俺の妹が超天才美少女催眠術師のわけがない第2巻 (1)

(1)

 夢を見ている。
 というよりも、夢の中で夢を見ている。
 股間に広がる甘美な快楽は、俺をさらに深い眠りの世界へと誘っていくようだった。
 あぁ、俺はこの感覚をよく知っている。
 夢の恋人。愛しき彼女だ。

「ったく、このヘンタイ兄貴ぃ。気持ちよさそうな顔しちゃってさ」

 寄り添う彼女の体温と鼓動が俺の腕に伝わってくる。
 俺のを擦ってくれているのは彼女の指だ。慣れ親しんだ手の愛撫。それは恋人の希よりも上手に俺のを快楽に導いてくれる。

「シスコンでロリコンで、どうしようもない男よね。妹にあんなこと言って……妹と、し、したいなんて……ありえないじゃん! スケベ! ヘンタイ!」

 耳元で彼女が何か囁いている。近くにいるのにとても遠くに聞こえて、内容までは伝わってこない。でも彼女の息がくすぐったくて、甘ったるい。

「てか、せっかくアイドルとやらせてやるって言ってんのに妹を口説くとか、兄貴の生殖本能マジぶっ壊れてるってば。勘違いしないでよね。あたしは、兄貴が希みたいなブスにデレデレしちゃって情けないって思うから、新しい女をあてがってあげるだけ。別に、兄貴が誰とエッチしたってあたしには関係ないし、ヤキモチなんてやくわけないし。……あたしもまぜて欲しいなんて言ってるわけじゃないんだから!」

 でも、聞き覚えのある声だ。
 俺の体に寄り添う温かさも、俺は知っているはずだった。

「ねえ、あれって本気なの? 本気で兄貴は、あたしとしたいって思ってる? いつもあたしに冷たいくせに、心の底では抱きたいって思ってたわけ? 催眠術で確認していいの? ねえ……兄貴」

 シュッシュッと手淫は速度を増していく。
 俺はだらしない顔をしてるに違いない。何も考えられなくなっていく。

「……やっぱ、やめとくけど。聞くのマジ怖いし。本気とか言われても困るし。違っても……なんか腹立つし」

 しかしイク寸前になって、手は緩められ、指先で弄ぶような動きに切り替えられる。
 もどかしい快楽は、俺を物足りなくさせると同時に、他人に指先一つで操られる倒錯的な喜びを感じさせた。
 
「つーか、兄妹でそんなことしちゃダメに決まってるじゃん! こないだのキスだって、む、胸揉んだのだって反則なんだからね。あたしのファーストキス、あんな風に奪わなくたっていいじゃん。バカ兄貴!」

 そしてまた、突然スピードを上げて擦られる。先鋭的な快楽に俺はうめき声を上げる。

「そ、そりゃあさ。あたしだって小学生のときとか、兄貴に催眠術かけてチューしたこと何回もあるけど……そんなのノーカンじゃん。だって、兄貴はそのこと全然覚えてないし。だからあれがファーストキスだったの! 実質的ファーストキスってやつ! あー、もう最悪。あたし、兄貴にキズモノにされちゃった。絶対、責任取らすからね、バカ!」

 高まっていく。乱暴とも言える動きが、俺をどんどんと昂ぶらせてくれる。

「兄貴、今度あのアイドルのバカ女を抱くとき、あたしも一緒にやっちゃおうとか考えてるの? 催眠術で手伝わせて、そのついでに妹までやっちゃうつもり? さ、最低の兄貴よね。また無理矢理キスして、胸とか揉んで、そんで、今度はもっとエロいことあたしにするつもりなんでしょ……そこの引き出しの裏に隠してる薄い本みたいに!」

 しかし、乱暴に思えても、裏筋部分を丁寧に擦りながらカリにも刺激を与える手筒は、まさに熟練の技だった。
 俺のオナニーよりもはるかにこなれた、懐かしきこの愛撫。でもつい最近もこれを味わったような気がして、一瞬、記憶が乱れる。
 恋人の希の顔も浮かんだが、彼女も違う。なんだろう。いつだっけ。俺はこの手に愛される感触を覚えている。
 だが、そんな疑問も、下半身に感じる強い刺激と耳元の甘い吐息の前に、理性と一緒に消し飛んだ。

「ふ、ふぇらとかも、させる気? 妹にそんなことさせるとか、シスコン兄貴ならやりそう。そんで、嫌がるあたしに無理矢理……せ、せっ……とか、しちゃうんだ。し、信じらんない! 兄妹でそんなことすんのキモいじゃん。あたしがそんなこと、させるわけないし!」

 あぁ、やべえ。もう出そう。もう出る。寝ながら俺のおチンポみるく出ちゃうぅぅ。

「え、でも待って」

 と、その寸前で、またも手淫はストップされた。
 もう殺してくんないかな、俺のこと。

「ていうか、ふぇらってさ……こういうのを口でしなきゃいけないわけだよね…? ええ、そんなの無理っぽくない? したことないもん、あたし。それ絶対やばいって無理だよ無理……い、今のうちに練習しといた方がいいかも……」

 ギュッと俺のを握る力が強くなる。彼女の体がそばを離れたかと思うと、ベッドの軋む音がした。
 そして、俺の先っちょに、生暖かい空気を感じた。
 いつも希にフェラしてもらうときに感じる吐息のような。
 いや、それよりも荒い、獣のような呼吸がハァハァと――

「って、するわけないじゃん!? バカバカ! 何やらせんのよ、ヘンタイ兄貴!」

 と、思ったら強烈な手コキウェーブが俺に襲いかかってきた。
 あぁ、ダメダメ。そんなにしたらダメ。もげる。これはもげる動きだ。ダメ。擦りすぎだって。
 なのに、あぁ、こんな親の仇のように乱暴にされてるのに、すっげぇ気持ちいいなんて、く、くやしいぃぃぃ。
 ビクンビクン!

「あ、やばっ!」

 発射すると同時に、俺の陰茎はパンツの中にしまわれた。
 懐かしき夢精の指定位置だ。俺は夢の中で、存分に自分の性欲をぶちまける。
 満足感が全身に行き渡っていく。そして俺は深い眠りに落ちていった。

「……あたし、また催眠術をこんなことに……ごめんね、兄貴?」

 変な夢だった。
 小さい頃のあずきが、半べそかいて俺に謝っていた。
 何をしたのか知らないけど、気にすんなよ。俺はお前の兄ちゃんだぞ? つまんないことで怒ったりするもんか。
 あずきの頭をぐりぐり撫でてやる。
 お前が笑うまで、兄ちゃんこうしててやるから―――

「―――やっべぇ」

 やっちまった。久々にやっちまった。
 寝ている間に、パンツにカルピスこぼしちゃった。原液のやつ。まあ、どう見ても精子だけどな。
 マジでこれ、中学以来? なんか精神的に来るものあるよな、夢精しちまった朝って。

 やはり昨夜のあずきとの会話のせいだろうか。
 昨日、俺がNNP48(西日暮里48)の大藤絵玲菜ちゃんのファンであることがあずきにバレてしまった。ていうか、またオナニーしてるところを見られてしまった。
 しかし、恥と後悔のどん底に落ちる俺に、あずきは催眠術で絵玲菜ちゃんを俺のものにしてやるって、衝撃的な提案をしてきた。
 最後はなぜか怒られてしまったけど、あずきと昔の兄妹の仲に戻るために、俺はなんでもやろうと決意を新たにしたところだったんだ。
 てか、あずきの方からまた普通に(?)話かけてきてくれたことに、俺は舞い上ってた。
 あれだけ険悪だったのに、どういう心変わりだろう。
 ひょっとして俺のオナニーには、ピクサーアニメのように女心を和ませるコミカルさとヒューマニズムがあるのだろうか。
 今度、動画に撮ってクラスの女子にでも見せてみっか。人気者になれるかもな。
 それにしても、すっげぇ気持ちいい夢だった。内容は忘れたけど、確かに昔はよく逢瀬を重ねていた「夢の恋人」と会っていた。
 相変わらず、手コキ上手なイイ女だったぜ。

 だが余韻に浸ってる場合じゃない。
 このパンツをどう処分する?
 母ちゃんに見つかったら、最悪ご近所のおばさんたちにネタにされてしまうことも考えられる。あのツイッターよりもタチの悪い拡散機能を搭載した連中に。
 それだけは避けねばならない。こないだのコンプガチャ事件で相当の被害を出してしまった俺に、母ちゃんは今すごく冷たい。温情など期待するだけ無駄だ。
 こういうのはソッコーで洗濯しちまうか、それとも、もったいないけど捨てちまうかの2択だ。状況に応じて冷静に素早い判断が要求される。ぐずぐず迷ってるヤツは長生きできない。
 フッ、「夢精マスター」と呼ばれた中学時代を思い出すぜ。こと夢精に関することなら、どんな最悪の状況でも切り抜ける自信はある。
 とりあえず別のパンツに履き替えて、脱衣場に向かった。
 すると、そこではあずきが洗濯機に自分の服を放り込んでるとこだった。

「お、おう!?」

 想定を超えた最悪キタコレ。どんだけ神様は俺の慌てた顔がお好きなんだよ。
 思わず股間を隠してしまう。もちろんとっくに履き替えているのだが、本能が俺をそうさせた。
 あずきはそんな俺を半目な感じでジトッと睨んでくる。なぜこの妹は兄に対して常に臨戦態勢なのか。
 ついさっき仲良し兄妹目指して頑張ろうと決意したばかりだ。しかし、この状況で平然と挨拶できるような訓練など俺は受けたことなかった。
 
「なに、洗濯物あるの?」
「あ、まあ、そんな感じというか……」
「ふーん。じゃ、中に入れといて。あたし後で回すから」
「えっ!? いや、いいよ! 下着とかもあるし、自分でやるから!」
「別々に回したら、またお母さんにもったいないって怒られるじゃん。ついでにやっといてやるって言ってんだから、素直に入れときなさいよね。んじゃ」

 そう言ってあずきは脱衣場から出て行った。
 くそ。よりによってあずきに洗濯機を先に取られたか。
 しかも、なんでこんなときに限って一緒に洗ってやるとか余計な親切心出してんだよ。気まぐれな優しさで俺を追い詰めてんじゃねーよ、小悪魔め。
 そりゃ今からあずきがまとめて洗濯してくれるんなら、おふくろに不審がられずに証拠隠滅するチャンスだ。でも、だからといって妹にこんなの洗濯させる兄なんて相当気持ち悪いぞ。
 ティッシュでだいたい拭い取ったが、まだべっとりとしたシミは残ってる。「洗濯機を妊娠させる気ですか」って幼女メイドに叱られるレベルだ。
 洗濯機の先客は、あずきの学校ジャージとか部屋着とかだった。下着は見あたらない(別に残念ではない)
 こんな日常服と精子パンツを一緒に洗濯させたんじゃ、さすがにあずきが気の毒だ。
 結局、パンツは丸めてゴミ箱に捨て、パジャマだけ洗濯機に入れさせてもらった。

「……ふぅー」

 なんとか体裁を整え、普通にメシを食い、学校行く準備を済ませる。精子の匂いすらさせない立派な紳士だ。
 そして脱衣場の前を通りかかると、あずきがぐるぐると回ってる洗濯機のドラムの前で佇んでいるところだった。
 すでに中学のセーラーに着替えを終え、出かける準備は出来てるみたいだけど、のんびりと洗濯機なんて眺めてる。
 変なやつだな。回るの見るの好きなのか。家電マニアってやつか?

「あずき、何してんだ?」
「ひっくぅ!?」

 しゃっくりみたいな、いつものビックリリアクションであずきは肩を丸める。

「な、なんでも、じゅる、ないわよ!」
「ん? よだれ?」
「そんなわけないじゃん!? バッカじゃないの! 洗濯終わるの待ってただけだし!」

 真っ赤な顔をしてあずきは怒る。
 俺って、なんで妹に声かけただけで毎回「バカ」って言われるんだろうね?

「そんなことより、例のあれはどうしたの? ちゃんと握手会の日、調べたんでしょうね!」
「あー、あぁ。それならちょうど今度の日曜だよ。握手券も2枚あるし」
「早っ!? もう!?」
「おう。ばっちりだぜ」

 もちろん、昨日のうちに用意したわけじゃない。もともとNNPってか絵玲菜ちゃんの大ファンである俺は、抽選で「握手会チケット」が同封されてるCDを8枚も買ってたし、チケットも2枚入手することに成功していた。
 別々の握手会場で2回使おうと思っていたが、それよりもビッグなイベントのためなら、あずきに1枚譲ってやるのもやぶさかではないぜ。
 あずきはなぜか、モジモジと手を遊ばせていた。

「……あ、兄貴ってば、本当にどうしようもないヘンタイよね……」

 どういう意味だよ。

「そ、それじゃあ、日曜日……するの?」
「あぁ」

 迷うことなんて何もない。
 いや、それは嘘だけど。
 希のことを思うと胸が痛まないわけじゃなかった。「昭和の女」と呼ばれるくらい盲目的な献身で愛してくれる可愛いカノジョが俺にはいる。俺なんかには本当にもったいない女の子だ。
 普通に考えれば、そんな子を裏切るなんてあり得ない。学校一の美少女を独占しておきながらアイドルにも手を出そうだなんてクズのやることだ。俺がもしも自伝を書けば間違いなく「最低系」と叩かれることだろう。
 けど、そのカノジョの希だって、もともとはあずきが催眠術で作ってくれたヒプノシスラバーだしな。
 それが1人から2人になっても同じさ。てか、希ちゃんだって前は4人も彼氏いたんだし。
 だから……これでいいんだよな? 俺、やっぱひどいことしてるかな?
 あずきは、少し困ったようにモジモジしている。ひょっとして、自分のやろうとしていることに迷いを感じているのか。
 確かに、これは催眠術の悪用だ。ノリノリに見えたあずきだって、寸前で迷うのも無理もない。
 だけど、長年の深い溝のある俺たち兄妹がコミュニケーションを取れるイベントは、今となってはこれしかないんだ。
 あずきの催眠術で、女の子をものにする。どうしてなのかは知らないが、あずきは自分から俺に女をあてがってくれるし、そういう用事じゃない限り俺とはまともに口を聞いてくれない。
 変な兄妹なのは百も承知さ。それでも俺は、こいつの兄貴なんだ。
 ごめんな、希。ごめん、絵玲菜ちゃん。

「やろうぜ、あずき。俺も楽しみにしてるんだから」
「ひくぅ!?」

 俺は自分の気持ちを隠して、最高の笑顔であずきを誘う。
 なぜかあずきは、超びっくりした顔で固まった。

「……う、うん。わかった、けど……」
「おう。それじゃ、日曜な」

 俺はなるべく平静を装い、まだ何か言い淀んでるあずきに無理やり約束させた。そしてバクバクしてる心臓を妹に悟られないよう、速やかにその場を逃げた。
 よし、言った。言ったぞ。
 あずきをNNPの握手会に誘った。もう後戻りはできない。
 俺は日曜、絵玲菜ちゃんを抱くんだ。
 あの笑顔の愛くるしい清純派でありながら、水着になったときの意外なダイナマイトバディでヲタを騒然とさせたアイドル、「大藤絵玲菜」を。
 とにかく彼女は可愛いんだ。俺は彼女を褒めるときは必ず二回言うことにしているのでもう一度言うが、とにかく彼女は可愛いんだ。
 もしかして処女ってこともあったりして。なにしろ彼女は、今までに浮いた噂や男の話が表に出たこともない。
 むしろ、プライベートショットや楽屋撮影では、いつも他のメンバーに抱きついたりチュー絡みしてばかりで、ファンの間では「レズ菜ちゃん」なんて呼ばれてるくらいだ。
 まあ、さすがにあれだけ可愛い子に彼氏がいないのも逆に不自然だし、過剰な期待なんてしちゃダメだってわかってるけどな。
 俺はその辺のN豚(※NNPファンの蔑称)と違って、リアルというのを知っている。なにしろ希の男関係を知ったときには、心が折れてハゲるかと思うくらいの地獄を見たし。
 それに、たとえ彼氏の1人や2人がいようがそんなことは些細な問題だ。
 絵玲菜ちゃんは国民的アイドル。彼女に惚れてる男なんて数万人はいる。全国のファンを敵に回して、俺が抱くんだぞ。
 ファンとして大事にしたい気持ちと、男として最高の美少女をモノにしたいって気持ちがぐるぐる交錯してる。罪悪感の方が正直言って強い。
 でも、俺の下半身はすでに正直な反応をしていた。
 まるでゴリアテの腕のようだ。今、女子小学生とすれ違ったら、それだけで逮捕まちがいないね。
 落ち着くんだ、ケルベロス。餌の時間まで待て。
 あとお前に一つ言っておくが、今度は絶対にあずきには手を出すなよ。また兄貴失格なことしたくないからな。
 希ちゃんと初エッチしたときのあずきの泣き顔を思い出すと、それだけで胸が痛んだ。俺はどうかしていた。妹なんかに手を出すなんて本格的な変態じゃないか。
 俺はそんな男じゃない。クールなケダモノになれ。獲物は妹なんかよりも上等なアイドルだ。彼女に集中しろ。よそ見してる余裕なんてないぞ、きっと。
 などとやってるうちに興奮と固い決意で、ますます下半身は硬くなる。
 こんなんじゃ授業もおぼつかないので、とりあえずHR前に希を屋上に連れ出して口でしてもらうことにした。

「やーん! たっくんの、すっごいカチカチでかっこい~! これ、希がしゃぶっていいの? うれしいなぁ、ふふっ」

 何も知らずに、痴女かと思うくらい喜んで俺のをくわえる希に胸が痛む。
 しかし、にゅるりんと彼女の口に入った途端、気持ちよさに頭は沸騰する。

「んっ、んっ、たっくんのオチンチン……んっ、たっくんの…オチンチン…んっ、くちゅ、ちゅぷっ」

 ご褒美のあめ玉でも貰ったみたいに、じつに嬉しそうに、美味しそうに希は俺のをしゃぶる。
 こんなの美味しいわけないのに。尿道の味しかしないはずなのにな。
 それなのに、うっとりと瞳を蕩けさせて、愛しそうに舌を転がすんだ。その表情には高校生とは思えない色気があってドキドキする。でも時々こっちを見上げて微笑む顔が、マジ天使みたいでドキっとする。
 今さらだけど、希ってとんでもない美少女だよな。こんな子が俺なんかにここまで尽くしてくれるなんて信じられないよな。
 あずきのやつ、やっぱりすげぇよ。俺が今まで貰ったプレゼントの中では間違いなく最高の逸品だ。
 それなのに今度はNNPの絵玲菜ちゃんもだって?
 まさに性の大富豪。俺、性的な意味ではfacebookの人に圧勝してる。勝てないのはタイガーウッズくらいだろう。
 
「んっ、ちゅぷ、れるっ、たっくん、んんっ、好きなとき、出していいからね? んっ、希の口の中、たっくんのでいっぱいにしてね? んっ、じゅぶっ、じゅぶっ」

 などと、俺が他の女にも浮かれてるなんて知らずに、希は健気に奉仕してくれる。
 胸がちくりと痛んだ。たとえあずきの催眠術のせいだろうとしても、ここまで俺に尽くしてくれるカノジョなのに。
 俺は希のふわふわした髪を撫で、知らずに「ごめん」とつぶやいていた。

「んっ? どうふぁした?」

 モゴモゴと俺のをくわえながら、希はきょとんと瞳を上げる。
 俺は思わず言い淀み、ばつの悪い汗をかく。

「い、いや、その…希に朝っぱらからこんなことさせて悪いなって…」

 彼女の顔がまともに見れない俺は、ネクタイを広げて熱くなってく体温を逃がして、ごまかす。
 希はちゅぽんと俺のを吐き出すと、俺の腰にぎゅっとしがみついてきた。

「たっくんは、そんなこと気にしちゃだめ」
「……え?」

 俺のペニスに頬をつけ、寄りかかるように小首を傾げ、希は可愛い微笑みを浮かべる。

「希はたっくんのことが大好きだから、たっくんが求めてくれるだけで幸せなんだぁ」

 ぷにぷにしたほっぺたが柔らかくて気持ちいい。希がしゃべるとその振動でぞくぞくする。

「たっくんは男の人なんだから、思ったとおりにしてくれればいいんだよ。希はあんまし頭良くないし、気が利かないこともあると思うけど、たっくんが決めたことにはちゃんと従うから。だから希には何でも言ってくれていいよ。ううん、言って欲しいな。たっくんの命令なら、どんなことでも希は全然オッケーだからね?」

 そういってチンチンを両手で包み、愛おしそうに頬ずりする。そんなグロいものに美少女顔をくっつけて腐ってしまったらどうするんだって思うんだけど、俺のペニスなどかすむくらいにその微笑みは天使のものだった。

「えへへ……時間ないから、もう出しちゃお?」

 自分の言ったことに照れてしまったのか、希はごまかすように笑って再び俺のをしゃぶり出す。
 これが昭和の女。
 俺たち兄妹の企みなど彼女が知るはずもないのに、まるで全て見透かしてるような、それでいて許してくれてるようなことを言って、いつものようにほわほわと希は微笑う。
 どんなわがままも許されてる安心感と、優しく抱きしめられてるみたいな包容力。なんという尽くす系女子。
 これで平成生まれだなんて信じられない。今の演歌界ですらこんな世界観は忘れ去られているというのに。いやよく知らんけど。
 感動が胸いっぱいに広がり、そして快感に変わる。
 じゅぶじゅぶと、俺の限界が近いことを察した希が速度を上げる。
 その安心のクオリティに身を任せて、俺は射精することを希に告げた。

「んっ、来て。んんっ、ん……んー」

 ぶるぶる震える俺の腰を支え、出て来る大量の精液を喉で受け止めて、そして全部出し切ったあたりで希はちゅぽんと口を離して微笑む。

「へへっ、ほら、たっくんでいっぱい」

 エーと舌を出して、俺の精液がたっぷり乗っかってるとこを見せつける希。超絶美少女と舌と精液という、しびれるような光景。希はそれを飲み込む。コクンコクンと喉を動かして、今まさに俺のが流れ落ちていってるだろう胸元を押さえて幸せそうな顔をした。
 本当に俺は幸せ者だと思うよ。マジで世界一だと思う。
 満たされた気持ちで下着を戻そうとする俺。
 そして希は、慌ててそれを押しとどめる。

「あン、待って。お掃除がまだ、お掃除」

 そういって、萎えかけた俺のを再びその可愛いお口に沈めた。
 ちゅうちゅうと残滓を吸い取られ、ぺろぺろと舐められ、俺は思わずうめき声を上げる。そしてイッたばかりの敏感なソコは激しく反応する。
 掃除という名の丁寧な愛撫に、申し訳ないように俺のはむくむくと起き上がった。希はそんな俺に優しい目を向ける。

「もっとしていい?」
「あぁ……頼む」
「うん! ありがと、たっくん。んっ、じゅぶっ、じゅぶっ」

 礼を言うのはどう考えても俺の方なのに、希は嬉しそうに頬をへこませ、舌を動かし、本格的な奉仕を始める。二度目の勃起をしたそれを、愛おしそうに握りしめ、あきることなく、スケベに愛してくれる。
 俺は希の柔らかい髪を撫で、「好きだよ」と囁いた。まだ罪悪感に胸はチクチクするけど、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいだった。

 今度、二人で昭和村に行こうな。

 日曜日、俺はイベント会場であずきを待っていた。

 次の新曲プロモを兼ねた握手会ということで、相当な数のファンが集まっている。会場の熱気も入り口付近まで伝わってくる。このほとんどがヲタの体温なのだと思うと、N豚の俺でもさすがに吐き気がした。
 それでも最近のNNPは女の子ファンの獲得にも成功しているので、奇声を発するヲタ集団の隙間にも、それなりに華やかだったり可愛かったりする集団も見かける。
 先ほど、スタッフか関係者らしきお兄さんたちの会話を拾ったところ、1万5千人が今日のイベントに集まってるそうだ。
 ったく、NNPときたら国民的アイドルにもほどがあるぜ。
 でもこの中で、妹と一緒にイベント参加するのって俺ぐらいなんだろうな。
 そんなことを考えると、ちょっとだけ滅入ってきた。こういうイベントは、男連中で参加してバカ騒ぎするとか、もしくはソロ参加とかで心置きなく楽しみたいとこだ。あずきの前でオタコールなんてしたらソッコーで豚扱いだろうし、楽しめないぜ。
 などとぼんやり他のファンを眺めていたら、いきなり後ろからあずきが登場しやがった。

「なんだ兄貴、もう来てたの?」

 なぜか会場の中からだ。すでに中の熱気にあてられたのか、火照った顔を手のひらで扇いでいる。
 来てたの、じゃねえ。いるならさっさとメールなり何なりしろ。俺だってこんなとこで待たされて暑いし―――
 と、説教してやろうと思ったが、あずきの格好がいつもと違う感じで、そっちの方に気を取られた。
 厨房のくせにオシャレな服持ってやがるのは相変わらずだが、今日のはそれに、ぶかぶかめのキャスケットと、でかいサングラスをしていた。
 ダサ男の俺にもわかるくらいアンバランスな感じがして、あずきらしくないなって思う。あずきもそんな俺の不審な目に気づいたのか、サングラスをくいっと持ち上げる。

「これ? まあ、ちょっとした作戦があってさ。念のため顔を隠してんの」

 ふふーんと得意げに帽子をかぶり直し、まるでスパイごっこでもしてるみたいだった。
 
「作戦ってなんだよ…。変なこと企んでるんじゃないだろうな」
「むっ。何よ、その他人事みたいな言い方。主に変なこと企んでるのは兄貴じゃん。つーか、今日はそのために来たんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどよ……」

 でもどんな作戦なんだよ。せっかくのNNP握手会を、邪魔するようなことしてんじゃないのかって気になるだろうが。

「ブツブツうっさいなぁ、もうすぐ始まるじゃん。いい場所取れないわよ!」

 しかし、むしろあずきはイベントを楽しむような明るさで、俺の手をぐいぐいと引っ張っていく。
 開演までもう少しだ。

『みぃっっっっちゃーん!』
『かのちゃん、俺を見てー!』
『そがっち、やべぇ! マジやべぇよ!』

 そして、待ちに待ったステージ上でNNPミニライブが始まる。俺たちはファンの人垣の中に紛れて、一緒にステージを眺めていた。
 いつもなら俺も声を張って絵玲菜ちゃんにアピールするところだが、今日は妹同伴ということで自然とテンションはローのままだった。
 そして肝心のあずきの様子はというと―――

「ツインテにして会いにいく~から~♪ イェイ!」

 NNP48の新曲、『ツインテールの結び方』を、ステップ踏みながらノリノリで熱唱中だった。

「……お前、NNP好きだったの?」
「はぁ? んなわけないじゃん、キモっ。てか邪魔しないでよ。今、この曲をあたしのものにしてるとこなんだから」

 チッと舌打ちしながら、あずきは俺をジロリと睨む。
 なんだよ、人の気も知らないで。妹もNNPファンなら共通の話題増えちゃうぅぅぅ、とか思ってた俺がバカみたいじゃん。

「あぁ、そうかい」

 俺はあずきにそっぽを向けて、ステージの方を見る。
 こんな生意気な妹なんかよりも、よほど天使に近い女の子たちが楽しそうに歌って踊っていた。
 癒されるわ、ホント。あの子たちの笑顔にどれだけ日本が救われてることか。
 彼女たちの歌もダンスはどれもレベルの高いものだった。厳しいレッスンと、ファンの容赦ない評価の目に鍛えられているせいだ。
 なのにいつも笑顔を絶やさず、ファンを大事にし、バラエティ豊かに頑張る彼女たちは天使を超えてマジ神だと思う。
 うちの妹に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ。てか、爪の垢をいただけるなら、その前に俺がムシャムシャ食べちゃうけどね。
 そして、彼女たちの中でダントツに輝く女神は、俺の絵玲菜ちゃんだった。
 年は俺より一つ上なのに幼く見えるベイビーで清純な顔立ち。しかも過去写真から遡っても整形らしき現象は見あたらないということで、ネット上では顔面無添加が証明されている。イジリなしであの美少女顔だと。天然なんだと。信じられる? 俺ももしあずきとか希とかの本物美少女と会ってなかったら、絶対に信じてなかったね。
 そして、あの制服の下に眠るダイナマイトなハニーボディと、レズ菜ちゃんと呼ばれちゃうくらいの甘えん坊さんな性格。たぶん彼女は地球上の「萌え」を集めるために作られたサイボーグなんだと思う。
 新曲に合わせてるのか、髪を頭の両側で少し束にして、ツインテにしてるのがすっげぇ似合ってる。
 マジ、可愛い! 鼻血でそう!
 てか見たかよ、今の見せパン! 今日のかなり気合い入ってねえ!? 尻ちょっと食い気味だったから!

「絵玲菜ちゃーーーーーん!!」

 気がついたら絶叫していた。隣であずきが「うるさキモい」と言っていた。

 そして、ステージも終わってお待ちかねの握手会だ。1万5千人の観客が、それぞれ目当てのメンバーの待つ列に並んでいる。
 絵玲菜ちゃんの列にはもちろん大勢のファンが並び、流れ作業と悪名高いNNP握手でも30分は待たされそうな列ができていた。
 あずきは俺の後ろで、まだ機嫌良さそうに新曲を口ずさんでいる。会場にも、同じ曲がエンドレスで流れていた。
 やっぱりNNP大好きなんじゃねぇの、コイツ。なんか楽しそうに歌ってるとこ周りにも見られてて恥ずかしいぞ。
 まあ、いいか。あずきが何考えてんのかなんて俺にはさっぱりわかんねぇし。
 それよか、あずきはどうやって絵玲菜ちゃんをお持ち帰りするつもりなんだ?
 コイツ、NNPのイベントを甘く見てね? こんなに早い流れで悠長に催眠術なんてかけてる時間あるのか? 変なことしたらスタッフにつまみ出されるぞ。
 最悪、握手だけして帰るってこともありうる。まあ、それでも俺は十分幸せなんだけどさ。
 でも自称『超天才美少女催眠術師』を名乗るくらいなんだから、意地を見せて欲しいところだよなー。
 なんて、ぼんやりと列の流れに身を任せていたら、後ろであずきが「ふいー」とため息をついて、肩をコキコキ言わせてた。
 
「ったく、くっだらない曲よね。こんなの何枚も買わされてるヲタどもの感性がわけわかんない。お金を豚小屋に捨ててるだけじゃん」
「あぁん? 屋上行くか?」

 久々にキレちまった。コイツ、ほんと兄貴をイラつかせる天才だな。俺のNNPをバカにしやがるのか?
 俺がギロリとにらみつけても、あずきは大仰に肩をすくめるだけで、サングラスの奥でにやりと笑った。

「兄貴はさ。なんで歌が流行るか知ってる?」
「は? 知らねぇよ」
「まあ、いろいろ理由はあるけど、ようするに分かりやすいメロだとか歌詞だとか、テレビで使われてるとか、あとはまあ、歌ってる人たちが流行ってるからっていう、そんな感じよね」

 会場を見渡して、あずきは今流れている曲のことを指さすように、右の人差し指をくるりと回した。

「昔はさ、ステージに登場しただけでファンが失神するようなスターもいたんでしょ? それに、握手券なんて付けなくても百万枚くらい売れるCDはいくらでもあった。たった一曲のヒットが社会現象にもなったし、たくさんの人や経済も動かしてた。だけど今は見る影もない。音楽の力は弱くなってる。世間ではそういう風に思われてる感じしない?」

 確かに、今の音楽番組なんて、最新のものよりも俺らが生まれた頃のヒット曲ばっかりで、見ていてちっとも面白くもない。
 その最新ヒットだって本当に流行ってんだかどうか、テレビが勝手に騒いでるだけって気がする。
 正直、俺もNNPのCDは純粋に音楽目当てで複数買いしてるわけじゃないし。
 CD1枚に選挙投票券10枚入ったBOXが1万円で売られたら、喜んでそっちを買うよ。
 むしろそうしてくれ。余ったCDを歯医者さんのおでこにくっつける作業はもうこりごりだ。
 
「でもね。そうやって経済的な影響力が落ちたっていうだけで、ポップをオワコン扱いするのは早いってーの。大人たちがお金でしか価値を見ないから、ただの商品になっちゃっただけ。昔から変わらず歌には魅力があるし、ダンスには求心力がある。ちゃんとした作品とパフォーマンスには、お金以上に人の心を動かす力があるわけ」

 ようするに、「音楽は世界を変える」ってやつだろ。
 はいはい、俺もなんか聞いたことあるわ。アニメかなんかで。
 そんなことより、どうやって絵玲菜ちゃんに催眠術をかける気なんだよ。
 行列はどんどん進んでいって、そろそろ絵玲菜ちゃんの姿が見えてもおかしくないあたりだ。パーティション代わりの長テーブルで仕切られた列の向こうに、メンバーがいると思わしきテントも見えてきた。
 あそこに絵玲菜ちゃんはいる。でも、当然ながら流れは速いし、人も多い。
 こんな状況で本当に、絵玲菜ちゃんに催眠かけて心を奪っちゃうとか、できるわけ?
 テントの中には、SPもスタッフもきっと大勢いるだろう。絵玲菜ちゃんの見ている前でタイーホとか、マジで勘弁して欲しい。
 なのに俺の心配をよそに、あずきの上から目線な音楽談義はまだまだ続く。

「この曲もさー、アレンジはまあまあ頑張ってるけど、詞もメロディもテンプレ貼っただけよね。適当に作ってるのバレバレ。振り付けだって、ド素人なNNPでも踊れるレベルにわざわざ下げて作ってる。客なめてんのって感じ。でもまあ、ここにいる人たちもそれで満足しちゃってんだから、まんざら作り手だけが悪いわけじゃないけど」

 てめぇだってド素人のくせに偉そうに。
 あずきも小学生の時、どっかのダンススクールみたいのに通って何度かイベントとかでも踊ったりしてたこともあったらしいが、いきなり「つまんない」とか言ってヘソを曲げ、すぐにやめてたはずだ。
 確か、俺もダンススクール出身のアイドルグループにご執心だった頃なので、応援はしてたのに。
 まあ、当時は俺も野球始めて夢中になってたから、妹のステージなんて一度も見に行ったことなかったけどな。
 やめた後もスクールの先生が何度も家まで説得しに来たくらいだから、素質はあったのかも知れないが、こいつもそれ以来そっち方面には絡んでないはず。 
 だから、俺もあずきもド素人なのは変わりないのだ。

「でも、この会場のテンション上がっちゃってる状態は、あたし的には大歓迎ね。NNPのブスたちも、前座にしてはよくやってくれたって感じ」

 しかし偉そうに語るあずきは、ますます調子づいて失礼なことを言いまくる。なんだか本気で腹立ってきたぜ。
 あずきは、サングラスの奥の瞳をキランと光らせ、俺の前で人差し指を立てた。

「いい、兄貴? 洗脳の基礎を一つ教えてあげる。1人よりも複数。できれば群衆。洗脳の本当に恐ろしいところは、1人を相手にするときよりも複数を相手にしたときの方がずっと簡単だってこと。群衆の心理は伝播し合って勝手に増幅される。1人の興奮が群衆によって熱狂に育てられる。そして熱狂は人の心を無防備にしてくれるわけ。誰かが、少し水を撒いてやるだけでいいの。そうすれば洗脳の大きな受け皿が勝手に出来上がるから」

 何やら物騒なことをほざいて、俺に自分のバッグと、それに音楽プレーヤーを持たせると、そのイヤホンを挿すように俺に命令してきた。
 変なデスメタルが流れていた。思わず顔をしかめたが、あずきは「取っちゃダメ」と言った。

「それはずっと挿してて。あたしのすること見てていいけど、気を取られそうになったらそっちのボリューム上げてね。兄貴まで巻き添え食ったら、あたしが面倒くさいから」

 そして次に、マイクを取り出した。
 どうしてそんなの持ってるのか知らないが、ステージ用のワイヤレスのやつだった。さらに別のイヤホンを取り出して片方の耳に入れ、腕を伸ばして軽いストレッチを始めた。

「まあ見てなよ、兄貴。あたしが今からポップの力ってやつを証明してあげるから。そんで、エンターテイメントは最強のMC装置だってこと、教えてあげる」
「はあ?」

 わけの分からないことばっかり言い、あずきは俺のことなどほったらかしにして、マイクを握り直した。

『あー、あー。PAさん、PAさん。音楽とあたしのマイクのボリューム上げて。そろそろ本番始めるよー』

 は?
 今、あずきの声が会場のスピーカーから聞こえた。そしてあずきは、天高く指を突き上げて叫んだ。

『Heyッ!』

 大ボリュームで響き渡るあずきの声。
 あっけに取られる俺の頭上で、NNPの新曲、「ツインテールの結び方」が流れる。
 何事なのかと会場も騒然となる中、俺が視線を戻すとあずきが消えていた。
 と、思ったらパーティション代わりの長テーブルの上に飛び乗り、観客に向かって叫んでた。

『それじゃみんな、いってみよーか!』

 何が起こってるかまだ理解できずにいたが、その会場の一瞬の沈黙で俺は目を覚ました。

「何してんだよ、お前!?」

 マジで凍っちゃうとこだった。
 信じられる?
 妹をNNPのイベントに連れて行ったら、テンション上がっちゃってマイク奪って叫んでんの。
 恥ずかしいなんてもんじゃない。事件になる前に慌てて取り押さえに行こうと思ったら、横から飛び出してきた数名のキモヲタたちに突き飛ばされた。
 そいつらは、あずきに向かって熱狂的なヲタコールを送っていた。それに、よく見ると会場のあちこちであずきのマイクに反応して騒ぎ始めるやつらがいた。
 いかにもN豚って連中や、女の子たちや、スタッフらしきおっさんも。
 なぜか何ヶ所かであずきに対する好意的な声援が同時に起こっている。何事かと思った観客やスタッフの視線も、自然とあずき1人に集中する。
 長テーブルの上でステップを踏むあずき。それはNNPのダンスとは違うけど、音楽ともマッチしてたし、何よりあずきの鳴らすリズムは、この曲の前奏よりも心地よく耳に響いた。
 俺はあずきから預かったイヤホンを外し、目を見張る。
 じつに楽しそうにあずきは踊る。しかも俺でもわかるぐらいに、かなり上手に。
 おそらくは阻止に入るつもりだったのだろう警備の人たちも足を止めた。たぶん、これがファンの暴走なのかスタッフの演出なのか、わかりかねているんだろう。
 だって、どう見ても素人のダンスじゃない。ヒールの高い靴で、細いテーブルの上で、あずきは何不自由なく踊っていた。ステップ音が妙に響く。心が掴まれる。
 でも驚いてる場合じゃない。
 あいつ、マジでバカじゃねーの。一体、何をしてくれてんだよ!
 あずきに置いていかれないよう、俺も人混みを掻き分けて追いかける。あいつはそのままテーブルの上を降りて、ステージまで走っていく。
 くそっ。待てよ、あずき。
 何人かの追っかけがすでに発生していて、走るのに面倒だった。その熱心な連中に引っ張られるように、不思議な顔して後追いする連中も増えていく。
 なんなんだ、こいつら。何してんだよ、あずきのバカ。
 兄貴の心配も知らないで、ステージの上に駆け上り、楽しそうにあずきがジャンプする。
 そして群衆をかき分けて、ようやく追いついた俺に、ステージ上で挑発的なウインクと笑顔で指ハートを作って、「ちゅ☆」と、一発決めてみせた。
 俺は思わず、足を止めて固まってしまった。
 決して、妹のアイドルスマイルにときめいてしまったわけではない。
 そんなわけがあるはずない。

 あずきが歌い出す。

 最初の一呼吸で、歌唱力は分かった。あいつの特徴のあるアニメ声が、じつに伸びやかに会場に行き渡った。
 俺の隣で、同じように突っ立ってた兄ちゃんも、「おおっ?」と驚きの声を上げた。頭のおかしいニコ厨あたりの暴走とでも思って冷やかしに来たが、その歌声に思わずぶっ飛んだって感じ。
 歌ってる歌詞はNNPと同じだった。でもまるで別物のように聞こえるのは、ソロで歌ってるせいだけじゃない。
 声質も声量も歌唱力も、素人の俺でも分かるレベルで図抜けている。それに、このダンスはあずきのアレンジなんだろうか。あいつがこんなに踊れたなんて、俺は全然知らねーぞ。
 ステージのライトが点る。スポットがあずきに集まる。
 ぶかぶかのキャップとサングラスで顔は隠れてるのに、その表現力は人を惹きつけるには十分だった。何より、あずきの笑顔の魅力はそんなものでは隠せてなかった。
 最初は何ヶ所かのグループが騒いでるだけだったのに、徐々にあずきへの声援は増えていく。後ろから、どんどんステージに人が増えていく。
 始めはぞろぞろと。やがて我先にと。
 そうか。
 これが伝播と増幅だ。
 一部の勝手な盛り上がりが、会場の空気を引っ張っていく。やがて波紋が広がるように、興奮が会場を埋め尽くしていく。
 いつの間にか俺は、最前列近くで揉みくちゃにされていた。熱気で体中に汗をかいていた。それでも、この群衆は必死になってステージへ群がっていく。これを見逃したら死ぬしかないって勢いで。
 そして、サビに到達する前の、ほんのわずかの溜め。
 鳥肌が全身を覆った。
 その空白の一瞬で、全員の心が一つになったのが俺にもわかった。
 あぁ、やべえ。すげぇの来る。
 俺はこの後来るだろう衝撃に備えて、息を吸い込んで止める。
 今、ここにいる1万5千人の心を捉えているもの。
 それは、このあずきのパフォーマンスを共有できる喜びと、興奮と、感動と。

 ―――熱狂だ。

 メロディがサビに移った。同時に観客の叫び声も重なって、わんわんと青空の下に響いた。
 あずきはその中を楽しそうに歌い、踊り、飛び跳ねる。会場の連中も踊り、飛び跳ね、泣いていた。
 もうあずきを止めようなんて考えるやつはいない。客も、スタッフも、NNPのメンバーも、一緒になってステージに夢中になっていた。
 とっさにあずきから預かったイヤホンを耳に戻さなかったら、俺もやばかったに違いない。
 俺の近くにいる中学生っぽい女子たちが、涙を流してキャーキャー狂いまくってる。さっきまでNNPで大騒ぎしてた有名ヲタたちまで、必死になってあずきに声援を送っていた。ますますステージ前に殺到する観客たち。何を勘違いしているのか、万札を振り回しているおっさんもいる。
 俺も、妹相手にヲタコールしちゃいたい自分に吐き気を感じながら、一緒になって騒げないことを寂しく思ったりもしている。
 ていうか、あずきが聴いとけっていったこのデスメタルなんなの? レイプとか殺害とか叫んでて、ちょっと正気を疑うんだけど。こういうの普段聴いてるわけ、あいつ?
 俺だけを除いて、会場は最高潮に盛り上がり続ける。
 あずきのダンスは素人離れしている。しかも、魅せる。
 少しセクシーな振り付けもあずきがすると可愛らしく見えた。スタイルの良さも手伝って、いちいちポーズが決まってた。
 歌声も情感たっぷりで、「好きな男の子の気を惹くために彼の好きな髪型で登校する」っていう、ただそれだけの単純な歌詞の、今までは気づかなかった女の子の勇気や不安や、あざとい計算や、そういったところも全部含めて『女の子って可愛い』という魅力が、全開になって伝わってくる。
 あぁ、俺にも分かったよ。
 あずきのやつが、どうしてあんなにNNPのことバカにしてたのか。
 N豚として最大の屈辱だが、そこは仕方ない。認めてやるしかない。だって考えてもみりゃ、あずきはこの曲、今日初めて聴いたんじゃねぇか。
 確かに、お前の言うとおりだろうよ。
 お前に比べたらNNPは全然素人だよ、くそっ。

 よく出来た妹だと親にも周りにも言われ続け、長年抱えてきた劣等感というのは簡単には拭えないが、でもまあ、本当に出来るやつというのは、俺たち凡人のそういう小さな僻みなんて気にもしないで、平然と信じられないことやってしまうんだよな。
 マジで尊敬するよ。お前って、ホントすげぇやつだよ。
 でも、だから俺はあずきのこと好きになれないんだ。
 後から生まれてきたやつが、自分の出来ないことを当然のようにやってのけるのを見て、素直に喜べるほど俺は年を取ってねえ。
 なのに兄貴だからこそ、妹が可愛いって気持ちも、守ってやらなきゃって気持ちもやっぱりあるんだ。
 自分でも、何なのかわからねぇよ。家族なんて面倒くせぇことばっかりだ。
 本当に、なんでこんなやつが俺の妹なんだろうな。

『まだまだいくよー!』 

 熱狂の坩堝と化した会場を、あずきは容赦なく煽っていく。
 踊りまくって邪魔くさいやつ、ひたすら絶叫してるやつ、立ち尽くして泣いてるやつ。誰もがあずきに夢中だった。もう誰も握手会のことなんて忘れちまってる。当のNNPメンバーやスタッフ、警備まで観客になってんだから。
 あずきはその中を楽しそうに手を振り、笑顔を振りまき、会場を釘付けにする。
 なんていうか、妹に必死でヲタコールしてるキモ豚どもには、軽く殺意を抱けた。身内からアイドルなんて出すもんじゃねぇな。
 俺は少しあきれた気持ちでそのステージを見守る。隣のやつにでも教えてやろうか。
 あそこで踊ってるの、俺の妹なんスよ。
 俺? ただの客っス。
 そして、間奏が終わってまた歌パートが始まろうとしている。
 あずきはマイクの前で一呼吸。
 会場の空気がそれに引っ張られる。たった一つに絞られる。
 ここにいる全員が期待した。
 あずきの歌に。
 ダンスに。
 笑顔に。

 でも、彼女が歌ったそれは―――NNPの曲ではなかった。

『それじゃあ、眠れ。1、2、3♪』

 パン!
 両手を上で叩く。
 それと同時に、あの地響きみたいな声援も一斉に止んだ。

「……え?」

 一瞬、何があったのか分からなかった。
 周りを見渡すと、みんな無言でゆらゆらと音楽に合わせて揺れるだけだ。
 すっげぇ……気持ち悪ッ!?

『楽しいステージ、まだまだ続くよ~♪ みんなもまだまだ、あたしに釘付け~♪』

 そしてあずきの歌詞も、全然勝手なものになった。
 なのに、周りの連中はさらに楽しげに表情を蕩けさせ、うつろな視線をあずきに集中させた。

『あたしの歌に~、耳を傾け~♪ 歌に従いたくなる~♪』

 そしてあずきは片手を上げて、ゆらゆらと左右に揺らす。

『揺れて~♪ 揺れて~♪ ゆらゆら揺れて~♪ 何も考えたくない~♪ 歌に全て預けたい~♪』

 あずきの手と同じくして、観客は揺れる。その瞳には意志は感じられず、まるであずきの手から伸びる糸に全員繋がれてるみたいだった。

 頭の悪い俺は、そのときになってようやくあずきの真の狙いを悟る。

 俺はずっと、「あずきがどうやって大藤絵玲菜ちゃんに催眠をかけて心を奪うか」を考えていた。
 今日のこの状況を見て、それは不可能だと思ってた。いくら超天才美少女催眠術師でも、こんなに人がいたら無理なんじゃないかと。
 でも、そんな俺の貧しい想像力の遙か斜め上空を、あずきは軽々と飛び越えていた。
 ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。
 1万5千人の心を、丸ごとかっさらいやがった。

『それじゃあ、みなさん、ご一緒に~♪ わんわんにゃーにゃーN豚ぶー♪ ハイ、わんわんにゃーにゃーN豚ぶー♪』

 あずきの小馬鹿にしたような振り付けに釣られ、観客が1人残らず豚の真似をする。
 ふざけんな。
 腹が立つのと同時に、その光景にゾッとするほどの驚異を俺は感じている。
 つーか、当のNNPメンバーまで一緒になって「N豚」言ってるし。

 俺は催眠術のことなど全然わからん。
 でも世の中に何人いるか知らないけど、本物の催眠術師がこの光景を見て、なんて言うかは想像がつく。
 「そんなわけがない」って言うだろう。
 並の催眠術師では、いや、天才催眠術師程度ではこうはいかない。
 超天才美少女催眠術師だからこそ、こんな芸当が出来るんだ。
 
『N豚のみんな、邪魔してごめん♪ ちゃんと握手はするからね♪ だけど大藤絵玲菜だけ、ちょっと先に帰るから♪ 残念だけど、許してね♪』

 俺より先に会場に入ってたあずきは、ここの音響スタッフに催眠術をかけて協力者にしていたというわけか。
 いや、あの最初からあずきに熱狂だったファンの何組かも、すでに操られていたに違いない。
 まったく、なんて妹だよ。
 驚きを通り越してあきれるしかない。
 操り人形と化した群衆に埋め尽くされた会場で、俺はただ1人立ち尽くすだけだった。
 こんなとき、素人高校生の兄の出来ることなんて……隣のJCのお尻を撫でることくらいだ。
 
『カメラも録画もノーサンキュ♪ あたしの記録は残しちゃダメよ♪ 今すぐ全部、消しちゃって♪』

 至近距離で撮影していたテレビカメラのレンズを、チョンと指でつつく。
 カメラマンもスタッフも慌ててそれぞれの機械を操作しだした。ケータイもデジカメもレコーダーも、あずきを撮影した者はすぐにその場でデータを消した。
 俺が尻を撫でている女の子も、同じように手にしていたケータイをイジりだした。
 その画面を隣で覗くふりをしながら、俺はスカートの中に手を入れた。
 あらためて顔を見ると、大当たりの可愛い子だ。街ですれ違ったら、「お?」と思えるレベル。
 こりゃあNNPの将来も明るいな。
 あずきよりも子供っぽいけど、むしろこれくらいがちょうどいい。変に大人びたJCなんて俺の妹だけで十分だ。
 小ぶりでキュッとしまった尻肉は、希のお尻とも違った固さの残る感触で新鮮な興奮だった。じわりと手のひらにかいた汗も、その小さなパンツに吸い込まれていった。
 催眠トリップ状態で、なおかつこの容赦ないセクハラにも無反応な横顔も、目覚めたばかりの俺の催眠フェチズムを刺激してくれた。
 今ならやりたい放題ってやつだ。こういうシチュ、すげぇいい。今度、希にも人形痴漢プレイをお願いしてみようかなぁ。

『あたしの指からビームが出るよ♪ みんなの記憶を消しちゃうビーム♪ あたしのことは忘れちゃえ♪』

 あずきは指をピストルのように構える。そしてそのまま会場に向けて回転させる。

『ビィ~ム♪』

 もちろんビームなんて出ていないが、あずきの指が向いた方向にいる者は一斉にバチバチと瞬きを叩き、本当にビームを顔に食らったようにポカンと口を開けた。
 俺も、なんとなくあずきの指を避けてしゃがんだ。巻き添えを食うのはごめんだからな。
 ついでに隣の彼女のスカートをたくし上げてみた。すぐそこにあったもんだから。
 キャハハ、マジ~? 水玉ピンクのパンツなんて許されるの女子中学生までだよね?
 だから許す。超許しちゃう! しかもそれが俺に乱暴に撫でられていたせいで、尻に食い込んじゃってるし。
 俺はすかさずケータイのシャッターを切った。これはぜひとも、矢吹先生の資料にしていただきたいね。
 あずきの歌はまだ続く。まだまだ俺の時間も終わらないようだ。
 それじゃあ、次はその可愛いパンツでもずり下げてみましょうか。

「うっひょー! おまわりさん、俺です俺!」

 小躍りしながら自首しちゃうくらいには、センセーショナルな光景だった。
 もちろんパンツは全下げしないで、尻から太ももの切り返し地点でキープしている。わかるだろう? ここで全部脱がせるやつは素人だ。せっかくのJC生パンツなんだから、それも視界のフレーム内に留めておくべきなんだよ。セットでJCヒップなんだよ。
 ツンと上向く丸いお尻。「ここには若さしかありません」っていう少女の主張をしてるみたいだ。
 希のキュッとしたモデル体型なお尻も大好きだけど、この子のお尻も明るい未来にあふれていて素晴らしいと思う。ボリュームは少し足りないけど、何かスポーツでもやっているのか、重力というものを知らない引き締まった果実感でパッツンパツンに張っていた。
 ぴっちりと閉じたその白い丘を、両手ですべすべと撫で、そっと開いてみる。
 するとその汚れなき白さの中に……ほら、知ってたかな? ここに、女の子のもっとも恥ずかしい秘密があるんだ。陰りを帯びた小さな窄まり。ようするにアナルってやつだよ言わせんな恥ずかしい。アナルだよアナルアナルアナル! なんでだろう、この年頃の子ってアナルすら可愛いんだよ。すげぇよ少女アナル。五百円くらい詰めといてやろうかな。
 さぁてそれじゃあ、ここからはみんなも一緒に参加してくれ。
 この美少女の秘密ホールに、次はどんなおしおきをしてやるか、以下の3つのプレイの中から―――

『さあ、みんな♪ そこのヘンタイ、もう殺せ♪』
「すみません!?」

 1万5千人のうつろな視線が、いっせいに俺に集まって恐怖だった。

『握手会はまだ続く♪ 楽しいイベントまだ続く♪ おかしなことはなにもない♪ NNPしか出てこない♪』

 会場の記憶消去を念入りに、あずきは歌って踊る。
 ふざけているように見えるが、大事な部分は慎重に催眠を進めるあずきに、俺はやりすぎたイタズラを反省して、隣の子の下着を元に戻す。

『そんじゃ最後に、プレゼント♪ みんな、今夜は良い夢見るよ♪ 君の見たい夢を見れるよ♪ だからあたしを許してね♪ ヘンタイ兄貴が、全部悪い♪』

 うっせえ。
 俺は赤くなった顔をあずきから背けた。そして隣のJCに、心の中で詫びた。

 音楽は盛り上がり続ける。でも客席には静寂とゆらゆら揺れる人形しかいない。
 その中でもあずきは、最後まで楽しそうに踊り続けていた。
 さっきまでの完璧ダンスとは全然違う。ただ思いつくまま踊ってるってだけの無邪気な動きだ。
 でも、それがすごく楽しそうだった。
 なんていうか微笑ましい。まるで子供のお遊戯会みたいで。
 誰のために踊ってるんだろ。いや、きっとあずきは自分が楽しくてやってるんだ。あいつはきっと、こういうこと好きなんだ。
 ひょっとしたら、あずきがこうやってみんなの前で本物のアイドルやってた可能性もあったのかもしれない。あのダンススクールあたりを続けていたら。
 そんな想像をして、俺はなんだか寂しいような、わくわくするような、変な気持ちになった。今さら遅いけど、一度くらいはスクールやめる前のあずきのステージを観に行ってれば良かったと思った。
 この曲の残り時間も、あとわずかだ。

『みんな、15分後に目を覚ます♪ それまでそのまま立ってなさい♪ それじゃ元気で、さようなら♪ ツインテ結んで、バイバイ♪』

 髪を両手で結んで、くるりと回転して、最後のポーズをあずきは決める。
 アイドルのお手本のような笑顔で。

『イェイ!』

 そうして、あずきのトランスツアーは終わった。
 もう、あきれるというか、脱帽するしかない。
 たった1人の観客となった俺が、その他1万5千人の棒立ち人形を代表してあずきに拍手を送る。
 あずきのステージを最後まで見届けるのが俺だけなのが、本当に惜しまれると思った。
 つまり、俺も妹の歌を催眠術抜きで「スゴイ」と認めてちまっていた。
 まあ、しかたないさ。
 俺も兄貴なんだし、たまには妹を素直に褒めてやってもいいぜ。

「すげぇよ、あずき。マジでアイドルみたいだった」

 予想はしてたが、せっかく賞賛してやったのに、あずきは「ふん」と鼻を鳴らして口をへの字に曲げるだけだった。

「今ごろ褒めても、遅いっつーの……」
「え?」
「何でもない。さっさと行くわよ、バカ兄貴。ほら、NNPの大藤ー。手ぇ上げてー」

 1万5千体の生き人形が立ち並ぶイベント会場の中で、ひょこんと細い腕が伸びる。
 同じく人形のようにうつろ目をした、NNPの次世代エース(俺の中では確定済み)のスーパーアイドル、大藤絵玲菜ちゃんだった。

< つづく >

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