傀儡の舞 2-1

第二章 蔵本双葉

(1)
 
 自然が残る郊外の広い敷地に、長い伝統を誇るその学校はあった。私立緑心学園。
 美人が多いと評判の学校だった。ここの制服に憧れ、受験する者は後を絶たない。

 この女子校は、新体操に力を入れている事でも有名だ。そして昨年、有野鈴菜というスター選手を生み出している。
 昨年、一年生ながら彼女は、全国大会で四位入賞を果たす快挙を達成した。その上、アイドルとしても通用するほどの美貌の持ち主でもあった。瞬く間に全国的な人気を得たのも、必然といって良かった。
過熱する鈴菜の人気に、周囲は狂想曲を奏で始めている。故障した彼女の為に、学園はアメリカから専門家を呼び寄せたぐらいだ。

 スポーツバッグを肩から下げて、鈴菜は体育館までの廊下を歩いていた。渡り廊下の右手に植えられているツツジが、ぽつぽつと花を咲かせている。そんな季節になっていた。もう部活の時間だった。

「あーあ、せっかくの連休なのに。合宿でつぶれちゃうなんて」

 鈴菜の横を歩いていた早夜子が、いかにもつまらなそうに言う。早夜子のそんな様子を見て、鈴菜はクスリと笑う。

「でも合宿が無くても、練習漬けだったよ。きっと」

「それはそうかもしれないけどさ……」

 二人はこの前まで喧嘩をしていた。原因は誰も知らなかったが、お互いを避けるような時期が続いていた。しかし今は、どうやら仲直りをしたようだ。以前のような仲の良い友達同士に戻っていた。

 昨年の冬、鈴菜はけがをした。けが自体は軽いものだったが、以来ずっと不調の時期が続いていた。それを契機に、新体操部内の雰囲気が悪くなった。鈴菜の活躍に嫉妬していた者は、ここぞとばかりに批判を始めた。鈴菜の活躍に夢を見ていた者は、失望し責任をなすり付け合った。

 それがアメリカからコーチを招聘した事を境に、鈴菜は劇的な復活を遂げつつある。再び今年の活躍に期待が持てるようになった事で、部内も活気付いてきた。
 コーチに支払う給料だって安くない。この高い買い物に、当初学園内では疑問の声も挙がっていた。だが成果が、そんな声を封じた格好だ。

「そういえば、鈴菜は合宿の買い物には行かなかったようだけど。別に買う物は無かったの?」

「う、うん……」

 早夜子の何気ない言葉に、鈴菜は不自然に口篭もる。その頬は、少し朱に染まっていた。

「あー、先輩だぁー」

 二人の後ろから、底なしに元気な声が響いてきた。振り返ると同時に、小さな塊が鈴菜の胸に飛び込んできた。赤毛の髪を二つに結んだ小柄な少女。まるで子猫が甘えているかのようなそんな様子を、早夜子は呆れたように眺めていた。

「双葉ちゃん……」

「こら、蔵本。鈴菜に抱きつくんじゃない。いつも言っているだろ」

「だってー、古閑先輩。双葉は、一日に一回はこうしないと落ち着かないんですよ」

 悪びれた様子もなくそう言うと、蔵本双葉は顔を鈴菜の胸に埋めて頬ずりしている。口で言ってもだめだと悟ると、早夜子は双葉を引き離そうとする。それでも双葉は離れない。遠くから見れば、三つの影がじゃれあっているかのようだった。
 早夜子と双葉が、鈴菜を取り合っている。二人の間に挟まれた鈴菜は、困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。毎日繰り返されている光景だった。

「それに、先輩はもうすぐ合宿に行ってしまうんですよ。合宿には一年生は参加できないから、もうすぐお別れなんです」

 捨てられた子犬のように目を潤ませて、双葉は鈴菜を見ている。その後ろで、早夜子は冷ややかな目をしていた。

「連休の間だけだろうが。大袈裟な奴だな」

「せっかく今度の連休は、先輩とケーキバイキングに行こうと思っていたのにぃ」

「ああ、駅前のホテルのやつか。それだったら、合宿から戻ったら皆で行くか」

 早夜子も双葉の話には乗り気になった。駅前のホテルは、ケーキが美味しさには定評がある。しかも食べ放題のケーキバイキングをやっていて、大変な人気らしい。だが早夜子の提案に、双葉は口元に指を置いて何か考え込んでいる。

「んー。連休中じゃなきゃダメなんです。チョコレートケーキが登場するのは、ゴールデンウイーク限定ですから」

「チョコレートケーキ?そんなの無くてもいいだろ」

 早夜子の言葉に、双葉の顔が強ばる。信じられないものを見るかのような目で、早夜子を見た。恐る恐る隣の鈴菜の袖を引っ張って、小声に耳打ちした。

「鈴菜先輩。この中に女の子じゃない人がいますよ」

「なんでだよ!」

 双葉の一言が聞こえた早夜子は憤慨する。漫才のような二人のやりとりに、鈴菜は笑うだけだった。

(2)

「それにしてもねぇ……」

 その男は、渋い顔を作っていた。俺がいくら説明しても、さっきから同じ言葉を繰り返している。ここは職員室。この冴えない中年男は、水泳部顧問の木村という男だ。
 俺たち二人のやりとりを、他の教員達は遠巻きに眺めていた。

「ですから。先ほどから言っているように、水中だと体の負荷がかからないぶん、足のリハビリにはいいんですよ」

「そんな事ぐらい知っていますよ。別に、あなただけが専門家というわけじゃない」

 気に入らない男だ。最初から敵視している。俺にしても、用がなければ話をしたい相手ではないのだが。
 
「…それならば、ぜひプールを使わせてはいただけませんかね」

 緑心学園では、年中一定の水温に保たれた室内プールが用意してあった。そのプールを管理しているのが、水泳部顧問のこの男だ。

 この学園は、新体操部ほどではないが水泳部にも力を入れている。実際、水泳部は全国大会の常連だ。外見こそ冴えないが、この男は指導力には確かな物があるらしい。だからだろうか。勝手に新体操部は水泳部のライバルだと思っている。この男によれば、俺はそのライバルの助っ人となるのだ。まったく、狭い了見だ。

「それにしてもねぇ」

 再びこの男が同じ言葉を繰り返す。いいともだめとも言わない。何でもはっきり言うアメリカの習慣に慣れていた俺には、木村の曖昧な態度には苛々させられる。こんな奴相手に、これ以上無駄な時間を使うつもりはない。自然、俺の言葉にも棘が増していく。

「有野さんのリハビリにプールを使わせてもらう事の、一体何が問題なのですか?」

 木村は、黙って無精ひげを撫でている。その目は、苛付いている俺の様子を楽しんでいるかのようだった。

「水泳部の邪魔はしませんよ。部活が終わってからの時間で結構ですから」

「つまり遅い時間に二人きり、という事ですか」

 木村は言った。意外な反撃に、俺は黙った。

「私は別に、リハビリをするなと言っているわけじゃない。プールを使ったリハビリも効果的でしょう。しかしですね、私が懸念にしているのは、モラルの事ですよ」

「モラル?」

 思わず木村の言葉を繰り返す。

「コーチはまだお若く、それに格好いい。さぞ、女性もてるのでしょうな。いや、羨ましい」

 木村の声に羨望の響きはない。あるのは、粘りつくような敵愾心だけだ。

「…どういう意味ですか?」

 敵意を剥き出しにしてきた相手に向かって、俺は身構えてから言った。

「勘違いなさらないでください。別にあなたと有野が、何か不純な関係にある、とそう言っているわけではありませんよ。ただそんなお若いあなたが、生徒と二人きりで、遅い時間までいる。それ自体がまずいのではないかと言っているのですよ。しかも、水着姿とあっては」

 自分は水泳部の顧問として、さんざん女子生徒の水着姿を見ているのに、奇妙な事を言う。ただ俺が鈴菜にしている事を思えば、確かに『まずい事』ではあるわけだが。

 アメリカにいる時、俺はマイクロマシンを使用したドーピング行為に手を染めていた。無論、鈴菜にも使用した。鈴菜が復調できたのも、こいつのおかげだ。だが、それだけではない。俺が用いた機械は特別製だ。
 俺が作ったマイクロマシンは、寄生した肉体を操作する事ができる。これを使い、鈴菜を俺の性欲処理専用奴隷にしてやった。

「ここは女子校ですよ。どんな噂が広まるか、わかったものではない。誤解される可能性のある行為は、厳に慎むべきだと思うのですがね」

「…私がマンツーマンで有野選手を指導している事は、園田部長の意向でもあるのですが」

「園田部長にも困ったものだ」

 木村は、角刈りの頭を左右に振る。
 古株の人間にはよくある事だが、この男は自分が学園を支えている気になっているようだ。本当は、一教師にすぎないのだが。
 木村は元々公立高校の教師だったらしいが、俺と同じようにスカウトされてこの学校へやってきた。だからこそ、自分の立場を脅かす存在として、俺が気に入らないのかもしれない。

「それではやはり、だめですか?」

 俺の言葉に、木村はため息をつき、机の引出しから鍵を取り出した。

「プールのスペアキーです。園田部長の許可が出ているのなら、私がとやかく言う話ではないでしょう」

 だったら言うな。

 俺はこみ上がって来る怒りを、必死に押さえつけた。
 この男は俺に絡みたいだけなのだ。俺と鈴菜の関係を、本当に疑っているわけでは無い。しかし、俺に目を付けているのは事実だ。些細な事でも俺の失敗を見つけようとしているこの男に、鈴菜との事が知れたらどうなるのか。さぞ嬉々として騒ぎ立てる事だろう。一時の感情に任せてここでトラブルを起こしても、俺が得する事はない。それどころか、今後の計画に支障が出るのは確実だ。それだけは、絶対に避けなければならない。
 俺の感情に気付かず、木村はのんきな調子で告げた。
 
「最終退出者になるのですから、消灯と施錠をお願いしますよ」

(3)

 木村との不愉快な会話の後、俺は教官室へ戻ろうとしていた。その途中、体育館の脇を通った時、館内に人の気配を感じた。今はちょうど昼休み中だ。新体操専用の体育館は、部活の時間以外はいつも閑散としているのが常だった。気になって、俺は体育館の方へと向かった。

「おや……」

 俺は、トレーニングルームの方からフロアを覗いた。フロアの中央に敷かれたマットの上に、一人の少女がいた。赤い髪に小柄な体。たしか、一年生の蔵本双葉だ。よく鈴菜達と一緒にいる所を見かけていた。

 双葉は体操服姿で、クラブを手に演技をしていた。格好からすると、午後の授業は体育からなのだろう。早めに用意して、ちょっと練習しているといったところか。誰かが来るとは思っていないようで、俺がこうして見ている事にも気付いていない。演技に集中していた。

 軽くステップを繰り返し、手にしたクラブを回しながらターンする。ピボットだ。少しふらついた。そして右足前開脚。横回転。その演技の内容には、どこか見覚えがあった。そうだ。これは、鈴菜の演技だ。
 どうやら双葉は、鈴菜の演技を真似ているらしい。恐らく鈴菜の演技を見学していて覚えたのだろう。だが。

「あ……」

 双葉は短い声を発した。回していたクラブが手の中から滑り落ち、マットの上で大きく跳ねた。悲しげな顔をして、双葉は演技を中断した。

 双葉と鈴菜は違う。同じように演技をしていても、完成度や表現力がまるで違う。双葉のそれは、ただ動きを真似しているにすぎない。基本中の基本であるバランスにしても、双葉は慌ててさらりと流すが、鈴菜なら見る者をはっとさせる表現をする。要するに実力が違うのだ。

「まだまだですわね。あの子も」

 不意に聞こえた声に、俺は驚いて振り返った。

「伊勢さん」

 俺の横に、新体操部主将の伊勢貴久乃が立っていた。腕を組み、双葉の演技を眺めていた。何か体育館に用事があって寄ったのだろう。制服姿だった。

「こうして、昼休みにも練習している所は評価しますけど」

 その内、双葉の演技も佳境に入ってきた。クラブを宙に投げ、前転した後にキャッチする。難易度の高い技だ。双葉は高くクラブを放り投げ、マットの上で回転する。そして膝を付いたまま、落ちてくるクラブに手を伸ばした。

 ドスンと、クラブがマットの上に転がる音がした。クラブは双葉の意図に反して、体の一メートルほど前に落下した。これでは取れない。失敗だ。双葉はゆっくりと起き上がると、マットに落ちたクラブを拾い上げた。
 体育館の外から、昼休みの喧騒が洩れ伝わってくる。十三メートル四方のフロアの上に、俺達に背を向けて双葉は立ち尽くしていた。小柄な体が、一層小さく見えた。

 ふう。

 俺の横で貴久乃がため息をつくのがわかった。

「…彼女、地方の弱小クラブの出身ですの。あれでも、そこではエースだったらしいのですけど……。まあこの学園には、優秀な選手ばかりが集まっていますから」

 ここでは並以下だという事か。

「それでも、何か彼女にも優れたところがあるのでしょう?」

 貴久乃の高慢な言い方が気になった。別に双葉を擁護するつもりはなかったが、ついそんな事を言ってしまった。

「そうですわね」

 俺の言葉に、貴久乃は何か考え込むように頭を横に傾けた。

「体は柔軟ですわ。彼女ほど柔らかい選手はちょっといませんね。新体操では体が柔軟な事は、とても大事な事ですら、これは大きな武器といっていいでしょう。と、言っても」

 貴久乃は笑った。人を馬鹿にするような、冷たい笑みだ。

「彼女の新体操は、それ以前の問題ですけどね」

 そう言うと、貴久乃は俺に会釈して体育館を出て行ってしまった。再び双葉に視線を戻す。どうやら、また最初から演技をしてみるつもりらしい。最初の場所に戻り、ポーズを決める。演奏が始まるのを待っているのだ。そんな音楽、俺には聞こえないが。

「……」

 無人の体育館。体側服姿で、稚拙な演技を繰り返す少女。それを俺は、無言のまま見つめていた。

 翌朝、俺はいつものように学園へと出勤した。教官室へと入っていく。

「おはようございます」

 入ってきた俺を、瑞希は深刻そうな顔で見た。

「あの。お話があります」

 ただならぬ瑞希の様子に、俺も思わず緊張した。

「何でしょう?」

 躊躇いを振り切るように息を吐き、瑞希は俺の目を見て言った。

「有野さんへの個人特訓ですが、もう止めていただく事になりそうです」

(4)

 しばらく気まずい時間が過ぎた。ただ黙って、俺は瑞希の顔を見つめていた。
 こんな時こそ冷静にならなければならない。軽率な行動は命取りになる。感情を押し殺した。

 俺は『個人特訓』と称して、鈴菜を陵辱していた。最初は反発していた鈴菜も、今では俺の奴隷になると誓っている。俺にとって『個人特訓』とは、学園公認で鈴菜と二人きりになれるチャンスなのだ。もっとも、鈴菜だけで満足するつもりはない。俺の最終的な目的は、目の前のこの女、森永瑞季だ。

 俺はこの女に恨みがある。この女は俺の心に癒える事のない傷をつけた。俺は逃げるように日本を去り、アメリカに渡った。しばらくは瑞季の事は忘れたつもりだったが、こいつが婚約したという新聞記事を見つけた事で、再び俺の復讐心は燃え上がった。ただ瑞季を犯すだけではつまらない。この女が大事にしているもの全てを奪い、汚し、その事実を突きつけた上で、俺のものにしてやるつもりだった。鈴菜はその最初の一歩に過ぎない。

 まさか、鈴菜との関係がばれてしまったのだろうか。いや、だったら申し訳なさそうなこの瑞季の態度がおかしい。『もう止めていただく事になりそうです』なんて回りくどい言い方、するはずも無い。では、これは一体何だ。

「…理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「す、すいません」

 瑞希は俺の沈黙を、怒っていると思ったようだ。謝罪をした上で、事情を説明し始めた。

 事の発端は、あの木村だ。水泳部顧問のあの男が、職員会議の場で俺と鈴菜の個人特訓を問題にしたのだ。元々俺と鈴菜の事は、色々と話題にはなっていたらしい。鈴菜は学園一の有名人だ。それが毎日男と二人きりでいるのだから、噂になるのも当然かもしれない。瑞希が言うには、園田部長は俺を庇ってくれたらしい。だが結局は、木村に押し切られてしまった。女子校のような事なかれ主義の組織では、最終的には騒ぎ立てた方が勝つものだ。

「…それを、私がいない場で決定したというのですか?」

「すいません……」

 瑞希は再び頭を下げた。とはいっても、瑞希に謝らせても仕方が無い。さて、どうしたものか。

 俺は思案した。ここで不服を言う事はできる。何といっても俺は、鈴菜復活の立役者だ。まだ鈴菜にはリハビリが必要だと主張すれば、決定は覆るかもしれない。園田部長も、俺に賛同してくれるだろうし。だが。

 俺は、頭を下げ続ける瑞希を見ながら、自分の考えを否定する。

 そこまで強硬に主張するのは、不自然ではないだろうか。仮に個人特訓が継続できたとしても、俺を監視する目は増えるだろう。そんな中、今までのように鈴菜を弄ぶ事ができるだろうか。しかし個人特訓を止めてしまえば、人の目を盗んで鈴菜と接触する事自体難しくなってしまう。

 ふと、俺の脳裏に小柄な少女の姿が浮かぶ。

 そうだ。それなら……。

 下を向いたままの瑞希は、俺の顔に広がる邪悪な笑みに気付かない。

「顔を上げてください、森永先生。別に先生を責めているわけではありませんから」

 俺は言った。その声には、瑞希を思いやる優しさが満ちていた。

「一つ、提案があるのですが」

(5)

「あの。失礼します」

 俺が使っている新体操部資料室の扉が、遠慮がちに開けられた。二つに結んだ赤い髪が揺れていた。蔵本双葉だった。

「やあ、いらっしゃい。急に呼び出して悪かったね」

 外面のいい笑顔を作って、俺は双葉を歓迎する。奥の椅子をすすめた。

「コーヒーより紅茶の方がいいな?」

「は、はい」

 双葉は緊張していた。何か怒られると思っているのかもしれない。こうして二人きりで話をするのも、実は初めてだ。双葉は丸椅子にちょこんと座り、視線を床に落している。

「それで、あの、お話というのは……?」

 話があると言って、俺は双葉を呼び出していた。

「うん。実はね」

「トレーニングパートナー、ですか?」

 教官室で、瑞希は俺の言葉を繰り返した。

「ええ、そうです。私のやり方については、先生も認めてくださっていると信じています」

「ええ。それは」

 最近の鈴菜は調子がいい。精神的に落ち着いてきた事もあり、その演技は凄みすら感じさせるようになっていた。あれを見れば、俺の指導法に文句など言えるはずがない。

「問題になったのは、私の指導方針というより、二人きりという部分かと思いますが」

「そうですわね」

「ならばどうでしょう。誰か他の部員にトレーニングパートナーになってもらうというのは。二人一組になって行う練習メニューもありますしね。それに、有野さんの気持ちも高まると思うのですが」

「トレーニングパートナー……。うん。確かにそれなら反対する方はいないかもしれません。わかりました。私の方から園田部長に話してみます。それでコーチには、誰か心当たりはありますか?」

「ええ、一人。ただ彼女の意向もありますから、それは私の方から聞いてみる事にしますよ」

「私が、鈴菜先輩のトレーニングパートナーに?」

 双葉は俺の提案に驚いたようだ。ただでさえ大きな瞳が、一杯に見開かれている。

「うん。どうかな?蔵本さんは、有野さんとも仲がいいみたいだし、適任だと思うのだけど」

「で、でも……」

 視線を床に落して、双葉は躊躇していた。その気持ちはわからなくもない。

「私じゃ、先輩の足手まといになるだけかも」

「それを言うなら、皆同じだよ」

 俺は可笑しそうに言った。

「有野さんと比較するなら、誰だって自信はないと思うよ。でもね」

 俺は言葉を切って、じっと双葉の目を覗き込んだ。

「蔵本さん。君には、有野さんと近いものを感じるんだ。才能、というのかな」

「そ、そんな私なんて」

 双葉は慌てて否定する。だが俺は、双葉の瞳の奥に浮かんだ歓喜の感情を読み取っていた。

「本当さ。アメリカで腕を磨いた僕が言うんだよ。それに、冗談やお世辞でこんな事はお願いできないよ。有野さんと一緒に練習すれば、きっと蔵本さんの為にもなると思うんだ。どうか引き受けてくれないかな?」

 双葉は黙って俺の話に聞き入っている。もう形ばかりの否定などしようともしない。誰でも誉められれば嬉しいものだ。人は、自分の聞きたがっている言葉しか聞かない生き物だ。少し自尊心をくすぐってやれば、簡単に心を開いてしまう。雨のように称賛を浴びせる事は、セールスや勧誘の基本的なテクニックだ。

 俺は真面目な表情を作っていた。聞きたがっている言葉だからこそ、偽りの称賛は嫌われる。あくまでも真剣である事を主張しなければならない。
 双葉は、両手で大事そうに持ったカップの紅茶を一口啜った。そして決意したように、俺を見て言った。

「わかりました。邪魔になっちゃうかもしれないけど。私、がんばってやってみます」

「そうか。それは良かった。有野さんも喜ぶと思うよ」

 俺は安心したように言った。これは本心だ。自然に笑みが広がってくるのを、堪える事ができなかった。

(6)

「みんな、ちょっと集まってくれる?」

 体育館に森永先生の声が響いた。ちょうどストレッチが終わった頃だった。部員達は、練習を止めて先生のところに集合する。自分達一年生の部員も一緒だ。森永先生の横に、村川コーチの姿もあった。

「今有野さんが別メニューで調整しているのは、皆も知っているわね。明日からは、トレーニングパートナーと一緒に練習してもらう事にします」

 部員達がざわつく。お互いに、顔を見合わせていた。

「それで、そのトレーニングパートナーだけど」

 森永先生が、私を見た。心臓が高鳴るのがわかった。

「蔵本さん。お願いできる?」

「は、はい」

 返事をする自分の声が上ずっている。昨日コーチから話はあったが、それでもいざとなれば緊張する。部員達の視線が、自分に集中しているのを感じていた。まるで、オーディションを受けて選ばれた時のような気分だ。ちょっと恥かしいけど、誇らしい感じだ。

 あっ、シンデレラだ。

 小学生の頃、クラスで演じた劇を思い出した。舞踏会で王子様に選ばれた時、シンデレラはこんな気持ちになっていたのではないだろうか。
 辺りが騒いでいる。他の部員達も、トレーニングパートナーに自分が選ばれた事を意外だと思っているようだ。それが快感でもあり、面白くもない。

「えー、蔵本?」

「ちょっと。あの子で大丈夫なの……」

「平気よ。ただ一緒に練習するだけなんだから」

 部員達の無遠慮な話し声が、耳に届いてくる。腹も立つが、気にしない事にした。
 コーチはあれほど自分に懇願したのだ。ぜひ鈴菜先輩のトレーニングパートナーになってくれ、と。あのアメリカ帰りのコーチがだ。いじわるな他の先輩達など、自分に嫉妬しているだけなのだ。

「せ、先生!」

 古閑先輩が抗議の声を上げた。

「蔵本ではとても無理です。トレーニングパートナーなら、私がやります!」

「古閑さん……」

 ため息混じり森永先生は言った。

「あなたはレギュラーなのよ。競技会まで日も無いのに、そんな事やっている暇はあるの?」

「う……」

 古閑先輩は押し黙った。正直、痛快だった。

「それじゃ、蔵本さん。明日からお願いね」

「はい!」

 今度は、思わず勝ち誇ったように返事をした。

 瑞希が『トレーニングパートナーに双葉を』と告げた時、俺は鈴菜の顔色が蒼白になるのを見逃さなかった。勘のいい鈴菜の事だ。俺の意図を悟ったらしい。

「それじゃみんな。練習を再開して!」

 瑞希の声で、部員達は練習に戻っていく。そんな中鈴菜は俺に駆け寄ろうとしたが、途中で双葉に捕まってしまった。

「先輩。明日からよろしくお願いします!」

「双葉ちゃん……」

 二人の横を、主将の貴久乃が通り過ぎる。

「有野さんの足を引っ張らないといいですわね」

 わざわざ一言いうのが貴久乃らしい。双葉は鈴菜の後ろに隠れるようにしながら、貴久乃の背に舌を出していた。
 俺も、鈴菜に近づいた。

「有野さん。明日からの話もあるから、練習の後に資料室まで来てもらえるかな」

「あ……」

 俺は鈴菜の返事を待たず、そのまま体育館を出て行った。
 返事など聞くまでもない。鈴菜が嫌と言うはずがないのだ。

(7)

 慌しく資料室の扉が開けられた。

「来たか」

 俺は振り返りつつ言った。そこには、荒い息の鈴菜が立っていた。よほど急いで来たのだろう。レオタード姿のままだった。

「ご、ご主人様。お話があります」

「何だ?」

「トレーニングパートナーって」

「ああ、その事か。実はお前との個人特訓が、職員会議で問題になったらしくてな。本来なら中止になる所だったのだが、それでは鈴菜。お前に『餌』を与える事が難しくなるからな。トレーニングパートナーを付ける事を条件に、個人特訓を続行させてもらえる事にしたんだ」

「ご主人様は、双葉ちゃんを一体どうするつもりなんですか?」

 やはり鈴菜は俺の奴隷だ。ご主人様である俺の思考をわかっている。自分をこんなにした俺が、双葉に何もしないはずがない事を。

「お前と同じ、俺の奴隷にするつもりだが。それがどうした」

 平然と俺は言った。だが薄々感づいてはいたものの、改めて言われた鈴菜のショックは大きかったらしい。ふらついて、後ろの扉に寄りかかった。

「そんな……」

 鈴菜は絶句していた。しばらくして顔を上げ、俺にすがり付いた。

「ご、ご主人様。それだけは、それだけはどうか許してください」

「だめだ」

「もっともっとご奉仕します。きっと私がご主人様を満足させます。ですから」

「だめだ」

「心も体を捧げます。どんな調教でも喜んで受けます。死ぬまでご主人様だけの奴隷でいます。だから」

「だめだ」

 必死の哀願を、俺は冷たく拒絶する。鈴菜。お前は俺がどういう人間か、わかっているのではないのか。ここでお前の哀願を受け入れるような人格なのかどうか。

「そ、そんな…ああ…ああ…双葉ちゃん……」

 鈴菜は呆然と立ち尽くしている。自分の無力さをかみ締めているのだろう。そんな鈴菜に、俺はゆっくり近づいていく。微かに、鈴菜の甘酸っぱい汗の匂いがした。練習が終わって、すぐにここに来たらしい。俺はそのまま、鈴菜の後ろに回りこむ。脇の下が手を回し、抱きしめるように鈴菜の胸に触れた。

「あ……」

 鈴菜は短い声を上げた。だが、逃げようとはしない。無抵抗のまま、俺に胸を差し出している。レオタードの生地に包まれた、鈴菜の胸の感触が心地よい。

「鈴菜。今日は誓いの言葉を言っていなかったな。お前は俺の何だ?」

「ふぅん…はぁ…奴隷、です……」

 俺に慣れてきた鈴菜は、すぐにその気になる。少し胸を触られただけで、甘えるような声で俺に隷属を誓う。

「俺に服従するな?」

「はい。従います」

「俺の命令なら何でもするよな?」

「はい。何でも……」

「どんな事でも喜んでやるよな?」

「……?」

 鈴菜は首を回して俺を見た。俺の言葉の意図がわからなかったのだろう。あるいは、わかったからだろうか。

「お前が、双葉にマイクロマシンを飲ませるのだ」

「!」

 快楽に呆けていた鈴菜の瞳が、一瞬で見開かれた。

「何、練習している時に、ドリンクを手渡すだけだ。双葉は、疑いもせず飲むだろうさ」

「私には無理です。できません!」

「おい」

 俺は語気を強めた。力任せに胸を掴むと、痕が残るほど乱暴に揉んだ。

「い、いた……!」

「何でもするんじゃなかったのか?お前は卑しいメス奴隷だ。今さら格好つけるんじゃない」

「で、でも……」

「なあ、鈴菜」

 俺は一転して、優しげな声で囁いた。

「お前。双葉に気付かれる事なく、俺との関係を続けていく自信はあるのか?もしばれたら、お前は破滅だぞ。せっかく、俺に身も心も捧げてここまでやってきたのになぁ」

「……」

 鈴菜は黙り込んでいる。俺は手の力を緩めて、愛撫するように優しく刺激した。
 鈴菜は虚空を見つめている。その瞳には、何も映っていなかった。今頭の中には、様々な思考が渦巻いているに違いない。

「お前と俺は、もう共犯者なのだよ。傍から見れば、不正をやっているコーチと選手、そのものさ。お前、自分の人生を棒に振るつもりなのか?」

 円を描くように、鈴菜の胸を愛撫する。沈んだその表情とは裏腹に、胸の中心に突起物がせり上がってきているのがわかる。俺の愛撫に、鈴菜の乳首が反応しているのだ。

「あ……」

「もしお前が協力しなかったとしても、俺はどうあっても双葉を奴隷にするつもりだ。双葉の未来は変わらない。…これは仕方の無い事なのだよ」

 この世に悪魔がいるとしたら、今の俺のように耳元で囁くのだろうか。

 複数の女を同時にモノにするのは難しい。人数が増えれば増える程、その難しさは増していく。一番の懸念は、団結して俺に反抗する事だ。いくら体を操れるといっても、そこには限界があるのだ。
 そうならない為には、奴隷同士の人間関係は破壊しておく必要がある。お互いに信用しようとしなければ、協力し合う事は有り得ない。双葉から見て、鈴菜は被害者ではなく加害者である事が望ましい。

 意図的に乳首をつまむ。ビクっと鈴菜がその体を振るわせる。俺は言葉と愛撫の両面から、鈴菜を次第に追い詰めていく。

 鈴菜にとっても、協力させる事には意味がある。鈴菜は俺に永遠の忠誠を誓った。それは間違いなく本心だ。確信している。しかしだからといって、その言葉をそのまま信じるほど俺はお人よしではない。人は変心するものだ。ではその忠誠を、長く留めるようにするにはどうすれば良いのか。共犯者になればいい。秘密を共有する人間は、いつまでも特別な存在であり続ける。それが悪い事なら尚更だ。双葉を陵辱するのに協力したという自責の念は、鈴菜を苛み、待ち針のように俺に自分を縫い付けるだろう。鈴菜自身が善良であればあるほど、強固に、そして外れ難く。

 鈴菜は黙ったままだ。だが、俺の愛撫に感じていないわけではない。少しずつ、その息は荒くなってきた。落ちるまで、後少しといった所か。

「わかった。それではドリンクを飲ませるだけでいい。鈴菜はその中身を知らなかった。それならどうだ?」

「…双葉ちゃんに、ひどい事をしませんか?」

「ああ、約束する。大切にするよ」

 真摯な表情で言いながら、俺は内心笑いを堪えるのに必死だった。自分が双葉にドリンクを飲ませる事は同じなのに、知らなければやってもいいのか。何の事は無い。鈴菜。お前は偽善者だよ。お前は単に、自分が手を汚す事を嫌がっていたにすぎないのさ。

 だが俺は、鈴菜が特別だとは思わない。人間なんて自分が一番かわいいに決まっている。しかし鈴菜のような虫も殺さないような美少女が、そんな本性を秘めている事を再確認できる事は、俺にとって何よりの楽しみだ。

「さあ。わかったら話は終わりだ。今日は『食事』はまだだったな。ほら、うんと気分を出して俺に甘えてみろ」

 意識的になのか、あるいは無意識的になのか。鈴菜は俺に体を預けてきた。俺は指の愛撫に熱を込める。

「はぁん…はぁ…はぁ…くぅん…ご主人、様……」

 また一段、階段を自ら落ちると決断した鈴菜は、激しく俺を求めた。自分が悪に染まる程、俺への依存を高めていく。今鈴菜が逃げ込める場所は、俺のもたらす快楽にしかない。それが刹那的な解決にしかならないと、わかっていたとしても。
 口を差し出し、口付けをねだる。俺と鈴菜の唇が、ぴたりと重なり合っていく。

「んん……」

 鈴菜の唇は甘く、柔らかく、そして何より熱かった。
 時間が止まるような長い口付けが終わり、顔が離れた。鈴菜は俺とのキスに酔い、頬を赤く染めていた。

「ご主人様……」

 そう言えば何度も鈴菜を抱いたが、レオタード姿の鈴菜は抱いた事がない。俺は鈴菜の股間に右手を差し入れた。

「ひぃぅ…あ……!」

 ビクっと鈴菜が身を縮めた。俺の手を拒否するかのように、足を固く閉じている。

「汚いです。ご主人様。私、汗かいているし」

「お前は汚くなんかないさ。それにどうせ今から汗をかくんだ。同じ事だろ」

 そう言うと、強引に手を入れた。諦めたのか、鈴菜は足の力を弱めた。レオタードに包まれた鈴菜の体は、すべすべと肌触りが良く、まるで人形のようだ。直接肌を触る感触とは違う。それが新鮮なのか、鈴菜の反応も激しかった。

「どうした。気持ちいいのか?」

「はぁん。ん…はぁ、はぁ…くぅ…ご、ご主人様ぁ…気持ちいいです…とっても……!」

「フフ。レオタード姿でするのがそんなにいいのか。そんなに感じているようだと、練習中もいやらしい事ばかり考えているんじゃないのか?」

「……」

 鈴菜は否定しない。そんな鈴菜を、柄にも無くかわいいと思ってしまう。済ました顔で演技をしている鈴菜が、実はいやらしく欲情している。それを想像するだけで、俺は激しく興奮していた。
 指先に熱いものを感じる。鈴菜の愛液が、漏らしたようにレオタードに染みを作っていた。

「鈴菜。床に手をつけ」

「あの、このまま、ですか?」

 俺の言う通り床に手を付き、四つん這いになりながらも、困惑したように鈴菜が言った。

「そうだ。新しいレオタードぐらい俺が買ってやる」

「あ……!」

 股間に手を差し入れると、強引に生地を引き伸ばした。下着とともにずらし、鈴菜の下腹部を露出させる。外気に触れた鈴菜のそこは、やはりぐっしょりと濡れていた。レオタードを来たまま、性器が見え隠れしている。アブノーマルな光景が、俺を興奮させていく。

「いくぞ。鈴菜……!」

 鈴菜の準備はできているようだ。俺は腰を掴むと、鈴菜の中に突き入れた。既に何度も受け入れているそこは、抵抗なく俺のモノを飲み込んでいく。

「あああああ……!!」

 ビクビクと鈴菜は体を振るわせる。俺の肉棒のもたらす快感に、その小さな体で耐えているのだ。性器に寄生したマイクロマシンは、俺の肉棒の形を完璧に記憶し、最上の快楽を得るよう調整してあった。もう鈴菜は、この快楽無しには生きていけない。
 鈴菜の中は、よく味わおうときつく締め上げてくる。あまりの快感に漏らしそうになる。

「くっ…動くぞ。鈴菜」

「はぁ…ああン…はぁ、はぁ……。は、はい。動いて。動いてください。ご主人様!鈴菜を、めちゃくちゃにして、ください……!!」

 息も絶え絶えに、鈴菜は連なる快楽をおねだりする。自棄になっているかのようだった。しかし俺は何も言わず、自分自身を鈴菜の子宮にぶつけていった。

(8)

 昼休み。大勢の生徒達が校舎の屋上にいた。今日は晴天だ。こんな天気の良い日には、ここで昼食を取ろうとする生徒は多い。

「それでね。私、先輩のトレーニングパートナーに選ばれたの」

 鉄柵に背を預け、ハンカチを敷き、二人の生徒が昼食を取っていた。一人は双葉だ。売店で買った菓子パンを頬張りながら、双葉は少し自慢げに言った。

「へえ、そうなんだ」

 双葉の横に座った女の子が、相槌を打っている。先ほどから、話すのは専ら双葉ばかりで、この子は聞き役に回っていた。膝の上には、手作りの小さなお弁当が乗っていた。

「聡子も新体操始めればいいのに」

「そんな…私なんて……」

 聡子と呼ばれた少女は、小さく首を横に振った。度の強い眼鏡をかけた、地味な少女だった。

 蔵本双葉と仁科聡子は、同じ中学出身だ。体育会系の双葉と文系の聡子では、以前は親友とまではいかない関係だった。だが一緒に緑心学園に進学した事で、急速に親密さを増していた。今では、毎日一緒に昼食を取るぐらいだ。

「でも、大丈夫?」

 恐る恐る、聡子は尋ねる。

「何が?」

 大きな瞳で、双葉が聡子を見る。

「だって、あの有野先輩と一緒に練習なんて……」

 少し間があり、双葉は乱暴に手にした菓子パンに噛り付いた。

「…大丈夫だもん!私だって……」

 双葉には、聡子の言葉の意味が良くわかった。
確かに鈴菜はすごい。同じ新体操をやっているから、余計にその凄さがわかる。でも双葉だって誰よりも練習してきたし、前のクラブではエースだったのだ。そんな経験があるだけに、素直に鈴菜との差を認められないでいた。まして一緒に練習するだけなのに、その資格すらないと思われるのは心外だ。

「だと良いけど……」

 聡子の声は心配そうだ。それが余計に癇に障る。双葉は無言で菓子パンを飲み込んでいく。二人の会話が途切れた。
 ふと、二人の前に影ができていた。気付いて顔を上げると、二人の前に人影があった。

「やあ、蔵本さん」

「あ、コーチ。こんにちは」

 立っていたのは、村川コーチだった。その顔には、親しげな笑みが浮かんでいる。双葉はパンを手にしたまま、頭を下げた。

「今、お昼なの?」

「はい。天気のいい日は大抵ここで食べるんです。コーチもお昼ですか?」

「いや、僕は煙草を吸いにね」

「ここは禁煙ですよ」

「ここで景色を見ながら吸うのが好きなんだ。おっと、先生達には内緒だよ」

 そういうと、コーチは屈託無く笑った。
 ふとコーチの視線が、自分達の膝元に注がれているのに気付いた。

「へぇ。おいしそうなお弁当だね。自分で作っているの?」

 聡子のお弁当を覗き込みながら、コーチは尋ねた。

「は、はい……」

 聡子は蚊が鳴くような声で答えた。

「僕は新体操部コーチの村川。よろしくね」

「わ、私…蔵本と同じクラスの仁科聡子です……」

 見ると、聡子は首まで赤くなっていた。

「聡子は、とってもシャイなんですよ。とくに、格好いい男の人の前では」

 面白がって、茶化すように双葉が言う。

「双葉ちゃん……」

 聡子は困ったように抗議した。

「はは。そりゃ光栄だね。それじゃそろそろ僕も昼ご飯食べてこようかな。おいしそうなお弁当見ていたら、お腹が空いたよ。それじゃ蔵本さん。また、部活の時にね」

「はい。コーチ」

 そう言うと、コーチは手を振って去っていった。

「聡子ちゃん?」

 コーチを見送り、ふと聡子を見て声をかけた。

「……」

 聡子は、顔を赤くしたまま、ぼんやりしていた。まるで、夢でも見ているかのように。双葉の声も、耳に入っていない様子だった。聡子の視線の先には、コーチの後ろ姿があった。

(9)

 自分の部屋に戻り、PCを立ち上げると、メールが届いている事に気付いた。そのメールの差出人の名前に、思わず注目した。ルイス・バローニ。それは俺にとって、特別な人物だ。

 渡米した最初、俺は大学で医療用マイクロマシンを研究していた。ルイスは同じ研究室にいた。飛びっきりの変人だったが、優秀でもあった。そのうち俺たち二人は、本来の研究テーマから外れ『人を操作するマイクロマシン』の開発を始めた。

 その後俺は、有名なスポーツトレーナーであるジョンソンにスカウトされ、研究室を去った。しかしその後もルイスとの関係は続いている。俺が費用を提供し、それを元にルイスはマイクロマシンの研究を続けていた。

「やあ。ヒロ。ずっと研究してきた新機能のプログラムが完成した。テストよろしく」

 相変わらず素っ気無い文面だ。俺がマイロクマシンを自らの欲望を満たす為に使用しているのに対して、ルイスはマイクロマシンを完成させる事自体に快楽を感じているようだ。研究馬鹿とは奴のような者の事を言うのだろう。
 だが新機能の文字が、俺の目を引き付けた。新機能は『ラーニング』といった。

 どうやって他人の体を操作するのか。寄生させたマイクロマシンから、肉体に指令を出せばいい。理屈は簡単だが、実際に無数にあるマイクロマシン群を複雑に制御するのは難しい。簡単な動作ならまだ何とかなるが、スポーツのような複雑で精密な動きとなるとお手上げだ。そこで他人の動きを丸ごとコピーしようというアイデアは、実は前からあった。
 ある人間の動きを、マイロクマシンを通じて記憶する。そして別の人間でその動きを再生する。それがラーニングだ。元々マシンにはその為の機能があり、制御ソフトのバージョンアップだけで可能となるらしい。

 これは単なる猿まねではない。最初は無理やり『再生』して動かしたとしても、最後には体がその動きを覚えてしまう。つまり、自分の意志で同じ動きができるようになるというわけだ。今までのマイクロマシンは、せいぜい筋肉や神経の強化に用いていたぐらいだ。だがこの機能を使うと、技術の修得が可能となる。例えば、理論上は誰にでも鈴菜の演技が可能になってしまうのだ。しかし。

 俺はネット経由でルイスが送ってきたファイルをダウンロードしながら、軽くため息をついた。
 守銭奴のジョンソンなら、この新機能を使った金儲けを考えるだろう。だが、今の俺はただの高校のコーチだ。新体操部を優勝に導くぐらいしか、正直言って使い道がない。

「とはいえ、ルイスは俺のテスト結果を待っているだろうからな。どこかで試してやるか」

 どんな技術も、結局は使い方次第だ。俺はこの新機能を使って、自分の欲求をいかに満たすか考えてみる事にした。

(10)

「あれ。今日はコーチと一緒じゃないんだ」

 練習が始まる前だった。壁際のバーを使ってストレッチをしていた早夜子は、体育館に入ってきた鈴菜を見て言った。早夜子は体が固い。バーに足を置いて、体を倒しただけで、顔が苦痛に歪んでいる。

「うん。今日はお休みなの」

 鈴菜は早夜子に答えた。

「今日の個人練習は中止だ。新体操部の練習に参加していろ」

 練習が始まる前、ご主人様は私の中に精を放つとそう告げた。

「鈴菜。ちゃんと双葉にも伝えておけよ」

「は、はい」

 制服の乱れを整えながら、鈴菜は返事をした。どういうつもりかはわからないが、少なくとも今日は双葉を転落させないですむ。内心、安堵していた。

「それで双葉ちゃんは?」

「蔵本?たしか体調が悪いって事で、今日は休みらしいよ」

「さあ。みんな集まって!」

 瑞希の声が体育館に響く。それは練習が始まる合図だった。鈴菜は頭を切替えて、他の者と同じように瑞希の所へ駆け出していた。

「さて。そろそろいいか」

 俺はもう一度モニターで、マイクロマシンの状態を確認した。完璧に作動している。俺はキーボードを操作し、マイクロマシンに指令を送る。それから立ち上がり、奥の方へと歩いていった。
 元々放送室として使われていたこの部屋には、奥に物置があった。少しずつ時間を見つけては、中の物を整理していた。その物置の扉を開けた。中は暗い。手探りで、明かりをつける。がらんとした殺風景な光景が、目の前に広がった。

 中には何も無い。パイプ椅子が一脚だけ置いてあり、そこに双葉が座っていた。
 感情の豊かさを表す大きな瞳には、今はガラスにように曇っていた。焦点の合わない目で、ぼんやりと俺を見ている。意識を刈り取られた双葉は、まるで精巧な人形のようだった。

「フフ。私はコーチの操り人形です、と言ってみろ」

「私は、コーチの操り人形です……」

 オウム返しに双葉は言った。

 実は最初に双葉を呼び出した時、俺は飲み物の中にマイクロマシンを混入していた。長時間かけてマイクロマシンは双葉の小さな体の至る所に寄生し、今では体の一部となっていた。

 俺は双葉の意識を奪い、瑞希に部活を休む事を告げさせると、ここに待機させていた。先ほど鈴菜を犯した時も、双葉はずっとここに座っていた。

「着ている服を脱げ」

「はい」

 抑揚のない声で答えると、立ち上がって制服を脱いでいく。ゆったりとした動きだが、躊躇いは一切見られない。真新しいセーラー服が、床に落ちた。

 俺は鈴菜に、双葉を奴隷にする手伝いをしろ、と命令してはいた。だがその場になったら、鈴菜は俺を裏切るかもしれない。そんな重要な事を、他人に委ねるほど俺は人間というものを信用していない。鈴菜には、『自分が手引きをした』という引け目さえ残ればいい。
 鈴菜が断腸の思いで決断した事を、あっさりと踏みにじる。楽しい気分だ。いや、結局鈴菜に手伝いをさせないわけだから、俺は案外優しい人間なのかもしれない。

 次第に双葉の肌が露になっていく。実際の年齢より、更に幼い双葉の体。シームレスタイプの白地にピンクのラインの入ったブラを外すと、微かに色づいた乳房が見えた。ほんの僅かに膨らみかけている程度だ。小花を散らせた子供っぽいショーツを下げて、足から抜く。双葉は、生まれたままの姿になった。

「俺がいいと言うまで、そのまま立っていろ」

「はい……」

 部屋の中に、ミルクにも似た双葉の体臭が満ちてくる。全裸の少女は、俺に全てを晒したまま、恥ずかしがる事もなく立ち尽くしていた。両手はだらりと垂れ下がったままだ。薄い体は、少し女性らしい丸みがある程度だった。下腹部に目をやると、あるべき黒い茂みがない。元々の体質なのだろうか。固く閉じた性器が丸見えになっていた。

 俺は双葉の体に手を伸ばす。微かな曲線を描く肉体を、執拗に愛撫していく。きめの細かい肌だった。

「ふぅん…はあ……」

 意識を失っていても、双葉はくすぐったそうにしていた。少しずつ、その息が荒くなってくる。改造は順調のようだ。
 俺のマイクロマシンは、双葉の体を急速に作り変えつつあった。性感を発達させ、快楽を覚えるように。特に性器は念入りに改造が必要だ。マイクロマシンに調べさせたところでは、双葉はやはり処女だった。今のままでも性交はできるだけだろうが、それは激痛を伴うものに違いない。トラウマになっても困るので、それなりに快楽を得るようにしてやるつもりだ。これで、バージンの淫乱少女の出来上がりだ。

 明日には鈴菜は自分の良心を押し殺し、双葉にマイクロマシン入りのドリンクを飲ませるだろう。それは、さぞ愉快な茶番劇に違いない。思わず、笑いが零れる。

「双葉。俺のチ○ポを舐めろ」

「はい」

 俺は下着を下ろし、肉棒をさらけ出して椅子に座った。裸のまま双葉は跪く。寄りかかるように、俺の膝に体を預けた。俺の下半身と双葉の体が重なっていく。

双葉は、ゆっくりと顔を俺の股間に寄せていった。かわいらしいピンク色の舌が見えた。双葉の吐息が、俺の下腹部をくすぐる。双葉の唇が、俺のモノに触れた。触れたまま、双葉の舌は上下に滑っていく。技術も何もない。双葉は焦点の合わない瞳のまま、規則的に男根を舐めていた。調教された鈴菜のフェラチオとは、当然比べ物にならない。しかしいかにも機械的で不自然な動きが、異様な色気を醸し出していた。意志を持たない精巧な人形に、奉仕させているかのような錯覚を覚える。

 ふと床を見ると、染みができている事に気付いた。双葉の股間から垂れ下がった体液が、絨毯を濡らしているのだった。無意識のうちにも、フェラチオしていて発情したのだ。

 こいつ、元々淫蕩な女なのかもしれないな。

 俺は双葉の頭に手を伸ばし、赤い髪を撫でてやる。

「歯を立てるなよ。絶対にだ」

 そう言うと、俺はツインテールの髪を握り、双葉の頭を激しく揺さぶった。喉まで肉棒を突き入れられ、意識があれば耐えがたい苦痛のはずだ。それでも今の双葉は無表情のままだ。虚ろ瞳のまま、ただ口だけを大きく開けて俺の分身を受け入れている。双葉の小さな口は、極上の性器だった。
 こうする事で、双葉は男根で喉を突かれる事にも慣れていくというわけだ。双葉を性奴隷にする為の個人レッスンは、本人も気付かないうちにもう始まっていた。

 ニチャニチャと、双葉の口が淫らな音を立てている。双葉の唾液と俺の汁が混ざり合い、泡立っていた。

 双葉の処女は、鈴菜の目の前で奪う事としよう。鈴菜がどんな顔をするか楽しみだ。
 俺は邪悪な企みと共に、双葉の口の中へと精を放っていった。

< 続く >

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