喫茶ヒプノ1

-1- ストリップ接客カラオケ

 とある大都市の郊外の、前時代から残る寂れたアーケード街。

 街灯は錆びて変色し、地面にはカップ酒と吸い殻が転がる。

 これが他の場所だったなら、とっくに消滅しててもおかしくない惨状。

 生き残っている理由はただひとつ。すぐ隣の通りからは風俗街であるということ。

 それもただの風俗店の集まりではなく、その目的のためだけに整備された、区画すべてが風俗店という『遊郭』であるということ。

 そのため、このアーケード街も夜はカラオケバーやパブがシャッターを上げ、暗く賑わう……のだが、昼間は閑古鳥が鳴いている。

 ただその中に一件だけ、昼から開いている店がある。

 そして今日も、日の高いうちから入店のベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

「ん、ホントにキレイな店だね」

「でしょ。私も友達に教えて貰ったんだ」

 喫茶店『ヒプノ』。

 半地下の店内のインテリアは落ち着いた木目調で統一され、わずかに差し込む日光と間接照明が暖かく照らす。

 淫靡で退廃的な男の夢の街には似合わない、洒落た調度品の数々。

 今日のお客様は若い二人組の女性。明るく活発そうな茶髪の娘と、ちょっとおとなしそうな黒髪ショートの娘。

「二名様でしょうか」

「はい」

「えっと……前来た時に使わせてもらった、奥の席空いてます?」

「再度のご来店、まことにありがとうございます。奥の席ですね。空いておりますのでどうぞこちらに」

 マスター――朝霞はにこやかに笑って奥にある個室に誘導する。

「喫茶店に個室なんて珍しいね」

 一人掛けソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。そしてテーブルの、いわゆるお誕生日席の位置にもうひとつソファーが置けるような広めの空きスペースがある個室。

「カウンターや普通のテーブル席よりこちらの方がゆっくり休めるかと思いまして。この辺にはこういったお店はありませんので」

「そりゃそうかも知れないけど……これって儲かってるんですか?」

「こらユカ! 失礼でしょ!」

 初対面の朝霞に対して踏み込んだ質問に、黒髪の娘が慌ててツッコミを入れる。

「あはは、構いませんよ。でも儲けは正直……というところですね」

「じゃぁなんで」

「私の本業は……そうですね、ありていに言うところの株なんですよ。なので喫茶店は趣味なんです。むしろこれくらい暇な方がありがたいんですよ。それに、こういうお店だとあなた方のような綺麗な方が来てくださいますし」

「社交辞令どーも」

「本心ですよ。こちらメニューでございます。お決まりになりましたらベルを鳴らしてお呼びください」

 テーブルには小さなハンドベルが備えられている。

 一度チリン、と鳴らし「こういう風に」と軽く会釈。

「うわ本格的。でもこれって別の個室と判断つくの?」

「それぞれ音が違うんですよ。それでは一度失礼いたしますね」

 朝霞は一度離れて、個室の戸を閉める。

 そして入り口のプレートをOPENからCLOSEDに裏返す。

 お客様ひとりひとりに、懇切丁寧な『おもてなし』と『仕込み』を。これが喫茶ヒプノのモットー。

 朝霞は『おもてなし』の用意をしながらお客さんの注文が決まるのを待つ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 しばらくして「チリン」とベルの音が鳴る。

「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか」

「私はアッサムを」

「ウチはダージリンティーを。あ、ストレートで」

「アッサムにダージリンのストレートですね。かしこまりました」

「それと……前やってもらったやつ、もう一度してもらうことってできますか?」

 黒髪の娘が、メニューにない注文をしてくる。彼女は以前にも来たことのあるリピーターだ。

「と言いますと……心のストレッチでございますか?」

「それですそれです。お願いできますか」

「かしこまりました、もちろんお受けいたします。それでは、先にお飲み物をご用意させていただきますね。失礼いたします」

 朝霞はにっこりと笑顔で返して、カウンターに戻る。

「シオリ、そのなんちゃらストレッチって?」

「心のストレッチね。ストレッチって言っても身体を動かすわけじゃなくて……なんだろう、リラックスするような? 感じのサービスで、アロマとか焚いてくれるの。前やってもらった時は気持ちよくてつい寝ちゃったくらいで」

「ふーん。だから出勤前じゃなくて休みの日に来たってこと?」

「そういうことなんだけど……嫌だった?」

「どーせ暇だったしいいんだけどさ。いくらかかるのよ」

「料金はかからないみたい。裏メニュー? 的な感じのサービスだとかで」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「お待たせいたしました。こちらアッサムと、ダージリンでございます」

 二人の前に静かにソーサーとティーカップ、ミルク、スティックシュガーが置かれる。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「ん、注文はいいんだけどストレッチってのは?」

「そちらを先にすると紅茶が冷めてしまいますので。お手数ですが、飲み終わって一休みしたらお呼びいただけますでしょうか」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 初来店で、急かすように聞いてくる茶髪の娘。少し勝手を知っている黒髪の娘は少し申し訳なさそうに頭を下げる。

 朝霞はそれに穏やかに会釈をして、

「それでは失礼いたします」

 席を離れて、カウンターの裏に。

 数十分経った頃、再び奥の席からベルの音が聞こえる。

 軽くノックしてから、個室の戸を開ける。

「お呼びでしょうか」

 二人の前のティーカップはすでに空になっている。

「紅茶、美味しかったです。それで……」

 さっきは申し訳なさそうにしてた黒髪の娘が、今度は逆に、待ち遠しそうに催促してくる。

「ストレッチですね。かしこまりました。それではまずこちらを」

 朝霞は慌てず急がず、ゆっくりとテーブルの上にアロマキャンドルを置いて、火をつける。

「当店オリジナルのアロマキャンドルでございます。この香りにはリラックス効果がある他、火の揺らぎというのも心を落ち着かせる作用がございます。それでは始めましょう。気を楽にしてソファーに身体を預けてください――」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ふぅ」

 朝霞は一作業終えて一息つく。

 二人の美人はソファーに身体を預けて静かに、単調に呼吸をしているだけ。

 喫茶ヒプノには裏の顔がある。朝霞は喫茶店でマスターをする傍ら、併設されているイベントバーのオーナーでもある。

 表の顔の喫茶店で、隣の高級遊郭で『嬢』をしている上玉を捕まえ、リラックスだとかストレッチだとか言いながら催眠に堕とす。

 そうやって手籠めにした嬢に『可愛い友達を誘ってまた来たくなる』と仕込んで、芋づる式に美人を堕としていく。

 そして裏の顔のイベントバーでコンパニオンとして働いてもらうのだ。

 黒髪の大人しい娘は豊川シオリ。彼女は二度目の来店。そして連れてこられた茶髪で快活な、新しいコンパニオン候補は岩見沢ユカ。聞き出したところユカの方も『嬢』のようだ。

 朝霞のホームグラウンドであるこの喫茶店で催眠に堕とすのは造作もない。催眠初体験のユカも、朝霞の術中に堕ちていた。

 とりあえず催眠に堕とす仕事は終わった。次は催眠の強度を上げるステップに移る。

「ユカさんはぼーっとしたまま、目が開く。なにも考えられないまま、目の前に座っているシオリさんを見ているだけ。なにもわからないまま瞼が上がっていく」

 催眠初体験のユカの深化は後回し。先にシオリを堕としていく。

「シオリさんはとても心地よい状態。とても気持ちいい状態……なのですが、それを邪魔しようとしてるものがありますね。そう、あなたの服です。それさえなければ最高の解放感も味わえるのに、邪魔な服が貴女の身体を締め付けている。貴女の身体を服がきつく締め付ける。服が邪魔で、着ていることが気持ち悪くてしょうがなくなる」

 ちょっと誘導すると緩み切っていたシオリの表情が、少しずつ歪んでいく。

「せっかく気持ちいいのに邪魔してくる服なんてもう要らない。全部脱ぎ捨てちゃいましょう」

 催眠状態でありながらもよほど服が邪魔なのか、テキパキと着ていたものを脱ぎ去っていく。

 光の灯っていない目で、上着もスカートも手早く脱いで、でも丁寧に畳んでテーブルの上に置く。

 淡いピンク色の下着だけ残して、うっとりした表情でまたソファーに身体を沈める。

「服を脱いだらとってもスッキリした。素晴らしい解放感。……だけど、もっと気持ちよくなれる。まだ身体に残っているその下着。下着まで脱げばもーっと解放感を得られる」

 そう付け加えてやると、シオリは一切の躊躇いなく、ブラとショーツも脱ぎ去っていく。

「すべて脱ぎ去って最高の解放感。他のすべてが気にならない、まるで宇宙に漂っているような不思議な浮遊感。頭の中もふわふわして、なにも考えられなくなって、ただ心地よさだけで満たされる」

 これで一糸纏わぬ状態で、無防備な姿を晒す高級遊郭の嬢のできあがり。

 テーブルを挟んだ反対で、ユカがシオリを見つめてることを確認してから次のステップ。

「シオリさんは最高の解放感で、とっても心地よくて、とっても幸せ。うっとりした気分のままソファーに身体を預けてしまおう。全身から力が抜けて、緩んでいる状態は、身体のどこにも緊張がない状態。緊張がないと、全身の感覚が敏感になって、普段は感じないものにも敏感に反応してしまうのは人間として当然なんです。いつもブラやショーツで隠されている大事な部分が、今は丸出しになっている。普段守られている場所がむき出しになっていて、さらに敏感になっていく。そう、ただ空気に触れるだけでムズムズしてくる。気になって気になってしょうがない。勝手に手が伸びて触ってしまう」

 ゆっくりと彼女の両手が動く。片手は胸に、片手は直接秘部に。

「触ったらムズムズは収まった。だけど今度はちょっと触れただけでもとんでもなく気持ちいい。ムズムズは消えたけど、今度はムラムラして止まらない。手も止まらない。両手が勝手に気持ちよくなるように動いてしまう」

 それぞれ性感帯に当てられた両手がゆっくり動き始める。

 彼女の表情も少し赤みを帯びてきた。

「動き始めたらもう止まらないし、止められない。ここは個室ですし、一緒にいるのもお友達。思う存分声を出して乱れちゃっても問題ありません。思い切り気持ちよくなってしまいましょう」

 ゆっくりだった手の動きが、次第に大きく、大胆になっていく。小さい声が漏れ始めた。後は勝手にひとりで盛り上がってくれるだろう。

 シオリについては二度目というのもあり、スムーズに公開オナニーまで持っていけた。

 次は新顔のユカの番。

 朝霞はのユカの方へ移って、

「頭からっぽのまま、私の声だけが頭に響いていく。ぼーっと、催眠状態のままただオナニーに耽るシオリさんを眺めるだけ」

 おそらくユカに『友達のオナニーを見て興奮する』という性癖はないだろうが、オナニー姿を見せるというのは意味がある。『貴女も催眠にかかるとこうなってしまう』と理解させるためだ。目の前で見せつけさせることによって、それがヤラセなどではなく『そうなってしまう』ものであると認識させる。

 それが見知った友達であればことさらに効果は高まる。例えば、TVの画面で芸能人が催眠をかけられていても、ヤラセにしか見えない人もいるだろう。でもそれが友人であれば、その友人が催眠術で痴態を晒しているとあれば、ヤラセと疑う余地もなくなる。

 そうやって『催眠術というものは実在する』ことと、『催眠術にかかるとこうなってしまう』ことを実感させるのだ。

「友達のオナニーを見て、声を聞いてると、ユカさんもどんどんエッチな気分になってくる。目の前でオナニーしてるシオリさん、とても幸せそうですね。なにも考えず、なににも邪魔されず、ただ快楽だけを貪るオナニー、とっても気持ちよさそうですね」

 朝霞のこともユカのことも気にせず、ただあられもない姿を晒して快感を求め続けるシオリ。ユカの頭を両側から押さえて、凝視させたままもっと追い込んでいく。

「頭の中はぼーっとしたままだけど、からっぽだった頭の中に、次第にいやらしい気持ちが生まれていく。その気持ちはどんどん増えていって、ユカさんの頭をいっぱいにするまで増え続けますよ」

 ユカの表情はまだ緩んだままだが、無意識か内ももをこすり合わせ始めた。効いているのを見て朝霞は追い込みペースを速める。

「ほら、とっても気持ちよさそうですね。ずーっとシオリさんを見ていると、目の前でとっても幸せそうな、気持ちよさそうなシオリさんが羨ましくて仕方ない。私のことを無視して気持ちよくなっているシオリさんが羨ましくて仕方ない。ほら、ユカさんも気持ちよくなりたくて仕方なくなる。もう気持ちよくなるために邪魔なものはすべて脱ぎ去って、シオリさんと同じ格好になっちゃいましょう」

 息も上がって、顔も紅潮しているユカは少しでも早くシオリと同じに姿に――裸になろうと、乱暴に服を脱ぎ捨てる。目の前でシオリを見て煽られていたからか、服を畳むこともしない。

 脱ぐことまで誘導すると、もう勝手にオナニーを始める。

 『シオリと同じ格好』をオナニーと解釈したのか、煽られてもう堪えられなくなったのかはわからない。が、シオリと同じように片手は自分の胸に、もう片手は下に。鏡合わせにしたような、上玉の嬢のオナニーの見せつけ合い。これだけで金を取れそうなものだが、それじゃただのAVと変わらない。

 大きな嬌声をあげて快感によがっている二人を見て、仕込みはこれで十分だろうと判断。ひとまず二人のオナニーを終わらせることにした。

 朝霞はハンドベルを手に取り、

「このベルの音を聞くと、貴女たちの身体を快感が貫きます」

 チリン、とベルを鳴らす。それだけで二人の身体がビクン、と跳ねた。

「そしてこの音が連続して鳴ると、快感が駆け巡ってもっともっと気持ちよくなる」

 チリリン、と連続で鳴らす。二人は一段高い嬌声をあげる。

「そしてこれが鳴らされるたびに気持ちよくなって、この音を聞いているとイってしまう。頭が真っ白になる爆発的な快感がやってくる」

 チリン、チリリン、チリリリン、と、最初はゆっくり、そして次第にペースを上げながらベルを鳴らす。

 そして休みなく鳴らし続けた時、二人はほぼ同時に果てた。シオリはよだれを垂らし放心状態。ユカはソファーからずり落ちて、まだ身体をガクガクと震わせていた。そして二人ともソファーと床をびっしょり濡らしている。

「気持ちよさでもう頭が真っ白。何も分からない。そして催眠状態のオナニーの快感が脳に焼き付いて、べっとりこびりついて忘れられない。そして気持ちよくなった貴女は、このベルの音を聞くとまたふかーい催眠状態に、一気に堕ちるようになる」

 チリン、とまたベルを鳴らす。二人の口から小さく喘ぎ声が漏れた。

 絶頂の合図と同じ音だから、快感の反応が起きるのは当然で仕方ない。別の合図を用意するのもいいのだが面倒だし、これからコンパニオンとして給仕してもらうイベントバーに来るような客に、彼女らのそういう反応を嫌う男はまずいない。

 だから朝霞はずっとこのハンドベルを使っている。

「貴女たちはいつでもこの気持ちよさを味わうことができる。いつでもあの絶頂を感じることができる。ですので安心してください。一度目を覚ましましょう。でもその前に、女の子がずっと全裸でいるのははしたないですよね。もう一度服を着て、ソファーに座りましょう」

 二人はふらふらと立ち上がり、おぼつかない動きで服を着ていく。

 愛液を処理させてないからショーツは大なり小なり濡れるだろうが、それは朝霞の知るところではない。

「次に私が手を叩くと目を覚ます。目を覚ますけれど、催眠状態のことはなーんにも覚えていない。あの快感にぜーんぶ塗りつくされて分からない。でも、このベルの音を――」

 再び、チリン、と鳴らす。何度も鳴らして彼女たちにしっかり覚え込ませる。

「――聞くと、気持ちいい催眠状態に堕ちていく。それに、あの気持ちよさをくれた、気持ちよくしてくれた、私の――朝霞のお願いは断れなくなる。記憶には残っていないけれど、貴女の無意識はあの快楽を覚えていて、忘れられなくなって、私のことを好きになっている。そして好きな私のお願いを断れなくなっている。催眠状態の記憶も意識もないけれど、私の言うことには無意識に従おうとしてしまうし、抵抗しようとする気は起きなくなる。あれだけの気持ちよさを与えてくれたんだから、そうなるのも当然のことです」

 二人に服を着させながら、意識を戻した後の仕込みも丁寧に。

 服を着直した二人をまたソファーに座らせる。

「わたしがみっつ数えて手を叩くと、貴女たちはうたた寝から目を覚ます。貴女たちは私の『心のストレッチ』コースでうっとりと、気持ちよく寝てただけです。服や髪がが乱れていたり、濡れていたりするかもしれませんが気のせいです。だって寝てただけですもんね。さぁ、手を叩くと目を覚まします。うたた寝から起きましょうね。ひとつ、ふたつ、みっつ。はい!」

 パン、と柏手を打つ。

 放心状態で天井を見上げてた二人の目に生気が宿る。

「目が覚めましたか?」

「ん、んぅ~……」

「私また寝ちゃってた……?」

 催眠初体験のユカは自分の状況がよく掴めていないのか、気だるげに目を擦っている。二度目のシオリは首を回してから大きく伸びをして、もうほとんど覚醒している。

「ユカさん、一度大きく伸びをしてみましょう。ほら、両手を上げて、グーッ、って」

 朝霞の声に合わせてユカは大きく伸びをする。ユカの目にも少し光が戻ってきた。

「おはようございます。心のストレッチはいかがでしたか?」

「えっと……そうね、気持ち良かったかな……」

「始まってすぐ寝ちゃうくらいだもんね。……私も覚えてないんだけど」

 あはは、と軽く笑うシオリ。

 予備催眠、もとい仕込みはこれで終わり。

「あの……お客様、この後お時間ありますでしょうか?」

「えっと……時間、ですか?」

「まぁ何かあるわけじゃないけど……どうかした?」

「私、週に一度、夜にイベントバーを営業しているのですが……今日のアルバイトの子が2人、急に来れなくなってしまって。不躾なお願いであることは百も承知ですが、もしお時間があれば手伝っていただけないでしょうか。簡単な給仕だけですので。もちろん賃金もお支払いします」

 アルバイトのことなんて全て嘘。『それっぽい』理由付けだ。

「まぁお金貰えるならいいけど……ホントにただの給仕だけなのよね?」

「はい。今日はただのカラオケ大会ですので、簡単な飲食物の配膳くらいです」

「それなら私でもできそうだけど……本当に私なんかでいいの?」

「もちろんです。貴女たちのような美人さんの接客とあれば、お客様も喜びます」

 『美人』と言われて満更でもなさそうな顔をする。外見について褒められて嫌な人はまずいない。

 催眠でこちらのお願いは断れないようにしてあるが、あくまで紳士的に協力をお願いする。

 『自分から進んで協力した』という事実は地味ながら大きな精神的拘束力を持つ。

「じゃぁ……いっか。手伝いますよ」

「私も。二度もお世話になってますし、サービスとはいえタダでやってもらうのは申し訳ないですし」

「助かります。それではこちらに。あ、荷物も一緒に持ってきていただけますか」

 二人を連れて裏のイベントバー事務所に移動する。事務所にもホールからの歌声が小さいながらも聞こえてきている。

「本当にカラオケなんですね」

「私は嘘はつきませんよ。それでは簡単に説明するんで座って貰えますか?」

 事務所にはテーブルを囲うように椅子が四脚。シオリとユカに並んで座らせて、テーブルにフロアマップを敷く。

「とりあえずフロアはこんな感じです。テーブル番号も機械的に振ってるだけなので覚えやすいかと思います。飲み物や軽食はすべて私が用意するので、運んでだけ頂ければ十分です。先払いの飲み放題制なのでオーダーの間違いなどはどうにでもなります。あとトイレはここです。個室がふたつですが従業員兼用なので、余裕を持ってお願いします。最後に謝礼もお支払いしますので、お金のやり取りがあります。なので念のため、お名前と電話番号をこの紙に記入をお願いします。長々と話しましたがここまでで不明点などはありませんか?」

「いえ、特に」

「なにもないです」

「わかりました。では、最後に――」

 チリン、とベルを鳴らす。

 すぐに二人の目から光が消え、焦点が合わなくなる。

 視線だけはフロアマップに向いているが、どこか遠い場所を見始める。

 ここで必要なら追加で催眠を仕込んだりするのだが、この反応なら二度目のシオリはもちろん、ユカにも必要はなさそうだ。

「貴女方は自分の意志で私の手伝いをしに来ました。私の店のお手伝いです。だから店長である私の言うことには疑問を持たず従いましょう。私の言うことに従うと不思議と気持ちよさがやってきます。ほら、手を叩くと意識が戻ってきますよ――はいっ! それで、最後に制服を……って、聞いていますか?」

「あ、あれ、ちょっとぼーっとしちゃってたかも」

「ん、聞いてる聞いてる。制服のことよね?」

「はい。ここの女性従業員用の制服は全裸なんですよ」

 全裸での給仕。制服とはいうが、服さえない。

 とんでもない規定だが、

「ぜん……裸ですか?」

「はい。なのでフロアに出る前に脱いでもらえますか?」

「それが制服なら仕方ないか……手伝うって言っちゃったしね。わかった」

 催眠状態にある二人には受け入れて貰える。

 このあたりで『自分から手伝うと言った』という認識が役に立つときがある。ユカはその精神的な拘束が効くタイプのようだ。

「えっと、更衣室ってどこにありますかね?」

「更衣室はないんですよ。どうせ裸なんですしどこで着替えても同じでしょう。服も事務所に置いておけば盗難もありませんし」

「確かにそうですね。わかりました」

「んー……その店のルールならしゃーないか」

 二人とも、その場で再び服を脱ぎ始める。さっきは乱暴に服を脱ぎ捨てたユカも、今度は丁寧に畳んでいる。そして二人ともショーツがしっかり濡れているけど、それはまったく気にしてない。

 二人が『制服』に着替えている間に、朝霞も自分の仕事の用意をする。

 今日はこの全裸の二人に給仕してもらう、ストリップ接客カラオケバーというのがイベントバーでの催しである。

 朝霞が少し細かな作業をしているうちに、ふたりとも服をしっかり畳み終えて、朝霞の指示を待っていた。

 朝霞は指示代わりに、またチリン、とベルを鳴らして暗示を追加していく。

「貴女方は服を脱ぐとまた解放感がやってきます。さっきと同じ、とても幸せな解放感です。そしてその解放感と、心地よさと同時に、また全身の感覚が敏感になってきます。服をなにも着ていませんから、全身を空気が撫でていきます。それだけでゾクゾクしちゃいますね。さらに今回はもっと敏感になっています。空気だけじゃなく、人の視線を感じるだけで、肌が撫でられたように感じて興奮してしまいます。もし我慢できなくなったら触ってもいいですけど、お仕事中に触るときはコッソリ触らないとダメですからね」

 そう仕込んで、二人に意識を戻す。

「じゃぁそろそろホールに移動しますが、大丈夫ですか?」

 朝霞は二人が自分に注目していることを確認して、二人にもわかるように、首を動かして二人の胸やお腹に視線を這わせる。

 シオリの白い肌と豊満な胸と、柔らかそうなお腹。ユカの健康的な肌と、しっかり絞られているお腹とお尻。

 視線で感じるようになっている二人は、自分が見られていると感じて身体をもじもじさせている。

 その反応を見て、朝霞は満足して少し笑う。

 仕込みは上々。二人を連れてホールに移動する。

「さて、始めましょう。まずは各テーブルにこの枝豆を持って行ってくれますか?」

「分かりました」

「じゃぁシオリは1から3番テーブルまでお願い」

 二人は手早く役割分担して、大皿を持ってフロアに出る。

 その瞬間にカラオケに熱中していた男衆から歓声が上がった。歌っていた男も手を止めて二人を視線で追っている。

「姉ちゃん、ドリンク注文ー!」

「おーいこっちもー!」

「あ、はいただいまー!」

「少々お待ちくださいー!」

 男共から一斉に注文が飛び交う。

 彼女らを少しでも近くで見たいから、誰もが注文で彼女らを自分の席に呼ぶ。

「はい、かしこまりました。少々お待ちください」

 ユカが客に背を向けてこっちのカウンターまで小走りで戻ってくる。

「ありがとう、伝票はそこに置いておいて」

 カウンターに伝票を置きながら、身体の正面が客の視界に入らなくなった一瞬、彼女の手は自分の乳首を弄っていた。

 乳首はもう純血するくらい勃っていて、股の方は透明な液が太ももを伝っている。

 最初にオナニーさせた時のは一度穿かせたショーツに吸われているだろうから、これは見られたりして興奮した新しいものだ。ちゃんと自分以外の視線でも暗示が効いていると実感して、朝霞も満足感を覚える。

 そしてユカは慌ただしくフロアに戻っていく。さっきよりも少し息を荒くしながら。

 この店ではコンパニオンは見るだけ。バー・ヒプノには触った瞬間に即出禁のルールがある。少なくとも今は。

 だから男共は触ることはせず、でも何度も二人を自分の席に呼んで注文を取らせる。朝霞としても売り上げが増えるから歓迎なのだが、馬車馬のように働いている二人に対して少し罪悪感を覚えることもある。今日はそれを感じるくらい激しく注文が飛び交っている。

 二人ともが高級遊郭の嬢、しかもかなり上玉な方だからまぁ仕方ないと言えば仕方ないが。

 そのまま一時間と少々。シオリとユカはおしぼりだのお冷だの金のかからない注文にも精力的に動き回ってくれた。

 カラオケの手番が一周し、全員歌い終わったタイミングで二人を呼ぶ。ユカだけじゃなくシオリも太ももを愛液が伝っていて、息が荒いのは動き回ったせいか興奮なのか分からなくなっている。

「お疲れ様、もう注文は取らなくて大丈夫だよ」

「ラストオーダーですか?」

「そうじゃなくてね――」

 またチリン、とベルを鳴らす。

 二人の身体から力が抜けて立ったまま動かなくなる。力なく垂れた手から伝票がカラン、と音を立てて落ちた。

「――ここからがこのお店の本番だから」

 再び催眠状態に堕とした彼女らに、今日最も大事な暗示を植え付ける。

「貴女方はずーっと興奮しっぱなしでお仕事をしてきました。だから今とってもムラムラして、エッチな気分で仕方がない」

 二人の状態を見れば、追加で暗示を入れることもなく興奮しっぱなしなんだろうが。

「そしてシオリさん、貴女はカラオケが上手い人が大好きでしたね。貴女は歌が上手い人が大好きでしたね。顔も性格もどうでもいい、歌が上手な人が好きで好きで仕方ない人でしたね。そして今はとってもムラムラしてて、しかもカラオケ大会の真っ最中。そうなればもう我慢なんてできるハズありません。もうカラオケが一番上手な人をエッチに誘ってしまいましょう。トイレなら誰にもバレることはありませんし、満足するまでやっちゃいましょう」

 これが喫茶ヒプノの個性。

 その日のイベントで好成績をおさめれば、高級遊郭にいる一級品の嬢とヤれるのだ。それに男が出したら終了、ではなく女が満足するまでいくらでもできる。今夜はさらに女はひたすら焦らされ続けて興奮は最高潮の状態……というセッティング付き。

 このイベントバーの料金は飲み放題でストリップ接客ということを考えてもかなり割高の料金。しかし勝者だけが受けれるそのサービスまで含めるならば破格、というラインの料金を設定している。

 一度このギャンブルに嵌った男はなかなか抜け出せない。それに最低限のストリップ接客などのサービスがあるからか、週に一度のイベント日は全日満員。優勝を決めるゲームもカラオケの日もあればダーツやビリヤードと様々だ。これがイベントバー・ヒプノと喫茶ヒプノの真の顔。

 シオリには一位を担当してもらうとして、ユカにも仕込みをする。

「ユカさんもムラムラしっぱなしでしたね。そして今日の貴女はカラオケで二番目に上手い人が大好き。貴女もトイレに連れ込んで満足するまでセックスしちゃいましょう」

 二人に仕込んでから、目を覚まさせる。

「少しぼーっとしてたようですが大丈夫ですか? もう裏で休憩していても大丈夫ですよ」

「あー……うん、そうさせてもらおうかな」

「そうだね、お言葉に甘えて……」

「あとはカラオケ大会の結果発表だけですので。カラオケが一番上手い人と二番目に上手い人の発表がありますが、それだけですので。お疲れさまでした、先に休んでいてください」

 二人の身体がピクッ、と反応する。暗示で埋め込まれた『好きな人』の条件が出てきたからだろう。

「な、なら私はここで休憩させてもらいますね」

「ウチもちょっと気になるからここで見てよーっと」

 二人とも事務所に戻ることなく。ステージがよく見えるカウンター席に座ってちびちびとドリンクを飲み始めた。

 朝霞はステージに立ち、形式的にカラオケの順位を発表する。

「本日はカラオケ大会へ参加ありがとうございます。皆様の気になる順位発表でございます。第一位は……松本様、第二位は滝川様です! お二人は豪華景品がありますのでカウンター前へお越しください。他の方は残念でした。またの参加をお待ちしております。お忘れ物が無いようにご注意ください。また現在時刻を以て、トイレは利用できなくなりましたのでご注意ください」

 発表が終わると男たちは立ち上がる。カウンターの方に向かう男が二人。他の男は店の出口に向かう。二人の男にはそれぞれにカウンターにいる二人の美女からの熱い視線が向けられている。彼らにはこれから二人による『豪華景品』が待っている。

 入賞できなかった男は「一曲目は調子が出ないんだ」だの「俺のタイミングで女が入ってきたから集中できなかったんだ」だの言い訳をしたり愚痴をこぼしながら去っていく。

 朝霞がカラオケ機材の電源を落とし終わった時には入賞者二人と美女二人の姿は消えていた。トイレに入って楽しくやっているのだろう。

 嬢のふたりが満足して戻ってくるまで、朝霞はひとりフロアの片付けに入る。数十分して、二人ともほぼ同じタイミングで戻ってきた。

「おや、ずいぶん長い休憩でしたね」

「す、すいません、もう片付け始めちゃってましたか……?」

「ちょっと時間を忘れちゃって……」

 二人とも肩で呼吸していて、股には愛液か精液かわからない液体が垂れている。嬢がこうなるほどヤれたなら男共にとって優勝景品として最高のものだろう。

「まだ始めたばかりなんで気にしないでください。それともお疲れでしたら休んでいただいても結構ですよ」

「い、いえ。最後まで手伝います」

「ウチも……やるからにはちゃんとやらないと」

 セックスの後もまだちゃんと仕事をしてくれる。なんて健気な子たちだろうか。

 そう広くないフロア。すぐに片付けも終わり、三人で事務所スペースに戻ってくる。

「本日はありがとうございました。おかげで助かりました」

「いえいえ、私たちも楽しかったですし」

「そう……だね。ちょっと満足したかも」

「では最後に仕上げだけさせてもらいますね」

「仕上げですか?」

「はい。これをしないと問題ですので」

 チリン、とベルを鳴らす。

「さて、意識はぼーっとしたまま身体は私の言葉通りに動きますよ。二人とも服を着ましょう。そして服を着ながら私の言葉を聞いていてください。貴女たちはマスターのイベントバーのお手伝いを、きちんとした制服を着てやっていました。喫茶店の紅茶も美味しくて、『心のストレッチ』もとっても気持ちいい。お手伝いも楽しかったので、今日はとてもいい日でした。そしてこの楽しい喫茶店に、バーにまた来たくなる。今度はお休みの日に、お友達を誘って来てみましょう。シオリさんはユカさんではない、ユカさんはシオリさんではない、そして貴女が思う、もっとも可愛い人か美しい人、それかスタイルのいい人と一緒にまた来ましょう。今日はとーっても楽しい日でした。なので服が濡れたり汚れたり、帰ってからショーツが汚れたりしていても何も気になりません」

 次のコンパニオンを呼ぶための暗示。

 一流遊郭の『嬢』の友人関係で、一番の美人やスタイルとなればそれは保証されているも同然。

 街中でスカウトしたり、上玉が店に来るのを待つよりよっぽど効率が良く、確実だ。

 暗示を植え込みながら、二人が服を着終わるのを待つ。そして服を着終わったら、

「はい、二人とも戻ってきてください」

「んっ……あれ、ウチまたぼーっとしてた?」

「ん~……私、疲れてるのかな」

「そうなのかもしれませんね……動きっぱなしでしたので帰ったらゆっくり休んでください。そしてまたお疲れの時は喫茶ヒプノをよろしくお願いします」

「あー……そうね、またなんちゃらストレッチ、お願いするかも」

「その時はぜひご用命を。あとこれは本日の謝礼です。決して多くはありませんが……」

 それぞれに現金の入った封筒を手渡す。

 といっても数十分で数万という風俗の謝礼ではない。千円+αほどの、普通の喫茶店の時給程度のものだ。

 別に催眠でお金をあげたことにしてもいいのだが、実際に金を持って帰れること、催眠の思い込みではなく現物があるということは彼女らに『ここはちゃんとしたお店だ』『朝霞は信用できる人物だ』という認識を植え込むのに役に立つ。

「さて、仕上げの謝礼も渡したことですし、これにて喫茶ヒプノ、閉店でございます。バーの出口ではなく、喫茶店の方の出口からお帰りください。あ、くれぐれも忘れ物だけはないように」

「はーい。お疲れ様でしたー」

「ありがとうございました。また来ますね」

 ユカは軽く手を振りながら、シオリはお辞儀をしてから店を出ていく。

「さて、今日は閉めますかね」

 朝霞も戸締りや消灯を確認してシャッターを下ろしてから、喫茶店側でもショーパブ側でもない裏口から店を出る。

「さて、次はなんの大会にしようか」

 次のイベントのことを考えながら、朝霞は夜の闇に消えていった。

<続く>

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