの所へ行ってきたんだ。森永先生の厳しすぎる指導のせいで怪我したりしたんだから、コーチも気をつけていてくれってね」

 どうして早夜子は勝手にそんな事をするんだろう。よりによって、あの男に自分の事を相談するなんて。
 鈴菜の中で、早夜子への強い苛立ちが生まれた。
 気をつけても何も、自分が苦しんでいるのは全てあの男のせいなのだ。あの男の気まぐれな命令一つで、自分は破滅する。不用意な行動が、どんな結果になるか、わかったものではない。早夜子の無神経さが、鈴菜を逆撫でした。

 はっと、鈴菜は我に返る。早夜子は知らないから仕方ないのだ。別に悪気があったわけではない。全ては、自分の身を案じての行動だ。

「鈴菜・・・?」

 再び不安そうな目で、早夜子は鈴菜を見つめていた。早夜子に、いつまでもそんな目をされるわけにはいかない。

「ううん、何でもないよ。全然平気だよ」

 鈴菜はもう一度笑ってみせた。会話を打ち切るように、急いで着替えだした。

「そうか。ならいいんだ」

 早夜子は、小声で一人、呟いていた。どこか寂しそうな、そんな口調だった。

(26)
 ベッドで、一人鈴菜は突っ伏していた。内心、落ち込んでいた。
 今日の練習は最悪だった。バランスを取っても安定しない。投げた手具をよく落とす。練習とはいえ、ここまで出来の悪かった事はちょっと記憶にない。

『有野さん。少しは真面目にやったらどうなの?それとも、真剣にやってその程度なのかしら?』

 いつもの棘のある伊勢主将の言葉も、今日ばかりはこたえた。

 コーチから『賭け』を持ちかけられてから、二日が経過していた。それだけコーチに犯されていない事になる。コーチの言っていた、マイクロマシンの能力低下が原因なのかどうか。自分ではわからない。しかしだからこそ、鈴菜はその可能性を払拭できないでいた。

『これからずっとこんな調子なのかな…』

 鈴菜の心に暗雲が立ち込める。正直、どうしたらよいかわからない。途方に暮れていた。

 携帯電話が着信を知らせてきた。それは母からの電話だった。

「もしもし、鈴菜ちゃん?まだ起きていた?」

「うん、起きていたよ」

 母の声に、安心している自分がいた。
 母と最後に会ってから、もう随分時間が経ったような気がいる。実際は、春休みに実家に帰ったはずなのに。それほど、あの男が来てから我が身を襲った不幸は大きかった。

「実はね。この前言いかけた話なんだけど」

 そういえば、この前は母から電話をもらった時、何か折り入って話があると言っていたっけ。

「この前、S大のスカウトの人がうちにいらしたのよ」

「お母さん。私はまだ二年生よ。それに、この学校は大学の併設校だし」

「そう言ったんだけどね。それが、とってもいいお話なのよ」

 鈴菜の人気に目を付けたのは、別に緑心学園だけではないという事だ。新体操が盛んな大学や実業団など、今までも勧誘の話も無いけではなかった。母ははっきり言わなかったが、今回の話はかなりの金額を提示してきたらしい。

「正直に言うとね、お義父さんの会社、最近業績が良くないのよ。S大さんは、会社の取引先まで紹介してくれるって言っているのよ」

『それと私と何の関係があるの?』

 鈴菜は内心苛立った。私が新体操をするのは自分の為であって、義父の為ではない。母の事もあるし、力になれるものならなりたいとは思う。しかし母は、私の事よりも義父との生活が大事なのではないだろうか。母は自分を、新体操する人形とでも思っているのではないだろうか。
 まして自分は今、選手生命の危機に直面している。これ以上プレッシャーがかかるような話は、聞きたくもなかった。

「別にエスカレーター式だからと言って、絶対に併設の大学に進学しなければいけないという訳ではいなのでしょう。だったらS大の話も、真剣に考えてみたらどう?」

「・・・今の私は、新体操の事だけで精一杯なの。将来の事は、今は考えられない。それじゃ、そろそろ消灯時間だから」

 そう言うと、鈴菜は一方的に電話を切った。携帯電話を放り投げ、ベッドに突っ伏す。

『嫌い・・・みんな、嫌い・・・』

 鈴菜は心の中で何度も呟いていた。

(27)
 夏の大会に向け、今年用の演技の指導が始まった。新体操も判定基準が変わったりする。趣向を凝らした演技内容は、高得点を取る前提条件だ。
 瑞希が手本を示し、部員達が後に続く。時折瑞希の厳しい指導の声が体育館に響いた。

「バランスはきちんと止める。体が流れているわよ」

「動きが曲と合っていない。曲のリズムに体を合わせて!」

 部員達の中で、鈴菜は失敗を繰り返していた。双葉達、新入部員ですら簡単にできる初歩の動作も危なっかしい。怪我が治ったばかりという事もあり、最初は大目に見ていた部員達も、今はまたか、とうんざりした表情を隠さないようになっていた。

「どうしちゃったの?有野さん」

 小声で早夜子が同級生の部員に耳打ちされる。

「ちょっと体の具合が悪いだけだろ」

 わざと素っ気無い言い方をして、早夜子は鈴菜を擁護する。

「それにしたって・・・」

 部員は続く言葉を飲み込んだ。早夜子も心配そうな目で、鈴菜を見る。
 一番焦っているのは鈴菜本人だった。必死にいい演技をしようとしていたが、焦れば焦るほどリズム感が失われていった。鈴菜が簡単なターンを三回続けて失敗した時、業を煮やした瑞希は曲を止めた。

「有野さん、やる気はあるの?」

「は、はい。すいません」

 思わず鈴菜は頭を下げた。瑞希が苛立っているのは、その口調だけでわかった。ふぅと、瑞希がため息をつく音が聞こえた。

「ちゃんと村川コーチのリハビリはやっているの?今の有野さんを見ていたら、まだ当分はリハビリを続けた方がいいように思えるけど」

 頭に血が上った。私がこんなに苦しんでいるのに。あの男にへんな物を飲まされ、体を弄ばれている。必死に逃げようとがんばっているのに、この人はあの男の元へ行けと言うのか。そもそも自分があんな男と関わる事になったのは、あの怪我のせいだ。あの怪我は、この人の課した無茶な指導に従ったからではないか。

 あの人は復讐だと言った。森永先生への復讐なんだと。そんな事で、どうして自分が犠牲にならなければならないのか。

『私は、この人のせいで苦しんでいる』

「有野さん?」

 身動き一つしない鈴菜を不審に思い、瑞希が声をかけた。しかし、鈴菜は返事をしない。

 この人にとって、いやこの学園にとって、自分は新体操をする人形なのだ。私がどんなに苦しもうと、関係ない。人形の心を思いやる人間などいない。もう踊る事などできないのに、踊れと言う。いや、母親だって一緒だ。母親は自分より『おじさん』との生活を選んだ。その生活を守る為に、私にS大へ行けと言う。ひたすら自分の欲望に忠実なあの男と、自分の周りにいる人たち、一体何が違うというのだろう。皆、自分の利益や欲望の為に、私を利用しているだけではないか。

「・・・何も知らないくせに」

 思わず自分が言った言葉に、一瞬鈴菜ははっとなった。しかし次の瞬間、怒りが全身から噴出した。

「えっ有野さん、今なんて言ったの?」

「私の悩みなんて、何も知らないくせに!」

 鈴菜は、瑞希を見据えて叫んでいた。あまりの剣幕に体育館中が静まり返った。

『おまえはちやほやされたいんだろ?』

 あの男の言葉が甦る。そうよ。私はちやほやされたいの。みんな自分の欲望に忠実なのに、どうして私だけがそうであってはいけないの?新体操は成功する為の道具。どんな事をしても、成功したい。どんな手段を使っても。

「あ、有野さん。あのね・・・」

 予想外の鈴菜の反発に、瑞希は動揺している様子だった。それを、鈴菜は冷ややかな目をして遮った。

「もう、いいです。確かに先生が言われるように、まだ私にはリハビリが必要なようです。今からでも、コーチの所へ行ってリハビリをしてきます」

 そう言うと、半ば呆然としている瑞希を残し、鈴菜は体育館を出て行った。

「お、おい。鈴菜ったら」

 慌てて早夜子が後を追う。出て行く二人の姿を、瑞希と部員達は呆然と眺めていた。

「嫌ですわね。自分の実力不足を棚に上げて、先生に当たるなんて」

 二人が出て行った後、貴久乃の棘のある言葉が体育館に響いていた。

(28)
「おい。鈴菜ったら」

 更衣室に、早夜子の声が聞こえていた。鈴菜は早夜子の声を無視して、着替えようとしていた。

「鈴菜、まずいよ。先生に謝った方がいいって」

「どうして?私は先生の言う通りにしようとしているだけよ」

「どうしちゃったんだよ。今日の鈴菜、どこかおかしいよ」

 早夜子は困り果てていた。鈴菜はトレーニングウェアに着替え終わると、バタン、と荒々しく自分のロッカーを閉めた。

「・・・私の事は放って置いて」

 鈴菜の一言に、早夜子も声を荒げる。

「なんでそんな事言うんだよ。私たち友達じゃないか」

「友達?」

 ジロリと冷たい視線を早夜子に投げかけた。

「私が怪我をした時、その友達のあなたは何をしてくれたの?私の苦しみなんて何も理解しようとせず、ただ“がんばれ”って言っただけじゃない。それがどんなに私を苦しめたのか、わかっているの?口先だけの優しさなんて、いらないわ」

 鈴菜の言葉に、早夜子は立ち尽くしていた。鈴菜は自分の荷物を持った。

「友達面なんてしないで」

 早夜子とすれ違い様、鈴菜はそうはき捨てると、更衣室を出て行った。

(29)
「ええ・・・はい。事情はわかりました」

 資料室にいる俺に、瑞希からの内線電話がかかってきた。鈴菜が体育館を飛び出したらしい。話の内容では、俺のところへ来るそうだ。瑞希の声は、弱りきっていた。それだけで、俺の心は満たされる。

「思春期の女の子ですからね。精神的に不安定になる時もあるでしょう。森永先生も余り気にされない事ですよ」

 俺は、心にも無い慰めの言葉を口にした。

「まぁ、しばらくは私の方で様子を見る事にしましょう。落ち着いたら、そちらにも顔を出すように言いますから」

「・・・お願いしますわ」

 電話を切ると、俺の顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。瑞希の大事なものを奪い、しかもそれを瑞希本人に納得させた。これからしばらくは、瑞希公認で鈴菜を弄ぶ事ができる。

 最初、俺にとって鈴菜は瑞希の代替物でしかなかった。あの時、果たせなかった瑞希への思いを鈴菜にぶつけているだけだと思っていた。だが全国的な人気ある美少女が人知れず自分の物になる、という事がどんなに魅力的に事なのか。俺にはわかっていなかったようだ。男は誰でも女性への征服欲を持っていると思うが、普通はせいぜい愛情を求める程度で満足するしかない。しかし今の俺は、鈴菜の全てを支配している。この達成感は比類なきものだ。

「ふふ、そうでなければ俺の心の傷も癒えないというものだ」

 俺が独り言を呟いた時、扉をノックする音が聞こえた。

(30)
「どうぞ」

 俺は扉に向かって言った。扉の先に誰がいるのはわかっている。それでも、俺は興奮を隠し切れない。
 躊躇いがちに扉が開き、予想通り鈴菜が立っていた。

「練習はどうした?」

 瑞希から電話があった事は伝えない。不審な色を浮かべて、鈴菜に言った。俺は、椅子に腰掛けたままだ。
 鈴菜は俺の言葉に答えず、無言で部屋の中に入ってきた。扉を閉めて、一瞬間があった。がちゃりと鍵をかける音が、俺の耳に聞こえてきた。

 俺は値踏みするように、鈴菜を見た。鈴菜は、ただ俺の前に立ち尽くしている。練習の途中抜け出してきたからだろうか、ぷんと甘い汗の匂いがした。何かを言いかけては、ためらうように、鈴菜の口は動いている。何か決意を秘めているらしい事はわかった。

「・・・認めます」

 長い沈黙の後、鈴菜は蚊が鳴くような小さな声で、ぽつりと言った。

「何だって?」

 俺は聞き返す。

「私、ちやほやされたいんです。どんな事をしても、新体操でいい成績取りたいんです」

「たとえ、俺の精液を飲んでも、か?」

「・・・はい」

 つうっと一筋の涙が、鈴菜の瞳を零れ落ちた。それは、鈴菜が落ちた瞬間だった。

「誰だって自分が可愛い」

 俺は優しげな表情で、鈴菜に話しかけた。

「格好つけるつもりはない。俺は、自分の欲望に忠実だ。お前をほしいと思ったから、手に入れた」

 鈴菜は、じっと俺の話を聞いている。俺は話を続ける。

「俺の奴隷になれ」

「どれい・・・?」

「そうだ。奴隷だ。俺の命令には絶対服従し、俺に体を差し出すんだ。その代わり、お前には新体操の能力を与えてやる。お前が、今後新体操の事で悩む事はないと断言できる。どうだ?お前に要求するばかりの連中よりは、ましだと思うが」

 俺には、鈴菜が拒否する事はないという確信があった。確かに、鈴菜は俺の言葉を聞いても黙ったままだ。

「どうして」

 永遠とも思える時間の後、鈴菜は口を開いた。

「どうして今更そんな事を言うんですか?今でも私はあなたに操られて言いなりなのに・・・」

「俺にお前は前に言ったな。“たとえ体は自由にされても、心までは自由にさせない”と。だからかな。お前の意志で、俺の奴隷になると言わせてみたかったんだ。どうだ?」

 またしばらく沈黙の時間があり、そして鈴菜は小さく頷いた。

「なります。私、コーチの奴隷になります」

 ここへ来るまで、ある程度の覚悟を決めていたのだろう。鈴菜ははっきりと俺にそう言った。

「よし。それじゃ今から俺の事はご主人様と言え。二人きりの時だけだぞ」

「はい。ご、ご主人様」

 言い馴れない言葉にどもりながら、鈴菜は従順に答えた。
 鈴菜がどこまで奴隷なんて芝居がかった言葉の意味を理解しているのか、わかったものではない。だが、体を俺に操られ、抵抗を諦めたのは確かのようだ。

「ふふ、それじゃ誓いの口付けをしろ。もちろん、お前の方からするんだぞ」

 鈴菜は、ゆっくりと俺の方へと歩いてきた。そして、俺の頭を抱えると、その可憐な顔を近づけてきた。
 唇と唇が触れるだけの感触。今まで鈴菜の肉体は何度も蹂躙してきたが、わざと唇には手を出さなかった。唇は、鈴菜の意志で差し出させると決めていたからだ。鈴菜はキスの経験もないようだ。キスの最中も口は堅く閉じたままだ。

「鈴菜は俺の体液がほしいんだろう?舌を出して俺の口から唾液をすするんだ」

 鈴菜は唇を薄く開いた。奥に、薄いピンク色をした舌が見えた。

「ん・・・」

 再び俺と鈴菜の口が重なる。今度は鈴菜が舌を出して、俺の口の中へと侵入しようとしていた。俺は力を抜き、それを許した。甘い鈴菜の唾液の匂いが、鼻腔をくすぐった。俺の口の中を、鈴菜の舌が動いている。戸惑いがちに動いていたが、俺の舌に触れると積極的に絡めとろうとしていた。

「あ・・・」

 俺は手を伸ばして、服の上から鈴菜を胸を触った。それでも、鈴菜は逃げようとしない。
 長いキスが終わり、鈴菜は顔を離した。名残を惜しむように、二人の舌の間に唾液の虹がかかった。

「どうだ。たっぷり俺のつばを味わったか?」

「は、はい」

 荒い息で、鈴菜は答える。自分から積極的にするディープキス。こんなファーストキスだとは、予想もしていなかっただろう。

「だが、やはり唾液だけではマイクロマシンの燃料には足りないな。もっと濃い俺の体液が必要だが・・・」

 俺が何を言わせたいのか、鈴菜にもわかったようだ。しかしそれは、鈴菜の年で言えるような言葉ではない。それでも、俺は鈴菜に言わせたかった。

「・・・ください」

 新米奴隷の鈴菜は、ようやくそれだけ口にした。

「何をだ?」

 意地悪く、俺は聞き返す。

「せ、精液を」

「誰の精液だ」

「コーチの・・・す、すいません。ご主人様のです」

「続けて言ってみろ」

「ご主人様の、精液を、ください」

「誰にやるんだ?」

「わ、私に」

「奴隷の鈴菜にと言え。もう一度だ」

「ど、奴隷の鈴菜に、ご主人様、の精液を、ください」

「そんなものをもらってどうするつもりだ?」

「わ、私の中に出して、下さい」

 鈴菜ほどの美少女に精液をおねだりさせる。俺は深く満足した。

「今日はオ○ンコって気分じゃないんだよな」

「そ、そんな・・・」

 ここまで我慢して言ったのに。鈴菜は絶句する。

「お前の口にだったら、出してやってもいいが・・・どうする?」

 聞いておきながら、選択肢などない。しばらく躊躇って、鈴菜は言った。

「の、飲みます。飲ませてください」

「だったらそうおねだりしてみろ。最初からだ」

「奴隷の鈴菜に、ご主人様、の精液を、飲ませてください」

「ごくごく飲ませてくださいって言え。もう一度だ」

「もう、許してください」

 奴隷になると誓っても、中身はただの少女だ。鈴菜は真っ赤になっていた。

「だめだ」

 俺は言うまで鈴菜を許すつもりはなかった。鈴菜に何度も精液をねだらせる事自体が、俺の目的だからだ。

「奴隷の鈴菜に、ご主人様の精液を、ごくごく飲ませてください」

 諦めて、鈴菜は俺に迎合した口上を述べる。

「オ○ンコ狂いの淫乱奴隷の鈴菜と言え」

「オ、オ○ンコ狂いの淫乱奴隷の鈴菜に、ご主人様の精液を、ごくごく飲ませてください」

「大好物のご主人様の精液を、と言え」

「オ○ンコ狂いの淫乱奴隷の鈴菜に、大好物のご主人様の精液を、ごくごく飲ませてください」

「精液をどぴゅどぴゅ出させて、を付け加えろ。もう一度最初からだ」

 鈴菜は泣きそうな顔をしていた。そんな顔を眺めながら、俺は激しく興奮していた。

「オ○ンコ狂いの淫乱奴隷の鈴菜に、大好物なご主人様の精液を、ど、どぴゅどぴゅって…出させて、ごくごく飲ませてください」

 奴隷になると誓ったからといって、甘やかすつもりは一切ない。厳しく調教して立派な俺専用の性欲処理奴隷にするつもりだ。しかし、もう俺の股間は痛いほど固くなっていた。俺の方が我慢できそうになかった。

「そんなに俺の精液がほしいなら、くれてやるよ。今のセリフは、これから毎日言うんだぞ」

「・・・はい」

 観念したかのように、鈴菜は同意した。俺は椅子から立ち上がると、スボンとパンツを脱ぎ、下半身を露出させると再び椅子に座った。既に硬くなっていた肉棒が、鈴菜の眼前に突きつけられる。

「フェラチオして、俺の精液を吸いだしてみろ」

「そ、そんな・・・私・・・」

 一瞬俺の肉棒をちらりと見て、恥ずかしげに視線を外した。今まで何度か鈴菜と体を重ねてきたが、まじまじと男根を見たのはこれが初めてだった。

「どうした?俺の精液がほしいのだろう?」

 体を操って無理矢理フェラチオさせるのも楽しい。しかしこうして逃げ道を塞ぎ、するしかない状況に追い込んだ上で、いかにも自由意志でやるように誘導するのも、また格別であった。事実、鈴菜は俺の肉棒に少しずつにじり寄っていった。

 鈴菜はそっと俺の肉棒に手を添えると、その先端に口付けをした。甘い快感が襲う。その後何度も、キスを繰り返す。それやら先どうやったらいいか、わからないようだ。

「アイスを舐めるように、舌でペロペロしろ」

 ためらいがちに、舌を出す。鈴菜は、ゆっくりと俺の肉棒に舌を這わせた。

 思わず身震いするような快感が襲う。生まれて初めて舌奉仕。鈴菜の口の動きは緩慢だったがそれでも俺の男根を、自分の唾液で隙間なく濡らしていく。ぺちゃぺちゃと、淫靡な音が股間から聞こえてきた。むず痒いような、快感が断続的にせり上がってくる。肉棒は、その硬さを増していった。

「そろそろ咥えろ」

「で、でも・・・」

 さすがに抵抗があるのか、鈴菜は躊躇う。そんな様子が、俺のどす黒い心を興奮させるとも知らないで。

「いつまでも舐めていたいというのなら別だがな。それじゃいつまで経っても精液は出てこないぜ。お前の口に入れて、激しく前後にズボズボ動いたら、すぐに射精するかもしれないがな」

「・・・わかり、ました」

 鈴菜は口を大きく開き、俺のものを受け入れた。温かく、濡れたものに包まれる感触に、思わずうめき声が漏れた。

「歯を立てず、口をすぼめて前後に頭を動かすんだ」

 俺の命令に素直に従い、鈴菜は前後に頭を動かし始めた。まるで鈴菜の子宮を犯しているかのような感覚があった。俺は今、鈴菜の口を犯している。鈴菜の意志で、俺の奴隷になると誓わせた上で。達成感が興奮となり、鈴菜のへたな奉仕にも、あっという間に追い詰められる。

「くっ・・・!いいぞ、鈴菜」

 鈴菜の動きが速くなる。教えられたわけでもないのに、俺の肉棒に舌を絡ませ始めていた。

『くくく、やはりお前は、性奴隷の素質があるぞ。鈴菜』

 ちらり、と俺は机の上のノートパソコンを見た。今画面は閉じられているが、ディスプレイには『何も知らないくせに』という言葉が表示されているはずだった。

 鈴菜に精液を与えなくなって以来、俺は鈴菜のアドレナリンを過剰に分泌させ、怒りやすくさせていた。うまく新体操の演技ができない事と相まって、鈴菜が精神のバランスを失う事は時間の問題だった。その上で瑞希と対峙した時、『何も知らないくせに』と言わせた。それは紛れもなく俺が操って言わせた言葉だったが、鈴菜はそれを自分の言葉だと錯覚した。かくして、鈴菜は瑞希の元を飛び出し、俺の元へとやってきたわけだ。

『操るとはこういう事さ』

 俺は、自分の企みが想像以上にうまくいった事に、深く満足していた。もう、射精寸前だった。

「出すぞ、鈴菜!」

 前後に自分の頭を揺らしながら、鈴菜は頷いたような気がした。強い快感が背筋を駆け抜け、俺は鈴菜の口の中に精を放っていた。鈴菜の端正な顔立ちが歪む。しかしそれでも、口をぴったり閉じて、俺の精液が漏れないよう必死だ。

「よく味わってから飲み込めよ。最低100回はかみ締めるんだ」

 射精の快感に浸りながら、俺は命令をした。冗談のつもりだったが、鈴菜は忠実に従っている。生まれて初めての精液の味に、目を白黒させながらも、顎を動かしていた。鈴菜は、すでに理性的な判断ができなくなっているようだった。無条件に、俺の命令に従うようになりつつあった。身も心も奴隷に成り下がるのも、時間の問題のように思われた。

「これから毎日精液を飲ませてやるからな。嬉しいか?」

 鈴菜は同意するように、咽喉を鳴らして俺の精液を飲み干していった。

< つづく >

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