断れない母親 第一話

第一話

 夕方、優月玲子(ゆずきれいこ)が仕事から帰ってマンションの鍵を開けようとすると、鍵がすでに空いていることに気がつく。
 もしかしてと思うと、四十過ぎの中年男性が食卓で冷蔵庫の中のものを食い散らかしている。
「田中さん。また来てたんですか」
 玲子はため息を吐いて言う。
「冷蔵庫に美味しそうな焼き魚があったからいただいてたよ」
「それは別にいいですけどね」
 朝の残りだ。
 玲子も、娘の唯花も少食だからつい残してしまうのだ。
 どうせ捨てるはずだった残飯を処理してくれるのだからありがたいくらいなのだけど……。

「さーて、腹もいっぱいになったしオナニーでもしようかな」
 ほら始まった。
 田中さん(四十過ぎ、たぶん独身で仕事は何もしてない)は、こういう人なのだ。
「あの、田中さん。オナニーなら、自宅でしてくださいよ」
「えー。玲子さんちの方が気持ちよくオナニーできるんだよ。そうだ、玲子さんも一緒にやります?」
「やらないですよ。もうすぐ唯花が学校から帰ってくるし、お夕飯の支度をしないといけないんですから」
 近所の会社で事務の仕事をしている玲子は、仕事着のスーツをシワにならないようにきちっとハンガーにかけると、部屋着に着替えようとする。
 しかし田中さんが後ろから、胸を揉みしだいてきた。
 玲子はHカップ百センチの爆乳なので、そんなに揉まれたらブラウスのボタンが弾けていまいそうになる。

「ちょっと田中さん。ブラウスがしわになっちゃうからやめてください」
「夕飯なんて出前でも取ればいいじゃん」
「そう言うわけにはいきませんよ」
 玲子がわざわざ早く仕事を終えて帰ってきているのは、一人娘の唯花が学校から帰って来た時に寂しい思いをさせないためだ。
 玲子の家は、十数年前の不幸な事故で若くして夫が亡くなり片親の家庭になってしまった。
 だけど、だからこそ夕飯は家族の食卓で温かい料理を食べさせてあげたい。
 この人は、そんな母の思いをなんだと思ってるんだろうと玲子は少しムッとする。
「ふーん、でも玲子さんも独り身で性欲が溜まってるんでしょ?」
 これは図星なので、玲子も声のトーンが少し上がる。
「なな、何を証拠にそんなことを言うんですか」
「これだよ」
「あ、どこでそれを! また勝手に戸棚を漁ったんですか!」
 田中さんが手に持っていたのは、女性用のバイブレーターだった。
 乳首やクリトリスの吸引機能もついているすぐれものだ。
「これ吸い付き凄いよね。よっぽど激しいオナニーしてるんだろうなあ。玲子さんスケベ過ぎない?」
「し、知りません。私のじゃありません」
 恥ずかしがった玲子は、顔を真っ赤にして顔を背ける。
 田中は、そんな可愛らしい玲子を見て面白そうに言う。

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、唯花ちゃんのかも知れないから聞いてみようか」
「いやぁ! それだけはやめてください!」
 悲鳴を上げてバイブを奪い返そうとする玲子をからかって、田中は言う。
「じゃあ、これは玲子さんのだって認めるんだね」
「認めます、認めますから娘に見せるのはやめて!」
「こんなバイブ使うほど性欲が溜まってることも認める?」
「認めますから、もう返してください!」
 唯花にこんなもの見られたら、恥ずかしくって死んでしまう。

 ようやく、バイブを取り返してホッとする玲子に、田中は言った。
「じゃあ、性欲が溜まってる同士。一緒にオナニーしよっか」
「……わかりました」
 玲子は、ついに根負けしてため息を吐く。
 田中さんにかかると、いつもこうなってしまうのだから悔しい。
 今日の夕飯は、てんやものを取るか冷凍食品を駆使して手早く作るしかなさそうだ。

< 続く >

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