俺の妹が超天才美少女催眠術師なわけがない 前編

前編

「す……好きです! 俺と付き合ってください!」
「お断りしまーす」

 ピシっと手のひらをこっちに向けて、学園一の美少女、「岸月希」ちゃんはケータイをいじりながら、俺、「新藤匠」の告白を速攻で無碍にしてくれた。
 そしてあっけに取られる俺には見向きもしないまま、さらりと長い髪を翻し、さっさと帰ってしまうのだった。

「あ、今ヒマ? あたしも学校終わったとこ。ね、どっか遊んでこ? 迎えに来てー」

 彼女が弾んだ声を出す電話の相手はオトコなんだろうか?
 しかし今の俺にはそんなことを尋ようという余裕もない。スクールバッグにありきたりな高校制服という後ろ姿すら、後光が差し込んでみえるほど可愛い希ちゃんの背中を、ただ呆然と見送るだけだった。

 入学したときからバツグンに輝いていた彼女に恋をして数ヶ月。
 俺の一世一代の告白はわずか1秒でKOされた。あまりにも早すぎてまだ何が起こったのか理解しきれないほどだ。
 俺はふられた?
 そうだ。今、俺はふられたんだ。超スピードとか、そういうチャチなもんで。

「はは…はははっ……」

 意味もなく笑いが込み上げる。そしてどっと後悔と恥ずかしさが込み上げる。
 なんで告白なんてしようと思ったんだ。バカか俺は。
 あの子は学年一っていうか学校一の美少女だぞ。モテるなんてもんじゃないぞ。どっかの芸能事務所からも声かかってるくらいだぞ。こんな地味な俺なんかと付き合うわけないじゃん!
 やっべぇよ。明日からどんな顔して学校来ればいいんだよ。みんなにバラされて笑われちまう。最悪だ…!

 ―――というのが昨日のこと。
 今は決死の覚悟で学校行って、そして、まったく何事もなく1日が過ぎて、無事に帰ってきたところだ。
 結論から言うと、希ちゃんは俺の告白のことなど言いふらしたりしなかった。
 それどころか普通に朝の挨拶までされたし、俺のこと意識してるそぶりないし、あまりにもいつもの彼女そのもので、昨日のことは俺の夢だったんじゃないかと思ったぐらいだ。
 でも、そうじゃない。たまたま他の男子が噂してるの聞いちまった。

「あー、岸月は今日もやっべぇなあ。付き合いてー」
「お前じゃムリムリ。今のカレシは超資産家の息子だって話だぞ」
「え?」
「いやモデルだって聞いたぞ、俺」
「え? え?」
「そうだっけ? そういや春からあいつもモデルデビューすること決まってるって話だしな」
「ええっ?」
「それじゃ学校の男子なんて相手にしてるヒマねえよな。もう何十人もフラれてるしなー」
「え…ええええっ!?」
「なんだよ、匠。さっきからストイックにリアクション係に徹して。お前、まさか知らなかったの?」
「いや…知らないってか、みんな知ってる話なの、それ?」
「当たり前だろ、情弱だな。詳しく知りたいならwiki見れよ」
「wikiあんの!?」
「てかお前、なんでうろたえてんの? ひょっとして岸月にマジでホレてんの?」
「ばっ、いや、そ、そんなはずねぇだろ!」
「そうだよなー。俺たちとは住んでる世界違うもんな。でもあの制服姿をタダでネタにできるだけ得してるぜ、俺たち」
「そうそう、それは言えてる。今のうちに写真撮っとけば売れるかもな」
「あぁ。俺たち庶民にできるのはそんなことぐらいだ」
「……庶民、か……」

 ようするに、俺の告白なんて、希ちゃんにしてみればイベントですらないわけだ。
 金持ちかイケメンとかじゃないとあの子のカレシにはなれないんだって。ていうか、もう何十人も玉砕してんだって。
 つーか、俺の呼び出しに応じてくれただけ、クラスメートの義理は果たしてくれてたってことなんですね。彼女、やっさしー。
 勝手に夢見てた俺がバカってことですよ。ハイハイ、ごめんなさい。なんか勘違いしてました。俺なんて庶民ですよね。情弱ですよね。童貞ですよね。
 あなたの制服姿をネタにできるだけ、ありがたいと思います。ていうかさっそく写メっちゃいました。
 ごめんね、モデルさんになる君のこと勝手に撮ってしまって。でもこんなピントのボケた写真でもめちゃくちゃ可愛いです。モデルになったら絶対売れっ子になって、芸能界デビューなんかもしちゃうと思います。
 俺なんてあなたの人生にとって石ころでしかありません。でも大好きでした。てか今も好きです。庶民なのにすみません。だって希ちゃん、すっげ可愛いもん。マジ天使だもん。

「はぁ…はぁっ…」

 ケータイの中で微笑む希ちゃんの横顔を見ながら、俺はパンツの中で陰茎をこする。
 今まで自分に禁じていた希ちゃんオナニーを解禁することにした。
 中学までは孤高の夢精使いだった俺も、近頃はすっかりオナニーにはまっていた。しかし、それでも希ちゃんだけはネタにするまいと誓っていた。
 想像とはいえ、俺の恋人になるかもしれない人を汚してはならないと自分に枷をしていたのだ。
 でも希ちゃんが俺のカノジョになんかなってくれないことはもう確定的に明らかだし、だったら俺も他の奴と同じように、彼女をオナニーネタとして楽しむことにする。
 俺って本当にバカだな。どうせ妄想の中でしか付き合えない女の子なのに。

「はぁ…はぁっ、希ちゃん、希ちゃん!」
(あぁん、匠くん、やだっ、恥ずかしいっ、でも、大好きだよぅ…!)

 希ちゃんを抱いて、キスをする。おっぱいを揉む。セクロスをする。
 女の子とエッチなんてしたことないけど、きっとすげぇ気持ちいいんだろうな。希ちゃんはもうしてるんだろうか。してるかもな。してないはずないよな。
 てか、こうしてる今もカレシとイチャイチャしてる最中かもしれない。けど、そんな想像は頭から取っ払う。
 希ちゃんは処女。
 せめて俺の中ではそういうことにしてきたい。

(んんんっ、痛いぃ…でも、気持ちいい! 気持ち良すぎるぅ!)
「はぁ…はぁ…希ちゃんの中も、すごい気持ちいいよ…」
(う、嬉しい! 私の体は匠くんのものだよ。もっと、気持ち良くなってっ。私、匠くんのためなら、どんなエッチなことでも出来るから。れろ、ぶちゅう)
「あぁっ、希ちゃん、そんなことまで…。さっきまで処女だったくせに…」
(匠くんのためだもんっ。匠くんのためだから、私、ぬちゅ、こんなことできるんだよ。い、いやらしい女の子だと思わないでね? 軽蔑しないでね? んぷっ、ちゅぶっ、ちゅぶぅ)

 想像の中の従順でスケベな処女希ちゃんを、思いのまま可愛がる。右手で自分でも押さえられないくらい激しく動く。
 気持ちいい。今までのオナニーでは味わったことないくらい興奮している。
 もっと早くにこうしてれば良かったんだ。何が「恋人になるかもしれない人を汚すわけにはいかない(キリッ」だ。とんでもない勘違いヤローだな、まったく。どこの童貞だよ。
 シコる。シコる。とことんシコる。
 あぁ、すげぇ気持ちいい。気持ちいいよぉ。もうイキそうだ!

「……そうやって死ぬまで童貞やってるつもりなの?」

 俺がベッド脇のティッシュに手を伸ばした瞬間のことだった。
 海の音がした。
 真っ暗な夜の海で、波が静かに引いていくかのような、そんな血の気の下がる音が俺の顔面あたりからした。
 グギギと首だけで後ろを振り返る。
 いつからそこで見てたのか、腐った鮭を見下ろす熊のように、腕を組んで俺を睥睨する女の子が1人。

 俺んちの生意気な妹、「新藤あずき」だった。

「え……え?」

 冷静になんてなれるはずがなかった。悲鳴を上げないのが兄としてできる精一杯の虚勢だった。
 間違いなく、あずき。
 俺の妹のあずき。
 中学生のくせに生意気なボディはすでに色気すら感じさせ始めていて、すらりとした足が部屋着のショートパンツから健康的に伸びている。
 だが兄妹仲は最悪な俺たちの間には、ここ数年まともな交流なんてなくて、コイツが小学高学年くらいから俺を避けるようになって以来、必要最低限以上の会話なんてした記憶がない。
 その妹が、なぜ、このタイミングで俺の部屋に?
 てか……なんで俺は妹にオナニーしてるとこ見られてるんだ?
 あずきは、俺の顔から、チラリと俺の股間に視線を動かし、そしてプイッと顔を背けた。
 俺は握りっぱなしの陰茎からようやく手を離し、急いでパンツをたくし上げた。

「ちょ、お前、何してんだよ、こんなとこで!?」

 あずきは何を怒っているのか、真っ赤な顔をそっぽ向けたまま、横目で俺をギロリと睨んだ。

「そっちこそ何してんのよ。うるさくて勉強できないんだけど」
「え、そんな、俺、うるさかったか?」
「うるさかった!」

 そんなわけがない。今まで毎日のようにオナってきたオナニーマスターの俺が、隣のあずきに聞こえるほど音を漏らしてしまうようなヘマを今さらするはずがない。
 しかしあずきは不機嫌そうに口をへの字に結ぶ。ガキの頃からこの顔になるとあずきは絶対に譲らない。頑固でわがままな妹なのだ。

「……で、なに?」

 仏頂面を横に向けたまま、あずきはあらぬ方を睨み、特徴的なアニメ声をいつもより低くして呟いた。
 何と言われても、俺には何が何だがさっぱりわからん。

「な、なにって、なに?」
「そんな女で、一人寂しくオナニーなんかで鼻息を奏でて、兄貴は満足なの? 憎らしいとか思わないの?」
「いや、そんな女って……何のことだよ?」
「ずっと好きだった女に、そんなフラれ方してくやしくないのって言ってるのよ!」
「そ、そりゃくやしいっていうか、少しはそういうのあるけど、元々彼女と俺は住む世界も違ったみたいだし……って、あれ? なんでお前が希ちゃんのこと知ってんだよ?」
「ッひく!?」

 あずきは目をまん丸にして、しゃっくりみたいな声を出した。
 これ、あずきがビックリしたときのクセだ。久しぶりに見たな。

「ぜ、全部あんたがオナニーしながら告白してたでしょ! マシンガンのように!」
「俺がぁ!?」

 いや、そんなバカな。いくら俺がオナニーバカでも、妄想の内容を大声で解説しながらする趣味はない。そこまでの変態だったらエロSSでも書いてるっつーの。

「してたの! とにかく、そのくらいうるさかったの。まったく、兄貴がそこまで情けない男だと思わなかった。身内にこんなのがいるなんて恥!」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろ……」

 ていうか妹にオナニーについて説教されると思わなかった。俺って本当に情けない男だ。死にたい。

「だいたい……どこがいいのよ、あんなブス」

 めちゃくちゃ不機嫌なあずきが、ほっぺたを膨らませる。
 ブスって、お前、そもそも希ちゃんのこと見たことないだろ。見たらそんなこと言えねーよ。それとも俺がネタにしてたケータイの画面でも見たのか?
 ボヤけた写真だが、これでも充分すぎるくらい希ちゃんが可愛いのはわかると思うけどな。どう見ても天使だろ。失礼なヤツだ。

 でも確かに、希ちゃんに容姿で太刀打ちできる女がいるとしたら、俺の知る限りそれはあずきしかいない。
 いつも俺のことシカトしまくりの生意気な妹だが、見た目だけはすごいんだ。兄としての贔屓目なんてのは一切存在しないのだが、客観的事実としてそれは認めざるを得ない。
 実際、こいつは希ちゃんより先にティーン誌で読者モデルとしてデビューもしてる。すげぇヤツなんだ。
 そのことを母親を通じて知った俺は、内心の焦りを隠しつつ、「こんなとこに顔出しして喜ぶ女なんてバカだ」と、聞こえよがしに負け惜しむのが精一杯だった。
 なぜかその後、すぐにあずきは読モやめたそうだが。
 ていうか、俺が分不相応に希ちゃんに告白なんてしちまったのも、こんな妹がいるせいだ。
 俺に対しては最悪に態度の悪いコイツも、外見だけなら完璧な美少女だ。なおかつ体の発育もよろしいようで、中学生にしては大人っぽいファッションやメイクも余裕でこなしている。
 なのに家の中ではいつもギリギリの短いスカートや、今みたいにショートパンツにタンクトップなんて無防備な格好でウロウロしやがるんだよ。
 もちろん、家族に対して性的な感情なんて抱くはずがない。当たり前の話だ。
 だが、そんなのを身内として日常的に見ているうちに、俺は女子の容姿に関する感覚がマヒしちゃって、希ちゃんレベルの子でも普通に付き合えそうな、そんなこっ恥ずかしい勘違いをしてしまった。
 身内がこれだと、自然と女に求めるハードルが高めになっちまう。高校で希ちゃんと出会うまで、どう見ても「家族以下」でしかない学校の女には全然興味持てなくて、せいぜいアイドルとか芸能人になんとなく憧れる程度だった。この年まで恋なんて知りもしなかったんだぜ。
 挙げ句の果てに、ようやくこのメンクイ男にも好きな女の子が出来たと思ったら、それは俺のような地味メンには高嶺の花どころか、幻想花のように触れられない超絶美少女だった。
 くそ……なんでこんな女が、俺の妹なんだよ。

「――やっちゃえばいいじゃん」
「は?」

 自分の生まれの悪さを嘆く俺の前で、当の原因たる妹は、あっけらかんととんでもないことを言い始めた。

「あんな女に身内が虫ケラ扱いとか、あんたのことは別にどうでもいいんだけど、妹のあたしまでバカにされたみたいでムカつくのよ。あんな女、かっさらって犯してやればいいじゃん。そのついでにあんたも、さっさと童貞捨てて立派な男になるのよ。あたしの兄として恥ずかしくない男に」
「な……何を言ってるんだよ、お前は。そんなことできるわけないだろッ。うちは山賊一家じゃねぇんだぞ!」
「あの程度の女くらいモノに出来なくて、この先どうやって男として生きてくつもりなのよ。それとも『俺なんて一生虫ケラの童貞で十分だ』なんて思ってんだったら、さっさとこの家から出て行って。キモいから」
「あぁ?」

 何を偉そうに、出来るわけのないことを上から言いやがる。あずきの態度には正直にムカついた。

「てめ、いくら厨房のガキでもやっていいことと悪いことの区別くらいつかないのかよ。そんなのは普通に犯罪―――」
「だから、催眠術を使うの。あの女の頭ん中を徹底的に改造して、兄貴に犯されて喜ぶ便所女にすればいいだけじゃん。犯罪だの何だのってヌルいこと言わせないから、好きなだけオモチャにすれば?」
「―――――――」

 開きっぱなしの俺の口からは、文章にするとただの傍線にしかならないような、長い長い思考停止音しか漏れていなかった。
 久しくコイツと喋ったことなかったが、どうやら俺の知らない間に、相当おかしな思想に毒されていたらしい。
 催眠術でなんだって? 頭の中を改造?
 黒魔術とか何か、それとも邪気眼とかいうやつだろうか。
 とにかく重症だ。兄貴のくせにどうして妹がこんなになるまで放っておいたんだ。俺のバカヤロウ。
 俺はあずきに、できるだけ平静を装い、優しい微笑みを浮かべた。

「あずき……明日、兄ちゃんと一緒に病院行こっか?」
「うん。童貞捨てる前に包茎治さないとね」
「包茎治さねーし、妹に付き添いも頼まねーよ! てか俺は包茎じゃないし、女の子が包茎言うな!」
「さっきから思ってたんだけど、兄貴ってツッコミのテンポ悪いよね。センスないよ」
「余計なお世話だよ!」
「とにかく、兄貴には教えたことなかったけど、あたし催眠術とか使える人だから。小学生のとき、自由研究にするつもりで勉強したらマスターしちゃったんだよね。なんていうか、天才って感じ? 今じゃ誰でも簡単に操れちゃうレベルだよ」
「……お前、本当に頭おかしいよ。そんな夢みたいなこと言ってないで、さっさと寝ろ。他のやつにそんな話しないほうがいいぞ?」
「もう、めんどくさいなあ。ハイ、1、2、3!」

 パン、とあずきが目の前で手を叩いた。
 視界が急に左右にブレたと思ったら、ストンとそのままどっかに落ちた気がした。

「いい? あたしは催眠術師。超天才美少女催眠術師。女1人洗脳するくらい、な~んてことないの。兄貴は前からそのこと知ってたし、疑いもしたことない。だから岸月とかいう女をモノにしたいって、兄貴の方からあたしにお願いすることにしたの。ここまでオッケー?」
「はい……オッケーです……」
「でも、だからってあたしのこと変な目で見ないで。あたしと兄貴は今までどおり。催眠術なんて関係ないから、余計なこと考えないで、いつもの兄貴でいること。OK?」
「OKです……」
「……じゃ、じゃあ……まあ、ついでだから聞いとくけど……やっぱりあの女がいいの? 兄貴は岸月希が好きなの?」
「はい……好きです……」
「他に『コイツいいなぁー』って思ってる女いないの? その女だけ?」
「……はい……いません……」
「も、もっと範囲を広げて、よ~く考えてみて? 例えば学校以外では? 意外と身近なところとかに誰かいたりしない?」
「いえ、マジでいません……」
「ちっ……わかったわよ。じゃ、あのブスを兄貴のオンナにしてあげる。せいぜい頑張って童貞捨てれば!」
「はい……捨てます……」
「それじゃ、催眠解除。1、2、3!」
「イテェ!?」

 なぜか急に、頭にゴィンと激痛が走った。
 そして顔を上げると、あずきがホッペタを膨らませてそっぽ向いていた。

「……で、何? 何かあたしに言うことがあるんでしょ?」

 そうだった。俺には、あずきにどうしてもお願いしなければならないことがあったんだ。

「頼む! お前の催眠術で、希ちゃんを俺のカノジョにしてくれ!」

 俺は、恥も外聞もかなぐり捨てて妹に頭を下げた。
 あずきはこう見えても超天才美少女催眠術師だ。誰がなんと言おうと超天才美少女催眠術師なんだ。まさか俺の妹が超天才美少女催眠術師なわけがないと思っていたが、実際に超天才美少女催眠術師なんだから何も問題はないのだ。
 兄貴である俺に協力してもらわない手はないぜッ!

「ふう……仕方ないな、兄貴は。いいわよ。その希とかいう女を、兄貴にカノジョになるように催眠術で洗脳すればいいの? いいわ。感謝しなさいよね?」
「サンキュー! さすが超天才美少女催眠術師だぜ!」
「び…びび、美少女とか言わなくていいのよバカ! キモい!」
「え? わりぃ」

 なんだよ、何で怒るんだよ。お前って超天才美少女催眠術師じゃなかったっけ?
 まあ、いいや。希ちゃんが俺のカノジョになってくれるのなら!

「そんじゃ明日の放課後、あんたの学校(トコ)行くから。さっさと済ませるわよ」
「オッケー!」

 生意気なあずきの態度にも俺は最高の笑顔で答える。今なら、みぞおちにケリを入れられても笑顔でサムズアップ出来る。それくらい最高の気分だった。
 あの希ちゃんが、明日、俺のカノジョにッ!

「……ふん……バカ兄貴」
「ん?」

 振り向くと、あずきはさっさと俺の部屋から出て行くところだった。

「おう、おやすみ。明日は頼むな」

 無言のままドアは閉められる。
 相変わらず無愛想なヤツだ。久々に会話らしい会話を交えたというのに、何にも変わりやしない。
 まあ、希ちゃんの件に協力してくれるんなら、妹なんか可愛くなくてもいいけどな。

 そして、次の日。

 今、俺の部屋には希ちゃんがいる。
 ベッドの上で、壁に背中を預けた状態で手足をだらりと伸ばし、うつろな顔を少し傾け、焦点の合わない目を床に落としている。
 長くてきれいな茶髪をゆるくパーマしてる、いつものヘアスタイル。まつげがナチュラルに長くて、目も大きい。
 顔が小っちゃく手足も細い。肌が透明に見えるほど白い。
 デザインに凝りすぎてアニメのようだと評判のうちの制服ですら、当たり前のように着こなして似合う頭身とスタイルの確かさときたらどうだ。
 可愛いすぎる。天使だ。あるいはオリエンタル工業だ。
 そんな彼女を、放課後、校門前でほんの一言か二言会話するだけで、簡単にあずきは家まで連れてきてしまった。
 やっぱり超天才美少女催眠術師は違う。連れ帰ってからも、あずきは手慣れた様子で希ちゃんを誘導(とかいうらしいが俺にはよくわからん)していく。俺はまだこの状況が信じられなくて、心臓をバクバク言わせるだけだ。

「深く……もっと深く心の底まで潜って。そこには何もない。あなたしかいない。誰も入ってこれない、あなた自身の心の底にまであなたは潜って来たわ……」

 あずきの指示で、部屋にはゆったりとしたクラシックが低い音量で流れている。変に甘ったるいアロマもディフューザーで噴射中だ。

「五感を支配する環境づくりは結構大事。もしものときの保険になるし、条件付けのネタにもなる。たとえば、特定の匂いを嗅げば思い出す暗示をかけておけば、あとは繰り返し嗅がせるだけで暗示は勝手に深化するの。余計なメンテの手間が省けるってわけ」

 よくわからないが、超天才美少女催眠術師の言うことに間違いはないんだろう。
 結構な値段のするアロマディフューザーだったが、俺はあずきの言うとおりに購入することにした。
 なぜか2台も買わされ、もう1台は「サンキュー、兄貴!」と言って嬉しそうにあずきが持っていったが。
 俺、あずきに騙されてねえ?

「……兄貴、静かにして」

 おっと、いつのまにか舌打ちをしていたようだ。俺はあずきに「ゴメン」と言って口をつぐんだ。

「そこは真っ暗で、誰もいない。あなただけ。あなたと、一台のモニターだけよ。そのモニターは、あなたの本当の姿が見ることができる魔法のテレビよ。いい? 今からいくつか質問するから、あなたが見たあなたの姿を、あたしにだけそっと教えて?」

 俺はあずきに催眠術をかけられていく希ちゃんの様子を、息を飲んで見守る。
 うつろな顔をしていた希ちゃんの唇が、あずきの問いかけに初めて反応した。

「……はい……」

 かすかに動いた唇と、今にも消え入りそうな抑揚のない声に、俺は妙な色気を感じてゾクゾクときた。
 なんだ今の? なんか、すっげぇ痺れたんだけど。俺、希ちゃんの催眠声に興奮してしまった。
 しかし催眠術師あずきは、希ちゃんの反応に単純な性的興奮を覚える俺とは違い、職人が自分の腕前を誇るような笑みをニヤリと浮かべ、瞳を輝かせた。

「いいわよ。それじゃ、そのモニターをよく見て。そこに普段のあなたが映っている。あなたの考えるいつもどおりのあなたよ。そこであなたは何をしている?」
「……笑って、ます……みんなに、囲まれて……たくさん……たくさんの人が私に注目して……私、楽しそう……」

 希ちゃんのうつろな瞳が少しだけ揺れる。ぽってりした唇が震えるように小さく囁く。
 微かに笑っているようにも見えた。その頼りなげな感じが、抱きしめたいくらいに可愛い。本当にこの子は天使だ。
 あずきが、チラリと俺のだらしない顔を見て眉をしかめた。俺は慌てて開きっぱなしだった唇を閉ざす。

「でも、本当にそうかな? あなたは、本当にみんなに注目されて嬉しい? 幸せだと思ってる? だってそのモニターに映ってるあなた、本当はイヤな顔してるよ?」
「……あっ……」

 俺にはあずきの言ってるモニターってのが何のことかわからないし、希ちゃんの焦点のズレた目が何を見ているかも知らない。
 でも、希ちゃんはあずきの言葉に飲み込まれるように、表情を曇らせた。

「ほら、とても悲しそうな顔をしている。今のあなたは幸せそうに見えて、そうじゃないみたい。一緒に原因を探してみる?」
「……はい……はい……」

 希ちゃんは、泣きそうに顔を歪めて力なく何度も頷いた。俺は何が起こってるからわからないが、希ちゃんがとてもかわいそうに思えて、あずきの方を見る。
 あずきは髪をかき上げて唇を舐める。これから大事な作業に取りかかるようだ。声をかけるのは、はばかられた。

「それじゃ、まずは恋人に会ってみましょうか? あなたは幸せを探して恋人の家を訪ねた。カレは何をしている?」
「……?」

 あずきの言葉に希ちゃんは首を傾げた。あずきもまた、希ちゃんのその反応には首を傾げているようだ。

「どうしたの? 何か変なのが見えた? あたしに言ってみて?」

 希ちゃんは、あずきにすがるように口をわずかに寄せて、ぼそりと囁く。俺も必死に耳を傾ける。

「カレシ……今4人いる……誰と会えばいいの?」

 ――天使の女の子が、その小さく可愛らしい唇で、軽々と地獄の釜を開いた。
 俺たちは、彼女のその異様なセリフに、しばし脳みそをフリーズさせた。

「えっと……じゃ、じゃあ、とりあえず4人ともモニターに映してみて」
「はい……」
「ど、どういうカレシたちなのかな? あなたの大好きな人たちなの?」
「好みの顔もあるけど……お金だけの人もいる……みんなそれなりに好き……」

 俺たちは、森に迷った子供のように、目の前の深い闇に立ちつくした。
 昼間はあんなに美しく輝いていたのに。いたずら心で少し奥に踏み込んだだけなのに、そこにはか弱き俺たちを即死させるレベルの毒沼が広がっていたのだ。
 
「兄貴、本当にこの女でいいの? こ、こんなビッチがカノジョでいいの? ねえ!?」
「え、なに? 聞こえない」

 俺に出来るのは、全力で現実から目をそらすことだけだった。
 世の中はまったく顔か金だ。そのどちらも持たない哀れな男のために、催眠術という奇跡はきっとあるんだ。
 あずきは、希ちゃんに優しく語りかける。

「あのね……いい? それはあなたの幸せじゃない。間違ってる。あなたはそいつらが大嫌い。見ただけで気持ち悪い。生理的に大嫌い。そうよね?」

 希ちゃんは、顔をしかめて体を縮こまらせた。あずきはさらに彼女の耳に口を近づける。

「モニターから消して、もう二度と関わらない方がいいわね。ついでに過去の男たちも見てみましょう。あなたが過去に関係を持った男たちよ。何人いる?」

 聞くのはイヤな気がしたが、知りたい気持ちも強かった。

「……いっぱいいて……わかんない……」

 そして、好奇心は俺をも殺すこともあるんだっていうことを、あらためて思い知った。
 あずきも、あきれたように肩を落とした。

「ハァー……わかったわ。それもリセットしましょう。過去の男も現在の男も全部消して。あなたはバカだったの。それがあなたの不幸の原因なの。だからあなたは、男を知らない純情な女の子に生まれ変わることにします。もう一度最初からやりなおしましょう。いい?」
「はい……生まれ変わります……」
「3つ数えたら、あなたの頭の中から男と関係を持ったことが消える。あなたは処女の女の子。男なんて知らないわ。ハイ、1、2、3!」

 パン、と手を叩いて、あずきは俺に「これでいい?」と言いたげな目を向けた。俺は深い感謝を込めて頷く。
 希ちゃんは数回まばたきして、ぼんやりとした顔を続けている。見た目には何も変化したように見えないのだが。

「それじゃ、もう一度あなたの過去と現在を見てみましょうか? あなたの恋人がモニターに映っている。過去のも今の恋人も全員。そこに何人映っている?」
「……誰もいません……私、男の人と付き合ったことない……」

 あずきはドヤ顔で俺の方を見る。
 複雑な気持ちだが、これでいいのだと俺も思うことにした。
 そうだ。希ちゃんは天使だ。天使は絶対に処女なんだ!

「それじゃ、身も心もキレイになったところで今度は恋をしましょう。あなた、今は好きな人いる?」
「いません……」
「素敵な恋人が欲しくない? とっても幸せになれるよ?」
「はい……欲しいです……」

 あずきは俺の方を見て、ニヤリと笑った。
 俺はドキリと心臓を跳ね上げる。

「それじゃ、同じクラスの新藤匠くんは知ってる?」

 希ちゃんは、俺の名前を咀嚼するように口の中で呟き、またゆっくりと首を横に傾げた。

「……そんな人、いません」
「ぶふっ」

 あずきは口に手を当てて吹き出した。俺は「もう勘弁してくれ」と叫んだ。
 世の中は顔と金だ。俺にはそのどちらもない。よくわかってる。

「そうね。確かに新藤匠なんてあなたの中には存在しなかった。あなたのクラスにいる地味でキモい男子の1人なんだけど、当然、そんな虫けらを意識することなんて今までのあなたにはなかった。まあ、それは仕方ないことよね」

 しつけーよ。
 あずきのニヤケ顔がマジでむかつく。

「その彼が今、目の前にいるの。一瞬だけあなたの意識を引き上げるから、彼の顔を記憶して、また、心の底に戻って。そして忘れないうちにモニターにその顔を映して」

 パチパチと、希ちゃんがまた数回まばたきした。ばっちりと目が合って、俺はドキリと緊張する。
 でもすかさず、あずきがその前に手の平をかざした。

「今の映像をモニターに映して。そしてその男の顔をよく覚えて。それがあなたの運命の相手。あなたが愛すべきただ1人の男。モニターを増やして。全部、彼の顔よ。どんどん増えていく。あなたの心の深いところが、彼の顔でいっぱいになっていく」
「あ……あ……」

 ピク、ピクと希ちゃんの体が痙攣する。ベッドに投げ出された細くて白い足がモゾと動いて、太ももにドキリとする。
 あずきが希ちゃんの前から手を下ろす。うつろだった目を硬くつむって、希ちゃんは切なそうに顔を歪める。

「いっぱい。いっぱいになっていく。新藤匠の顔であなたの心はいっぱい。どこを見ても新藤匠。でも、見られているのはあなたよ。新藤匠に心の底まで覗かれている。何も隠せない。全て晒されている」
「あっ……やっ……見ないで、恥ずかしい……やぁ……」

 モゾモゾと短いスカートがよじれて動く。俺はすごくドキドキしていた。ピンク色の下着がちょっと見えちゃってる。希ちゃんのおパンツ様が…ッ!

「逃げても無駄よ。だって、彼はあなたの心の中にずっといたから。あなたの全てを彼は知ってる。だからウソをついても無駄。隠れようと思っても無駄。それが運命の相手っていうことなの」
「……あぁん…うん……見られてる……私が見られてる、全部……」
「あなたの不幸は、彼と結ばれてないことだったの。他のどんな人たちに愛されても、彼1人から愛されなかったらそれは不幸でしかないの。だって、あなたの運命の相手は1人だけだもの。知ってた?」
「私……知ら、知らなかった……」
「そう。でも、あなたは知ってしまった。あなたに隠されていた本当の運命を。見て。あなたの心は彼でいっぱいだったの。あなたがいつまでも彼の方を見ないものだから、彼があきれてそっぽ向いたわ。あなたは、彼に見てもらえなくなった」
「あ……」
「どう? 彼に見られる恥ずかしさより、見られない寂しさの方がずっとずっと大きいでしょ? 死にたくなるでしょ?」
「やだ……やだ……見て……私を見て、お願い……」
「どうすれば、あなたの心の中にいる運命の人を振り向かせられるかしら? もっと正直に? 気持ちをはっきりと、彼に示すしかないのかな?」
「お願い……見て……見て欲しいの……」

 かすれた声で希ちゃんが懇願する。
 すごいエロい感じで、俺はドキリと興奮を高める。

「もっと心を露わにして。脱いで。ウソと虚栄と媚びで隠したあなたを脱ぎ捨てて、本当の自分を彼に見せて」
「はい……見て……見て、ください……」

 希ちゃんは、自分の制服に手をかけて脱ぎ始めた。
 ブレザーをはだけて、ブラウスのボタンを外す。白い肌と、濃いピンクのブラ。思わず目を背けたが、でも、また視線を戻してしまう。希ちゃんは「見て」、「私を見て」と、うわ言のように繰り返しながら、ブラウスをはだけていく。

「大丈夫よ。ほら、モニターの彼、あなたを見てるわ」
「あ……っ」

 希ちゃんは安心したように頬を緩める。
 途端に手も止まって、俺はなんだかガッカリしてしまった。あずきがそんな俺を見てニヤっとしたから、俺は慌てて表情を取り繕った。
 しょうがねぇだろ。こんな状況で鼻の下を伸ばさない男はいない。

「そうね。手を止めちゃダメ。あなたは行動し続けなきゃならない。彼に愛されていない一秒は、あなたにとって一年分の不幸なの。少しも無駄にできないわ。今すぐ彼に愛してもらわないといけない。あなたの心も、可愛い見た目も、処女も、彼に捧げられるものは何でも捧げて。あなたはそうしないといけないの」
「はい、します……すぐに、します……」

 あずきに促され、希ちゃんのストリップが再開する。中途半端にブラウスを半脱ぎにしたまま、希ちゃんはスカートのホックに手をかける。
 ブラと同じ色をしたパンツが覗けてしまった。乱れた制服の隙間から見える下着が、本当に俺を興奮させた。
 あずきがそんな俺を見ている気がするが、そんなことはもう気にしてる余裕もなかった。希ちゃんの切ない声をもっと聞きたい。

「彼はあなたの心の奥にいる。だからウソをついてもすぐばれる。正直に、心の底から愛を捧げないと認めてもらえない。彼の愛を繋ぎ止めるためには、あなたはもっと必死にならないと。ほら、もうそっぽ向いてるよ、彼」
「あっ、いや! 私を見て……お願い!」

 そう言って希ちゃんは、両手で制服の前を開き、ピンク色のブラを露わにした。そして足もMの形に開いてパンツの食い込んだそこも俺の目の前に晒してしまった。

「ッッ!?」

 いきなりのエロポーズに、俺は鼻血を吹きそうになった。
 ピンクのブラに包まれた乳房がぷるんと揺れる。丸くて、きれいな谷間を作ってる。思ってたより大きい。そして、エロい。さすが希ちゃんだ。おっぱいまで天使!

「……なんかむかつく」

 あずきはそのおっぱいを見て、「むー」と口をへの字に曲げた。
 気にすんなよ、中学生。お前だって前途有望だぞ?
 俺の視線から何かを読み取ったのか、あずきがギロリと睨んできた。怖かった。

「いい? そうやって心も体も必死になって捧げなさい。そうすれば彼もあなたを愛してくれる。ほら、またあなたの方を見てくれた。あなたを余すことなく見てくれている」
「あっ……嬉しい……」
「でしょ?」

 希ちゃんがまた恍惚に染まる。エロいポーズのままそんな表情されたら、なんかもう、すげえ興奮しちゃうんだけど。

「それでいいの。彼のことを誠心誠意愛して、ひとすじに愛を捧げれば幸せになれる。これからも迷ったときはあたしに会いに来なさい。どうすれば幸せになれるか教えてあげるから」
「はい……ありがとうございます……」
「それじゃ、さっそく実践編にいってみようか。あたしの合図であなたの目は覚める。ハイ、1、2、3!」

 パンとあずきが手を叩くと、希ちゃんの目がくりっと揺れて、精彩が戻った。
 そして、ゆっくりと顔を上げて俺と目が合う。
 ぼうっと、一瞬にしてその頬が燃え上がった。大きな目がいっぱいに開かれて、俺はその可愛らしい表情に釘付けになった。
 そして、彼女は自分の格好に気づいて、今度は顔色を真っ青に変えた。俺を見て、自分の格好を見て、また俺の顔を見て目を丸くした。

「え、いや、違っ、それは俺じゃなくて―――」
「きゃあああああああッ!?」
「はい、騒ぎすぎ。眠って」

 あずきがパンと手を叩くと、それだけで半裸で大騒ぎしてた希ちゃんがトロンと瞳をうつろにして催眠状態に戻った。
 てか、催眠術ってこんなに簡単に落ちていいものなんだろうか?
 これが天才ってやつ? てか、うちの妹、天才すぎない? なんでこんなに慣れてるんだ? 今まで何人にかけてきたんだ?

「あ、あずき……」
「うん?」

 くりっとした目で俺を見上げる。『天才催眠術師』みたいな怪しげな二つ名など、まるで無関係に見える美少女顔で。
 でも、希ちゃんだって、こんなに無垢な顔で暗黒のような男性遍歴を隠し持っていた。うちの妹に限ってまさかとは思うが、それでも、変な想像しちゃうといても立ってもいられなくなる。

「お前、普段からこういうことしてるのか? その、気に入った男を催眠術で……」
「はぁ?」

 心底、あきれたって顔であずきは片方の眉を上げた。

「あんた、あたしのことそんな風に思ってたの? バカにしないでよ。好きな人の気持ちを催眠術でどーこーしようなんて最低じゃん。あたしはそんな女じゃない!」

 ムスっと口をへの字に曲げて、傲岸に腕組みをして俺を睨む。
 マジお怒りだ。俺よりもちっこいくせに、なんと威圧感のある妹だ。
 俺も自分の言ったことの気まずさとか、ていうか、俺があずきのこと言えるわけないっていうことに今さら気づいて、恥ずかしくなった。
 最近、疎遠になってたから忘れてたけど、あずきは昔から正義感の強いやつだった。少なくとも、俺になついてた頃はそうだった。
 今日だって、俺が頼むから仕方なしに希ちゃんに催眠術かけてくれてるだけじゃねぇか。
 てかさ、そもそも、あずきなら催眠術に頼らなくても、彼氏の一人や二人は余裕だよ。
 催眠術でエッチやりやり、なんて俺みたいな非モテの発想はねぇんだよ、コイツには。

「……悪ぃ。お前はそんなことするやつじゃないよな。俺、知ってたのに変なこと言ってゴメン」

 素直に俺が頭を下げると、あずきは「ひくっ!?」って変な声を上げて、気まずそうに顔を背けた。

「べ、別にまあ、謝ってもらわなくても……てか、あたしも昔は似たようなイタズラしちゃってたし……で、でも、あたしへの気持ちまでイジったことはマジでないから、そこだけは誤解して欲しくないっていうか、兄貴に言われると胸が痛むっていうか……」
「え、なに?」
「なんでもない! とにかく、あたしの話は終了!」

 プイと逆方向に顔を背けて、それから思い出したようにギッと俺を睨みつける。

「ていうか、今はその催眠術であんたのカノジョを作ってやるって話でしょ! 邪魔しないで!」
「ゴ、ゴメン」

 あずきはブツブツと文句を言いながら、希ちゃんの耳元に口を寄せる。
 まだ顔が赤い。怒ってるんだろうか。コイツ、すぐ機嫌悪くするから難しい。反抗期ってやつだな。

「いい? あなたは今、運命の人、新藤匠くんの家に告白しに来たの。でも彼はなかなか自分の気持ちを信じてくれない。だから、あなたは裸になって見せることにした。だから今の格好もおかしくないの。大丈夫よ。あなたの頼りになるアドバイザーのあたしも付いてるから。さあ、頑張って」

 パンとあずきが手を叩く。するとまた希ちゃんがパチッと瞳に光が宿り、表情にも生気が戻る。
 まるで彼女があずきのおもちゃになったみたいで、なんだか少し妹のことが怖くなる。
 でもそれ以上に、無防備な反応でおもちゃにされてる希ちゃんに、俺は妙な色っぽさと危うさを感じて、ぞくぞくもしていたけど。
 これが催眠フェチってやつなのか……。

「……あ」

 希ちゃんは俺の視線に気づき、真っ赤になって顔を伏せる。でも、さっきのように大声を出したりすることはなかった。
 それよりも大事なことがあるみたいで、半脱ぎの自分の制服を戸惑う指でつまんだりしながら、唇を引き絞って、恐る恐ると顔を上げる。

「新藤くん……お、お願い」
「はひ?」

 緊張のあまり、上ずった声で間抜けな返事を俺。

「私、本気なの。本当に新藤くんが好きなの。この気持ちを信じてください。私の気持ち……見てください」
「え?」

 そう言って、希ちゃんはブラをきゅうってたくし上げていった。彼女の手で、白い乳房と、そしてブラよりもきれいなピンク色の乳首が……あらわになったんだ。

「sfkjfkhdp!!!!???」

 俺は何かを叫んだ気がする。
 だけど、脳で考える余裕がなかったので、自分でも何を言ったか理解できなかった。
 その可愛らしい2つの蕾。子猫の瞳のようにつぶらで無垢な色した2つの純情が、俺の理性を吹く飛ばしてしまう破壊スイッチであることを彼女は知らないんだ。

「新藤……た、匠くん。わ、私は、あなたのことが好きです。だ、大好きですっ」

 ブラウスを上着と一緒に肩からはだけさせ、顔中を真っ赤にして、希ちゃんは叫んだ。
 今までも、夢の中では何度も彼女に告白したりされたりしてきた俺だ。でも、こんなのは夢でも想像したことがない。ていうか、一体誰がこんなの想像できただろうか。
 まさかの……おっぱい付きだぞ!
 胸が大きく上下している。顔と同じくらいに胸が赤くなっていく。緊張している彼女の心臓の音が、ここまで聞こえてきそうな気がした。
 俺は彼女から目を離すこともできず、息を呑むことすら忘れた。
 脳みそは、今、彼女の告白と目の前の光景を、塵一つ残さずメモリーすることに全力を振り絞っている。
 これさえあれば、俺はあと50年は戦える。
 希ちゃんの乳首を忘れることなんて一生ない。乳首を忘れないことにかけて俺は誰にも負けることはない。なぜなら俺の脳みそは、今この瞬間、おっぱいの形をしている!

「んー、兄貴、何も言ってくれないね? その程度の告白じゃ、あなたの気持ちは届いてないのかも?」

 あずきが希ちゃんの耳元でイジワルに囁く。
 違う。今の希ちゃん告白と格好に、完全に俺の頭がやられてしまっただけだ。
 でもその弁解をしようとも、俺の口は魚のようにパクパクとしか動かず、情けない音しか出てこなかった。まさか本当に脳がやられてるとは。
 ふにゃ、と希ちゃんの顔が泣きそうに歪む。
 でも、ぎゅっと目をつむって、何かを吹っ切るように彼女はスカートの中に手を入れ、腰を浮かせた。

「た……匠くん。私、本当に、本気です。本気であなたのことが好きなんです! この気持ちを信じてもらうためなら……私は、こ、これだって、~~~ッ、ぬ、脱げます!」

 スル、スルと、少しずつ勇気を振り絞るように、彼女の太ももに下着が下ろされていく。
 ピンク色のパンツ。希ちゃんのパンツ。
 希ちゃんは唇を噛んで、目を強くつむって、スカートの裾を掴んだ。パンツは膝まで下がっている。
 彼女が何をしようとしているか分かっている。あずきにどうやって追い込まれているかも全部見ていた。
 俺は妹の催眠術で、大好きな彼女に恥ずかしいことをやらせようとしている。男として最低の行為だ。てかマジで犯罪だ。
 でも、無理だ。ちょっとずつ持ち上げられていく希ちゃんのスカートの前では、そんなことすら「どうでもいいじゃ~ん」と思えるんだ。
 俺の誠実さなんて、美少女の乱れた制服の前では、ただのゴミです。全部童貞が悪いんです。
 ごめん、希ちゃん。早く見せて…ッ!

「私の本気……見てください……」

 ――見せてもらった。
 この感想を一言で言うならば、いや、そんな悠長なこと言ってる暇があったら、今すぐ俺の網膜を剥がして、そこに映ってる映像を永久に保存してくれ。早く!
 ついでに俺の目を邪魔をするこの涙も止めてくれ。震える体を抱き止めてくれ。
 希ちゃんは、俺に本当の勇気とは何かを教えてくれた。大事なものを思い出させてくれた。
 上級天使5人分に匹敵する美少女顔。仙人にしか口にできない桃のようにきれいで丸い乳房。ピンク色の稀少なダイヤを思わせる乳首。黄金のスタイルを支える細っこい腰。筆で点を打ったように控えめなおへそ。
 そして……マンガかラノベの挿絵かってくらいに、あまりにも完璧な美少女すぎて現実味すらない彼女の肉体で、唯一リアルな女性を感じさせるアソコ。
 薄い陰毛は彼女のイメージどおりだったけど、でも、白い肌に浮き出る翳りと、その下でわずかに覗く皮膚感の違う肉は、確かにネットやDVDで事前学習していた「女の器官」そのものだった。

「匠くんのこと、好きです。信じて、ください……だ、大好きなんです……」

 希ちゃんは小さく震える手でスカートを握りしめ、消えちゃいそうな声で何度も告白を続ける。
 俺はそんな彼女の、やっぱりソコが一番気になって目が離せずにいた。
 希ちゃんだって女なんだ。
 当たり前のことなのに、制服をオシャレに着こなしてる彼女しか見たことなかったから、俺は気づかずいた。俺は彼女を夢の中の登場人物のように理想化して恋をしていたんだ。
 でも彼女だって女。そこにはちゃんと男とセックスするための場所もあるんだ。
 今、そこを見せてくれている。俺に見てくれと言っている。美少女の真実を。

「兄貴。この女にここまでやらせてやったけど、どうする? あえてフッてやるのも面白いかも」

 クスクスと、得意げにあずきは笑う。
 できるかバカ。そんなことしたら、日本から美少女はいなくなる。彼女たち美少女を守るのが俺たち日本男子の仕事だ。子孫代々、日本の美少女は(二次元含めて)我々が守るんだ!

「お……俺も君が好きです! 付き合ってください!」

 別に叫ぶ必要もないんだけど、俺は叫んでた。あの日、希ちゃんにソッコーでフラれたのと同じ告白を。
 でも、あのときの彼女と、今の彼女は全然違う。
 希ちゃんの大きな瞳がまん丸に開かれた。やっぱりこの子、目が大きい。睫毛がナチュラル長い。結婚して欲しい。
 そんな彼女の美少女顔が、ふにゃっと泣き顔に崩れる。

「あ、ありがとう!」

 ポロポロ、ポロポロ、次々と希ちゃんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 持ち上げたスカートが、その涙を受け止めて吸い込んでいく。

「ありがとう……本当に嬉しいです……嬉しいよう……」

 胸にじんと染みた。彼女の純真な涙に、俺もウルってきた。
 本当に幸せで、天国に昇った心地だった。

「よかったね、兄貴。希の5人目のカレシになれたよ?」
「うっせぇ!」

 あずきはフンと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。イヤなこと思い出させんな。
 希ちゃんは俺の怒鳴り声にビックリしたようで、また目を丸くしてた。
 いいんだよ、気にしないで。そんなのは君の記憶からも過去からも消えたことだから。
 俺も全力で忘れるから!

「希、その幸福感を忘れないで。あなたは今後、このアロマと同じ系の匂いをどこかで嗅いだとき、それとも、今流れてるみたいなイージーリスリング系をどこかで聴くたびに、新藤匠と愛を確かめ合ったこの幸福を思い出す。あなたはきっと幸せの虜になるわ。だってこれほどの幸せって今まで味わったことないもの。そうよね?」
「はい…はい!」
「新藤匠には感謝しないと。だって、彼のおかげでこの幸福があるんだもの。これからは誠心誠意、新藤匠に尽くしなさい。可愛さを磨いて、健気になって、昭和の女のように新藤匠に尽くしなさい。そうしたら、この幸福もずっと続くから」
「はい! あの、私、喜んで尽くします!」

 普通に街を歩いてもどこかで耳にしそう音楽。あるいは、女の子が好んで身につけてそうなこの香り。
 それらが全て、あずきの仕掛けたトラップとなる。きっと彼女はもう、今日のこの暗示を一生忘れることはできないんだろう。
 涙でぐしょぐしょになりながら、希ちゃんは幸せそうに笑顔を浮かべ、そして新藤兄妹の悪魔の罠に自らはまっていく。
 恐ろしく、そして、ぞくぞくと来るような甘い罠だ。

「これでオッケーかな? そんじゃ、さっそく本番始めちゃう?」
「は?」

 あずきはベッドの上で身を乗り出し、思わせぶりに唇を尖らせた。俺は首を傾げた。

「だ・か・ら。肝心なこと忘れてないよね?」

 そう言ってあずきは、希ちゃんをコロンと転がし、自分も隣に寝そべって希ちゃんのスカートを持ち上げた。

「きゃっ!?」

 仰向けになったことで、彼女のソコがよりリアリティを精細にした形であらわになって開かれる。俺はまた眼球を差し出しそうになった。

「兄貴が童貞喪失するとこ、妹に見せてくれるんでしょ?」
「はぁっ!?」

 あずきはニヤリと笑っていた。

「そ、そんなとこ見せるわけねぇだろ、バカ!」
「はぁ? 兄貴に拒否権あるの? 誰のおかげでこの女が股開いてると思ってんの?」

 あずきの隣では、希ちゃんが足をM字にして、不安そうな顔で俺を見上げていた。死ぬ。エロと萌えが喉に詰まって俺は窒息死する。
 だが、これ以上の姿を、たとえ超天才美少女催眠術師とはいえ、中学生の妹なんかに見せるわけにはいかない。
 そもそも俺に、身内に童貞捨てるシーンを見せて喜ぶ趣味などないんだ。え、いやどうだろ。いやいや、ないって。

「どうしてもイヤだっていうんなら、それでもいいけどー。でも、その前に催眠術のルールを説明しておこっかなー」
「ルール?」
「あたしはこの人を催眠術で兄貴の虜にした。でもね、まだそれは恋をしただけ。エッチでも虜にしたいなら、実際に体験させながら催眠術で覚えさせていかないとダメなの。犬のしつけと同じね。いくら飼い主になついていても、体で覚えなきゃいけないことは、体で教えないと理解してくれない。それとも、兄貴はあたしの手伝いなんていらないくらいの、エッチで女を虜にするテクニックとか持ってるわけ?」
「な…くっ…!」
「まだまだ天才催眠術師の手助けが必要なんじゃないかな~?」

 俺は顔を熱くして、唇を噛みしめた。
 目の前には人生最大の据え膳が置かれている。
 希ちゃんは俺に恋をしている。昨日までの俺なら考えられないことだ。それ以上なんて望むなんて贅沢すぎるというものだ。
 だが、それもやはり昨日までの話だ。彼女の瑞々しい天使の体を目の前にしたら、そりゃあやっぱり隅々まで堪能させていただきたいし、エッチでも俺に夢中にさせたいって、男なら誰だって思うだろう。
 ベッドの上で不安げにしているこの半裸美少女を見て、抱きたくないと思う男は、つなぎでも着てハッテン場のベンチに座ってろ。

「……わかった。よろしく頼む」
「さっすが兄貴!」

 何がさすがなのかは分からないが、とにかく俺はあずきの手伝いを受け入れることにした。我ながら最低だと思うが、超天才美少女催眠術師の手でも借りないと、そもそも俺に彼女の攻略なんて不可能だったんだ。

「それじゃ希。あたしの目を見て」
「……?」

 希ちゃんがあずきの目を覗き込む。
 ただ見つめ合ってるだけだ。だがこんなときになんだが、今さらながらスゲェ光景だと思った。
 俺のベッドの上で、なんで希ちゃんとあずきが並んで寝てるんだ?
 1人は俺の初恋の美少女。もう1人は、ろくに口も聞かなくなって数年の生意気美少女妹。
 なんだか、さっきまでとは違う種類の興奮に心臓がドキドキしてきた自分に、ちょっとやばいものを感じた。

「もっと見て。あたしの目。あなたの顔が映ってるの、わかるでしょ?」
「……はい……」

 ただ見つめ合っているだけなのに、希ちゃんの瞳がまたトロンとしてきた。半開きの口や紅潮した頬がかなりエロい。なんだか、今のあずきと希ちゃんに百合っぽいこと想像しそうな俺がやばい。

「すっごくエロい顔してるね、あなた……ひょっとして、兄貴に抱かれること考えてた? そうでしょ?」
「……あ……」

 希ちゃんの顔がますます赤くなっていく。茹でたように真っ赤で熱そうだ。

「は、はい……考えました……」
「そう。すごくエッチなこと考えてたのね? どういう想像した?」
「やぁっ……私、よくわかりません……」
「でも、これからそういうことを兄貴にされるのよ? あなたたちは付き合ってるんだもん。そうよね?」

 希ちゃんは、しばらく逡巡したあと、真っ赤な顔をブンと縦に振った。
 そっか。俺たち付き合うことになってんだ。胸が熱くなった。

「だったら、あなたのして欲しいこと、先に言っておいたほうがいいわ。2人ですることなんだもん。さあ、どうして欲しいのか正直に言ってみて?」
「……キ、キス……して欲しいです……」
「どういうキス?」
「ふ、普通のっ……普通のキスです……」
「でも、兄貴がベロベロって舌入れてチューしたいって言ったら、どうするの? 希は兄貴のカノジョなんだから、それでもしたいようにさせなきゃダメだよね?」
「……う、うぅ~……」

 希ちゃんは、目がバッテンになるくらい固くつむって、コクンと頷いた。

「怖がらなくて大丈夫よ。兄貴にキスされたり、舌で舐められたりしたら、すごく気持ちいいの。いい? じっとして、あたしの指の感触をよく覚えて」
「あっ……」

 あずきの指が希ちゃんの唇をなぞる。希ちゃんはピクンと喉を震わせ、それでもあずきにさせたいようにさせていた。

「あっ……ふぁ……」
「くすぐったい? でも、もっと気持ち良くなるわ。あなたの唇はすごく敏感ね。触られただけですごく感じる。もっともっと気持ち良くなっていく」
「あっ、あぁ、あっ……」

 ぞくぞくと体を震わせ、希ちゃんが身をよじる。スカートを開いたままの足がくねくねと泳ぐ。俺まで敏感になって震えそうだ。

「この感覚は、うちの兄貴の唇にもあるの。兄貴のキスされたり舐められたりしたら、同じくらい気持ちいい。ううん。もっと気持ちいいかも。『普通のキス』だけじゃ物足りないくらいにね」
「あっ…あっ…ふあぁぁ……」

 希ちゃんはあずきの指に夢中になって表情を蕩けさせる。なんてエロ美少女。もしも俺のキスでもこれくらい感じてくれるなら、それはスゲー嬉しいことだけど!

「えっと……たぶん、これで大丈夫だと思うけど……」

 希ちゃんの唇を撫でながら、何やら不安げなことをあずきは呟いていた。

「たぶん? お前、こういうのやったないのか?」
「ひくっ!?」

 俺が眉をひそめると、いつものビックリ声であずきは顔を赤くした。でもすぐにムキになって唇を尖らせた。

「あ、あるに決まってんじゃん! あたしは天才催眠っ子ちゃんなの! 指先一つで女をメロメロにするくらい全然余裕だっての! てか邪魔しないでよ!」
「え、わ……悪い」

 なんだか知らないが、余計なことは言わないでおこう。今はとりあえず、あずきは超強力な味方だ。

「フンだ。まあ、見てなよ。希、さっそく兄貴にキスしてもらおうか。あなたからおねだりして?」
「ふぁっ、あっ、あぁ……」

 離れていくあずきの指を名残惜しそうに追いかけ、希ちゃんが唇を突き出す。その仕草がすごくエロい。
 てか、希ちゃんから俺にキスをねだれって?
 あずき、テメエ。なんて妹なんだお前は。あとで小遣いやるからな。
 希ちゃんが、唇に残る感触をなぞるように指を這わせる。色っぽい。その瞳が俺の方を見る。濡れている。切なそうに揺れている。
 彼女の言いたいことは分かっている。そして俺も、是非それを彼女の口から聞きたいと思っていた。思っていた!

「た、匠くん……」
「はい……」
「わ、私にキ、キス……してくれませんか?」
「――しまった、録音しとけばよかった!」
「え?」
「い、いや、何でもない!」

 俺はベッドに上がって、希ちゃんの上に覆い被さった。隣のあずきのニヤニヤが気になったが、それより希ちゃんの半脱ぎ制服とかおっぱいとか真っ直ぐな瞳とか物欲しげな唇の方が大事だった。

「それじゃ兄貴、キス試してみようか。あ、希もファーストキスだよね、当然?」
「…………」

 コクリと希ちゃんは恥ずかしそうに頷いた。
 実際には、ついさきほど彼女には歴史的なエラーが存在することが確認されたばかりだが、とある天才技術者の手によって彼女の過去は時空的に遮断されており、現時点をもって再構築された世界観によって記憶と体験がリファインされたところなのだ。
 つまり、希ちゃんは処女だし、まったく男と付き合ったこともないのが現在の常識だ。
 当然でしょ。彼女は俺の天使だもの。

「匠くん……」

 俺の名をささやく、希ちゃんのぽってりした唇。
 慎重にそこに顔を近づける。すると希ちゃんが静かにまぶたを閉じた。
 俺は目の前にお花畑が広がったような錯覚を覚えた。
 天国への階段を昇るみたいだ。夢を見ているようだ。
 大好きだった彼女の顔が、俺のすぐ目の前にある。長い睫。可愛い鼻。柔らかそうな唇。おっぱい丸出し。パンツも脱いでキスを待つ仮面処女でビッチの美少女。そして、俺たちのすぐそこで「ゴクリ」と息を飲む実の妹。
 冷静に考えるとあちこちにツッコミポイントがあるが、今はクールになってる場合じゃない。
 夢にまで見たファーストキッスの瞬間だ。大好きな恋人と一緒だ。これは間違いないなく天国。ジャスティス。どこにもおかしな点なんてない。

「……んっ」

 希ちゃんの唇に触れた。その瞬間、落雷に当たったかのような衝撃を受けた。あずきは「ひくっ」としゃっくりのような声を上げた。
 さらば俺のキス童貞。希ちゃんありがとう。お嫁さんにしてください。

「んっ!? んっ、んんんっ!」

 だが、一番大きな反応を見せたのは希ちゃんだった。
 すごく苦しそうな声を上げて、ビクンビクンと体を震わせるから、びっくりして顔を離すと、プハッと息を吐き出して、ハァハァと、真っ赤な顔で水からあがったばかりのように激しくおっぱいを上下させた。

「ど、どうしたの?」

 あずきも心配そうに希ちゃんの顔を覗き込む。希ちゃんは「あ……」と、俺とあずきの顔を交互に見ると、みるみるうちに泣きそうな表情になった。

「……ひょっとして、あんたイッたの?」
「やっ、やぁ……」

 希ちゃんは真っ赤な顔を両手で隠して、イヤイヤと横に振った。でもそれは、「ええ、私はキスだけでイキました」と正直に告白しているようなものだった。
 あずきは、フヌーッと鼻息を吐いて、俺の肩をバチーンと叩いた。

「いッてぇ!?」
「ほーら見ろ! あたしの催眠術にかかれば女の1人や2人楽勝なの。さ、もっとキスしてあげて。この子を骨抜きにしてやりなさい!」

 言われるまでもねぇよ。
 俺は希ちゃんの顔を隠す手を開き、恥ずかしそうに目をつぶった彼女の唇に、再度熱いキスを重ねた。

「んんんん~~ッ!?」

 がっつり俺に唇をふさがれた希ちゃんが、目を見開いて体を震わせる。小刻みな痙攣が、演技ではない本物の反応を俺の腕と唇に伝えた。

「はぁ、はぷっ! んっ、はっ、たく、み、くんっ! はっ、ちゅぷっ! やっ、も、もうやめっ、あぁっ、あむぅっ!?」

 キスを重ねるたび、希ちゃんは軽いエクスタシーに達してビクンビクンと体を跳ねさせる。胸元まで真っ赤にして震える彼女が可愛くて、俺はキスを止めれなくなった。
 ギィって希ちゃんの歯が鳴る。「あぁぁッ!」ってすごいエロい声を出す。俺のキスでこれだけ反応してくれるなんて、本当に可愛いカノジョだ。
 舌を入れて触れあってみる。

「んんんんっ!?」

 舌を小魚のように震わせ、希ちゃんはすぐに達した。
 次に俺は、彼女の口の中に俺の唾液を注ぎこんでみた。

「んっく!? んんーッ!?」

 コクっと喉を鳴らして、彼女の細い体が、俺の体を持ち上げるくらいに仰け反った。
 可愛い。
 希ちゃん超可愛い。
 もはや俺の完全無双状態。何をしても希ちゃんはイってイってイキまくる。俺は夢中になって希ちゃんの唇を貪った。

「んぷっ!? んんっ! んんっ! も、もう、た、助け、あむっ!? 匠、くんっ、んんっ、たくみ、んっ!? ふっ、んんんーッ!?」

 俺は希ちゃんの小さな顔を両手に抱え、ジタバタと跳ねる希ちゃんの体に乗っかり、逃がさないようにして徹底的にキスを重ねる。
 初めてのキスでここまで興奮できるとは思わなかった。
 しかもこれからもっとすごいエッチが待ってるなんて、いきなりクライマックスすぎて先が想像できない。
 いきなりピークが訪れてる感じ。ディアゴスティーニ『岸月希ちゃんとエッチしよう』創刊号は特別価格って感じ。
 てか俺のパンツの中がすげぇグショグショだ。なんだこれ。出しちゃったの俺? あぁ、出たかもな。それぐらい興奮してるし気持ちいいしな。
 脳みそに興奮物質が湧きすぎてメチャクチャだ。もうトロトロだ。このまま希ちゃんの口の中に入っていきてぇ…!

「ストップ、ストーップ! いい加減にしてってば!」
「イテテテ!?」

 あずきに耳を引っ張り上げられた。真っ赤な顔した妹が怒鳴る。

「兄貴……希を殺す気?」
「え?」

 希ちゃんは、うつろな目をあらぬ方に向け、涙と俺のよだれで顔中を濡らして荒い呼吸をしている。
 乱れた服装。汚された少女の顔。
 どう見てもレイプでした。

「こ、これを俺が!?」
「まさにケダモノね。あたしが何度も声をかけたのに、夢中で希を貪って……ハイエナのようだったわ」
「信じられない……俺は希ちゃんになんてことを……」
「とにかく、少し希の感度が高すぎたみたいね。希、唇を貸して。ちょっと弱めてあげる」

 あずきが希ちゃんの唇に触れて、キスの感度を下げていく。
 今のままじゃ希ちゃんの体が保たないし、彼女のためにも無茶はやめた方が良いのは当然なのだが、少しだけもったいない気もするのは、俺がまだ男の子だからだ。

「オッケー。それじゃ、兄貴。ちょっと試してみてよ」
「お、おう」

 妹に促されてカノジョとキスをするっていう、このズレ感。
 まだちょっと戸惑いながらも、俺は希ちゃんに顔を近づけていく。希ちゃんは、ビクッて少し怖がるように目を閉じた。
 その怯える表情で、俺は少し冷静になれた。
 ごめん。次は優しくする。

「…んっ…」

 ゆっくりと押し当てるようなキス。顔を上げると、希ちゃんは恐る恐る目を開けて、そして、俺の顔を見てホワっと微笑んだ。

「……へへっ」

 とても幸せそうな彼女の笑顔に、俺までジワッと胸が温かくなる。
 そっか。これが普通のファーストキス。この気持ち良さは、心の繋がりを感じるためなんだ。

「希ちゃん」

 俺も彼女の名前を呼んで、もう一度唇を重ねた。

「んっ…ふぅ……ん」

 お互いの柔らかさを確かめあうように、優しく。希ちゃんの唇がまたプルプル震える。
 イッたんだ。
 でも、さっきほど強烈なエクスタシーではないみたいで、目を合わせると恥ずかしそうに視線を外したけど、すぐに次のキスをねだって唇を差し出してくる。
 俺は幸せ者だと思った。

「ちゅっ、んっ、はぅっ、ん…匠くん…んっ、ちゅっ」

 優しいキスを続ける。もう一度目を合わせると、希ちゃんは切なそうに目を潤ませて微笑む。

「匠くん……好き……大好きです」

 もう嬉しさで胸がいっぱいだ。
 もっとたくさんキスをした。試しにちょっと舌を入れてみたら、またビクンって希ちゃんはイッちゃったけど、ちょっとずつ攻めていったら、慣れてきたのか彼女も少しはチロチロしてくれるようになった。
 でも敏感な希ちゃんはすぐにイッちゃうから、あんまりディープなことはできない。それでも俺は幸せだった。心の充足感はハンパない。
 キスしながら、希ちゃんは何回も「好き」って言ってくれる。幸せそうな涙を流す瞳と、遠慮がちに俺の首に回された腕と、そして何より優しく柔らかく受け入れてくれる唇。
 彼女の全身が俺を「好き」って言ってた。俺も好きだ。もちろん希ちゃんが好きだ。

「好きだよ、希ちゃん…!」
「んんっ、匠くん、嬉しい…んっ、ちゅっ、好き、好き…ん、んっ」

 それが俺の幸せと勇気と愛に変わっていく。彼女を大事にしたいと、そのために自分のケダモノを押さえ込んで甘いキスに徹する紳士な自分を立派だと思える。
 てか、何この幸せを詰め込んでクッションにしたような抱き心地?
 こんなに小さくて細くて、なおかつふわふわに柔らかい体に乱暴なんて出来るはずがない。さっきの俺はどうかしていた。狂ってた。
 とめどなく溢れる興奮に流されながらも、クールに優しく抱きしめなければいけない。
 それが女の子の体。それが希ちゃんの唇。キス。吐息。
 あぁ、好きだ。希ちゃん大好き!

「……はい、ストーップ」
「イテテテっ!?」

 あずきに耳を引っ張り上げられた。ほっぺたをぷくっとさせて、なぜか不機嫌になっているようだった。

「いつまでキスしてんのよ? もういいじゃん。さっさと先へ行けっつーの」
「え、でもせっかく希ちゃんも盛り上がって……」
「しつこいの! もう見たくない。キス禁止。飽きた!」

 ……お前に飽きたっていわれてもな。
 だが、ここで超天才美少女催眠術師を怒らせるのは利口ではない。俺は顔を真っ赤にして怒るあずきに逆らわないことにする。

「じゃ、その……次、しなさいよ」

 あずきはまだ顔を赤くして、俺にあごで指示を出した。次? 次ってその、次?

「は、早く。なにボサっとしてんのよ」
「いや、でも、次って言われても……どうすんだよ?」
「知らないわよ!? なんであたしに聞くのよ!」

 俺たちは赤い顔を突き合わせてウロウロと視線を泳がせる。もちろん、童貞とはいえ高度情報化社会の落とし子である俺たちがセクロスの手順ごときに迷うはずはない。
 次はおそらく、あのおっぱいあたりを攻めるのがセオリーだ。
 だがそれを知識として持っているのと、実際に行使するのとでは、覚悟に大きな違いがある。
 肝心なことはいつも口に出しづらくて戸惑う俺たち。希ちゃんはそんな俺たちの視線をおっぱいで受け止め、恥ずかしそうに両手で隠した。

「わ、私も、経験ないから……どうしていいのかわかんない、です……」

 いや、お前が一番エロ博士なんだけどな。
 そんなツッコミを俺もあずきも喉元まで出しかかっていたが、彼女の記憶を消したのは俺たちなので、あえて口に出したりしない。

「……胸、触っていい?」

 希ちゃんはぎゅっと唇を結び、コックリと頷き、そっと両手をどけていった。怖がりながらも俺を懸命に受け入れようとする彼女の気持ちに、じわりと胸が熱くなる。
 可愛らしい希ちゃんのおっぱい。それはきっと天使が舞い降りる双子の丘。神様に愛されたそれに、俺はゆっくりと慎重に手を近づけていく。

「ふわぁぁぁあああっ!?」

 今のは俺の声だ。
 希ちゃんのおっぱいのあまりの柔らかさに、思わず俺が絶頂しそうになってしまったのだ。

「くぅぅぅんっ!?」

 これが希ちゃんの声だ。
 俺におっぱいを鷲づかみにされ、彼女は白い喉を仰け反らせて鼻にかかった悲鳴を上げた。

「すげ……や、柔らかい!」
「あっ、うぅん、くぅん、んっ、あんっ」

 これが女の子のおっぱいか。
 想像してたのより、はるかに柔い。暖かくて気持ちいい。ふにゃふにゃしてる。でも、手を緩めると水風船みたいに戻ってきて、すべすべした丸い形が、撫でても気持ちいいんだ。
 いいなあ、これ。こんなの自分の体にあったら一日中揉んでるよ。授業も手につかないよ。中に何が入ってるんだろう。最高だよ。

「うっ、うんっ、んっ、あっ」

 俺はこの肌触りに感動しながら、ただひたすらに揉み続けていた。
 そのリズムに合わせて希ちゃんが息を漏らす。気持ちいいのか、それとも痛いのか、彼女の表情や反応だけでは俺にはわからない。
 でも自分でも単純な愛撫だってのは分かる。これでも反応してくれる希ちゃんの姿は嬉しいけど、恥ずかしくもあった。
 俺はまだまだ未熟だ。なにしろ童貞だし。てか、彼女の記憶から消え去った前の男たちは、もっと彼女を喜ばせることができたんだろうか。
 頭をよぎるイヤな想像と戦いながら、それでも俺は胸を揉む以外のことは思いつきもしなかった。
 その隣に体を横たえるあずきが、彼女の耳元に唇を寄せる。

「ね、気持ちいい? 兄貴におっぱい揉まれて、気持ちいい?」
「あぁ、はいっ、き、気持ちいいです…っ、匠くんの手、大きくて、暖かくて……気持ちいいです……」

 はずかしそうに、希ちゃんは小さな声でそう答えた。彼女の口から「気持ちいい」と聞いて俺も顔が熱くなったが、嬉しいというよりむしろ恥ずかしかった。希ちゃん、俺に気を使ったりしてないかな?

「そ、そう。ふーん。こ、こんなので気持ちいいんだ? へー、そ、そうなんだぁ……」

 チラリと、あずきは俺の顔を覗いて、すぐに視線を逸らす。なんだよ? 下手くそとでも言いたいのか?
 し、仕方ないだろ。女の子のおっぱいなんて揉むの初めてなんだから!
 俺があずきを睨みつけると、あずきはムニュっと唇を曲げて、変な表情を作った。そして希ちゃんの耳に口を近づけると、指をパキンと鳴らして、口元を隠した。

(……ね、ねえ、もっと気持ち良くなったげて? 兄貴、女は初めてなんだから、もっとあなたの喜ぶ姿を見せて、自信をつけさせないと。いい? あなたの肌は敏感になっていく。兄貴に触れられたところから、どんどん快感が広がっていく。体中が気持ち良くて止まらない。兄貴に愛撫されるたびに、あなたの愛は深まっていく。感謝の気持ちでいっぱいになる。愛される幸福感が、全部あなたの快感になる。あたしが指をもう一度鳴らしたら、あなたの気持ちも体もあたしが言ったとおりに変わるからね。わかった?)

 声が小さすぎて、あずきがどんな囁き戦術を彼女に与えたのか、俺には聞こえなかった。
 でも、あずきが指をもう一度鳴らした途端、希ちゃんの反応が一変した。

「あっ、あぁぁぁああんっ!?」

 ビクンっと大きく胸を仰け反らせ、希ちゃんは大きな声を上げた。そして、俺の愛撫に体を揺らして悶え始めた。

「あっ、あぁっ、いいっ、き、気持ちいい! 匠くん、気持ちいい! すごっ、すごいの! 胸、どうにかなりそっ、なのっ! 気持ちいいィ!」

 顔を真っ赤にして、声も絶え絶えに希ちゃんは叫ぶ。

「あ、ありがと、匠くんっ。匠くんに、んっ、おっぱい、揉んでもらって……すっごい、嬉しいよぉっ。もっと、んっ、恥ずかしいけど、もっと、好きにして。匠くんになら、私、何されても、嬉しい! 私、匠くんの物になりたいのっ。き、気持ちいいのぉ!」

 ポロポロと涙も笑顔も見せて、そしてすごく色っぽい声と表情で、希ちゃんが喘いでいる。
 夢にまで見た光景だ。いや、夢すら遙かに超える光景だ。

「好き、好き、匠くんの手、好きっ。こんなの初めてっ。私、こんなに気持ちいいの、初めてで、す、すごいよぉっ、すごいよぉ! 好き! 好き! 匠くん大好き! 匠くん、ありがとう!」

 希ちゃんが俺の手に手を重ね、すごく幸せそうに俺のおっぱい愛撫に喜んでいる。ベッドが軋んで音を立てるくらいに、俺の揉むリズムに体を踊らせている。すげー感動だ。このおっぱいを通して俺たちの心が繋がってる感じ。
 しかし、どうしてこんな、急に希ちゃんはこんなことに?
 俺はあずきの方を見る。

「な、なによ?」
「お前……希ちゃんに何した? また快感操作か?」

 さっきのキスでは、希ちゃんが失神しそうになったばかりだ。俺の下手くそな愛撫で感じるようにするくらい、あずきなら簡単だろう。

「違うわよ。なんか、希は恥ずかしがって素直に反応できないみたいだったから、言いたいこと言えるようにしただけ」
「……そうなのか?」

 そっぽを向いたあずきの代わりに、希ちゃんがブンブンと首を縦に振っていた。

「そう、そうなの! 気持ちいい、のぉ。匠くんに告白して良かった、んっ、あぁん! んっ、こんなに、気持ちいいなんて、あぁっ、匠くんに、抱いてもらえて、嬉しい! んっ、あーっ、あぁっ、もっと、もっと触って欲しいのっ。希の体も、匠くんの物に、して欲しいの! 私の、気持ちはっ、とっくにあなたの物だからっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ!」

 ビクンビクンと大きく反応しながら、唇を噛んだり、みっともなく大口開けたりしながら、とても嬉しいことを言ってくれる希ちゃん。
 そうか。そうか。そんなに気持ちいいか。俺のモノになりたいか。
 全身のありとあらゆる穴から蒸気が吹き出そうだぜ。今の俺なら岩をも揉んでふにゃふにゃにさせられるぜ。
 女の子のよがる姿ってすげえ。
 男に自信をつけさせる。世界を征服した気分にすらなる。
 今までに入ったことのない経験値が俺にボーナス投入されて、レベルアップ音が止まらない。これは体験しなきゃわからない感覚。
 俺がおっぱい揉んでるのは、あの岸川希ちゃんだ。一生に一度遭遇できるかどうかのレア美少女を、ベッドの上でコネコネしてるんだ。
 どんだけ人生をチートしちまったんだ、俺は!

「バカ……何だらしない顔してんのよ……」

 シーツに顔を埋めたあずきが、足をパタパタさせながら何か呟いていた。

「ん? なんか言ったか、あずき?」
「なんでもないー! てか、まだ揉むの? いいかげん飽きない?」
「飽きるわけないだろ、バカ! 俺はこのまま化石になるまで揉み続けてやる。そしてパイモミザウルスとかいう名前のレア化石になって、お前のDSに配信されてやるからWi-fiで待ってろ!」

 むきになって、思わず変なことを口走ってしまった。希ちゃんは恥ずかしそうに真っ赤になって、でも、コクンと嬉しそうに笑ってくれた。
 揉む! 少なくとも百年は揉む!

「もう、しつこいのよバカ! なによ、そんなのっ。ただの肉じゃん!」

 キレたあずきが、横から俺のおっぱいを(希ちゃんのおっぱいだが)取り上げ、ギューッときつく掴んだ。

「い、いたぁい!」
「こら、あずき! 俺のおっぱい(希ちゃんのおっぱいだが)に乱暴するなっ。どけ!」
「うっさい! あたしが連れてきてやったんだから、これはあたしのおっぱい(希のおっぱいだけど)なの! あたしがダメと言ったらもう揉んじゃダメ! てか死ね!」
「無茶言うなよ、お前……。キスもダメ、パイパイもダメ、なんて兄ちゃんは言われるまでもなく死ぬよ? どけ、妹! 震える俺の両手が寂しくて死ぬ前に、俺のおっぱい(希ちゃんのおっぱいだが)で暖めるんだよ!」
「離して! あたしのおっぱい(希のおっぱいだけど)に勝手に触んなって言ってんでしょ! もう、バカ兄貴! あたしのおっぱい(希のおっぱいだけど)に触るなー!」
「…………」
「ん、どしたの?」

 2人して、希ちゃんのおっぱいを握りしめた状態で見つめ合う。俺は自分の顔が熱くなってくのがわかった。

「……お前、変なこと言うなよ……」
「―――ひくぅッ!?」

 自分が如何に誤解を招きそうなことを言ってたのか、ようやく気づいたあずきが、例のしゃっくり声を出して目を丸くした。

「バ、ババババカじゃん! 何言ってんのよ、スケベ! 変態!」
「いてぇ!? 殴ることねぇだろっ。てか、お前が言ったんだろうが!」
「うるさいうるさいうるさーい! 兄貴のせい! 兄貴が悪い! なによ、そんなにこのおっぱいが好きなら、もう勝手にすれば! 好きなだけ揉んで、吸えばいいじゃん!」
「ちょ、待っ…ッ!?」

 やけになったあずきが、俺の顔を希ちゃんのおっぱいに押しつけた。その瞬間、俺の口の中にぷちゅんと、とても柔らかくもコリっとした絶妙の弾力が飛び込んできた。
 その瞬間、俺の頭は真っ白になっていた。

「ひゃあぁああんッ!?」

 希ちゃんが大きな声を上げて仰け反る。そのせいで、余計に俺の顔に押しつけられたおっぱいが歪む。
 でも、唇の間にあるピクンと尖った何かは、がっちり俺が咥え込んでいる。
 離れなかった。いや、俺はもうこれを離せなくなっていた。

 俺は―――希ちゃんの乳首を咥えて、泣いていたんだ。

「あ、兄貴?」

 なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを。

< 続く >

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