金の双星 プロローグ

プロローグ

 物語、伝説、昔話。人々の語る話はたくさんある。その中の1つにこんなものがあった。

「森に囲まれた土地にある、古城に住む美しい姫君と傷だらけの魔法使いの話」

 一見して正反対の姿をした2人が優しく幸せに満ちた笑顔を浮かべ、古城を訪れる旅人に心からのもてなしをする。それ故、2人の元を訪れた旅人は皆、他の人々に語る際必ずこう言う。

「そして、2人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしました」

 と。

 だが、月日が経つ中で、話はこう変わった。

「森に囲まれた土地にある、古城に住む美しい母親と傷だらけの父親。そして両親を慕う、美しい双子の兄妹の話」

 その兄妹は、母親譲りの金色の髪を持ち、左右違う瞳を持つ父親とはまた異なる、左右異色の瞳を持っていた。兄は右目が青く左目が赤くて、妹は右目が赤く左目が青い。さらにこの双子は利き腕も正反対で、兄は右利きで妹は左利きと、まさに表裏一体の双子だった。

 そして、この兄妹、そして2人の両親が住む土地の近くともなると、話の内容はさらに詳しくなった。



 こんな物騒な話が交わされているのを、まだ世界の誰も知らない。いや、世界が抱える大いなる矛盾についても、まだ誰も気づかない。気にかけようともしない。

 世界が平穏な時が終わり、大いなる動乱の時代が始まるまで、あと少し。

< つづく >



 こんな物騒な話が交わされているのを、まだ世界の誰も知らない。いや、世界が抱える大いなる矛盾についても、まだ誰も気づかない。気にかけようともしない。

 世界が平穏な時が終わり、大いなる動乱の時代が始まるまで、あと少し。

< つづく >



 リムルスーン共和国 首都ダイタスビル 聖パウロ暦765年9月26日

 その酒場は、どこを見渡しても人、人、人。カウンターもテーブルも空き席があるのはごくわずかで、そのわずかな隙間を縫うように人が流れる。それは両手に酒を持った給仕だったり、上手い料理を堪能した客だったり、もしくは空いた腹を一刻も早く満たしたいのを我慢して空いた席を目指す客だ。

 この世界の中では珍しい共和制の国~王侯貴族ではなく有力商人が集った議会が仕切る国~の首都だけあって、もう日は暮れたというのに町の繁華街は人でにぎわっていた。この酒場にしても道路網が整備されたり外国との交易が簡単に行える国のやり方のおかげで、連日連夜大賑わいだ。1人で各地を旅する行商人から、数十人から数百人規模の隊商を組める大商人まで、この酒場では見ることが出来る。そして自然と、いろいろな土地の話が酒の勢いで飛び出していく。その土地で実際に見聞きした者の口から。

「その双子は綺麗で、とっても優しいんだ。嫌な顔せずに親の手伝いをしたり、俺の荷物を運んでくれたんだから」

 そう言うのはとあるテーブルの席で少し赤い顔をした客の男だ。同じテーブルの客達に、旅の途中で偶然立ち寄った城で起こった話をしている。

「森の中だから、こういう店とか、あるいは肉屋とか無いだろ?だけどその城の一家は俺のために美味い食事を用意してくれたんだ。しかも湖で魚を捕ってくれたんだぜ」
「城暮らしって言ったよな?召使いとかいないのかい?」
「いないんだよ。何でもずっと昔に廃城になったのを直して住んでると言ってた」
「だから自分達で色々やってるのか?」
「ああ、見た目は城暮らしの王侯貴族みたいだったが、そいつらとは違って結構砕けた感じだ。おかげでこっちも緊張せずいい気持ちだったよ」
「そりゃ羨ましいな」

 そんな話をしていると、茶色い髪に口髭を生やした1人の男が話に割り込んできた。

「ちょっとごめんよ。あんた達の話が聞こえたんだが、おれにもちょっとした心当たりがあるんだ。いいかな?」
「お、あんたもあの城に泊まったクチかい?いいぜ」
 その言葉を受けて、男はテーブルの空席に座り、口を開いた。

「俺があの城に泊まったのは、もう大分前なんだが、そん時は美しいお姫様と全身傷だらけの魔法使いだけだったんだ」
「まだ双子の子供さんは生まれてなかった頃か?」
「ああ、恥ずかしい話、ちょうど森の中で道に迷ってな。西へ行く近道を狙って大失敗だったが、命拾いしたよ」
「どこで商売するのも、早いもん勝ちだからな。しっかし、西を目指してたって事は、カムリン王国で大儲けするつもりだったのかい?」
「いや、正直に言うとその隣のソーサリー王国を目指してた。滅んでたと聞いても本気にしてなかったんだが、本当だったよ。おかげで強行軍が無駄になった」
「たった1日で滅びた国だろ?最初に聞いたときはガセかと思ったが、まさか本当だったとはな」
「生き残りがいたら商売も出来たけど、今残ってんのは誰も住んでない城に城下町と、後は町や村がいくつかくらいだっけ?」
「バーティレル法王国の巡礼団が一度来て、鎮魂の祈りをささげてから、人が立ち入ったって話は聞かないな」

 そんな風に一同がソーサリー王国~かつてたった1日で滅びた国~について話を交わす中、茶髪の男が思い出したように口を開いた。

「そういえば、あの城のお姫様がソーサリー王国の、ええと、晶月の、あ~、なんだったか?」
「晶月の姫巫女」
「そう、それだよ。お姫様がソーサリー王国の晶月の姫巫女だって噂をあの頃に聞いたんだが、あれは結局どうなんだ」
「どうも何も、ただの根も葉もない噂さ。もし本物なら、ソーサリー王国の女王様で、亭主と子供はみんな王族だろ?森の奥の古城に暮らしてるはずがないって」
「そうそう。ましてや王族がお供も連れずに狩りとか戦いとかやらないさ」

 その言葉に、茶髪の男が反応する。

「戦い?何かやったのか?」
「いや、あの一家が近くの村に買出しに出たとき、たまたまそこを野盗の連中が襲ってな。それを退治したんだよ」
「野盗を?」
「ああ。一家4人とも魔法が使えて、なかなかの腕前だそうだ。それに、双子の子供はどっちもまだ小さいのに、下手な大人よりも強いんだってさ」
「そんなことがあんのか?どこかの国の将軍の息子や娘が親譲りで強いって話はたまに聞くが?」
「確かに、無名の強者というのはあまり聞かないな。まあ、厄介な野盗や盗賊とか、山賊を退治してくれるのなら、俺たちの商売は安泰ってもんだ」
「そうだな。どんなに商品を安く買い叩かれるにしても、無理やり奪われるよりはマシだ」
「護衛を雇うにしても、腕利きは結構かかるし。懐が痛いよ。あんたも気をつけないとな」
「ああ」

 そう言われた茶髪の男は表には出さないものの、内心では不快なものを感じていた。と、酒場の出入り口の向こうに見覚えのある顔を見つけると、男は邪魔したなと客達に言い、酒場を後にした。そして、目指す相手に近づいていく。一刻も早く、不快な気分を消そうとして。

「親分。ちょっと嫌な話を仕入れました」
「なんだ、それは?」
「例のお宝とは別に、森の奥の城に住む一家の話を聞いたんですが、よりによってそいつら、俺達の同業者を殺したんですよ」
「何?」
「綺麗どころなら娼館に売り飛ばすなりして、大金が入ると踏んだんですが、一家全員魔法使いで、野盗の連中を皆殺しにしたんだとか」
「そうなると、どんな美人でも割に合わないな。捕まえるのが難しすぎる輩は避けるのがいい」
「ですね。同業者といっても、顔も名前も知らない輩のために敵討ちして、返り討ちに終わるのは割に合いませんや。それから、ソーサリー王国・・・」
「おい、それ以上は言うな。ちょっと待ってろ」

 そう言うと2人の男~旅の行商人を装った盗賊団の親分と子分~は普通の足取りで、無言で道を歩く。そして、周りに人気がないところで2人は口を開いた。

「それで、ソーサリー王国について何だ?」
「ええ、一家がソーサリー王国ゆかりの人間なのか調べてみたんですが、どうも関係なさそうです」
「確かか?」
「森の奥深くの古城に住んでるんですが、王侯貴族の類とはとても思えないような暮らしをしてるって話です。お宝のありかを知ってるとは思えません」
「貴族がそんな暮らしをしてるはずがない、か」
「ええ、とりあえずは現地に入ってからお宝捜しですね」
「だが念のため、その一家が住んでる古城からは遠回りの道で行くぞ」
「先に向かってる連中は?」
「そっちはより遠回りの道だから大丈夫だ。まあ、待たせることにはなるだろうが」
「これでお宝がなかったら、踏んだり蹴ったりですね」
「確かにな。だがたった1日で国が滅んだんだぞ?どんな貴族様だって財貨を運ぶ間も無くやられたんだ。無駄足にはならないさ」
「巡礼団が一度来たという話を聞きましたが?」
「あいつらは墓場泥棒なんてしない。俺達と違ってな」



 こんな物騒な話が交わされているのを、まだ世界の誰も知らない。いや、世界が抱える大いなる矛盾についても、まだ誰も気づかない。気にかけようともしない。

 世界が平穏な時が終わり、大いなる動乱の時代が始まるまで、あと少し。

< つづく >



 リムルスーン共和国 首都ダイタスビル 聖パウロ暦765年9月26日

 その酒場は、どこを見渡しても人、人、人。カウンターもテーブルも空き席があるのはごくわずかで、そのわずかな隙間を縫うように人が流れる。それは両手に酒を持った給仕だったり、上手い料理を堪能した客だったり、もしくは空いた腹を一刻も早く満たしたいのを我慢して空いた席を目指す客だ。

 この世界の中では珍しい共和制の国~王侯貴族ではなく有力商人が集った議会が仕切る国~の首都だけあって、もう日は暮れたというのに町の繁華街は人でにぎわっていた。この酒場にしても道路網が整備されたり外国との交易が簡単に行える国のやり方のおかげで、連日連夜大賑わいだ。1人で各地を旅する行商人から、数十人から数百人規模の隊商を組める大商人まで、この酒場では見ることが出来る。そして自然と、いろいろな土地の話が酒の勢いで飛び出していく。その土地で実際に見聞きした者の口から。

「その双子は綺麗で、とっても優しいんだ。嫌な顔せずに親の手伝いをしたり、俺の荷物を運んでくれたんだから」

 そう言うのはとあるテーブルの席で少し赤い顔をした客の男だ。同じテーブルの客達に、旅の途中で偶然立ち寄った城で起こった話をしている。

「森の中だから、こういう店とか、あるいは肉屋とか無いだろ?だけどその城の一家は俺のために美味い食事を用意してくれたんだ。しかも湖で魚を捕ってくれたんだぜ」
「城暮らしって言ったよな?召使いとかいないのかい?」
「いないんだよ。何でもずっと昔に廃城になったのを直して住んでると言ってた」
「だから自分達で色々やってるのか?」
「ああ、見た目は城暮らしの王侯貴族みたいだったが、そいつらとは違って結構砕けた感じだ。おかげでこっちも緊張せずいい気持ちだったよ」
「そりゃ羨ましいな」

 そんな話をしていると、茶色い髪に口髭を生やした1人の男が話に割り込んできた。

「ちょっとごめんよ。あんた達の話が聞こえたんだが、おれにもちょっとした心当たりがあるんだ。いいかな?」
「お、あんたもあの城に泊まったクチかい?いいぜ」
 その言葉を受けて、男はテーブルの空席に座り、口を開いた。

「俺があの城に泊まったのは、もう大分前なんだが、そん時は美しいお姫様と全身傷だらけの魔法使いだけだったんだ」
「まだ双子の子供さんは生まれてなかった頃か?」
「ああ、恥ずかしい話、ちょうど森の中で道に迷ってな。西へ行く近道を狙って大失敗だったが、命拾いしたよ」
「どこで商売するのも、早いもん勝ちだからな。しっかし、西を目指してたって事は、カムリン王国で大儲けするつもりだったのかい?」
「いや、正直に言うとその隣のソーサリー王国を目指してた。滅んでたと聞いても本気にしてなかったんだが、本当だったよ。おかげで強行軍が無駄になった」
「たった1日で滅びた国だろ?最初に聞いたときはガセかと思ったが、まさか本当だったとはな」
「生き残りがいたら商売も出来たけど、今残ってんのは誰も住んでない城に城下町と、後は町や村がいくつかくらいだっけ?」
「バーティレル法王国の巡礼団が一度来て、鎮魂の祈りをささげてから、人が立ち入ったって話は聞かないな」

 そんな風に一同がソーサリー王国~かつてたった1日で滅びた国~について話を交わす中、茶髪の男が思い出したように口を開いた。

「そういえば、あの城のお姫様がソーサリー王国の、ええと、晶月の、あ~、なんだったか?」
「晶月の姫巫女」
「そう、それだよ。お姫様がソーサリー王国の晶月の姫巫女だって噂をあの頃に聞いたんだが、あれは結局どうなんだ」
「どうも何も、ただの根も葉もない噂さ。もし本物なら、ソーサリー王国の女王様で、亭主と子供はみんな王族だろ?森の奥の古城に暮らしてるはずがないって」
「そうそう。ましてや王族がお供も連れずに狩りとか戦いとかやらないさ」

 その言葉に、茶髪の男が反応する。

「戦い?何かやったのか?」
「いや、あの一家が近くの村に買出しに出たとき、たまたまそこを野盗の連中が襲ってな。それを退治したんだよ」
「野盗を?」
「ああ。一家4人とも魔法が使えて、なかなかの腕前だそうだ。それに、双子の子供はどっちもまだ小さいのに、下手な大人よりも強いんだってさ」
「そんなことがあんのか?どこかの国の将軍の息子や娘が親譲りで強いって話はたまに聞くが?」
「確かに、無名の強者というのはあまり聞かないな。まあ、厄介な野盗や盗賊とか、山賊を退治してくれるのなら、俺たちの商売は安泰ってもんだ」
「そうだな。どんなに商品を安く買い叩かれるにしても、無理やり奪われるよりはマシだ」
「護衛を雇うにしても、腕利きは結構かかるし。懐が痛いよ。あんたも気をつけないとな」
「ああ」

 そう言われた茶髪の男は表には出さないものの、内心では不快なものを感じていた。と、酒場の出入り口の向こうに見覚えのある顔を見つけると、男は邪魔したなと客達に言い、酒場を後にした。そして、目指す相手に近づいていく。一刻も早く、不快な気分を消そうとして。

「親分。ちょっと嫌な話を仕入れました」
「なんだ、それは?」
「例のお宝とは別に、森の奥の城に住む一家の話を聞いたんですが、よりによってそいつら、俺達の同業者を殺したんですよ」
「何?」
「綺麗どころなら娼館に売り飛ばすなりして、大金が入ると踏んだんですが、一家全員魔法使いで、野盗の連中を皆殺しにしたんだとか」
「そうなると、どんな美人でも割に合わないな。捕まえるのが難しすぎる輩は避けるのがいい」
「ですね。同業者といっても、顔も名前も知らない輩のために敵討ちして、返り討ちに終わるのは割に合いませんや。それから、ソーサリー王国・・・」
「おい、それ以上は言うな。ちょっと待ってろ」

 そう言うと2人の男~旅の行商人を装った盗賊団の親分と子分~は普通の足取りで、無言で道を歩く。そして、周りに人気がないところで2人は口を開いた。

「それで、ソーサリー王国について何だ?」
「ええ、一家がソーサリー王国ゆかりの人間なのか調べてみたんですが、どうも関係なさそうです」
「確かか?」
「森の奥深くの古城に住んでるんですが、王侯貴族の類とはとても思えないような暮らしをしてるって話です。お宝のありかを知ってるとは思えません」
「貴族がそんな暮らしをしてるはずがない、か」
「ええ、とりあえずは現地に入ってからお宝捜しですね」
「だが念のため、その一家が住んでる古城からは遠回りの道で行くぞ」
「先に向かってる連中は?」
「そっちはより遠回りの道だから大丈夫だ。まあ、待たせることにはなるだろうが」
「これでお宝がなかったら、踏んだり蹴ったりですね」
「確かにな。だがたった1日で国が滅んだんだぞ?どんな貴族様だって財貨を運ぶ間も無くやられたんだ。無駄足にはならないさ」
「巡礼団が一度来たという話を聞きましたが?」
「あいつらは墓場泥棒なんてしない。俺達と違ってな」



 こんな物騒な話が交わされているのを、まだ世界の誰も知らない。いや、世界が抱える大いなる矛盾についても、まだ誰も気づかない。気にかけようともしない。

 世界が平穏な時が終わり、大いなる動乱の時代が始まるまで、あと少し。

< つづく >

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