落ちこぼれのレイニー・ブリスルスハート 第1話

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 落ちこぼれのレイニー・ブリスルスハート。

 当然、俺の本名は後半の部分だけなんだけど、学校のみんなには、わざわざ長ったらしくこう呼ばれることが多い。
 省略したいときは、ただの「落ちこぼれ」と呼ぶ。本名が一部たりとも使われていないにも関わらず、誰もが口元に嫌な笑みを浮かべ、俺を指してそう言った。
 剣技でも魔法でも成績最下位。座学でもそのあたりをうろうろしている。王宮に仕えるべき質実剛健な衛兵を育成する、誉れ高き王立エムシー兵術学院で、俺の名を知らない者はいないともっぱらの評判だ。もちろん悪評の方で。
 まあ、気にしても仕方ない。俺が落ちこぼれなのは事実だしな。
 俺をこんな場違いな場所に送り込んだ、親父が悪いんだ。

「やあ、落ちこぼれのレイニー・ブリスルスハートじゃないか。まだ学院をクビになってなかったんだな。神のご加護か、それとも親父さんの金の力か?」

 嫌なやつに声をかけられる。キザオス・スネオホネカーと、その後ろでゲラゲラ笑っている取り巻きどもだ。
 派手に改造された制服に、長ったらしい髪をかき上げ、自慢のハンサム顔に笑みを浮かべている。
 コイツ、俺の顔を見ると嫌みを言いたくなる呪いでもかけられたのか、こうしてしょっちゅうちょっかいを出してくるんだ。
 こういう手合いにいちいち腹を立てるのも大人げない。それに相手は王族と親戚関係になる五大貴族のご子息様だ。愛想よく笑みを浮かべて受け流すのが、賢い返し方だった。

「やあ、キザオス。それに腰巾着のクソッタレども。よい日和だね」
「おまえ、今、俺たちに八つ当たりしたか?」

 腰巾着のみんなが、いっせいに俺に詰め寄ってくる。どうしよう、ついつい本音が溢れ出てしまった。みんな、剣を抜きかねない勢いだ。

「まあ、やめておけ。こんなやつ相手にムキになるのも大人げないぞ」
「で、でもキザオス……いや、わかったよ。別に俺たちだって、何とも思ってないしな」

 なんだかんだでキザオスには逆らえないこの連中のことを、俺は内心でクソッタレ腰巾着牧場の牛糞どもって呼んでいる。
 溢れ出たのが半分くらいで良かった。

「ところで聞いたか? 今度の捜索実習には、お前もメンバーに選ばれるらしいぞ」
「え、マジ?」

 意外な話に思わず間抜けに聞き返してしまった。
 学院では、生徒たちにある程度の実戦や王宮の任務を体験させるため、実習と称して衛兵の仕事を手伝わされることがある。
 我がエムシー王国も一応は戦争国家で、東隣のアダルト共和国と国境を争いあっている。とはいっても互いに背後に非同盟国家を抱えているので、最初に派手にやりあったあとは膠着してしまい、だいたい年に一度くらいに思い出したように小規模な牽制をして紛争アピールだけしているような状態が、もう10年くらい続いている。
 だけど、さすがにそっち方面へ実習に回されることはまずなくて、たいていは貴族の誰かが領地に戻る途中までの警護とか、行事の手伝いとか、城壁の見回りとか修理とかの雑用だ。
 たまに逃亡犯罪者の捜索の手伝いもあって、それはわりと実習の中でもリスクは高いが、点数も高いものだった。
 そういうのに回されるのは普通は成績上位者ばかりだけど、そこでの結果によっては、本物の衛兵やお偉い方々に目をかけてもらえたりするという。城壁修理の専門職になりそうだった俺にも、久々の大仕事だ。

「それで手柄を上げられれば、少しは良い成績つくかもな。おまえが俺たちと一緒に卒業できるかもしれない最後のチャンスだ」

 キザオスは万事に成績良いし、それを鼻にかける嫌なやつだが、最近じゃ他に話しかけてくれるヤツもいないので、じつは貴重な友人だった。
 それにコイツは情報が早いし、情報通なのを自慢したいからウソをつかない。
 たまにはちょっと感謝してやらないでもないかもしれない。

「もっとも……おまえが自分のことの班長に斬り捨てられるのが、先かもしれないけどな」
「ん、どういうこと?」
「まあ、せいぜい頑張ることだ。はっはっはっ」

 なに言ってんだアイツ、バカなのかな?
 俺はさっそく担任のフェイバリット先生を探す。そして、廊下の先で形の良いお尻が揺れているのを見つけ、追いかけて声をかける。

「ケツバット……あ、いや、フェイバリット先生。質問が」
「今、確実に間違えるわけのない方向に私を誤ったわね。停学にするわよ」
「すみません。見つけてからここまで意外と距離があったものですから、いろいろ妄想しちゃって」

 アップにした赤色の髪に、チェーンの付いた魔眼鏡。クールな顔立ちと、いつも胸抱えているぶ厚い魔術書。
 ローブとかゆるやかな格好を好みがちな魔女の中にあって、珍しくタイトで体にぴったりするスーツを好むフェイバリット先生は、魔法学の教師で俺の学年の指導担任だ。
 年齢は不詳だが、ばつぐんな大人の魅力と圧倒的な火力の持ち主で、『炎のフェイバリット』と尊敬と恐怖の念を込めて呼ばれている。

「それより今度の犯罪者捜索で、俺もメンバーに選ばれているって本当ですか?」
「……キザオス君ね? まったく、公表前の情報を嬉々として漏らすなんて、困ったヤツ。まあ、でも本当のことよ。明日のHRで正式に連絡するわ」
「やった! ありがとうございます、先生。俺を選んでくれて嬉しいです。必ず活躍してみせますから!」

 キザオス、ありがとう。
 おまえの情報はもう用無しだけど、早めに嬉しいこと知れてよかったぜ。

「あら、そっちは聞いてなかったの? あなたは選ばれわけじゃないのよ。今回は6年生全員が実習参加ってだけ」
「え?」
「どうやら犯罪者はヒプノの森に逃げ込んだ可能性があるのよ。それで、できるだけ大勢の協力が欲しいって。だから6年生は全員参加ってわけ。大丈夫よ、日中の明るい時間だけで、学生たちは森を囲むだけでいいことになってるから」
「……あ、そうですか」

 キザオス、ぶっハゲろ。
 何が手柄のチャンスだよ。ただの遠足じゃねーか。

「実習で目立つこと考えるよりも、あなたの場合は授業の成績を上げる方が先なんじゃないの。こんなところで遊んでいないで、寮に戻って魔法の研鑚をするなり、剣を振るなりしなさい」

 ぐうの音も出ないことを言われ、俺はしょぼくれたまま寮に戻る。
 うまい話なんて、そう簡単にあるわけないか。
 わかってたけど期待しちゃったせいで落ち込んでしまった。
 俺って、本当に卒業できるかな。できても兵隊になれるのかな。
 この学院に入学したときは当たり前のように想像できていた未来が、いつからか不安のタネでしかなくなっていた。
 この学院の卒業まであと1年。
 王宮勤務の近衛兵になどなれそうもないと自分の才覚を見限っておきながら、だらだらと6年目に突入だ。
 さっさと家に帰って就職活動でもした方がマシかとも思うが、成金商家の次男坊の悲しいところで、家は兄が継ぐのだから、弟のお前は出来るだけ良い学校を出て、王家の側近役人か親衛隊長にでもなってくれというのが親父様の希望だった。
 俺は親父に逆らえない。決して怖い人間ではないのだが、運と才能だけでとんとんと財を築いてしまった人だから、自分の子どもたちにも当然、何かしかの才能はあるだろうと無邪気に期待してくれちゃってるのだ。
 兄貴はまさに優秀を絵に描いたような人間だった。そして俺も、この学院に入学した頃にはそんな自分を疑っていなかった。まさかあの親父の息子が、あの兄貴の弟が、こんなにも無能な落ちこぼれだったとは。
 親父ががっかりするところは見たくない。でも、嫌でも来年の今頃には、泣かせているんだろうな……。
 憂鬱なことは考えたくないので、今日も何もせずに寝てしまうことにした。
 なんだか全然うまくいかない。何もかもが面白くない。

 次の日、フェイバリット先生から、正式に捜索実習の案内があった。6年生の全員が参加すること。森の周辺を監視すること。
 そして、それぞれが10名ずつの班となり、リーダーとなる者の名前も発表された。
 俺が所属する班のリーダーは、『白金の女騎士』こと、エアリス・ユウナ・ライトニングだ。
 その代名詞ともなる白金色の長い髪に、凛と整った顔立ち。騎士とあだ名されるだけあって剣の腕前も学院最強レベルだが、氷彫刻のような美肌美人で、手足もすらりとして、細身だけどおっぱいが大きいという、容姿の完璧さで秘かな人気者だ。かく言う俺も結構な隠れファンだ。おっぱいが大きいからな。
 しかし、そんな美女をなぜ我々男子は秘かに愛さなければならないかというと、それは本人の気質による。

「今回、我々学院生の任務は、衛兵の先輩方が安全に探索の任を務められるよう、万難を排すことである。よって我が班は一丸となり、堅牢無比の盾となってこの場を死守する。私のことは上官と思い、命令を遵守し身勝手な行動は慎むこと。そして最後まで誰一人欠けることなく、戦場の使命を果たすぞ! わかったな!」
「はーい、班長」
「よろしくお願いしまーす」

 見た目は北洋国の美人騎士なのに、中身が東洋国の旧武士なんだ。
 ここにいる全員がピクニック気分だというのに、なんだその無駄な熱さは? なぜ戦争でもないのにフルアーマー着てきた?
 俺たちはみんな制服で、しかもノーネクタイでリラックスしているというのに……。
 他のやつらも同じことを考えているらしく、元気に空回りをしている彼女をみんな優しい目で見ていた。

「ライトニングさん、今日も張り切りだな」
「私、最近あの人の可愛さがわかってきた気がするよ」
「なあ? 可愛いよなあ。超きれいだし」
「でも、うちの男子にあの人と付き合える男なんている?」
「いるわけねぇよ。無理だよ。だから遠くから愛でてるんだろうが」

 付き合える男などいるはずもない。さすがにあのキザオスですら口説くのを諦めたくらいだ。そもそも剣術でも槍術でも、武術系では誰も勝てないしな。
 なので、今日も孤高のエアリス・ユウナ・ライトニングさんだ。
 まあ、そういうお堅い班長に当たってしまったが、大人しく歩哨に徹していれば単位はつく。こうして鳥の鳴く声にでも耳を澄ませていれば終わる任務だから、普通に授業をやっているよりよほどマシだろう。
 ここヒプノの森は、学院のある都からも程近い、国土の2分の1近くを占める巨大な森林帯の一部だ。都市開発のためにだいぶ伐採されてはいるが、奥に眠る古代都市の遺跡や、そのまた奥に眠るといわれる文明跡まで現人類の手は届いていない。
 ドラゴンや見たことのない巨大モンスターの噂もあるし、古代人の文明を守る謎の種族とか、異世界に通じる洞窟なんてトンデモな話もあるくらいだ。
 それだけに魅力もあって、建国以来今までに何度も探索隊が編成されて森の奥を目指しているが、帰還してきた部隊の最長距離はわずか68マイメーターだ。森の中心部まではあと五百年かかると言われいている。
 とにかく出てくるモンスターが強い。人間の魔法や兵器では歯が立たず、全攻略するくらいなら隣の国と全面戦争した方が被害は少ないと言われている。
 だから、ただの犯罪者が一人逃げ込んだところで、森の手前をウロウロしているか、とっくにモンスターに殺されているかどちらかだと、みんな噂していた。
 さすがに場所が場所だけに、衛兵が一小隊と、さらに捜査と戦闘のエキスパート集団である情報部隊からも、数名派兵されているという話だし。

 ドン。

 ぼんやりと空を眺めていたら、森の中で魔法の炸裂する音がした。
 立て続けに鳴る炎や風のひしめき合う嫌な音と、人の叫び声。
 犯罪者が見つかったのか。
 ゾクゾクと背中に痺れが走る。衛兵の戦う場面に遭うのは初めてだ。規模は小さいとはいえ、戦地の緊張が俺の肌にも感じられた。
 見れば、エアリスもそわそわしている。そのうち突撃命令でも出しそうな感じだ。

「おい、キザオスたち、入ってくぞ」
「よくやるよな、アイツら。まあ、キザオスなら大丈夫だろ」

 隣の班にはあの連中がいたらしい。キザオスを先頭に、森に入っていくのが見えた。気弱そうな班長がオロオロしていた。

「わ、我が班はあのような独断専行は許さぬぞ! 全員、今の布陣を堅守すること!」
「はーい、大丈夫でーす」
「班長こそ、行きたいんじゃないの?」
「そ、そんなことはない!」

 中に入ったら、どんなものが見られるんだろう。
 犯罪者と精鋭たちの魔法バトルとか? モンスターも入り乱れての大乱闘とか? それとも、ひょっとして逃げてきた犯罪者を俺が捕まえちゃって大手柄とか?
 そんなこと出来るわけない。と思っても体の武者震いを止められなかった。
 俺には何の才覚もない。ただの落ちこぼれだ。だからもしも出世したいなら、一発逆転の大手柄を上げていって、王宮の連中に目をかけてもらうしかないんだ。
 その機会は、自分が捉まえるしかない。

「は、班長。おしっこ」
「なに?」
「おしっこしてきていい?」
「貴様、こんなときに何を―――」
「あーダメだ、漏れる漏れる! すぐ戻るから!」
「おい、ちょっと待て、おまえ。森の方へは行くな!」
「大丈夫じゃないの、班長? あの落ちこぼれが何かする度胸もないでしょ。すぐ戻ってくるってー」

 のんきな同級生の奴らに感謝しながら、俺は森の中に身を隠し、中へと走っていく。
 うわ、薄暗え。ちょっと入っただけでこれかよ。それに、音が妙に遠い。森の外ではすぐに見当ついたのに、中で聞くと反響と吸収で現場がどのあたりかわからねえ。
 こんなとき、聴力を補助する風魔法が使えたら多少はマシなんだろうけど……。
 俺はあいにく、使える魔法が「チンカラホイ」でスカートめくるくらいだもんな。女子には総シカトされてるぜ。
 しばらく森の中を歩いているうちに、不安になった。
 俺、ひょっとして迷子になってないか?
 冗談じゃないぜ、こんなとこで道に迷ったら死んじまう。帰らなきゃ。いやでも、待てよ。
 道ってあったか? どこをどう引き返せば出口なんだ?

「……マジかよ?」

 とにかく、振り返って、真っ直ぐ進もう。歩きやすいところを歩いていけば出口なはずだ。大丈夫。モンスターになんて遭わなかった。ここはまだ森の出口に近い場所だ。適当に歩いたって帰れるはずだ。
 ギャアギャアと、聞いたことのない鳥が頭上で鳴いている。それに答えるように、犬が遠吠えするような声が背後で聞こえた。
 大丈夫だって……だって、さっきまでピクニックだっただろ。みんなもいて、ヒマだとか言って、派手に戦ってる人たちもすぐそこにいて。
 強いモンスターならそっち行くだろ。俺みたいなただの学生がそんな危険な目に遭うはずが……。

「誰かーッ! 誰かいませんかーッ!」

 俺の声だけがむなしく森に吸収されていく。
 それが怖くて、声を張り上げて何度も叫んだ。

「誰かァーッ! 助けてくださーい!」

 なりふり構っていられなかった。
 このまま日が暮れて本当の暗闇になってしまったら、俺は二度とこの森から出れない。本気で恐ろしいことだった。

「……うるせぇな。そんなにでけぇ声出すんじゃねぇよ」

 そのとき近くで男の声がした。弱々しいが、確かに聞こえた。

「誰かいるんですか、そこに!?」

 声のした方へ行ってみると、ハゲた小男が、木の根を枕に横たわっていた。
 疲れ切った様子で、汚れた服装で、とても衛兵になんて見えなかった。

「あなたは?」

 男は、へっと笑うだけだけだった。
 歯が黄色い初老の男性だ。
 衛兵なんかでは、もちろんない。
 血の気が引いていく音が聞こえた。

「ひょっとして、我々の追っている男か!?」

 慌てて腰の剣を抜く。と思ってもなかなか抜けずに戸惑う。
 そしてようやく抜いて構えて、切っ先を男に向ける。ぶるぶる手が震えて、取り落としそうだった。

「……ひでぇへっぴり腰だな。学生か?」

 男は額に汗をにじませながら、また笑う。
 俺は顔が熱くなっていくのを感じながら、なんとか声を張り上げる。

「う、うるさい! 無駄な抵抗するな! バカな真似をすると斬るぞ!」

 興奮して舌がもつれそうだ。あれだけ大手柄が欲しくて無茶したはずなのに、いざ目の前にすると怖くて仕方なかった。
 キザオスでもエアリスでも誰でもいいから、一緒にいて欲しかった。

「へいへい、無駄なことはしませんよ」

 男は簡単に手を上げた。
 その右手には、糸のついた何かがぶら下がっていた。
 目をこらして見ると、それはただの5エント硬貨だった。

「……なんだ、その指についているものは? おかしなことすると……」
「ただのコインだよ。何か変なものに見えるかい?」
「え、いや、変なものには……」

 ゆらゆら揺れるコインに、他におかしなものは付いていない。
 魔法装置の類かもしれないが、こんな小さなもので人間を攻撃できるわけもない。
 ただ、引き寄せられる。子どもの小遣いにもならない安い硬貨一枚なのに、目が離せなくなった。

「よぅく見てみな。何もおかしなもんじゃない。だろ?」

 おかしなものじゃない。よく見てみる。すごく集中できた。
 感覚力を上げる魔法にでもかけられたのか。いや、そんなの敵であるはずの俺を少し優位にするだけで意味がない。
 それとも幻惑? いや、そんなのは人外の一部の幻獣が出来るだけで、普通の人間が他人に幻覚見せるほどの強力な魔法を、脳や神経なんてデリケートな部分にかけられるはずがない。せいぜいが、視覚や聴力なんかを器官を敏感にするくらいなんだ。
 なのにこの男の言葉には、逆らえない魔力があった。俺の体を縛る力があった。

「この近くに、大きな洞がある。そこまで運んでくれ」
「……わかった」

 どうして俺は、こんな犯罪者の言うことを聞いているんだ。
 でも、そうしなきゃいけない気がして、男を背負っていた。
 男は腹から血を流していた。しかし、俺が背負って歩いても、痛いとも言わなかった。

「お前の名前は?」

 男の質問には素直に答えていた。いろいろなことを男は聞いてきた。俺の両親、身分、学校でのこと、今日の任務のこと、独断専行のこと。そして、俺が落ちこぼれで魔法も剣もろくに扱えないこと。

「なんだ、やっぱりへっぴり腰の落ちこぼれか。俺と同じだな」

 男はそう言って笑った。

「じゃ、呪いを解くなんてことも出来ねぇのか?」

 出来ない。
 そう答えると、男は、へっと笑った。

「……いよいよ俺も運のつきか。まあ、いいさな。そこで下ろしてくれ」

 洞はすぐあった。俺はそこに男を横たえた。

「すまねぇな。おまえ、戻ったら相当叱られるだろ」

 そうだと思う。どうしてこんなことをしてしまったのか。

「だけど悪いが明日も来てくれ。食い物を持ってな」

 わかりましたと答えた。
 そして、帰れないとも答えた。

「そういや、おまえさん迷子だったな。うぇっはっはっはっ、ホント、間抜けなやつを捕まえちまったもんだぜ。ほれ、出口を教えてやるから、こっち見ろ」

 男の手を見た。コインはなかった。俺の眼のあたりに手のひらを近づけ、そして目を覆ったまま俺の首をとある方向に向けた。

「目を開け」

 男が手をどけると同時に目を開く。ただの暗い森だった。

「まばたきをしな。何度も。俺の指差す方向をずっと見ていろ。そのうち光が見えてくる」

 パチパチと、何度もまばたきしているうちに光が見えてきた。森の向こうに。

「まだ首を動かすな。ゆっくりだ。ゆっくりと首を動かせ。目の中で光の位置は動くか? 動かないか? そう、ちゃんと出口を指して光っているな? よし、もう大丈夫だ。おまえの頭の中に、出口の方向を植えつけられた。これでもう迷うことはないぞ」

 迷うことはない。
 こんな犯罪者の言うことなのに、それは真実として俺の頭の中に巣食った。

「森を出たら、俺と会ったことは忘れる。道に迷っただけだ。だが、必ず明日も食料を持ってくる。それまで俺のことは忘れていろ。おっと、上着は置いていけ。俺の血が付いてるだろ。暑いから捨てたと言え」
「はい」
「あと、衛兵どもがこの事件の顛末をどう説明するのか、ちゃんと聞いて、明日俺に報告しろ」
「はい」
「よし、行け」

 帰らなきゃ。もう道に迷うことはない。
 俺は光の指す方に向かって歩き始めた。

「―――貴様、今まで何をしていたんだ!」

 帰ってきた俺を待っていたのは、エアリスの罵声だった。
 フェイバリット先生もキザオスもそこにいて、先生は俺に鋭い視線を、他の級友たちは苦笑を浮かべていた。
 先生は、ため息をついて俺に言う。

「レイニー・ブリスルスハート。どこで何をしていたの?」
「あ、あの、中を見てみたくて、その……でも、誰にも会いませんでした」
「あたりまえです。何を勝手なことをしているんですか、あなたは!」
「……すみません。けど、キザオスだって……」
「何のことだ?」

 森に入ったのは自分だけじゃない。
 と、俺が訴えようとしたとき、妙に堂々と本人が割って入ってきた。

「僕たちは、勝手に中に入ってしまったおまえを探すために、うちの班長とおまえの班長の許可を得て、チームで侵入しただけだ。もちろん危険区域まで入らなかったし、その手前で断念して引き返したが。まったく、おまえに何かあったらと冷や冷やしたよ」

 エアリスも、向こうの班長もキザオスの言うことに反論はしない。エアリスは唇を噛んでいた。
 2人の班長の落ち度と、自分の家柄を上手いこと使ったんだろう。相変わらず手回しの良い男だ。こういうところは、素直に見習った方がよいかもしれない。出来ないけど。

「ブリスルスハート。あなたには謹慎7日間を命じます。エアリス・ユウナ・ライトニング。あなたが責任を持って監督するように」

 7日間、寮からは一歩も外を出てはいけない。
 成績の悪い俺にはかなり手痛い罰だ。それでは単位が足りなくなるかもしれない。
 うちの学院に留年なんて甘い制度はない。中退という不名誉な肩書を貰って放り出されるだけだ。

「……わかりました」
「はっ、承知しました。フェイバリット先生」

 でも、ここは大人しくやりすごすしかない。
 寮からは、一歩も出ないで自習でもしていよう。

 ―――なのに俺は、朝からどうやって寮を抜け出そうかそのことばかり考えていた。
 学院は謹慎欠席中だとしても、エアリスに監視を依頼された寮の管理人が、俺を見張るためにしょっちゅう確認にやってくる。そして放課後には、エアリス本人が部屋に来て、ずっと見張っていた。
 堅物のアイツが消灯時間ギリギリまで男の部屋にいるなんて、さぞかし面白おかしい噂になりそうな出来事なのだが、相手がなにしろ俺だし、昨日の事件もさっそく学院中に知れているし、不名誉な噂になど間違ってもならないだろう。
 冷やかしが多少あった程度だった。羨ましいというヤツもいた。まったく、アイツに睨まれながら、怠けることも許されず自習する身にもなってみろ。大蛇でも飼う方がよっぽどマシだ。
 それより、夜になってしまえば、朝まで監視は免れる。あとは部屋を抜け出すだけだった。
 リュックにあるだけの食料を詰め込んで、窓を開ける。早く行かなきゃいけない。どうしてかはわからないけど、森が俺を呼んでいる気がした。

「遅かったじゃねぇか。餓死させる気かよ」

 何かに導かれるように森を彷徨った後、変なハゲ中年に、俺は声をかけられた。
 その瞬間、記憶が繋がって、男のことが蘇っていく。

「お、おまえっ、なんで俺がおまえのために、こんな…ッ!」
「あぁ、ご苦労さんだったな。後で説明してやるから、早く食い物くれよ」
「ふざけるな! なんで俺がそんなことを!」
「落ち着け。いいから、大声を出すな」
「あぁっ!?」
「だから、落ち着けって。ちゃんと説明聞きたいだろ。そんなに興奮してたんじゃ話も出来ねえ」

 わけがわからないが、興奮しても確かにどうしようもない。
 謹慎中にこんなとこ来てるってバレたらおしまいだ。しかも、相手は犯罪者だ。
 ていうかどうしてコイツ、こんなとこにいるんだ。おかしいじゃないか。だって、衛兵たちが追っていた犯罪者ってのは―――。

「いいから、こっち向けよ」

 そっちに目を向けた瞬間、男はパンと手を鳴らした。
 瞬間、俺の体はギョッと固くなる。男はすばやく指から硬貨を糸を垂らし、ゆっくりと左右に振り始めた。

「落ち着けよ。たいしたことじゃない。落ち着いて、じっくりとコイツを見ろや」

 やばいと思った。俺は思い出していた。この硬貨には変な魔力がかかっていて、頭をぼんやりさせる。
 やばいんだ、これは……。

「あのあと、森に逃げた犯罪者はどうなった? おまえは何て聞いたんだ?」

 犯罪者は死んだと聞いた。
 衛兵たちの魔術隊が放った魔法で、跡形もなく吹き飛んだと。かなり抵抗してケガ人が出たが、衛兵に死者はなく、犯人は間違いなく消し飛んでしまったそうだ。
 逮捕できなかったのは残念だったが、それで解決したと、俺はそう聞いていた。

「そうか、死人は出なかったか。ま、どうでもいいが、こっちも気が咎めなくて済むな。俺一人が死んだことになって解決なら、万々歳だぜ」

 死んだはずの男はそう言って、俺から奪った食料を上手そうに食べていた。
 どういう魔法を使ったのか知らないが、この犯罪者は衛兵たちに自分を殺したと思わせ、無事に逃げおおせたらしい。
 よかった。粉みじんに吹き飛んだ犯罪者はいなかったんだね。

「おまえは、あれからどうしたんだ?」

 謹慎処分を受けて、寮に閉じ込められていた。
 このままでは中退処分になりそうだ。おっさんのせいで。

「そりゃ気の毒にな。だが、そっちはおまえが勝手に森に入ってきたせいだ。俺は悪くない」

 おっさんは悪くない。確かにそうだ。

「……でもまあ、おまえさんも苦労多いわな。巻き込んで悪かったぜ」

 おっさんの腹からは、まだ血がにじんでいた。相当の深手に見えるが、平気な顔をしている。

「あぁ、これな。おそらく情報部隊だろうが、えげつねぇ闇魔法を使う女がいやがってさ。こりゃキズが塞がらねえ呪いだ。まあ、痛みは自分で消してるけどな」

 キズが塞がらない呪い? その痛みを消す?
 どっちもすごい魔法だ。聞いたことがない。
 なんちゅーハイレベルな魔法戦だよ。

「俺のは魔法じゃねえ。技術だ」

 技術?
 魔法装置を使った何かか?
 そのコインみたいに。

「俺は魔法は使えねえ。せいぜい、『チンカラホイ』で女のスカートめくるくらいだ。これは、なんつーか……魔法よりもちっぽけな、ただの手遊びよ」

 男はそれを、『催眠術』と呼んだ。
 眠りと覚醒の狭間。意識と喪失の間。人の頭の隙間の中に、自分の言葉を植え付ける技術だと。

「俺は、昔偉い魔法使いさまの弟子っつーか、小間使いをやっててよ。この森の最深記録を持つ調査隊のメンバーだったすげぇお人だ。その人が、山ほど持ってる文献の中で、いらない資料だって捨てる本を、読み書きの練習がてらに何冊か貰って読んでたのよ……そしたら、その中に古代の廃れた技術について書かれてるのがあったんだ」

 魔法でも剣でも馬術でもない、何に使うのかもわからない技術の中に、それはあった。
 男は、その『催眠術』というものに惹かれた。
 魔法にもできない“他人の操作”を行う技術。それは魔法よりもずっと魅力があるように思えた。魔法使いの優秀な弟子たちに、素質や教養のなさをいつもバカにされていた男は、誰よりも魔法使いに憧れていた。
 そのうちに、もっと詳しい催眠術の資料を求めて魔法使いの元を離れた。そしてヒプノの森からの帰還者のところを、魔法使いに仕えていたコネを活かして転々とし、時にはヒプノの森の探索にも同行し、森の歩き方を覚えながら、個人で催眠術の知識を集めた。

「これさえあれば、俺でも名を上げられると思ったんだ。大魔法使いを名乗って、王宮に召し抱えられてやるって」

 男は催眠術の才能はあったようだ。いろいろなことを試しながら街から街へと旅をして腕を磨き、満を持して王都へと帰ってきた。
 そして見世物のようなことをして評判を呼び、王の元に来てその『芸』を披露しろと、招待されることになった。
 おっさんは、出世のチャンスだと喜んだ。しかし張り切って披露した『催眠術』を、王宮の人間は『ただの芝居』だと笑った。そして違う『芸』を見せてみろと要求してきた。
 出来ないと答えると、芸人のくせに珍しい『魔法』も出来ないのかと、さらに笑ったそうだ。

「ただのお芝居だとよ。芸だってよ。魔法なんかじゃ出来ないことを、俺はやってみせたっていうのに、頭でっかちの連中はこれのすごさがわかってなかったのよ。魔法ばかりが万能だと信じて、古代の知識にもすげぇのが眠ってること、認めようとしねぇ」
「なあ、おっさん」
「あ? ところでおまえ、いつから催眠解けてんだ?」
「解けた? あぁ、知らないけど話の途中で自由になれたぜ?」

 おっさんは、きょとんとして俺を見ている。

「……おまえさん、変わってんな。かかりやすいヤツかと思ったら、抜けやすいヤツでもあんのか……」

 感心するように、そんなことを言った。
 何のことだかわからないが、俺はおっさんの話にすっかり惹きつけられていた。
 この人、面白いぜ。

「それよりさ、おっさん、犯罪者なんだろ。何をしでかしたんだよ」
「あぁ、それな」

 おっさんは、つるりと頭を撫でて笑った。

「王宮の奴らが、もっとすごい『芸』を見せろっていうから、俺の大魔法を見せてやったのよ。『チンカラホイ』で、王女様のスカートをめくってやった」

 おっさんは、ゲラゲラと笑った。
 よりによって、そんな大犯罪かよと思ったら、俺も笑っちまった。
 腹を抱えて笑っちまった。

「あーあ……笑いすぎたら、また傷が拡がっちまった」

 おっさんの腹に、また血が滲んでいく。俺の上着はもう使えそうもない。

「おっさん、自首しろよ。王女様に恥かかせて何年の刑食らうか知らないけど、解呪くらいはしてもらえるんじゃねぇの。いくら浅手でも、血が止まらなかったら死ぬぞ?」
「無理だな。昨日、派手に暴れたことになってるから。衛兵に何人もケガ人が出たっていうんなら、どっちにしろ死刑だ」
「でもさ……」
「いいんだよ。最後にひと暴れして、ふんぎりもついたぜ。どうせ俺みたいな落ちこぼれ、長生きしたって良いことなんてねぇしな」

 身につまされるような言葉だ。
 胸にズキズキきた。

「それよりおまえ、目が覚めたんなら、俺を衛兵に引き渡さなくていいのか? 俺の自首より、手柄が欲しくて森に入ったんだろ?」
「……そういうこと言うなよ、俺は……」
「俺に仲間意識持っても無駄だぞ。金持ちのお坊ちゃんと馴れ合うつもりはねえ。いくら落ちこぼれでも、お前は親のスネ齧って好き勝手に生きていける男だ。そんなのを同類を認めるくらいなら、俺は催眠術なんて危険なものに手を出してねえよ。てめぇの腕一つで生きてく度胸もないやつに、同情されるいわれはねぇぜ」
「は? 金? そんなの欲しけりゃいくらでもやるよ」

 おまえは親のスネ齧って生きてろ。
 それは俺がこの6年間、才能あるエリートの同級生たちに、さんざん言われてきたことだ。
 犯罪者野郎なんかに言われる筋合いじゃない。

「そんなのが欲しいわけじゃねぇんだ。たまたま持って生まれた才能が、俺の場合は『親が金持ち』だけだったんだよ。でもそれがなんだ。こんな森で死にかかってるおっさんが金貰って嬉しいかよ。落ちこぼれで、努力しても何にも身につかなくて、学校クビになりそうで、自分のことが大っ嫌いになってるときに、金があって何になるんだよ。違うよ。俺はただ、なんていうか、もったいないって思っただけだよ」
「……何がだ?」
「おっさんがだよ! あのエリート集団の衛兵たちを、コイン1個で騙したんだろ? 死人も出さずに、小隊と戦ったんだろ? すげえよ。何者だよ。そんなの、どんな大魔法使いでも出来ないって。なんでそんなすげぇおっさんが、こんなところで死ななきゃならないんだ。もったいないって。絶対!」

 おっさんは、しばらく目をつむって俺の話を聞いたあと、へっと笑った。

「ただの芸だよ、こんなもの……」

 それ以上は何も言う気ないらしく、森はただ静かに冷えていった。
 俺は、服を破って包帯にし、おっさんの腹に巻いた。
 そして―――、帰ることにした。
 おっさんは、ここで静かに死にたいんだろう。

「……よぉ、落ちこぼれ」

 しかし帰ろうとした背後から呼び止められて、俺は振り返る。

「謹慎中ならヒマだろ。明日も遊びに来いや」
「は、何言ってんの。見つかったらやばいんだって」
「そっか。じゃ、元気でな」
「あぁ……おっさんも」

 死ぬ覚悟を決めてる人間に、何と声かけて別れればいいかわからなくて、俺は「明日も生きていてくれよ」なんて、言ってしまった。

 次の日も、おっさんは生きていた。
 そして、俺に催眠術を教えてくれた。

「お前は催眠術にかかりやすいし、解けやすい。ひょっとしたら素質があるのかもしれねぇな」

 コインの持ち方、揺らし方。相手の目線の読み方。呼吸の合わせ方。
 日とはどこから催眠状態に落ちるのか。見極めはどこでするのか。どういう指示をすれば無意識に反応させられるか。常識の覆し方。非常識の飲み込ませ方。
 道具の意味。危険の察知。催眠を行う前にやるべきこと。手順の重要性。
 催眠術は俺が思っていた以上のことが出来たし、期待しているとおりでもなかった。
 ただ、一番肝心なのは自分自身の工夫と、揺るがない意志だと。
 おっさんは、それから2日かけて俺に催眠術を教えてくれた。

「……そんじゃ、せいぜい出世しろや、落ちこぼれ……」

 最後に、おっさんはそういって目を閉じた。
 俺はその亡骸を地面に埋めて、墓標代わりの岩を乗せた。
 名前も知らなかったので、『大魔法使いが眠る』とだけ彫った。

「―――やってくれたな、レイニー・ブリスルスハート」

 そして寮の庭で、遭いたくないヤツに遭ってしまった。
 部屋着姿のエアリスが、右手に握った剣を俺の喉元に突きつけてくる。

「私はこのことを担任に報告しなければならない。お前は間違いなく退学だ。そして私も監督責任を問われることになる。近衛兵隊に入るという夢は、おそらくおまえのせいで叶わないものとなるだろう」
「……黙って見逃すっていう手もあるけど?」
「私に出来るか、そんなことが!」

 握りを替えた剣が、水平に喉に当たる。軽く一薙ぎで、俺の大事な血管がいくつも断ち切られるだろう。
 彼女の左の手のひらには、魔法が作る氷柱の刃が伸びていた。幾重にも重なった先端が、月光を反射してきらめいている。
 両手の刃が、この世に死体が残らないくらいに殺してやりたいと、言っているようだった。彼女にこれほどの激情があったのかと、俺はそのことに少し感心した。

「おまえのような落ちこぼれのせいで……この私がッ」

 他人には興味なさそうに見えたコイツも、俺のことを『落ちこぼれ』と呼ぶか。
 そりゃそうか。俺は知らない者のいない落ちこぼれだもんな。エアリスだって、そう思って秘かに俺を見下していたというだけだ。
 学院最強の女剣士に殺意を向けられているというのに、俺は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
 たった今、親友を弔ってきたせいかもしれない。
 落胆と疲れとで、目の前のことがどうでもいいと思えた。
 目の前の女を、どうしてもいいように思えた。

「落ち着けよ、エアリス」
「落ち着けるか!」
「大声を出すと人が来る。今すぐここで騒ぎにするつもりじゃないだろう?」
「……何を偉そうに。誰のせいでこんなことに―――」
「ヒプノの森の事件のことで、どうしても気になることがあったんだ。だから秘かに調査していた。あの事件には裏がある」
「なに?」
「落ち着いて、話を聞いてくれ。なんだったら、剣はこのままでいい。俺の話を聞くと約束してくれ」
「……話してみろ」
「最後まで、黙って聞くと約束してからだ」
「約束する! 早く言え!」
「わかった。興奮するな。とにかく落ち着けよ。息を整えながらでいい。これを見てくれ」
「…………」

 何の変哲もない5エント硬貨を取り出す俺を、エアリスは約束どおり黙って見ている。
 俺は糸の端を掴んで揺らす。おっさん以外の人の前では初披露だ。
 そしてエアリスは、こういうのにはとびきり引っかかりづらいように思えた。
 でも、俺は落ち着いていた。

「ただの硬貨に見えると思う。だけどこうして揺らしていると、別のものが見えてくる」
「……何も見えないぞ」
「黙って聞いてくれ。これがあの事件の真実だ」

 自信がたっぷりあるように、そう聞こえるように俺は声を低くする。

「これは恐ろしい魔法なんだ。常識はずれだ。衛兵の方々が追っていたのは、古代の魔法だったんだ」

 ゆらゆら、一定の周期を守ってコインを揺らす。
 エアリスの表情に変化は見えない。もっと落ち着かせてから始めるべきだった。彼女の好奇心と集中力がどれほどなのかも、俺は量らずに始めている。それに、何の考えもなしに、『恐ろしい魔法』などとウソをついてしまった。
 間違いに気づいた。それは危険な行為だった。おっさんの指導を、さっそく俺は踏み外していた。

「コインは別に何でもいい。というよりもコインじゃなくても良いようだ。だけど、一番わかりやすいのがこれ。揺れるコイン。あるいは炎。何でもいい。気をつけて見なければ変化などわからないもの。しかし絶対に同じ瞬間というのはない。じっと見ていればすぐわかる」

 彼女には変化ない。俺の内心に焦りが生じる。
 だが、落ち着かないといけない。俺自身の内面を揺るがしてはいけない。
 最初の手順を少し誤っただけだ。動揺するな。手元ではなく自分の声を意識しろ。自分の声に魔力があると信じろ。
 祈るような気持ちでコインを揺らす。
 エアリスに変化はない。

「硬貨自体は珍しいものではないが、じつはこれが古代の入口だ。俺たちの日常のどこにでもあったんだ。それが入口だと理解すれば、誰でも侵入することが出来る。至るところに魔法があり、人は誰でもそこへ入っていく」

 頼む。かかれ。
 俺を催眠術使いにしてくれ。
 何でもするから。

「入っていく。どこまでも入っていくんだ。この硬貨の、この小さな穴に。おまえはここに吸い込まれていく。心が落ち着いていく。これはただの古い魔法だ。恐ろしいものじゃなかった。妖精が戯れに作った小さな魔法だ。心が静かに落ち着いていく。集中していく。穏やかな気持ちになって、楽になって聞いてくれ。感情が細くなっていく。怒りが消えていく。そして暖かいものに包まれて、眠くなっていく。ただし、眠っていけない。俺の声だけはずっと聴こえる。遠いところから、あるいは耳元で、俺の声はずっとおまえの中で反響し、ただ一つの音になっていく―――」

 エアリスの反応はない。視点だけが、硬貨と一緒に揺れるだけ。

「……エアリス?」

 呼びかけても返答はなかった。
 俺は咳払いして、声を低くする。

「エアリス、聞こえていたら返事をしてくれ」
「……はい……」

 背中にびりびりと痺れが走った。
 大声で叫んで、飛び回りたい気分だった。
 催眠状態に落ちていることが、はっきりとわかる、力のない声だった。

「これから言うことを、よく聞いて、繰り返して」
「……これから言うことを、よく聞いて、繰り返す……」
「レイニーは部屋で寝ていた」
「レイニーは部屋で寝ていた……」
「君は何事もないことを確認した」
「私は何事もないことを確認した……」
「繰り返して」
「……レイニーは部屋で寝ていた……私は何事もないことを確認した……レイニーは部屋で寝ていた……私は何事もないことを確認した……」

 剣先から離れて、改めて部屋着のエアリスの姿を眺める。
 それどころじゃなかったから観察してなかったが、手足の大部分が露わになって、めったに拝めない彼女の脇の下までその体勢ではよく見える。
 とても18才の同級生とは思えないほど絞り込まれ、女性らしさを際立たせた体。月明かりの下で見る彼女は、とても美しかった。
 催眠術で女を抱いてきた話を、おっさんは笑い話として聞かせてくれた。亭主と世間話しながら、その女房を抱いたこともあるといって笑ってた。
 心臓がどきどきしてくるのを抑えつけながら、深呼吸する。慌てるな。催眠術の使いどころはそこだけじゃない。後でたっぷり楽しむ時間はやってくる。

「繰り返して、記憶にするんだ。レイニーは部屋で寝ていた。私は何事もないことを確認した。その行程を頭に浮かべながら繰り返して」
「レイニーは部屋で寝ていた……私は何事もないことを確認した……レイニーは部屋で寝ていた……私は何事もないことを確認した……」
「よし。よし、いいぞ。魔法を壊して、剣を収めろ。そのまま部屋に戻ってベッドに入れ。そして起きたら、今のことを忘れる。記憶に残るのは、レイニーは部屋で寝ていた。何事もないことを確認した。そのことだ。じゃあ、おやすみ。ゆっくり歩いて自分の部屋に帰れ」

 エアリスは、ピンと真っ直ぐ伸びた腕を下ろし、剣を鞘に納めた。そして氷の結晶を砕いて、ゆっくりと歩き出す。
 月下を歩くその後ろ姿に、俺は声をかけたい欲求を堪えることが出来なかった。

「……また明日、待っている」

 その白金の髪に、尻に、ひとまずの別れを告げる。

 そして次の日から、俺の監視に放課後やってくるエアリスに、催眠術をかけまくった。

「おまえは自分の名前を忘れる。なんて名か言ってみろ」
「え……えっと……」
「右手を上げて。そのまま近づいて。でも、俺には触れられない。見えない壁がある」
「えいっ、このっ、ど、どうして?」
「はい、壁が消える。俺の手に触れるようになる。だけど、お湯のように熱いから気をつけろ」
「熱っ!? ひ、ひどい熱だな!」

 かけたり解いたりを繰り返し、催眠状態になることに慣れさせる。エアリスはどんどん催眠術にかかりやすくなり、おっさんの言っていたように『合い言葉』でも落ちるようになってきた。

「決めたぞ、エアリス。“大魔法使いのおっさん”だ。俺が“大魔法使いのおっさん”と言ったら、おまえはいつでもその状態になる」
「……はい……」

 部屋の中央でまっすぐに立ったエアリスが、うつろな目で答えた。
 俺はドキドキと騒ぎ続ける心臓を深呼吸で落ち着かせてから、慎重に言う。

「チンカラホイ」

 ふわりとエアリスのスカートが舞って、白い下着があらわになった。
 ぴくり。
 エアリスの眉が反応する。
 俺はため息をついて、頬を掻いた。
 催眠術でエッチは可能だが、よほど深くかかった状態でお人形にするか、それなりの信頼や愛情を築いてからじゃないと難しい。と、おっさんは言っていた。
 催眠状態で体に触れられるところまではきた。頭とか腕とかなら。それでもスカートを触れずにめくったくらいでこれなら、キスとかしようものなら、今まで何とか築いてきた催眠関係も全てリセットされてしまう恐れがある。

「まあ、なんとかするさ」

 エアリスは処女だった。催眠状態の本人が「男は知らない」と言ったのだから間違いない。
 その性格も込みにして難易度が高い女だ。今が彼女をモノにする最初で最後のチャンス。
 多少、時間はかかることは覚悟しなきゃ。

「エアリス、おまえの好きな食べ物は?」
「……肉」
「お菓子とかは食わないのか?」
「食わない……こともないけど、恥ずかしいので一人で食べる……」
「メイプルクッキーは好きか?」
「…………」
「聞こえないぞ」
「……大好きです」
「よし、ちょうど持ってる。1個やるから手を出せ」

 俺はエアリスの手の上に、何か置くふりをした。

「食べろ。おまえの大好きなメイプルクッキーだぞ。しかも王族ご用達の、高級菓子店で限定販売されてる最高のやつだ。めちゃくちゃ美味いから食べてみろ」

 おずおずと、俺の視線を気にしながら手にクッキーを持っているような仕草をして、パクリと一口食べた。
 そして、目を丸くした。

「美味いだろ?」

 コクコクと頷いて何度も口を動かす。

「嬉しいか?」

 口を動かしながらコクコクと頷く。にんまりと笑みさえ浮かべている。
 あのエアリスも、部屋でこっそりお菓子を楽しむときは、普通の女の子なのか。
 これは、ぜひとも俺だけの秘密にしないとな。

「明日から、おまえにだけこっそりクッキーをやるよ。誰にも内緒だ。約束しろよ?」
「はい」
「“大魔法使いのおっさん”に約束だ」
「……は……い……」

 ゆっくりと、エアリスの瞳から光が抜けていく。
 クッキーを手に持ったポーズのまま、体も固まっていく。
 すごく美味しいお菓子を食べているという錯覚で、はっきりしてきた意識が、再び奥へ潜らせていく。
 半覚醒という状態を長く保てるようになるまで、あと何度かいろんな指示を試さないといけない。
 その間で、やらなきゃいけないことが2つある。

「俺から貰うクッキーは美味しい。しかも俺しか買えない貴重なものだ。それを俺は、気前よくおまえにやる。他人には秘密だ。二人だけの秘密。これから毎日、こういうことが起こる。大事なのは、初めて食べたその感動と感謝は絶対に忘れないこと。貰うたびに思い出すこと。それだけ守ってくれれば、俺は毎日、その高級なクッキーをおまえにやる。いいな?」
「……はい……」

 まずは、エアリスの餌付けだ。
 気前よく世界最高のクッキーをくれる男だと、彼女に認識させる。感動は毎回変わらない。しかも毎日、二人だけの秘密としてそれを繰り返す。嫌でも好感度は上がっていくだろう。
 そして、やることの2つ目。

「謹慎が終わったら、そのクッキーのお礼に剣を教えてくれ。誰にも見つからないように、放課後、ヒプノの森でやろう」

 もちろん、普通に教わるだけじゃない。
 ちゃんと考えがあった。

「まず、横払い。それを俺が受けてから、くるりと剣を舞わせて、左に袈裟斬り。それも俺が受ける。そして逆に胴払いをおまえに仕掛けて、おまえはそれをかわせない。まずは3手で俺が勝つ手順だ。いいな?」
「……はい……」
「それじゃ、やってみよう。最初はゆっくりだぞ、ゆっくり」

 八百長の練習だ。
 兵士を育成する学院なので、当然のごとく剣の授業は毎日のようにあるが、実際に組手ができるのは週に2回だけだ。また授業以外に生徒同士で組み合うのも禁止されている。
 隠れてバチバチやってるヤツはいくらでもいるが。エアリスは規則違反だからと、授業以外で誘われても組手はしない。それであの強さなんだから、この女の前世はきっと『戦乙女』か何かなんだろうな。
 剣ではエアリスが学院最強だ。それを疑うものはいない。剣術の師範ですら、最近はエアリスとの組手を言い訳をして避ける。
 そんな彼女に授業で勝てば、成績は跳ね上がる。だから、最初から手順を決めて戦うんだ。
 彼女に教えているのは、ただの剣舞だ。兄貴が演劇好きだから、俺も昔は頃はよく連れてってもらった。美しい女性が剣に舞う動きをよく覚えている。それを参考に、エアリスにもそれっぽい動きを覚えさせる。俺だけが知る舞を。
 そして、彼女自身ですら八百長に気づかないうちに、授業で負かしてやるんだ。

「ちょ、待て、強い! てか、速すぎる!?」

 問題は、ただの剣舞でも吹っ飛ばされそうなこの力量差を、バレないような演技力を俺が身に着けられるかどうかだが。
 でも何日かやっているうちに、それも少しずつ慣れてきた。

「よし……今日はここまでにしよっか」

 パチンと指を鳴らして、エアリスの眼を覚まさせる。
 彼女には、あらかじめ暗示をかけてある。
 『俺に頼まれて剣を教えることになった。組手はしていない』
 『場所は立入禁止のヒプノの森。誰にも見つからないように行うことを条件に学院が特別許可してくれた。だから規則違反ではない』
 『先生からも、俺の指導をするようにと言われている。ただし、報告しないようにも言われている』
 堅物のエアリスを納得させるための条件は面倒くさい。
 だが、もしものときに備えて、絶対に怪しまれない状況づくりは必要だった。

「ほい、クッキー」

 俺はエアリスにいつもやつを渡す。近頃は、一応本物のクッキーを一袋用意するようにした。
 いつまでも空気菓子ではエアリスがかわいそうだからな。それに、森の生き物みたいにクッキーを食む姿が、わりと可愛いし。

「……そんな甘いもの、私は好かないと言ったはずだが」

 やや頬を赤らめて、そっぽむく。
 いつも同じようなリアクションから、このやりとりは始まる。
 コイツ、俺の謹慎破りの件は自爆覚悟でチクろうとしたくせに、こういうことでは平気でウソつくのな。

「悪いな。こんなのしかなくて」
「ま、まあ、小腹もすいたし、いただくか」

 そういって受け取り、両手でサクサクと食べ始める。
 超笑顔になっているのに、気づかないのかね。幸せそうに食いやがって。

「おまえはこんな美味し……高級なものを、いつも食べているのか?」
「ん、まあ、そうかな」

 実際は、学食で売ってる安物だけどな。

「ふぅん。家が金持ちだと得だな」

 エアリスは、たいして感心した風でもなく言う。
 興味のない話題を口にしている感じだ。

「いや、俺は菓子なんて食わないよ。エアリスに、何かお礼しないとなって思って」
「え?」
「女の子にプレゼントって、あまりしたことないから何がいいかわからなくてさ。でも、クッキーなら邪魔にならないし美味いだろ?」
「れ、礼など必要ない! 私は先生に言われたから仕方なくやっているだけで――」
「そんなわけにいかないだろ。エアリスにはすごく感謝している。こんなのじゃ全然足りないくらいに」
「…………」

 エアリスは真っ赤になって、黙りこんでしまった。
 口の横にクッキーの欠片がついてるが、そんなことに気を回す余裕もないみたいに。

「って、“大魔法使いのおっさん”に言われたんだ」
「え……」

 みるみるエアリスが落ちていく。
 クッキーを手に掴んだまま、意識は俺の催眠術に握られてしまう。

「チンカラホイ」

 ふわりとスカートが舞う。
 普通、剣の鍛練でスカートなど穿いてくるやつはいないが、しつこく暗示をかけているうちに、俺との特訓にはちゃんとスカートで来るようになっていた。どうせ森の浅いところだし、きちんとした防具服の必要はない。
 エアリスは、俺の前で下着をさらけ出しても反応しなかった。これも、毎日しつこく続けていた成果だ。

「エアリス。そのままじっとしていろ」

 彼女の白金の髪に触れる。それでも反応はない。
 いいぞ、そのままじっとしていろ。
 俺は囁きながら彼女の耳に触れる。ぴくりと肩が動いたが、それはまだ嫌悪の反応じゃない。
 ただの、女の反応だ。

「エアリス……」

 長い睫の下で、青い瞳がうつろな視線を落としている。
 すっとまっすぐに形の良い鼻。そして、メイプルの匂いをさせるぽってりした唇。
 毎日顔を会わせているうちに、俺の方が夢中になりそうだった。いや、もうとっくに彼女に執心している。
 他の男になど、触れさせるつもりはなかった。
 唇を重ね合わせる。初めて彼女にキスをした。
 まだ大丈夫。もっと深く彼女と重なりたくて、角度を変えて、さらに唇を押し付ける。
 ぴくっ。
 彼女の眉が動いた。今日はここまでだ。
 嫌悪の感情表現を眉にするように言っている。正直な反応だ。これ以上続ければ催眠が解ける恐れがある。
 かなり進展しているし、もっと先へ行きたくて仕方ないが、焦りは禁物だ。

「よし、解くぞ」

 パチンと指を鳴らす。
 エアリスは目をぱちぱちさせて、唇に手をやる。
 だが、すぐにクッキーのことを思い出し、さくさくと頬張りだす。

「それ食べたら帰ろうぜ」
「んぐっ、べ、別に食べ終わるまで待つ必要はない! こんなもの……残りは夕食後だ!」

 いつになったら、その安物クッキー以上の男になれるのかな。
 まあ、ぼちぼちやってくさ。
 唇に触れて、今の感触を思い出しながら、俺も幸せな気持ちで家路を辿る。

「では、次の組み合わせは、レイニー・ブリスルスハートと、エアリス・ユウナ・ライトニング!」
「うわあ、これ悲惨なやつだ」
「学院最強対最弱かよ。あいつとうとう卒業前に死ぬのか」

 ちなみに、いくら共学とはいえ、剣技は普通に男女別だ。
 ただし、腕に覚えのある一部の女子だけが、本人の希望と師範の判断により、男子と組手が出来る制度になっている。
 勉強や魔法ならともかく、剣技で女子に負けるのは恥。普通の男の子はそう考えて張り切るものだが、エアリスが相手のときだけは、無条件で同情しかされない。
 男子を含めて彼女が最強だからだ。師範たちを含めてもそうだ。

「はじめ!」

 だが、俺だけはその例外だ。
 他の誰にも勝てない自信はあるが、エアリスにだけは俺は勝てる。
 そのための訓練を、彼女と一緒にしてきたのだから。

「シッ!」

 剣先を二度振って攻撃の合図。
 彼女は無意識のうちに俺にサインを送ってから、足を踏み出す。
 まずは横払い。
 来るとわかっていても、しかも模擬剣とはいえ、彼女の剣圧は恐ろしく速く重い。
 目をつぶってしまいそうなのを我慢して、それをはじく。いや、はじく前に彼女はもう剣を返している。
 段取りとは違うが、時々こういうこともある。彼女の積み重ねてきた剣技と鍛練が、段取りより先に反応してしまうことが。
 だけど、俺もそれについていく。次は左に袈裟。俺の剣と彼女の剣が交わる。その瞬間、わずかに彼女の力が緩む。段取りどおりに。

「うおりゃ!」

 剣を滑らせるようにして懐へ。
 そして、彼女の胴を払う。

「きゃっ!?」

 エアリスは、そのまま後退して尻もちをついた。
 しばらく呆然としていた師範が、信じられないような顔をして、「……一本」と俺に手を上げた。

「な、なんだそれえええ!?」
「信じられん! エアリスが一本負け……落ちこぼれ相手に!?」
「しかも、『きゃっ』とか言ったぞ!?」

 一番信じられない顔をしていたのは、もちろんエアリスだった。みるみるうちに真っ赤になって、「次、早く!」と言って立ち上がる。
 勝負は2本先取制。まだ1本目が終わっただけだ。
 でも、結果はもう見えた。エアリスは剣を左にわずかに傾ける。俺はそれに、縦に剣を2度振って答える。
 俺たちの間で、次に行われる手順が決まった。いや、俺の中だけで。彼女の体は、無意識のうちに、その決められた手順が自分の思いつきのように行われることになる。
 練習のときよりも、さらに本気を出したエアリスの剣が、幾分か速度を増して揮われたが、俺はそれについていけた。
 気持ちが落ち着いていた。もう怖くはなかった。
 しょせんは、仕組まれた動きだ。

「あぁっ!?」

 彼女の剣を叩き落とす。これで2本。
 エアリスに勝った。この俺が、みんなの見ている前で。
 唖然とした視線が俺に集まるのが気持ちよかった。

「レイニー、次は僕とやろうじゃないか!」

 キザオスがさっそく機を見たのか、立ち上がり俺に挑戦してくる。
 それに倣って他の男子も、最強を倒した男を倒そうと、ここぞと声を上げてくる。

「ダメだ!」

 エアリスは、真っ赤な顔で叫ぶ。

「レイニーと戦うのは私だ。私が勝つまで誰もレイニーと戦うな。どうしてもというなら、私が相手になるっ」

 エアリスに睨まれ、誰も反論できなくなる。
 今にも斬りかかってきそうな眼光だ。

「先生も、よろしいですね? 私はどうしてもこの男に勝たねばならなくなった。他の生徒になど手を出させない。お願いします!」

 これも事前に仕組んでいた発言だ。みんなの前で俺に負けたとき、彼女は俺の「剣」に対して独占欲を発揮して、他の挑戦者への「盾」となる。
 彼女の申し出は、普通に考えればありえない話だ。授業は鍛練で、公平でなければならない。
 ただし、エアリスだけは特別だと、この学院では信仰に似た思い込みがあった。女だてらに最強の剣を揮う彼女は、俺たちの『戦乙女』だった。
 だからこそ、この我が侭は通ると俺は読んでいた。
 通らなくても、彼女は絶対に自分以外の挑戦者を認めないだろうが。

「……そうだな。それじゃ、次の組手もこの組み合わせでやってみようか。俺も、もう一度見てみたいしな。ただし、今日はこれまでだ」
「ありがとうございます!」

 師範に深々と頭を下げたあと、エアリスは俺を睨みつける。
 特訓のことは覚えていても、組手の手順まで決めたことは覚えていない。実力で負けたのだと彼女は思い込んでいる。
 今日の特訓は、荒れるかもしれないな。

「ちょっと待ってください、先生。まだ時間はあるでしょう。もう一試合いかがですか?」

 キザオスはなおも食い下がってくる。エアリスは今すぐ殺しそう目でキザオスを睨む。
 だが、それを受け止めて奴は薄く笑った。

「エアリス・ユウナ・ライトニング。あなたに挑戦する。そしてあなたを倒して、次はレイニーだ」

 なるほど、俺に負ける程度の女に、キザオスが引けをとる理由はない。
 他の男子たちも「いいぞいいぞ」と囃し立てる。本当にこいつは周りを巻き込むのが上手い。意外と将に向いてるんじゃないかな。
 師範も、「いいだろう」と頬を緩ませ、エアリスにも確認した。

「私もそれでかまいませんっ」

 ひりひりとした空気を立ち上らせて、エアリスも応える。
 まあ、結果は見るまでもないだろう。
 キザオスは、場外まで吹っ飛ばされていた。

「この私が負けるとはっ。貴様、いつのまにそんなに腕を上げていたっ」

 上着を脱いで枝にかけながら、エアリスは憤慨していた。
 肩ひもの細い下着の中で、豊満な胸がぶるんと震えていた。

「生まれて初めての屈辱だ……この私が、剣を落とすなど……いったい、どんな手を使って精進したのだ!」

 もちろん、催眠術だ。
 この恐るべき技術のおかげだと、俺の前で服を脱いでいくエアリスに内心で笑う。

「そうやって、余裕のある顔をして……見ていろ、もう容赦しないからな」

 スカートを脱いで、むっちりとした尻を見せながら言う。
 とうとう下着だけになって、エアリスは正面から向き直る。

「おまえは、いつまでボーっとしているんだ。早く脱げ!」
「あぁ、そうだったな。“森の中で剣技の訓練をするときは、動きやすい格好をしなきゃいけない”んだったな」
「そうだ。そして“私とお前の動きやすい格好は下着姿”だ。何度も言わせるな!」

 エアリスに怒られながら、俺も下着一枚になる。
 この格好が当然と思っている彼女に恥じらいはないが、それに合わせる俺はちょっと恥ずかしかった。

「それでは、今日の鍛練を始める。まずは互いの体のマッサージだ」
「あぁ」

 下着姿のまま、エアリスと俺は抱き合う。
 もしも誰かに見つかれば、間違いなく逢引の現行犯だ。
 だが彼女は、これがあたりまえの鍛練だと思っている。俺と彼女が何度も一緒に技を磨いているうちに、これが最上の剣の鍛練だということに気づいたのだ。よって、この鍛練法のことは、親にも内緒の2人だけの秘密だ。
 と、いうことになっている。

「んっ、もっと、しっかり揉め」
「このくらいか?」
「あんっ、んっ、いいぞ、その感じ。んっ、ふっ」

 抱き合ったまま、互いの尻を揉み合う。
 むっちりと手に余る肉の感触が、この上なく気持ちよかった。
 堅物の彼女の尻に、指を食い込ませられる男は俺だけ。その優越感もまた最高だった。

「ふぅっ、んっ、んんっ、んっ」
「エアリス、胸も揉もうか?」
「んっ、頼む……後ろからか?」
「そうだな。その方がいい」

 彼女に背中を向かせ、後ろから手を回して胸を持ち上げる。
 ずしりとくる柔らかい肉の塊。俺は、これも毎日好きに揉ませてもらっている。

「あんっ、んっ、そんなに、優しくしなくても、んっ、いいんだぞ? これは、剣の鍛練なのだから、あぁぁんっ!」
「エアリスのここ、コリコリしてきてる」
「あぁ、それは、日頃の鍛練の成果だ、あぁぁっ」
「摘まんでみよっか?」
「んんっ、ダメぇ、まだ、そういう強い鍛練は、早いぃっ、あっ、ダメと、言ってるのに、んんっ、レイニー、んっ、レイニーっ!」
「エアリス、舌の鍛練もしなきゃ」
「あぁ、あぁ、そうだっ、剣には舌も大事だ……ほあ、はあくして?」

 舌を伸ばして俺に近づけてくるエアリス。
 彼女の匂いを嗅ぎながら、俺も舌を伸ばしてそれに絡ませる。
 くちゅ。唾液の混ざり合う艶めかしい音。俺たちはまるで森の小鳥のように、お互いの唇でくちゅくちゅとさえずる。

「んっ、ちゅっ、んっ、もっと、あんっ、もっほするのォ、ん、ちゅぷ、れったい、おまへに、勝ってやるぅ、んっ、んんっ」

 負けず嫌いの彼女の稽古は、今日は特別熱心だ。
 れろれろと舌を固くして動かし、俺の舌をぱくりと咥えてちゅうちゅう吸ってくる。
 俺とキスすることにもう嫌悪感はない。それどころかキスに慣れて快感すら覚えているようだ。
 もちろん本人の意識にはそんなつもりはないだろうが、彼女の中で俺はとっくに特別な存在になっている。
 セックスまではいかなくても、体のどこに触れられるのも、嫌がらないようになっていた。

「エアリス、俺の膝に乗って」
「んんっ? また、あの格好をするのか?」
「嫌か?」
「嫌とかではない……剣の鍛練だしな……まあ、構わない。今日はおまえの言うことを聞いてやる」

 無意識に発動しようとする羞恥心にも、俺の暗示が上回るようになってきた。
 俺の言葉が彼女の中で上位になってきている。彼女が俺に全てを許すのも時間の問題だろう。

「んっ」

 膝に乗せ、後ろから抱きしめ、彼女にこちらを向かせてキスしながら体をまさぐる。
 自然と開いた股に手を這わせた。こないだまで彼女はそれを嫌がっていたが、もうそんな抵抗もしない。
 今日の剣技の授業で勝ったことが、彼女を怒らせた反面、俺のことを『男』と認めさせてもいるようだ。自分よりも強い同級生になど会ったことのない彼女に、誰よりも今、俺が近くにいる。
 もう俺は落ちこぼれのレイニー・ブリスルスハートじゃない。
 エアリス・ユウナ・ライトニングを落とす男だ。

「あぁっ、レイニー、そこはダメだっ、指を、そんなところにっ!」

 眉に嫌悪のサインは出ていない。
 彼女の下着の中で俺の指はヴァギナに触れ、開いていた。

「あぁんっ! あっ、あっ、そこ、強すぎるっ、いくら何でも、刺激がっ、強すぎるぅぅっ!」

 こりこりとした突起を、指で撫でる。
 彼女の頬に唇を這わせながら、胸を揉みながら、女の体で一番敏感な場所を抑えつけて征服する。

「あっ、あっ、レイニー、レイニー!」

 胸を隠していた下着を持ち上げ、あらわにした。
 初めて拝んだエアリスの生おっぱいは、どこまでも白く、乳首も薄い色をしていた。
 俺の視線にさらされても、彼女は嫌悪しなかった。とろんと蕩けきったような瞳で、俺を見つめていた。
 そして、自分から手を伸ばしてきた。

「んっ」

 ペニスに柔らかい圧力がかかる。
 エアリスはそのまま、優しい動きで俺のを上下に擦ってくる。

「おまえの剣が、固くなっている……」

 頭の先まで熱くなって、エアリスの唇を奪った。指で、舌で、彼女の全身をまさぐった。

「あぁっ、ダメ、レイニーっ、また、私は負けてしまう! また、おまえに、屈服してしまうぅ!」

 ヴァギナをいじり、胸を揉み倒し、首筋に吸い付く。
 健気な手淫をしていたエアリスは俺のを握っていられなくなり、代わりに尻を擦りつけてきた。
 俺の指に反応して尻はぐいぐいと動き、ペニスを刺激してくる。俺たちの呼吸と喘ぎ声は森の中に吸収され、ただの獣の息遣いとなって一つに交わっていく。
 お互いの体が与えてくれる気持ちよさに酔い、夢中になった。

「あっ、ああっ、何かくる、レイニー! 何かくる!」

 やがて彼女が、背中を突っ張らせて仰け反る。
 そのとき俺も下着の中で爆ぜた。

「あっ、あっ、ああああ、あっ……あぁぁあぁぁ~ッ!」

 どくどくと、彼女の尻に密着しながら、たっぷりと下着越しに欲望を吐き出した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 彼女は弾かれたように地面に倒れ込み、四つんばいで息を荒げている。
 そのあまりに扇情的な尻の形に、光景に、俺は出したばかりだというのに興奮が冷めやらない。

「エアリス……」
「あっ!? レイニー、やめっ、体が、ぴりぴりしてるから…ッ」

 尻に手を這わせて、下着を食い込ませるようにして、撫でまわす。
 汗に湿った肌は手のひらに吸い付いてくる。

「ちゅっ」
「ああぁぁあッ!?」

 尻にキスしただけで、ビクンビクンと肌の下の筋肉が痙攣する。
 俺はたまらなくなって舌で舐めまわす。

「あぁん、レイニー、だめ、それ、だめぇ!」
「嫌なのか?」
「嫌……じゃない。嫌なわけない。レイニーと鍛練すると、自分が強くなっていくのがわかって……気持ちいい」
「もっとだ。もっと鍛練しなきゃ。俺たちは強くならないと近衛兵になれない。死ぬほど訓練するぞ」
「うんっ、うん、してっ。死ぬくらい、してっ。私、もっと強くなる! レイニーに、強くしてもらうっ。だから……もっと、お稽古してぇ!」

 騎士のエアリスの中に、女のエアリスが芽生えかけていることを、俺はこの手のひらで実感する。

 もちろん、授業は剣技だけじゃない。
 卒業に必要な単位も、剣だけでは揃わないんだ。

「次のグループ。前へ。炎をもって標的の足を焼け。炎の出来ないやつは、得意なものでもいい」

 俺を含めた4人のグループが、闘技場に立てられた魔術柱の前に立つ。
 魔法は座学と実技の魔術を交互に学ぶ。炎を操る魔法は基礎中の基礎だが、何度も言うが俺には出来ない。魔術自体が本人の素養にかなり左右されるため、炎がまったく使えない学生は他にもいたが、水系も風系も土系も、ついでに光も闇も、全てがポンコツなやつは、おそらく俺くらいだった。
 おっさんが同級生だったらよかったのにな。

「おい、レイニーだぜ」
「ひひっ、あいつ、最近剣技で調子に乗ってるから、いい気味だぜ」
「フェイバリット先生のスカートめくってくんねぇかな。わりと切実に」

 勝手なことを言う連中を無視して、俺は柱の前に立つ。すぐ背後にはフェイバリット先生もいた。

「はじめ」

 俺は柱に向かって右手を伸ばす。
 そして、口の中で精神集中の言葉を紡ぐ。
 他の3人の炎がポォッと柱に届いて火花を散らす中、俺の炎は遅れて飛び出す。

 ゴオッ!

 自分でもたじろぐほどの火力が、柱の根本に当たった。
 そしてゴォゴォと、俺の炎だけがしばらく柱の周りをのたうつように燃やし続け、消え去ったあとは、柱が高温に赤くなっていた。
 ぱちぱちぱちっ。
 座って順番待ちしていたエアリスが拍手をする。遅れて、どよめきが広がる。

「げげえっ!? なんだ今の!?」
「炎が躍っただとぉ!?」
「何度我々を驚かせるんだ、あの落ちこぼれ!」

 俺が一番びっくりしていた。あんなにすごいの出せなんて言ってない。
 振り返ると、フェイバリット先生はちろりと舌を回し、口の周りについた魔法の残滓を舐めとっていた。
 そして、「レイニー・ブリスルスハート、Aプラス」と、この日最高の評価を俺にくれた。

 タネを明かすと簡単な話。
 俺の催眠術は、フェイバリット先生を虜にしていたというだけだ。

「あぁっ、レイニーちゃん、いいわっ。もっと吸ってぇ!」

 放課後の魔術教室で、怪しげな魔法教材が夕焼けに染まる中で、俺はフェイバリット先生のおっぱいに吸い付いていた。
 むちむちのスーツを脱がせると、中にあったのは期待以上の逸品で、俺は母乳も出んばかりに毎日のように吸わせてもらっていた。

「あぁ、美味しいよ、お姉ちゃんのおっぱい。いつまでも吸っていたいよ」
「んんんっ、いいのよ、もちろん、レイニーちゃんが飽きるまで吸っていいの! お姉ちゃんのおっぱいは、もうあなただけのものですからね!」

 難攻不落と噂されていた彼女も、催眠術にかかれば結構ちょろかった。エアリスよりも攻略は楽だった。
 俺は今、彼女の生き別れの弟という設定になっている。
 もちろん、そんなわけがないし、そもそも彼女には弟なんていない。
 だが、それが攻略のミソだった。
 彼女には秘密があった。いつも彼女が大事そうに抱えている分厚い魔術書。じつはその中に、薄い本が挟まっていた。
 いわゆる同人誌だ。しかも、実姉の視点で可愛いショタ弟を可愛がり尽くすという、最高にキモいやつ。
 何か弱点を掴もうと聞きだした秘密の中で、一番どうでもよくて、一番使えるネタだった。
 さっそく彼女の妄想を広げ、その登場人物に俺を誤認させ、あとは思い込みの世界である。
 今や彼女は俺のことが可愛くて仕方なく、どんな我が侭でも聞いてくれる。魔法の実技のフォローも完璧だった。座学の成績なんかも、もうどうにでもしてあげるって状態だ。

「ゴホゴホ。じつは俺、持病のぜんそくが」
「あぁ、なんてかわいそうな私のレイニー! お姉ちゃんは、あなたのためなら何でもしてあげますからね。あきらめちゃダメ!」

 ちょろすぎである。
 ぐいぐいと押し付けられるおっぱいを堪能しながら、俺は次の作戦を考えていた。

「お姉ちゃん、俺、来月の長期実習に出たいんだけど」
「ダメよ、そんなの! レイニーちゃんにはまだ早すぎるわ」
「いやでも、もう6年生だし……単位危ないし」
「そんなのお姉ちゃんがどうにかしてあげる。単位よりも命を大事にして」
「大丈夫。俺に必要なメンバーさえ揃っていれば。あとはできるだけ楽な実習をお姉ちゃんが用意して」
「……わかったわ。その代り危険な真似はしないって約束してくれる?」
「うん。それで、そのメンバーなんだけど」
「誰がいいのかしら? もちろんお姉ちゃんよね?」
「いや、教師と実習行っちゃうようになったら、いよいよ俺の学院生活も末期だよね。そうじゃなくて、エアリスとキザオスがいいんだ。そしてあとは、4年生にモモ・エンドロールって子がいるよね?」
「ええ、いるわね」
「あの子がいい」
「レイニーちゃん、本気? 4年生なんて実習も始めたばかりだし……あの子がどういう子か、知ってるのよね?」

 フェイバリット先生は、本気で心配そうな顔をした。
 だが俺は「もちろん」と余裕をもって答える。
 モモ・エンドロール。
 俺に負けず劣らず、学院で評判が悪い生徒だ。その通称もズバリ『天才問題児』という、ある意味カリスマ性すら感じさせる呼ばれようだった。
 扱いづらい女なのは間違いないだろう。
 しかし、だからこそ彼女の才能には、興味が湧く。

「おい、落ちこぼれ」

 廊下で声をかけられる。
 誰かと思えば、最近、俺の足元にも及ばないキザオスじゃないか。

「おまえ、今、僕をすごく見下した顔で見たな? なまいきだぞ、本当に」
「悪い。顔に出やすいものだから」
「おまえ……最近、変わったらしいな」
「そう?」
「みんながそう言っている。でも僕は、そんなに変わったとは思っていない。おまえは落ちこぼれのレイニー・ブリスルスハートだ。僕の足元にも及ばないダメな男だよ」

 そのとおり。
 俺自身は何も変わっていない。
 周りを変える方法を知ったというだけだ。

「でも……何かあったんだよな。おまえには秘密があるんだろ? どうやってエアリスに勝った? あの炎魔法は何だ? なあ、教えろよ」

 いつもの腰巾着も連れずに来たコイツを、俺は内心で評価する。
 そしてやっぱり、キザオスを嫌いになれないなと思う。
 これがコイツの才能だ。ズルくて魅力的なんだ。

「じつは、剣技でちょっとしたコツを見つけて」
「コツ?」
「あぁ。エアリスの弱点っていうのかな」
「本当か? そんなものがあったとは……」

 いや、ないと思う。
 あれは戦乙女の生まれ変わりだ。

「教えてやろうか?」
「いいのか?」
「あぁ。夜、こっそり俺の部屋に来い。誰にも言うなよ」
「わかった。約束だからな。絶対に教えろよ!」

 口笛を吹きながら、キザオスは機嫌よく親指を立てる。
 スキップでもしそうな勢いで去っていく、その間抜けな背中を見送る。
 愛おしすぎるバカだぜ。

 そして長期実習の前に、エアリスを仕上げておきたい。
 今日は、いよいよエアリスを抱くと決めた。

「レイニー……んっ、ちゅっ、んんっ、あぁ、舌の鍛錬は、気持ちいいな……れろ、んちゅ、ちゅ、れる、んんっ」

 剣技の訓練を俺の部屋でやろうと言っても、彼女は抵抗もなく受け入れてくれた。
 そして鍛練という名のペッティングを、ベッドの上でもつれながらしていた。
 近頃ではもう、下着を脱がせたってエアリスは嫌悪しない。関係がどっぷりと濃くなった今では、俺が脱がせやすいように自分から腰を浮かせるくらいだ。

「おまえの剣、もう逞しくなっている……」
「あぁ。今日もエアリスの胸に挟んでくれるか?」
「いいとも。私の鍛錬の成果を見てくれ」

 ベッドの上に立つ俺の足元に、全裸のエアリスが膝をつく。
 男に傅くその体勢はまるで娼婦のようだというのに、微笑みすら浮かべ、鍛錬と思い込んだままパイズリを開始する。
 薄い色をした乳首が、俺のペニスを挟んで腹に擦りつけられる。
 最高の感触を持つ肉の布団に挟まれて、俺のはますます固くなっていく。

「んっ、んっ、どうだ? 私も上手になっただろう?」
「あぁ、素晴らしい胸だよ、エアリス……口も使ってもらえるか?」
「もちろんだとも。れろ、ちゅ、この、先端のところを、んっ、舌で、こうするのが良いんだろう? ふふっ、おまえの弱点など、とっくに私にバレているのだ。毎日、こうして技を磨いているのだからな。んっ、れろ、ちろっ、ちゅっ、れろぉ」
「すげえ……気持ちいい。エアリス、すげえいい……っ」
「んっ、もっと、その顔を見せろ。おまえのその顔を見るためなら、私は、んっ、んぐっ、んぐっ、れろぉ、ちゅっ、私は、体の、どんな場所でも、使ってやる、んっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ」

 腰が震えてきて、ベッドの上に座りこむ。
 パイズリを中断しても、エアリスは俺のを口の中に頬張って、喉を使って愛撫してくる。ぢゅぶぢゅぶといやらしい音を立て、顔を前後させている。
 自分が毎日学んでいるのが、男を悦ばせるための奉仕だとも知らず、エアリスは生真面目に学習し、実践し、研究する。
 剣の腕を磨いているつもりで、その端正な顔を男根に打ちつけ、みっともなく唇をめくりあげていた。
 その豹変ぶりと素直さは、子どもを騙しているようで、少し気が引けるのもあるが。

「んっ、んっ、どうだ、またいつものように白いものを飛ばして反撃してくるか? ふふっ、かまわんぞ。私はもう全部飲めるようになったからな。出せるものなら出してみろ。んっ、んっ、んふっ、ふーっ、んふっ、ふーっ」

 いや、あるいは彼女も、無意識のうちに気づいてはいるのかもしれない。俺のオンナとして仕込まれていることに。
 俺のペニスを美味そうに頬張るエアリスの瞳の奥は、メスの情欲が燃えている気がした。

「エアリス、今日は、もっと上級の鍛錬をしよう」
「ん? もっとか? どうすればいいか、教えてくれ。レイニーは何でも知っているからな。強くなるためなら、私はレイニーの言うとおりにする」

 剣技の授業で、あれからエアリスは一度も俺に勝てていない。自動的に俺の連勝記録は続き、エアリスはエアリスで俺に挑みたがる同級生たちを次々になぎ倒し、2人で点数を稼ぎ続けている。
 今や最も成績の高い生徒はエアリスと俺。ライバル関係を作りながらも、俺が彼女の師匠のような状態になっていた。
 彼女は俺の言うことなら何でも真面目にこなした。どんなことを求めても、今なら拒絶されることはないと確信できた。

「教えて、レイニー。私は、どうしたらいいんだ……んっ、んんっ、レイニー……」

 裸の体を寄せて、媚びるように俺の乳首にキスをするエアリス。
 俺は彼女をベッドに横たえる。

「足を開いて」
「んっ、クンニ? クンニをするのか? いいぞ。おまえの舌の鍛錬になるのなら、私のオマンコを敵と思って薙ぎ倒すといい」
「いや、今日は俺の剣を、おまえのオマンコに刺す」
「私のオマンコに、レイニーの剣を突き立てるのか? 指ではなく?」
「あぁ、そうだ。今日は指じゃなく剣を突き刺すんだ。怖いか?」
「…………」

 エアリスは、自分のソコと俺のペニスを見比べ、本当に入るのかと、怪訝そうな顔になる。
 だが、すぐに頷いてくれた。

「わかった。ようするに、私のオマンコを、おまえのその太くて逞しい剣の鞘にするのだな? そういうことならば、かまわない。むしろ名誉なことだと思うことにする」
「ありがとう、エアリス」
「なに、礼など言うな。おまえにはいつも剣を教わっているし、美味しいクッキーも貰っているからな。私で役に立つことがあるなら、この体を好きに使ってくれ」

 健気なことを言って柔らかく微笑む。年相応の少女の顔で応えてくれる彼女に、俺は唇の端を上げる。
 ずっと好きに使ってきたさ。
 そしてこれからも、この体を俺の好きに使うために、今日は処女を奪うんだ。

「最初は痛いかもしれないから、つらかったら言ってくれ」
「平気だ。鍛錬にケガはつきものだしな。この私がちょっとやそっとで泣き言を言う女に見えるか?」
「……そうだな」

 俺のことを信じきっている彼女に、胸が痛まないわけではないけど。
 それ以上に、俺を受け入れる覚悟と、それだけの好意を寄せていてくれていることに、喜びを感じた。最強の剣士と恐れられ、男など相手にもしなかった女が、俺だけにスケベなことを許してくれていると思うと誇らしい気持ちにもなった。
 催眠術は、まさに最強の秘術だ。
 エアリスのそこはすでに濡れていた。誤認で意識は操られていても、体はオンナとして素直に反応している。
 俺の先端がそこに触れただけで、ビクンと彼女は仰け反り、美しい白い喉を俺に晒した。
 大げさに反応してしまう敏感な体を恥じるように、エアリスは照れ笑いを浮かべた。

「ははっ……少し、緊張してしまうな……」

 誰にも手が出せなかった強い女が、俺にだけ無防備な全身をさらけ出し、いちいち可愛い表情を見せる。
 心臓が壊れそうなくらい高鳴っていた。挿入する前に果ててしまいそうなくらい興奮していた。その前に彼女の中に入らなければいけないと、俺は腰に体重を乗せる。

「んんんんっ!」

 ぎちっ、軋むように動きが止まる。ぴったりと閉じた肉が、壁みたいに俺の前を塞いでいる。

「……レイニー」

 不安そうにエアリスが俺を見上げている。だが、俺にも彼女を気遣っている余裕はなかった。
 角度を調整し、さらに体重をかけ、彼女の中に突き刺していく。

「う、ああああああっ!?」

 ぶちぶちと、俺の剣が彼女の中を突き破った感触がした。その先は、驚くほど熱くて狭い、柔らかい鞘だ。

「レ、レイニー! ちょっと、待ってくれ……あっ、あ、あああああっ!?」

 ぶちぶち。
 さらに彼女の体を割っていく。一気に行かないと、俺のが先に暴発しそうだったから。
 エアリスの中はさらに強く締め付けて抵抗する。だけどすでに潜り込んでいる俺のペニスが、かっかと熱を発して彼女の中で存在感を示す。そして勝どきを上げるように、喜びの脈動をしていた。
 エアリスは、大きく口を開け、その唇を震わせている。もう悲鳴も上げられないようだ。
 そのまましばらく、俺は自分の興奮を落ち着くまでじっとしていた。

「……レ、レイニー」

 やがてエアリスは、声を震わせながら目を開けた。
 滲んだ瞳には、少し非難の色があった。

「ひどいじゃないか……待ってくれと言ったのに」

 だが、嫌悪ではなかった。
 血が出るようなことをした俺に、それでも彼女は、好意を寄せてくれていた。

「すまなかった。俺も想像以上に気持ちよくて、焦ってしまった」
「お、おまえは気持ちいいのか、これが……? そうか。では、仕方ないか……」

 頬を赤らめて視線を逸らす。そのエアリスの愛しい横顔を撫でて、美しい輪郭を愛でる。
 近すぎる顔の距離に、エアリスは困ったように首をすくめる。

「そろそろ、動いていいか?」
「動く? どうやって?」
「腰を、エアリスの中に剣を刺したまま、腰を引いたり押したりするんだ」
「……なんのためにだ?」
「鍛錬に決まってるだろ?」
「あ、そ、そうだったな。うむ。これは鍛錬だった……わかった。動いてくれ」

 軽く引いて、入れる。エアリスは痛みに顔をしかめたが、止めたりはしなかった。
 ゆっくりと狭いストロークでそれを続ける。一定のリズムと深さ。やがてそれに慣れたのか、痛そうな顔はしなくなった。
 わずかずつ、大きく速くしていく。エアリスは、自分の中に芽生えていく感覚を確かめるように目を閉じた。
 動く。揺する。彼女の大きな胸がバウンドする。唇が開く。まつげの先がかすかに振動し、吐息に音が混じっていく。

「レ、レイニぃ」

 吐息に艶かしい温度をつけて、彼女が俺を呼ぶ。
 だが俺に、答えてやれる余裕はなかった。

「これは、いったい、なんなんだ……? んっ、この感覚は、んっ、なんだ? 体の奥が、おまえの剣の当たっているところが、あっ、熱い……」

 ゆさゆさと揺れるおっぱいに、目を奪われる。
 俺がこれを揺すっているんだと思うと、自然と腰が早くなってしまう。

「レイニー、教えてくれっ、これは、なんの鍛錬、んんんっ、あっ、あんっ、動くな、もう、体が、壊れそうだっ、私を、どうするつもりだ、レイニー…ッ!」

 ビクンと仰け反り、大きく口を開けるエアリス。
 シーツを握り締めて、逃げるように腰をうねらせるが、いくら彼女でもこの体勢では、男からは逃げられない。

「ああぁぁぁッ! これは、なにっ、んんっ、あぁん、あんっ、あんっ、レイニー、だめぇ、あんっ、だめだ、んんんんっ、私を、あまり、いじめるな、あんっ、レイニー、おまえという男は、あんっ、どうして、そんなに……強いのだ!」

 大きくて青い瞳が、濡れて俺を見つめている。
 愛おしげに、俺の顔を両手で撫でる。

「いいっ、あんっ、いいぞ、もう、好きにしろ! 私は、おまえには、絶対、勝てないっ、好きなだけ、この体を、屈服させろっ。使えっ。それで、十分だっ、おまえのような男に、出会えただけで、私は、私の剣の道は、あぁっ、あんっ、もう、いいっ、いいんだっ、もう、何度でも、屈服させてくれっ、おまえに、私は、あぁっ、屈服したい! 捧げたい! あぁ、この気持ち、この気持ちは、あぁ、まるで、まるでっ、あぁぁぁっ!」

 俺の唇を、頬を、髪を、愛おしむようにエアリスは指で弄ぶ。涙で濡れたな瞳で見上げる。
 興奮に蕩けきった顔で、白金の髪を振り乱す。

「あぁっ、だめだっ、頼む、舌を、口を、鍛錬してくれ! 余計なことを、言ってしまいそうだっ。お願いだから、おまえの口で、私の口を、塞いで…ッ!」
「“大魔法使いのおっさん”」

 ぴたりとエアリスの口が止まって、人形のように、俺の腰使いに揺れる。
 目の焦点がズレてしまい、開きかけた唇からは舌が垂れ、だらしのない顔になってしまったまま、女剣士は揺れる。

「俺が手を叩いたら、今までの剣の鍛錬を思い出す」

 ゆさゆさと揺れる豊満な胸。乱れてもなお美しい顔。
 最高のセックス人形を抱きながら、俺はそれを壊すための暗示を始める。

「俺が剣の鍛錬だと教えてきたことはウソだ。ただのセックスだ。体を弄ぶために俺はおまえを騙した。今までのことを思い出し、その矛盾におまえは気づき、元の常識を取り戻す。俺が手を叩いたら、おまえは、エアリス・ユウナ・ライトニングは、俺の監視役をやらされる前の常識を取り戻す」

 これが最後の仕上げになる。失敗したら、俺はおそらくエアリスに殺される。今度こそ跡形もなく消される。
 だけど乗り越えないとならない。落ちこぼれの俺が生きていくためには、この都市で名を上げるためには、催眠術は最強でなければならない。最強の剣士にも勝たなければならない。
 エアリスがブチギレたときのあの激情と氷のような殺意に、打ち勝って始めて俺は彼女を征服したことになるんだ。
 セックスの興奮と、命がけの術を行う興奮に、息が乱れる。
 いくぞ。
 やるぞ、エアリス。
 しっかり目を開けて、怒れ。

 パン!

 人形が、俺に揺さぶられながら、徐々に瞳に光を取り戻していく。
 そして自分の上で腰を使う俺と目を合わせる。

「……よお」

 恐怖で引き攣る頬を、無理やり捻じ上げて俺は笑みを作った。

「なっ……ああぁぁぁぁッ!?」

 エアリスの瞳が見開かれた瞬間、俺は彼女の腰をがっちり掴んで動きを速めた。

「貴様っ、何を、これは、いやああっ、やめろ、バカ者! あっ、やめっ、やめろと言ってるんだ!」

 シーツの上に手を這わせ、自分が裸であることを思い出し、胸を隠す。
 剣はベッドから遠く投げ出したまま。鍛錬でも何でもない。セックスのために男の部屋に入って抱かれている自分に、エアリスは唇が切れるほど歯噛みし、俺を睨みつける。

「レイニー、やめないと殺す…ッ、あぁっ、やめろ、いつまでその腰を、んんんっ、よくも、私にこんな屈辱……本当に殺してしまうぞ、レイニー! 私はっ、あああああッ!」

 ひときわ高い声を上げて、エアリスの両手から氷の刃が立ち上がる。刃というよりは凶器そのものといった禍々しい形で伸び上がる氷柱は、俺を一殴りで粉々にするだけの魔力と怒りがこもっていた。

「――殺すぞ、逃げるなら今のうちだっ。私の理性はそこまで保ちそうもない!」

 だが、俺は逃げない。エアリスを犯し続ける。今までに見たこともない本気の殺意をこめた表情に縮こまりそうなペニスを奮い立たせ、セックスを続ける。
 歯を食いしばって、唇の端を何とか持ち上げる。
 エアリスの迷いが消えた。憎しみの塊が、彼女の両腕で軋んだ音を立てた。

「死ねええええッ!」

 氷魔法の刃が振り上げられる。
 背筋も凍らせる殺意の塊が、頭上に迫ってくる。
 だがそれは、俺の頭を砕く前に散らばった。形を失い、そして今度は、エアリスの両腕を凍らせたまま、ベッドの上を左右に這っていく。

「……は?」

 自分の体と魔法が、あらぬ方向に動いていくのに、エアリスは呆然となった。
 氷柱の硬度と重量に両腕が縛られ、ベッドに広がったまま固定される。
 もがいても、自由にならない肩を必死に振り、それでもぴくりともしない拘束に、顔色を失っていく。

「な、なんだ、これは、何をした、レイニー! 卑怯だぞ、あっ、動くな、やめっ……は、外せ! 腕を外せ、レイニー、卑怯だぞっ、あっ、んんっ、やめろ、う、動くなぁ!」

 ……やった。
 エアリスは俺を攻撃できない。しようとすれば、自分自身を縛る方向にその力は働く。俺を攻撃しようとしている限り、それは解けない。
 俺が前もって、催眠術で彼女に命じていたことだ。
 怒りがもしも催眠術を上回るなら、魔法がもしも催眠術よりも強い意思で実行されるなら、発動せずに俺が殺されていたはずの暗示だ。
 だが、これが動いたということは。

「ははっ……勝った。勝ったぞ。俺はエアリスに勝った!」

 エアリスの剣に勝った。魔法にも勝った。彼女の強い意志に勝った。
 催眠術が勝利した。

「ふざけるな! 卑怯な真似を、やめろぉ! うご、動くな、この……な、何をした! これは、何の魔法なんだ、貴様!?」
「魔法じゃない、催眠術だ! 全部思い出しているはずだぞ、エアリス。俺はおまえに魔法なんて一度も使っていない。催眠術だ。思い出せないなら、教えてやる! 俺がおまえにどんな暗示をかけてきたか!」
「ああああっ! やめろ、私に、触るな! 触れるなぁ!」

 エアリスの額に手のひらを当てる。
 意識をそこに集中させて、彼女の無意識にぶちこんできた今までの命令を暗唱する。

「俺の言うことは全て正しいっ。俺に触れられると気持ちいいっ。気持ちいいことは全て剣の鍛錬のためっ。おまえも俺を気持ちよくするっ。気持ちいいと剣が強くなるっ。気持ちいいと嬉しくなるっ。気持ちいいと俺を信じられるっ。気持ちよくしてくれる俺のことを尊敬するっ。俺にも気持ちよくなって欲しいっ。そしておまえの体はどんどん敏感になるっ。俺に何をされても気持ちよくなっていくっ。ははははっ、どうだ、思い出したか、エアリスっ! 俺は全部覚えているぞ、おまえの体に染みこませた命令の数々を! おまえが二度と忘れられないように、何度も何度も、繰り返してきた言葉だからな!」
「や、やめ…ッ!」
「俺のことを思うだけで気持ちいいっ。俺の言葉を思い出すだけで気持ちいいっ。他の男には何一つ感じない。男として思い出すのは俺のことだけっ。気持ちいい俺を愛しているっ。尊敬しているっ。崇めているっ。気持ちよさは感じれば感じるほど強くなっていくっ。怒りも軽蔑も俺に対しては愛に変わるっ。全ての価値観を俺とのセックスが塗り替えていくっ。エクスタシーのたびに俺に染まっていくっ。セックスを知ったおまえは俺の剣士になるっ。セックスするたびに俺のオンナになるっ。俺の命令には何でも従うっ。死ぬまで俺のオンナと誓う! おまえは俺のオンナだ、エアリス、思い出したかっ。これがおまえの脳みそにねじ込んだ、俺の催眠術だ!」
「やめろォォオオオッ!」

 そのまま溺れろ。怒りとセックスに狂え。狂ったときがおまえの終わりだ。
 この部屋の、左右上下と斜め隣りの住人たちにも、俺は催眠術をかけていた。簡単なものだ。『俺の部屋からどんな声が聴こえてきても気にするな』と、それだけを。
 エアリスの中で射精した。たっぷりと膣出しだ。だけど全然萎える気配もなくて、そのまま腰を動かした。
 彼女は獣のような悲鳴を上げる。だけど、誰も助けには来ない。夜は始まったばかりだ。俺は腰を動かし続ける。また射精する。萎えることはない。また腰を動かし続ける。
 やがて悲鳴は喘ぎに変わっていく。彼女の表情が蕩けていく。瞳がまるで、催眠状態みたいにうつろに揺れだす。
 エアリスを拘束していた魔法が、ガラスのように砕けて消えた。
 しかし自由を取り戻した両腕は、俺に敵意を示すことなく、背中に回ってくる。俺の背中を撫で、髪を撫で、喘ぎ声と一緒にしがみついてくる。
 俺の耳元で甘い囀りを聞かせるエアリス。俺は燃えるように興奮し、唇を重ね、舌を重ねて射精する。彼女は嬉しそうに全身を振るわせた。
 体をひっくり返し、四つんばいにさせて犯す。品もなく、動物のように、俺に服従させられたようなこの屈辱的体勢を、彼女はむしろ喜んで迎え入れ、尻を突き出した。
 尻肉を叩くように乱暴に犯されても、尻穴を弄ばれながら射精されることも、射精したあとのペニスをしゃぶらされることも彼女は喜び、感謝すらして玉袋にキスをした。
 仰向けになり、上に乗るように指示する。抜群の身体能力を持つ女剣士はセックスの飲み込みも早く、騎乗位での腰の使い方もすぐに覚えた。褒めてやるとすごく嬉しそうな顔をし、さらに張り切って腰を振った。
 今年の新入生歓迎式典で、上級生代表として白馬に跨り槍馬術を披露したエアリスの雄姿を思い出す。そして、彼女の覚えた新しい馬術を堪能する。
 エアリスも腰を使いながら俺にキスをし、胸を擦りつけて喜びを伝えてきた。熱に浮かされたように愛と服従の言葉を唱え続け、エクスタシーに体を震わせ、それがどれほどの喜びなのかを猥褻な言葉で説明し、俺が射精するまで腰を動かし続けた。
 俺たちはセックスに溺れる。夜通し楽しむ。寮でこんな濃厚なセックスをしても、催眠術のおかげで気づく者はいない。誰に遠慮することもなく、俺たちは互いの体を求め続けた。
 そして体液でべとべとになったシーツの上で、絡み合ったまま朝を迎える。
 俺の体を愛しげに、壊れ物のように優しく指で触れながら、昨夜は満足してくれたかどうか、乙女のように不安げな顔でエアリスは尋ねる。
 最後に口で満足させろと命じると、エアリスは嬉しそうに微笑み、「はい!」と軽やかに答えて躊躇なくしゃぶりだす。
 催眠術の完全勝利だ。
 勝利の朝だ。

< つづく >

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