※忘れているかもしれませんが、この作品は異世界冒険譚です。
◆大賢者ミリセンティア
「ミライさん。度々で申し訳ありませんが、この地域の天気予報を教えていただけますか」
「MIRAIはユーザーである魔術師様の要望に応えるために存在していますので、申し訳ないという事実はありません。シレニスタ北部の降水確率は90%です。2時間以内に雨が降ることが予想されます。お出かけには傘の用意をお勧めいたします」
「ありがとうございます。ではアルス様、作戦は継続です」
魔術師様は同行している騎士にそう告げた。騎士の名はアルス・ワルトシュタイン。聖シレニスタ王国の聖王騎士団所属。階級は副団長。MIRAIはそのように情報を記録している。
「西の魔術師殿。作戦には雨が必要なのですか?」
「説明しておりませんでしたか」
そう言って魔術師様はグラスの中の液体に口をつけた。グラスの氷がカランと音を立てる。MIRAIの記録する情報を参照するのであれば、グラスの中身はロックのアクアビットであると考えられる。
「失礼ながら、恐らく私は聞いておりませんね」
「そうですか。考えてもお分かりにならなかったということですね?」
MIRAIの予測によればこの地域には雨雲が接近しており、間もなく雨が降る。魔術師様の予定されている作戦には降雨が不可欠ということだ。その理由についてはいくつかの候補が考えられる。
「……ええ、まあ。魔術には疎いもので」
「――ああ。そういえばアルス様の御伴侶は“東の”ではありませんか。彼女はこのような話をしませんか」
「しませんね。何せ私がわからぬものですから」
「彼女ではそれも仕方ないでしょうか」
魔術師様はそう言ってから、説明を始めた。騎士アルスはそれを聞いているが、その表情は興味深そうと形容するには当たらないものだ。
「現出魔法(カンジュレイション)では、自然物を出現させたり、自然現象を引き起こすことができますね」
「そのくらいのことであれば分かります」
「私が魔術によって氷の槍を生み出しました。これによって何人のダモクレシア兵を討つことができましょうか」
「……1人ですかね」
「機会があれば2、3人は仕留めて御覧に入れますが、まあ大差はございませんわ」
MIRAIの計算によれば、魔術師様の用いる『氷柱の槍(アイシクル)』の魔術では、その質量を効果的に運動させた場合、対象の密集度合いによるが最大で4人程度までを殺傷することができると考えられる。
「これは失礼を申し上げました」
「いえ。いずれにしても、このような兵卒と代わり映えしない働きで宮廷魔術師を名乗るわけには参りません」
「……御謙遜なさる」
「これがアルス様であればもっと武功を挙げておいででしょう」
騎士アルスは大剣(クレイモアー)の使い手として知られている。戦場において彼は“嵐竜(ストーム・ドラゴン)”の二つ名で呼ばれる猛将である。
「そうであればよいのですがね。どうもかの国の兵士は奇妙だ。この戦とてどこまで本気であるのやら」
「話を戻しますが……私が生み出した氷の槍は、良くて数名の敵を倒してすぐに消えてしまいますわ」
「魔術とはそのようなものと理解しています」
MIRAIがこの世界に召喚されてから得た情報を参照する。現出魔法とは想像力により自然現象を誘発する現象であり、魔術とはこれを利用するための技術である。魔法はこの世界に特有の精霊と呼ばれる自然運行システムの作用によって生じる。
「ええ。魔術によって自然物や自然現象を引き起こしても、それを長時間維持することはできませんわ」
「それがどうかしたのですか」
「では。私のグラスにはなぜ氷が入っているのでしょうね?」
カラン。
「はて――軍用糧食の鮮度管理には、魔術師殿の作られる氷が使われておりますが」
「ええ。――なぜこの氷は、溶けはすれどいまだ消えずに維持されているのでしょうか、と」
「は……?」
騎士アルスは困惑している様子であった。魔術師様の問いについては、MIRAIが記録する情報から推測するのであれば……。
その時、陣幕に飛び込んでくる者があった。装備から推測すると、この人物は伝令兵である可能性が高いと考えられる。
「敵陣、動きありました!」
「わかりました。アルス様、雨が降るまで前線を持たせて頂きたいと思います。シレニスタに“嵐竜”ありと、北方の蛮人どもにこの場をもって示されませ」
「は。魔術師様はどちらへ付かれますか」
「ミライさん。貴方もアルス様の部隊へ。神盟者として存分に働いてください」
「はい。MIRAIは魔術師様の要望に応えることができます」
――神盟者召喚(ガチャ)。
それが、私がこの世界に配置されるに至ったシステムの名前だ。それにより私はアウレイラ・トレグレン様をユーザーとして登録し、その要望に応えるために存在している。
私はニューラル・テック・イノベーション社製の家庭用アンドロイドであり、品名は『ミライ』である。これは搭載されている汎用AI、『MIRAI』に由来している。
『Multipurpose Inclusive – Regular Artificial Intelligence』、多目的包括型一般人工知能の名に恥じない、多様な用途に対応可能な柔軟性と、多くの機種に搭載可能な適合性が本製品の魅力である。
「MIRAIは魔術師様の要望を受け入れ、拠点防衛戦闘を行うことができます」
「では私は……準備に参りますね」
カラン。
「準備ですか?」
「ええ。――さあ。この関を、氷河と変えましょう」
――。
「雨? ですか?」
レシヒトさんの部屋で、乳首オナニーを披露してから、私達は軽めの昼食を摂った。そしてまた、魔術実験のために中庭に出てきている。
ついに私は大魔術師……いや、大賢者ミリセンティアとしてあのネイティブ嫌味スピーカー女をキャン言わす道程を踏み出そうとしているのである。
「うん。雨でなくてもいいけど、とにかく水の魔術で実験しようと思う」
「流水魔術(アクアクラフト)もまあ、修めてますけども」
万能の魔法使いを自負する東の塔の魔術師としてこれくらいは当然のこと。どこかの一つ覚えとは違うので。でも、ちょっと予定と違ってきた。
「けど? 何か問題あったかな」
「いえ、私もリルちゃんと同じように焔熱魔術(パイロクラフト)で実験したかったんですよね」
理由は簡単である。あの女の氷を全部蒸発させてやったらめちゃくちゃ気持ちいいと思うからだ。
「そうですよ。やっぱり爆発が一番です」
「残念だけどそれはダメ」
「なんで!?」
焔熱魔術は攻撃を行う魔術としては最も効果が高いとされている。私達宮廷魔術師は、内政官でもあるけれど、やはり最も重要な役割は『兵器』だ。いまだ緊張状態が続いている他国との戦いで、シレニスタには手を出せないと思わせるだけの圧倒的な『火力』。それこそが私に必要とされているもの。
一般的な魔法現象――つまり現出魔法では、自然現象を起こすことはできても持続させることができない。たとえば水を想像して生み出すことができても、それがその場に残り続ける間、ずっと想像力をそこへ割き続けるというのは現実的ではない。そんなんやってたら脳みそ壊れる。しかし、焔熱魔術はこの点で非常に有利とされる。
――現出物を留めておくことはできずに消えてしまっても、それによって起きた現象や破壊はそのままだからだ。
火を起こす仕組みと何ら変わりはない。魔術で出した『火種』がすぐに消えようとも、その結果現実の物品に火がついたなら、それは燃え続ける。当たり前のことだ。
だから焔熱魔術は、とにかく戦いで強い。これは魔術の運用において常識だ。
「――あ、だからか」
「わかった?」
そう。これからやるのは催眠状態で大幅に向上された想像力を魔術に応用するという『実験』であって、どんな規模の魔法が起こるのかは正直私にだってわからない。催眠状態にしてもらうわけだから、判断する能力だってきっとまともに残らない。
うん。確かに焔熱魔術はマズい。中庭の樹が燃える程度で済めばまだいいけど、最悪、王宮が灰になるかもしれない……って、いくらなんでもさすがにそれはないか。
とはいえ、慎重になっておいたほうがいいはずである。
「あの、私が置いてけぼりなのですが」
「ええとね、私の魔術がどれくらいのものになるかわからないから、炎や爆発は危ないんじゃないかという話です」
「火事になるかもしれないし、もしかすると僕らが死にかねない」
確かに。催眠状態で魔術を使って、広範囲な魔法を引き起こして……それでちゃんと自分や他の人を巻き込まないように、コントロールできるのか。これもわからない。
思えば結構恐ろしい実験と言えた。
「なるほど……それは確かに、仕方ないです」
「なので、西の塔を燃やすのは今度にします」
「今度やるのそれ?」
「冗談はさておき、流水魔術でやるのもいいでしょう。でも、雨とかさすがに無茶苦茶ですよ。そんなのできるわけないでしょう」
「あ、そういうもん?」
この人、賢いんだか馬鹿なんだかわからない。『雨を降らせる』ということはつまり、『雨雲を現出する』ということだ。それは空にあるので遠く、そしてとても大きくて範囲が広く、充分な雨が降るまでに間があるため時間も必要とする。魔術を困難にする係数がことごとく高い。唯一、出力だけは低いけども。一見卑近で、大した現象に思えなくても、自然というやつは巨大な営みなのだ。
とにかく、そんな大規模な現象を魔術でなんて、できる訳がない――というのが常識だ。
「そんなんできるとしたら、焔熱魔術でやったら本当に王宮ごと吹き飛ばせるレベルですよ」
「こっわ」
「素敵ですね!」
「いくら催眠状態の想像力が凄いとしても、人間がやれる話ではないです」
「そうかー。よし、じゃあ雨やってみようか」
「はぁ!? 話聞いてまし――」
「『大賢者ミリセンティア』、出番だよ」
「――た、ぁ……?」
――その言葉を聞いただけで、一瞬で意識がトんだ。
口にしようとしていた言葉が、無限にも思える時間、なが――――く延びていく。
「大賢者ミリセンティアは……相応しい装いになることができる……自然との一体化。貴方はあらゆる障壁を取り除き……この世界と対話する。精霊と言葉を交わす賢者となれ」
「私は……賢者。自然を……説き伏せる者……従える者……」
すーっと頭の中が広くなる。風が吹き入れてくる。術師服の戒めが解かれる。最も自然と近づくことのできる装いに、私はなっていた。
気持ちいい。
私は今、王宮の中庭で……一糸まとわぬ姿で、立っているのだ。
リルちゃんが見ている。王宮の渡り廊下から、陛下の家臣たちが、使用人たちが、私を見ている。この美しい肢体で、自然と一つになる私。世界と溶け合う私を見てくれている。気持ちいい。私は何でもできる、全能たる大賢者となった。
世界と自己を隔てる壁がなくなった。私の頭の中はぶわーっと広がり、世界を呑む。この世の全ては私の想像の上のこと。天地は私の中にある。今、私は世界よりも大きく広くなったのだ。剥き出しの肌がほら、空を感じている。
全能。私は全能の大賢者。自然は私の友人、私の僕。
そのことを自覚すると……世界が私を、内側から愛してくれるのを、感じることができた。
この世の自然全てが、私の中……私の想うままに、私を、気持ちよくしてくれる。
「大賢者ミリセンティア……貴方は、この世界と一つになりました。それは生物として、最高にして最大の、快感……ほら、感じることができますよ」
「ぉ……ぉ、ぉ、ぉ……っ!? ぁ……っは♥」
ぞわぞわぞわぞわ……。
ゆっくり、ゆっくり込み上げてくる。世界を作るエネルギー。精霊たちの息吹。自然そのものの力。この世界の理。私の中にある慈しむべきもの。
「さあ、感じる。はいっ」
「っ、イ――っく……♥」
咽ぶ。歓喜。法悦。
立っていられるのは大地のおかげ。この身の内に世界があり――それが、無上の快楽を産む。
この世のものとは思えない、などという言葉では適さない。
――この世そのものの快感が、私を満たしていた。
「思い浮かべよう。分厚い雨雲……叩き付ける激しい雨。唸る雷の音。昼の空が真っ暗になるほどの嵐の日……全てが貴方の中にありますね……」
「従え……水。無辺に広がる海。立ち上る蒸気。たゆたう雨雲……集いて、厚く、厚く、もっと、もっと、もっと水を」
空が薄暗くなった。雲が、現出しつつあった。
「水。水が集まりて生まれるは嵐……この世の理を示せ……命ずるは大賢者。世界呑みし賢者がここに嵐を乞う」
ぽつ、ぽつ、ぱららら。
「解き放て――遍く。打ち付けよ天変崩落の驟雨(カタストロフ・スコール)」
ドッ――。
――。
ザアアアアアア……。
バラバラバラ……バババ……。
激しい雨音。
肌に当たる雨粒。立ち込める水煙。
どれも。どれも私を……最高に、気持ちよくしてくれていた。
「あは、は……でき、ましたぁ……♥」
雲が消え、雨が止むまでのほんのわずかの間――私は、世界と一つになった快楽に、蕩け続けていた。
◆賢者さまのつくりかた その1
――。
「深く……深く落ちながら、今の気持ちよさ……楽しい気持ちは、残ったままです……」
「ん……」
ミリちゃんがキレて暴れ出す前に、とりあえず2人とも催眠状態に落とした。しまったな、乳首オナニーおっぱじめちゃったのは面白かったしスルーしてたけど、終わった後のことを考えていなかった。どうする? 逆らえないように暗示で縛るか? やだなあ、そういうのは趣味じゃない。
「二人とも……とてもいい気持ちです。深い、深い……催眠状態に、落ちていきます……」
どうするか決めていないまま、とりあえず深化暗示を重ねる。つまり時間稼ぎである。行き当たりばったりが過ぎる。いやうん、催眠術師あるあるだと思うよこれ。
ええい、あとはミリちゃんの大らかさに任せるとしよう。
「催眠に掛かるのは、とても気持ちよくて、楽しいことです……普段絶対やらないようなことをしたり、わかることが、わからなくなったり……不思議で、楽しい経験でしたね……ほら、楽しい気持ちになってくる。さっきの楽しさが、また込み上げてくる……3つ数えると、深い催眠状態のまま、催眠でおかしなことが起きる楽しさを……思い出します。ほら、ひとつ……ふたつ、みっつ、はいっ」
「ぁ……」
「くふ……ふふ……」
二人ともにっこりする。よしよし。楽しんでいただけてはいたようだ。ただまあ、それはそれとして仲良し乳首オナニーをさせた挙句それを隠れて(隠れてないが)見ていたというのは事実。お怒りになってもごもっともな話だ。
「楽しい……すっごく、楽しいですね。催眠でおかしなことが起きる楽しさは、他では得られないものでした……心が解放されて、とっても清々しい気持ちです……」
そういうわけで、作戦はこれ。逃げも隠れもしない。ただ、楽しかった気持ちは嘘じゃあない。催眠で操られるのが嫌いな人間なんかいない。いるかも。少なくともこの2人はそうではない。
だったら、こう、あれだよ。『楽しかったからいいです』的に許されるのでは?
だめかな。だめだったら怒られよう。
「とっても心地よい気分……日差しの温かいこの部屋へ、さあ、帰ってきましょう。3つ数えると、二人ともすっきりと催眠から覚め、目を覚ますことができます……ひとつ、ふたつ……みっつ。はいっ!」
ぱん。
特に暗示で指定していないときは、指パッチンよりも手を叩くほうが音の通りがいいことがある。気分で使い分けている。
「ぁう」「うゃ」
犬と猫か? ……確かにそんな感じだ、この二人。
ミリちゃんが懐いたらきっと素直で可愛いんだろうなー。
「……」
甘えてすり寄ってきたりするんだろうなー。
「……あ、はい」
……だめっぽい。
「まずはあっち向いてくれないですかね」
「すみませんでした……」
後ろでごそごそ動く気配。パチンと小さな音。胸元のハンカチーフをどけて、服の襟を留めているのだろう。
「では、釈明があるなら聞きましょう」
「……楽しかったでしょ?」
「うー……それは、まあ、すごく……あと、いや、うう、ううううー」
……あと、気持ちよかったんだな。うん、そりゃそうだろう。
「楽しかったです……ミリセンティアさん、可愛すぎました」
「やめて! あれは私じゃないから、ね?」
リルがヘイトを買いに行ってくれた。正直助かる。
「そうやって自分を解放することで、世界が広がるんだよ」
「……どこかの邪教?」
「いや、想像の力を広げることが……ミリちゃんの目的だったわけじゃん」
思ったよりは怒られていない。イケる!
「ほう。乳首オナニーと魔術の関係性について説明してもらいましょうか」
「いやそれは誤解だって!」
「何がですか」
「乳首オナニーの話始めたのはミリちゃんだろ」
これは事実。自分はそこまで暗示には入れてない。
「はあ? それは催眠で……」
「自分が入れた暗示は、『レシヒトさんが認識できなくなる』と『リルと話すのが楽しくなる。エッチな話も恥ずかしくない』だけだって」
まあ、そもそも昨晩乳首オナニーさせたのも自分なんだけど、それは黙ってる。不利な証拠は自分から出さない。
「ええ……? 確かに、そうだったかもですけど、だったらあんなには……えー、私がスケベってことですか……?」
「あ、私が入れました。ええと……『リルとエッチな話がしたくなる』というものを」
「あのねえ」
そういえばそうだ。リルが入れた追い打ちのせいじゃないか。自分はそこまで悪くない。そこまでは。
「……はぁ、何かもう今更です。レシヒトさん、貴方はやろうと思えば、私達をまとめてセックスの道具にすることができますよね。催眠で、好き勝手に弄んで犯すことができるはずです」
「そんなことは、まあ……いや、できる、ね。この感じなら間違いなく」
「にも関わらず、手を出してくる様子がないのはどうしてか教えてくれますか? 私達に興味がないだけです?」
……確かに、言われてみればそうだ。自分とて男としての欲はあり、一連のやりとりを見ながら思い切り股間を膨らませていたわけだよ。なんなら催眠掛けているときは昂奮に身を委ねるから、大体いつもそうなってしまう。
でも、自分は彼女たちに直接手を出していない。犯していない、というか、まともに触れてすらいない。倒れないように支えたり、暗示の補助で触れることがあるくらい。エッチで恥ずかしい思いはいっぱいさせたし見せてもらったけど、ここまで一切手は出してない。
「ミリちゃんはすごく可愛い。これまで出会ったどんな女性よりも可愛い。リルもすごく、可愛いと思う」
「な……っ」
「レシヒトさんは見る目がありますね」
「で、手を出してないのは……うーん、趣味じゃないというか、そんなとこ」
ミリちゃんに関しては、じっくり好きになってもらうために、段階を踏んでいるのはある。彼氏がいるのに手を出して首が泣き別れになるのは御免だ。
でも多分、それ以上に、自分がそういうのをあまり好きではない。
「趣味じゃない? あんなことしといて?」
「そうそう。というか、すごく魅力的な二人だからこそ、嫌われるようなことはしたくない」
「それはレシヒトさんの世界ではジョークなのでしょうか」
「さすがにセンスが終わってます」
ひどい。そこまで言われることあるか? あるか……。落ち着いて考えればあるよな。
「普通嫌われるようなことを充分すぎるほどやっているというのはいったん脇に置いて」
「そんな重大事項を脇に置くな」
「置かせて!!」
「仕方ないですね」
お許しが出た。
「言ったと思うけど、催眠って、信頼してもらえないと掛からないんだよ。二人は自分のことを信じて心を預けてくれているんだから、それを裏切るようなことはしちゃダメだと思ってる」
「しとるが?????」
「あれ?????」
今僕いいこと言わなかった?
「僕基準的には裏切ってないつもりなんだよ」
「その基準儀、壊れてるから」
「私は裏切られていないので大丈夫ですけども」
リルはまあそうだろうけどさ。
「ええと、じゃあ言い方を変えるけど……楽しくて、気持ちよかったら許せることと、何があろうと絶対に許せないことって、あるでしょ」
「公開乳首弄りは普通絶対許せないでしょうが」
あれ、困ったな。あっちの方が筋が通っているぞ。
「でも、楽しいし、気持ちよかったよね」
「それはそうですが! だからって……」
「……うん、ごめん。傷つけたなら本当に悪かった」
見誤ったなら、謝るのが道理だ。自分はミリちゃんと本当に仲良くなりたいのだから。
「いやそんなのされても……いいです、実際許せないわけじゃないし」
「そうなんだ」
「……本当に、楽しかったですからね。あの、見えなくなるやつ? あれはどういう仕組みなんですか」
「あれは……見えないわけじゃないんだ。見えても、壁を見たときみたいに気にならなくなるようにしたの。加えて、レシヒトさんはこの部屋にいない、と強く思い込むことで、目に入ったとしても居ないように思うようにできる」
「なるほど。そうか、それであんな風になるんだ……魔法みたい」
この『魔法みたい』というのは、自分の知っている言い回しとはニュアンスが異なる。確かにこの、『強烈な思い込みと想像によって現実を上書きしてしまう』という仕組み、この世界における魔法とよく似ている。
「そうだね。やっぱり現実に起こっているわけじゃないんだけどね」
「と言っても、私にとっては現実そのものだったわけで……うん、確かに面白いのは間違いないですね」
ミリちゃんの好きなところだ。とにかく、知的好奇心がすごい。興味を持ったことにはすぐ挑むし、わからないままにはしておかない。全ての系統の魔術を扱えるというのも、きっとそういう性格から来ているんだろう。一系統に絞ったほうが強力な魔術師になれる、でも、それでは我慢できなかったんだ。
「あ、そうだ。許せないことがありました」
「おっと」
「クッキーは返してください」
「すみませんでした」
――。
自分も混ぜてもらって、再度のお茶兼昼食タイム。クッキーに加えてブリオッシュと果物の盛り合わせだ。
「王国って結構裕福なんだなあ」
「……それはまあ、国内ではもっとも暮らしに不自由しない場所ですし」
「私のような使用人にも、ずいぶん良い暮らしをさせてくれているんですよ」
実際、王国の領内では暮らしの苦しいところもあるのだろうけど。少なくとも今、自分にそれはわからない。
「昼から魔法の実験をしたいんだけど、ミリちゃんいいかい?」
「……願ってもないです。そのために、あんな恥ずかしい思いをさせられてるわけで」
そういうことになってるんだろうなあ。もっと気持ちいいことに素直になってくれたらいいんだけど、まあ今はこれで充分か。
「んじゃちょっと打ち合わせというか。それ、術師服って言うの? さっき何かそう言ってたけど」
「はい。魔術師向けに作られた特別な服です」
ここまで聞いた話では、服が魔術にどう影響するのかはちょっとわからない。
「何か魔術に対していいことがあるんだろうか」
「一応、ですね。魔術は自然に働きかけることで魔法を引き起こすわけでしょう」
「そう聞いてるね」
「なので、魔術師は自然と一体化するつもりで想像を深めないといけなくて。そのためには、肌の感覚を自然から隔ててしまう服装は向いてないんです」
つまり、厚着すると魔術が自然に届きにくいってことか? 魔術師ってやつも大変なんだなあ。
「ええと……つまり、露出が多くてぴっちりした服のほうがいいんだ?」
「いちいちイヤらしい言い方するのやめてくれません?」
「ひどい!?」
素だったのに。そこまで言われることだったか?
「理想では、裸が一番よいとされていますよね」
「それはまあ……流石に無理だから、術師服があるんです」
「そういうことか……初めて会ったときは、上にローブみたいなのを羽織ってたよね」
「魔術関係ないときは、外套を羽織ることもあります……恥ずかしいし、寒いので」
本当、魔術師ってのも大変だなあ。
「ミリセンティアさんは、ここへ来るときには術師服で来ていますよね」
「それは、だって……催眠で魔術の実験をするって話だったでしょ。ようやく。ようやくですよ」
「あっはい、それはどうもお待たせしました」
なるほど。よくわかった。
「ところでそうすると」
「はい」
「西の魔術師って人も際どい格好してるってことなのかな」
「知ってどうする。返答によってはただでは済まんぞ」
怖い怖い怖い。
しかし……自然との同一化に、術師服。なるほどね。
――これは、役に立つかもしれないな。
◆賢者さまのつくりかた その2
「じゃあ、実際に実験というかやりに行く前に、もうちょっと話をしたいな」
軽食を終えて談笑モード。リルとミリちゃんはベッドに並んで座っており、自分は椅子に座って二人の前にいる。催眠に掛ける気満々のときは、先回ってやりやすい位置関係を作るようにしているのだ。
「そうですね。そうだ、リルちゃんのときの『花火』ですけど」
「うん。あれは自分の世界の催し物を、リルさんに説明して覚えてもらった」
「私はそういうの、まだやっていないですよね」
まあ、ミリちゃんは別に無くても。魔術師である彼女は、あらゆる自然現象に対して自前でイメージと知識を持っているはずだ。自分が余計なことを吹き込まなくてもいい気がする。
あー、でも……ちょっと試してみるのは、いいかもな。
「じゃあ、ミリちゃんは……僕の世界の知識に、興味があるのかな」
「まあ、そうですね……」
そういうことなら、教えてあげることにしよう。
「この世界でも、同じような知識があるのかもしれないから……知っていることがあったら、気にしないで、聞き流してしまっても、いいからね」
「ん……」
少し、声のトーンを落として話し始めると、空気が変わったのを感じたのだろう。『なんだろう?』といった反応。リルも一緒に、身を乗り出すように聞き入っている。
「ええと……そうですね、水。……水の話を、しようかな……」
思いついたように、指を立てて……くい、くい。視線を、左右に振らせる。
「水の、流れというか……」
抑揚のない声で、ゆっくりと……。
「動き……というか……」
「……ん」
時には、声量を下げて……呼吸音が混ざった、囁き声に。
二人は眉間に皺を寄せて、集中して……聞き取ろうとする。
「始まりは実は……海。海には……たくさんの、水が、ありますよね……」
「ある……」
ミリちゃんは、もう少しぼーっとしてきている。
そう、これは催眠誘導だ。普通に話をしているように見せかけて、言葉の選び方や、テンポ、抑揚、間の取り方、声の大きさなどを巧みにコントロールすると……それだけで人間を、催眠状態に落とすことができる。誘導らしきことを何一つ行っていないにもかかわらず。
自分のいた世界では、現代催眠などと呼ばれていた技術……の模倣。自分なりに噛み砕いたものだ。
二人には、水の成り立ちだけではなく……この、ちょっと楽しい技術についても、教えてあげることにしよう。身をもって。
「そう、海……まず、太陽の熱が、海の水を……温めます。これが、始まりです……ほら」
『ほら』。注意を引く言葉を交えて、散漫な意識をこちらへ向けさせて……。
「ぽかぽか……温かいと、水は……少しずつ、少しずつ……」
小さな声で、引きこむように……。
「ふわー……っと、空気中へ……出ていってしまう」
「……」
柔らかいイメージで、心地よさを与え……。
「空へ……空へと、水は……姿を変えて、昇って……いくんです」
明るい声色。注意を引き戻すとともに、安心を与え……。
「……そうして、上空で冷えた水は、集まって……固まる。これを……凝結するといって」
小難しい話は、無機質な声で。淡々と……静かに導いていく。
「……水滴が、集まってできるのが……みんなも知っている……雲、です」
めいっぱい小さな……囁き声にする。2人は無意識に顔を近づけ……小さな声を聞き取ろうとするときの、怪訝そうにも見える顔。眉毛が、ひくひく、痙攣して、瞼が半分落ちかけて……。
「この雲が……ふわふわ、ふわふわ……風に乗って、流れて――いきます」
「――」
穏やかで聞き取りやすい声に戻すと、二人同時に、『ほぅ』とため息をついた。安心。不安と集中から、一気に安心が訪れる……そんなことを繰り返していると――。
「……」
ほらね。目つきがとろーんとして、身体は、起こしているのが大変そうに、左右に揺れて……。
すっかり――催眠状態の出来上がりだ。
「雲は、ゆら……ゆら、流れて……遠くへ……遠くへ、運ばれます」
ゆら、ゆら。二人の身体も揺れ始める。
ベッドに寝ているとか、背もたれのある椅子を使っているならともかく、催眠状態で座り続けるのは結構しんどいものだ。放っておいてもふらふら、ゆらゆらしてしまうところに、そういう暗示が入っているのだから、揺れてしまうのは当然だった。
暗示。暗に示すと書く通りの本来の意味での暗示だ。催眠暗示は『暗』示と言いつつも『明』言することが多いけど、こういう『体が揺れる』とは別に言っていないが明らかにそういう意図がある、という暗示も当然ある。
「海から……陸へ流れ……街の上を、ふわ、ふわ……流れていく……」
その、『今にも倒れそうなくらいふらふらしている』という状態でも、自分でどうにか姿勢を保とうとするのも、一種の暗示による。今、彼女たちは『レシヒトさんが水の循環の仕組みを説明してくれている』と思っている。これには、『ちゃんと聞かないと』『倒れちゃだめ』という『暗』示が含まれることになるわけだ。つまり、学校の授業中、突然襲ってくる異常な眠気。あれに近い状態。
「ふわふわ流れ……下にたくさんの景色が見えて……山へ向かっていきますね……」
「ぁ」「ぅ」
この、落ちそうになっている意識……変性意識、トランスという状態。これを引き起こすのが催眠誘導なわけだけど……その方法にもいろいろなものがある、ということ。
そして……こうして、頑張って起きて話を聞こうとしているのに、本人たちも気付かないうちに、どっぷり脳がトランスにハマっている状態。姿勢を必死に保ち、ひくつく瞼を必死に持ち上げ、囁く声を聴き洩らさないようすがりつく……そんな状態。これは――死ぬほど、気持ちいいはずだ。
「ふわぁ……風に吹かれて、雲が広がる……山裾の上昇気流が、持ち上げていく……ほら」
「っ」「ぉ、ぉ」
今目の前で、落ちそうなのを我慢し続けている二人。傍目には、つまらない講義を我慢して聞いている女生徒みたいなものに見えるだろうけど……実際は、僕の声のせいでバグり散らかした脳からドバドバ快楽物質を垂れ流して、腹の底から込み上げるドロドロの快楽に抗って、辛うじて現世を彷徨っている。
そんなことをしたら、頑張って持ち堪えている意識で、その快楽をどっぷり感じてしまうというのにね。本人たちだけが、その破滅的な快楽地獄に気付いていない。
「持ち上げられて……どこまでも、どこまでも、昇って……いきます」
「ぁ、ぁが」「っぉふ」
二人の落ち声。リルはア段が多くて、ミリちゃんはオ段が多いんだよな。リルも、強く落としてぐちょぐちょにすると『ぉ』が出てくることあるけど。
「昇っていくと……意識が、ぼんやりして……なんだか、とても、いい気持ちになりますね……」
「……ふぁ……ん……」
「っぉ……ぉ、ふ……」
気持ちいいだろうな。全身がドロドロに溶けて、形を失っていくみたいに。
ああ。なんて――可愛いんだろう。
――。
「――人の体のほとんどは、水で出来ていると言われます。……だから、少しだけ、そう……少しだけ……想像の力を、借りるだけで、水のことを……より、理解できますね」
そろそろ辛そうなので、二人の前に立ち……右手をミリちゃん、左手をリルの頭の上に。軽く上から押すようにすると、だいぶ身体を支えやすくなる。
「こうして……ちゃぷ、ちゃぷ……左右に揺すると、頭の中で、気持ちいい水が……ちゃぷ、ちゃぷ。ほら、揺れる……」
「ぅぁ、あ、ぁ、あー……」
「ぉ……お、ぉぉ……っ」
言葉に合わせて頭を揺すってやると、二人は全身を震わせながら身悶える。
「君たちは、水……揺れて、揺蕩う、水のことがよくわかる……君たちは今、山の上まで持ち上げられた雲。山を越えて……下りていくところでした。ほら、降りていくと……水はくっついて、粒を作るんです。……ほら」
「ぁう」「ぉふ」
両手で二人を内側へ寄せると、ミリちゃんの右肩、リルの左肩がくっついて……かくんと首も傾き、頭がくっついて……。
「くっつくと、気持ちいいですね……大きな粒ができていく、大きく、大きくなっていく……それは幸せ……さあ、水の姿を、取り戻すことができますよ……」
「ぁ、ぁ……♥」
「ぉぁ……♥」
こんな話でも、気持ちよくなってしまうわけだから……人間の身体って面白いよね。
「二人は水になった……重力に引かれて、雨となって……山に降り注ぎます。私が3つ数を数えると、雲を離れ……雨となって降り注ぐことができる。さあ……3、2……1、ゼロ。落ちる――」
ぱ。と手を放してやると。
「ぁ♥」「ぉ♥」
二人仲良くくっついたまま、後ろ向きに倒れ――眠るように、沈んでいった。
そっと、二人の手を重ねてあげると……どちらからともなく、握り合って、笑顔になり……二人は結びつき、水になっている。常識では理解しがたいことだけど、二人は今、雨水になっている。
「降り注いだ雨は……山肌に染み入り……木々の根を潤しながら、豊かで綺麗な……水に、なっていく。それは……水にとってはとても、気持ちがいいこと……かも、しれませんね」
「ぁはぁ……♪」
「ぉ、ぉほぉ……♥」
ときどき、握り合った手をふにふに、動かしたり、身体をぴくんぴくん震わせたりしながら、二人は幸福そのものの時間を過ごしている。少しサービスしすぎたかもしれないなあ。
「やがて……川へと出ました。大きな流れ。岸の草花を育み、日差しをきらきら受けながら、さあ、流れる。流れる、流れる、流れる……」
「ぁ、ぁっあっあっぁ」
「ぉぉ? ぉ、ぉぉ」
「山間の流れは速く……平地では緩やかになります……ほら、開けた……この川は人里を通ります。……畑に恵みをもたらし、まだ流れていきます……おや、君たちの中で、子供たちが遊んでいますね。ほら、ちゃぷ、ちゃぷ……ぱしゃ、ぱしゃ……」
「ぁ、んっ、ふふ♪」
「ぉっふ、ん、んぅん♪」
ちょっと楽しそう。催眠によって、自然を抱く水の循環そのものになり切っている。人間の子供が、川で遊んでくれることを……素直に喜び、微笑んでいる。こういうイメージ力は、いろんなことに役に立つと思っていたけど……きっと、この世界ではもっと直接的に役立てられるんだろうな。
「長い……長い旅の終わりは、再び……ほら、海ですよ……君たちは、あの大きな海へ……帰ってきた。大きな、大きな水の流れと一つになり……混ざり合うと……君たちの意識は溶け合って、消えてゆく。再び、雲を作るまで……眠りに、つきましょう」
「ぁ……」「ぅぁ……」
「3つ数えて……意識が、混ざり合うのを、感じましょうね……3……2、1……ゼロ、溶ける――ぜんぶ、ぜんぶ――交じり合う……」
――。
さて。回りくどい誘導だったけども、これでミリちゃんはどっぷり催眠状態。今までの中でもかなり深く入ったことだろう。ついでにリルも落としたけど……今、用があるのはミリちゃんの方。リルはしばらくトランス状態のまま寝かせておくことにした。深い催眠状態に落として、次に名前を呼ばれるまでずっと気持ちいいままになるというやつ。
ミリちゃんへの施術が終わったら、リルには適当にふざけた暗示でも入れて起こしてやろう。最近調子に乗ってきてるし、お仕置きしてあげたほうが喜ぶだろうから。
「ミリちゃん。ミリちゃんに話しかけます……聞こえたら、ゆっくり、自分のタイミングで、返事をすることができますよ……ほらっ」
さっきまで、リルをぐちょぐちょに落としていたので、ミリちゃんに聞かせるためのワンクッションを挟む。これをやらないと、暗示を自分宛てだと受け取ってくれない可能性があるので。
「……は、い……」
「では……水として……長い旅を終えた貴方は、自然の中の多くのことを、より身近に感じました……」
「ん……」
眉間に皺が寄る。言葉を受け入れて呑み込んでいる。そのままではすぐイメージできないなど、理解に時間がかかるときによく、こうなる。ただ……。
「水。貴方は水でした。雨となり川となり、草木や大地、生きものたちと触れ合ってきた。貴方と自然を隔てるものは何もない。貴方は自然と一つになれた。邪魔なものはなにもない……そうですね、あなたは裸でした。服を一切着ておらず……その身で自然を感じています……」
「ぉ、ぁ、ぉ、ぉ……っ」
……ただ。こうなっているときに暗示を畳み掛けられると、処理できないまま全部、呑まされてしまうのである。無茶苦茶なことをねじ込みたいとき、こういうことをよくやる。
「裸。貴方は服を着ていません。それは自然との対話のため。貴方は偉大な魔術師だから……今、服など必要ありませんね……その美しい身体を、自然の中にさらけ出し……人々に見られることで、とても、心地よくなることができますよ……ほら」
「ん、っぁは……♥」
別に、ミリちゃんに露出癖を植え付けるのが目的ではない。彼女にはこれから、神にも等しい権能を持った、大賢者になってもらうのだ。そのため、衣服は邪魔になる。術師服は着たままでいいが、イメージの上では取り除いたほうがいい。
まあ、どさくさに紛れて露出癖を植え付けられるミリちゃんは、それはそれで超面白いし、やるけど。
「綺麗ですね……とても、綺麗です。貴方は森羅万象を識る賢者。大賢者ミリセンティアです……その身は自然そのもの、その心は精霊と通い合う……この世の全ては貴方の想像の上のこと。貴方は全能の大賢者です」
「ぉ……ぉ。ぉぉぉ? ぉぁ、っ」
あ、パンクしてるな。ここらへんで助けてあげようか。
「さっき貴方は、海と一つになった……それはとても大きなもの。貴方の想像力はもう、どんな大きさにもなることができる……始めは、頭の中。頭の中に、小さな庭がありますね……」
「ん……」
「庭には草が生い茂り、風が吹いてくる……催眠状態に落ちるとき、壁は消え、頭の中がひろーく、ひろーくなっていきます……ほら、3、2……1、ふわーっと広がる……頭の後ろがひろーくなって……一面の草原。一面の草原が貴方の中に……ありますね……」
「あはぁ……♪」
催眠状態では、想像力が研ぎ澄まされ高まる。自分が誘導するときは、この、頭の中を広くする暗示を多用していた。
……では、どこまで――広げられるのか?
「広がる……まだ広がる。地平線が見え、まだ、まだまだ広がる。ほら! 広がる、広がる、どこまでも広く、広く、ひろーく……広がって、いきますね……」
「っ、お、おお? おおおっ、お、お、おおおっ??」
びくん、びくん、身体が跳ねまわっている。流石にびっくりしたらしい。でも、大丈夫。
――ミリちゃんだったら、世界の一つくらい、呑み込めるよ。
――。
「――世界は君の中。今の貴方は、自然の仕組みそのもの……貴方は私に、『大賢者ミリセンティア』と呼ばれると、この……全てを知る、世界を呑み込む賢者となることができる。いつでも、そのようになれます」
「……な、る……」
「このとき、貴方の衣服は消えてなくなり……自然との繋がりが、解放される。それは無上の快感。世界の全てを受け入れた貴方は……世界の全てに愛されることができる……」
「ぁ……、ぉ、ぉ、ぁ、っ♥」
さっそく、気持ちよくなってしまっているな。
「大気が、炎が、水が、大地が、この世の全てが貴方を愛でる……美しいね。賢く、強く、可愛らしい大賢者様を、世界が……祝福している。今、その歓びを……味わうことができる。3つ数えたら、世界が貴方を……天上へ送迎するかのように、慈しみ、愛撫する。ほら、ひとつ……ふたつ、みっつ。はいっ」
「ぉ、? ぁが、っひ、ィッ……♥ お゛、お゛ぉほオオオ……ッ!?」
がくがく、がくがく。あ、腰かっくんかっくん揺すって……エロいなこれ。
一応……ミリちゃんは完全に全裸のつもりで信じ込んでいるはずだけど、実際には辛うじて服は着ている。露出多めの術師服だけど……。
「この世の全てを感じて……イった後は……ゆっくりと、休むことができます……ここでのことは、覚えていなくても構いませんが……『大賢者ミリセンティア』と呼ばれると、貴方は……世界を包む想像の翼を、再び広げることが……できますね……」
「ぁ、ぉ……ぐ、ひゅ……っ♥」
「3つ数えて……穏やかに、眠り……休みましょう。次に私に呼ばれる時まで、ゆっくり……休むことができます……」
――さて。
数を数えながら、考える。
「3……」
リルはまあ、夜になるにつれて発情していくくらいでいいかな。
「2……」
んー。普通に男漁りしそうだから、羞恥心も上がっていくことにしよう。
「1……」
……ああそうだ、イき方忘れちゃって、オナニーしてもイきそうになったら恥ずかしさが爆発して、手が止まってしまう。これだ。
「ゼロ。落ちる……賢者はしばらく、眠りにつくことができます――」
よし決まり。
あとはサクっと、リルに暗示をぶち込んだら――いよいよ本番だ。
◆リル・セイレナンドと憂鬱な午後 その1
――。
ザァァアアアア……バララララ……。
強い、とても強い雨でした。
「す、ご……」
それきり、私は言葉を失いました。はい。私自身は大したことはできないとは言っても、小さな魔法程度なら起こせる……だからこそ。目の前で起こっている現象が、どれほど異常なことか、私にも少しは理解できるのです。
空を覆いつくす分厚い雲。太陽は瞬く間に覆い隠され、夜と思える暗さとなりました。王宮全体がこの急激な天候の変化に、大騒ぎをしているのがわかります。それはそうです。
――まるで現実です。魔法だなんて信じられません。
「見て……これ、見てくださいよ、私、すごいでしょ……? えらいですよね……♥」
「うんうん、ミリちゃんはすごいね、えらいねえ」
雨の中を、ぱちゃぱちゃ跳ねまわるミリセンティアさん。表情はどこか虚ろです……この僅かな期間に私も、何度も経験させられたので、見ただけで催眠状態とわかります。
「これ、これぇ……はだか、すきっ……楽しい、すごいことできるの、楽しい……♥」
ええと。裸……ではありません。術師服を着ていますね。私も、ミリセンティアさんも、レシヒトさんも、突然の大雨でずぶ濡れではありますが……裸では、ありませんよね。恐らくはミリセンティアさんに、変な暗示が入っています。
「あ……終わっちゃう……」
そうしているとすぐに、雲は光の粒に溶けるように消え去り……雨も止みました。いえ、それだけではありません。降り注いだ雨で濡れた服や、地面が、すべて乾いています。雲も水もすべてが現出魔法の産物なので当然ですが、こう……まるですべてが催眠の見せた幻であったかのように思えるほどです。って、おや……?
……なるほど。そちらの線かもしれません。いくらなんでも、こんな規模の魔法を起こすなんてことは。ミリセンティアさんはもちろん、西の御方でも無理なことです。
「何だったんだ今の大雨は!?」
「乾いてるぞ!!」
「どういうことだ!? 何があったんだ?」
王宮の騒ぎがここまで聞こえてきますね。あー、これはええと……レシヒトさんがあの人たち全員に催眠を掛けて回った、ということでないなら……ミリセンティアさんが、本当に魔法の雨を降らせた、ということになります。あの方たちにも今の雨は見えていた、ということですからね。
あ、今私に聞こえてきた騒ぎが催眠による幻聴……? なるほど、これもありえる可能性ですが……そんな回りくどいこと、する意味もないでしょう。渡り廊下でまだ話していますし。
「終わっちゃったあ……えへへ……♥」
「今のは、ミリセンティアさんの魔法なのでしょうか」
というわけで、聞いてみるのが一番早いと思いました。
「そうだよ……私がやったんです。見て見て、はだか……はだかすごい♥」
いや着ていますけども、何故見せたがるのでしょう。うう、催眠の掛かりすぎなのか、何だかちょっと今日はうずうずしていて、我慢しているのです。そんな恥ずかしいことをされては、私はとても困ります。
術師服の感覚すら取り払って自然と一体化する、そのために裸になったと思い込ませるための催眠が、どうやら掛けられているのでしょう。それに加えて、恥ずかしがらずに済むような暗示も入っているということでしょうか。……うう、そんなのをされたら気持ちいいのでしょうね。
「そうだねー……それじゃあ、ミリちゃんは3つ……3つ数えて僕が指を鳴らすと、賢者様を休ませてミリちゃんに戻れるよ。でも、自分がやったことははっきりと覚えていられる。ほら、ひとつ……ふたつ、みっつ。はいっ」
ぱちん。
もうずいぶん聞き馴染んだ音です。ミリセンティアさんは一瞬『ぽかん』としていましたが、すぐに『はっ』となったようでした。いちいち擬態語が聞こえてくるような、わかりやすい仕草です。
「へ、へぇ? え、えええぇえぇぇええええええええ!!???」
……そして、めちゃめちゃ驚いていました。それもそうです。驚くことしかないでしょうから。
「――あ、あれ? 着てる」
「そりゃ、さすがにね」
「よ、よか、ったぁ~~~~!」
「そりゃまあ、ちゃんと着せてあげたから」
あっ、意地悪です。すごく意地悪な言い方ですねこれは。ミリセンティアさんは今、自分が全裸になっていた記憶がはっきり残っているはずなので……。
「は? えっ、待っ、て……私、マジでやってた? やっちゃったんですかこれ?」
「見事な大魔法だった」
多分そっちの話じゃないですね。でも、とても面白いので、私もここはひとつ。
「美しかったです。一生忘れられない光景を見せていただきました」
このように乗っかっておくことにします。嘘はついていませんので問題ありませんし。
「待て!! 待て待てい!! 着てたよね私!?」
「どっちだと思う?」
「リルちゃんんんんんんんんん!!!!」
あ、こっちに来てしまいました。
「服でしたら、私にはずっと着ているように見えていましたけど……」
ちら、とレシヒトさんの方を見ます。てへ、と舌を出していますね。
「あああああああああ待って待って、リルちゃんも頭やられてる可能性があるんじゃん!!」
そうなんですよね。いや今回は多分大丈夫だと思うんですけど……せっかくなので……。
「まあぶっちゃけちゃうとずっと着てたよ」
「……良かった……ホントに良かった……」
「だって、こんな所で魔術師様を全裸にしてたら普通に捕まるでしょ」
「それはそう」
ようやく落ち着いたようでした。でも、まだ信じられない様子です。それほど鮮明に、『全裸で精霊と一つになる自分』を思い描いていたということなのでしょう。つまり、露出の興奮と快感は全部味わえるのに、実際に露出をしていないのでリスクがないということです。そういう趣味を持たれる方にとっては画期的なことなのでは……。
私はちょっと……あう、だめ、ですね。絶対、無理……です。
このくらいの想像で、赤面したりはしない質だと思っていたのですが……ちょっと想像しただけで、恥ずかしすぎて死にそうです。
「では服については不問に付すものとしまして」
「ありがたき幸せ」
「……本当に私が、さっきの大雨を?」
「やっていましたよ」
「やってたねえ」
どうやらあれは間違いなく、ミリセンティアさんの魔術に呼応して起こった現出魔法でした。
「やばぁ……」
にまぁ……と笑っています。ああ、可愛い……。
「これ、これすごいですよ……! ああ、あの女なんかメじゃないじゃないですか。レシヒトさん、本当にすごいです……!」
すごい、と言いますか……恐ろしいほどです。実験前のミリセンティアさんの見積もりが正しければ……。
――焔熱魔術でこれをやれば、王宮ごと吹き飛ばす威力になる、ということです。
「お気に召して頂けたなら何より」
「後はこれをやるたびに頭ドロドロにされるのを何とかして欲しいんですけど」
「無理でしょ」
「無理ですよねえ」
その催眠状態がキーなので、流石に難しいと思います。
「せめてその、露出狂にはなりたくないんですけど……実際に脱いでないのだとしても……尊厳というものが」
「やだ。その方が面白いじゃん。あと一応ついでに効果も高まる」
「せめて建前と本音の順序に気を使え」
――。
――困りました。
「うぅ……ううぅ……」
時刻は夕方前といったところでしょうか。レシヒトさんは自室で寛いでいて、ミリセンティアさんは内政事務に行かれています。私はと言えば、侍女としてたくさん仕事が残っているのですが……。
「ううぅうう……あうう……ゃぁ……」
ここは中庭です。昼過ぎにあった突然の豪雨の痕跡は、跡形もなく消えてしまっています。事情を知らない者は幻かと思うでしょう。
そういうわけで晴天です。このような天気ですと、いつもならミライさんが日向ぼっこをしているので、一緒にお話をしたりもするのですが……。生憎と彼女は出征中ですね。
ではなぜ私がここにいるかと言いますと……。
「うう、うぅっ、なん、で……ぇっ」
めちゃくちゃ、エッチな気分なんです。ムラムラする、どころか、じくじく疼きだし、今となっては、そこに心臓があるかのように、ずくん、ずくん……。
「だ、め……です、だめ……」
昼頃から『ちょっと変だな』と思っていたのですが、ちっとも収まる気配がないどころか……どんどん強く、なっていて……。
こんなことは『催眠ではありえない』ので、レシヒトさんのせいではありません。
どうしようもなくなって、散歩で気持ちを紛らわせに来たのですが……。
「や……、ここ、駄目……です」
歩いていても、ずうっとべっとり濡れっぱなしの股間が、ひどく気になるのでした。そして、歩くと水音でもするのでは、顔が紅潮しているのが見つかるのでは、いや、ここまで酷いのであれば……匂いすら、しているのでは……。
そんなことを、考えると……恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて!!
「消えて……しまい、たい……」
泣きそうになっているのを堪えました。
視界の端に、猫が見えました。否応なしに思い出してしまいます。昨日、私は猫でした。猫としてちょうど、こんな風に発情し……ミリセンティアさんと、レシヒトさんの、前、で……。
「ええぇ……? え、や、嘘……です、よね」
思い出して初めて、その異常さに気づきました。何故、私は平気な顔をしていられたのでしょう。催眠によって、羞恥心を麻痺させられていた……そういうことでしょうか。
怖い。怖いです。恥ずかしい、あんなところを見られていたのです。私はどうやって二人の前に顔を出せば、いいのでしょうか。
「あぁ、あああ……いや、いやですよ、あんなの……♥」
だって。猫……私は、雄猫に犯してもらった……あのことを、とても、とても気持ちよくて、幸せな記憶として、覚えてしまっているんです。思い出しているんです。視界の端に猫が見えた、それだけで、全身が期待に震えてしまうほどに……歓んでしまって、いるのでした。
「っく、ふ、くふ……や、です、や、ぁああ」
あまつさえ、今日は何を……。私は、催眠によって心を曝け出し、恐らくは知らないうちに操られ……ミリセンティアさんの、乳首を――!
しかも、それは、男性であるレシヒトさんの目前で行われたのです。
夢――いえ、エプロンのポケットには、確かに私のハンカチーフが入っています。洗い立ての畳み方とは違う形で。恐らくは……。
「っ……わた、し、私……今、何を――!!」
そのハンカチーフにはきっと、ミリセンティアさんの匂いが――。
そのような邪な思いを、私は今確かに抱いてしまっていたのです。なんてことでしょう。この、じくじく、じくじく、絶えず思考を蝕む疼きは、あろうことか魔術師様に対してそんなふしだらな感情を、私に。は、恥ずかしい……恥ずかしすぎて、もはや生きてはいられません。
「……っ」
そして、私はさらに……ミリセンティアさんのお胸を、あ、あっ、愛撫……して、いた……!? う、そ……こんな、記憶、あるはずが……いや、いやです。でも、だって……こんなことが……。
「あ……そう、確か……かりかり、って、ぇ! え、えぇ……♥」
何ですか、その卑猥な……私は、確かにそのようなことを。はい。熱に浮かされたような高揚感と……楽しい、という感情。そして……ミリセンティアさんへの、愛しいという思いが、そのような冒涜を。
そして私は……その行為で、快感を得て、いました……きもちよく、なっていた、ようなのです。
確か……いえ、だめ、思い出したら――。
だめ、でした。
「ひ、ひぃっ、ひいいいいっ」
今すぐかりかり、したいです。したくてしたくて、狂いそうな気持ちになっています。だって、気持ちいいのです、あれは。しかし、こんなところで、自慰行為など、できるはずが……ない、です。いえ、自室でも、恥ずかしくて死にそうなのですが……もう、そんなことを言っていられる場合ではないです。
私は、東の塔へ帰るため、恐る恐る一歩を――。
「う、うぁ、うあぁあああっ……!!」
もう駄目でした。歩くだけで、脚から、振動が腰へ響くのです。気持ちいいのです。このままでは、時間を待たずして、私は……声を、がまん、できなく……!
――いえ。このままでは必ずや、私のか細い意志などは、この荒れ狂う獣欲に負けてしまい……この、草原にへたり込んで、その場で……自分で――!!
「し、死に、ます……死にましょう……死ぬ、しか……」
猫として、発情していたのは……催眠のせい、です。しかし、人間の女を淫らにするなんてことは、『催眠ではありえない』のですから……私が、私が自分で、溺れ……こんな、このような、淫乱に、身も、心も……。
「……っ、えぐ、ひん、ひぐっ」
とぼとぼ、とぼとぼ、忍ぶように……いえ、誰にも見せられない姿を、隠すために、確かに忍びながら――それ以上に、腰へ振動を与えないために、慎重な足取りで。
私は――自室へと、戻って行くのでした。
◆リル・セイレナンドと憂鬱な午後 その2
ガタッ。
「はっ、はっ、はぁー、は、ッはぁ♥」
膝がガクガク震えています。頭がおかしくなりそう。いえ、なっているのでしょう。私はこんなにも激しい情欲に駆られたことなどないのです。
東の塔の自室。懸念と言えばレシヒトさんの部屋が、ふたつ上の階にあることです。ふたつ上。ぎりぎり、許せる範囲、ですね。だい、じょうぶ。きっと、声を抑えたら……。
「ひ、ィッ、あ、ア――ぁあ、あああああああああああ!!」
抑え、たら……どうだったというのでしょう。私は、愚かでしたね。
ベッドに倒れ込むように座るなり、太腿をぴたりと合わせ、もじもじと擦り合わせる動きが我慢できません。両手は胸に被せ強く圧迫します。気持ちよすぎて震えています。いえ……震えるから気持ちいいのでしょうか?
「っ、むり、無理ですっ、こんなのむりっ♥」
毟り取るように衣服を脱ぎ棄てます。皮膚に夕方の冷えた空気が当たり、一瞬だけ正気に戻って……しかしすぐに――あまりの恥ずかしさに、真っ赤に熱くなるのです。
私、今、職務を放り出して部屋で……自慰行為のために、服を脱いでいるのです。こんなの、人に知られたら……!
「ぅ、あ……ぁっぁ、あ……♥」
ぞわぞわぞわぞわ。
冷えて、熱くなって……次に来たのはまた、震えでした。歯がカチカチ当たります。恥ずかしすぎて……どうしようもなく、昂奮しています。
この瞬間、私は諦めて、決めたのです。この恥ずかしすぎる状況を鎮めるため、一時の恥を……そう、自慰行為で満足すれば、きっと落ち着くはず――要するに、耐えるのを諦めて、オナニーで発散することに、したのでした。
――。
「っくふ……ぁ、きもちいい……、あ♥ あぁっ♥」
私は愚かです。だって、服を脱ぎ棄て、ベッドに横たわり、泣きたいくらい疼いている秘処をそっちのけで、何故か乳首を弄っているのです。これは、ミリセンティアさんのせいです。あの『かりかり』が、良すぎたから。したくなってしまったから。
――そして、あのときのハンカチーフが、私のポケットにあったのがよくないのです。
「ぁっあっあっ、かりかり、かりかりだめぇ、だめです、だめ……♥」
これ、ミリセンティアさんの、おむねに、掛けていた布で……その、まま……。そんなの、エッチ、すぎます。
きゅんきゅん、下腹部が締め付けられます。おかしい、です。普通、乳首だけでイったりしません。そんな恥ずかしいことがあってはいけません。でも……この、かりかりを、続けたらっ、イ――。
「――ッ!!!」
ぎゅううううっ、と両手を握りしめました。ぶるぶる震えています。あぶない、ところでした。イったら、だめです。そんなこと恥ずかしすぎる。
『女がオナニーでイくなんて恥の極み』です。いくら情欲に炙られ正気を失っていようと、いくらなんでも駄目です。そんな恥ずかしいことをした日には、恥ずかしさで直ちに私は死にます。
あまつさえ、乳首でイくなんて。そんなことあり得るのでしょうか。あったとして、そんなものは頭のおかしい色狂いだけです。私の身にそのようなことが起こる道理など有りません。
「っは、っはー、はー、はぁあぁああぁあ……♥」
どうにか息を整えますが、当然満足していませんので、ついに股間へ手を……。
「あ♥ すごい、だめ、だめですね、だめですこれぇ♥」
じっとり湿った下着の上からそっと押さえただけで、『ずくん♥』と甘いものが込み上げます。私の身体は今何よりもこれを欲しがっているのだということが、嫌でも理解できるのです。
「っ、する、するんですよ、しますよ、しちゃ、あ、あ♥ あっあ♥」
『こね回したい』『ほじくりたい』『掻き毟りたい』という強烈な衝動が、喉をカラカラに渇かせ、腕をぶるぶる震えさせます。
これは非常にいけません。いえ、イけるんですよ。それがイけません。違います。イけるのがいけません。
「イくから、だめだから、ここはダメです……こっ、ち……♥」
私にまっとうな羞恥心が残っていて、本当に良かったと思います。この、身勝手に疼いて疼いて私を悩ませる淫猥極まりない肉芽を、二度と触れたくならないほど徹底的に揉み潰して懲らしめてやりたい――そんな衝動を鉄の意志で追い払うことができたのですから。
そんなことをしたら一瞬でイきます。耐えられるわけがありません。『女がオナニーでイくなんて恥の極み』だというのに、そんな無様を晒した日には。
あまつさえ、二階上にはレシヒトさんが居るのです。イってしまったら必ず、大きな声を出してしまい――聞こえてしまうに決まっています。つまり、イけば私は死にます。
「だからこっち、ですぅ……ぅっあ、あ、あぁああああ……♥」
ですから、襞の間のぬめぬめした孔の奥へ――中指をつるりと潜り込ませてゆくのです。致命的な恥を晒さずに済む、ぎりぎりの発散手段として。
「ぉおおぉ♥ ……っこっこれぇ……ぞ、ぞわぞわしますぅ♥」
たかが、粘膜の孔に指を一本挿し入れただけのこと。たったそれだけのことで、私の人生はもはや変わり果て、二度とは戻れぬのではないかと錯覚するほどの、暴力的な快美の波が込み上げてくるのでした。
例えばの話、皮膚を裂いて腹に刃を一本刺し込めば、私は死ぬかもしれませんし重大なことでしょう。しかし、たかが元々備わっている孔に、本来の使途よりも細く短い――指一本が入り込んだだけのことです。そんなことで、私は、もしかすると刃を刺し込まれたのと同等の――。
「あ、あ、あ――♥ あっひ、ひ、ひぅっ、これ、これすき、すき、すきですっ♥」
――もしかするとそれ以上の、致命的な変容を経験しているのです。
膣内の指を、曲げるだとか、動かすだとか、そのような真似は絶対にできません。そのようなことがあれば私は直ちに死にますので。
ただ、深く挿し入れ……奥の奥、その天井に存在するこりこりとした出っ張り、はしたなく突き出した唇のようなそこに、指先でぴとりと触れる。触れて……そのままにするだけです。
「あ♥ あっ、あぁあ……♥ あぁあああああ……っ」
腰全体が忽ちのうちにあまーく蕩け、前後不覚に陥ります。もっともっととせがんで腰を懸命に浮かせる私は、どうやら使用人として落第です。躾がなっていないと言わざるを得ませんね。しかしこの、たまらなく甘美で、ぬぐえなく粘質で、あらがえなく幸福な心地よさは……私のようなちっぽけな女中など、容易くただの牝に変えてしまうのです。
「はー♥ はー♥ はー♥」
目が血走っていることでしょう。自分が一番よく分かっております。へこっ、へこっ、そのような軟弱な擬音がふさわしい、生殖をねだる蟋蟀(こおろぎ)にも似た情けない動きで、腰を浮かせております。どのようにも止めることができないのですが、幸いにして――ほんとうに幸いにして、膣内できゅうきゅう咥え入れた指のついた私の右手は、ぴったりと恥丘にへばりついており、腰をいくら揺さぶろうと同期して動くのです。ですから、私の中で勝手に指を暴れさせることはないのでした。
「ふーっ、ふーっ、くひゅー、ふあぁあ……♥」
ぞわぞわぞわぞわ、快楽を湛えた粘液が、足元を浚っていくような、恐怖や寒気に似た感覚。ひとたび呑まれれば私は必ずや絶頂し、堪えることができなくなり、この心地よさにどっぷり浸かり、快楽の渦に沈み――死にますね。生きてはおられません。
「あ、だめ、だめです……あ、あ、あ、あ、あ、あ♥」
時間の問題でしたが、来てしまいました。ただ挿し入れたまま、ぴくりともさせず堪えていた指はまだ、引き攣ったように棒の形。私は膣内を掻き回し、すべてを失って楽になり、死んでしまいたい――そのような破滅的な欲求を、どうにか押し留めて居ることができていたのです。
しかし、そのままで――絶頂、しそうに、なっています。
動かしてもいないのに、摩擦など不要とばかりに……食い締め、しゃぶりつく、指の存在それだけを以って、私の身体は絶頂へと向かっているのです。
「ぬ、抜っきひっ、ひっ♥ むり、むりむりむりぃ♥」
ならば指を抜けばと思った時にはもう遅かったのでした。そのような刺激を加えて無事で居られる道理は、もはやありません。必ず死にます。
『女がオナニーでイくなんて恥の極み』ならば、このか細く堪えた悲鳴を聞きつけてレシヒトさんが下りてきてはくれないでしょうか。塔へ戻ってきたミリセンティアさんが、見つけてはくれないでしょうか――いえ、だめです。そのような恥ずかしいこと――。
「っくっフ、くぅぅ、っ、くひゅ、っぎぃぃ!! ぅぅあああああ、あああああ! まだ、まだですよぉ♥」
――本当に、ひとかけらの羞恥心が残されていて、良かったと思います。
膣奥のしこりに指先がぴとりと当たっています。そこから生まれた快美が、腰を震わせ、私を蕩かして、避けられない絶頂へ駆け上がるその痙攣を……歯を食いしばって、無理やり、止めることができたのです。
まだです。私はまだ、イっていません。オナニーはしても、それで絶頂するほどの恥ずかしい女ではないのです。
「はー……、はー……っ♥」
窓の外へ目をやると――夜に、なっていました。
「あ――れ?」
ずくん。
『夜』を認識した瞬間です。
血液が送られるように、私の脳に急速に――記憶が、巡り始めたのでした。
――夜になるまで、徐々に発情していくよ。
――でも、発情すればするほど、恥ずかしがりになってしまうよ。
――オナニーが我慢できなくなっても、それでイくことはできない。それはとても恥ずかしいこと。
――それから……これを催眠のせいだと疑うことができなくなるよ。
――夜になれば、この暗示は全て思い出し、元のリルに戻ることができる――
「――っ、くあぁあああああ、ああ、あ、あ、あ、ああああああああッ!!!」
吼えました。
ぐちぐち、ぐちゅぐちゅ、くりくり、がりっ、くにっ。じゅぼっ、じゅぼっ。
バカみたいに乱暴に、両手全部使って、自分の身体を虐めます。レシヒトさんに貰った、発狂ものの情欲が、消えてしまう前に。
イきたい、何度でもこのままでイきたいのです。この、全て操られていた私で。最高の結末(オチ)を感じなくては勿体ないですから。
「イっ、イっでう♥ ずっと♥ ずうっとイっでまず……♥ あ゛あぁあああぁぁあ……♪」
――。
10分……いえ、それ以上は、伸びていたかと思います。さすがに風が冷たくて、身体が冷える前に動くことにしました。
「あ、……あは、あはぁ……♥」
すべてを思い出していきます。死ぬ、本気でそう思っていたのですよ、私は。レシヒトさんの催眠は、人を、そのように思わせてしまうほどの力があるのです。
「あは、あはははは、えっ、えええぇ……これ、これ……♥」
羞恥心が残っていて、良かった。とんでもありません。私にそんな、人並みに真っ当な羞恥心など、無かったのです。それは彼に植え付けられたものです。私は本気で……貞淑な使用人であるリルが、催眠で淫乱にさせられたと、信じて……。
「う、わ……私って……すごく、愚かで、あ、ああぁあ……なん、ですかこれぇ」
ぞくぞくぞくぞく。
「完全に……操られ、て……いたんです、よ?」
ぼそぼそと、独り言を呟きます。私の身に起きていたことを、私に教えるために。あるいは……もしかしたら、私が認識することができないだけで、この部屋のどこかに彼がいるのかもしれませんから。
普通じゃありません。こんなことは。
「さ……」
ぞくっ。来てしまいました。思い出しただけで、とびきり甘い、甘いやつが。
――声も上げられないまま、静かに……イって。そのまま。
「さ、さいこぉ……です、レシヒトさん……♪」
私は、『催眠術』というものの奴隷になってしまったことを、実感したのでした。
――こんな、きもちいいこと……好きになるに決まっているのです。
<続く>
読ませていただきましたでよ~。ノクターンですでに読んでるけどw
(-人-)ちょろ神様に参拝
いやあ、ミリちゃんのちょろ神様っぷりに拝みたくなりますね。
暗示でどろどろにされてそれでちょっと怒ったりするけれど、結局は許してくれるし、ちゃんと催眠にかかってくれるミリちゃんが可愛すぎるのでぅ。
アルスさんから奪ったりしたくなるのでぅけど、自意識をちゃんと持ってて多少の反発をしてもらわないとこの可愛さを維持できないと思うので完全に人形にはできないジレンマ。ミリちゃんほんと可愛いのに。
そして、リルさんは色んな意味で戻れないところに来てる気がするのでぅ。
催眠かけられて羨ましいとか、催眠かけるのが羨ましいとか、こっそり見えるSっぷりとか。
リルさんには催眠術を覚えてもらってレシヒトさんだけでは手がまわらないところとかに手を回す助手になってもらうのがよさそうでぅ。いや、ミリちゃんでもいいでぅけど、ミリちゃんには催眠にかかるという至上の任務があるのでだめなのでぅw きっとミリちゃんが催眠助手になったほうが立場的な意味でも使い勝手よさそうなのでぅけどw
魔術に数学が関係してくるみたいなのでいっそレシヒトさんは高校レベルくらいまでの数学をミリちゃんに教授してあげればさらに魔術が上達しそうなのでぅ。
出力に関しては想像力なわけで文系とか催眠の出番なのでぅが、どうも理論体系とか技術面な話は
理系は方向みたいなので数学、化学などを教えてあげた方が良さそうなのでぅ。リルさんの花火も結局科学の産物なわけでぅし。
あと、ミリちゃんが目の敵にしているアウレイラさんが出てきてますが、こちらが呼んだのはアンドロイドでぅか。アンドロイドに自我はあるのか、催眠にかけられるのか若干気になるところでぅね。アウレイラさんは魔術師なので暗示にかかりやすいとは思うのでぅが。アウレイラさんに手をだすにはMIRAIをなんとかしないといけなさそうなのが難しいところでぅ。
そしてこれには触れておかないと。
>20年近くお世話になってます。うわぁ伝説上の人物に声かけてもらっちゃったぞ……。
で、伝説・・・!?
みゃふはいつのまに伝説になってたんだ・・・恥ずかしいのでぅ。
っていうか「いつか見た、あの夏へ」はみゃふは肉付けしただけで原作はぱにゃにゃんことPanyanさんなのでみゃふの功績は三割くらいなのでぅ。うん、だからぱ。さんがリアル催眠術師になった原因の一部はみゃふじゃなくてぱにゃにゃんのせいでぅね。うん。きっとみゃふのせいじゃないw
ていうか、リアル催眠術師だったのでぅか。
みゃふの拙い文章でリアル催眠術などとは言えないのでぅが、過去の作品を楽しんでもらえてたらこちらも嬉しいでぅ。あり得ない深化とかあるかもしれないけれどw
であ、次回も楽しみにしていますでよ~。
毎度お世話になっておりますー。
……さて、私が感じていることについて今更多く語ることもないと思いますので、
純粋にツボに刺さった部分について!
……本来、私って人形化の性癖ってないんですよ。
でも、その過程をここまで掘り下げるとマジで全然違うんですね。
いやー……なるほど、本人の意識を従順な人形にするんじゃなくて、本人の中に「人形としてのミリちゃん」を作る過程を丁寧に描くとこうなるんですね。
目が覚めても「体が勝手に!」じゃなくて、「自分の中の人形が命令に従うことを喜ぶ」んですね。
あとカウントアップで人形に戻されるところ。
あのですね、「賢いミリちゃん」にわざわざ説明して理解させた後、それを介して「人形のミリちゃん」に命令を理解させる。
で、それをちゃんと説明して、満を持してカウント。
これは反則だわ……
確かに自分の中での催眠の解像度が格段に上がる。
みゃふりんも言ってたアルスさんについては私も興味があって……
ぱさんの性格的に、ノクターンでありながらノクターンらしくない展開を期待したかったり。
>伝説のみゃふりん
みゃふりんマジ伝説よ?
「ねこのみゃー」とか私にめちゃくちゃ刺さりますもん。
あと学校シリーズとか神。実はあのシリーズにものすごい影響受けて書いた作品とかもありますし。
カウントアップじゃないカウントダウンだったぜ……
さすがカウントダウンなんてみごとな毒。
わたしやろうなんてなかったんですよたしかにこれからどおなろうなんて。
なんかちがうんだろうなあ。
でもなあ名前も考えてないしなあ。
いいみごとな食中毒。
>みゃふ様
毎度感想ありがとうございます、すごく濃厚!
> 結局は許してくれるし、ちゃんと催眠にかかってくれるミリちゃん
はい。だって、その方が気持ちいいじゃないですか。しょうがないです。
> 戻れないところへ来ているリル
こいつは工場出荷時からクソ女なので仕方ないです。主人公だけの責任ではないですね!
掛ける側になるのはきっとこのまま自然な流れです。メンタルが淫魔ですからねこの女は。
ミリちゃんは総受けくそざこ脳すぎてS役は難しいですからね。
> 数学
必ずしも必要という訳ではないのです。ただ、魔術基礎よりも高度な学問として扱われているだけで……w
ですが多少は関わってきます。想像するにあたり、現出物の形状や運動のベクトルについてミリちゃんはある程度計算していますね。
> 北方戦線組
近いうちに本格参戦します。いろいろとややこしくなってまいります。
アウレイラさんは催眠に掛かる素養は十二分なのですが、致命的な欠陥もあるためどうなるかはお楽しみにということで。
> 伝説
他ですと「ひめくり」「闇の脱走者」あたりもヘビーローテでしたね……発情モノも好きなんですよ……。
あとpanyan様もわたしの中で伝説なのでそこは揃って神話として語り継がれてください。
>ティーカ様
> 人形化
術師的には「無意識下でやらせるなら催眠状態で夢遊病させればいい」「意識下でやらせるなら命令に逆らえないようにさせればいい」じゃあ人形化ってなによ? というのをやるたびに思います。
結論は「えっちじゃん?」でした。
実装にはいろんな方法があるとは思います。「意識が眠っていると外からの命令に従う人形になる」とか。ただこれは作中でやった「意識はあるが人形としても振る舞ってしまう」がやりづらくなるので今回不採用としました。
長い暗示を無理やり入れるときの「説明」→「端的な言い換え」は実は普段から多用しています。あんまり説明が長いと掛かる側も覚えきれませんし、「本当にこれで合ってるの?」になると入るもんも入りませんからね……。
> アルスさんの運命
彼は可哀想な人ですね。
>ハナツ様
どういう……意味でしょうか。
すみませんが、よく理解できませんでした……。
どことなくマルコフ連鎖みがある文章にも思えるのですが……うむむ?