リアル術師の異世界催眠体験4

※この作品には一部フィクションが含まれています。

◆催眠人形で遊ぼう その1

 ――。

 さて、朝だ。

「んー……」

 東の塔で与えられたベッドの寝心地は悪くない。だけど、昨日と違って今日はあまりすんなりと眠れていない。だって、部屋中がなんだか甘い匂いに包まれているような気がして……。

「リルにシーツ変えてもらえばよかったな……」

 昨日、丸一日いっぱい使って、ここにリルとミリちゃんを寝かせて催眠漬けにしていたわけで、その、端的にすごく女の子の匂いというやつが立ち込めていたのである。

「ううーむ……」

 そして今日も朝から元気である。何がとは言わんけども。発散する方法を考えておかないといけないかもしれない。

 ……ミリちゃんに直接的な手出しをすると、自分の首が物理的に飛びかねないらしいし。

 話の通りであれば午前中に、ミリちゃんがここに来て、催眠を魔術に活かすためのチューニングをする予定になっている。昨日はリルにこれをやり、彼女に花火のイメージを教え込んだりしていた。

 とはいえ、ミリちゃんはもともとこの世界で教本化されている『魔術』の知識が叩き込まれており、それを膨らませればいい。何も自分が新しいイメージを与える必要はないだろう。そして、昨日の時点でもあの子は既にリルより深く催眠に入っている。ぶっちゃけ、すぐにでも魔術の実験はできると思う。

 だからまあ、午前中のこれは……合法的にミリちゃんを操るための言い訳ということだ。

「さてと……」

 与えられた服に着替えて、部屋を訪ねてくる人間を待つことになる。

 訪ねて来るのはミリちゃんだろうか。それとも――。

「……整理しとこ」

 昨日、ミリちゃんには後催眠暗示をたっぷり仕込んで帰らせた。あの、リルがパンツを脱いで部屋を出ていくときのことだ。

 まず、部屋を出る前に、オナニーをした後のパンツが気持ち悪くなってしまい、脱いでリルのパンツを履いて帰ること。それは必ず寝る前まで履いたままで過ごすけど、自室のベッドに寝た瞬間にこの暗示は解けてしまう。

 それから、自分で深化を行うこと。催眠の維持には深化が不可欠だ。催眠をかけているその場でも必ず行っている、より深い催眠に落としていくプロセス。これは単純に覚醒と催眠状態を繰り返し体験することでも深まるけど、他にもいろいろな方法がある。

 いろいろあるけど、特にやっぱり『自分で、催眠状態であることを認める』ことが大事になる。『自分は催眠状態だから、言われた通りになったんだ』という経験を何度もさせることで、それを当たり前のことだと思うようになる。特にこの世界では魔法なんてものがあるから、超常的に思える現象に対しても、みんな意識の反発が少ない。

 さて、そこでミリちゃんだ。彼女はとても賢く、知的な応用力がある。その上で、こちらがドン引きするほど素直で、被暗示性が極めて高い。ちょろい。こんな逸材はそうそうない。

 催眠の掛かり方は、人それぞれ違う。見た目同じように催眠状態になっているように見えても、完全に意識や記憶を失ってしまう人もいれば、幽体離脱したように客観的に見つめる自意識を持ったままの人もいる。前者がミリちゃんの掛かり方で、たぶんリルは後者のタイプだ。

 暗示への反応もそう。何か暗示を入れてそれを忘れさせた場合、何か言われたこと自体を忘れてしまい、完全に無自覚なまま言ったとおりになるのが多分、ミリちゃん。リルは、何か言われたことは覚えているが、内容を思い出せなくなるタイプだろう。あとは、何を言われたか思い出せるのに、それを口に出すことができない、みたいな人もいる。

 どれも可愛いけど、ミリちゃんほど深く入る人は希少だ。ちょろ神様と呼んでいい。

 今回はその、ちょろ神様の実力を測るため、宿題を持たせたのだった。

 自分で深化を行いながら、事前に仕込んだ言葉を復唱し、催眠人形としての自覚を自ら心に刻み付ける。そしてそれを自分では覚えていない。

 何の意味があるのかというと、意識よりも深い部分で催眠に逆らえないという意識を固めるため。ミリちゃん自身が覚えていなくても、催眠に屈して意志に反した行動を取ってしまったことは、深いところでちゃんと覚えている。入れられた暗示を忘れてしまっても、ちゃんと残っているのと同じことだ。

 それから、寝る前には乳首オナニーで気持ちよくなる練習をするような暗示を入れた。というか、オナニーのやり方を乳首を弄ること以外思い出せなくしてある。やり方を詳しく教えた上で。

 理由は……まあ、彼氏持ちらしいし、あんまり露骨なエロはよくないよね。うん。というのは建前でただの趣味だけど。

 乳首だけだと普通なかなかイけないものだけど、優しい自分はちゃんとイけるようにしてあげている。せっかくなので一つイタズラを加えてあるけど。

 あと、入れている暗示は一つだけある。今日スムーズに催眠ができるように。

 さて、これらの宿題がどうなるかは、ミリちゃんの掛かり方によって変わってくるだろう。なにせ複雑だし、多いし、暗示を入れてからきっちり覚醒させ、しかも時間を置いている。そのまま上手く行くとは考えにくい。

 たとえば、すっかり忘れたままミリちゃんはおやすみしてしまうかもしれない。というか、結構ある線だ。まあ、別にこの場合は困るわけじゃない。深層意識に『催眠暗示があったけど従わなかった』という記憶が残ると良くないんだけど、そこまで問題ではない。

 寝る前に全部思い出してしまうかもしれない。この場合、昨夜のうちか今朝に自分はお叱りを受けるだろう。お叱りで済めばいいけど、衛兵が来て捕らえられるとかあるかもわからん。今のところ、その様子はないけれど。

 そして――。

 ――もし、全部暗示が抜け落ちることなく機能して、ミリちゃんがこれに従い、こなしてきたとしたら。

 それは……とっても、素敵なことだと思う。彼女の類稀なる知性と、ちょろ神様の徳の為せることだ。もしそうだったら、ありがたく拝むことにしよう。

 ――。

「おはようございます」

「おや、ミリちゃんが来たな……」

 ミリちゃんか、起こしに来たリルか、槍を構えた衛兵か、はたまた怒りに震える騎士様か……何が来るやらと思っていたら、なんということはないミリちゃんだ。ちょろ神様が見えられた。

「むっ。何か意外そうにしてるな……さては、私に変な暗示でも入れてたとか?」

「いや別にそういうわけでは」

「私は起きてすぐに支度してですね、朝食に果物を食べて、そのまま来たわけですけど」

「ふんふん」

 まあそりゃ、そこらへんには何も細工してないしな。

「何か悪巧みがあったとか?」

「いや、そこには別に……」

「……それについては話があります」

 とん、と一歩前に出る。あー、見上げる目つきに明らかな怒気を滲んでいる。うんまあ、バレたら怒りますよねそりゃ。そりゃあね。ごめんて。

「リルの下着は洗い女に預けました。……ああいうイタズラは今後謹んで欲しいんですけど」

「あっはい」

「謹んで欲しいんですが?」

「どうしようかな……」

「謹め」

「善処します」

 内心舌を出しながら言った。ごめんね。そして。

「……何をやってるんですか?」

「拝んでる」

「なぜ……? そっちの世界では謝るときにそうするとか……?」

 しないこともないな。合掌して会釈。ちょろ神様今日もありがとうごめんなさい。

 だって、この場面で怒られるのが『それ』ってことは、少なくとも例の宿題についてはバレていないということだ。そういうことなら……。

「ミリちゃん、背中を向けて」

「は? なんで?」

 そう言いつつも背中を向けてくれるからこの御方は素敵というか、心配というか……その人の良さに付け込んでいる手前、偉そうなことは全く言えないんだけど。

「それじゃあミリちゃん……『お人形になろう』」

「あ……」

 直立したまま、ミリちゃんは動かなくなった。脚がぴんと伸び、両手はだらりと垂れ下がる。昨日入れた最後の暗示がこれだ。脱力、弛緩を伴って催眠に落とすのは確かに深く入れるし、気持ちいい。でも彼女は、催眠状態から魔術を行使しなくてはならないわけだから……催眠に掛かるたびに崩れ落ちてもらっては困る。

「そう、お人形……君はお人形さん。催眠人形のミリちゃんだった……思い出すことができて、とても嬉しい……この幸せな状態になれて、嬉しいですね……」

 人形化の暗示。こうして、立ったまま催眠状態になる練習をしておく必要があると思ったわけだ。倒れてしまったら大変だから、背中で支える用意はしている。

「催眠人形は、お人形だから……命令がなければ動けません……ですが、お人形でいると、心が静かな暗闇に落ちて……とても気持ちがいいです。動けないのが気持ちいいですね……」

 背中に手を当てているだけ。凭れ掛かってはこない。

「気持ちいい……瞼はとても重いですが……わずかに開いているかもしれません……でも、何も気になりません。お人形だから、気にしない……あなたの意識は、お人形……真っ暗で……穏やかな、気持ちいい状態です」

 今までの施術では目を閉じさせていたけれど、今ならこれで大丈夫。ぼんやりしたまま、周りは朝の温かい光に包まれているのに、意識だけが深い闇に吸い込まれている。

「ぁ……」

「口が少しだけ開いていても……気にしない、涎が垂れても……気になりません……むしろ……気持ち、いいですね……私が数を……数を、10数えたら……催眠人形の意識は、より深く……深く、気持ちいいところへ沈む……完全に見えなくなり、私の命令に従うだけになります……それはとても気持ちいいことだと、あなたは知っていますね……」

「……ぅ、ぁ……」

 少しだけ声が漏れた。催眠状態の気持ちよさを思い出してしまったのだろう。ゆっくり、落としてあげる。

「10……9……手足は固く……8……7、心は沈んでいく……6、もう動けない……5、4……人形になるのは気持ちいい……3、2、沈む。1……ゼロ。人形。君は人形。完全に人形になってしまう。心は眠っている。固い身体。深いところ。眠って出てこない。人形……催眠人形になれるのは、最高の幸せ」

「……」

 たらー……と涎が垂れている。ときどき、瞼や肘のあたりが、ぴくんと動く。脚にはずっと力が入って、小さく震えている。

「幸せ……催眠人形は、命令に従うのが幸せ……あなたは人形のまま、ここにしばらく立っていることができる。私が次の命令をするまで、君は人形のまま立ち続ける。それはとても幸せ、命令に従うのが気持ちいい……お人形さんは、私に『~しなさい』と命令されると、その言葉を繰り返してから、必ずそうなる」

「ぁ……」

 この暗示は、昨日も入れていた。今回は入れ直しと深化を兼ねている。

「では……お人形さん。『次の命令があるまで立っていなさい』」

「……ぁ……ぁ」

 ……反応が遅い。こういうときは、待つ。暗示が入っていないのではない。単に、気持ちよすぎて反応が遅れているだけだ。

「は、い……催眠人形のミリちゃんは……次の命令があるまで立っています……」

 これは……昨日入れた暗示もまだ残っているな。さすがちょろ神様だ。

 さて、それでは――。

「……すごいですね」

「まあね。ところで、いつから居たの?」

 さっき、人形化を深化していたときに気づいた。ドアのところで見ていたリルが、部屋に入ってくる。

「瞼が開いていてものあたりでしたか」

「集中してて気づかなかったな。まあ、見ての通りだから、ベッドにでも座って見ててくれる?」

「……無抵抗なミリセンティアさん、可愛いですね」

「全面的に同意しよう」

 言われたまま、リルはベッドに向かい、スカートを両手でつまみ上げると、ふわりと腰掛けた。そういえばパンツは履いてるのかな。多分昨日で暗示は抜けるはずだけど。

「では、催眠人形に次の命令をします。私の声は、お人形さんの中に染み込んで……従うととっても気持ちよくしてくれる。命令されると、言葉を繰り返してから……身体を動かすことができるようになる。……じゃ、お人形さん。『椅子に座りなさい』」

「……ぁ……」

 わかった。この間は……ミリちゃんの人形としての意識が、命令をどう実行するか考えている。そして、見通しが決まると……。

「はい……催眠人形のミリちゃんは、椅子に座ります……」

 目を開き……ふらつきながらも、ぎくしゃく歩いて……椅子に、座る。

「命令に従うことができたら……お人形さんは、とっても気持ちよくなりますね……」

「なります……ぁ……」

 そもそも、硬直して立っていたから、座れるだけでも一種の快感になるはずだ。きっととても気持ちいいのだろう。幸せそうに表情が緩んでいる。

「……これ、私にはしてもらえないんでしょうか?」

 リルはそんなことを言う。口をつんと尖らせて。

「リルには、命令に従ってしまう……言うとおりになってしまうやつは、やったよね」

「やられましたが、ここまででは」

「ここまでされたいんだ?」

 こくり、と頷いた。この子は素直と言うかなんと言うか、単に重症だな。気持ちいいことに貪欲だ。

「じゃ、今度ね。今はミリちゃんの番」

「はい。勿論……これもこれで、最高だと思います」

 それじゃあ、まずは。今日やらねばならないことの一つ目に取り掛かろう。

「お人形さんに、次の命令をします」

 ぴくん。肩のあたりが揺れた。

「君はお人形さんとして……見てきたものを覚えています。私の命令に従って……ゆっくり思い出し、話すことができます。命令に従って……話すたびに、お人形さんは、とても気持ちよくなることができますよ……」

 さあ、答え合わせをしようか。

「――お人形さん。『昨夜、寝る前の出来事を詳しく話しなさい』」

「……ぅ……ぁ……?」

 待つ。リルはこっちを『また何かやったんですね』みたいな顔で見ている。まあやったんだけど。

「……はい……」

 やがて、ミリちゃんは……いや。『催眠人形のミリちゃん』は、ゆっくりと話し始めた。

「催眠人形のミリちゃんは……昨夜寝る前の出来事を……詳しく話します……」

◆催眠人形で遊ぼう その2

 ――人形は、自分で考えない。

 人形は、命令に従う。人形は、気持ちいい。

 人形は、見た物を覚えている。

「催眠人形のミリちゃんは……リルちゃんのパンツを、脱ぎました……」

 昨日のことを、思い出すことができている。

 命令に従って、話しているので、気持ちよくなっています。

「催眠人形のミリちゃんは……催眠に落ちる練習を……しました」

 目は、少し開いている。何かが見えている。瞼がぷるぷる震えている。口がぼんやり開いている。

「自分で練習させていたんですか?」

「うん。ミリちゃんならできると思って」

「ぁ……」

 何かが聞こえた。命令ではなかった。人形は命令に従う。命令に従って、昨夜の出来事を詳しく話すことを続ける。

「リラックスして……深呼吸を、しました。気持ちよくなりました……」

 ゆっくりと思い出していく。それを口に出すことで、命令に従える。命令に従うと、気持ちよくなることができる。

「レシヒトさん。何をしているんですか」

「拝んでる」

「はあ」

 これも命令ではない。命令に従って、昨夜の出来事を詳しく話すことを続ける。

「催眠人形の……ミリちゃんは……数を、自分で、10……数えました。数えることで、とても……深い、催眠状態に、なりました」

「うわぁ」

「なんだよ」

「その発想はありませんでした」

 これも命令ではない。命令に従って、昨夜の出来事を詳しく話すことを続ける。

「深い、催眠状態になったら……報告を、しました。上手に、催眠状態になれた……催眠人形の、ミリちゃんは……報告をしながら、催眠を……深めました」

 思い出して、話している。私は人形だ。こうして命令に従うことができて、より深く人形になれるのだ。

「また拝んでいますね」

「ちょろ神様の御前であるがゆえ」

「それから、催眠人形のミリちゃんは……気持ちよくなる練習をしました……」

 気持ちいい……。人形の私は、これが恥ずかしいことであることを知っている。それでも命令に従うことができて、とても気持ちいい。

「両手の指で……乳首をすりすりして……オナニーをしました……」

「……」

「なんだい無言の抗議か」

「すりすりのあとは……こちょこちょ、しました……イきたくなるまで、何度も……繰り返していました……」

「どうして見せてくれなかったんですか?」

「うるせえ」

 これはとても恥ずかしいことであることを知っている。命令に従うことができて、気持ちよくなる。

「催眠、人形の……ミリちゃんは……っ、リルちゃんの……パンツの、においを、嗅ぎました……」

「……すごいことしてますね」

「だろ」

「褒めていないんですけどね」

 気持ちいい。こんなに命令に従えて、気持ちいい。ぜんぶ言えばきっと、気持ちよくなれる。

「嗅ぎながら……こちょこちょで、何度も……イきました……」

「全部話し終わったら……命令にしっかり従えた歓びが、湧き上がってくる……」

「ぁ、あぁ……あ……」

「お人形さん、『今話したことを思い出しながら、イきなさい』」

「は、は、い……催眠人形のっ……ミリちゃん、は……いま、はなしたこと、ぉおぉ……おもいだし、ながらぁ……イきます……っ、っ……ぁ……♥」

 イく。とても、気持ちいい……。イく――。

「――話してくれたことは……普段のミリちゃんは、絶対に思い出すことはできません……お人形さんだけが、覚えています……」

「……」

「疲れてしまいましたから……ゆっくり、休憩することができます……お人形さんは……操る糸の切れた人形のように……箱にしまわれたおもちゃのように、静かに休みます。『お人形さん、最も深い催眠状態になりなさい』」

 びくん。人形であるはずの身体が、少し跳ねた。

「はい。催眠人形ミリちゃんは、最も深い催眠状態になります。――ぁ」

 ふつり。

 糸が、切れた。

 

 ――。

 朝から凄いものを見ました。ミリセンティアさんが、完全に人形のようになってしまっていたのです。どろりと濁った目に、感情の籠らない声。とても、とても愛らしく思います。

「……どうするんですか、これから?」

「このままミリちゃんで遊ぼうかなって」

「むむ」

 葛藤がありました。ミリセンティアさんで遊ぶのは素晴らしい提案です。でも、そろそろ私も掛けてもらえる番だろうと思うのです。どちらも捨てがたく、私は決めかねているのでした。

「まあ、だからさ」

「はい?」

「リル。君は催眠状態になる。頭の後ろが重くなるよ。ずーんと重くなる」

 あ♥

「や、それ……なん、で、です、かぁ……♪」

 喋っているのが、辛くなります。ものすごい勢いで、意識が暗いところへ落ちようとしています。ですが我慢です。これを我慢すると、とても気持ちいいことを、私は知っているので。

「掛かりたそうだったからね。じゃあ、リルさんもやってみようか。リル、頭がぼんやりする。肩の力が抜ける。座っているのが精一杯だ……ほら」

「ぁ……それ、ずる……っ、……ぁ……」

 ぼんやり……します。意識と、身体が、すうーっと引き離されるような気持ちです。私の意識は身体から離れ、2体の人形を見ている気分です。ミリセンティアさんと、私ですね。

「じゃあ……リル。自分で、10から0まで数えて……深い催眠に落ちてしまうよ。ほらっ」

 ぱちん。

 それ、されたら……。

「……10……9、……8」

 ぞくぞくぞく。私が、私と関係なく喋っています。やっぱり、こういうのが好きです。昨日、猫になっている間も……私はこうして、ずうっと見ていた気がするのです。

「ぁ……7、6……5……4……」

 ゆらゆら、うつらうつら。姿勢を保っているのが、本当につらいです。すぐにでも、落ちてしまいたいのに。でも、言われるまま、数えているのです。とても……気持ちいいです。

「そう、すごく気持ちいい……なんにも考えられませんね……考えられたとしても……何も気にならない……」

 そう。びっくりするばかりの最初の時とは違います。私はたくさん考えているのです。ただ、それがなんにもわからなくなってしまうだけなんです。

 レシヒトさんの催眠は、そんな、私の『掛かり癖』にまでしっかり……合わせて、くれるのです。

「3……ぁ、2……、い、ち……」

 瞼が。腕が。あちこちが、ぷるぷる震えるのがわかります。気持ちいい……すごくいい気持ちです。

「ぜ……ろ、っ」

 とん。レシヒトさんが、額を軽く押してくれて――それで、一番気持ちいいように、後ろへ倒れ込むことができました。

 しあわせ……♥

 ――。

「深く……深く、落ちていく。気持ちよく……自分で、落ちることができました……」

「……ぁ……」

 とても気持ちよくて……声も、心地よくて……こんな、素敵なことがあったなんてと、何度も……思います。こうして、気持ちよくなっている自分を……遠くから眺めるのは……大好き、です……。

「自分で……落ちられましたから……安心して、深く……深く、入っていきますね……」

 瞼の裏側が、真っ黒に塗りつぶされるような、暗闇の感覚。ありえないはずです。朝なんですから……目を閉じていても、多少の光が……でも……暗くて、気持ちいいのです。

「さらに3つ、私が数を数えると……わずかに残った意識も、深い眠りについてしまいます。眠っている意識は……何もわからないし、何も……考えない、完全な催眠状態です……」

 ……それ、私……なれるんでしょうか……?

「深い眠りのように……そこで何を聞いても、覚えていることはできないし……何も考えることなく、受け入れるだけに……なりますね……ほら、3……、2、1……」

「ぁ、ぅ」

「……ゼロ。リル、完全に催眠状態になる」

 それずるい、です。

「考えない。何も考えない。何も、何も考えない。完全な催眠状態。リルは何も考えない。考えない。考えない。考えない。何か考えても、必ずこれに押しつぶされる。何も、何も考えない」

「っぁ」

 ぶつん。と目の裏側で、何かを引きちぎるような音がしたような感覚。真っ暗。真っ暗……です。

「眠っている……リルの意識は眠っている。そのことを何も、おかしいとは思いません……何も考えない……」

 はい。リルの意識は眠っています。何も考えません。

「貴方は……この後、目を覚ますと……貴方の主人ミリセンティアのことが、とても……可愛らしく、感じられるようになります」

 ――それ、もともと……。

 頭の、中……一瞬何かが浮かびましたが、すぐに『何も考えない』という色で、ぐちゃぐちゃぐちゃ、塗り潰されます。すごい、です。何も……考えない。

「ドキドキして、息が荒くなる……彼女のことを、どうしても、気持ちよくさせたくて、たまらない気持ちになる……そんな状態に、なってしまいますよ……」

 ――『何も考えない』……あ『考えない』っ……。こ『考えない』す、ご……。

「しかし……彼女を気持ちよくさせると、なぜか……同じように、貴方も、気持ちよくなってしまいます。彼女がイけば、貴方もイってしまう……でも、そんなことはあり得ないですね……だから、自分では決して、気が付かない……」

 ――そん『何も考えない』、な『考えない』わけ、な『何も考えない』『考えない』ぁ『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』『考えない』

「君は、自分が気持ちよくなることに気づかない。絶対に気づかない、言われてもわからない。必ず、必ずそうなる」

「ぉ、ぉ、ぅぁ」

 ――『何も『考えな『何『考えない』考え『何も考えない』ない』い』『考え『考えな『考えない』い』』『完全な催眠状態』

「さあ、3つ数えたら目が覚める。君はミリセンティアの快楽を共有するがそれに気づかない。ほら、ひとつ、ふたつ、みっつ……はいっ」

 ぱちん。

「ぉ、ご、ぁ」

 びくん。びくん、身体が、勝手に、跳ねています。

「大丈夫?」

「……何……です、か、今の……」

 頭の中が、滝つぼで勢いよく、ぐちゃぐちゃ、洗い流されたみたいに……なっていて。

「リルさん、催眠中の意識が強いみたいだから……畳み掛けて、押しつぶしたら……気持ちいいでしょ?」

「気持ち、いい……ぁ、あああ、あ……」

 今、気付きました。私は、ものすごく気持ちよく……なっています。今更……ぶるぶる、震えが来ました。

「……何か、変な暗示、入れてます……よね?」

「さあね?」

 わかっています。私は、何かされました。はっきりと聞き、しっかり覚えたのですから。

 ……。

「……うう、ううううう」

「ま、思い出せないよね」

 何ということでしょう。こんな風に、抵抗できなくて、自分ではコントロールできないのが……こんなに、気持ちいいのです。

「それより、ミリちゃんを起こすから、見ててね」

「あ、はい……っ」

 どきん。心臓が高鳴りました。人形。お人形さんがいます。寸分違わず、私が催眠に落ちる直前と同じ姿……いえ、涎の染みだけが大きくなって。

 えっち。えっちすぎます。こんなもの許されてはいけません。

「あ、ああ、あああぁ、可愛い、可愛い、可愛すぎます……♥」

 一瞬で、理性が飛びました。興奮しています。明らかに自分でもわかります。うすうす自分でも病気だと思っていたんです。

「さて……お人形さん、『この声を聴き、命令を待ちなさい』」

 びくっ。ミリセンティアさんの身体に、一瞬だけ生気が戻ります。唇が閉じて、涎の糸が切れました。

「……ぁ、はい……催眠人形のミリちゃんは、声を聴き命令を待ちます……」

「あ、あああぁ……」

 感動のあまり、失禁しそうになりました。なんですか? 何ですかこの状況は。

「お人形さんに命令をするのは……この声と、それからもう一人……そこにいる、リルさんもです……お人形さん、『二人の声に従うことを宣言しなさい』」

 え? いいんですか? いいんですか!!????

「はい……催眠人形のミリちゃんは、二人の声に従う……ことを、宣言します……」

 なんてことでしょう。なんてことでしょう!!

「それでは、お人形さん。貴方に……人間の意識を返してあげましょう。私がこのあと3つ数えて、合図をすれば……貴方の意識はすっかり晴れ、催眠人形ではない、魔術師ミリセンティアに戻ることができます……」

「え……」

 もったいない……。

「しかし……その身体はまだ、『催眠人形のミリちゃん』のものです……魔術師ミリセンティアは、自分の意志で身体を動かすことはできません……命令をされると、催眠人形のミリちゃんは、それを勝手に復唱して、従います……ミリセンティアさんの意識は、これを絶対に……止めることが、できません」

「……」

 ごくり。なんてエッチな暗示を入れるんでしょうか、この人は。変態です。レシヒトさんは変態だと思います。

「私が3つ数えると、貴方は目を覚ます。意識だけを取り戻し、身体は人形のまま目を覚ます。絶対にそうなる、3つ数えると、お人形に意識だけが返ってくる……ひとつ、ふたつ、みっつ。ほらっ」

 ぱんっ。

 あ。いい、のでしょうか。

「っあ……あれ? レシヒトさん……と、リルちゃん? いつから……」

 ぞくっ。

 ミリセンティアさんは――『私が居たこと』にすら気づいていない!!

「っ、あれ、身体……動かない。や、また何かしたでしょ、ちょっ、くぅぅっ!」

「……リル」

「は、い……」

 こんなの。

 こんなの……。

「ちょっと……聞いてます? これ、直して……!」

「リル。人形遊びをしよう」

「……っ、そ、そう、ですねっ。あ、遊びましょう、ミリセンティアさん……!」

 こんなの、我慢できるわけないのでした。

◆催眠人形で遊ぼう その3

 私は、またしても妙な催眠の餌食になっていた。

「いや本当に、こういうのやめようって言ったじゃないですか」

 意識ははっきりしている。だって朝だし。明るいし、すっきりした目覚めの時間だ。今日はそんなに寝坊したわけではないし、もう着替えて布団から出たのだ。

 だから私の意識がぼんやりしているとか、気持ちよくなってるとか、そういうのは全く感じない。

 ――ただ、身体が全然動かせないのだ。

「まあまあ、今日はミリちゃんを大魔法使いにする日だから、催眠慣らしは必要だと思うし」

「ほーう。だから私の身体を固める必要があったと?」

 騙されんぞ。わかっているんですよ、レシヒトさんとリルちゃんは結託して私で遊ぼうとしていることくらいは。

「……素直に、受け入れられるように、ということだと思います。私もいっぱい……されましたので」

「うっとりして言われてもですね。わたしゃシラフなんですよ。ええいリルちゃんじゃダメだ! 人を呼んでください人を!」

 いい加減にしないと暴れるぞ。全然手足が動かないけど!

「まあ、別にミリちゃんの身体が動かないなんてことはないよ」

「動かないんですけど!?」

「動く動く。お人形さん、『立ち上がりなさい』」

「は? ……え、なにこれ」

 頭の中に何か入ってくる。命令。これは命令だ。人形は命令を復唱する。人形は命令に従う。は? 何それ?

「ま、っ……はい。催眠人形のミリちゃんは、立ちあがります。……はあ? 何ですか今の!? っひゃあう」

 急に体が動いた。シャキ、と気味の良い動作でその場に立ち上がってしまう。そしてまた動かなくなる。

「ほらね」

「いやいやいやいや」

 今私何て言いました? 催眠人形のミリちゃん? 馬鹿なのか?

 なんかこれ、めちゃくちゃ厄介な暗示を貰っていませんか私。

「お人形さんは、命令に従えて偉いねえ」

「ばっ……、な、に、これ……ぁ……」

 命令に従うことができた。人形は、命令に従うと気持ちいい。直立不動のまま、甘い快感が襲ってきた。倒れてしまうかと思ったけど、ガッチリ固まっていて大丈夫。やかましい何も大丈夫じゃない。

「リルさん、座らせてあげてよ」

「はい……ふ、ふふふ、お人形さぁん……『私の隣に座りなさい』♥」

 リルちゃんまで!? そん、な、あ、これは命令だ。人形は命令に従う。

「はい。催眠人形のミリちゃんは、リルの隣に座ります……っだあああ!」

「あ、なるほど……復唱しやすいように、一人称は使わない方がいいんですね……賢いお人形で良かったです」

 なるほど。『私の』って言われたのに『リルの』に直ってたのは私が賢いおかげか。うるさい。そんな話をしている場合ではない。

「う、ううー!」

 まんまと私の脚はリルちゃんの隣まで私を運び……ベッドに並んで座った。あ、これつまり、命令に従ったってことで。人形は、命令に従うと気持ちいい。

「……ぁ……ん、ふ……」

「あっ、あはぁ……気持ち、いいですね……」

 リルちゃんが頭を撫でてくれる。たまにしてくれるときは嬉しいんだけど、今は全然嬉しくないというか。おそらく私の中にいるらしい『催眠人形のミリちゃん』が大喜びして気持ちよくなっているのがわかる。だから嬉しくない!

「もう分かったと思うけど、ミリちゃんは今、僕らの命令に従う催眠人形になってるんだ」

「悪趣味……! 趣味が悪すぎる!」

「何とでも言うがいいー。お人形さん、『両手を頭の後ろで組みなさい』」

「あ、それやだ……はい、……催眠人形のミリちゃんは、両手を頭の後ろで組みます……っ!」

 頭を撫でるリルちゃんの手が一瞬離れて……私はベッドに座ったまま、両手を頭の後ろで組んで……固まった。胸を突き出すみたいな格好で、余計に恥ずかしい。

「ミリセンティアさん、本当にお人形さんになっちゃいましたね……よし、よし……」

「く、っ……いいんですか。いい加減にしないと……」

 そこまで言って言い淀んだ。いい加減にしないとただでは済まさないぞ、なんなら部屋ごと魔術で吹き飛ばすぞ、と思ったけど……そんなの言った、とて。

「しないと?」

 言ってみたとて、喋れなくされたり、心や認識をいじくり回されたりしてそれでおしまいだ。見え見えの結末。

 ダメだ。詰んでいる。

「いい加減にしないと、どうなりますか……?」

「……怒り、ますよ」

「ふっ、ふふ……そうですか……ミリセンティアさん、やっぱり可愛い……♪」

 あ、これバカにしてるやつだ。許さん。

「まだ怒ってなかったんだなあ。ミリちゃんは優しいね」

「こっ、の……!」

「レシヒトさん。お人形さんには、どんな命令でもできますか?」

 何か言い出した。この子怖い。

「うん。なにせミリちゃんだから」

「なるほど……では、お人形さん。『笑いなさい』」

「なにそ、はい。催眠人形のミリちゃんは笑います。っあああ! これ嫌、っぷふっ。ふっ、ふひっ、や、っく、っふひゅっ、ひっ、ひ、ひぃっ、ふぁっ、あははははっ、あっ、ひゃ、っくふふふふっ」

 ダメだ、ちっとも我慢できない。身体が全然言うことを聞いてくれない。他人の身体に入っている感じ。……えっとちょっと待って、これ自分の身体ですよね。間違ってないよね。不安。ウケる。実際めっちゃ笑ってますからね私!

「可愛い……! きゅんとしちゃいます……」

「リルさん、こういうのもできるよ。お人形さん、『楽しい気持ちになりなさい』」

「は? なれるか!! っう、ああぁああああはい。催眠人形のミリちゃんは楽しい気持ちになります。……っあああ! ダメだ抵抗できない!!」

 思いっきり騒いでいても無理やり復唱させられる。ウケる。

「ふふ……なにこれ、マジでなんなんですか。いや面白すぎるんですけど」

「面白いですよねぇ」

「やばい、本当に楽しくなってきた……えーこれやだ、嘘ですよねこれ、超面白い……ふふ、ふふふふっ」

 両手を後ろに回して固まったまま、笑いが止まらない。なんだこれ楽しすぎる。

「そんなに面白いですか?」

「だってこれ、今私がめっちゃ楽しくなってるのもさっきの暗示のせいなんですよ。ウケません? なんなんですか私、面白すぎ。ふっ、ふふ、えへ、えへへへへ」

 これ、楽しいし、気持ちいいし……最高かもしれない。

「すごい。命令で、身体の動きだけじゃなくて心まで操れちゃうんですね」

「そうみたい……だって、すっごい楽しいんですよ今。私、玩具にされてるなあって、こんなの笑うしかないし、あ、気持ちいいし、えへへ……」

 テンションが上がっているのがわかる。自分が催眠で楽しくさせられているだけなのはわかるけど、それ自体が楽しくてしょうがないんだからもう無敵だった。

「催眠人形は気に入ってくれたみたいで」

「それ! 催眠人形て。何なんですか、面白すぎ、ふふ、ふふふっ」

「そうですね……楽しいですね。じゃあ、お人形さん。『笑うたびに気持ちよくなりなさい』」

「うわ、それだめ……ぁはい。催眠人形のミリちゃんは、笑うたびに気持ちよくなります」

 入ったー!!! 駄目な暗示入っちゃった。命令? これ催眠暗示とどう違うんだろう。どうせ私は言うとおりになるんですし。駄目なやつが入っちゃったことに変わりはなくて。そして、私はそれを心底面白がってしまっていて。

「リルさんはひどいことするなあ」

「ほん、っと、だめっ、だめだめ、ウケたらだめなんですよこれ。やばいから、あ、っく、ふ、ふふふっ、あぁっきた、きっ……気持ちいい……っ!」

「あっ、んん……そ、そうですねぇ……気持ちいいですね……っ」

 なんでリルちゃんはこんなに興奮してるんだ。変態か。面白いからやめてほしい。というか、私自身こうして両手を上げたまま、アホな姿勢で固まってるし。なんかもう人形のくせにちょっとくねくねしてるし、こんなのずるい。楽しすぎる。

「ああぁっ、だめ、面白いのずるいっ、ずるいから、あっふ、ぷふーっ……あっ、あはっ、あはははは、やだやだやだぁ、きもちくなるっ、だめだめっ」

 あっこれイく。イくの? 笑っててイかされるのアホすぎませんか。ウケる。ウケたらだめなんですってば。

 そんなこと思っていても、込み上げるゾクゾクした快感は止まらなくて……。

「あっ、く……ふひ、えへ……ぁ、イった……お。ぉお……イったから……」

「そ、そうですね……きもち、いい……イけちゃいました、ね……♥」

 リルちゃんの体温を感じる。座っている位置がめっちゃ近い。すんごい興奮しているのが分かる。何なんだこの子。

「じゃあ、ほら……」

 そうしてリルちゃんは、私の顔の前に回り込んで。

 両手を自分の頬に当て、指を器用に伸ばして――。

 まぶた。頬。口の端。鼻まで……。

「えい」

 ぐにょり。

 ――思いっきり、変顔をしてきた。

「ぶふっ」

 ふざけるな。完全に不意打ちじゃないか。

「リルちゃん!! ばか、ばかばかばか、っ、く、くふっ、ぶはっ。ひひひっ、あはははは、ふひゅ、ひっ、ふふふっ、く、くっそぉおお!」

 怒っても無駄で、こんな状況で笑うなという方が無理な話であって。

「ほら、びろーんですよ。びろーん」

「ぶははははっ、も、もう無理、むり、むりむり、くふ、くふふふっ、あははははっ」

「何やってんのこれ……」

 私が聞きたいんだけど。でも、そんなこと考えている余裕はもうなくて。

「やだ、やだやだ、イった、イったからやめ、あ……」

 笑った分だけ、命令されていたものがやってくる。

「お゛……お、ぉオ、っくひっ、ぃ……っくふ……お、おぉおオお……♥」

「あは……気持ちいい……私も、私も、これすごいです……っあああああっ……♪」

 震える。頭の中がチカチカする。両手を固められたまま、腰だけ、人形のくせに、動いてしまっていた。こんなんで、気持ちよく、された……。

「……リルさんさ。もうちょっとエッチにできなかった?」

「エッチだったと思うのですが」

「……レシヒトさんといいリルちゃんといい、私を何だと思ってるんですか?」

 そんなことを聞いたら、二人は顔を見合わせた。

「内緒です」

「うん、内緒」

「全力の魔術でぶっ飛ばしますよ」

 恐ろしいことに、さっきの楽しい気持ちはまだ消えていない。油断するとすぐヘラヘラ笑顔になってしまう。そして気持ちよくなってしまう。さっきみたいにバカ笑いしなければ、イったりはしないみたいだけど。

「さて、次の命令して遊ぼうか?」

「いえ、まだやりたいことをやっていませんから」

「どういうこと???」

 あれだけやっといてまだ何かあるわけですか?

「はい。こうするんです……腕、下ろせませんよね。だから、脇腹……」

「待って」

 待て。絶対駄目。それは絶対無理だから。

「はい、こちょこちょこちょ……」

 やられた。リルちゃんは、最初からこれをするつもりでいたんだ。

「ッ~~~~~~~、ひっ、く、っは」

「えっぐ」

「こちょこちょ……ふふ、くすぐった~い、ですね……♪」

「ひっ、むり、っあ、あひ、ひゃ、あひゃっ、くひゅ、えへ、あひひっ、ぷふふふふっ♪」

 笑っちゃう。笑っちゃう笑っちゃう笑っちゃう。というかくすぐられてる時点で気持ちいいのに、この後でアレが来る!!

「ほーら、気持ちいい……」

「お、ご」

 ぐりん。腕を固められたまま。目が天井を向いた。びく、びく、びくん。痙攣しているんだと思う。

「ぁ、あ、あああぁああ……最高、最高、最高ですミリセンティアさん……」

 まだ、くすぐられ続けていて……。こちょこちょ、されていて……。

「おっ♥ お、ぉぉぉ……イぐ、イ……っひゅ、くひゅ、ぉぅ、おゥっ、お゛ぉお……♥」

 固まった全身を……ぶるぶる震わせて、私は、イき続けた。こんなに、気持ちいいのは、ずるい。絶対ずるい……。

「リルも、気持ちいいね……」

「ひっ……あ、あ、あ、あはぁあぁぁ……♪」

 リルちゃんはリルちゃんで、私にしがみ付いて、顔をお腹のあたりに埋めたまま……びくびく、痙攣している。何なんだ、面白い。

「ふふふっ」

 あ。

 私とリルちゃんは、もう一度、気持ちよくなる羽目になった。

 

 

◆お人形を片付けよう

――。

「うーん」

「はあ、はぁ、はぁ……」

 ミリちゃんはようやく息を整えただろうか。

「リルさん、腕、楽にさせてあげて」

「そう、ですね……お人形さん。『腕を下ろして楽な姿勢で座りなさい』」

「……はい。催眠人形のミリちゃんは……腕を下ろして楽な姿勢で座ります……っふ、はぁぁあああ……」

 復唱を済ませると、ミリちゃんは腕を下ろしたが……『楽な姿勢』でそのまま固まる。今のリルの命令でも、楽な姿勢で休むという意味にはならないようだ。なんとも律儀な子で、やっぱり面白い。

「このミリちゃんも可愛いんだけど、ちょっと違うんだよな」

「何? 違うって何?」

「はぁ。違うと言うと……どういうことでしょうか」

「せっかく人形にするなら、やっぱり意識は無いほうがそれっぽいよね」

「あー、そうかもしれません……」

 これじゃあ普通に暗示で操っているのとあまり変わらないんだよな。復唱させるのはちょっとゾクゾクするけど。

「あの。私についてのよからぬ相談を、私のいるところで、私を無視してやるのってどうなんです?」

「あ?」

「なっなんですか?」

「それだわ」

 さすがミリちゃんだ、名案だった。いるのに無視する、なるほどね。そうと決まればやっていこうじゃないか。

「は? それだって何が……」

「よくわかりませんが、楽しそうです」

「そうだね。とりあえず、まずはいい子のお人形さんに戻ってもらおうか」

 暗示も入れなきゃいけないしね。ああそうだ、少し遊んでみよう。リルの方を見る。

「はい? 私ですか?」

「リル。こう呼ばれると君は僕に逆らわない。そうだったね」

「あう。……ええと、まあ、そうなってましたっけ。たぶん……逆らいませんけど」

 『逆らえない』ではなく『逆らわない』。これは自分がリルに催眠を掛けながらアジャストした暗示の伝え方だ。

 ミリちゃんは完全に催眠にドハマリして意識を飛ばしてしまう生粋のちょろ神様なので、『~できない』という暗示もすこすこ入るし、何せ暗示を監視する意識自体が簡単に飛ぶので、本人がどう頑張ったところで抵抗の余地がない。流石の神格。

 でも、リルは多分そうじゃない。催眠状態でも、見下ろすような意識が残っているようだし、『~できない』と言われるとわざわざ抵抗しようとして試そうとするような捻くれた性格をしているから、下手なことを言うと本当に抵抗して、覚めてしまう可能性が高い。

 一方で、リルはミリちゃんよりもずっと催眠に好意的で、気持ちいいことを受け入れるのに躊躇がないので、『逆らわない』と言えば絶対に逆らわない。そのほうが気持ちいいって知っているから。

 相手の掛かり方をよく見ておけば、こういう細かい癖を合わせることができるのが良いのだ。

 だからさっき事前にリルを落としたときも『何も考えられない』ではなく、『何も考えない』という言葉で畳み掛けた。リルの、しぶとく俯瞰する意識を潰すために。

 ここではもう一手、布石を打っておくことにする。

「あのー、私はリルちゃんじゃないので、逆らえるようにしておいて欲しいんですが!」

「だめ。ミリちゃんには、また人形らしくいい子になってもらうからね。さっきみたいに、意識が眠って、何も考えず命令に従うだけのお人形に戻してあげる」

「……あー……」

 あ、これわかるぞ。『私はそんな風になってたのか……知らんけど……』って顔だ。ミリちゃんはあの状態を全く覚えていないだろうから、そうなるよな。

「いいかいミリちゃん」

「良くないです」

「良くなくても……これから10数えられると、君の意識は消えていきます。暗くて深い、自分では取り出せない場所に沈んでしまう。0になると意識は消え失せ、完全に意思のない催眠人形に戻ってしまう」

 ここも『なる』ではなく『戻る』とわざわざ言う。これだけで、『覚えてないだろうけどさっきそうなっていたんだよ』『一度なっているから安心だよ』『だから今度もきっとそうなるよ』という意図が、賢いミリちゃんには伝わっているはずだ。言葉とは恐ろしいもので、こんな何気ない言い回し一つでも、思考を絡め捕る意図を込めることができる。

「い、やです。嫌だって」

「大丈夫。ミリちゃんの意識は、すぐには無くなりません。数を数えられるたびに、少しずつ、削り取られるように……ふっ、と消えていくんですよ」

「余計に嫌ですが!?!?」

 だろうなあ。そうだろうとも。

「大丈夫。消えた分だけ、お人形さんになれるからね。お人形さんになった部分は、素直ないい子になれてとっても嬉しい。消えれば消えるほど気持ちよくなる。自分がだんだん消えていくのを、ミリちゃんはとっても気持ちよくなりながら……だんだん何もわからなくなる頭で、ゆっくり感じることができるよ」

「ふざけるな!! 第一、今、私……動けないだけで、ほら、ちゃんと目覚めてますからね。そんな暗示入るわけないでしょう!」

 お、賢い。でもこれはまだ準備だから。

 ――そう。

 人形には、こんなに長い命令はできないからね。

「お人形さん。『数が小さくなるのに合わせて少しずつ、意思のない人形に戻りなさい』」

 事前の説明が必要だったという話だった。

「なっ、ず、ずる……っは、いっ……催眠人形の……っ、ミリちゃんは、数が、小さくなるのに合わせて……少しずつ意思のない人形に、戻ります……っやだ、やだっ、ならない、そんなのにならない!」

「リル。ゆっくり数えてあげて。……じっくり、気持ちよく、人形に『戻れる』ように」

「だめ、駄目だよリルちゃん、やめてね。マジでやめてよ、ね」

「……あ、10……あ、あは……ごめんなさい……」

 リルは、頬を紅潮させて……怯えるミリちゃんをじっくり見つめながら、数え始めた。

「……9。9ですよ、ミリセンティアさん……」

「あ、ぁ……? 別に、何も……大したこと……ない、よね?」

「リル。ゆっくりやっていいよ。ミリちゃんが人形になる……意識を消されてしまう気持ちよさを、ゆっくり味わうといい」

 そう。リルは、ミリちゃんの快感を一緒に感じる状態になっている。この暗示は抜けていないはずだった。だから……。

 リルは自分で、意識が消えてゆく快感を、感じることができる。それも、意識を残したままで。

「じゃあ、減らしますね……」

「あっ待って、だめ……やめた方がいいと思う」

「8……」

「う、あ」

 びくっ、とミリちゃんの肩が震えた。人形として座っていてもこういうことはある。

「あ、あ……ま、って、何か変。こわい、やだ、これ気持ち、いい……ちがう、ちがう……!」

「ミリセンティアさん……って呼んで、わかりますか。ぁ、はぁぁっ……私が、わかりますか……っ?」

「あう、うん、わかる、わかる……えと、リル、リルちゃん。もうだめ、もう無理だからやめて」

 また見事に怯えてくれる。可愛い。ちょっと押しておこうかな。

「リル」

「はい……7」

「っく、あ、だめ、リル? リルちゃんだよね? たすけて、助けてよ、私のことぉ、助けて……」

「数が減るたびに、意識が、記憶が、ミリちゃんだったものが、ぞりっと削れて……消える。消えたところに……人形。人形の心。穏やかで、従順で、服従する快感が入ってくるね……」

「やっ、ない、ないもん、そんなのないもん。やだ、やだやだきもちいいのやだやだやだ」

 ――どんな気持ちなんだろうか。

 自分が消えていくのを、ゆっくり、見届けるというのは。

 そんなミリちゃんをのんびり眺めていたら。

「やだ……リルちゃん……たすけてぇ……わたし、が、なくな、って……や、やだ……」

「ミリセンティアさん、貴方はミリセンティアさんですよ……自分をしっかり持って……ほら、6、5……」

 この女、本当に邪悪だな。シンプルにそう思った。誰がそこまでしろって言ったんだよ。なんでそこで的確に畳み掛けちゃうんだよ。リルには悪の催眠術師の才能がある。

「え、うそ、あ、あっあああ、あ、あ、あ……やだ、これやだ、もっと、もっときもち、だめ、だめだよ? だめなんだよ?」

「意識の半分が、気持ちいい人形になってしまったね……ミリちゃんはもう、半分しかいなくなっちゃったんだね」

「やああぁ、やぁら、やぁあらの、あたしいる、いるもん、いゆの、ふぁ、あ、あ……♥」

 これは、何ていうんだろうな。身体的なレイプなんかよりも、よっぽど凌辱的で、残酷な行為なんじゃないか?

 すごく興奮するし……楽しい。

「はあ、はぁ、っあ、これ、気持ちいい、ですよね……きっと、すっごく、怖くって、ゾクゾクしてぇ……♪」

「ぞくぞく、ぞくぞくする、おにんぎょうやら、やらあ、きもちいのやああ……こわい、こわいの、これこわいぃ……」

「じゃあ……ミリセンティアさん。ふふ、ふふふふ、ほらぁ、4、3、2……♥」

「ォご♥」

 あ、白目剥いた。ぐりん、と綺麗に。気持ちよさそう……。

「き、気持ち……いい……よすぎ、です。ミリセンティアさん、さい、こぉ……2、2ですよぉ。2、2って。もう2しかない、なん、て、っはぁああ……これ、気持ち、いい……ですね……♥」

 もしかしてこの女、早めに消しといたほうがいいんじゃないかな。そんな気がしてくる。

「ぁ……ぅ……あえ……あたひ……お、ぉぉあ……」

「もうほとんどお人形……頭の中、隅々までお掃除したら、きっと……気持ちいいですよ……」

「じゃあ……1……お掃除しましょう、ね……」

「あ、ひ」

「……ゼロ」

「邪魔な意識が……きれいに消える……きれい。とってもきれい……全部、全部どこか遠くへ消えて……空っぽで気持ちのいい、人形の心だけ……空っぽ。空っぽの心。空っぽに満たされている……」

「ぉ、ぁ……」

 じゃあ、最後の追い打ちを。

「……ミリちゃん、『お人形になろう』」

「」

 声の一つももう、漏れなかった。

 ――。

「……」

「ぁ……っ、あ、あ、あ、こ、れぇ……きもちよす、ぎ……っ♥」

 完全に人形になったミリちゃん。そして、遅れて快感に悶えるリル。数えている間は我慢していたんだろう。

「リルさん。どう? ……意識、消えちゃうのって……気持ちいいでしょ?」

「ふ、ぁ……え、と。そうですね……すっごく、羨ましい……です」

 あれだけやっておいて、『羨ましい』ということらしい。

 とにかく……こうして、意識を失うことの気持ちよさを刷り込んで、リルが心から、落ちたい、全部委ねたい、意識を飛ばしたい……そう思うようになったら。

 その時には、やってあげることにしよう。

「リルさん、場所代わって」

「あ……はい、いいですよ」

 リルに代わり、ミリちゃんの隣に座る。ミリちゃんはまだ、『楽な姿勢』で固まっているのだった。完全に魂の抜けたような顔で。

「貴方はお人形……完全なお人形です。これから、お人形のミリちゃんの心に……この声が、催眠暗示を入れてくれます……」

 もうミリちゃんは、催眠暗示の存在を完全に受け入れている。だから、こんな言い方をしてもいいことになる。むしろ彼女にとって、催眠暗示とは絶対に逆らえないもの、自分では思い出せないものとして理解されていることだろう。だったら、あえてこの言葉を使うことで、より深く仕込むことができる。

「目を覚ますと、部屋にレシヒトさんが居ません。これは事実です。目を覚ますとあなたは部屋でリルさんと二人きりです。絶対に二人です」

「ぁ」

「部屋には貴方とリルさんしかいないので……他の人間は居ません。見えたとしても気になりません。声が聞こえても気になりません。気にしない。全く意識に入らない……部屋には貴方とリルさんしかいない」

「……」

「目に入っても、声が聞こえても……たとえ触れたとしても、気にすることはありません……だって、絶対に居ないと知っているんですから。安心です……まったく気にならない……」

「……そういう暗示もあるんですね」

「気にしなくても……声は聞こえています。この声は、誰もいないはずの場所でも、貴方の心に直接響いて……貴方は安心して、言うとおりになることができますね……」

「……ぁ」

 こうすると、自分は部屋に居てもミリちゃんには認識されない。透明人間になったようなもの。その上で、声だけはむしろ普段よりも、深いところへ届くようになり……暗示は入れ放題ということになる。

「このことをお人形さんにも伝えます……必ずその通りになりますよ。お人形さん。『この部屋では、リル以外を気にするのをやめなさい』」

「はい……催眠人形ミリちゃんは、この部屋ではリル以外を気にするのをやめます……」

「では、ばらばらになってしまった貴方の意識を、ここに集めました。私の手からゆっくり、無くしてしまった意識が返ってくる……」

 背中に手を当てる。リルがいくらなんでもひどい落とし方をしたので、ちょっとケアが必要。

「私が数を、10まで数えます。数えると貴方の中に、ミリセンティアさんの意識がしっかり戻り……今度こそ、人形ではなくなっていきます。心も身体も取り戻し、とても清々しく……目が覚めますよ。1……、2……」

「……ふぁ……」

 ――。

「……8。意識がはっきりし、身体の動かし方を思い出す。9、さあ、目覚めましょう……10」

 ぱちん。

「ふあっあ」

 びくん、とミリちゃんが揺れ、石像に魂が宿ったように、急に柔らかく動き始めた。隣に座っていた自分の方を見ていたが、何か不思議そうな表情で椅子の方を向き――。

「あれ……? リルちゃん。レシヒトさんは?」

 と言ったのだった。

 

 

 

◆ガールズトークをしよう その1

 ――なるほど。

 ミリセンティアさんは、この部屋には私しかいないと思っています。実際には、ベッドの端からレシヒトさんが、『あと頑張ってねー』と手を振っているのですが。

「レシヒトさんですか? そうですね……どうしたんでしょうね」

 私は職務に忠実ですので、嘘をつきたくありません。善良な使用人でありたいので……。

「ふーん。待ってたほうがいいのかな……」

「ミリちゃんは……この声を心の奥で聞くことができる……内側から響いてくる声に、心と身体を支配されてしまう……」

「あー……」

 私達は、並んでベッドに座っています。レシヒトさんは、ミリセンティアさんの斜め後ろから何やら囁いています。つまりまた何かよからぬことを始めました。この人は本当にイタズラが好きみたいです。

「リルちゃん?」

「いえ、なんでもありません。そうですね。お喋りしてお待ちしましょうか……」

「リルさん。お茶を2人分」

 レシヒトさんからの指示。ご自分は飲まれないということですね。確かに、部屋に二人しかいないはずなのに、お茶が3人分あったら変ですよね。

「お喋りかあ」

「ええ。お茶を入れてきますね」

「あ、お願い。甘いのある?」

「ありますよ。けど、お昼前ですからね、ほどほどです」

 そう言って私は席を立ちます。きっとレシヒトさんがその間に、よからぬことをするのでしょう。私は見ていないのだから止めようがないですね。

「……リルちゃんとのお話が、楽しみで仕方ない……話していると、どんどん、興奮して……楽しい気持ちになってくる」

「あっ」

「何ですか?」

 呼び止められたので、立ち止まります。

「えっと……」

「一緒に恥ずかしい思いをしたリルちゃんだから、何でも話せる……エッチなことも、何でも素直に話すことができる……それはとっても楽しくて、興奮するし……気持ちいいことですね」

「あう、あ、お茶……ですよね。うん」

「お茶です」

「……すぐ戻ってきますよね?」

 ……あああああああ、もう。何ですかこれは。何なんでしょうかこれは。

 ミリセンティアさんは、私とのお喋りをとっても楽しみにしていて……早く戻って来てほしいと思っているんですね?

「もちろんです。それでは、大急ぎで行ってまいります」

「あ、いや。急がなくていいから……気をつけて」

「はい、細心の注意で急いで参りますね」

 ふふ、ふふふ。こんなに気分が高揚することがあったでしょうか。

 ――。

「お茶が入りましたよ」

「あっ、うん、待ってましたー!」

 ぱあっと明るく迎えてくれました。後ろにレシヒトさんがいますが……気付いている様子は全くないですね。

「今日は薄焼きのクッキーがついています。一緒に食べましょうね」

「ここ置いてください。リルちゃんとゆっくりお話できるの、ちょっといいですね」

 椅子の上にお盆を置き、元通り並んで座りました。ドキドキしますね。

「レシヒトさんには会った?」

「いえ、台所に行くときには会っていませんね」

 だって、ほら、そこにいますし。手振ってますし……。

「そっか。じゃあ、食べちゃいましょう。いない人が悪いんで」

「はい、頂いちゃいましょう」

 今日のお茶もいい香りです。

 くぴ。熱いお茶を少しずつ飲む音がします。ミリセンティアさんのこういう仕草、とても可愛いと思います。

「美味しい……」

「クッキーもどうぞ」

 ミリセンティアさんは……ん。と頷いて手を伸ばして、クッキーを取って口元へ……。

「ちょーだい」

 ひょいぱき。

 

 ミリセンティアさんの口に入る前に、レシヒトさんが横取りしました。ミリセンティアさんの指の間には、挟まれていた部分だけのクッキーの欠片が残っています。で、ミリセンティアさんはレシヒトさんを意識することができないわけですから……。

「あれ?」

「どうしました?」

 当然、クッキーが消えてしまった手元を見つめて固まっているわけです。

「私まだ食べてない」

 そうですね。ミリセンティアさんはクッキーの残骸をぽかんと見つめています。後ろでめっちゃ美味しそうに食べてる顔はちょっとムカつきます。

「食べてないですよね?」

「どうでしたっけ」

「なんで?? え? これだけ? あむ……おいし……えっ? どう考えても小さいでしょこれ」

 どうしましょう。めちゃくちゃ面白いです。

「お茶……うー? これ何か変な暗示入ってません?」

「お茶も美味しいですよ」

「うん……美味しい。もう1枚ちょうだい」

 ミリセンティアさんは、クッキーを取ります。レシヒトさんは……手を出しませんね。今度はちゃんと口元へ。

「美味しい……。ちゃんと食べられた、けど、さっきのは何だったの?」

 床に落ちたわけでもないし、と探し回っています。残念ですがそこにはないです。そこにいる不埒者のお腹に入りました。

「ふふ。美味しいですね、ミリセンティアさんとお茶するの、素敵です」

「そうかな。でも美味しい……ん、と、あれれ? あれ? ない?」

 お茶のカップに手を伸ばそうとして困惑しています。それもそのはずです、そのお茶は今レシヒトさんが飲んでいるので。何やってんですかこの人は。

「ごちそうさまー」

 カチャ。すぐにカップが戻されますが、中身は半分くらいなくなっています。

「あれー? やっぱりあるし。なんで……いや、てか少なくないです?」

「足しますか?」

「いや、いい……なんで……?」

 ずっと困惑しているミリセンティアさん。可愛すぎます。こういう楽しさもあるのですね、催眠には。

 ――こういうの、私はとっても好きです。

「ごちそうさま。じゃあ、お話しましょうか」

「何の話します?」

「そうですね……あ。レシヒトさんの催眠。あれ気持ちいいですよね……」

 別に恣意的に話題を選んでいるわけではありません。だってこの話をできるのはミリセンティアさんだけですからね。それに……。

「リルちゃん、騙されちゃいけませんよ。あの人はそうやって私達を気持ちよくさせて操ろうとしているんですから」

「操られるのって、ゾクゾクしませんか……私、あれが好きで……」

「わっ、わかるけど……わかるけど、駄目でしょ。何、させられるかわかんないし……」

 確かにそうなんですけど、悪い人ではないと思います。いや違いますね、悪い人ですけど……。

「大丈夫だと思うんですよね。私達を困らせても特に彼は得をしないですし……せいぜいエッチなことさせられて、気持ちよくされるくらいじゃないですか?」

「いやあの、それが大問題だという話をですね」

 ミリセンティアさんは催眠にはあんなに素直なのに、こういうところでは素直ではないんですよね。

「気持ちよくなれるんだったらむしろ得だと思うんですけど、違うのでしょうか」

「リルちゃんのそれは素なのか、彼にそう思わされてるのか、わかんないんですよね……」

 どっちでもあまり関係ないと思います。どっちでも私は私で、催眠で気持ちよくしていただくのは好きです。

「ミリセンティアさんは、気持ちいいのは嫌いですか?」

「……好きだけど」

「催眠に掛けられてるときの気持ちよさも、嫌いじゃないですよね」

「うう……好き。すっごく好きなやつで、だから危ないんですって。あんなの絶対癖になるでしょ」

 あ、素直になりました。そういえば、そういう暗示が入っていたはずです。確か……私と話していると楽しくなって、興奮して、エッチなことでも話してしまう、でしたか。

「ミリセンティアさん、私よりも掛かり方が深いみたいですもんね。どんな感じですか?」

 そう。これを聞きたかったんです。意識の欠片ほども残らないほど深く落ちてしまい、記憶も一つも残らず、完全に意識を操られてしまうというのは。

 ――はたして、どれほど気持ちいいのでしょうか。

「え、どんな感じ……あんまり、覚えてないんですけど……気持ちいい、のかな」

 あ、気持ちいいのもあんまり覚えてないんですね。それは少し寂しいかもしれません。

「私は、催眠に掛かっている自分を……こう、上から見下ろしているみたいな感じ……」

「へ~! ちょっと面白いですね。何が違うんだろ……私すぐ、こう、真っ暗になっちゃうから」

「こんなふうにですか?」

「へ? ――ぁ」

 そ、っと掌をミリセンティアさんの顔に被せて、後ろに押してみます。何の抵抗もなく、ふわぁ、と後ろに倒れ込みます。両腕をくたぁと投げ出して……催眠に、落ちてしまいました。

「あら」

「リルさん、何やってんの……」

「もしかしたら落とせるかなと思いまして。大丈夫です、ちゃんと起こしますんで」

 面白そうだったので、つい。

「ミリセンティアさん……気持ちいいですね……。ほら、私が手を引けば、すっきり目が覚めます。目が覚めたら、私と、エッチな話をたくさんしたくなりますね……えいっ」

「今余計な暗示入らなかった?」

 気のせいです。

「――ぁ、うわっ、何、落ちてた今?」

「落ちてましたね……私でも掛かっちゃうの、可愛いです」

 のそのそと身を起こすミリセンティアさん。

「むー、私ばかり簡単に掛かってるみたいで悔しいんですけど」

「そうですか? 深く入れるというの、羨ましいです」

 これは本当に。私も、もっと……。

「うー……それより、お話しよう、お話……」

「わかりました。何の話にしましょうか」

「えっと……あっそうだ、アルスさんの話していい?」

 アルス様。ミリセンティアさんが交際されている男性です。いいんでしょうか、と思ってレシヒトさんの方を見ると、とってもいい笑顔で親指を立てていました。何なんですか彼。

「いいですよ。いっぱい教えてください」

「やった。アルスさんさー、えっちが痛いんですよね」

「言ってましたねえ」

「あれ言ったっけ?」

 ああ、そうでした。ミリセンティアさんがこの話をしていたときは、完全に催眠に入っていたのでした。

「これ男の人には申し訳ないかもしれないんだけど、私としては別に入れて欲しくなくて……えっちなことが嫌なわけじゃないんですけど」

「わかりますよ、それ」

「そう? リルちゃん結構いろんな男の子としてるよね」

 ……してました。はい。だって楽しいですから。

「まあ……慣れもあると思います。私も最初はそういうところがありました」

「やっぱそっかー……あとね。うーん、これ言っていいのかわかんないけど聞いてくれる?」

「はい、全部聞かせてくださいね」

 さわさわ。

 こちらを見つめてくるミリセンティアさんが可愛すぎて、髪の毛を撫でてしまいました。

「えーとね。多分いい人なんですよ。それで、すっごく私のことを大事にしてくれてます」

「はあ」

「だから困ってるんです……うう、言っちゃえば、セックスが普通すぎる……!」

 おや。

 何だか思っていたのと違う感じの話になってきました。というかレシヒトさん、蹲って爆笑しているんですけど。

「なるほど?」

「リルちゃんさ。前リフトで一緒に上がってさ、私の部屋片づけてくれたでしょ、蔵書見たでしょ」

「ええと、はい。見ましたね」

 ミリセンティアさんの書庫には、大量の魔術書だけでなく、官能小説の蔵書があります。それは、ええ、はい。かなり刺激的な内容のものでした。

「前ね。エッチする日ですけど」

「はい?」

「踏んでください、って言ったんですよ」

 そこの男。笑いすぎです。

「そしたらさあ、あの人、逆に跪いて『冗談はやめて下さい。騎士たるもの、守るべきものを足蹴になどできませんよ』ってさあ!!」

「ぷふふっ」

「笑った!!」

 すみません。これは面白すぎます。そして何となくわかってきました。

 ――ミリセンティアさんは、レシヒトさんに、本当は……虐めて、欲しいんですね。

「こんなことある? 私は! 踏まれたいし、ぶたれたいし、首とか絞められちゃったりしたいんですよ……なのに、どうして彼は私を守ってしまうんですか……?」

「困りましたねえ……」

「そもそもセックスもあんまり気持ちよくないし……会うのやだ……北方戦線から帰ってこないでほしい……」

 あー。これは深刻ですね。アルス様は今、西の塔のアウレイラ様と同じ作戦に編成され、聖王騎士団の一隊を率いてダモクレシアとの国境を守っています。つまり今のところしばらくは、お帰りにならないということです。

 ……ダモクレシア国。私の生まれた国、だそうですが……。それは今は関係ないですね。

「ミリセンティアさんは、彼と……アルス様とお別れしたいと思っているんですか?」

「ううう、違うんですよ。すっごくいい人で立派なんです。好きなんですよ? ただエッチが合わないだけで……でもそんなの言えないじゃないですか。私が変なだけですから。しかも言ってもダメだしもう」

 やっぱり、ミリセンティアさんのためにも……私が、頑張らなくてはいけませんね。

「じゃあ……あ、そうだ。レシヒトさんに、お二人の睦み事が上手く行くように、催眠を掛けていただいてはどうでしょうか」

「どうやって?」

「その……痛かったり苦しかったりすることをされなくても気持ちよくなれるように、とか……?」

 一番簡単そうなのはそこなのですが。

「やだ……痛いのして欲しいもん。セックスが痛いのは、気持ちよくなくなっちゃって嫌なんですけど、叩かれるの好きなんですよ」

「そうですよねー……あ、セックスのほうが痛くなくて気持ちよくなるように、はできるかもしれないですよ」

「……頼んだら、やってくれるかなあ」

 ちら。

 あ、とってもいい笑顔で親指立てていますね。

「やってくれると思います」

 まあ、余計なことも絶対すると思いますけど。

「うー、じゃあ今度頼む……本当にしんどい……」

「そうですねー。お話、楽しいですねえ」

「楽しいです……じゃあ次、次はそうだ……オナニーの話なんだけどいいです?」

 何なんでしょうこれ。ミリセンティアさんが目をキラキラさせて私とのお話をせがんでくれるのも、すごく嬉しいのですが、その内容がオナニーの話なんです。こんなことがあっていいんでしょうか。

「いいですよ、いっぱい聞かせてくださいね……」

「あ、ん……えっと、寝る前に、気持ちよくなる練習してるんですけど」

「言ってましたねえ」

「あれ言ったっけ? ええと、乳首。そう乳首なんですけど、あれってあんなに気持ちいいんですね。びっくりした」

「びっくりですね」

 びっくりです。

「リルちゃんは乳首って気持ちいいの?」

「え、私ですか? ……ええと、はい、まあ」

 何て答えればいいんですか、これ? レシヒトさんはずっと笑ってますし。

「じゃあ、気持ちいい触り方教えて欲しいんですよね。乳首だけでイったりできるんですかね」

「あ、あー……ちょ、ちょっと待ってくださいね……」

 一瞬の戸惑いと逡巡はありましたが――。

「わかりました。いっぱい教えますからね……♪」

 私は、ミリセンティアさんに向かい合って、座りました。

 

 

◆ガールズトークをしよう その2

 リルちゃんとのお話は、とても楽しい。話しているだけで、胸がふわふわして、もっといろんなことを話したくなってしまう。

「えっとー……服の上から、すりすりってするのが気持ちいいんですよね」

「わかります。さらさらの布地越しにすると気持ちいいですね」

 そうそう、それそれ。どんな感じだっけ……。自然に顔がにこにこする。

「こう、円を描くみたいに、くるくる、くるくるって」

 両手の人差し指を立てて、くるくる回して見せる。伝わるかなあ。

「ああ……気持ちよさそうですね……」

 でしょう。これをすると、乳首が甘い塊になったみたいに感じて、きゅんきゅんと響く気持ちよさがくるのだ。面白いと思う。

「リルちゃんは好きな乳首の触り方、ある?」

 エッチな話って、すごく楽しい。いっぱいお話がしたい……。

「そ、そうですね……爪を立てるみたいに、かりかりっ、とか、気持ちいい……ですよ?」

「かりかりかー。痛くないのかな」

「直接だと少し……布地越しが、いいですね」

「なるほどなるほど。今夜やってみよう。ありがとうございます」

 確かに、それなら気持ちよさそう。今夜にでもやってみよう。というか、思い返せば、気持ちよくなってくると自然にそうなっていた気がする。だんだん強くなってしまうから。

「ミリちゃんはやっぱり可愛いなあ」

 ? 何か聞こえた? ……気のせいかな。

「そうですね……あとは、とん、とんって叩くみたいにするのも効果的だと思います」

「効果的」

 リルちゃんはときどきこういうよく分からない言い回しをする。楽しい。

「はい」

 叩く? ってどうやるんだろう。

「手を出してください」

「はい?」

 出した。すると、リルちゃんは私の掌を指で、ぺち、ぺちと、軽く叩いて見せてくれた。

「こんな風に、指の腹で……とんっ、とんっ。机を叩くみたいに」

「はーん。なるほどなるほど。これで気持ちよくなるのはちょっと面白いですね」

 乳首弄りも奥が深い。これもやってみることにしよう。楽しいなこれ。

「すりすりと、こちょこちょに加えて……かりかりと、とんとん。これはちょっと楽しみになりましたね」

「そうですね。あとは、摘んでみるのはどうですか?」

「摘む! おお、なんだかそれはエッチかも」

 何でもないときに、何気なく摘んだことはあったかもしれないけど……気持ちよくなってる時の乳首に、そんなことしたことはない。そもそも、乳首で気持ちよくなるのを意識したのがごく最近……いや、昨日からだ。

 あれ? なんで私、乳首で気持ちよくなるのを始めたんだっけ――。

「直接触るときは、摘んでこりこりするのをお勧めします」

 ――あ、そうそう。乳首の話してた。楽しい、すっごく楽しい♪

「!! 布地越しじゃなくて直接?」

 リルちゃんがエッチなこと話してくれている。これはとても楽しいことだ。楽しい。楽しいな……♪

「直接です。布地が挟まると痛いと思います。それで、引っ張るのもいいんですけど、指をずらして転がすみたいに、こう……」

「あー、なるほど、なるほどね」

 リルちゃんがまた私の手でやって見せてくれる。小指の先を人差し指と親指で摘んで、交互に前に出すように。ねじる力が加わり、くりくり。指の時点でちょっと気持ちいいの、かなり面白いな。

「こりこり、くりくり……強くすると痛いですから、くにくに形が変わるくらいがちょうどいいです」

「やっぱエッチな話するならリルちゃんですね。何でも知ってるし」

「……それ、褒めてるんですか?」

 ウケる。なんでこんなに楽しいんだろ。

「褒めてる褒めてる。あとそうだ、乳首だけでイくのって難しいのかな?」

「簡単、とはちょっと言えないですね。私も、胸だけで達したことは流石に……」

 あら、そうなのか。リルちゃんでもそれじゃあ、なかなか難しいことらしい。

「そっか……」

「簡単だよ?」

「ああでも……ミリセンティアさんなら簡単かもしれません」

 簡単らしい。そうなの?

「ミリちゃんは……今教わった乳首の弄り方を、すぐに試したくなってきたね」

「ううー、う、うー……まだお昼前だしなー……」

「ほら、そわそわする。気持ちいいことが目の前にあるのに、夜までなんて待っていられないね……?」

「……最低」

「えっそんな」

 リルちゃんに突然罵倒された。そこまで言わなくても。確かに私はちょっとばかりセックスへの取り組み方が普通ではないという自覚はあるんですけど、アルスさんだってちょっと硬すぎる気がするし私だけのせいでは……。

「ああいえ、こちらの話でした。すみません」

「そうなの? ……うう、ど、どうしよう」

「どうしたんですか?」

「せっかく、教わったんだから……試したくなってきたんですよね」

 うずうずする。乳首が痒いみたいに疼くのだ。ついでに下腹部にも何かキてる。端的に言えば、ムラムラしているのだろう、私は。

「したくなっちゃいましたか」

「なっちゃったよー、エッチすぎるなこれ。お話したいだけなのに、どうしてエッチになっちゃうのか」

 うう、話しているうちに限界。触りたい。弄りたい。こね回したい。ただお喋りしてただけなのに、こんなんなってる自分がちょっと面白かった。

「恥ずかしいですか?」

「ミリちゃんは、リルとのお話がとっても楽しい……エッチなお話が楽しい。恥ずかしさなんか感じていない……だから、リルの前でエッチになってもきっと楽しいし、全然恥ずかしくないね……」

「うわ。マジで最低ですね」

「えっ何?」

「何でもありません、こちらの話です」

 リルちゃんがいきなり、壁に向かって氷点下のツッコミをかましていた。なんだあれ。あんなのされたら私なら気持ちよくなっちゃいますよ。超面白いんですけど。

 確かにでも、あの辺の壁、なんかイヤな感じがする。隙間風でも入ってるのだろうか。

「……じゃあ、試してみますか? きっと、すごく楽しいですよ」

「君も普通に最低だからね?」

「いいの? 嫌いにならない?」

 こんな、私がやりたいだけのオナニーに付き合わせて、せっかくのお喋りを切り上げちゃうのは、申し訳なかった。というか、『オナニーに付き合わせて』っていう表現で、本当にオナニーしようとしてるの、ちょっと本当に面白いですね。やはりリルちゃんとの猥談は最高に楽しい。

「私ですか? ミリセンティアさんのことなら、大好きですよ?」

 リルちゃんはいつもこう言ってくれる。時々この優しさが嬉しいことがある。この王国で、陰では“東の飾り物”なんて呼ばれてるらしい私に、ずっと付いていてくれる。まあ時々滅茶苦茶真顔で言うから怖いこともあるけど。

「じゃあ、お喋りタイムはここまでね。ここからは……えっと、乳首いじりタイムか? なんだそれ?」

「なんでしょうねえ」

 本当に何もわからない。楽しすぎてちょっと躁になっている気がする。

「でも布地越しって言っても、この服だと、ちょっと難しいよね」

「術師服は確かに、そうですね……」

 私のような魔術師は、自然に働きかけることで魔術を行使する。その際に自然をより身近に感じられるよう、身体にぴったり密着するような服装を好む。決して痴女ではなく、すぐに魔術を使わない場面や、初対面の相手の前などでは、上にゆるやかなローブを羽織ったりもする。

「ちょっと厚いし硬いかなあ」

 魔術師の服は布地がしっかりしているので、そこまで刺激が強くならないかもしれない。ボレロをよけて、胸の先を、つん。

「っあ」

「んふ……気持ちよかったですか?」

「わりと。でもこれ、こちょこちょとかは無理かも」

 乳首がどこにあるかもすぐにはわからない程度には、生地がしっかりしている。いや、すぐにわかられても困るから当然ですけども。

「リル。君は暗示の通りになる。思い出せなくても必ずそうなってしまうよ」

「は?」

「えっ何怖い」

「ごめんなさい何でもないです」

 リルちゃんはさっきから何をやってるんだ。さては妙な催眠暗示でも入っているのでは? レシヒトさんが居なくなる前にイタズラを仕込んでいたとか、ありそうな話だ。可哀想だし、おかしなところに気づいたら後で教えてあげよう。

「えーと、直接触るのを試すのはできるね。今日の術師服は襟で外せるから、こう。ここを前にめくれば」

「あ、待って下さい。これをどうぞ」

「ん?」

 リルちゃんは素早くポケットから白い布を出してくれた。パンツか? と思ってしまうのをやめたい。普通パンツは履いてるものだ。余計な経験を積まされたことが恨めしい。

 畢竟、それはパンツではなくハンカチーフ。白くて薄地できれいなやつだ。

「これを?」

「胸に被せて擦ると気持ちいいですよ」

「リルちゃん天才だわ」

「ありがとうございます」

 変態だわ。面白すぎる。こんなのやらない理由がない。ぷち。術師服の前留めを外し――首の下から、ぺろんと前にめくってしまう。裏地に貼られた布が見え、乳首まで丸見えになる。あれ、これって恥ずかしいことのような気がするな……。

「あ、これを被せたら恥ずかしくないし気持ちいいし、一石二鳥では?」

「天才ですからね」

 リルちゃんはすごいなー。なんて雑に内心で褒めつつ、さらさらのハンカチーフを胸に被せる。肌触りの時点で、結構気持ちいい。

「これ、すごく肌触りがいい……」

「そうですよ。だからほら、すりすり、してみましょうね」

「うん……あっ、すり、すり……これ、きもちいい……♥」

 官能本ならお腹のあたりに『きゅん♥』とか書かれるやつ。めちゃくちゃ甘くて気持ちいい。

「あっ……気持ちいい、ですね……♥」

「うん……、これやっぱすき……すき」

 すり、すり。胸を張らないと布がずり落ちてしまう。胸を張ると乳首が突き出されてエッチになってしまう。エッチなのがいいな、楽しい。

 そういうわけで私は思い切り、胸を突き出して、すりすり~、すりすり~、と、乳首を甘やかしているのだった。

 ――。

「あ、あ♥ あは、あはぁ……♥」

 リルちゃんのハンカチーフ越しの『すりすり~♥』による乳首甘やかし攻撃は、私の頭を覿面にバカにしてしまっていた。一摺りで脳みそ蕩けちゃうような激甘の快感が広がるものを、ずうーっと『すりすりぃ~♥』とかやってるんだから、そりゃバカにもなる。なった。ウケる。

「あぁあ……これいい……ずっとこれがいい……♥」

「だめ、ですよぉ……みんな試す、約束ですからね……♥」

 なんか、リルちゃんまで気持ちよさそう。なんなんだろ。面白いから、まあいいけど。

「ふふ、このまますりすりだけで終わったら楽しいかな……」

「やぁ、やですよ……リルは全部してもらいます……ほら、次、かりかりですよ……♥」

 ついにリルちゃんが手を伸ばしてきた。王宮の使用人であるリルちゃんの爪は、いつもつるつるに丸く切られている。そんなので『かりかり』されるって?

「だめ、そんなのだめ、絶対だめですよ、リルちゃんはいい子でしょ……♥」

「悪い子ですっ……私、悪い子ですから……」

「うんそれは同意」

 何だろう。今何か訳もなく、すっごくイラっとしたような。こんなに楽しくなっているのに水を差されたみたいで。何?

「かりかりだめ、だめだよ、だめですよ?」

 そう言いながら私は、リルちゃんのハンカチーフを左右に、ぴんと引いて、張り詰めた布地をぴっちり当てて、乳首を突き出しているのだ。我ながらこれは失笑ものだろう。それもこれも、このよく分からないテンションが悪い。リルちゃんとのエッチなことが、こんなに楽しいとは思わなかった。

「ミリセンティアさんも、悪い子です……悪い子はほらっ、かりっ♥」

「お゛っ♥」

 がくん、と腰が跳ねた。何だ今の。また面白いことになっちゃった。

「っく……こっこれぇ。きもち、いいでしょ、ほら、……かり、かりっ♥」

「ぁ゛、っぐ、ぉご、っふ、ひ、ひもちっ、ひィッ、らめ、らぁめっ、かりかりだめぇ♥」

 そう言いつつ、やっぱりおっぱい突き出しているんですよねこの女。どこの誰でしょうかね。私だわ。宮廷魔術師の名が泣くやつ。楽しすぎてずっとヘラヘラ笑ったまま、頭バカになって戻らない。

「は、はーっ、はぁ、はぁあああ……」

「っくひ、くふー……はぁ、はぁああ……」

 リルちゃんもすっかり息を切らしている。私も腰ががくがくして、イってないけどイったみたいな惨状だ。

「これはちょっと、思ったより見ごたえがあるな……」

「ミリセンティアさん……♪ すっごく、エッチになってますよ……楽しいですか……?」

「うんっ、うん、エッチなの、たのし、楽しぃ……♪」

 こんなにバカになって、セックスできたら、きっと楽しいんだろうな……。でもな……。

「えへっ、こんなの……男の人に見られたら、大変ですからね……?」

「やっ、やぁあ、そんなのだめぇ……死んじゃう……」

 無理。こんな姿を見られてるとか、さすがにそれは人としてキツすぎ。

「死なないでください……大丈夫、死なないですよー……ほら、とん、とんっ♥」

「ふぁああん、だめっだめ、とんとんだめ、ひびくっ、お腹に響いてるからっ♥」

 こんな有様を男性に見られたら……うん、死ぬ。その場では一命を取り留めても私は助かりません。儚い人生だったわ。

 死ななくても……こんなバカみたいにエッチな女を、あの人は許さないだろう。ふしだらと言って怒るだろう。私は一時の楽しさを後悔して、べそかいて、どん底になって、リルちゃんに慰めてもらって――。

「ミリちゃんは思い出すことができる……リルのパンツの匂いがあれば、君は乳首だけでイけたんだったね。別に下着じゃなくたっていい……リルの匂いを嗅がせてもらえれば、イけるんだったよね……」

「ミリセンティアさん、ほらっこれ、ほらぁ♥」

「あう」

 リルちゃんが、私の頭を胸元に抱きかかえた。私の帽子がふわっとベッドに落ちたのがわかる。視界が一気に真っ暗になり……ふわっと甘酸っぱい、いい匂い。これだ。この匂いだ。

「あ……これっこれ、これすきっ、これすきぃっ♥」

「すきですよー……私も好き、ですよぉ……ほら、ほらぁ、こちょこちょ、しちゃいましょう……♥」

「するっ、するするっ、こちょ、こちょ……♥」

 あっこれダメな奴だ。と一瞬思った。

 リルちゃんのハンカチーフを押さえている両手。その親指と中指で布地を押さえ、ぷっくり膨れ上がった乳首を、人差し指で……。

 そのときだった。

「ミリちゃん。僕の存在をちゃんと思い出すよ。この部屋にレシヒトさんがいたことを、君ははっきり思い出す……ほらっ」

 パチン。

 一瞬で、抑え込まれていた感情が噴出した。ふざけるな、変態。最低。クソ野郎。

 あ、だめ。これ止まんない。

 こちょこちょ、こしょこしょ、こすこす、くしゅくしゅ――。

「っぉ、ぉ、おぉぉっ、イ、っく、イぐ、イっ……きゅ……ぅぅぅぅっ♥」

「あ♥ あ、やだっ、やだ、なん、で、イっ……あはぁ……♥」

「はい……二人とも。気持ちいいのを抱きしめたまま……落ちていく。ふかーく……これ以上ない、満足を抱いて……楽しかったという、素敵な記憶をちゃんと持って……落ちる。落ちて……いきますね……3……2、1……」

 まんまと仲良し乳首オナニーを公開してしまった私は、最高に楽しい気持ちで――。

「ゼロ。吸い込まれる――」

「ぉ゛」「あ」

 真っ暗に、なった。

<続く>

2件のコメント

  1. 全体的にこの作品好きですがこの話が一番好きです。
    復唱人形化の部分とかは一番性癖に刺さって好みなんですが、それと別に何も考えないって考えさせて思考をつぶさせるところがすごくいいと思いました。

    1. ありがとうございます!
      復唱は実際にやると結構疲れるんですけど、やはりロマンがある……。
      そして、俯瞰する意識が残る人にどう暗示忘却を施すかはいろいろな方法が考えられますよね。
      これは特に小説映えする方法でした。

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