人妻人形日記 人形の家

 

・6月30日(月)

 

 

 メールでのことは冗談として、明日も仕事だし食事だけって感じだったんだけど、お酒が入って少しテンションの上がった小田島は、結局したくなったみたいでホテルまで誘導された。

 一生分の涙と失恋をしたばかりで、他の女とセックスなんてと思っていたけど、するなら早くしちゃった方が忘れられるかもしれないと、そんな不誠実な期待をしてシャワー上がりの彼女とベッドの上で抱き合う。

 

「ぱっ」

 

 バスタオルを開いて、どーだとばかりに小田島は裸を見せる。

 膝立ちになったスレンダーな肢体。子ども用の茶碗みたいなおっぱい。少女のままな腰つき。

 可愛いとは思ったけど、僕をくらくらさせてくれるようなあの魅力には、ほど遠く届かない。

 比べてはいけないと。あの人が特別すぎただけだとわかってはいても、チラリと失望が掠める。

 僕は、いかにも喜んでいるように笑うと、小田島の体に手を伸ばす。

 

「可愛いおっぱい」

「かわいい言うな。あんっ」

 

 持ち上げるようにして軽く揉む。ぷにぷにと、張りの良い肌が弾んだ。

 手のひらに収まるサイズは、僕にはちょうどいいのかもしれないと思った。

 

「んふっ、愛のおっぱい、気に入った?」

 

 いつまでも胸を触っている僕に、小田島は得意そうに微笑む。

 頭に浮かんでいた女性のことをそっと隅っこに追いやり、「うん」と答えた。

 

「貴司のも見せてー」

 

 小田島は僕のタオルに手をかけると、ぱっと外して顔を近づけてくる。

 ほんの少し立ち上がりかけているそれを見て、「結構好きな形かも」と機嫌よさそうに僕を見上げる。

 

「したげよっか?」

 

 そして、僕のを支え持って先端をぺろぺろ舐め始める。

 

「ん、れろ、れろ、んっ」

 

 いやらしい動きを見せつけ、僕の反応を試すように見上げ、口の中にも飲み込んでいく。

 慣れた仕草で行われるフェラチオに、すぐに固くなって反り返った。

 片手でシコシコしながら小田島は得意げに笑う。

 

「愛、上手でしょ?」

 

 確かに上手い方だと思う。

 下手くそで不慣れでも、もっと気持ちのいいフェラだってあるけど。

 横になって抱き合う。小田島は舌を絡ませ合うのが好きらしく、キスしたまま互いのいろんな場所に触れ、暖まっていく。

 ゴムをつける僕の前で、彼女は自分で太ももを持ち上げて開いた。

 

「きて……」

 

 僕が先端を当てると、彼女はお尻を浮かせて角度を合わせてくれる。

 そのまま腰を進めていくと、ぬるりと一気に彼女の中に飲み込まれた。

 

「あぁんっ、貴司ぃ」

 

 きゅぅと縮こまるように小田島のが締め付けてくる。

 奥まで到達すると、「はぁ」と熱っぽい吐息をこぼしてニッコリ笑った。

 

「やっとできたね」

 

 待ちわびた玩具をもらった子どもみたいな表情に、思わず僕も笑ってしまう。

 結構待たされたよね。と、僕が言うと「本当だよ」と彼女は指を絡ませてくる。

 

「貴司としたかった」

 

 うっとりと目を閉じる彼女にキスをして、ゆっくりと腰を動かす。

 小田島は僕の背中に腕を回して、楽しそうに微笑んだ。

 

「んっ……貴司の、いい……」

 

 互いの体を探り合い、相性の良い動きを見つける。

 遅めのペースで、長めのストロークでたっぷりと擦るのが彼女は好きみたいだ。

 性欲をぶつけるよりも、見つめ合ったり会話したり、キスしたりを楽しむ。

 付き合いたてのカップルってそうだったよなと年寄りじみたこと思った。僕はなんだか、この1ヶ月でセックスを一周してきたみたいな感じだ。催眠セックスを知ってしまった僕に、ノーマルのセックスは単調すぎる。

 

「あん、んん……貴司と愛って、なんだか……ふふっ、相性最高だね」

 

 そうだねと小田島に微笑み、少し速くしていいか尋ねる。

 彼女の了承を得て、僕は淡々と動いて射精を目指す。

 

「気持ちいい、貴司?」

 

 頬を撫でる小田島に「すごくいいよ」と応えて、僕はペニスを包む女の感触に集中する。彼女も、感じている顔をして僕にしがみついてくる。

 

「あぁん、愛も、いいっ。すごくいいのっ。あんっ、イクっ、ねえ、貴司も、あんっ、一緒にイッてぇ!」

 

 最初はこんなものだろう。

 そのうち僕らは、きっと本物の恋人同士になれる。

 

 

・7月4日(金)

 

 

「貴司、今晩メシ食いにくるか?」

 

 気さくに晩ごはんに誘ってくれる先輩に、「今日はちょっと」とお断りさせてもらう。

 明日、愛とちょっとした旅行に行く予定で、朝が早かった。

 

「なんだ、そうか。ま、じゃあそのうち来いな」

「はい」

「佳織もおまえに会いたがってるし」

 

 僕は一瞬、みっともなく狼狽しそうになったのをギリギリで堪え、「またまた」と笑う。

 

「佳織さんの料理をつまみに、酒が飲みたいだけでしょ」

「わかる? あいつ、貴司が来たときじゃないとビール制限が厳しいんだよな」

「先輩が僕に会いたがってるんじゃないですか」

「なるべく早く来てくれよ」

「はい」

 

 先輩に、「佳織さんは僕のことを何か言ってますか」と聞きたくてしょうがない。

 会話の端にでも名前が出てくることはありますかと。

 もちろん、そんなことを聞く勇気はなかった。

 

「あーあ。さっさと5時過ぎないかな」

 

 僕の隣で、佳織さんの夫は早く家に帰りたがっていた。

 彼女に会いたいから。彼女の料理を自慢したいから。美しい妻を独身の僕に見せつけたいからだ。

 佳織さんは、これから先輩に恋をすると宣言していた。先輩にも自分に恋してもらうって、あの人は大真面目な顔をしてそんなことを言ってたんだ。

 先輩が、ずっと佳織さんに恋をしていることに気づきもしないで。

 緩んだ口元で、僕は相づちを打つ。

 

「ええ。早く終わらないっすかね」

 

 僕の報われない恋心が。

 

 

・7月16日(水)

 

 

 玄関先でばったり佳織さんと出会い、固まってしまった。

 彼女も驚いた顔で硬直してしまうけど、慌てて僕は「おはようございます」と頭を下げる。佳織さんも、大きな袋を両手に持ったまま「おはようございます」と同じように頭を下げる。

 そして顔を上げて、お互いの真っ赤になった頬を見て笑う。

 

「おひさしぶりです」

「んー、なんだかそんな感じだよね。元気だった?」

「はい。佳織さんも?」

「元気だよー」

 

 彼女の持っているゴミ袋がガサガサと鳴る。

 そういや今日はゴミの日か。うちは一人暮らしだから毎回出すほどじゃないけど、ちゃんとした生活しているところは結構なゴミも出ちゃうよな。

 

「ゴミ出しに行くところなんですよね。ついでに持っていきますよ」

「え、いいよ、いいよ。重いし」

 

 パタパタと手を振って、「お仕事いってらっしゃい」と佳織さんは微笑む。

 やっぱり、きれいな人だな。あのときと全然変わらない笑顔で、ホッとしたし切なくもなる。

 僕はその手から少し強引にゴミ袋を受け取ると、「いってきます」と応える。

 佳織さんは驚いた顔して、そしてまた笑ってくれた。

 

「今度またごはん食べにおいでよ」

「はい。お邪魔します」

 

 そうして彼女から預かったゴミを集積所に置いてから、盛大にため息をついてその場にしゃがむ。

 ドキドキした。緊張した。

 なんだか全然ふわふわした会話しか出来なかった気がするけど、それでも佳織さんは最後に言ってくれた。またごはん食べにおいでって。

 そして、ゴミ袋を奪ったときにほんの少し触れただけの手の感触にまで、僕はドキドキしてしまっていた。

 なにしてんだよ、もう。

 

 

・8月10日(日)

 

 

 愛の両親が祖母の家に行っているとかで、彼女の家に遊びに来ていた。

 彼女の高校時代のアルバムなんかを開いて、2人でカーペットの上にゴロゴロしながら、どうでもいい会話をだらだらしている。

 

「愛も一人暮らししたいなぁ。社宅、空かないかなー。ちらり」

「僕に出て行けってこと?」

「えー、そんなこと言ってないよ。隣の人たちはまだ出て行かない感じ?」

「どうだろ。子どもいないし、まだじゃないかな」

「早く作ればいいのにー」

 

 愛はパタパタと足を泳がせながら、唇を尖らせる。

 僕はその足をバシっと蹴って押さえつけて、「うるさい」と言う。本当にうるさいと2回言う。

 

「お隣さん、貴司んとこの係の人でしょ? 知ってた? あの夫婦、幼なじみなんだって。年の差あるけど、ずっと付き合ってたんだって。そういうの信じられないよね」

「なんで?」

「ずっと同じ人に縛られてるっていうか、愛なら絶対イヤになる。だって子どものときからだよ? 他の男を知らないとか、遊ぶ相手も同じ人だけとか、人生かけた罰ゲームじゃん」

「……それでお互い満足なら、最高の人生だろ」

「愛は絶対無理ー。意味わかんないなぁ」

 

 ごろんと寝返りというか回転して、愛は僕の上に乗る。

 背中同士を重ねて。

 

「たくさんと付き合う必要はないと思うよ。全然。でも、やっぱある程度はいろんな人と付き合ってみないと、自分に合う人なんて見つからないっしょ」

「最初に出会った男が最高だったらどうするの。元に戻すの?」

「戻るよ。そこはどんな手を使っても。だけどだいたいの女子は、最初の男には嫌な思い出しかないね」

「そういうもん?」

「だよ。初カレのときなんてみんな子どもだから、そりゃ付き合ってるときは最高だって信じちゃうけどさ。でもそれが冷めたときは本当ひどいから。だって相手の男もガキなんだもん。別れ際なんて特に最低。元サヤなんてしてるのは、次の男見つけるのが面倒なやつだけだよ」

 

 愛って本当に極端なことしか言わないけど、ハッキリしているのはわかりやすくて助かる。

 こういう調子で、どういう風に付き合えばいいかもほぼ自分で解説してくれる。きっと彼女ならこれからもわかりやすく付き合ってくれるし、別れたいときに別れてくれるんだろう。

 それは今の僕にとっても良い恋愛治療だった。

 

「もっちろん、今の愛には貴司が最高だけどー」

 

 僕の後頭部にぐりぐりと頭を押しつけてきてちょっと痛い。というか重い。

 どけろよとお尻を上げて転がすと、何が面白いのか子どもみたいに笑ってた。

 

「ん?」

 

 アルバムの部活ページで愛の姿を見つける。

 彼女は、時代がかったドレスを着てステージに立っていた。

 

「あー、それ? 愛、演劇部だったから。それ主役やったときのだよ」

「へえ、演劇部。女優でも目指してたの?」

「別にー。目立ちたかっただけ。なんか女子社会だったし、つまんなかったな。顧問も固い脚本ばっかりやらせるから、かなり反発して自分たちでアレンジとかしてたし。これも確か『人形の家』とかいう、つまんないやつやらされたの。イプセンだとかリプトンだとかいう人の書いた話」

「……人形の家?」

「そうそう、なんか女性の自立がテーマとか政府みたいなこと言ってるやつ。愛はノラっていう人妻の役だったんだ」

 

 人形の家。

 タイトルくらいは聞いたことあったけど、どんな話かも知らない。

 ただ――かなり引っかかった。

 人形と人妻という部分に。

 

「それって、どんな話?」

「んー、だいたい忘れたけど、確か旦那が金持ちの弁護士かなんかで、ノラってのは余裕で専業主婦してたのね。だけどノラには秘密があって、そのことを知ってる旦那の部下に脅されたりするの。あ、部下は自分がクビにされそうだから、条件としてノラに守ってくれとかいうのね」

 

 だけど、そのままだと話が堅すぎるから部員たちでアレンジした。

 部下をイケメンにして、ロマンスを勝手に混ぜた。脅してきた部下と恋に落ちて、ノラも彼を守るために動く。でも、部下はクビを切られてノラは夫に疑われる。DVもされるようになる。

 愛はしゃべっていくうちに思い出してきたのか、当時のことを楽しそうに語り出した。

 

「で、結局のところ元部下がノラを守ってくれて秘密も守られたんだけど、そうなると夫も態度をコロっと変えちゃうのね。『俺のベイビー愛してるよ』って。それを見てノラもブチ切れるの」

 

 愛はそこで立ち上がり、ステージにいるみたいに悲劇に陶酔した表情をして、身振りも大げさに嘆きだす。

 

「そう、私はただの人形だった。あなたにはいつも優しくされていたけど、この家はまるで子どもの玩具の部屋。私はあなたの操る妻人形だった。父にとっては子ども人形だったのと同じように!」

 

 ノラは、小さい頃から良い子だった。

 父の言うとおりに育ち、結婚してからは旦那に従った。二人とも優しくて幸せだと思っていた。

 ただその優しさが、自分が服従している限りの偽りの優しさだと気づいた彼女は、自立して家を飛び出すことを選ぶ。

 女性が人形を脱して、一人の人間であることを高らかに宣言する物語だ。

 愛は、僕しか観客のいない自室で感情を込めてノラを演じきった。

 

「そんで、最後は元部下と抱き合って完! 原作とは全然違うけど、その方が絶対感動するって先生にみんなで言ってね」

 

 おそらく原作のテーマをまるで無視するラストだったろうし「先生かわいそう」としか思わないけど、僕には彼女の話が意外と刺さっていた。

 顔を上げられなくなるくらいには、胸に効いていた。

 

 幸福だと思っていた毎日が、じつは自己満足や勘違いだったなんて話は珍しくない。

 人間は誰だって思い込みの奴隷だ。催眠術なんて使わなくても、簡単に事実から誤魔化されることもある。

 ほんの少し角度を変えて見るだけで、全然違う顔をするのが幸せというやつだ。佳織さんが自分の恋の正体に気づいたように、いきなり揺らいだりもする。

 だけどその上で、彼女は家庭を選んで帰っていった。真実を先輩との生活で見つけるために。

 人形と、人形にすがり続ける僕を捨てて。

 

「……愛」

「ん?」

「結婚しよう」

 

 唐突に、顔をクッションに伏せたまま始まった僕のプロポーズに、愛は当然のように「はあ?」ときつい問い返しをした。

 

「え、いやいや、なんで? いやまあ、気持ちはちょっとは? 嬉しくなくはないけど? でもまだ付き合って1ヶ月だし、それはないんじゃないの。急にどうしたの?」

 

 幸せがどんな形をしているかなんて、誰にもわかるはずがない。

 きっとノラにもわからない。結末に余計なロマンスを付け加えた愛たち女子高生の気持ちも、この戯作者にはきっと理解できないだろう。

 僕らは、ただ愛した人が手に入れる幸せが、その人にとっての本物であることを願うだけだ。

 そして僕も、自分の幸せのために生きるしかない。佳織さんのいない人生の中で。

 

「結婚したい。やっぱり僕は1人じゃダメなんだ。一緒にいてくれ。結婚しよう」

「マジどうしたの。愛のお芝居にそんなに感動を……?」

「それは絶対ないけど、結婚したいんだ。今すぐ」

 

 愛は、盛大にため息をつくと、「うりゃっ」と僕の首根っこを掴んで持ち上げる。

 

「頭冷やせー、僕ちゃん。愛はまだそんな気ないから。したくないって意味じゃないけどさぁ。ぶっちゃけ愛たちもまだそこまで続くかわかんないっていうか、もう少し様子みたいじゃん」

 

 ね、と可愛らしく首をかしげてみせる。

 なだめるように、僕の頭を撫でる。

 

「そうだね。どうかしてた」

「んふふ。わかればいいよ〜」

「驚かせたお詫びするよ」

 

 そう言って僕は、彼女にうつぶせになるように言う。

 

「マッサージしてあげる」

 

 ごめんな、愛。

 僕の幸福にはやっぱり、人形が必要みたいなんだ。

 

 

・8月29日(金)

 

 

「結婚すんの? マジかよ」

 

 先輩たちに招かれた夕食の席で、僕と愛は初めて家族以外に婚約を打ち明けた。

 予想通りに驚いた顔で笑う先輩の横で、佳織さんはただ目を丸くしていた。

 

「はい。2人で話し合って決めたんです。ね?」

 

 誇らしげに愛は微笑み、僕と目を合わせる。

 そうなんですと、僕も先輩に報告する。年内には籍を入れると。

 

「へえ……付き合ってるって聞いたのもつい最近なのにな。いや、おめでと。貴司もとうとう所帯持ちか。とうとうってか、早いなオイ」

 

 先輩はグラスをかちんと僕と鳴らして、愛にも傾ける。

 ありがとうございますと、愛は両手でグラスを持って乾杯に応える。

 

「なんか、小田島も雰囲気変わったな。大人っぽくなったっていうか、落ち着いたっていうか……きれいになったんじゃないか?」

 

 愛は、率直な先輩な褒め言葉にも微笑みを浮かべる。

 おおげさに茶化したり浮かれたり、子どもじみたいつもの媚びを見せたりしない。

 前の彼女を知っている人には、大きな変化に映るだろう。

 僕が変えた。

 佳織さんみたいな女性に――改造中なんだ。

 

「ありがとうございます。愛も貴司さんの奥さんになるんだから、大人になんなきゃって、がんばってるんですよぉ」

「へえ~。おい、貴司もやるな。って、どうした佳織?」

「え? あ、ごめんなさい、びっくりしちゃって。その……おめでとう、二人とも」

 

 佳織さんの声が動揺していた。

 僕は、彼女の顔を見られないでいる。

 代わりに愛が答えてくれた。

 

「ありがとうございます。あの、結婚したらお隣さんになりますので、これからもよろしくお願いします!」

「おう、そういうことになるな。小田島……いや、もうすぐ名字も変わるし愛でいいか。よろしくな、愛。俺たちに何でも頼ってくれ」

「よろしくね。愛ちゃん」

「はい! ありがとうございます」

 

 僕はおとなしくビールに口をつけた。

 いつも3人で過ごさせてもらった食卓に、これからはもう1人増える。僕にも家庭が出来て、そのうち彼らを家に招待したりもして、普通のご近所付き合いが始まるようになる。

 

「この和え物もすごく美味しい。佳織さんってお料理上手~」

「全然だよ。ほとんどネットのレシピだもん。たいしたことないから」

「えー、それでもすごい美味しいです。愛も佳織さんのこと先輩と呼ばせてもらおうかなぁ」

「や、やめてよ~」

 

 だから、慣れないといけない。

 ただのお隣さんとして、佳織さんのことを意識せずに暮らしていけるように、僕はならないといけないんだ。

 

「おふたりって、お子さんとかまだ予定してないんですか?」

 

 唐突に、無邪気に不躾な質問する愛に、僕たちは驚いた顔をする。

 だけどすぐに「まあな」と先輩は破顔した。

 

「そろそろかなって話はしてるんだ。俺もいい年になっちゃうからな」

「ちょ、ちょっと」

 

 佳織さんはすごく赤くなって先輩の腕を叩く。

 そして、固まっている僕に、ちらりと恥ずかしそうに視線を向けて目を伏せた。

 愛だけは、楽しそうにハシャいでいる。

 

「赤ちゃん見たい! 絶対、可愛いですよ。佳織さんに似れば」

「俺は?」

「は、恥ずかしいからその話はもう、ね?」

「女の子だったら最高ですねー! 佳織さんみたいな子と仲良くしたいなっ」

「俺は?」

 

 盛り上がる会話の外で、意識を落ち着かせるために息を吸い、長く吐く。

 僕らはこれからそれぞれの家庭で、それぞれの幸せを見つけて、そしていつかあの1ヶ月と少しの幸せと興奮に満ちた秘密を忘れてしまうんだ。

 だから、これが最後。

 本当に最後の。

 

「――僕の催眠人形」

 

 テーブルが一瞬で凍りつく。

 愛、佳織さん。そして――先輩。

 僕は先輩にもキーワードを仕込んでいた。

 それぞれが直前の姿勢のまま瞳をうつろにして、時間を止めてしまう。

 その中で、僕は先輩と佳織さんに頭を下げる。

 

「すみません。すぐに終わります」

 

 リビングの時計の音が、コチコチと耳障りに聞こえた。

 ぐいっとビールを一息に飲み、グラスを置く。

 

「おふたりに一つだけ、お願いがあります」

 

 もしも佳織さんに僕の気持ちが通じたら、少しだけ彼女の心の中に未練を残す場所をもらう。

 勝手にした約束を、今夜果たさせてもらう。

 

「子どもが生まれたら、もしその子が女の子だったら、名前の候補に付け加えて欲しいものがあります」

 

 佳織さんは今日もきれいだった。

 ますますきれいになっていた。

 それが先輩への恋のせいだとしても、僕は彼女の美しさを心から讃えたい。

 あなたが大好きでしたという、この叫びを封じ込めて。

 

「“ミカ”っていう名前です。ミカちゃん。可愛い名前でしょ? 僕の……初恋の人形の名前なんです」

 

 膝に置いた拳に水滴が落ちる。

 みっともなく流れる涙を拭って、喉を引きつらせて、先輩と佳織さんにお願いする。

 

「他にもっといい名前があるなら、いいです。話し合いのとき、幸せな相談をしているとき、頭の片隅に、この名前をよぎらせ、口にしてもらえるだけで。ミカちゃん、です。僕の、大好きな人形だったんです。もしも、気に入ったのなら、で、いいので。その名前を、思い出してください。ふたりで」

 

 この催眠は強制じゃない。決してそんなことはしない。

 先輩も佳織さんも、もう僕の人形じゃない。

 

「それだけです。邪魔してすみません。すぐに……解除します」

 

 息を整えて催眠を解除する。

 賑やかさの戻ったテーブルで、僕は先輩のくだらない冗談にもお腹を抱えて笑う。

 

「愛たちも、子どもがんばっちゃう?」

 

 キラキラした目でそんなこと言う愛に、僕も「いいかもね」と相づちした。

 先輩は「それじゃ競争だ」なんて言って笑ってる。

 佳織さんとは、そのあともあまり目が合わせられなかった。

 

 

・9月2日(火)

 

 

 一人になると、PCの前に座っていることが増えた。

 からっぽになった佳織さんのフォルダには、今はテキストファイルが一つだけ入っている。

 自分を慰めるために、ほんの気まぐれで佳織さんとの日々を振り返り、それを文章にしてみている。感情に深く結びついた忘れられない思い出も、文章にして起こしてみると心とちょうどいい距離が作られるって何かで聞いたから。

 もちろん、僕と彼女の名前もまったくの偽物だ。愛も先輩もデタラメの名前。北山だけ本名。そんな他人事のようにして、小説みたいな日記を書いてみている。

 文章なんて書き慣れないし、なんだかすごく自分の気持ちばっかり大げさに書いてしまって、我ながら気持ち悪いなって苦笑したりもする。

 彼女に初めて催眠をかけたときの驚きと興奮も、彼女に触れたときの感動も、二人で過ごした毎日の楽しさも僕の文章力じゃ全然何を書いているかもわからない。

 でも、少しずつ振り返られるようになってきた。自分の中の異常性も、佳織さんの強さも、わかるようになってきた。物語のキャラクターとして、僕や佳織さんは動き出していた。

 だったら結末もちょっと変えてみようか。都合のいい奇蹟を連発して、僕と佳織さんのハッピーエンドにしてもいいかもしれない。

 そして一段落まで書けたら、あのサイトに投稿してみようかなと思う。

 あそこの人たちは、きっとこの拙い文章にも温かい感想をくれるだろう。この変態だとか鬼畜野郎とか、そんな風に罵ってもらえたら嬉しい。続きだって書いてやる。

 

 そうして僕の思い出は、僕から少しずつ離れていくんだ。

 

 

・9月28日(日)

 

 

「ごめん、すぐに出るから!」

 

 愛からの電話に平謝りしながら服を着替える。

 慌てて足の小指をぶつけて、悲鳴を上げちゃったりもする。

 

『大丈夫? 無理しなくてもいいよ。貴司さん、最近疲れてるんじゃない?』

 

 愛はそんな僕を優しく気遣ってくれた。

 催眠術のせいとはいえ、近頃の彼女には細やかな愛情を感じるし、僕もそんな彼女のことをとても信頼していた。

 

『今日はデザイン見せてもらうだけだから、無理しくていいって。愛の方で気に入ったの写真送るから、貴司さんが決めて?』

 

 だけど、ウエディングドレスのデザイン打ち合わせに寝坊して欠席というのも愛に申し訳ない。急ぐから先に行っててと彼女に言って、僕はけんけん跳ねながら靴下を穿く。

 昨日遅くまでPCに向かっていたから、ついつい寝過ごしてしまった。おかげで月曜の更新日には間に合いそうだし、感想板の常連さんたちとの約束は守れそうだけど、まさかそんな理由で遅刻したなんてこれから妻になる女性には言えるわけない。

 ぼさぼさの髪をなんとか外に出られるくらいには整える。

 ヒゲは目立たないからまあいいか。

 歯を磨いて、身だしなみをチェックして、今から出れば間に合うかもしれないと玄関に向かいかけたところでチャイムが鳴る。

 

「……誰だよ、こんなときに」

 

 まさか愛が迎えに来てくれたとか?

 財布とケータイを探してポケットに入れ、急いで玄関を開ける。

 

 ――そして、そこに立っていた人物を見て息が止まった。

 

 長い髪を恥ずかしそうに撫で、手には包みを持って。

 赤い頬をした佳織さんが、僕んちの玄関にいた。

 

「あ、あの」

 

 手にした包みを差し出すのか引っ込めるのか、決めかねているのかと思うくらいモジモジと緊張している佳織さんが、声を詰まらせながら言う。

 

「うちの人、パチンコが調子よくてお昼帰ってこないっていうから……もし、よかったら、おかず余っちゃうし……その」

 

 いつかふたりで食事をしに行ったときと同じ小花柄のワンピース。そして少しメイクしているのか、肌の色がいつも以上に明るい。

 隣の家に行くのにわざわざめかしこむわけないと思うけど、それでもやっぱり間違いなかった。

 佳織さんだ。

 僕の大好きな。

 

「……だから、その……」

 

 時間が止まったと思ったのは一瞬だった。

 それからの僕は、自分でも驚くほど手早かった。

 

「あっ!」

 

 ほとんど、本能のまま動いていたと思う。

 佳織さんの手を引いて玄関に入れた。

 誰も見ていないことを確認して、彼女の後ろでカギをかけた。

 自分の心臓の音と、頭の中を濁流のように流れる熱い血を感じる。

 乱暴に彼女の腕を引き、床に広げっぱなしだった結婚情報誌を踏んづけ、部屋の奥の壁に押しつけて。

 

「んっ、んん!」

 

 抱きしめて唇を奪う。

 佳織さんの匂いを思いきり吸って、夢ではないことを確かめながら舌を吸う。

 

「ぷはぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 佳織さんの顔。佳織さんの唇。佳織さんの髪。

 間違いないと確かめて、その瞳を覗き込む。

 

「……佳織さん」

 

 これまで積み重ねてきた長い別れも、彼女が鳴らしたチャイムで崩壊した。

 膝の力が抜けたのか、くったりとした佳織さんを抱きしめて僕はもう一度彼女の名を呼ぶ。

 

「佳織さん!」

 

 腕の中で彼女の体がわずかに震える。

 僕の叫びに小さな声で「はい」と答えてくれた。

 

「佳織さん! 佳織だ!」

 

 抱きしめて、そのままベッドまで連れて行く。

 押し倒されても彼女は抵抗しなかった。それどころかお風呂上がりの匂いまでさせていた。

 あらためて佳織さんを見下ろす。長い髪がベッドの上に広がり、僕から背けた横顔が紅潮して胸が大きく上下している。

 なんてきれいな人なんだ。

 長いまつげと、湖みたいにキラキラと光を反射している大きな瞳。しゅっとした鼻筋に、少しぽってりとした唇が色気を感じさせる。

 白い肌には無駄な肉もないのに、欲しい場所には余るほどのボリュームを与えられた肢体。

 佳織さんだ。

 僕が憧れてやまない、男を夢中させる最高の人妻の佳織さんが、ベッドの上にいる。

 ワンピースのボタンを外しながら、僕は「どうして」と何度も問う。

 

「どうして、どうしてこんなとこ来たんですか。こうされるのはわかってたでしょっ。僕が我慢できるわけないって!」

 

 ブラも外して、佳織さんの乳房を剥き出しにする。

 ぶるん、と音が聞こえるくらい大きな胸が左右に広がる。

 佳織さんだ。間違いなく佳織さんのおっぱい。

 ぎゅっと唇を噛んで、赤い頬を僕に向けて佳織さんは静かに涙をこぼした。

 それでも、僕の手が止まるわけがない。

 愛して、狂おしいほど求めて、そして血を流す思いで忘れようとしていたのに、こんなにもあっさり僕の下に身体を投げ出すなんて。

 

「どうして……どうして!」

 

 スカートをめくって、ブラと同色の下着を引きずり下ろす。

 そこはもう女の香りであふれていた。

 佳織さんがどうして僕のところへ来たのか、匂いでわかるくらいに。

 ジーンズから乱暴に引き抜いた僕のペニスも、はち切れそうなくらい硬くなっていた。

 

「もう、離しませんからね。あなたを僕の女にする。絶対に離さないっ。もう二度とっ、僕はあなたを諦めない!」

 

 もどかしい気持ちで彼女のそこに照準を合わせる。避妊具を着ける気になれなかった。そんな余裕なかった。

 

「いいんですね?」

 

 くちゅりと音を立てるヴァギナを前にして、ギリギリの理性で彼女に尋ねた。

 佳織さんは答えない。

 答えられないんだというように、ただまぶたを固く閉じて涙を浮かべる。

 

「……いいんですよね?」

 

 しつこく何度も尋ねる。

 佳織さんは答えない。

 それが答えだとわかっているのに、まだ先輩に対する操で自分を責めている彼女に、やるせないような苛立ちを覚える。

 彼女の太ももを、僕は両手で持ち上げてアソコを開く。

 

「あっ!」

 

 佳織さんは驚いた声を出したが、すぐに唇を噛んで閉ざした。僕はそこにペニスの先端を近づける。

 大きく足を開いた人妻と、猛りきった男根を押しつける隣人の男。休日の真っ昼間にありえない格好だ。

 今から不貞を始めると宣言するためのスケベなポーズに、佳織さんは真っ赤になって唇を噛む。

 

「……いきます」

 

 まるで抵抗するそぶりもない彼女の中に、僕のがどんどん潜っていく。

 きつさ。ぬめり。絡みつき。

 全てがあの夜の思い出のままに。

 いや、もっと鮮明に佳織さんを感じる。

 

「あぁーッ!」

 

 そして僕のがふたりの幸せスイッチに届いたとき、佳織さんも感極まった声を上げて仰け反り、僕も吠えた。

 

「佳織さんっ、佳織さん!」

 

 狭いベッドをぎしぎし鳴らし、佳織さんの甘い体を揺さぶる。

 最初に上げた大声を恥じたのか、声を我慢して白くなるほど唇を噛み、彼女は緊張して手足を突っ張らせた。

 だけど僕の好きにさせている。極上の人妻の身体を、昼間から好きに抱かせてくれている。

 

「佳織さんっ、いいよ、佳織っ。やっぱり佳織が最高だ!」

「んっ……貴司、さん……ッ」

 

 頭の中まで溶けていく。

 麻薬のようにセックスの快感に溺れる。

 オスの本能が、目の前にいる女を独占しろ命じる。

 

「佳織さん、佳織さん……好きだっ、好きだぁ!」

「あ、うぅ……んっ、んんんっ!」

 

 ピクンピクンと小さなエクスタシーを体で受け止め、佳織さんは乳房を震わせる。シーツを握りしめる手が、突っ張ったままの足が、まるで僕に拘束されているみたいでますます興奮する。

 狂ったように腰を動かして人妻の密壺をかき回す。あれから旦那のペニスが何度も入ったそこを、もう一度僕の形にするように。

 

「はっ、は……はっ、あっ、あっ、あっ!」

 

 やがて我慢できないように、佳織さんの口が開いていく。

 息づかいに甘い吐息が混じり、喉を震わせて嬌声が響き始める。

 

「あっ、あんっ、あっ……あぁぁ!」

 

 シーツを強く握っていた指が離れて、求めるように宙をさまよう。

 僕はその手にしっかりと自分の手を重ねて、指を絡めるようにして握りあう。

 

「佳織さん! すごくいいですっ。やっぱり僕は、あなたじゃないとダメだっ。あなた以外の女で満足なんてできないんです!」

「あぁ、アッ、んんっ、は、あ、アァっ、あぁんっ、あんっ、アァ、あぁーっ!」

「会いたかった! 抱きたかった! あなたも、そう思っててくれたんですよね!」

「んんんっ、あ……んんっ、んーッ!」

「そうですよね! 佳織さんも、僕のこと好きなんだ……欲しかったんですよね!」

「んん……んっ、んっ!」

 

 佳織さんはぶるぶると首を横に振る。

 言葉にしない抵抗。

 心の最後の壁。

 あぁ、佳織さんだ。

 あなたのその潔癖さも貞操も、脆さも弱さも好きだ。

 本当の恋とセックスを知り、夫では満足できなくなり、ピュアな心と熟れきった贅沢な身体を持て余し、耐えきれずに僕のところへ来てチンポを突っ込まれてイキまくっているのに、最後まで抵抗してしまうあなたがどうしようもなく好きだ。

 

「僕の催眠人形」

 

 壊してあげるね。その心の壁。

 君は何も言わなくていい。僕だけが知っているあなたのお人形さんに聞く。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 

 息づかいだけの人形の肉体になった佳織さんの足を高々と持ち上げて開き、そのうつろな瞳と見つめ合う。

 

「可愛いよ、僕のカオリちゃん……本当に美人さんだ」

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

「おまんこもすごく気持ちいい。本当に久しぶりにセックスできたね、僕たち。最高だよ。カオリちゃんがやっぱり一番だ……!」

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

「正直に答えて。僕のセックス気持ちいい?」

「ふっ、ふっ……はい……ふっ、ふっ」

 

 ゾクゾクする。

 佳織さんの心の声。カオリちゃんの素直で力の無い人形の声。

 僕の口から零れたよだれが、佳織さんのおっぱいに落ちる。

 

「旦那さんよりもいい?」

「はい……ふっ、ふっ」

「最高って言って」

「ふっ、ふっ……さいこぉ……ふっ、ふっ」

「貴司くんのチンポ大好きって言って」

「貴司、くんの、チンポ……ふっ、大好き、ふっ」

「ありがとう。カオリちゃんのおまんこも最高だよ。一番大好きだよ!」

 

 おっぱいに落ちた唾液を自分で吸う。乳首も咥えてベロベロ舐める。

 

「このおっぱいも最高に美味しい……僕に会いたかった?」

「はい……ふっ、ふっ」

「僕のこと想ってた?」

「ふっ、ふっ……はい……ふっ、想ってました……」

「毎日?」

「毎日……はい。ふっ、ふっ」

 

 嬉しい。

 僕たちは両想いだった。

 会えないときもずっと愛し合っていたんだ。

 

「どんなときに僕のこと思い出してくれてたの?」

「ご飯を作ってるとき……ふっ、ふっ、お掃除して、あの人のじゃない髪を見つけたとき……ふっ、ふっ、肩が、こったなって思ったとき……ふっ、ふっ」

「僕のことを考えて、どうしたの?」

「ふっ、ふっ、メール、開いたり……なんとなく、廊下に出てみたり……あの人を見送るとき、ふっ、ふっ、隣の部屋のドア、気になったり……」

 

 じわりと胸が熱くなる。

 甘酸っぱい恋心でいっぱいになる。

 佳織さんが愛しい。

 

「……僕が結婚するって聞いて、どう思いました?」

「心臓が、ふっ、止まるかと……ふっ、ふっ、そのあと、すっごく、胸が痛くて……ふっ、ふっ、顔、見れなくなったです……」

「前に、玄関前で会ったの覚えてますか? ゴミを出そうとしていて、僕が無理やり取ったら指が触れたの覚えてますか? あのときはどう思ったんですか?」

「ふっ、ふっ、ふっ……覚えてる……ドキドキして、切なくなって、指、ずっと触ってました……」

 

 答え合わせのように僕たちの気持ちが一致していく。あの日、あのとき、僕と佳織さんはたしかに同じ想いで結ばれていた。

 結ばれた幸福感が増していく。

 

「……僕でオナニーしてくれた?」

「ふっ、ふっ……はい……」

「何回くらい?」

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

「一週間に何回くらい?」

「ふっ、ふっ……一回かそのくらい……」

 

 なんだ、そのくらいか。

 僕は毎日していたよ。

 愛とセックスしながら佳織さんとする妄想をして、彼女を調教していた。佳織さんとしているつもりだった。

 でも。

 

「佳織さんも旦那さんとセックスするとき、僕のこと想ってた?」

「はい……貴司くんのこと思い出してた……ふっ、ふっ」

 

 嬉しすぎる。腰の速度が上がってしまう。

 もうそんな切ない想いをしなくていい。僕がいつでもあなたを抱いてあげます。

 

「起きて、佳織さん。あなたは今、僕とセックスしている。待ち望んで焦がれたセックスだ。もう誰も僕たちを邪魔できない!」

 

 催眠を解除する。

 その瞬間、佳織さんの瞳に光が戻って、大きく口が開かれる。

 

「アァーッ! あっ、あ、あぁぁぁぁ!」

 

 仰け反った胸の上で弾む白い乳房。

 ツンと先端の乳首を踊らせて、佳織さんが激しく乱れる。

 

「佳織さん! 僕に、任せてもらえますね? あなたの家庭も、僕の家庭も、どうするかは任せてもらう。あなたを必ず僕のものにする! 何度も、何度も、あなたを犯して、僕だけのものにする! いいですね!」

「アッ、アッ、あぁぁーっ! あっ、あんっ、んっ、あっ、んんっ!」

 

 口をぱくぱくさせ、声を堪えて、佳織さんは僕にされるがまま快楽を受け止め続ける。

 それはまるで、人形を犯しているかのようだった。

 人形が、自分の意思で僕の所有物になるために、僕の部屋をノックしたんだ。

 

「愛してる、佳織! カオリちゃん! 佳織さん! 僕の人妻人形っ、きみは僕だけの人妻だ!」

「アァーッ! あっ、あっ、あぁぁー!」

 

 何度も彼女に宣言しながら腰を振って、ペニスを突き入れた。

 彼女の膣の一番奥に触れあうたび、ふたりにしかわからない快感が心を満たす。

 この幸福のスイッチは僕たちだけのもの。ここが僕たちの『人形の家』だ。

 何度も彼女に宣言しながら腰を振った。

 避妊具のない生で触れあう互いの性器は、容赦のない快感で僕らを夢中にさせた。

 彼女の奥で触れあうたびに、2人にしかわからない感覚が生まれて心を満たす。

 ここが僕たちの人形の家。

 小さくいびつで、幸福な人形の世界。

 その扉を陰茎でノックしながら、僕たちのミカちゃんと遊ぶ未来を思い描いた。

 僕と人形の愛の物語は、まだまだ続くんだ。

 

 

<おわり>

11件のコメント

  1. あ、またコンドームしてる!
    ここは生の方がインパクトあったと思いました。
    できれば、アフターストーリーも読みたいです!

  2. この作品懐かしいです〜
    ノクターンノベルでも読んでますが相変わらず素晴らしい出来栄えだと思います。
    個人的には小田島を2週間で堕としたシーンが、加筆されないかなと期待していましたが、今後増えたりしないですかね?(チラッ
    完結後の妄想が捗る傑作ですね!

  3. この変態鬼畜野郎!w

    催眠術で無理矢理小田島を堕としたというのに結局佳織さんに戻っていくなんて!
    ・・・佳織さんが望んだから仕方ないでぅねw
    最後の佳織さんとのエッチも増量されていて非常によろしかったのでぅ。
    佳織さんも結局快楽落ちみたいな感じなんでぅけど、貴司くんが小田島と結婚すると言われた後の佳織さんの絶望の日々を考えるとそっちも見たい所でぅ。(チラッ)
    まあ、みゃふも爪楊枝さんと同じく小田島を堕とす描写はすごく見たい所でぅ。(MC強めだろうし佳織さんの絶望の日々よりみたいかな?(チラチラッ))

    結局ミカちゃん(仮)は生まれたのか、愛ちゃんと先輩はどうなったのか、この先もちょこちょこ気になるところはあるので、続編というか後日譚こないかなーとか言ってみたりw

    であ、次回作も楽しみにしていますでよ~

  4. お酒がエックスじょーになってオークションだって、おつかれさまでしたあ、しゅうちゃうおつかれさまあです、。

  5. >らんぱくさん
    ありがとうございました!
    避妊具あったりなかったりは、おそらく書籍版の加筆が混じった完全にミスですね。
    こっちのバージョンはナマにしたいので、あとで修正依頼しておきますー。
    そしてアフターストーリーのほうはすみません。お金のかかるほうにしかないのです。
    数年経てばkindleのアンリミとかで無料チャンスくるんですけど…。

    >爪楊枝さん
    ありがとうございました!
    小田島が催眠AI人形にされて佳織さんの人格を学習させられるところ見たいですよね?(ちらっ)
    フランス書院eブックスから出るかもしれませんよ?(ちらっ)

    >みゃふさん
    ありがとうございました!
    >この変態鬼畜野郎!w
    その言葉が聞きたかった(いい顔)
    後日譚は……あるところにはある……!
    探せ!そこに人妻人形日記の全てを記した!
    最後までありがとうございましたー。

    >それでもよみどくせんにがつぐさん
    ありがとうございました!
    おつかれさまあです!

    1. え?お金払えば続きが読めるのかと、kindleで電子書籍を買ったら…。
      あぁぁ、6月15日までしかないぃ~!

      続きを読むには2巻?

      1. 全3巻みたいですね。
        加筆のメインは3巻目ですかねぇ

        1. >らんぱくさん
          説明不足で本当に申し訳ありません…。
          全3巻で、2巻は今月の第四金曜日、3巻は来月の第四金曜日の予定です。
          一番加筆が多いのも3巻で…本当にごめんなさい。

          >爪楊枝さん
          フォローしてくれてありがとうございます…お手数おかけします。

  6. 乱公続返してるの、おつかれさまでしたあ。

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